「ボクらの時代」『森山未來×菅原小春×関口メンディー』関口メンディー人を喜ばせ合戦”
こういう感じでね、始まるんですよね。 今日の僕らの時代はダンスが共通点の 3人。 エジさん、僕初めましてでしたよね。 初めましてです。 はい。 そうです。 僕のすごい好きな映画があって、それがモテきって映画なんですけど、それで主演をやれて、 で、そっからもうずっともう大ファンでつか共演したいなってずっと思ってたんで、もう本当今回夢が叶いました。 ありがとうございます。 お2人は ま、交流はちょこちょこあって なるほどなるほど ね。なんかちょこちょこお会いさせてもらったりとか うん。 でも最初にあったんさっきちょっと思い出そうとしたんやけど思い出せなくてその六本着のビルボードでその自分でやられてるそのパフォーマンスを見に行った うん。 あたりが 最初な気がしてるんやけど で森山さんお客さんとしてたってことですか?お客さん そう わかんないけどその後下北に飲みに行ったじゃないですか。 ええ、 それがなんでだったんだっけなと思って私、 え、そのビルボードの後には行ってないよね。 後です。 え、その直後に行ったのね。 全部曖昧。 そう。めっちゃ曖昧。 全部曖昧。 いや、信じられないす。その、それこそ僕さ、それこそんなこうバレティとか注目してもらえるきっかけの 1 つにその歌下手大座選手権で優勝したってのがある。 あ、それフジテレビの番組 で、あの、そん時に、ま、歌ったのが、ま、あの、ライジングさんだったんで、 うん。うん。 ライジングさんでもビリになっちゃったんで、 ちょっと、あ、これも首かなみたいな感じで本当にコンプレックスすぎて歌が下手っていうのが で、こういう見た目だとなんかこうブラックの血が入ってる人って なんかこう踊りでも歌でもうん。 そうなるよね。 うまいじゃねみたいなあるじゃないですか。リ ズム感いいでしょ。どうせみたい。自然に期待が上がってる。 そう、期待値が勝手に上がってて で、カロケタ2 位を入れられるしみたい。歌えない、歌えないみたいな みたいなことずっとあったんで、もう行きたくないカラオケとかいう風な感じだったんですけど。 うん。 うん。 こちゃんもね、今回2 局ぐらい歌ってるよね。2 曲歌中でもダンサーがお芝居なんてみたいな言われたりしなかった。なんか そういうちょっとアンチ的な人とかなかったりしなかった? うん。うん。 私はでもそれよりあのだ、あの抑えて踊りを抑えてっていうアンチっていうか ええ。 あのじゃあ誰かの爆弾さーやってる時に あは あのこのあり目立っちゃ後ろで踊ってんだけど表現がでかすぎて ああなるほど 裏に呼び出されてちょっと帰りちゃえて踊ってみたいな ああそういうのあるんすね。 はい。 あなんだな。このこういう感じで踊っててもやっぱ日本だと うん。 ダメなのかもと思ってたのはあります。 え、海外のアさんとかもそういうのあるんですかね?バックダンサーとかでも。 いやあ、なかった。 うん。 なんかやっぱり日本、それこそ LDH さんがやったことってやっぱすごく大きなことでもあるなとやっぱ観的には思ってるんですけど、 ダンサーというダンスを目指した人たちの最終地点って誰かしらのバックダンサーるいはま、インストラクターっていう形で整形を立ててくみたいなものが うん。 やっぱ長らく最終地点だったっていうか ね。それはそれでもちろん素晴らしいことやけどやっぱそれをそこでやっぱ行き続けなければいけない段の人たの。 やっぱ精神的な疲労みたいなものはやっぱ自分なりにも見てきたつもりやし やっぱそのLDH というのはそこをすごくこう 保証してあげたっていうか ね。うん。うん。 うん。 そうすね。そのパフォーマーっていうこの 1 位ジャンルをひロさんが作ってくれたおかげでうん。 今の僕たちがすごいあると思うんですけど。 うん。 あ、 はい。 相談 談 相談質問相談 はい。初めて会った人に うん。 何の仕事って言われた時に一生困ってるんですよ。 うーん。 職業欄何て書くの? えっと、パートタイムジョブ。 パートタイムジョイ。俺自営業。 うん。自営業。自営業かパートタイムジョブ。 自営業。 うん。 パートタイムジョブって書いちゃうんや。 パートタイムジョブってもうなんかわかんない。本当それぐらいわかんなくて。 へえ。 でもそこでアーティストってかけるぐらいなんかあのこのマインドも持ってないしなんか心も持ってないし うん。 