#落語 #ナインティナイン #さんちゃん #中居正広「九九九九騒動」「さんちゃん涙の汗」
[音楽] [拍手] 999騒動へ毎度バカばかしいお笑いを 一隻で世の中には演技のいい日とか並びの いい数字とかに大騒ぎする人がいる。9月 9日昭和99年9月9日9999でないの なんて言っておりますがね。こっちは救急 ができなくて算数のテストに赤点食らった 口だよ。9999どころか250すら 怪しい。で話題になったのが内岡村に中井 正弘からメールが来たってんですよ。知っ てる。9が並んでるよって。夜中にピンっ てスマホが鳴って。あ、誰だろう?また 迷惑メールか。お前の口座に体金が 振り込まれますとかかと思ったら中行くん ですよ。国民的アイドルから9999の日 だよって。そりゃ岡村も驚いた。お前 そんなことで連絡してくんのかよと。で、 やべにも同じメールが来てる。中井から。 そうや同じ文章をやってなんだかありがみ がないね。ラジオで喋れるようにと気を 聞かせたつもりなんだろうけど、肝心の ラジオは休み。岡村がラジオ休みやでって 返したらそこから既読する。ジャニーズの トップがスルーのプロ。アイドルから延体 を食らったってんだから、これはこれで 貴重な体験だ。しかしね、この並びの数字 に踊らされるってやつ日本人は大好きです よ。ゾろめのナンバーの車が欲しいとか、 時計が11時11分になると願いが叶うと かいい大人が時計の前で両手合わせてんだ よ。隣の若者にうわ、1111だって興奮 して、お前はパチンコ代の確変化んだ。で 、芸能人がこういうのをネタにすると 可愛いとか面白いとか言われる。だけど 庶民が今日はゾろめでラッキーなんて言っ たらバカじゃないのって笑われる。ここに 格差社会がある。数字の並びにも芸能人 特権。さらに言えば昭和99年って呼び方 も無意があるよね。令和にしたってまだ 10年ず。昭和99年なんて言い出したら そのうち平成123年だの令和56年だの 言い出すやら出てくる。年合を長息きさせ すぎなんだよ。人間より長寿の言語だ。で 、こういうゾろめの日なんてのは大抵商売 に使われる。スーパーが99円セールとか やって普段88円のもやしが99円に 値上がりしてる。お得と思って飛びつくと 損してる。人間数字に弱いんだ。消費者 心理を転がして笑ってるのは経営者だけ。 君がメールで急並びだよって知らせてきた のも実はどっかの宣伝なんじゃないかって かぐっちゃうね。オープニングで喋れる よって言ってたけど実際ラジオは休み。 つまり宣伝効果ゼロ。芸能界ってのは 不思議な世界でね、何でもないことに意味 をつけて意味がなかったらそのままする。 これでまた1時間の番組が持つんだから。 でもよく考え人間の人生そのものがゾろめ の偶然みたいなもんで生まれた日だって 偶然死ぬ日だって偶然銃が揃うのを喜ぶ より自分の寿命が77なのか44なのか気 にした方が現実的だ。で、岡村と安部は俺 たち本人より仲井の方が内々の日を大事に してくれてるなんて言ってた。これはね、 芸人の宿命。本人は意識してないのに周り の方が記念日ですよ、祭りですよと 持ち上げてくる。夫婦の結婚記念日と同じ だよ。旦那は忘れてるのに奥さんが今日は 大事な日って怒る。忘れてたら大事件。 覚えてても大事件。要するに逃げ場がない 。ただこうやってくだらない急並びで 盛り上がれるのが人間のいいところでも ある。世の中戦争だの災害だの物価だから だの暗い話ばかり。そんな時にゾろめだと 浮かれるやがいてバカじゃねえかと笑う奴 がいてその笑いで救われる。つまり 9999の日ってのは芸能人と庶民が一緒 にバカになれる日なんだ。岡村はメールに 困惑したことすらネタになってみんなが クスクス笑える。笑いってのはそういう 無駄から生まれるんだな。てなことを言っ てるうちにこっちは9999の救急が 怪しくなってきた。78568972 Aとまあいいや。計算間違えても笑って ごまかせるのが落語のいいところでござい ましてお後がよろしいようで2幕目サンの 汗いやねテレビってのは怖いもんでさ人間 が人間を見物にするってのは昔からあった わけだ。江戸時代だって偽物やってのが あって66だの人魚のミーラだのまあ 怪しいのが並んでた。