堤真一×山田裕貴「“生き残る”ことの大切さを伝えたい」映画『木の上の軍隊』東京完成披露上映会【トークほぼノーカット】

願しますあ素敵ですありがとうございます はいいいですねはい じゃ少しただきますねのびさんお願いします 皆さんよろしくお願いいたします [音楽] それではまず映画をご覧いただいた皆様に一言ずつご挨拶をいただきたいと思います まず始めに宮崎から閉れたな位山下和夫役包慎一さんお願いいたしますですどうも今日は本当にありがとうございますえかがだったでしょうか?あえまあの今日はあの短い時間ですけどもよろしくお願いします [拍手] お願いいたします 続きまして沖縄県家島出身の神兵挙げな星を演じられました山田幸さんお願いします山田行ですこんにちは [拍手] えまずえ沖縄で公開されてえ初のお披め東京になりますのでめちゃくちゃえ嬉しいです見てもらえて感謝です今日は短い時間ですがよろしくお願いします ありがとうございますそして本作の脚本監督を務められました平和弘監督お願いいたします [拍手] え皆さんえ脚本音監督を務めました平和です本日はご来場ありがとうございますあの沖縄で先行公開をしてえ今日この日にですねえ全国東京この場所で公開できること本当に嬉しく思いますえ今日はよろしくお願いします [拍手] ありがとうございます ではマスコミの皆様ここからのフラッシュ 撮影は一度お休みいただくようにお願い 申し上げます今監督もおっしゃっていまし たあの皆さんおっしゃってましたけれども 先行公開が6月13日からえ沖縄では大 ヒットスタートを切るということで監督は 実際あの沖縄行かれていろんな劇場も回と 思うんですが様子はいかがでしたもう僕 あの本当に全ての劇場を敗している怪しい 人間に今なってるんですけれどもあの本当 にあの小さなお子さんからえお年寄りえ 中学生高校生本当にいろんな年代の方が見 に行ってくれています 印象的だったのがやっぱ小さなお子さんがですねお父さんお母さんに行きたいと言ってきたっていう人たちがいたりあの自分のあのえ本当に年配になったお父さんお母さんを連れてえ見に来たりっていうそういう声があったりとか非常に幅広い年代の方に見に来てもらってるなという印象です [音楽] 3 世代とかでね来られてる方もいらっしゃるということですけれどもね はい つみさんはあのま今回映画鑑賞後にご登壇をされるというのはこの東京が初めてと伺っております沖縄だと上映の前に書れていたということですがはい改めてお気持ちいいかがですか そうはいえっと嬉しい反面緊張感と言いますかですね あの沖縄って本当にえま始まる前ではあったんですけどもうなんかニコニコニコニコして楽しそうにもう空気がなんか今裁判にな晒らされてるような気分で ちょっと皆さんニコニコしていただいてよろしいですか いや見た後ですしね多分まま話が話なのではいそうですね でもあの 感じていただけるものは感じていただけた と思いますのでえっと沖縄もちろん大ヒッ トって嬉しいんですけどやっぱりこれ全国 にあの広がって欲しいなと思ってますので えあの今日はえこんなに死とせずに あの 話としても生きるって前に進む死ぬことが 美得では というものだと思いますのでえここは見終わった後で本当は感渉にこう余韻に浸りたいところでしょうけどもえ楽しく過ごしてくださいはい ありがとうございます山田さんはいかがですか?皆さん前にされて いやめちゃくちゃ嬉しいですよやっぱ見てもらえるのが 1番なんでで何よりそのもうこの前その 沖縄で公開されて監督にもういきなり電話 してゆきさんすごいですよなんか行列並ん でてあの全部リロ&ンドスティッチだと 思ったんですけど全部昨日への軍隊であの びっくりですって監督も驚いてるぐらい 多分本当にそのもちろんあのリロアンド スティッチもすごい素晴らしい作品だと 思うんですけどあのそういうエンタめも 楽しみながらあの戦争というものに目を 向けてるくれる人たちがこんなにもいるん だっていうことがそれがそのお客さんが 入ったら嬉しいんじゃなく あそんなにその戦争というところにちゃんとあの大事に思ってそれも子供たちも含めてあの見に行こうと思ってくれるのって本当に嬉しいなって思ってますはい ありがとうございます太平 行列最初違うと思ったんですね