なんかなんて言うんだろうっていうのがあってダンスやっててでなんかたまに演技とかなんか考えすぎかな。うん。 いやでもうまでそうでもそういうなんか肩か書きみたいのが別に多分皆さんあんま好きじゃなさそうで僕も好きじゃないですよ。 うん。 うん。 何でもいい。何でもいいっていうか。 うん。うん。うん。 でも日本ってすごくそのいい意味でもう悪い意味でも職人機質だからそのうん。うん。 じゃ、例えばじゃ、ダサーならダンスを突き詰めるべきだみたいな。それもちろんそうなんですけどでもダンス以外の例えば表現に触れた時にこっちで学んだことがダサーに生きることもあるし うん。 僕はどっちかというとその人を喜ばせ合戦をただしてるだけなんでめっちゃいい。 合戦なんだ。 合戦です。 人を喜ばせにしてるだけで別に肩書き何でも良くて全部なんかその手段なんすよね。 うん。 アーティスト活動も俳優 バラエティとかもうそのなんですか、言動力なんすか?その喜ばせたいっていう小学生の時に うん。 あのク始まって 4 年生の時だと思うんすけど調礼っていうか名前呼ばれるじゃないですか。アウ順でどんどんどんどん名前呼ばれて うん。 なんか自分の番でもないのにそのはいみたいになっていや今お前の番じゃないだろうみたいな感じわはってなった時あったんですよ。 うん。うん。 その時の 感覚がなんかすごく気持ちよくて心地よくてでなんかま、 LD 入ってからいじられたりとかするようになってでもういじられることに、ま、最初 抵抗あったんですけど、 なんかみんな楽しんでるしいやみたいな。これで喜んでくれる人がいるんだったらうん。 ああ、なんかだから僕の知り合いが友人があの LDH の中でそのメンディさんっていうのはそのば LDHの両親だみたいに言う人がいて 両親 両親まあの良い心という書、ま、なんていうかそこにこう何か大事なコアがあるみたいなことをま人が言っててなんか今話聞いててあそういう部分のことかもなってのをなんか今思いました。 うん。ええ、嬉しい。 DH の両親。これからそれなんかキャッチコピーにおきまない?大丈夫? 嬉しい。 LD の両親と関です。よろしくお願いします。 聞いたい。それ あの元々僕そのダンスを始めた時に ダンスがこう近くにある場所で働きたいなと思って うん。 えっと夜クラブで働いてたんですよ。 で、 そこでこうイベントとか色あって、その時にもう小春がもそのダンス会ではもうめちゃくちゃ有名、アップカミングな感じめっちゃ有名で もうスターみたいな感じで でそれ僕はバーカンからこうやってドリンク作りながら見てたっていうその時全くこうお話する機会とかなかったんですけど はいはい 小がでも早くてもちろんデイのイベントなんですけど小学校 6年生の時もクラブで踊ってたので おうん そう どういうこう流れでそうなってた なんかコンテストとかで優勝してるんだよね。 そうですね。なんか それが小学生ぐらいの時にもう 小学生の時から自分で作っていろんなコンテストを出まくって うん。 で、1 つのネタを作って優勝するために馬像をあの離れをするために イベントというものをとにかく出まくるみたいな。うん。 なるほど。 で、その中にも比ばあったり、街のおじいちゃんたちがええとこうやって見ながらの うん。 コンクリートで踊るやつもあったりとかし、そういうの、まあ、 20 個ぐらいこなしてからコンテスト出るみたいな。 お、で、それでなんかもう気づいた時にはもう世界に行っちゃってて うん。 自分がその昔クラブで見てた人がそうなっての見てうわあすげえみたいな。 ああ、ありがとうござい。 前さんはいつからダンス始めたっけ? 18 からです。18 から。 はい。 えっと、高校が男子校だったんで うん。ただただ下心で大学デビューしたいなと思ったんですよ。モテたいと思って。 はい。うん。で、色リサーチしてたら うん。 ダンスサークルがあって始めたってのが最初ですね。 なるほど。 お芝居は初めてるか? お芝、芝居は LD制作の映画とか そういうものに出さしてもらう中でありがたいことにろんなオファーいただくようになって そうなんです。 芝居とかやると思ってた? 思ってなかったんですけど時にすごい可愛かったんですよ、私。今ちょっと 可愛いじゃないですか。 でも昔の写真見たけどやっぱ目だけバチンなって変わらん感じはするけど。 異常な目力 気合いは入ってたと思うんですけどでも小 6の時に それこそこら辺の原宿で うん。 