TAKA×キムタク

木村拓也フロー。今月のマンスリーゲスト は信じられます?リスナーの皆さん。俺も 若干本当にって思ったんですけど、え、 この方です。国内だけでなく今や海外にも 活躍の幅を広げ、今年で決成20周年を 迎えるロックバンドワンのボーカル高 よろしくお願いします。やば、 初めまして。っていう感じですね。 こ、こう、こうやって、だから 1対1のタマで はい。 がっつりお話をするっていうのは初だよね。 初です。見かけしたことは何度かあるんですけど。 はい。僕多分1 番最近で言ってもだいぶ前なんですけど、 いや、だいぶ前なんですけど、 うちの父が紅白最後だった時に はい。 たまたま僕ご挨拶というか、普通にあの、楽屋の方にあの、ま、頑張ってねっていうことですよ。 おお。 で、その時に多分木村さんが こう目の前をフパーファーっと衣装を着て うん。 通られたのを僕は勝手にお見かけしたっていうだけなんですけど。 え、NHKホールで? はい。NHKホールで年末 31。 ええ。あ、マジで? はい。 なんだ?え、その前、それこそ、だから、あ、ごめんね。 だから、えっと、まずちゃんと今オープニングでワンクロックのボーカルタカとか言っつって俺紹介しちゃったんだけど、 初めましてでこうなんかちゃんと向き合って 話させてもらうのは初なのに、俺何て呼べばいい? はい。あ、もう何でも大丈夫です。たかたでも高か君でも どれがいいすか? じゃあ高で高でいいすか? はい。お願いします。 じゃ、俺のことはどういう感じ? 何て読んだらいいんですか?これ結構なんてお呼びしすればいいかなと思って。今日も実は 結構考えたんですよ。うん。お、 なんかその一応僕の中であの 一応っていうのは いや、そうですよね。あの先輩に値、あの値する方ではあるので ああ、まあまあまあまあまあ、そう。うん。かも。 はい。なんでそのく付けの方がいいん? ああ、なるほど。の方がいいのか。 ああ、なるほど。 これちょっと特殊な多分 いきなりだからそうね。 はい。 いや、木村君はってなった。いや、あの、他のだから後輩のみんなは普通に木村君て はい。 いう人もいるし。 そうですよね。それってどんくらい下からなくなるんですか? いや、だからそれがね、ちょっとあの、すごいあふやなんですよ。 ああ、なるほど。 正直なるほどなるほど。 だから直属の後輩でやってくれてるみんな の、え、高のジェネレーションでバカン 当てはめると くんではあんま言き てくれる人はいないかな。みんな3になり がちだと思うんだけど。そうですよね。で もなんか嫌 だ。 なんかワンオのボーカルに木村さんって呼ばれんのやだな。 あ、本当ですか? やだな。 ええ、 木村さん以外だったら何でもいいです。 分かりました。じゃあ、えっと、木村君でうわ、なんかすごいすいません。僕は自分で言っといとあれなんですけど、すごい。うわあ、なんか失礼になんかなってない。なって、全然なってない。全然なってない。 じゃ、ちょっと頑張って。多分あのなんか慣れないとなかなか呼び方変な感じに聞こえるかもしれないんですけど、頑張ってなります。 うん。お願いします。 はい。よろしくお願いします。 いや、本当にだからもう来てくれるっていうのが分かった瞬間にマジかって僕もびっくりしたんですけど はい。 で、実際その日本だけではなくて海外のレベルと 契約を果たし はい。 今現在だってあれでしょとヨーロッパ はい。 ほんでアジア はい。 のだから言ってみればワールドツアーというものをドーンと今なもう成立させていてはい。 で、去年開催された過去最大規模のワールドツアーではおよそ 19万人。 はい。 ありがとう。 で、今お家というかその拠点として はい。 ベースを構えてるのはロス。 そうですね。 ロサンゼルスに一応お仕事がない時は基本的に帰るっていうな んだろうな。僕は勝手だけど はい。 そのワの音だったり世界観だったり俺結構だから本人を目の前にしていうのはちょっと恥ずかしいんだけど はい。 かなりライブの映像見てますよ。 え、マジっすか?ちょっと待ってください。マジっすか? マジで? ええ、なんかもうな、どうしよう。 髪が高の紙が、 え、緑の時と金髪の時と、 えっと、あとね、左腕にまだいたずら書きがあんまりされてない時 はい。はい。ありがとうございます。 あんまりされてなく はい。 えっと、マイクの、あ、ボディには 赤のビニールテープは巻きつけてはいるんだけど、 ま、赤の時と 黄色の時と なるほど。はい。 恥ずかしい。 うん。 ありがとうございます。超 だから横浜スタジアムの はいはいはい。 やつとかは多分何周したかな? ええ、 何周もしてますね。 ええ、嬉しいです。それは本当に。 で、ちょうど僕が新辺敬語のお話、ボディガードのお話を はいはいはいします。 ドラマで ちょっとやってみないかっていうことでやらしてもらった時があったんですけど、 そん時に はい。 ワクにすっげえはまってて、 ええ、嬉しい。 だからなんか体を動かす。 はい。 ちょっと俺体動かそう、作ろうってなってなんかこう、ま、音を聞きながら映像を見ながら動かすとなんかこう回数とか はい。はい。 じゃなくてこの曲終わるまでは 絶対もうキープオンしようっていう 自分との約束ごと勝手に作り はい。 で、俺やっててきついんだけど、きついんだけど、待てよっぱって。その、ま、画角的にはスマホの画角になってしまうんだけど、その画角の中で [音楽] はい。 こんなにそのバンドのメンバー、ま、高だけではなく はい。 ちょっと、えっと、ギターポジションは若干高めなんだけど はい。 タが飛ぶぞっていう瞬間をしっかり捉えてるトル君だったりとかとや君がドラマすね。はい。 ドラマこうなんて言うの?ま、ここでもラジオの現場でモノマねしても伝わんないと思うんだけど、 [音楽] あの、ちょっとさ、感情的に叩く瞬間があるんですよ、彼。 はい。はい。はい。 あの、どっちかの、えっと、ね、左手のスティックを持った左手をぐわーってこう顔の前で 叫びながら やりますね。そういうの バーンっていうこう でそこのバーンバーンランっていうところを瞬間を見たりとか え、すご。 僕はあのドラムにまずわし掴みにされて うわあ、喜ぶなと思や。 うん。それでそうそう、そのり太君が はい。 え、上半身裸で大丈夫ですかっていう なんです。 なんで1人そこ裸なんですかっていう 状況の中、 あの叫びながらオーディエンスに向かって叫びながらベースをフィンガーでバババババババババって はい。 やってるところとかを見ていや、このみ、この 4 人がまだくじけてねえんだからこっちもくじけるわけにいかねえっていう感じで、え、よく体を動かしました。 すごい木村君のモチベーションになってたってことですか?筋トレとかの なってましたね。 すごいっすね。 間違いなくなってました。 信じられないす。いや、もうなんか汗かいてきました な。いや、それ来すぎなんだよ。単純に ちょっと脱ぎます。一旦これあ。 いやいやいやいや いや。嬉しいっす。 めっちゃ本当にいや、本当に いや、なんかもう そういうあの僕は一方的に はい。 そういう感じで見てたし、うまい音も聞いてたしあ、なるほど。だから [音楽] 1 回あ、こいつらお面しれえってなっちゃった後って結構自分はまる。 へえ。 方なので はいはい。 あ、なるほど。高かってなるほどね。 この万ドの中ではあ、ライオン的なはあはあはあはあなわけねみたいな。 