諫早市市制施行20周年記念式典トークセッション
[拍手] え、市長、大久保幸でございます。 え、ただ今からイヤ市20周年記念式点第 2部としましてトークセッション人生を 豊かに夢を育む若者たちへを開催いたし ます。 それではご登壇いただく素晴らしいゲスト の皆様をご紹介いたしますので大きな拍手 でお迎えください。 まず、え、イ早が産んだ会のキング内村平 さんです。 オリンピック4大会に出場し、3つの金 メダルを含む7つのメダルを獲得するなど 数々の異業を達成された会のレジェンドで あり、市故郷特別大使としても貢献いいて おります。 え、続きまして、フランスパリオ拠点に 世界的にご活躍されている造形作家レコ クルック西岡さんです。 パリを拠点に特殊名キャップの分野で選挙 者として活躍されており市での幼少期の 戦争体験をもに小説赤トぼを執筆され、 その朗読劇の上営会を国外のみならず海外 でも開催するなど平和活動にもご尽力され ています。 続きまして、この度市PR大使に ご就任いただきました漫画家草みさんです 。 漫画ファンタジスタや市舞隊となりました 大工の波などの作品で知られ、駅校内の 大型タペストリーやのんの子イ早祭りの ポスターデザインも手掛けられております 。今年度からは市 PR大使にご就任いただいております。 そして本日のコーディネーターを務めていただきます俳優美さんです。 市出身の脚本家市川新一先生のご室で古を 題材にした舞台を全国で講演されている他 市が主催する文化講演会などの文化事業の 開催にもご侵力いただいております。 本日はこちらの皆様にトークセッションを していただきます。それではよろしくお 願いいたします。 え、皆様こんにちは。え、本日は伊市 私世政思考20周年誠におめでとうござい ます。え、ただよりトークセッション、 人生を豊かに夢を育む若者たちへを始め させていただきます。改めて進興を務め させていただきます柴田美です。どうぞ よろしくお願い申し上げます。 え、ご登壇者の皆様よろしくお願いいたし ます。 今日のテーマは人生を豊かに夢を育む若者 たちへです。え、短い時間ではございます が、これを3つのテーマに分けております ので、え、今日ご登壇いただいた皆様方 からそれぞれのご経験から、え、若い形へ のヒントになるようなお話を伺わせて いただきたいと思っております。 それでは1つ目のテーマです。夢の発見と その言動力皆様それぞれ色々な夢を見つけ て、え、それを追いかけていらっしゃった と思うんですけども、それが、え、いくつ ぐらいの時にどんな風に夢を発見して、 そしてそれを追い求めていく言動力になっ たのはどういったことなのか、ま、具体的 にお話いただければと思います。ではまず 内村さんからお願いいたします。 えっと、僕は市で、ま、3歳の時に北九州 生まれなんですけど、え、3歳の時に、ま 、両親がイ市の伊市に体操教室を開いて、 ま、そこで体操始めて、で、そこから、 えっと、小学校6年生の時に、え、指導に オリンピックがあって、え、ま、それを見 た時に、ま、自分もオリンピックに出る ような選手になりたいなと思っで、ま、 それが、ま、夢の発見 ですね。で、そこからまあ中学校3年生 まで早に行って、で、ま、自分が上手に なりたいと思ったから東京の高校に行った んですけど、ま、目の発見と、ま、言動力 ってのは、ま、ほぼほぼ同じようなもの だったかなっていう風に思ったのと、ま、 実際自分がこうなったのも結構、ま、奇跡 に近いと言いますか、ま、努力はそれなり にしたと思うんです けど、ま、運もあったし、ま、何よりもやっぱり地元の方たちもそうですし、ま、自分のことをサポートしてくれた周りの人たちの応援のおかげかなっていう風に思ったので、え、はい。そんな感じでした。 そういうことだったんです。もう本当にじゃ 3 歳の頃の夢をずっとずっと追い続けてこられたんですね。 はい。 はい。ありがとうございます。じゃ、続きまして西岡さんお願いいたします。 えっと、私は小さい時から踊ったり歌っ たり、お絵かけをしたり、スポーツをし たりするのは大好きでございました。 そして、え、学校でも演劇部を作ったり、 コーラス部、え、絵描きのクラブスポーツ と、え、クラブ活動に熱中しておりました ので成績は最低でした。 