今じゃそれがテレビ に変わっただけで中身は同じで寝ちゃい けって番組があったろ。あれも現代の偽物 小屋だよ。そこに一般人から新メンバー オーディション店で現れたのがサンチ ちゃんこと中本 素人なのにレギュラー入り夢語だよ。 宝くじ当てたようなもんだ。でもね、 宝くじ当たったやつって大体な人生になら ない。だって手に入れた金の使い方を知ら ないから芸能界だって同じさ。いきなり スポットライト浴びた素人は大体天狗に なる。で、さちゃんも例外じゃなかった。 ドッキリで裏の顔がバレたってんだから。 そりゃもう笑い物よ。だけどよここが 面白い。世間は裏の顔がバレたって言う けど芸能界にいる連中の顔なんざも裏も 真っ黒だから。岡村だって加藤だって。 いや、ないナもかとちゃんけんちゃんも みんな裏はあるないわけね。人間ってのは 裏があるから表が生えるんで。裏も表も ないやはただの透明人間だ。舞台に立て ねえよ。さちゃんは特撮番組を自主制作し てお洗いだってよ。これがまた偉いじゃ ねえか。人に拾われてスターになったん じゃなく自分でカメラ回して汗流して電気 台払ってスタッフに弁当台渡してだろ。 これこそゲーだ。江戸の話家だってそうだ よ。誰も売り込んでくれやしね。自分で 口座だって受けなきゃ帰りの戦闘台もで ねえ。で、さちゃんが他村にLINE送っ た。報告したわけだ。ドライバーが東京 MXで放送されます。そしたら岡村が返し てきたんだ。男は汗をかけば書くほどお金 になるから若いうちは汗をかきまくれ。 いやあ、いいこと言うよな。岡村も随分 説教へ。だってお前昔は自分も休みなしで 走りすぎて体も心もぶっ壊したんだろ。だ から頑張りすぎんなって言ってる。ま、 焦っ得力はあるんだけどさ、その言葉を 岡村孝しブランドで言うからありがたく 聞こえるんだよ。もし近所の親父が同じ こと言ったら、男は汗かけば金になるぞ なんてな。ただの酔っ払いの説教だ。でも さちゃんはそれを見て泣きそうになっ たって言うんだ。泣いたんじゃない。泣き そうだ。ここがまた人間臭くていいじゃ ねえか。芸人っての羽本当に泣いちゃダメ なんだよ。泣きそうなところでふぎとまる のが芸人。舞台で泣いたら客が引くんだ。 りちゃんが泣いてはないんだねって 突っ込んだ。これだよ。つまり芸人の存在 ってのは本人が泣きそうな人生を送ってて もそれを横から泣いてねえのかよって 茶かす人間がいるから笑いになる。笑いっ てのはそういう共同作業だ。泣き虫1人 じゃ成立しねえ。でね、ここからが大事な とこ。芸能界ってのは汗かいて金になるや もいれば汗かいても誰も見ちゃくれないや もいる。もっといや、汗かいてもあれは 油汗だなんて言われちまうのもいる。努力 がそのまま報われるなんてのは幻想だ。だ けど報われるか報われねえかは誰かが見 てるかどうかで決まるんだよ。さちゃんの 場合岡村が見てる。鬼えがチかしてる。 つまり誰かが見てんだ。これが芸人の幸せ よ。見られてるうちはまだ生きてる。誰に も見られなくなったらそれはもう死んでる のと同じだから泣きそうになったっていう さちゃんの言葉。あれはまだ俺は芸人でい られるっていう裏返しなんだ。泣くのは 観客の仕事。泣きそうで踏みとまるのが 芸人でここで落ちだよ。男は汗をかけば金 になるって岡村は言ったけど、現代の日本 じゃどうだ?汗かいてるのはコンビニの バイトも工場の作業員も配達の兄ちゃんも 同じだけどそいつらの汗は金にならねえ。 安い時給でもっと効率よく汗かけて怒鳴ら れるだけ。芸能界も社会も一緒さ。汗の 価値を決めるのは自分じゃねえ。側なんだ 。だからさちゃん、お前が泣きそうになっ たっていうLINEの画面、それを誰かに 見てもらえ。ただの通知音じゃ終わらせん な。泣きそうな顔でカメラ回してお笑い バーとってりゃいつか本当に笑いが金に なる。ま、そういうわけでさちゃんが泣き そうになったって話を聞いた俺はね、逆に 笑いそうになっちまったんだ。芸人っての はそういう生き物だからね。 [音楽] [拍手] [音楽]
@落語 #ナインティナイン #さんちゃん #中居正広「九九九九騒動」「さんちゃん涙の汗」
「九九九九騒動」
へい、毎度ばかばかしいお笑いを一席。