スカウトとかいっぱいあったんですよ。今どうなんですかね? 今もあると思う。 あれですよね。うん。 そん時当時1回 こうやって歩いたら うん。7個くらいから すごい私芸能字になれると思っ 芸能字になれるみたいなで すっげえ上からなんですけど選ばせてもらって でスターダストさんに入ったんですよ。 ええ入ったの? 入った。 ああ、 入ってエンギレッスに行った時に なんか子供たちが頑張ってうん。 なんかこれを覚えることによって大人たちを喜ばせなきゃっていうのが うん。 感じちゃって うーん。 もし自分がバコンってビッグになるなら この大人の人たちをギャフンって言わせないと うん。 でもそれは私はこれを覚えてじゃないんだなって思ってやめてうん。で、そこからそのダンスをその始めたきっかけとかってあるんですか? ありきたりなのかもしんないですけど。 うん。 モテたい。 モテたい。でも究極みんなです。 モテたい。うん。もうち結構家が変わっててご飯食べてる時に テレビとか とか生活の中でもテレビを見ちゃダメだったのであ、 いいスピーカーでいい音楽聞くみたいな。最高じゃ。それめっちゃいいじゃないですか。 だから踊ってたりとかもう普通にやっぱずっと音楽があるからこの延長 これで延長で自分で曲選んで フリーを作って ええ、 そっから作ってるっていうのがすごいよね。 そう作ってたんですよ。で、 小学校の友達に あなたはこっからここのパートを取ってこうでてでここの歌歌ってねっていうのディレクションするのが好きだったんですかね。仕切るのがし切り屋し切り屋のう小学校でいったうざいしリア屋の女。 あ、でもそうだな。近いことやってた記憶あるわ。俺も中学の文化祭とかでめっちゃ仕切ってた記憶ある。え え、すごいっすね え。 あの、合唱コング来るとかでね、みんな声出そうみたいな。めっちゃいいや。いや、声出そうではなくて、これをやりたいっつってみんな付き合えみたいな。 うん。うん。うん。うん。 ええ。 で、ま、最初ダンスを始めたのが、えっと、 1988年とかに はい。 あの、マイケルジャクソンがジャクソン 5では来てるんやけど、 マイケルジャクソンとしては初めてその日本のツアーに来た。 はい。 それが僕の地元のめっちゃ近くの球場で行われたっていうので家族は全く何にも知らんかったんやけどなんかすごいこう MJ 扇風的なものが吹きやれてるらしいみたいなんでパッと言ったらそれでもう全員が家族全員がはまって へえ アカダンス始めてでそれに引きずられるように始めたってのが最初なんですけどでも同時にミュージカルみたいなものを見るそもあって うん。うん。 もう10 歳にそれこそ僕は劇団周りに入ってとか でもま本当に似たような理由で なんか行ったらま、妖精上みたいなんがやっぱあってあ青みたいなをやるんですけどここでこの滑舌の練習とか勉強しても なんか何の意味も感じないなと思ってやめちゃったんですけどうん。 そのなんか疑問を持ってる人と持ってない人っているじゃないですか。 うん。 山さんそこに行って疑問を感じたタイプだと思うんですけど。 うん。例えば僕とかも うん。 そのなんか人と違うことが好きみたいなタイプの人間なんですけど、でもそれってハーフでそもそもなんか紙室とかも人と違うし肌の色も違うから うん。 なんか同じになろうと思って無理だなみたいな うん。 うん。こに気がついて、じゃあどうせだったら違う風になってた方がいいのかなみたいなので、 その人と違うことをできるようになったと思ってるんですけど。 うん。うん。うん。うん。 なんかそういうなんかそういうのに気づいたタイミングみたいあるんですか? うーん。どのタイミングやった? うん。 でもわかんないけど病院に例えばうん。 行ったら はい。 この話として使えるんかわからへんけど、絶対僕 ADHD とかって診断されると思うんですよね。 ああ。 はい。 いや、だから僕は、ま、多道 であることを自分の中でこう消化するために踊ってるっていうか、それをそういう場を与えられなかったらなんかこう、 それこそ何か別の行為に走ってしまいそうなのをこうそういう踊るっていうことで うん。 沈めてる感じはなんとなくある。 うん。 ああ、なるほど。 うん。うん。 うん。うん。 確かに 未来がうん。 なんか乱れてる姿見たことないから。 え、でも酒ではめっちゃ乱れてるでしょ。 あ、最初撮影現場だった時体バッキバキでしたもんね。