はい。 はあはあはあ。あ、PVあ、mus ミュージックビデオの撮影であ、そうなるのねみたいな。い や、嬉しいでも恥ずかしい。ありがとうございます。 いう僕はえっとスタンスでした。 いや、もう公栄です。もうちっちゃい時から僕は逆にあのずっと見てきた存なので。 いや、やめてください。 いや、もうすごいこんな日が来るって思ってなかったですし、正直。 なんでなんでなんで いや、なんかやっぱ考え深いですよね。 そうすか。 はい。未だにあの、仲良くさせていただいてる、あの、僕が前た会社の方は何かいるんですけどうん。うん。 でもやっぱりなんかこうどちらかと言うと、ま、逆にこう喋ることがその当時はなかった方 があの仲良くさせていただいてる時もあるので いや、なんかこういう形でそういう先輩方とお話ができたりするのはもう光栄だなと思います。 マジでやっててよかったなと思ってバ いやいやいやもうだって以前そういう立ち位置 はい になってたっていうのも事実だし はい いや俺ちょっとこっち行くわっていう道を俺そこ渡らないであっちの信号で渡るわだったりとかさ いやお前らそっち うん 登り坂トライするんだったら俺もうちょっとここまっすぐ行くわとかそれはやっぱり色々あるだろうし でも今う どこに僕らは来れてるのかっていうのが結果だと思うし、そこが うん。 ね、あの、今いる場所で俺あそこ通ってきたな。あそこすっげえ空気薄かったよなっていうような ところを今えれば うん。うん。 俺は全然問題ないと思うし、逆にそうやってたがいや、怖すって言ってくれるのも俺は嬉しいから。 へえ。 だから全然もうなんかむしろあの、ま、こういうタイミングでね、お話をさせてもらったのであれば、まあ、今後よろしくお願いしますっていう。 いや、もう本当にお願いします。 感じです。 はい。 あの、20周年でアルバムを 2年半ぶりに作ったじゃん。 はい。 今回 はい。 このデトックスっていう はい。デトックス。 このアルバムを必下げの うん。 この後ツアーやりますよね。 そうなんですよ。4 月から。 はい。 で、これがね、びっくりしたんだけどラテンアメリカツアーと そうそうなんです。そうなんです。 あと北米ツアーの はい。2 つに分れてるんですけど はい。4 月からメキシコとか はい。 あとえっとこれはアルゼンチーナって書いてあるから アルゼンチーナンですね。 ですよね。で、ブラジル。 ブラジル。そしてペルー。 ペルー。はい、行きます。 ラテンアメリカツアーってあんま聞いたことないんですけど、 確かに日本人の方は多分馴染みがないと思います。えっと、 日本のバンドも実は何組かあのラテンのそのまま うん。 国でめちゃくちゃ有名なバンドがスカとかですね。なんで東京スカパラスカパラさんとかは めちゃくちゃフェストが呼ばれたりとか うん。あと、ま、アニメ系で結構 ああ、 有名なバンドさんとかは結構未だにライブをしに行ったりしてるんですけど、僕ら行き始めたのはすごく昔から行ってて うん。 ま、今回久々にこっちも回ろうっていうことで回るんですけど 4月から うん。うん。 ちょっとなかなかやっぱ国が違うし、カルチャーも違うので うん。 大変ですけど。 いや、そしてそのラテンアメリカツアーの後ですよ。 はい。 今度5月に入ったら はい。 え、もう北米ツアーつってバンクーバーでしょ?シアトルでしょ? はい。 サンフランシスコロサンゼリス行ってダス行ってヒューストン。 はい。 オーランドでアトランタニューヨークワシントンボストンモントリーオールトロントシカゴは え、ミネアポリス ミネポス。はい。 これさ、え、 2日とか1日起きなんだけど。 そうですね。アメリカツアーも毎回 これ移動は 移動バスであのバスでやって え、俺がだからあの見たことあるあのバスでしょ? はい。見ていただいてるやつだと思います。 あのバスをたかが紹介してるやつを見たことがあるんですけど めちゃくちゃ恥ずかしいです。 え、あれで移動すんの? あれです。 そのバスに乗り 1日起きだったり2 日沖で北米ツアーとかさ はい。 このなんか実際その国内における活動とま、その自分たち 4 人の目の前に広がるその瞬間的かもしれないけど はい。 景色っていう言い方はちょっと失礼かもしれないけどそのなんかこう [音楽] うん。 まの当たりにするものって多少違うじゃん。 そうですね。 国内の うん。 その広がっている世界と はい。 そのツアーでお邪魔して下手したら場合によってはあ、結構キャパはあるけどなるほどっていうそのライブハウスのちょっとでかいバージョンの箱だったりとか はいはい だそういうのってどういうそのなんだろうチャンネルの変え方をしてるのかなっていう うん のが僕は ちょっと思うんですけどでもなん か変わらなそうだね。 最初はきつかったかもしれな。最初 はい。2014 年に多分アメリカで初めてそのいろんな客組ぐらいのバンドが あの参加するフェスティバル方式のツアがあるんですよね。 で、それに初めて参加させてもらった時は やっぱりもうその当時僕らアリーナとかやらせてもらってたんですけど、日本では もう一気にその1番そのフェスの 1番下のステージで 僕ら以外出演するアーティストは DJだけっていう だ、DJブースみたいなところで ライブをしたんですけど、 もちろん当然なんかこう出番もめっちゃ朝でお客さんいる前とか でファンもいないので なんかリハーサルを2 回ぐらいやってるような感じで やった時は ちょっとだけ心折れそうにはなりましたね。 はあ。 もうそれをちょっとずつ経てってなんかま、これも 1 つロックだなっていうかなんかちょっとこう夢語をすごくなんか自分の中ではいつも意識しちゃってるところがあって うん。 だからなんか今日もこうやってラジオ出させていただいてること不思議なんですけど 対面して喋ってるってこともなんか自分の中ではこうああいう日が来たんだ面白っていう うん なんかワクワクドキドキで うん なんかアメリカのそのツアーも 結局それをこうずっと経減って今やっとこう規模が大きくなってきたんですけど うん なんかそれをずっと見てたいっていうなんか願望も自分の中であって やり始めた 絶対そこにはたどり着けるはずだからみたいな変な根拠のない自信を持ったまま何か物事を始めた時に うん。 ものすごくそのなんかワクワクしてるんですよね。 あ、じゃあもうタがタを要はプレイヤーとして うん。うん。そうです。そうです。そういう感覚でずっと 2000に出た時はずっとそういう感覚でした。 うん。 それがこう叶ってくとまたもっとすごい面白くてってなんで僕個人的にはすごくこうピンチだったりとか挫折だったりとかなんか苦しい時ほどちょっとワクワクドキドキしてるみたいなところが結構あったすね。 [音楽] へえ。 木村拓也プロ東京ステネットでお送りしてきました。ワクロックのボーカル高とのトーク来週もお聞き逃し。 [音楽] 20周年。 そうなんですよ。 早くないすか? 僕本当に17歳とか18 だったのでこのバンドに加入したのがですね。 うん。うん。 もうあれよあれよと言う間に 20 年が今年経っちゃいました。結成してから 早いっすよね。 早いっすね。 あれだから自分の感覚としても えってさっき20周年っていうワードを はい。 見た瞬間に、え、もうっていう正直な感想。 はい。そう。もう自分でもびっくりです。