はいあのそうですねえっと本当にリロアンドスティッチだと思ったんですけども劇場の人にもうおそろそろ聞いたんですよあのこれはあのリロアスティッチですかって聞いたらやしてください 監督と木の上の軍隊ですよって言われて胸を撫で下ろしてすぐ動画撮ってゆきさんに送って LINEで電話しましたもうすぐ いや本当に嬉しいですねはい 多くの関心がまず集まるっていうことがとても大切な作品かなと思いますけれどもはい あの本作まもちろんご覧いただいた通り沖縄家島のお話しかもま実話というところで描かれておりますけれどもまず平監督この作品を撮ろうと決めた時のお気持ち是非聞かせてください そうですねえっとこのお話をいただいたのはあの企画プロデューサーの横座さんという方からだきました えでえもちろん2つ返事でえ取りますとは 言ったんですけれどもあのすごく大きい プレッシャーがあったんですね僕自身沖縄 で映画ドラマを取り続けている身なんです けれども沖縄線というものを背景にした 映画を取らないといけないとなった時に僕 は当時受けた時にですね2年前なので33 歳だったんですけれども33歳まで沖縄線 というものをちゃんと向き合ってちゃんと 調べたりとか自分から能動的に動いて勉強 したことが恥ずかしながらなかったんです よあんまり正直向き合ってなくてでも僕に そんな僕にこの映画が取れるのかなって いう不安が1つありましたでも実際僕は 昨日の軍隊というこの原作の舞台を見た ことがなかったんですけれどもお話 いただいた後に映像で見てすごく エンターテイメントで2人の人間のドラマ でこれは沖縄線の背景してるけども別に 戦争映画ではなくて2人の人間のドラマだ なと思ったのでこれは僕やらせていただい てもしかしたら面白く作れるかもしれない きっと今から僕らの沖縄のスタッフでとっ ても素敵なものができるかもしれないと のでその時のプレッシャーっていうのは覚えてますね 監督今向き合ってこなかったっておっしゃいましたけど私もあの両親沖縄で親戚みんなあのもちろん沖縄戦も経験してますがやっぱり沖縄の人こそ辛い経験をあんまり語りたがらないっていう方も多いのでまそういったところもねあの周りに聞く機会がなかったのかなというのもありますけれどもさんこう実話を元にした物語と聞いてまずどんなことを感じになりました そうですね本当に恥ずかしい話 ま戦争の話になって沖縄線がひどかっ たっていうことは聞いてもその具体的な ことって 知らなかったしっていう島の存在すら知ら なかったのであの宮小島だとかそういう ところは遊びに行くこととして知ってた けどその戦争にまわってその島がひどい目 本当に写真残ってるんですが漢方射で あんな狭い島あれだけやられたらあり1匹 の生き残ら生き残れないんじゃないかと 思うようなその写真とかは残ってるんです けどその知識その 知識は全くなかったっていうところで本当 にあなんか申し訳ないような気持ちだった んですけどまずでもこの作品お話いただい た時にえっと舞台の方の脚本読んでそれで これは難しいぞと思って舞台だとほとん木 の上でセリフ劇になっちゃうのでこれ映像 したらもう飽きるって思って えっと映画の客本いたらま見事に映画に なってたのでこれはその元にあるものを 崩すことなくえ素晴らしい脚本だったので もうやるべきだなって感じてオファー受け たんですけど今でも思ってるんですけど 本当にやって良かったと思ってるしえやる べきだったんだなっていう気がしてます はい 本当にもう飽きさせない見事な脚本がまずあったということですが山田さんはこの実話ということを聞いてどんなことを最初にお感じになりました うーん僕も何かこう戦争のことを感じてき たことってま広島に住んでたんであの原爆 ドームの狩猟館にえ足を運んだことが 小さい頃あってでそこで衝撃を受けてで その後ホタルの墓を見てあこんな思いする のやだなっていうのぐらいでね心の片隅は 絶対そういう記憶って残ってはいるんです けどま日常過ごしてたらあの絶対に忘れて しまいがちなことなのでま何よりこの実話 もう皆さん見てもらったから分かると思う んですけど戦争の映画っていうよりまそれ こそ監督もおっしゃってましたけどあの家 があること食べられること水があることえ まずそこにどれだけありがたいかっていう ことを感じると思うんですよあの実話でま