てか なんか太もこれぐらいだった。 それはです。もうメッシュで透けてるここがもうパキパキエックぐらいになって。 そう。すごいなんか質のいいパン屋さんのパンみたいな。 いやさんのうまそうな肉みたいな感じしたね。 そういう取れメニュー変えたりとかしたんですか?その ちょっと多めに 多めにね。 うん。したりとか。あとはちょっと食事変えてみたりとか。 でも日常的には割と 1日1 食をやキープしててなんか食事とかきなんかうん。 気遣いあります。 でもやってた時期はありました。 うん。20 代の前半はもう絶対6 時はご飯食べないし。 で、あの、お水しかそっから飲まないけど、それやりすぎて、今はもう何もやりたくない。 何もやんないでいいだみたいな。 僕もない ない ない の。でも未来が うん。 なんか 乱れてる姿見たことないから。 え、でも酒ではめっちゃ乱れてるでしょ。 あ、うん。 え、どういうことですか?い、 体型的に話的に 人とも僕に比べると多分 2 人がめちゃめちゃミステリアスなんすよね え。俺メンディさんのこと全然知らないよ。本当です。 メンディさんです。 僕はすごいミステリアスな雰囲気を感じていて、普段どういうなんかことしてるんだろうなっていう結構ずっと動いてるかもしんない。 確かに なんか移動してる感じはある。確か移動してる。 うん。 友人があの松本にあの移住してそこでスタジオ作ってみんな活動始めてるからあ、すごい興味あるって前から思ってたから行ってみようみたいな感じ。今みたい。 やっと行けるみたい。同じです。うん。 あ、待って。1週間ある。 友達です。パリーいる。パリーオッケー。行く。 え、1 週間トートバック1個でト 本当にそれで来たのみたいな。あ、わかる。 いや、でもその旅にどれだけ少ない荷物で行くかに命をかけるっていうのす。 少なそう。 え、少はね、このスーツケースを持って移動するっつうのが本当に嫌で。 え、その1 週間とかのその旅でもそれで行くんですか?そのバックだけ。 この前だからえっとベネツアとトロントにちょっと 10 日間ぐらい行ってたんです。トータルで。 はい。はい。 それももう持ち込みの荷物だけで。 ええ。 うん。うん。 それとな結構海外色々行かれたりとかしてると思うんすけど、今後例えばじゃあ東京以外にこの拠点持つ うん。 そういう構想とかってあったりとかするんですか? 今 ここ住みたいとか。 今結構僕、ま、元々地元が神戸なんですけど、ま、 はい。 ほぼ半々ぐらい。うん。 あ、 へえ。理想は 3割ずつみたいな。 あ、1割抜けちゃうけど。はい。 神戸、東京、ま、あとどっか別のとこみたいな。うん。 でもそういう意味では小春コーチ家あるんね、今。 うん。今はもうないです。 あ、もうないか。あ、ごめん、ごめん。 1 年ぐらい借りた。あの四国大好きでコーチもよさのおかげですごい大好きになったから、あ、ま、じゃ、じゃあ住んじゃおうと思って借りたはいいもののそのツアーだったから。 うん。なるほど。 でもほとんど入れなかったし。 うん。 そっか。住むっていうのは居場所を構えることが済むことじゃないなと思って。 うん。うん。うん。 本当にんなとこに行きたいから本当に拠点は今は実感にしてるんですけど 別にあんま何拠点とか考えなくていいやって思うようになって うん。わかる。 うん。うん。 そうですね。 もうとりあえずフラットに実家に変ろうと思って うん。 うん。うん。 今とかSNSとかでなんかそのいろんな うん。 ま、評価する人がいたりとかして はいはいはい。 時のなんか心構とか立ったりするんですか?なんか単純に雨天の弱で はい。 やっぱり人ってそのこの人はそういうイメージっていうので定着させたがるから 1 回それで定着すると同じようなやっぱ役柄のオファーが来るんですよね。 うん。あ、 でもそういう風に定着されるのが嫌だっていうのもあるし だからモテキをやってからああいうキャラクターはもう 1回目やってないですしう お。 帰ってってるっていうのは意識してるかも。 ええ。 ああ、すごい。 うん。 