この 20年っていう年月が うん。 そんな経ってるんだなっていう。でも木村君は何歳から芸能会入ってたんでしたっけ? え?芸能会は入まうん。ステージに僕はだから最初は舞台だったんですけど はい。 人前に立たせていただいたのは 17です。 ああ、17 の誕生日をその舞台の稽古中に迎えて はい。 その舞台を経験するまでは うん。 もう全然興味なかったんで。 ええ、そうなんですか。 だからどこどこに何時に はい。 行ってねって言われてあ、はい。 って言ってじゃ行かなきゃなって思ってたんだけど友達はみんな渋谷で遊んでるから、え、こ、え、来ないのって言われて、いや、え、どうしよう。えて思って [拍手] [笑い] [音楽] へえ。いや、もうなんかこの世界で生きるために生まれてきたから。全然も全然。 そうなんですね。 全然す。 へえ。 いや、もうなんか今日意外すぎて僕がやっぱりこうずっと思ったイメージ木村拓也さんって もうなんかこうパーフェクトなイメージなんですよ。やっぱり 全然もいやいやいやいやもうむしろ違います。 なんかプライベートの話とかあの YouTube は僕実はちょっとあの見させていただいたんですけど やめろやめろ。 でも結構だからあのラーメンとか食べてたじゃないですか。 え、こえあ 博物館行ったりとか。 ああ。はいはいはい。こな間だね。 あれとかも僕結構衝撃で なんで あれラーメンとか食うんだと中華とかも行かれるじゃないですか。 うん。まあ、 あれもイメージなかったんですよね。やっぱりブラウンカを通して見てる方ってなんか僕はそのこんなことの変なんですけど うん。ていうかたがブラウン感っていうのやめろ。完全にそれ昭和だぞそれ。 [笑い] そうでも僕ギリギリ昭和で いやいやそうだけどさ。 そうっすね。 うん。テレビ画面越しだって分かるけど。 いや、ブラウンしねえって。俺久々に聞いたらブラウン鑑定と思って今びっくりした。 すいません。そうなんです。 いや、だからあれ、 え、そういうイメージないすか? なかったです、本当に。 いや、それ多分な、な、な、何て言うんだろう?今のブラウン感発言とちょっと近いのかもしれないけど、やっぱ はい。 そのお父様の存在だったりとか、お母様の存在だったりとかいう 向こう側にあるそのブラウン感じゃない?それこそ。 [音楽] そう、そうですね。はい。はい。はい。はい。うん。 だから自分が逆に俺想像もできないけど 高だったり高の弟の家帰え てやったらええ大晦かあそっかそうだよね 。っていうその当たり前の会話が はいはいはい。 ま、今勝手に脚本作っただけだけど はい。 全然イベできないもん。あ、 本当ですか? うん。 そっか。お互いになのかもしれないですね。そしたらね。 いや、絶対そうでしょ。 へえ。え、普段プライベートって逆にどういう生活なんですか?ルーティーンはやっぱあるんですか?絶対的な。 え、僕すか? はい。なんか体を動かしてから外に出るとか。僕結構最近ツア前とかはうん。 朝起きて体を動かして で、そっから1 日が始まるみたいなルーティンを一応心がけてはいるんですけど、 そう、えっと、体を動かすっていうのは はい。 多分色々あると思うんですけど、カードが はい。 高の体を動かすって、え、ストレッチから始まり でえ、 若干歩いてみたり、ちょっと早歩きして最終的にはちょっと 心拍数上げてやろうかなっていうぐらい はい。 ちょっと息切れちったなっていうぐらい走って はい。 それも入った。 入ってですね。で、自重ちょっとやったりとか バランスボールとか はい。はい。やってます。スポーツ選手みたいなことやってます。 それなんでなんで? いや、なんかやっぱりこうそれこそあのビズの稲葉さん とかってすごいストイックじゃないですか? うん。ですね。 なんかお友達関係ではありますよね。 はい。あのはい。親しくさせていただいてます。 で、なんかもうそれもあもプロフェッショナル同士やっぱ仲良くなれるのかなみたいななんかいろんな話し合いとかしてるのかなと思って。え、どういう話されるんですか? いや、まあ、犬の話もそうだし ええ。 ま、本当に海がお互いに好きだったり、あと、ま、バイクが好きだったりあ、似てるんですね、趣味も。 そう、なんかそう、そういうところもそうだし本当にだから実際に自分がいたグループが解散して亡くなって はい。はい。 で、あ、もう自分そういうなんだろうな、ボーカルマイクというか、マイクはもう 僕は多分持たないだろうなって勝手に思ってたんですよ。 え、マジっすか? あの、本当に。 え、 そしたら稲葉さんがバッチが はい。 いや、待ってる人いるんじゃないっていうお手紙を本当にくれて うわあ、かっこいいな。お手紙なんだ。 それであの絵っていう初めてそこに目がって はい。 で、リス、ま、ラジオのリスナーもそうですけど、本当だからこの番組があって、ま、このフローっていうタイトルではなかったんですけど はいはいはい。 WhatsApp ッだったんですけど、それのリスナーの人たちの はい。いろんな意見とか気持ちとかがこう 稲葉さんのバッチの手紙を入り口に カチャって開けてみたらいや待ってんだ けどいつみたいなこう気持ち がバボバボババ届く ようになってそれであの再びという感じに はなったんですよね。あの時もちょろっと だけ映像実見させていただいてたんです けどえ すごい勢いで絞りましたよね。 体とかもなんか俺 なんかもう本当にスポーツ選手なのかぐらい なんかと遊の公園だったんですかね。下からこうパンとこう出てきた。 あはいはいはいはい。 あれを見た時にどこまで 木村君はこう成長して行ってしまうんだろうみたいな 言ってしまう。 なんでこんな軽やかに出てこれるのっていう ああ、 あれもなんかもうすごい僕衝撃でそうすか はい。なんかなんか覚悟決めたのかなみたいな 登場の仕方が結構僕はぐっときてで多分そうですね。稲葉さんが多分楽曲を 提供されてる。そうそう。 それもなんかいやすげえなと思って。 まあでもあのバーンっていう出方は割と会社的には割と経験あったし、あとはやっぱマイケルジャクソン見てたから うん。 愛してますもんね。今までお会いしてきた中でで言うと 1 番やっぱりトップスターでした。木村君が今までたくさんいろんなスターあってくんですけど。 いやあ、わかんない。 だからな、高が言うスターっていうのがどういうひ、そのスターイコール何々かっていうのが はい。はい。 高のスターと僕の中のスターっていうのが、 え、木村君の中のスタッチしてるのかどうかが スター気になります。ど、どういう方がスターっていうあれ認識ですか? ええ、 すいません。 なんかインタビューみたいなめっちゃ興味しなもう聞けないんでなかなかいっぱい聞いと思うと思 いやあスター スターの人スターだなって思った人でしょ はい まえっとうん仕事を一緒にさせていただいて [音楽] うん やばって思った方で言うと田村正さんとか あ だからなんかこう なな何て言うんだ 人が見てくださってる視聴者だったり受け取ってくれている人たちが思うスターのっていうのもあるだろうけど、なんかその現場にいる はい はい。 プロの人たちが はい。はい。 さすがっすよねっていうなんかこうなんかその現場にいるプロをああっていうこう気持ちにさせちゃう人が僕はそうかなって思うんですけど [音楽] あ、かっこいいな。 