世界に誇る日本映画の筆頭に挙げられる、黒澤明監督の傑作、『七人の侍』。この作品については過去の動画でも製作エピソードや名場面集などをご紹介しましたが、この動画では、この作品で魅力的な侍を演じた名優たちの生涯を辿ってみたいと思います。彼らの素顔はどのようなもので、どのような人生を歩んだのでしょうか。
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26 Comments
おおおおおおっ、待ってました!
三船敏郎と黒澤監督は蜘蛛の巣城を最後に決別したのかと思ってました
加藤大介 「陸軍中野学校」渋かった
「南の島に雪が降る」「社長シリーズ」Internetarchiveに在ります
上手に検索しないとヒットしません
三船は、赤ひげまで黒澤組、志村は、その後テレビ番組にも出ていましたね。
稲葉は、ザ・ガードマンにも出演していましたね。
父が志村喬さんと清水寺の近くの喫茶店でお会いし、当時めずらしかったトマトジュースを飲んでおられた、と言ってました。
志村喬は黒澤黄金期は頼もしい役も多かったのに60年代以降は冴えない脇役or悪役ばかりで残念。もうちょっとなんとかならなかったのかなあ
三船敏郎を最初に見出したのが誰かって話については、諸説あるんだよね
実際、デビュー作は黒澤作品じゃなく谷口千吉監督の「銀嶺の果て」な訳だし、谷口監督が出演を渋る三船さんを説得する為に背広をプレゼントしたという話も伝わってるし
三船氏はプロダクション設立後、社長業等々大変忙しくなり、黒澤監督とスケジュール調整が難しくなって、お互い疎遠のような形になったと聞いております。事実デルスウザーラの撮影現場に三船氏が表敬訪問したり、黒澤家の私的な事にかなりの金額を援助されたとも、映画関係者が語っていました。事実かどうか知りませんが、乱で仲代達矢氏の役を三船氏が(勝新太郎氏ではない)井川比佐志氏の役を高倉健氏にお願いする案もあったと聞きます。
稲葉義男さんといったら野火の兵士役が好きです
本当に不思議ですね。
不思議な巡り合わせ。
三船敏郎を最初に見出したのは高峰秀子さんでしょう、三船をみて胸騒ぎを覚えて黒沢に推薦したのだから。
俳優毎に歴史がありドラマがあるんですね。
そして導いてくれた人との出会いがあって 彼らはチャンスを摑んだんですね。
素晴らしい内容。ありがとうございます。
素晴らしい動画でした。ありがとうございました。特に生年月日、ご命日、享年、出身地までも、きちんと明確に紹介されていたのが大変素晴らしいことだと思いました。出身地だけでも日本全国に散らばり、またチンタオ一名ということで大変興味深いことだと思いました。再度ありがとうございました。
大変わかりやすかったです🙇
何度みてもみ飽きない名作中の名作ですね!
晩年もかっこいいけど若い時の三船、色気をもあるしかっこいい良いな
勘兵衛→「椿三十郎」の悪徳家老,七郎次→「用心棒」の亥之吉,勝四郎→「野良犬」の犯人役等々,これが同じ役者さんだとは,本当に信じがたい。三船敏郎は,いつも同じしかめっ面ばかりで自身のイメージを保っていましたが,本来の三船さんは,菊千代のイメージに近い人だったたそうですね。黒澤監督の演出もさることながら,皆さん素晴らしい俳優さん達だったことが,「七人の侍」とその前後の映画を観るとよくわかります。なお,黒澤映画から多方面でご活躍中の仲代達矢さんもリクエストします!
何度観たか数えきれない「七人の侍」…次、また趣をもって観られそうです。
木村功の天涯孤独。「名声いらんけ、いるんは家族じゃ」 と聞こえた気がします。どんなに辛かったことでしょう。涙がこぼれます。
志村さんは、お荷物小荷物で知りました。2号ライダーの佐々木剛さんも。
10回観ました。
セリフはなかったけど、「生きる」の宮口さんはしびれたな。
在日朝鮮人が居なかったので、これからも安心して繰り返し見れそうです。
この後で宮口さんがホームドラマにでるんだけも
そりゃーもう似合わんのですよ
いや演技はさすがにうまいほですが久蔵がみんなの中にこびりつきすぎて
そんな優しい事言っても危険が迫れば切り捨てる怖さをみたいな余計な事考えてしまうのでした
撮影当時既に30代なのに映画で若侍役として村娘との初々しいラブシーンを演じた木村の妻の感想「結婚詐欺みたい」
例えば70歳で亡くなった人が居て、
「享年」を付けるならば
「享年70」と言ったり書いたりします。単に亡くなった歳を告げるなら
「70歳でした」です。
「享年70歳」は間違いですよ。