南側用水路清流プロジェクト「水と緑のトンネル木道」

南側用水路清流プロジェクト
「水と緑のトンネル木道」
〜杉戸町の可能性。南側用水路から動き出す、未来のかたち〜

<南側用水路>
埼玉県杉戸町を流れる用水路です。
380年前に掘られた手掘りの用水路です。
長年、田んぼを潤してきましたが、今から約35年前に灌漑用パイプラインが設置されたため、
その役割を終えました。
その後、「南側用水路」は「南側水路」に名前を変えられ、排水が流れ込むようになりました。
以来放置され、大型ゴミの投棄が後を絶たず、悪臭を放つ水路になってしまいました。
汚れた水路はどんどん暗渠化され、南側用水路清流は今、大半が暗渠の状態です。

<南側用水路清流プロジェクト>
2010年に結成された杉戸町の有志が中心のボランティアグループです。
南側用水路の清掃と整備などが主な活動内容です。

この活動は2010年、「がまツーリズム」という小さなイベントから始まりました。
人が見捨てた南側用水路にもう一度目を向け、蛙の声を聞きながら散歩しよう―。
というささやかな挑戦から始まりました。
そして2025年7月で足かけ15年。

私たち「南側用水路清流プロジェクト」は、月に2回の地道な活動を続け、
杉戸町役場との協働により、約30年ぶりに一部区間で通水を復活させることに成功しました。
見本区間として整備を進めた約250メートルの水路では、ゴミを拾い、
60センチ以上も堆積したヘドロを取り除き、尾瀬のような木道を設けながら、
浚渫や護岸保持の作業を重ねてきました。
この250メートルの区間では、蜘蛛だけでも28種類も確認され、動植物合わせると約400種類も確認されています。
放置されていた水路は、いつの間にか想像以上に豊かな生態系を育み、
まるで「生きた博物館」と呼べるほど魅力的な場所になりました。

<南側用水路の歴史・なりたち>
南側用水路は、世界的にも類を見ない「関東流」という治水と灌漑を両立させた技術によって整備された、葛西用水路の支川のひとつです。
葛西用水路は、徳川家康による利根川東遷事業の一環として生まれ、1660年に伊奈一族によって開発されました。その流れは利根川の雪解け水を起点とし、琵琶溜井に集水し、南側用水路、中郷用水路などへと分かれていきます。
特に南側用水路は、手掘りの原形が残る貴重な区間です。
その水源である琵琶溜井を流れる水は、新潟・群馬の県境に降った雪が利根川に流れ込み、約120キロを下って利根大堰へ。
そこから葛西用水路に分水され、さらに約30キロを旅して、杉戸の地まで辿り着きます。
生活排水を一切含まず、美味しい米を育てるためだけに流されてきたこの水は、まさに先人たちの血と汗の結晶です。
かつては泳げるほど綺麗な水が流れる南側用水路が、今や生活排水に汚され放置されているのは問題です。
南側用水路の水はやがて幸松川、旧倉松川、大落古利根川、中川、荒川を経て、東京湾へと注いでいきます。
私たちには、下流域にきれいな水を届ける責任があります。

<全国の成功事例>
南側用水路のような川の再生活動は、全国各地で成功を収めています。
●静岡県三島市の源兵衛川
かつては湧水が枯渇し、ゴミ捨て場となり、ヘドロが堆積し、暗渠化して道路にする計画が持ち上がっていました。
しかし、グラウンドワーク三島という市民ボランティアが再生に立ち上がり、上流にある東レの工場からきれいな冷却水を引くことで通水が可能になりました。様々な補助金を活用し、清流と水辺空間を再生させた結果、今では川沿いに飲食店や商店が立ち並び、年間800万人の観光客が訪れるほどの大成功をおさめています。
●滋賀県近江八幡市の八幡堀
かつては、埋め立てて道路にする計画が進められていました。しかし、地元の青年会議所が毎週清掃活動を続け、歴史ある堀を残す意義を訴え続けた結果、道路計画は白紙に戻され、観光資源として堀を活かすまちづくりが始まりました。
今では、八幡堀は日本を代表する美しい水郷として世界中の観光客を惹きつけています。
これらの例ように、川の再生は人の心を潤すだけでなく地域経済にも力を与えることができます。

<未来ビジョン ~南側用水路がもたらす杉戸町の可能性~>

埼玉県は「川の国」を標榜していますが、では、どのような川の国を目指していくのか?
その問いに応えるモデルが、南側用水路であると私たちは考えています。
埼玉県には海こそありませんが、日本一の川の流域面積を誇る地です。
今こそ、人々がほっとする、世界的にも魅力的な“里川”を再生するべき時です。
葛西用水路の持つ歴史的スケール、琵琶溜井から流れてくる水の絶大なる価値。
そして、400種類もの動植物が育まれている南側用水路の生態系。
そのすべてが、すでに杉戸町の宝です。
これらを活かしたまちづくりは、大きな投資をせずに魅力ある差別化された街を形成する取り組みです。
杉戸町には「アグリパークゆめすぎと」や、歴史ある「杉戸農業高校」があります。
農業の町としての魅力を高めるためにも、きれいな水路の再生は、農産物のブランディングにおいても大きな力を発揮します。
さらに、江戸時代、日光街道の5番目の宿場町として栄えた「杉戸宿」。
その旧市街地は、かつて南側用水路が流れていた場所です。
現在は杉戸宿エリア全てが暗渠となってしまっていますが、
水路を生かしたまちづくりをしていれば、風情ある関東の宿場町として人気の観光地になっていたかも知れません。一旦暗渠化された水路は二度と元には戻りません。

そして、こうした水辺の再生を本格的に進める上で、まず最初に取り組むべき重要な一歩があります。それは、「河川指定」を行うことです。
正式な河川として認定されることで、国や埼玉県との連携が進み、水路の整備・保全・利活用に関する制度的な基盤が整います。南側用水路を“公共の資源”として次世代に残していくためにも、河川指定は避けて通れない大切なステップです。

南側用水路の再生は、自然と共生する新たな杉戸町の姿を世界に発信する第一歩です。
〜この南側用水路には、計り知れないポテンシャルがある〜
私たちは、その可能性を杉戸町のみなさんと共有し更に一歩を踏み出したいと考えています。
杉戸町の可能性。南側用水路から、未来のかたちが動き出します。

この動画は、そんな思いを込めて制作しました。

南側用水路清流プロジェクト
代表 エンドウキヨシ

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日本中に張り巡らされた用水路は、
40万㎞(地球10周分)ともいわれています。
用水路は美しい水田風景と豊かな文化を育んできました。
ホッとする用水路観光を始めましょう!
水路と水田文化研究所・日本用水路観光協会では、
主に埼玉県東部の用水路の風景を紹介してまいります。

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