あのモデルとなった佐田さんと山口さんは えっと違うガジュ丸の木1本ずつに1人 ずつ隠れてあの声かけられる距離であの声 をかけ合って助かったっていうま実はは そうなんですけどま今回は長官と2人で 過ごしていく中であのこ本当昔の長官って 言ったらものすごい怖いもえ逆らったら あの体罰は当たり前だしえもしかしたら 打ち殺されるかもしれないっていうそんな ような状況の中こんな2人が生き抜いてい くっていうことがえーものすごいことだし でやっぱ実はあのその書き起こしたあの 生き残った後書き残したテープの 文字起こしを読ましてもらったんですけど あの足を打たれたことそうそこが苦しい 悲しいとかじゃなく やあの静さん山口さんは大丈夫だろうかと かあのそういう相手のことを気遣ってた なんかそういったところにあ人間ってもし かしてそういう追い込まれた状況になった としても誰かのことを思えたりあの誰かが あの人がいるから俺も頑張って生きな きゃって思えるのかなっていうなんかそう いう風に思わさ思わ せてもらってうんなんかもちろん僕も家島 のことは知らなかったですし日本にま日本 もちっちゃい島とはいえあの人生で 歩き回ったら絶対に全部はたどり着けない 場所なんていっぱいあるんでなんかそう いうところに色々こういうエピソード まだまだいっぱいあるんだろうなっていう のは本当に思いましたねはい確かに ありがとうございます この撮影に関しても伺いたいと思うんですけれども撮影沖縄とそして実際の家島でガジ丸の木をえ食事して撮影をされたという風に伺っておりますがさんこの実際の木の上で撮影されるその島で撮影されるというのはどういったご経験でしたか そうですねあれえ 1 年以上前からえっとあの木はえ食事してえ作った木なんですよ え知念さんっていう方があの食事をして しかもあれは1本のガジ丸じゃなくて3本 のガジ丸の木を食事してそれがうまく 絡み合ってああいう空間ができるんです けどそれもできたんですけど それちゃんと根付かなかったら実は撮影 できなかったんですよで 食事をしました そっからその知念さんは毎日地獄のような思いでこれ枯れちゃったらどうしようっていうので うんうん そういう思いも含めてま聞いてたんでただやっぱりあの僕今年 60なんですけど 60 歳で木の上に登って見る景色って素敵なんですよ [笑い] あのもちろん逃げあの山口さんたちもあの僕らとは違うけどあそこが唯一安全な場所だったんですよ うんうんその隠れてる その僕らもそのリビングであのぐーっと寝転がってリラックスするっていう意味ではなくここに守られてるっていう感覚は あの木じゃなければ生まれなかったと思うし その木の上にいることが区ではないというか撮影なんであのワンシンワンカット終わったら次ちょっとどいてみたいなこともあったりはするけどほぼ 2人で木の上にずっといましたね はい 山田さんもじゃあずっと一緒に昨いらっしゃったんですね そうですねやっぱりこれが順していくんですよね人間って 最初はつみさんも木こう登る時に行ってと か言いながらこう登ってるところをもう3 日4日経てばする2人は登っててでもう 座れる場所 を自然に探してあもしかしたらこうやって あの実はあの2人もなんかこ木に対して そういうこう家のような感覚を持ってたの かなっていうのはえ思いましたはい監督き ました本当に知念ささんすごいですね あの実際の場所で撮られたからこそこの作品がこうできたその魅力について改めて監督から聞いてもいいですか あのこの映画はあんまりなんて言うんですかね?嘘がない映画というか本当の物語があってでそれをもちろん舞台になってっていうのはあるんですけれどもえほとんどのロケを沖縄の家島という島で行うことができて海も家島の海で撮影ができて本当の海も一部ありますけれ もあの僕らが撮影してる時にえのその ガジ丸を移植する前にちょっとした場所で 保管するんですけれどもその場所から異骨 が出てきたんですよそれも20体という数 が出てきましてえそれは戦事中の異骨だっ たんですけれどもその時にやっぱり改めて 僕たちが撮っているこの映画の現場という のは戦争の現場だったんだなっていうのも 改めて思いましたしそういった場所で撮っ てるっていうところで得られる力というの がものすごくあったなっていう風に思って ます なので映画の画面の中に映ってるものっていうのは本物の木だし本物の戦争の現場だったしっていうところがあるのでそれがすごくこの映画のえ大きな支えになってます 見た方ならそれが本当にそのパワーというのは伝わってると思いますがあのところで包みさんと山田さん今回初共演ということになりますよね はい1 月ほど沖縄で一緒に過ごされてさんいかがでしたか あのなんて言うんですか?