でも今振り返ってみますと、え、この年と 申しますと90歳になりましたが、その間 、え、いろんな、え、職業つまり仕事をし たにもジャンルが違っていたにも関わらず 、は気がつきますと、映画、演劇、オペラ 、ミュージカルというような小ビジネスの 世界でフランスで仕事をしてることになっ てしまいました。 え、なんだかちょっと不思議だなと思うの はこれは私のことですが、小さい時に私は これが好きといったことをこうして何か 実現してきたということが、ま、私の夢の 言動力は幼い夢だったんだなと思っており ます。 えっと、なんか意味って本当に不思議な もので、え、私たちの体に、え、ビールス のように、え、潜伏していて、何かの機会 にそれが出会いなのか、あ、 ま、よくわかりませんが、そう発病する チャンスを待っているような気がいたし ます。 ハードルの高い夢を見て飛びますと、 風当たりも強くリスクも大きく、え、大変 なことなんですが新しい発見はございます 。飛ばず下の方で安泰にしておりますと、 それは非常に、え、リスクも少ないんです が、そこでは何にも起こりませんですから 、おい方がこのどちらを選ぶかというのは ご自身の選択です。なるほど。私は90歳 で申し上げられるのは、あ、人生はた、 たった1度。そして本当に短いんです。 あっという間なんです。え、それであの やっぱり自分の好きなことをする 嫌なことを嫌なこと嫌だ嫌いだというよう なことにあ、費やす時間はないのではない かと最近思っております。どうぞ皆様自分 が好きだということを徹底的におになって ください。あなたの人生ですから。 はい、ありがとうございます。楽しいお子様時代だったんでしょうね。続きまして草葉さんお願いいたします。 [拍手] え、あのれ子先生と同じなんですけども、あのやっぱりあの好きなことをやりたいっていう気持ちが 1番ですね。 あの、 やっぱり、あの、 あの、えっと、ま、昔からあの、空想し たり絵を描くことが好きだったので、その 2つをこうの欲求を満たしてくれるものが 漫画だったんで、ま、子供の頃はもう漫画 ばっかり書いて、周りのでもう大人になっ 、えっと、ま、あの、漫画家になりたいっ て周りに言ってたんですけども、要は、ま 、周りの大大人たちは頑張れって言って くれるんですけど、やっぱりこう大人高校 生の時ですかね。あの担任の先生にお前 何るん、どうするんだって言われた時に いや、ちょっと漫画会になりたいんですね 。つったらも現実見ろって言われてですね 。 だんだんとこう、あの、あの、ま、それも しょうがなく、あの、受験勉強なんか 頑張ってやってたんですけど、やっぱり目 の前に白い紙があったりするとですね、 もうちょっと絵を書きたくなったりとかし て、それでこれいかんいかんと思って、 また勉強にするんですけども、その行っ たり来たりで、なかなかあの、えっと、 勉強がは取らなかったというのはあります 。で、 そうですね、あの、夢っていうのはなんか こう大人になればなるほどこう障害が どんどん出てくるものかなと思うんです けども、あの、そういうもの乗り越えても こう好きでいられるようなものをこう 見つけられたらあのいいんかなとは思い ます。はい。周りの方の励ましも大きかっ たんですね。そうですね。はい。 ありがとうございます。では 大久保市長さん。はい。 え、あの、ま、私、あの、市のカ町の出身 でございまして、ま、今もそこに住んで おりますけども、ま、同じ町内には、あの 、世界的な俳優であります。役所王子さん 山さんが出身であります。そして隣町の 栄え町はあの柴田美子様のねご主人である あの客婚家の市川新一先生のご出という ことであの小さい時から、え、本名がに 使って遊んだり、あるいはメガネ橋がある あのイ早公園に登って遊んだりしており ましてね、ま、やはりそういうところから 見るこのイ早の風景、原風景が非常に、ま 、好きだっていうですね、ま、小さい時 からですね、ま、それがやっぱり根底に あると思います。ま、あの、高校卒業して 、え、イ早を出ましたけども、また36歳 の時に18年ぶりに帰ってきて、で、ま、 この議員の道を目指したということでです ね、ま、あの、小さい時の日本の最小田中 格さんがやっぱりあの日本海側の行き深い 共同をですね、こう発展するために色々 こう、え、をされているのを見てですね、 やは あの、自分も将来、ま、そういう力でですね、やっぱり強度に貢献をしたいというのが、ま、あったもんですから、ま、全然政治家の家計でも何でもなかったんですけど、ま、そういう夢をずっとこう追い求めていて、ま、今の想させていただいてるということでですね。 