でもなんかそれこそそのコンテンポラリーっていうその考え方、コンテンポラリーダンスっていう考え方に出会うまでは、ま、そのダンスとお芝居のバランスが結構自分の中でうまく取れなくて、 その映像の仕事とかがどんどん増えてくと必然こう、 ま、物理的に続ける時間がなくなった時に やっぱどんどんその身体があの衰えてるというか、 あの前やれてたことができなくなってることがも なんとなく想像できちゃうから怖くてどんどん触れなくなった時期ってのがやっぱ 長くあったけれども辻本智彦という存在に出会った時にま、そのコンテンポラリーダンスという概念が あるんだっていうことに初めて気づかされて うんうん ピルエットって例えばあるじゃないですかあのバレーの言い方であれってバランスが崩れたらもうそれで もう普通に失敗ていう扱いなんだけどうん 崩れてからどういう風にその後の その体をあの続けていくか うん。は みたいなことでもあのパフォーマンスになりるとか うん。 なんか究極多分失敗を生かすってか面白くする そんな考え方本当になかったからもうもう本当に目からボロボロって鱗が へえ 落ちてそっからまう そういう考え方で自分の体でどういう表現ができるのかっていうのを自分でこうなんていうか考えるようになってったんですけど そうですというか うんうんうんうん だって小春ちゃんとさっき最初に話してたその出りというかビル ボードでそれをね、パフォーマンスやってて、 でも辻本さんと一緒に来てて。 そう。 おお。はい。はい。 その時まだ会ったことなかったからその後未来と下北に飲みに行ってて、たまたま 辻本さんと古田荒新田さんがこっちで飲んでて、 そんなじゃないですか。 そうです。たまたまでそれでバーっとこて、あ、お前ダンス下手くそやなとか言って言われて こないだ見に行ってたんだけどみたいな。そん時にめっちゃ説教されて、 あ、ありがとうございますみたいな。 そう。 そう、なんか下手だなって言われることもうなくなっちゃってたから。 いや、そうなんですよ。下 手ってすげえと思って うん。 あ、とりあえず全部仕事やめてこの人についてみようと思って うん。ええ、 辻本さんの現場とりあえず全部行きました。 いや、すごい。いや、すごいすね。なんかその、それとなんか挫折の経験とかってあります。もうなんか固定以外にからガってもう変えられすぎてなんかうわ、もう無理みたいになった。挫折的な経験ってやったりします。 私つも挫折。前毎月挫折みたいな。 へえ。 ダンス大嫌い。最悪ダサで一生でやんね。やめてやるってのが うん。 ずっとコロコロコロコロある。 ただ未だにそういうことがあるんだっていうのは多分みんな 最近ちょっと落ち着いてきたんです。 へえ。 決め込みすぎる自分を ちょっと30 歳になってからの方が捨てられやすくなったなと思って。 うん。ああ。 あ、なんかでもそれ僕もなんか結構 30 歳になって細かいことどうでもいいやって思う。あ、 やっぱさ、あ、30の時どうでした?30 の時ちょうどスラエルに1年いた時で ああ、 そうですね。ま、本当に言語的な壁とか文化的な壁とか それこそう ダンスカンパニーに1 年いたから、ま、もうコミュニケーション、もう諸々が結構最初めっちゃしんどくて、 それを挫折と呼ぶのかわかんないけどどうしようみたいな意味で。うんうん。はい。 どこ向いてもどうしような状況みたいなやったんですけど、でもやっぱ年齢的なこともあるかもしれへんけどやっぱ向こうに行っていろんな違うあまりに違う世界観を色々目にできた生活の中で目にできたことで あ、全然このままでいいって気を張らずに言えるようになったっていうのは あるのかもしれないですね。 そうですね。そっから帰ってきてからのそのなんていうか立ち方は随分 楽にはなってるんかなと思いますけどね。 うん。 いや、楽しかった。次回はお酒飲みな そうですね。 下北で。下北 辻本が横にいるかもしれない。 いるかもしれない。 ま、つって。 それでは今日も素晴らしい 1日を。 小学校の時クラスメイト全員俺のこと好きだと思ってたんですよ。 何の根拠があって自分のこと好きだと思った?根拠はないです。信じる力。 すごいな。 เ ち て では 寄せ で
「ボクらの時代」は、各界で活躍するゲストたちが“今”を語り合うトーク番組です。俳優、ミュージシャン、アスリート、クリエイターなど、さまざまな分野の第一線で活躍する人々が、人生・友情・夢・挑戦について本音で語ります。
👇 見どころ
・知られざるエピソードと本音トーク
・成功の裏にある苦悩と努力
・お互いのリスペクトが生む深い対話
📍 チャンネル登録&高評価お願いします!
🔔 最新エピソードを見逃さないように通知をオンに!
#ボクらの時代 #ボクらの時代2025 #トーク番組
VIVIZINE.COM