嘘のない人だしまっすぐだしもうスタッフからも愛されてうん僕もすごくずっと隣の部屋だったんですけどまあんでしょう食事もたまにはあのずっと原料のためにうん [音楽] 欲しいもばっかり食ってたんですけど僕はちょっともう原料してから行ったのでま僕も食事は制限しつだったんですけどたまにもう明日殺とかいう時はねちょっと行ってご飯食べて [音楽] でま現場でもくだらない話とかえあと政作の女の若いスタッフの子でハエ取るのがめちゃめちゃ上手な子がいた いましたね ビニール袋でハエを何匹も捕まえるんすよお前宮本武蔵かっていうぐらいそれほらも真似したけど俺は 1 匹ずつぐらいしかもう取れなかった取れなかったうん そんなことしてました話の内容とは全く違うことえはい え山田さんは初共演かがでした いや僕実は共演はなかったんですけど 10 年くらい前にお家にあのあるご縁からお邪魔させてもらう時がありましてあの本当に僕が何も知らない中ですねあのわこんな大戦で活躍されてる包さんの家に行くなんてみたいなふわーって緊張しながら行ったんですけどすごくラットであのその時もで普通に話しろんな広 [音楽] ここだってだったよっていうこともでそれ は撮影現場でも変わらずにあのこの映画の 時はこうだったとかこうつみさんがすごい と思う表現者の人の話だったりとかなんか あの僕より絶対おしりなんですよ 僕の方があそうなんだえって聞いてる方が 多いっていうかあとあの撮影終わりに ちょっと今日コンビニのタイミングだよ なって聞いてきてくれるのが嬉しかった ですですねはい 現場からホテルもどんどん一緒じゃないですか もし寄りたくない早く帰りたいと思ってるのにコンビニの悪いなと思いつどうしてもお酒を買いたかったので はい だから本当ねあの衣装のまんまコンビニ 2人が 現れるものだからま皆さんもう撮影してるっていうことは分かってくださってはいるんです 日本兵が現れたって 日本兵が現れたってびっくりした ゲート前てはい ねいやいや貴重なお話あのもう見た後なので今日ここからはあの具体的にシンを上げていただいてお話いただこうかなと思うんですけれども監督でしたらまこだわったシーンであるとかお 2 人でしたら印象残っている撮影のシーンであるとか注目していただきたいシーンであるとか是非包みさんから聞かせていただいてもよろしいでしょうか?はい か えあのですね結構シーンは家島ではなかったのかなあの素鉄を食べる [音楽] ああ素鉄団子あれ本当に作鉄でえ毒抜いて はい それで作ったんですよ団子くっそまずいんすよ でそれも 別に美味しく作ろうと思えば作れたんですけどある程本物で 作ってそれをえ監督は要は 1 回食べちゃったらリアクションがあるじゃないですかだからもうすぐ本番っていう感じで はい まずっていうそれをそのまま使ってます はいどんな味なんですか パサパサうん味とかないっすよ 味ない味ないパッサパサ こ変な粉を固めてなんだ?なんでこれが固められてるのかが不思議なぐらいパっサパサでした 誰も言語化できないんですよねあの味をこの ねでしかもね今でも実は沖縄では食べてんですよって言うんだったら分かるけどそんなもん誰も食べちゃいないんですよはい いや想像するしかできないですからね私たちはね山田さんは印象残ってるシーンはどんな 印象残ってるシーンやいっぱいありますけど うーんやっぱり木の上でこうあのうわあっ て言い合ったところとかはあの本当に段取 りって言ってまあの1回ちょっと動いてみ てみたいなのが始まりそのまま本番だった んであそこはなんかすごい印象残ってます ね もうリハテストがなかっもうそのままやろうってなってで 2 人もそんなに動きをはっきり決めないまんま動きたいように動いてみたいなそれもうそれがなんかしびれましたねはい つみさんそのシーンについてはいかがでした あれはでもその2 