【インタビュー】映画『おいしい給食 炎の修学旅行』市原隼人(主演)綾部真弥監督 合同インタビュー
作品に携わる上で、あの、演出だとか演技とかのあのアプローチで特にこだわってる点があれば教えてください。 原作がない作品なので はい。 全てをやり尽くすの肉芝居は一切ないです。 全て投げかけて挑戦して、あの、 シーズン1 の時もさんに、あの、使われなくてもいいので、こういう芝居やってみてもいいですか?これ取っていただきたいんですけどもと色々挑戦をさせていただける場でなければならないと思ってます。 それで、ま、純粋にエンターテイメントの根源として、あの、お客様のことを考える。その存在、コロナも経ていろんなことを考えて作先に見てて うん。 その先の存在意義とその余田教という男の意義をもう 1度見つめてとにかく振り回されたいと うん。 あの 100m層を走り切ろうと思うと 110 とか120m は走り切らなければトップスピードは出ないんですけど うん。 この美味しい給食は常にずっと短距離層と走り続けてるような はい。 もうダめだ、今日。もうダメだと思いながら、はい、つ配りながらもこう明日に向かってなんとかこう明日をに向かってこうバッとこう手をかけてハいつりながらこう次の日に向かう それを繰り返してる作品なんです。だ、本来そうでなければいけないのかなと思って。 はい。 うん。ことを試したりとかこう現場であの見られ方そんなことをよりもやっぱあり方を大事にするべきはい。はい。 であると思うんですけども、その象徴と するような 全てをあのも全て捨てて甘いとして生きる なんか そのことだけを常に考えてました。それと 夢なんですね。ビジネスと夢がさせなん ですけど、なんとしてもやっぱり夢を 掴み取ろうとする あのそういう気持ちが忘れちゃいけないと 私はいつまで思ってるんですね。はい。 あの、なので 何度でもこう叫び続ける あの 恋を辛しても体がボロボロになっても何が あってもこう前に走り続ける なんか明日こそもっと夢を掴むんだ。 もっと夢を掴むんだ。これが エンターテイメントなんだって。もうもう ごまかし ごまかすことなくストレートに はい。 初球で常に向き合ってきたあの作品があります。そしてキングオブポップでありたいと うん。 キャリアを重ねていくと日知ッチな方に行きがちなんですけども、改めてあのお子様から人生のキャリアを積み重ねた全ての方に楽しんでいただけるエンターテイメントという基本に戻ってうん。 あの作ることを心がけた芝居も心がけた作品です。はい。はい。 センチメンタルな少しほりと泣けてくるう芝居でもあ、ただ泣いて悲しいとか泣くだけではなくてそこにふっといきなり笑いが入ってきたり はい。 え、さっきまで大笑いして、え、思いっきり食ってなんかあ、過剰に大笑いしたかと思いきやいそこからふっと干渉的になったりっていうこの波みたいなものが はい。 とにかく一定にならないように うん。 このシはこうです。このシは悲しいです。このシは楽しいですみたいなワイフリーじゃなくて うまくい このバランスの中ですと見飽きない はい。 というのがあの意識してますかね。 シーズン1 からカバックされたあの野先生とのやり取りであるとかそれからあのつ井君との卓球のシーンがとても大好きでした。 ありがとうございます。 はい。 あの、天田先生があ、やって教育論を語るシーンが今回とても多かったと思うんですが、あの、まずアル監督に質問したいんですが、あの、 シーズン1から劇場版の、あの、この第 4 弾までで、天田先生は成長というか変化はあったんでしょうか? あまりだという男は変わらないと思うんですよね。 うん。 あまりだというとこは変わってない。 いつの時代もどんな時も変わらないんですけどでもやっぱり見る人の周りが変化してる気がするんですよね。 はい。 あれだけ1 人孤独に自分自身の男のロマンの給食っていう道を極めようとする男が、え、気づいたら生徒たちみんなに慕われていた。 あ、あるし敵退する学校考え方が違う先生たちも影響受けてしまう、感化下されてしまう。つまり周りが変化してくる。とそうすると評価っていうものも 変わってくる。だから この2つが多分今回の映画では、まね、 教育論っていう風におっしゃって いただけると嬉しいんですけど、変わら ないものは変わらないものですごく大切な 不平性があって、1番大事なことをでも 同時に変わることを恐れないでうまく変化 をしながらいいものはいい、悪いものは 改めていくあの時代当たり前だった スパルタ教育というか今見たらおかしい ですよていうでも当時はあれが当たり前で 正義でカバサー先生は自分を正しいと思っ てやっていた。別に悪物のつもりはなかっ た。 