はい。ありがとうございました。 その皆さんは本当に、え、夢を見つけて それを育まれてこられましたけども、何も かもこう簡単にスムーズに行ったわけでは なくて、ま、いろんな困難壁に省かれたと 思うんですけども、その辺をどんな風にし て乗り越えられたのか、2つ目のテーマは 困難の乗りか乗り越え 方です。え、内村さんからまたお願い いたします。 え、僕の困難だったことは、え、 やっぱり人間なので やる気がある日とない日っていうのがあっ て、ま、やっぱりやる気がある時は、ま、 自発的にこれをやったりしようとかって 色々アイデアが浮かんでくるんですけど、 やっぱやる気がない時ってどうしてもこう 体育館に行くことすらも、ま、朝起きる ことすらも辛いって思ってしまう。でも僕 も好きでやってるし、仕事でや、体操やっ てるんで行かなきゃいけないんですよ、 結局。だから、ま、自分が好きで始めた 体操で世界一になりたいっていう目標を 掲げてやってるのであれば、ま、やる気が あってもなくてもそもそも関係がなくて、 やる気があるとかないとかっていうのはだ から、ま、結局やらなきゃいけないので、 ま、とりあえず行ってみるっていう何も 考えずとりあえず行ってみるとなんかこう いつの間にか没頭してる自分がいたので、 ま、それがなんかこう壁の乗り越え方の1 つかなっていうのと、ま、あとは現役の 後半に怪我がたくさん 重なってしまって、ま、やっぱりこう今 まで6種目をやって個人総合の王者として やってきたところを、ま、鉄望を1つに 絞ってやるっていうのも なんかこう臨気応変に、ま、自分のこう やり方を変えていくっていうのも壁の 乗り越え方の1つなのかなっていうのも あったし、ま、やっぱりその時、その時で 、ま、状況とか、ま、環境とかが変わ るっていうのもあるので、ま、そこを いかに自分の中で最善を尽くしてやって いくかっていうのを考えるるっていう 考える力の、ま、困難を乗り越えるための 1つの重要なものなんかなっていう風には 思ってます。 それはやっぱり気力とか勇気とかそういったものですか? 気力ですね。やっぱり結局何でも乗り越える力とかやり方とかはあると思うんですけど結局それを支えるのは気持ちの強さだと思うので、ま、最終的には自分がどれだけ成し遂げたいかとかどれだけやりたい気持ちが強いのかっていうところにかかってると思います。 ありがとうございます。 じゃ、西岡さんお願いいたします。今の乗り越え方です。 え、乗り越え方と申しますと、内村さんも 先ほどおっしゃったようにいろんな形が あると思うんですが、え、ま、人それぞれ メンタル肉体的な、え、ことが違います から、私は内村様のようにメンタルと肉体 が融合した高いところへ問われた方を大変 尊敬いたします。大変難しいことです、 本当に。 え、ま、え、そういうことがあって メニューはございませんが、ま、一言で 言えば大きなパッションやりたい やり続けるというパッションがまずあって 、それにやはり努力とか忍耐とかっていう のがついていくんだと思います。ま、私の 経験をお話すの小々ましいんですが、あ、 私は、あ、学校で学ぶことも、ま、特殊の ことなんですが、こともせず、え、死と いうものもなく、全くの我流で新しい仕事 を作るという大変乱暴な道を選んでしまい ました。え、フランスについて色々とあの 自分のなんて言うんですか?アイデンティ ティっていうのがどこにあるかよくわから ない。では何かここの人ができないことを やってアイデンティティを作るみたいな 意持もあったと思うんですが、あ、その頃 全くなかった特殊をやるためにアトリエを 作って、え、我流で始めました。その頃の 写真を見ますと、え、お手には全部あの バンドエージが貼ってあり、仕事、え、 慣れない科学薬品でボロボロに焼けており ます。でもとても楽しい時期でした。 そう、あの自分の見えない能力を試す時 って本当に怖いんです。私はもう随分前に 、え、現場離れをしておりますが、今でも 、あ、夢の中でカメラの前ですごい大失敗 をして真っさになる夢を見て、はっと目が 覚めます。 だからそれほど、え、自分の能力を試すと いうことは大変なことです。そしてそれを 乗り越えるということも大変なことだと 思います。 私はですから自分がギブアップしそうに なった時は何か自己催眠術をかけるんです ね。え、ネガティブなことに耳を犯かすな 。 