え、それはあの古畑座ブ郎の時ですか? もうそうだし、 もっといろんな場所で あの他にも競争局っていう作品で宮沢りえちゃんと自分とあの正さんの 3 人でお話をこう転がしていくっていうお話でもご一緒させてもらったんですけどなんかねこうわあなるほどっていううんそのうん現場にいる共演者もそうだしスタッフの方もそうだし はい だからかさんだったり ああ、そうですよね。 うん。だからもちろん高倉さんもそうでけさんもそうですけど はい。 なんかその現場を唸らせる人達っていうのが うーん。 自分はそうなのかなって勝手にだからえっと本当に ステージ上に立って はい。 すバンって音の中で おおって思わせてくれるマイケルジャクソンもちろんもうキングオブポップだと思うし はい。 え、世代的に日本で言うと どの辺りのバンドさんなになるんですかね?海外もちろんその聞いてらっしゃったエロスミスとかそこら辺だと思うんですけど 90年代ですよね。 うん。か、え、だから国内で言ったらもうバリバリボ意じゃないですか? あ、防衛なんだ。え、防衛はえっと木村君から見たら もう 上の方々って感じですか?うん。 あ、だからバンドごするんだったら まずそこっしょっていう。はい。 ああ、カバーするなら 1回ボイ挟もうみたいな。 うん。いや、とりあえずだって マリオネットのイントラ行っとかないとねっていう。 へえ。え、逆にバンドを組むっていうチャンスがあったら組んだりするんですか? 絶対組んでたと思う。 へえ。もうじゃ下手したら踊ったりしてなかった可能性あるんですね。バンドやってたことを。 いや、だから本当にそのスイッチが入っちゃったらやばかったかもしんない。 でもやっぱプライベートで来てらっしゃるものとかもビンテージのものとか結構こうなんて言うんですかね?語り継がえられるようなすごいこうビンテージ感強いものを好きじゃないですか?なんとなく僕の感覚なんです。 だからす、ビンテージのものが好きというよりかはその当時好きだったものが 未だにずっと 持ってると人変するとそれビンテージっすよってなるんだけどこれ俺普通に買ったっていうやつ 大事にずっと取っておいてるっていうことです。 それそれだけっすね え。 ちなみにジンとかま、こんな話野ぼであれなんですけど何本持ってるんですか? 全然デニム はい デニム何本だろう? お待ってよ。これ不ローなのになんで高が俺のインタビューをしてんだ?めっちゃない。 えっとね、俺、あ、デニム白、黒、ブルーデニム入れて全部で考えるんだったらでも [音楽] 40本ぐらいじゃない? え?あ、マジっすか? 多分 俺今600 本とかって数字ない。全然ない。それはない。 へえ。 それはない。ない、ない、ない。40 本 ぐらいだと思うよ。 でも多分みんなめちゃくちゃもう手に入んないやつですよね。 いや、だからうーん。どっちもどっちだと思う。 へえ。え、置き方はどういう置き方で置いてるんですか? え、も普通に畳んで いや、畳んでいすげえ普通な話してんな。 いや、めっちゃ気になる。 え、でもえっとね、あ、これはそうした方がいいっすよねっていうデニムは 吊してる。あの あ、なるほど。 なんて言えばいいんだろう。うん。 あの、それ専用のこうかけるやつですか? いやいやいや。デニムを脱ぐじゃん。 はい。 脱いでバフってやってグって前に持ってくると はい。はい。 横のベルトループが はい。うん。うん。うん。 こう前に来て はい。で、その横に来たベルトループを S字フックの うん、 あれに2つでバンバンって、あの、 1度に横のベルトループを Sフックで1 回で通してバンってやってカチって だからな、な、何て言えばいいんだろうね。ちょっとデニムがこう顎を上げた状態で吊るされてる感じが。 へえ。 いや、もう 何を聞いてるんだ? やっぱ僕らの世代だと、 その木村君が着てた洋服とか、 あとつけてたもちろんあのネックレスもそうですけど、指輪とか うん。 やっぱりめちゃくちゃ売れてたんすよ。僕中学校とかもちろん小学校とかです。高校の時もう ずっとそういうアイコンなんで僕らからすると。 いや、そう。うん。まあまあ、その当時はそうかもしんないけど。 だからすごいそのファッションって僕そんなに得意な方じゃないんですけど、 1周も2 周もこう回ってくとやっぱどんどんシンプルになってったりするじゃないですか。なんかあんまり新しいものつけなくなったりとか。あ あ、まあね。なんかこうトライしてたものが はい。 なんかこうどっかに落ちるよね。 うん。 あ、これっていうだからそれがなんだろうな。うん。 定着なのか。 うん。 要は本当にどこどこに行くんだったらこれはめとかないとちょっと落ち着かないというかなんかこれで 俺完成かもねっていう。うん。 ああ、なるほど。 だ、今はこのタイミングは今日お会いしたタイミングは僕今、え、ちょっと映画の撮影中なので なるほど。 朝着替えスタジオに出かける時にあんまりこう普段はめているうん、 指輪だったり手首にはめているバングルだったり っていうものは今日つけてないんですよね。だから 撮影現場行ってすぐに楽屋で外しちゃうんで はいはいはいはいかしそのまますっと衣装と役に入れるようにってことです。 そうそうっすね。 へえ。ピアスとかは開けないですもんね。 いや、全然開いてましたよ。 てるんですか? 開いてた。 へえ。 今もうなんか通さなくなったらがったっていう感じ。 へえ。 だ、一時期は、ま、それも友達の影響もすごくあるんだけど はい。 太けりゃ太いほどなんか分かる?言いたいこと。 はい。はい。分かります。めっちゃ分かる。いや、なんかもうちょっとイメージと今日色々違ったっす。 どうしよう。帰りにあいつちょっとがっかりだわっていう。 いやいや、全然 状況でここのスタジオ後にする高がいたらやばいっすよね。 僕はなんか真金感がめっちゃ湧きました。 マジすか? いや、もうそんなもんすよ。 そうなんすね。 いや、もうそんなもんす。そんなもんす。 いや、もういっぱいもっと聞きたいんですけど、僕聞きすぎですよね。多分 だね。 [音楽] コロナの時とかどうだった? あれはさすがにちょっと周りの友達もう なかなか大変な状況だったのでただやっぱり ずっとこれはないなと思ってたんですよ。 ええ、確信あった。 はい。なんか絶対明るくなるし うん。 なんかそのやっぱり辛いことがあった後は楽しいことが必ずあるっていう うん。 そのモチベーションではいたのでうん。へえ。 ま、自分で、あの、自分たちでちょうど、あの、当時独立したばっかりだったんですけど うん。 あの、無観客ライブっていうもの初めて、あの、閉じやらせてもらって、 でもそこには自分のその今思ってる気持ちみたいなものは全部こうぶつけて うん。 でもなんか結果的に自分の中ではああいうことを思ってぶつけてライブができてよかったなと思ってますし、どっかでやっぱ希望はあったような気がします。 あ、俺それも見たな。 マジっすか? それも見たな。全部見て。 すげえテンションで ステージも着てる衣装とかも白っぽかった。 ああ、見た、見た、見た、見た。 ありがとうございます。見た、見た、見た。 マジです。ありがとうございます。あ あ、見たわ。すっげえなんかスタッフにあの怒ってた。 [笑い] いや、マジで すげえ。 いつ見てくださってるんですか?そやって忙しくて見る暇なんてなくないですか? いや、忙しいかもしれないけど、やっぱ好きなもんは好きだから普通にあって言ってあったらやっぱ見、見てますね。 