30年40年時が経つとだ、逆言えば今 我々が信じてることも30年40年だっ たら違う教え方になるかもしれないだから その変わらないことの大切さと変わること を逆に愛するようですけど恐れないで共に 両輪のように進んでいくべきではないかと いうま投げかけ になるととてもいいなと思っていただき ました。はい。 お年にわたって田生を演じてこられて、あの役者としての向き合い方は何か変化はありましたか? 天井田先生シーズンを重ねてることにどう変化していけばいいのか、どう変わっていけばいいのか、さらにさらにこうシーズンを重ねることにどんな甘田でいるべきなのかっていうのを常にこう考えた時にいつも変わらないでいなければならないと思ったんです。 その今の時代は環境によって地帯によって そのニーズによって変化することが求め られる時代だと思うんですけども変化し ないでいることがどれだけ大切かという ことを表させていただける キャラクターだなといつも感じています。 変わらないでいるっていうのは 意外とすごく難しいことで、 それで言いながらその昭和から1984年 の時代から変わったんですけどもやっぱ 時代と共にこの今のいろんな情勢とかそう いう人の考え方とかあの 学びの学びに関しても遊びに関しても いろんなものがこう変化していく時代で ちょっとした物事を決めるにしても人の顔を見ないで、 あの、物事を進めてしまうことが多々あったり、なんか難の時代から個こ々の時代にどんどん変化してい、もちろんそれは文明の力であってすごく素晴らしいこともあると思うんですけども、天井田先生って顔の距離が近いじゃないですか。 あれはなんかやっぱりどこまでも人間愛に 溢れていて人との距離をもっと近づ近づい ている なんか見せたくない姿も見せてしまった。 だからこそ みんなが憎めないんですよと。 どんな人でも欠点は必ずあると思います。 でも全てを見せてくれるからこそあの愛す べきチャームポイントになるんですね。 この欠点がなんかそんな時代だったと思う んですけど、そういうものを表現できる キャラクターでなければならないといつも 思ってました。 見せなければならない姿と見せてはなら ない姿がこう混沌としていくんですけど、 その歯車がこうずれていくんですけども、 それがあのうまい具く 笑っていただけるような面白い環境と共に そのキャラクター のいい味が出ればいいなと思いながら連修 旅行ということで今度はその生徒さんたち と子供たちとどのような交流を図ったの かってことをお 話しいただければと思います。お願いします。子供たちと子供たち、 ま、本当の主役は子供たちだと思っていますので、 あのすごくこの先に出てる子供たち生々しくてイ生キ生きとしてて、あの、芝居をしてるとよりも映っちゃったっていうぐらいすごくあの自然体で生き生きしてるんですよね。 それはあの撮影が始まる前からいろんなお 話をさせていただいてまず本質を捉えて この作品が何のために作り誰に何を伝え あの伝えるべきなのかそのために何をし なければならないのか存在意義というもの を見つめてみてください。それは個々の 存在意と作品の存在意とその中でこの作品 っていうものは通過点にしていただいて なんかその役者という肩書きを外しても 子供たちが成長していただけるおかしいん ですけどもそういう1つのなんか通過点と なればいいなというものがありまして私も 13歳からこの世界にいましてすごく好き だったんです。この世界が大人たちかっこ いいな。家族のようなチームですごく愛が あって現場に行きたくなるような現場だっ たんです。なので現場に来なさい。あのお 芝居いをしなさい。あの何々をしなさいで はなく自らが自発的に現場に来たくなる ような芝居をしたくなるような環境作りを まず第に作っていました。 ですね、あの、函館から始まったんですけども、撮影が始まる前にプライベートとしてみんなでこう、白山ちょっと登ってるよって言いながらこう記念させみんなでしてみたいとかうん。 なんかそのみんなで 完全に映像とは別であのラッキーペアとか いろんなところをちょっと函館を感じてみ たりとか やっぱ見えるとこでないところも人間に 溢れていないといけないと思ってるのが 美味しい給食ですのででその子供たち はすごく楽しそうにしてるんですよね。 