集中性を私はできる。私はできると交代を して結構役に立ちました。 それで、え、 何かをなさろうとする方は挫折っていう ものを恐れてはいけません。挫折は本当に 素晴らしい優秀な先生です。ですから、え 、失敗を恐れず困難を乗り越えてください 。それに苦しまないでちょっぴり楽しみが あればもう最高だと思います。本当に たくさんのチャレンジをなさってこられた と思います。ありがとうございます。 サバさんがその漫画家になろうと思った時、あるいはもう漫画家になられてからの色々混難っていうのはどんなものがありましたか?そうですね。 夢っていうか、あの、やっぱり作品書い てるともう行き詰まってしまうことがあっ て、もう全く最初の駆け出しの頃に、あの 、これって全国士だよなって思ってしまっ たら全国の人が見てるんだろうなって思う ともう全く書けなくなって、それで1日 全く真っ白な現稿ので過ごして、で、2日 目もそのまま過ごして結局1週間ぐらい あの徹夜して何も食わずにもうボロボロに なって、あのどうしようかと思って、それ で編集さんにもうちょっとかけませんつっ たら、あ、いいよ。次の香りはいるんでと か言われながら、あの、言われてもじゃ どうしようかなって思った時に、あの、 本当にもう精神状態でもおかしくなってた んですよね。あの、ベランダから 飛び降れれば楽になるのかなとか思ったり もしたんですけど、あの、ま、幸い2回 だったんで落ちたところであの、足を くじくぐらいかなって思ったんですけど。 そうですね。それ、その時にじゃ、どう 乗り越えたか、乗り越えたかっていうか、 あの、 ま、結局、あの、諦めました。もういいや 。もう、もうに帰ろうて思ってですね。 で、とりあえず寝ようって思ったらもうすっと寝て起きたらもう本当になんか不思議にかけたんですよね。 だからあの一旦立ち止まってみるのもいいんじゃないかなと思って。 それで、え、あの、それでも、ま、 と遠回りというか、別の夢を見つけても いいし、あの、それでまた元の夢に戻り たいと思って、もう戻ったらと思ったら もうそれに戻い んかなというそんな感じですね。はい。 そんな思いをなさって本当に今が終わりな んですね。 じゃ、大久保市長さん。 はい。あの、今皆さんがおっしゃったようにですね、ま、やっぱりなんかこうチャレンジしようと思えばやっぱそこには当然困難とかね、あの、あると思うんですけど、やっぱりその自分のやりたいこと目標が上回れば、ま、その困難を困難と思わないというかですね、ま、乗り越えていけるのかなというですね、ま、そういうあのがしてます。 ま、私もあんまりこう基盤があのある中で こうこの世界に入ったわけではないので ですね。まあまあそれなりに苦労はしたか なと思いますけど、あんまりこう苦労と 感じたことなくてですね。で、あの内から はあのあなたは自分のやりたいことしたい ことをやってんだからそれで弱かれたら まったもんじゃないみたいな感じでお尻を 叩かれたりしてますのではい大丈夫だと 思います。 いや、もなんか政治家の方とやっぱりもう選挙とかそういったことへのチャレンジが大変じゃないかと思うんですけども、そういう時のお気持ちはいかがなんですか? いや、もうまた次頑張ろうというですね。 はい。 はい。 はい。あの、こうやりたいことがあるのでですね。はい。 はい。え、 そんな感じです。 え、でも、あの、本当に早の町を、え、なんか、え、一番背負ってくださってますのでね、本当に、 え、これからも本当に、え、よくしていただきたいと思います。困難を乗り越えていただいて ありがとうございます。はい。もう市民の皆さんと一緒にですね、はい。頑張っていきたいと思います。 はい。え、そして最後のテーマになりますが、これは若い世代に伝えたいことです。 これは本当に今日も若い方来てらっしゃると思うんですけども、是非皆さんにしっかりと伝えていただきたいと思います。内村さん、お願いいたします。 うーん。うん。まあ、若い時にしかない あり余るパワーっていうのが僕はあると 思ってて、ま、それがやっぱり夢に向かっ て突き進む力だとも思いますし、 ま、多少無理してもう大丈夫な年齢だと 思うんですよ。若さっていうのはやっぱり こう年を重ねていくごとにあ、やっぱり あの時のあのあり余る力があったからこそ これ限界突破できたんだなって思うことも できるんで、ま、だから今思ってる夢中に 慣れてるものとだったり頑張ってるものに 対しては本当にもう全力投球の1個先、ま 、限界を突破するぐらいまで突き進んで いって欲しいなと 思います。