感動だしなんかすげえ変な感じなんですけどなんで知ってるんだろう僕のことっていう感じが未だになんか抜けないけどさ。 いやいやみラジオ聞いてる人もそうだと思いますよ。むしろ。 へえ。いや、もう感謝す。 いや、たがこんな、こんなこと言ってるとか、あ、こんななってるっていうのが多分リスナーのみんなは逆に今へえってなってると思うしで僕もその [音楽] 1 人だからもうありがとうございます。ま、 あんなスタッフにめっちゃ怒ってたやつが今なんか口に手を当てて笑ってるとかなんか喜んでくれてるってなると俺も嬉しくなるし。 うん。 いや、本当になんかああいう時はめちゃくちゃなんか作品を作ってる時なんてガチモードなんですけど うん。 でも多分同じ感じじゃないですか? そんなことないですか? うーん。ガチモードですね。 ですよね。 あの勝負ごとめっちゃ強いじゃないですか?木村君 わかんないけど、 もうダーツとかなんかゲームや。 あ、ま、でもそれは運んだよ。多分 そうなんですか。あんな勝ち続けられます。 いや、でもえっとな、なんだろう。 えっと、そこにそんな本気になるって言われるぐらい [笑い] なるほど。 お前何今本気になってんのっていうぐらい本気になります。 すげえ。あ、もうそれはもう勝手になっちゃうんすか?勝負士が騒ぐんですかね?心がもう 勝負っていう感覚はないけどなんかあの嫌なんですよね。こう 負けたくないみたいな。 いや、ま、負けてもいいけど はい。 負けるかどうかは今自分が本気でやるかどうかだろうっていうなんか あ、ロックンロールする。それはそれは超ンロールすよ、マジで。 いや、それだけっすよ。 いやいや、もうめっちゃい、いいすっす。そういう精神僕は。いや、まさにそうだと思ってるんで僕も。 あ、マジすか? はい。やっぱり僕はどう考えても世代なので。 なんで やっぱりドラマももちろん見てましたし学校に行って話題になることってやっぱりその当時はテレビが中心で今みたいに YouTubeとか ね、TikTokもないので うん。 やっぱりそのテレビの影響力とかもう雑誌もすごいんですよね、やっぱり。 [音楽] そう。 はい。僕らの世代はもう雑誌ファッションファッション雑誌 うん。 アイドル雑誌 うん。とドラマももちろん CMもそうですけど映画 そこがやっぱ僕の中ではエンタのこう中心だったので うん。うん。 ま、自分のがにあるっていうこともあるんですけど。 いや、それを、それはもう特殊だと思う。 マジで。 なんで味方が多分普通の人たちは違ったのかもしれないんですけど、 やっぱりなんかお自然と追っかける人の対象物って なんかそんなにこう勢いでなってる人たちではないような気がしてました。 なんで、ま、そういう意味で言うと絶対的な、やっぱり王者的なやっぱその素失とか感覚を持ってらっしゃる方が何人僕のその見てた世代にいらっしゃるかって言ったら、ま、もちろんお笑い芸人さんも素晴らしい人たくさんいますし、 でもやっぱりそのアイコンとか憧れたりとか、あの木村君が来てるジャンパーを町に探しに行ってみたりとかっていうのはやっぱりあんまりいなかったですね、他に。 ああ、 いろんな俳優さんも出てきてたと思うんですけど。 マジっすか? はい。買いに行こうとしてましたもんね。お金貯めて。やっぱりそのエイプのジャケットとかね、茶色のやつとかあれはなんか僕もだから自分がもしこうバンドをこうこの後やっててみたいな、ま、もしくはその芸能会で何かをやってってなったとしたらっていう想像を なんとなく子供の頃した時に やっぱ影響力ってこういうことなんだなみたいな。 うん。 良くも悪くもですけど、でもいい方向にこう持ってけてそれで周りの人たちをこう助けることができるってすごい素敵だなっていうかだ。それをこう持てるかどうかはすごいこの世界にいる以上はすごく大事なことなのかもしれないなと思いながら いつも見てました。 うん。ありがとうございます。 いや、もう本当になんでもうなんで今日これが実現してるのかも僕はちょっとわかんないんですけど。 いやいやいやいやだから高が高だったから実現してるんですよ。 いや、もう本当ありがとうございます。 でも今のあのやり返しで言うわけじゃないですけど はい。 えっとライブで来てるやつを見て何これと思って、え、自分で買物に行った時に、あ、これあれじゃねワ着てたよね。え、た、タか、これ、こういうの着てたよねって言って、え、俺オフワイト買いました。 やば、 やば。 やり返してやる。 やばすぎ。 そう、そう、そういうなんだろうな。 やばすぎ。 キャッチボールは見えないところで多分してるんですね。 うわ、嬉しい。ありがとうございます。本当。 いやいやいやいや。 ロスでも見ますし、あと、ま、普通に移動中とか、 え、そのあれ はい。 木村さんみたいなやつ。 YouTubeのやつ。 はい。YouTubeは結構普通に だから普通に見るな。 いや、なんかはい。海外でもバチバチ見てますね。 で、海外で見てんだよ。 いや、なんかあそこまでプライベート感がやっぱりこう全面に押し出される空気感の映像って今までありました?なんかテレビで見てるからなんですかね? た、うん。あとだからなんだろう、そのテレビの作り方。 あ、そうすね。 ていうのが それはあるかも。 うん。 なんかより生っぽいじゃないですか。 いや、だってもういらねっつってるもん。 あ、なるほど。あ、そういう編集の仕方ではなく 編集もそうだしだからなんだろうな。 うん。スタイリストさんとか ああ、なるほどなるほど。もういいつって言って うん。うん。うん。 うん。 その感じがやっぱ結構新鮮なんですよね。 え、マジか。 はい。なんでどうしても見ちゃうっていうやっとなんかこう何十年もかけて うん。 その木村君ていうなんかその人間の部分をなんかこう見れる瞬間なチャンネルな気がするんですよね。うん。え、長かったなあ。 長かったすよね。 だとしたら長かったな。 だから多分ファンの人たちはもうたまらないんだと思うんですけど。 いやいやいやいやもう普通にやってるだけですからね。 なんかでもあれはだいぶ斬新だなと思いました。新鮮だし 余計こ気になるっていう。うん。 え、そう、そういうのは逆にえっと高だったりワのメンバーとかではやらないんですか? いや、なんか僕らって結構そうやって皆さんにあのつもくを聞いていますって言っていただいたりとか うん。 声かけていただくこと嬉しいんですけど、 普段ってあんまり自分たちがその人たちだっていう自覚がないんですよね。 そう。 あんまりステージの上に立ってる時はなんかこうやってやるぞっていう気持ちはあるんですけど いざ降りると なんかもう普通すぎて うん。 今日も僕あの自分がゲストっていうかも本当インタビューの気持ちで来てるんでなんかあんまりそういう感覚がなくて [音楽] うん。 じゃあそんな高がこれもう今更なんだけどちょやるやるよ。ちょもあのフローっていう番組なのにまだ不ローしてねえなっていう現実があるのでちょっとだけ不ローしますけど はい。 え、たかが、え、どう人生を不ローしてきたのかっていうそれだけちょっと確認でポロっといきます。 え、ワクの高なんですけど、ボーカルのね、 1988年 はい。 え、東京都の渋谷区 うん。 に生まれ。これちびっこだった時だ。それこそ本当にくるくるちょっと回ったり歌ったり とかする前は どんなちびっこだったんですか? 結構サッカー少年で あ、サッカー はい。