えー、世の中には「縁起のいい日」とか「並びのいい数字」とかに大騒ぎする人がいる。九月九日、昭和九九年九月九日……九九九九で「ナイナイの日」だなんて言っておりますがね。こっちは九九ができなくて算数のテストに赤点くらった口だよ。九九九九どころか、二五十すら怪しい。
で、話題になったのが、ナイナイ岡村に中居正広からメールが来たってんですよ。「知ってる? 9が並んでるよ」って。夜中にピンってスマホが鳴って、「あ、誰だろ、また迷惑メールか? お前の口座に大金が振り込まれます」とかかと思ったら、中居くんですよ。国民的アイドルから「九九九九の日だよ」って。そりゃ岡村も驚いた。「お前、そんなことで連絡してくんのかよ」と。
で、矢部にも同じメールが来てる。「中居から?」「そうや」「同じ文章や」って。何だかありがたみがないね。ラジオで喋れるようにと気を利かせたつもりなんだろうけど、肝心のラジオは休み。岡村が「ラジオ休みやで」って返したら、そこから既読スルー。ジャニーズのトップがスルーのプロ。アイドルから塩対応くらったってんだから、これはこれで貴重な体験だ。
しかしね、この「並びの数字に踊らされる」ってやつ、日本人は大好きですよ。ゾロ目のナンバーの車が欲しいとか、時計が11時11分になると「願いが叶う」とか。いい大人が時計の前で両手合わせてんだよ。隣の若者に「ウワ! 1111だ!」って興奮して。お前はパチンコ台の確変かってんだ。
で、芸能人がこういうのをネタにすると、「かわいい」とか「おもしろい」とか言われる。だけど庶民が「今日はゾロ目でラッキー」なんて言ったら、「バカじゃないの」って笑われる。ここに格差社会がある。数字の並びにも芸能人特権。
さらにいえば「昭和九九年」って呼び方も無理があるよね。令和にしたってまだ十年足らず。「昭和九九年」なんて言い出したら、そのうち「平成百二十三年」だの「令和五十六年」だの言い出すやつが出てくる。年号を長生きさせすぎなんだよ。人間より長寿の元号だ。
で、こういう「ゾロ目の日」なんてのは、大抵「商売」に使われる。スーパーが「99円セール」とかやって、普段88円のもやしが99円に値上がりしてる。「お得!」と思って飛びつくと損してる。人間、数字に弱いんだ。消費者心理を転がして笑ってるのは経営者だけ。
中居くんがメールで「9並びだよ」って知らせてきたのも、実はどっかの宣伝なんじゃないかって勘繰っちゃうね。「オープニングで喋れるよ」って言ってたけど、実際ラジオは休み。つまり宣伝効果ゼロ。芸能界ってのは不思議な世界でね、何でもないことに意味をつけて、意味がなかったらそのままスルー。これでまた1時間の番組が持つんだから。
でもよく考えりゃ、人間の人生そのものが「ゾロ目の偶然」みたいなもんで。生まれた日だって偶然、死ぬ日だって偶然。9が揃うのを喜ぶより、自分の寿命が「777」なのか「444」なのか気にした方が現実的だ。
で、岡村と矢部は「俺たち本人より中居の方がナイナイの日を大事にしてくれてる」なんて言ってた。これはね、芸人の宿命。本人は意識してないのに、周りの方が「記念日ですよ」「祭りですよ」と持ち上げてくる。夫婦の結婚記念日と同じだよ。旦那は忘れてるのに、奥さんが「今日は大事な日!」って怒る。忘れてたら大事件。覚えてても大事件。要するに逃げ場がない。
ただ、こうやってくだらない「9並び」で盛り上がれるのが、人間のいいところでもある。世の中、戦争だの災害だの物価高だの、暗い話ばかり。そんなときに「ゾロ目だ!」と浮かれるやつがいて、「バカじゃねえか」と笑うやつがいて、その笑いで救われる。
つまり「九九九九の日」ってのは、芸能人と庶民が一緒にバカになれる日なんだ。岡村がメールに困惑したことすらネタになって、みんながクスクス笑える。笑いってのはそういう「無駄」から生まれるんだな。
──ってなことを言ってるうちに、こっちは「九九九九」の九九が怪しくなってきた。七八五十六、八九七十二、えーと……まあいいや! 計算間違えても笑ってごまかせるのが落語のいいところでございまして。
おあとがよろしいようで。
2幕目
「さんちゃん涙の汗」
いやね、テレビってのは怖ぇもんでさ。人間が人間を見世物にするってのは昔からあったわけだ。江戸時代だって「見世物小屋」ってのがあって、ろくろ首だの人魚のミイラだの、まぁ怪しいのが並んでた。今じゃそれがテレビに変わっただけで、中身は同じ。