ま、あとやっぱり長崎県民とし てはうん。平和に対しても 他の県の人たちよりも思う力っていうのは あっていいと思うしうん。ま、やっぱり こう戦争 経験している世代っていうのが年々減って いってると思うので、やっぱり長崎県民の 子供たちはやっぱりそれをよく、ま、お じいちゃんおばあちゃんから聞いてる、 聞いたこともあるがいると思うんで、ま、 他の周りの人たちに、ま、教えてあげたり だとか、 ま、そういうこともできると思うんで、ま 、僕はこ今今年、えっと、長崎で全国中 学校大会っていうのが体操があって、ま、 被爆80年ということで、ま、呼ばれて いったんですけど、ま、やっぱり、ま、 長崎県民として、ま、そういったことも 大事なんで、ま、全国からせっかく長崎に 来てるんで、ま、体操をしに来たと思い ますけど、ま、そういったことも知って、 ま、家に帰って欲しいなっていうのを伝え たので、ま、これは若い世代の人たちに も、ま、責任を持ってやっていただきたいことかなっていう風に思ってます。 じゃあ西岡さん、お願いいたします。 え、私は戦後のケ跡で青春を過ごしました。 [音楽] その頃は夢、若いものの夢は自分の個の力 で革命までできるほどの熱キを持っており ました。今とちょっと違うかなと思うん ですが、えー、そういう時代を得て今私は こうして、え、生き延びておりますが、私 がいろんな仕事をしながら得てきた人生の 中で、え、 ネット社会というのが津波のように 押し寄せてきて、私の世のは年寄りがオロ してる間にまた、え、この人類初めてと 言えるかとも、え、AIの時代が始まって おります。 こんな時に私は若い方へのそのあの 何か助言のようなものを自分がどう伝える のか自分自身が未来像みたいなものが全然 見えなくなってしまっているんです。これ は正直な話です。え、それで、ま、私が 言えることは、あ、 何でしょう?え、 私の時代ですか?あ、え、時代、私のいた 時代環境そのような時には、え、今はそれ よりも何か、あ、人間を軽く見るような 傾向があって、その点これから何か もっと 複雑で逆に厳しい世界が若い方に 待っているのではないかという気がいたし ておりますが、いかがでしょうか?あ、 そんな時私は じゃあどうしたらいいかと言われるとあ 大変あのおばあちゃんの話で申し訳ないん ですが、え、ま、機会が持た 人間性、そして人間の持つ素晴らしい互感 そして、え、風や鼻の匂いが鍵分けること のできる感性、そして原子のエネルギーを たっぷり取り戻すことではないかと思って おります。 ちょっと余談になりますが、私は、ええ、 日型の海からあれ明け海から 聖川へたどり着いたムツゴロジェヌと自分 で受賞しております。これは私小さい頃 日型の海でドロンク遊びをしておりました ので本当にあの不思議な日型のエネルギー をたっぷり頂いてると思います。 こうしてこうして元気に皆様の前にますことを大変早に感謝しております。どうもありがとうございました。 ありがとうございます。草さんお願いいたします。 [拍手] えっと、僕はあの 、うん、あの、最初に言ったと思うんです けども、あの、空想することが好きだった もんですから、明日の自分はどうなってん だろうとか思って、で、そこは想像でき ます。簡単に。で、5年後、10年後どう なってるんだろうって。そうですね。あの 、1年後どうなってんの?大学行ってん だろうかって思ったりしてたんですけど、 ま、一郎してそん時は行けなかったんです けど、あの、10年、20年、30年、 40年ずっと想像していって、最後死ぬ時 までこうリアルに想像してしまってですね 、ものすごく怖くなって、もう心の底から 怖くなったっていう記憶があって、その頃 からもこう死ぬことに結構とわれてしまっ た時もあってですね。でもあんま考えても どうしようもないなって布団を持っある時 思ってそしたら逆に今度はじゃどう生きろ 生きるかっていう風に頭がこうシフトして いったんですね。なので、えっと、若い人 たち に、え、考えてもらいたいっていうか、 結構人生そんなに長くはないなっていう ことなので、かなりあの、最後ね、いつか こうしまいが来るっていうのを頭に念頭に おいて、あの、色々とこう迷ってる場合 じゃないぞっていう風に、 え、そういうことをこう考えながら、あの 、夢に向かってってもらいたい なていうのは思ってます。