そのメリハりをつけてやらなければなら ないことは自分自身でこう呪文自しながら 常にあの芝居に向かってるんですけども 終わったらもう怪獣のようにうわあ 騒ぎ出すんですけどそういう姿を見て うわあなんか作品を楽しんでくれて嬉しい なて思ったんそれをまずまお客様に楽しん でいただくこととま政策としてはあのまず はこ子供たち が来たくなるような現場自発的に何かをし たくなるよう エンターテイメントの本質として作品をお 客様に届けるっていう 本気で届けるっていうことを見せたかった ので本読みからえからテストから全て本気 であの全部フルで本当に 残さずに毎日毎日こう子供たちと過ごさせ ていただいたので最後は本当に寂しくなっ てみんな涙してください子たちがそういう 姿を見てなんか本当にかけのないあの日 あの場所あの時に 戻りたいなと思っていただける場所になっ てると思いますので、 なんか子供たちによってそういう戻りたく なるような1つの青春のいい環境になれば いいなと思って、そういう環境作りをいつ もしてました。 印象的だったのは、あの、みんなで本当にバスに乗ってあの旅をしているので、え、やっぱり四春期の中学生、高校生の子たちが多いから息が集まっちゃうといけないなというんで、 女監督の発案でこの日ちょっと緩いスケジュールの日があったので宮沢健二記念っていう風にその行 で、その館内を見学したり うん。 しようかとで言ってしまえばその映画本編の撮影はないんですよ、そこでは。 うん。 だけどせっかくだから収穫旅行として行かしてあげようと。 うん。 で、行くなら行ったで収穫旅行の思い出みたいな エンドロール。 エンドロール。 大丈夫です。大丈夫。大丈夫です。 あの、あの、廊下に貼り出されてる写真っていうのもあるんで美術としては必要だったんですよ。 うん。 だからせっかくなら連れてってあげて写真も撮ってあげようと。 そうすれば俺らの美術としてもできるし。うん。 え、そしたら、ま、イチャルが来てくれたんですよ。別にマストではないんだけど、別に休、休み、疲れてるから休んでっていいわけですよ。で、もうイチャルが来てくれてどう使うかも分からないけど、とりあえず写真撮っとこうと。 ちょっと言い方あえて乱暴に言えばあえて乱暴に言えばとりあえず取っとこうぜって言うんであの女族の仕切りで それこそもう僕も一切口出さないで あのこういうのあいうの取ろうともう子供たちとかとかみんな楽しそうに行ってで宮沢健二記念官の館長も本当に宮健二さんのごあの子孫の子孫ですよね繋がってる 繋がってる方で色々教えてくれたり面白く勉強になってでみんなでお土産買ったり写真撮っ 楽しい。あえてそういう生き抜きをさせてあげようというつもつも撮影だと辛いんで。うん。 うん。うん。うん。 それにチャル君来てくれて写真をたくさんみんなと撮ってあげたって。 だからああいうの優しさですよね。その子供たちの思い出になるように。 そうするとあんまりにもその写真がいい写真があったんでなんか他に手はないかなと思ってあそうか。 エンドロールに使えないかなと思って、 それを集めて、それこそ何百 枚ってあったんで、まず 150枚ぐらいにして、 50 枚ぐらいにしてで、こう絞ってたんですよね。で、一応数えて全部であれ、 25枚ぐらい使ってるんですけど うん。 その全員なるでく同じ回数にしようと思って。 あ、そ、俺の考 要は俺は 6枚映ってんのに俺1 枚しか映ってなかったじゃかわいそうなんで。 うん。 うまいこと。うまいこと大体3枚ぐらい から5枚ぐらい映ってる状態を作れるよう に国組み合わせでやったんですよ。だから それはなんかあの俺だけ1枚だったって いう子が1人もいないようにしてあげた。 これなんか子供たちの生き抜きをしてよっ て発案してくれたスタッフの力でもあるし 来てくれた君の力でもあるしだから それは嬉しいですよね。 元々の狙ったものではないけれど、そういう ことが生まれるなんとかそれをじゃあ映画の本編にも残してあげたいっていう うん。 あの、とても素敵なんか半日にした。 半日もなかった。こ 世の中に対する風のような風にも見えたんですけど、その辺りについてはいかがでしょうか? そうです。まさにカウンターパンチというか、アパンチ手勢として はい。 え、笑ってられますか?ていう、え、昭和のこの時スパルがよくおかしいよねえじゃ本当に今いい食べ方になってるのかとだから、ま、そういうアンチになると いいなとは思ってあえて過剰に はい。 え、やりましたけど、 え、 難しいですね。良くなってる分と実は全然変わってねえじゃんっていう部分と はい。ま、それおっしゃる通りには、 あの、 それ美味しい縮なりのそのあんまりこう説教みた言い方描き方ではなくできると うんうんうん考えてました。 はい。 あの、それぞれの正義がありまして、あの、うん。間違ってることはなくて答えというものはやっぱ難しいなと全て正解だと思うんですね。それにとって 正しいと思って全倒にひ向きにその道を進んでるわけです。 うん。 本当にそれは子供たに思ったりことを思ったり、学校のことを思ったり、世のことを思ってただそのプロセスってもはあの変わっていくんですけども、それぞれの正義があってうん。