「殺してくれ」うめき声と悪臭 266人が息絶えた小学校、10歳がみた「人間処理場」 #戦争の記憶 #テレビ長崎 #Yahooニュース

ここは平林小学校というところです。 はい。店さんにとってここはどういった場所なんでしょうか? 亡くなった人を焼いていった仮装した場所なんですよ。梅き声とね悪でねもう大したもんだったんです。あの頃はね林学校のグランドっていうじゃなくて死体処理場言いればね、もう人間処理場だったんですよ。 そういうことです。想像もつかない。 うん。 だからこんな人本当に子供たちが走って回ってるのを見ればね、ま、これがやっぱ平和だなってことが僕たち分かると思いますよ。 うん。 あの、こういった歴史があった、こういった事実があったっていうことを肌感覚で分かっていってもらうために、あの、やっぱり聞いてそれを僕らの体を通して次に伝えていかないといけないと思うので はい。 平和とは何か、命とは何かっていうことをで一緒に考えていきましょう。 うん。

子供たちの声が響く、長崎市にある小学校の校庭。被爆者・三瀬清一朗さんにとって、ここは忘れられない場所だ。

1945年8月9日、長崎に原爆が投下された後に臨時の救護所となった。1290人が運ばれてきたが、266人が息絶えた。悪臭、うめき声…当時10歳の少年が見たのは「人間処理場」だった。

■本編
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