はい。 えっと、今の草さんのお話で思い出したんですけども、市川がよくシナリオ構講座なで、え、想像力を養しなさい。総力、想像力こそが自由の力だと申しておりました。これも本当にあのシナリオ書く方だけなくも皆さんにもそうだと言えると思いますので、なんか今そんな言葉をふっと思い出しました。じゃあ最後にくご視聴さお願いいたします。 あの、やっぱり若い皆さんっていうのは いろんな意味であの可能性が大だと思うん ですね。で、やっぱりあの 自分の将来とかあるいはその故郷の未来に こういろんなこう夢をたくさん描いて 欲しいなと思います。こう会って欲しいと かどうなりたいとかですね。で、ま、 私たち大人はやっぱりその若い人たちに、 ま、こういう生き方もあるよとか、こう いう未来があるよとかですね。ま、 いろんなこうあの 選択肢というかビジョンというか、そう いうのをやっぱりお示しする責任があるの かなと思います。で、今日は3名の方が それぞれの分野でご活躍のですね、あの、 いろんな困難を乗り越えながらご活躍の皆 さんですので、また是非若い人たちに、 あの、 そういう話をですね、ま、聞いていただい て、またなんかこう参考にしていただいて 、パなんかポッとこうひらめいていただい てですね、ま、それに向けてあの 突き進んで、え、いただければいいなと いう風に思います。はい。 はい。ありがとうございます。本当に今日のご登壇者の皆様のお話から、え、早への愛着とか誇りとか未来への希望、夢、そういったものがあの感じられるようになったのではないかと思います。そういった方が若い方たちに伝わればいいなと思います。本当に素敵なありがとうございました。 え、最後になりますけども、実は今日、え 、お仕事で来られなかったお2人の方々 から、え、メッセージをいいております。 私が代読してご紹介させていただきます。 特別メッセージです。まず初めお1人目の 方は、え、 市ご出身の小説家直樹省などたくさんの賞 を取っていらっしゃいますか根涼介様です 。 祝事この旅は私世政思行20周年誠にお めでとうございます。私は恐竜を離れて 40年近くになりますが、首都圏の人間 から生まれ故郷の特徴を聞かれた時はこう 答えます。 自分が生まれた町は東西と南に3つの海が ある。有明海と立花湾と大村湾。夏は東京 より涼しく冬もこっちより温かいと すると周囲からの反応はその市って一体 どんな地形という感想が約半分を占めます 。やはりかなり珍しい地理的条件のよう です。え、現代はネットとSNSの発達に より、本人がその気にさえなれば必要な 情報は自らが容易に取りに行ける時代と なりました。 今後の市のますのご発展をお祈り申し上げ ます。令和7年10月4日か根涼介 か根様からでした。ありがとうございまし た。 そしてもう1人はご存知俳優の役職王子様 です。 市の皆さん、この度の市政思考20周年誠 におめでとうございます。本日の式点には 私もお招きいただいておりましたがどうし ても起こができずとても残念に思います。 え、私にとってイ早の町は本名側の優しい 背せらぎたらだけの有大な山波小野稲法を 揺らす爽やかな風 な家族や友人との思い出と共にとても 愛しく掛けがえのない故郷です。 故郷の皆様には作品を通じて恩返しが できるよう頑張りますので、これからも 応援してください。伊早の未来が希望に 溢れ皆様の夢が叶う故郷になるよう願って おります。令和7年10月4日所工事役所 様でございました。 え、か根様役所様ありがとうございました 。 え、今日皆様方から頂いたお言葉が本当に 若い世代の方たちの心に響いて未来へ一歩 踏み出す勇気となるように願っております 。本日はこれで終わらせていただきます。 ありがとうございました。ありがとう ございました。 皆様素敵なお話をありがとうございました 。ご出演いただきました皆様方に今一度 盛大な拍手をお願いいたします。 なお、本日のトークセッションの模様は 後日市公式YouTubeチャンネルでの 配信を予定しております。皆様是非ご覧 ください。
【演題】
人生をゆたかに ~夢を育む若者たちへ~
【登壇者】
内村航平 氏
レイコ・クルック・西岡 氏
柴田 美保子 氏
草場 道輝 氏
諫早市長 大久保 潔重
令和7年10月4日
諫早文化会館
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