だからこそこう天のキャラクターっていうものがまたこう浮き彫りに うん。 なってきて あれだけこう片物なんだけどもやっぱ常に中立であってあの人の意見をしっかりと聞いてうん。 あの、このことを 進め、進めてるんだっていう、 それを分からせていただける キャラクターでもありますし、 川沢先生が おっしゃってるそのさというものも正解だ と思うんですね。うん。将来あの子供たち は荒波に揉まれるところです。学校はまだ 協力まだ守られています。 でも社会に出たらもっとひどいことがあるかもしれません。 うん。 その時にいかに強くなれるかというとそういう教育があって厳しい うん。 危機感をしっかりとあの感じるね。教師のやり方も間違いではないと思うんです。 うん。 でも本当に何が正しいのかっていうのは今でもずっと分からない。 それが永遠のテーマであり前脳行いのように呪文自動しながらこれがいいのかこれがいいのかと 常に悩み続けることが大事なのかなと そこで悩み悩む考えることを 止めてこれでいいんだとこれがいいんだこれでいいんだと思ってしまった時点でもう人は成長しないですし教育も全てが止まってしまうとですね 毎日毎日毎日こ こう自分自動しながらやり方があって何が正しいかわからないと考え続けることなんかその 1 つのきっかけにもなると思うんですよ。作品が はい。 そういう時代とその教育の仕方に関しては考えることを止めさせないキャラクターであったなと思います。 あ、田先生のモノローグというかそれが閉めるこう悲重いのは大きいかと思うんですけれども それに対してその演技上なんかこう心がけていらっしゃうことはありますとか モノローグはもう私がやりたい放題やってるんです。 あれはもう前日寝れないんですよ。給食を取る日は給食だけの日になる なので前日にもう ちょっと紅用して待ってしまうちょっとこう体金が動いてしまう動きも全部アれあの 勝手にやらしていた。 ええ、どう、どういうか、どうどういうリアクション、どうするかのもうに書いてないので、 ええ、 もう前日に色々考えてきて、もう好き放題やらせていただいて、その中でモノログローグっていうのはこうすごくこうまず取りでもうモノログもその場で取るんですね。 はい。でか、 そう、そのモノログローグに合わせてまたお芝居いもしていくんですけど、 そのモノログももう一緒に決めていかなきゃいけないので、 なんかその理性を解放したいと思ってまして、常になんか やっぱ本当のに自心に抑えられて人間というものはあの潜在的な意識をなかなか出せていないという 本当に ちょっとしかあの自分の思いとかやりたいこと 表面的には出せていないっていうのを常に思っているんですけど、 その理性を全て解放するような自信を あの壊して向こう側に行くことをつけてます。 あのバスの中でお腹が痛くなしもに真に迫ってて はい。ありがとうございます。 限界を迎えて考えることを考えない考えるだろ 限界は 最高監督なんかこうこういう風にていうのはあったんですか? いや基本的にはもうあの台本の読み込みとり田という男を使っての表現力とはもう一もうわかんない だ本当にあれですよねあるとしたらね ここはのこういう取り方になるから ここで繋げてほしいとか、 あの、やっぱそういう芝居をするならこう取ったが面白いからここうした方がいいんじゃないかとか、ま、そういう映像に最終的に編集した完成品を見越してのあの詰めてほしいとか はい。 伸ばしすぎないで欲しいとか、ま、そういう全体の調整ですよね。 あの、あとは時々なんだろう、こういうのを入れてみてとか、その場で あの、仮じわーって言ってみてと思い そのま、1 個だけなんかそのなんかサプライズをジャ君にその台本だけじゃないのをこう 1 個渡してあげるとそれできっとさらにプラスアルファで便乗が出るんでたからそういう味付けをうん。 さらに脚本からさらにこうイメージは膨らむというのを考えてやってます。はい。 ありがとうございました。 これからあの全国にキャラバンしに行くという風に伺っております。 良い作品をその皆さんに届けるというところもあったんですが、宣告ツアーみたいな感じなので、あのお 2人にちょっと意気込みみたいなものを ツアーに出る前のアーティストに出る前の 新攻撃下げて アーティストみたいなをちょっと 1つ伺いたと思います。 純粋に本当に1人でも多くの方に見て いただきたいし、え、ま、僕というか一原 君が行くことによってそれによってお客様 が来てくれるうで見る機会が増えるという のが、ま、嬉しいですし、あの映画のため にもやっぱ見てもらなければ本当に映画と は意味がない。