小学校2年生から6 年生まで、ま、中学校厳密に言うと中学校 1年生の夏でですね。 おお はサッカーをずっとやってる少年でした。 ほんでじゃあ、え、なりたかったのは はい。僕はでもその当時は多分親にはその歌手になりたいとかっていうの恥ずかしくてちょっと言えてなくて、 え、それはやっぱりなんだろうな。だからあれだよね。僕らが想像すらできないイメージすらイメージすることしかできない。うん。 実際のその うん。 家の状況だよね。 [音楽] そうすね。 何とも言えない家庭で育ったね。 [笑い] いや、そうだよなあ。 なんかこうそうですね、歌、歌っていう家族なんで うん。 やっぱりその簡単になんかそういうことを言うと、例えばなんかちっちゃい時から、ま、サッカーやってたんですけど うん。 親にはサッカーやめろって言われてたりとかしてたんですよ。声大声出すから喉に悪いから。 だからもう注意の発言レベルがもうちょっとなんか異様というか。 え、待って。でもさ、その喉に悪いからお前サッカーやめた方がいいよっていう はい。 そのアプローチがあったってことは あ。はい。 なんかすごく大切。そ れ大事なんだぞっていう はい。そうです。そうです。 ワンチャンだから 要は1 つのなんな、なんて言うのね、えっと、もう才能 うん。うん。うん。1 つのギフト はい。 なんだからっていう アドバイスだったわけでじゃん。 そうです。だからそれは子供の時にやっぱちょっと理解できなくて うん。大体夏場もクーラー僕 2 段ベッドでクーラーのこのなんて言うんですか?出てくる風が出てくるところが結構近めの 高めの2 段ベッドだったんですけど、ま、子供なんで暑いとけっぱなしにして寝ちゃったりする。 はいはいはい。 よく消されるんですよね。喉に悪 喉に悪いから。 いや、それもうわかんないけどなと思いながらもそういうプレッシャーがあったんで なんか最初の頃はとにかく歌う歌うっていう職業をなんか言うとなんかもっと厳しく来られるんじゃないかっていう 鼻歌歌ってても注意されるみたいな感じだった。 そこピッチ違うよ。 そうなんですよ。なんでなんか 今フラットしたよとか はい。 気まずいんすよね。なんか えぐ。 花歌、花歌を指摘されるって結構切ないっすよね。 切なかったです。 あ、そうなんだ。 そうなんですよ。だ、なんで、ま、それも経て うん。 とりあえずはあの小学校、中学校 1年生までは大なしく作してたんですけど で、それで中学校1 年生であの部活を、ま、あんまりこうクラスの子たちとも馴染めなかったので、ま、やめることになり、うん、うん。 そこからですね、あの芸能界というか、ま、踊ったりとかし始めた。はい。 はい。 で、そこで実際歌という、ま、ステージング はい。て ていうことを経験し はい。 あ、俺そっちじゃなくてこっちかもっていう風になって うん。はい。 今ワンオになったわけじゃん。で、それが 17。 そう。それが17歳の時です。 うわ、そうか。すご。 はい。なんでしばらくそのこっちだなって思ってから その、ま、飲食店でバイトしたりとか同時にもう学校もやめて。 も出ちゃったんですよ。 ああ、 もういわゆるその飛行ってやつですね。 はい。はい。 それをし始めて うん。で、その後に書いた歌があの歌だもんね。 はい。 はい。そうです。ありがとうございます。 あの歌ね。そうそうそう。 うわあ。 うわあじゃねえよ。 そうす。はい。 へえ。 そうなんですよ。 じゃあ割とそのだからガチでワンっていうものを立ち上げというか、もうそのワンっていうゾーンに うん。 タがぐンって入ってったことに対してそれこそすごくギフトを気にかけてくれていたご両親っていうのはその当時は うん。 なんかウェルカムではなかった瞬間もあったんだ。 うん。そうですね。 あの時は多分もう、あの、ここでこう人生の厳しさを教えないと こいつはダメになってしまうっていうことを一応今お話すると父親そういうこと言うんですけど でも確かに、ま、その当時まだ 16歳とかなので1617なので うん。 さすがにこう家から出してなんかそのままほっとくっていうことは多分僕でもしなかっただろうし、ま、見守ってくれてたっていう感覚ではあったと思うんですけど、僕はやっとその親の十字架 [音楽] を下ろすことができたっていう喜びのが強かったんで ああ、 何者でもない自分を初めて経験するっていう うん。 ちょっとこうなんかそれもなんで自分的にはちょっとどっかでドラマを見てるようなそういう感覚で結構楽しく生きてました。その時は。 へえ。 はい。 でも今なってま、これが正解かどうかは分からないけど今高が言った十字架というワードが今ポロって出てきたけど今本当に今こうやって話してみて [音楽] はい。 冷静に考えた時にその当時は十字架だと思っていたものだけど今 今はもう全然 今はもうむしろ はい。 自分っていうなんか生活スペース ま、今はロサンゼルスなのかもしれないけど はいはい そのたが落ち着くプライベートスペースのま、それがリビングなのか、え、エントリーのスペースなのか、そこにパッて飾ってもおかしくないようなものだよね。 そうですね。 もう僕からしたら本当に感謝でしかないというか、ま、辛かった部分もちろんあったすけど、それをこう乗り越えた赤月にはもう本当に いろんなことに感謝できるというか、これのおかげでっていう。むしろ そういう今はも気持ちなんでめちゃくちゃやっぱり両親リスペクトしてますし うん。 ありがとうっていう感謝の気持ちは だって高しかせ負うことのできない十字家というかだからもう本当に うん。ま、多少その時の ね、いろんなガチガチしたものはあったか もしれないけど、今の現在で、ま、本当に 話し始めのトークで出てきたワードかも しれないけど、今現在の立ち位置で今まで のことを笑えてたら問題ないしょっていう のもう典型的な例ですよね。そうですね。 本当に典型的な例だと思います。うん 。いや、バンドの話しようよ、本当。 はい。是ひすいません。行ったり来たりした。 いやいや、今現在20周年で20年前の 話 をじゃあたか本人に言ってもらった方がいいよね。 そうですね。はい。 え、ベースの はい。 え、り太君とギターのトル君が元々は 一緒に踊ってたよね。もう そうです。ヘッツというグループで踊ってました。 はい。 はい。 んで高は高でこう違うところでくるくる踊って はい。 で、とる君とじゃあり太君が踊ってたんだけど俺ちょっとこっちもやるわみたいな感じになって そうです。 そっから練習し そうです。まさにもう今言っていただいた通りでなんで素人が うん。 楽器を持って 1番最初やり始めて でうん。 うちのギターのトルは自分が歌えないことにすぐに気づいて うん。ボーカリストを探すぞっていう 方向になって、ま、僕はその当時まだバイトしてたんですけどうん。 そのバイト先に友達の、ま、紹介で現れて で、適当にやってた僕その 1 個前の、ま、バンドがあったんですけど、バンドというか、ま、うん、 発表会程度のものなんですけど、 2 回ライブをやってそこにうちのギターが来て うん。 で、バ先にも来て、 こう、結構長強引に このバンドのリハーサルスタジオに連れてかれるっていう。 そこでこう初めて会ったメンバーとこうなんか大きい音をスタジオで出してなんかこれいいなっていう同いして時は智君はいたの? まだいなくて うん。 