で、「めちゃイケ」って番組があったろ? あれも現代の見世物小屋だよ。そこに一般人から「新メンバーオーディション」ってんで現れたのが“さんちゃん”こと三中元克。素人なのにレギュラー入り。夢物語だよ。宝くじ当てたようなもんだ。
でもね、宝くじ当たった奴って、大体ろくな人生にならない。だって、手に入れた金の使い方を知らないから。芸能界だって同じさ。いきなりスポットライト浴びた素人は、だいたい天狗になる。で、さんちゃんも例外じゃなかった。ドッキリで裏の顔がバレたってんだから、そりゃもう笑い者よ。
だけどよ、ここが面白い。世間は「裏の顔がバレた」っていうけど、芸能界にいる連中の顔なんざ、表も裏も真っ黒だから。岡村だって加藤だって、いやナイナイも加トちゃんケンちゃんも、みんな裏はある。ないわけねぇ。人間ってのは裏があるから表が映えるんで。裏も表もない奴は、ただの透明人間だ。舞台に立てねぇよ。
さんちゃんが特撮番組を自主制作して「オワライバー」だってよ。これがまた偉ぇじゃねぇか。人に拾われてスターになったんじゃなく、自分でカメラ回して、汗流して、電気代払って、スタッフに弁当代渡してだろ? これこそ芸だ。江戸の噺家だってそうだよ。誰も売り込んでくれやしねぇ、自分で高座立って、ウケなきゃ帰りの銭湯代も出ねぇ。
で、さんちゃんが岡村にLINE送った。報告したわけだ。「オワライバーがTOKYO MXで放送されます!」。そしたら岡村が返してきたんだ。「男は汗をかけばかくほどお金になるから、若いうちは汗をかきまくれ」。
いやぁ、いいこと言うよな。岡村もずいぶん説教臭ぇ。だってお前、昔は自分も休みなしで走りすぎて、体も心もぶっ壊したんだろ? だから「頑張りすぎんな」って言ってる。まぁ説得力はあるんだけどさ…その言葉を「岡村隆史」ブランドで言うから有難く聞こえるんだよ。もし近所の親父が同じこと言ったら?「男は汗かけば金になるぞ」なんてな、ただの酔っ払いの説教だ。
でもさんちゃんはそれを見て「泣きそうになった」って言うんだ。泣いたんじゃない。「泣きそう」だ。ここがまた人間臭くていいじゃねぇか。芸人ってのはね、本当に泣いちゃダメなんだよ。泣きそうなところで踏みとどまるのが芸人。舞台で泣いたら客が引くんだ。
良ちゃんが「泣いてはないんだね」って突っ込んだ。これだよ! つまり芸人の存在ってのは、本人が「泣きそう」な人生送ってても、それを横から「泣いてねぇのかよ」って茶化す人間がいるから笑いになる。笑いってのはそういう共同作業だ。泣き虫一人じゃ成立しねぇ。
でね、ここからが大事なとこ。芸能界ってのは、汗かいて金になるやつもいれば、汗かいても誰も見ちゃくれないやつもいる。もっと言や、汗かいても「あれは脂汗だ」なんて言われちまうのもいる。努力がそのまま報われるなんてのは幻想だ。だけど、報われるか報われねぇかは、誰かが「見てる」かどうかで決まるんだよ。
さんちゃんの場合、岡村が見てる。鬼越が茶化してる。つまり誰かが見てんだ。これが芸人の幸せよ。見られてるうちはまだ生きてる。誰にも見られなくなったら、それはもう死んでるのと同じ。
だから「泣きそうになった」っていうさんちゃんの言葉、あれは「まだ俺は芸人でいられる」っていう裏返しなんだ。泣くのは観客の仕事、泣きそうで踏みとどまるのが芸人。
で、ここでオチだよ。「男は汗をかけば金になる」って岡村は言ったけど、現代の日本じゃどうだ? 汗かいてるのはコンビニのバイトも、工場の作業員も、配達の兄ちゃんも同じ。だけどそいつらの汗は金にならねぇ。安い時給で「もっと効率よく汗かけ」って怒鳴られるだけ。芸能界も社会も一緒さ。汗の価値を決めるのは自分じゃねぇ、見てる側なんだ。
だからさんちゃん、お前が泣きそうになったっていうLINEの画面、それを誰かに見てもらえ。ただの通知音じゃ終わらせんな。泣きそうな顔でカメラ回して「オワライバー」撮ってりゃ、いつかホントに笑いが金になる。
ま、そういうわけで……さんちゃんが泣きそうになったって話を聞いた俺はね、逆に笑いそうになっちまったんだ。芸人ってのはそういう生き物だからね。
4 Comments
#落語 #ナインティナイン #さんちゃん #中居正広「九九九九騒動」「さんちゃん涙の汗」
さんちゃん😊いましたね☝️
Good night ❤️💯🌹