いくらいい作品でも埋まれ ていては意味がないのでそういった意味で 1人でも多く認知してもらいたいというの が1番の記号ですね。で、今日もそうだっ たんですけど、ミッドランドで すごく今日中の方がたくさんこうハイ タッチとかする時にものすごく話しかけて きてくれて、え、監督めちゃめちゃ 面白かったよとか、いや今までで1番 面白いよとか最高でしたみたいな、次も 待ってますみたいな、あの、これを支えに 頑張りますていう、つまり、え、僕らが 救われてるんですよね。 あの、う、正直映画の準備撮影集し上げとかあまりにも工程が長すぎて楽しい楽しいことは楽しいんですけど好きなことやってるんだなんて言うのかな地道すぎるんですよね。 そのやってることがあのこんな人前立つ なんてことは1年のうち数日なわけで、え 、ひたすら机に向き合ってスタッフと 向き合ってロケしてあれしてみたいなちな 作業の連続なんですよね。だから、あの、 今日ああ、やって笑顔で拍手をいただける ということが僕らも救われますし、あ、 これを続けていいんだという。で、また、 あ、いら君がよく言うお客様のためにまた この作品を作るということにもうすでに そこに意義があるんじゃないかという求め られてることに対して、え、そこに 立ち向かうというだからシリーズを続ける つもりは最初はなかったけれど、本当に いろんな事情でこうなってきて、今待っ てる人がこんなにもたくさんいるんだと いう、それに現に救われてる 自分の存在価値があるっていう うん。本当になんて言うのかな。綺麗事 じゃなくて行きたいっていうかうん。舞台 挨拶行って映画どうでしたかていうか喜ん でいただける笑顔を見る。その見たい だからできるだけたくさん 時間のその行ける限り行って一緒に 美味しい給食のこの世界観をみんなで共有 できたらお互い頑張れるんじゃないかなと いう風に思ってますんで皆さんも無理の ない程度に是非来ていただけて一緒に映画 を見てあの話せたらいいなと思ってます。 はい。数は本当に何も一切気にしてないん ですね。純粋に あの 求めていただけることがあの作品としても 役者としても本当に嬉しくてそのために あの役者をやってると思っていますので その感謝の気持ちをあのお伝えしたくて ただただ会いたいとどこまでもやっぱお客 様法位でなければならないと思うんです。 全ての作品が作れての英語ではなく お客様のためにあるべきだなと思っていまして行ける限りあのお声をかけてかけていただける限り時間が許す限りどこでも私にとってはあの道端でも小さな部屋の中でも大きなのが入る舞台 あの映画館どんな場所でも何か 伝えられればそれが全て私の夢なのであの 夢を見させていただき本当にこれ以上感謝 をしてるんですけどなので エンターテイメントの本質を見つめたいと いう 私自身が学ばさせていただいてる 方だと思います。あの、全校キャラという ことをやることによって本来エンターテイ ントってどういうものなのか役者としては 何を考え、誰のために、何のために現場に 立ち続けるべきなんかというものを学ば させていただいてるなので、どう見せよう とか、ちょっとよく見せようって一切ない んですよね。とにかく楽しんでいただけれ ばもうことしか考えてなくて、あの、本 読ませていただいて、今回ちょっと ちょっとあの、台本持ってきて、 くしゃくしャ台本ちょっと持ってきちゃっ たんですけど、ちょ、それも前日に、あ、 ちょっと読みたいからちょっとあの、舞台 挨拶の進行台本ちょっと変えてください。 ちょっと持ってくんで、ちょっとだけ読ん でいいですか?つって。どこを読むとも誰 にも言わずもう6年続いてるシリーズなの でもうじゃあ挨拶する前にちょっと読ませ ていただきます。それでちょっとでもこう 楽しんでいただければいいかなと。純粋 純粋にその感謝の気持ちを伝えたいという 思いと学ばさせていただく思いなのでどこ までもお客様本でありそのために喜を残す ことなく全力であの ま今回もそうなんですけども会場橋にあり ながら 流れがあそこ気にせずあの お客様にの心に襲っていきたいと思ってい ます。ありがとうございます。ありがとう ございます。 ご視聴 とってもありがとうございまし。そう、僕も管理人さんと一緒に終わりの素敵なことをどんどん広める想だからね、高評価、チャンネル登録をよろしくお願いしまちそう。 お
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綾部真弥 監督
市原隼人(主演:甘利田幸男 役)
合同インタビュー
2025.10
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