しばらくしてま 2 人ぐらいサポート入れた後に友を紹介してもらって うん。 で、正式加入って感じで当初でしたね。で、うん。 そうなんです。5人でやってて、 ちょうどドラマのタイアップが決まって主題決定したタイミングで 1人脱体しちゃったんですよ。 うん。 なんでそっから4 人でそっからですかね。多分おそらく一般的になんかこうワンオクロックっていうものが少しずつ認知されていったのは [音楽] うーん。 そのぐらいからだと思います。 ちなみにワンオクロックって はい。 誰が考えたの? ちょうど僕らつも夜中の1 時から土曜、土日のその金曜日、土曜日、日曜日かな。 うん。 なんかナイトパックっていうのがあってのノアっていうスタジオに スタジオノア はい。で、そこのその新夜体パックっていうのが安いんですよ。 はい。で、安くて 夜中の1時から朝の5時まで1 人多分1500円とか うん。で、借りれるので、 とにかくそこだけをこう、ま、お金もないので学生なんで練習の時間に使ってて、 うん。 で、つも自分たちが始めてた時間がその夜中の 1 時からだったんで、ワンオクロックでいいんじゃねえのっていう感じで決まったんですよね。で、ワンオクロックってさすがにちょっとなんか 1 時って、1 時じゃんってなって、で、こう文字をこう変えてってワン OK ロックでワンオクロックって読めるよって、ま、ちょっと半ば親父ギャグみたいな感じなんですけど。 いやいやいやいやいやいやいやいやいやいや でもなんかこれはまったなっていうので うん このバンド名にしました。 見事にはまったよね。 はい。良かったなと思ってな [音楽] んだろうなあ。演出って言ったら言葉はチープなんだけど はいはい なんかすごいみんながみんなセルフプロデュースができてるなっていう いやありがたいす 感はすごい感じます。 嬉しいです。僕ら結構本当に仲良くて うん。 ワンオクロックが中心にあって自分たちはそれをどうやってこう、ま、 1人1 人のメンバーとして大切にできるかっていうことを結構つも気にしてるバンドなんですよ。うん。うん。 なんでもうワンオクロックありきで もう行動していくというか。 ええ。 だからどちらかというと自分たちはもう本当に個人になった時はあんまりこう目立ちたいとかっていうそういう感覚も実はそんななくて ほうほうほう なんかこうバラバラになると静かになるっていう集まるとワンオクロックのことを考えるいい集団になるっていう感じなんです。 へえそして海外への はい。活動 を積極的にこう始めていくわけなんですけど、これなん、それもメンバーで決めたの? これは僕の結構独断とね、 出たよ。出たよ。ライオン。 はい。 うちのライオンが言ってるんですよ。ライオン。そう、結構そうだったかもな。 行くぞつって。 はい。なんかやっぱりその当時はよし、じゃあ次は動物を目指して頑張ろうみたいな多分マネージメント的にはそういう感覚だったと思うんです。会社的にも。 [音楽] でもやっぱり僕が行った、その僕らがいた会社は、ま、アミューズという大きい会社で、あの福山さんだったり、サザさんだったりで、もちろん他の世界を見渡せばミチさん、ビズさんっていうもうモンスターがいっぱいいらっしゃって はい。 やっぱその彼らがもうすでに作ってきたいわゆるバンドのとかアーティストとしてのなんかこう道みたいなもの をなんか僕はただ辿どるだけなような気がしちゃってたんですよね。 いやいや、 それがすごく僕は恐怖でもあって うん。 だったら海外に出てまだ誰もやってないことを今から時間かかるけど今じゃないともうこれ遅くなると時間なくなっちゃうからあ、 今からやろうかなっていうので思い立ったようにあのメンバーに話をして うん。 でももしそれを言ったらひょっとしたら会社もいやそれだったら色々、ま、応援の仕方が変わってくるって言われるかもしれないっていう感じがしたのでうん。うん。 ま、最悪やめてうん。 あの、みんなで一見休むって話になるかもしれないけど覚悟してねみたいな感じでうん。うん。 事務所にそういう自分たちの意向を伝えに行ったっていう感じです。 いや、逆にだからメンバーは メンバーは本当に優しくて お なんか僕あのベースには森りちゃんって呼ばれるんですけど ほ 森ちゃん大丈夫そうそれみたいな それ大丈夫みたいな 結構あのまず会議みたいな感じでうん。 まあ、そこまで言うんだったら行くけど、ま、大丈夫かみたいな、そういうちょっとしたテンションで へえ 進んでってました。 やばいね。 やばいっすよね。 り太やばいね。 り太やばいっすよね。り太 ま大丈夫か? 大丈夫かみたいな感じでした。で、 いや、すごいね。それ トルはもう黙ってるって感じですね。うん。じゃあそうしようかみたいな。で、とや、とやでうん。 頑張ろうっていう、こう、ちょっと来人様じゃないですけど、こう 1番後ろなんで やっぱぐっとこうなんか支えるっていう性格なんですよね。り太は心配症ででもなんか最後は、え、ま、大丈夫かみたいな感じの結構バイブスです。 ああ、 絶妙なバランスで 生きてるんで自分たちが。 うん。 なんかやっぱそうですね。そういうことのこう決断の繰り返して今 20年目っていう すごいわ。 でもグループってすごい大変じゃないですか?これ簡単なことじゃないと思うんですよ。それぞれ違う人たちがうん。 1 つのものを一緒にやるって。しかもそれがなんか舞台とかそういうこうドラマとか映画とか うん。うん。 何ヶ月とかで決まってることではなくてやっぱずっとこう だよね。 いや、そんな簡単なことじゃない。みんなそういう風に思ってないと思うんですよ。 実は僕本当にあのこのずっと前にラジオに出させていただいた時に多分あのスマップさんがその活動 1 回休止するってタイミングだったと思うんですけど僕がその時お話しさせていただいてラジオで [音楽] うんうんうん みんなはテレビで見てる人たちはそのグループって普通に存在してて当たり前だと思ってるかもしれないけどあ そんなことマジでないし こんだけ長いことをやれるって もはや終わる 時とか活動吸する時にもリスペクトで拍手してやってくれっていう [笑い] 頼むから分かってやってくれみたいなことを結構熱弁した瞬間があって だからいやもう本当にグループでの活動は僕はそこがすごく 1番大変だと思ってるんで、 ま、意識はしてるんですけどたまにそういうちょっとライオみたいなところが出てくると みんなあたふ蓋し出すっていう いやでもさなんだろう肉食で はい 同じなんだろう を触して自分の栄養として生き残ってるんだけどこいつはライオンですし自分はそうです走ったらあいつにはあの負けないっすねっていうなんか はいはいはい分かります そういうなんかうん自然界でたまたまケミストリーが成立した うん 人っていう感じをすごいする話聞いてて はいやもうマジでたまた っていう言葉が1 番フィットしてるすね。そこに関しては。 だ、感謝すごいしてます。 なるほど。でもそのアメリカに、え、ちょっと行ってみようぜってトライした時に [音楽] はい。 すごいカジュアルに言うといや、ロックってこういうことじゃねえのっていう うん。 風に思ってた。 うん。 きっとイメージとかこうこういう匂いですよねって思ってたことがうん。うん。 え、待ってなん、え、こんなフルーティなんですか?みたいな。 うん。うん。 え、これなんすか?今みんなやってるのっていうその幅 はいはい。 は実際にあった? 僕はでも多分そのロックじゃないところ育ちなんで逆に言うとロックを探してたんですよね。このバンドでずっとロックって何っていう うん。それずっと探してたんですけど、 いざこの海外に出してた 10 年とかでろんなロックバンドとも仲良くなって、大体もう自分が憧れて聞いてきた人たちとコミュニケーション取れるような距離感になってきた時に、 あ、うん。 ロックって想像してたのと違うかもっていうのは思ってます、実際。今も 今も はい。そのままさに今おっしゃった うん。 いわゆるロックって結構こうルールブックをまさに逆さにしたようなうん。うん。 的な、怒だったりとかいうそういうものが動力のだっていう、ま、自分の感覚でこのバンド最初やってたんですけど、 人からこうどんどん愛されることをやっぱファンが増えてくとその愛の量が増えていって うん。 それをこう自分で感じてしまった時に もうそこにやっぱ怒りとか1mm もなくなっちゃって むしろ感謝になってうん。 そうするとなんかあれみたいな俺らってこのままなんか幸せとか感謝とかを歌い続けるバンドになってくのかなみたいな。 怒りって何だったっけみたいな逆にこうそっちを忘れ出しちゃって でもそれでも続けることを選んでうん。 ま、さっき言ったみたいに海外に出していろんなアーティストとお話をしたりした時に うん。 結構スイートだなみたいな [笑い] つうのはやっぱありましたね。 繊細みたいな。 ああ。 え、ロックローラって繊細なのとか。 うん。 なんかすごく可愛らしいんだとかそっちの方に結構だからびっくり今もしてるっすね。 ああ、 強い人って逆にないんだとかすごい実は人の痛みに寄り添ってる人たちなんだなとか。 うん。 だ、そういう意味で、そういうことをなんか要所要所で人からお話を聞いたりとか、ま、自分でこういう風にこう聞かせていただいて [音楽] 感じたりした瞬間に うん。 あ、ロックだなと思っちゃうんですよね。さ、ロックだ、この人はみたいな。 ほお。 なんで今日僕木村君にお会えさせていただいてこうやってお話してる時にさっきもロックなんすねって言ったんですけど それって多分僕の中では超繊細で いわゆるそのみんなが思ってる 木村拓也ヤっていうイメージとはまたちょっと違った部分を僕は今多分感じれて それがロックなんだなって思ってるんですよね。すごい。 うん。へえ。 はい。だからな、なんだろうね。 なんかうんと世界共通のはずの言葉なんだけど はい。 ワードなんだけどなんかうん。もうこれはちょっと言いすぎかもしんないけどラブとロックって うん。うん。 なんかもうな、なんだろうな。 [音楽] こっちの天秤にラブドンって乗っけてガシャンつってこう天秤は傾くと思うんだけどはい。 ラーブに釣り合うのなくねっていうところに可能性としてあるのはロックかもしんないですね。 めっちゃそうだと思います。 ガンつってこう はい。 すごい今の歌詞になるかもしれないです。 っていうぐらいでも多分世の中の人って多分そこにまでフォーカス当てたことないと思うんでも僕もそう思ってます本当に。 [音楽] うん。 なんでやっぱロックローラーってだからかっこいいんだなとか思ったりもしますし。 ああ、ちょっとそのライオに聞いとこうかな。 はい。 今後の ま、指針というか目標というか はい。はい。 今現在 あったりしますか? 結構今回リースさせてもらうアルバムがだいぶ政治的な [音楽] あ、ことを歌ってるアルバムで、ま、僕がアメリカに普段んでるってこともあってうん。 ま、アメリカ見た日本だったり、日本から見たアメリカだったりとか、 ま、世界のそういう今置かれてる状況みたいなものを、ま、一応僕な、僕とか、ま、メンバー、ま、そうですね、ワクロックとしての解釈で うん。 世の中にこう問いた正た正したいような部分をかなり激しく歌ってるアルバムになってるので うん。 ま、そういったメッセージが世界中の人にこう届いて、まあ、なんか問題的な 1 つになってくれたら嬉しいなという心境で今頑張ってます。 うん。 はい。 そしてこの番組、あの、毎回ゲストの方に はい。 人生の1 局っていうのをちょっとあの、偉そうに伺ってるんですけど はい。 聞いていいすか? はい。にとっての人生の1曲って これ紹介して大丈夫です。 いや、もちろん。 じゃあ、えっと、森一で冬のリビエラです。 マジか?マジか? はい。僕実は本当にその 1 番最初にテレビに出させていただいた時って自分の親父の曲をカバーして出たんですよ。ミュージックステーション。 え、マジで? はい。で、それが僕中学校 1年生の夏だったんですけど うん。 あの、会社に入って3ヶ月1 週間かでそういう感じになって うん。 で、そこからなんでその曲はもうなんか歌い切った感があったんで でもなんだかんだ言って僕やっぱりすごくこう 親の曲が常に家で流れてる家庭だったので あじご自宅で割と再生されてたんだ。 めちゃくちゃしてたんですよね。 ま、多分覚えるようにと、 それは浸透する、浸透させるっていうことでか。 はい。なんで僕もちっちゃい時からそのライブだったらコンサートもう家族でみんなで行くんですけど うん。うん。 で、全部歌えるんですよね。ちっちゃから聞いてるんで。 ああ、確かに。 それがま、ちょっと気持ち悪いっちゃ気持ち悪いんですけど うん。 でもなんか中でも結構その演下ではなくてちょっとポップスも入っててっていう うん。うん。うん。 曲でなんか意外と今聞いてもいいな、好きだなっていうのは冬のリビエラで、ま、僕のやっぱりルーツになるのかなと思って うん。 今日はちょっとその曲をあえて選んでみました。 うわあ。今結構なんかなんだろうな。 この人生の1 曲の選び方を買見た瞬間になんだよっていうこうぶつかっただけじゃんっていう超仲いいじゃんっていう感じすよね。 ありがとうございます。 本当に はい。 いや、ありがとうございました。また是非 はい。よろしくお願いします。 日本に戻ってこれた際には 是非プライベートでもなんか タイミングあったらもうこちらこそ させてください。 ありがとうございました。 ありがとうございます。 ということで決村フロ今回のマンスリーゲストは えクロックのボーカルたかでした。ありがとうございました。 ありがとうございます。 あいつによろしく 伝えてくれよ。

20 Comments

  1. 拓哉と たか ふたりの大ファンです。SMAPのライブ毎年行ってたよ。たかの英語の歌大好き。声質が天才。ふたりとも頑張ってください。

  2. 木村拓哉さんに依頼されたら、流石のTAKAさんも断れないよな。。。挨拶すら恐ろしいだろうさ。

  3. ワールドツアーをバスで2日おきに回ってライブを日本人するってマジカッコよすぎて鳥肌🦍

  4. キムタクのテンションが高くて楽しそう〜と思いました!
    SMAPもワンオクのコンサートも行ったことありますが、まさかこの二人の対談が聞けるとは思ってませんでした😮🙏

  5. taka、ONE OK ROCK、凄いところまできましたね✨✨✨
    国立、楽しみにしております🙌

  6. 木村さんタカさん、楽しいお話しありがとうございました!冬のリベビエラ本当にししですよねー、暫くぶりにしっとり、聴きました!
    これからも頑張って下さい❤

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