人も普通はもうちょっとリハーハーサルテストをやらないと怖い部分もあるのでがあの木の上なので で本番このまま行きたいですって言われた 時に今普段の僕だったらいやいやそれは 危ないからもう1回ちゃんと段取りだけで もテストしましょう ともはいあそうですねもうなんか当然の ようにいや本番もう行きましょうもうそれ 行きましょう 今から考えたな感じですよねはいうんその 緊迫感映り込んでたと思いますが監督は 特に印象的だった シあのこだわったシーンでも結構です あげるとしたら あの段取りのことで思い出したシーンがありましてあの弊社であのみさん演じる山下と別れてあげなが 1 人で離れてしまって木から降りてえキャラメル食べた後にま夜峰と喋るシーンがあるんですけれども あのお前戦争おったら何したいて言ってま正確に言うと峰の原営ですね 原話があるんですけどあれ夜になる前に 昼間に段取りをしたんですよで段取りで あの僕の想定では台本に書いた想定では ですね僕の設計時ではあそこはあんなに いわゆるウェッティなというか エモーショナルなシーンにならない予定 だったんですあのもっと言うと起きた後に つみさんがいてあの夜峰の死を告げられ るっていうところにポイントを持って いこうと思ってたんですけれども段取りで ゆきさんがとんでもない芝居をしたんです よねすごくそれがあの良くてあこんな風に 喋るんだとあのただ海に行って お母にご飯あげてそしてあのお前と遊びた いって言った時にもうつ君よのつ君には君 は原営だからここは何か感動したとしても 涙を流さないでねと受けないでく れっていう風に言ったんですよでも段取り で終わった後か浦さん無理ですあれ僕泣い ちゃいますって言ってそうだよあれ ちょっと俺も見てて泣いたからもうあれは 多分このまま行った方がいいってだって2 人は役を生きてるわけで生きた 2 人が出たお芝居なんだからこれは僕に止めることはできないなと思ってあのシーンになったんですよだからあれは段取りから生まれたシーンでした全然想定してたシーンと違いましたね はい山田さんどうですか?今の話 そうですね 覚えてます 覚えてますもちろん覚えてますよ覚えてますよ えよく取材とかでも喋らせてもらってるん ですけどいや確かにそうなるとは思わ なかったですねでもなんかそうなると思わ なかったことがそれは僕は木の上でも いっぱいあったしつみさんともそういう そうなると思わなかったなって思うところ が多分つみさんも多分いっぱいあったと 思うしうん なんかそういったことの連続がちゃんとあのどれだどうにか実はってかあのモデルとなったお 2 人の感覚に近づけたらいいなっていう思いだけだったんではいうん印象僕もそこは印象に残ってます [音楽] ありがとうございます上英語だから聞ける貴重なお話皆さんありがとうございました というところでちょっとお時間が迫ってましてえ最後にお 1 人ずつご挨拶をいただきたいと思うんですがまずは平監督に改めてあの沖縄入れの日ということで今日この映画を東京でもお披めできたことについてもえ一緒にいただきたいと思います田原平監督お願いします はいえまず皆さんえ本日見てくれてありがとうございました沖縄ではですね今日 6月23日は慰例の日と言って午後に 1分間目をします今日僕らもスタッフ1度 させていただいたんですけれども本当に1 分間あのほとんどの人がやるんですね沖縄 では目をつぶって手を合わせて祈るんです けれどもでこの映画ももちろん戦争を題材 にした映画なのでいろんな人に届けたいと 思ってたんですけれども基本的にやっぱり 辛いとか悲しいとか痛いとか苦しい イメージばっかりが沖縄の戦争の映画に たくさんついてると思っていたので僕は この映画を面白いものとしていろんな人に 届けたかったんですで沖縄ではちっちゃい 子供とかいろんな人たちがまた見たいと リピーターになってくれる人もたくさんい たりしてえ今のところすごくいろんな人が 見てくれる気兆差しがありますえこの沖縄 から出たこの木の軍隊という作品今日この 日からですねえこの東京の今ここに来てる 会場の皆さんから発信でえたくさん全国に 広げていきたいなという風に思ってますの でえ是非あのたくさん広めてください今日 はありがとうございましたありがとう ございます 続いて山田さんからもお願いいたします はいえ本当にうん なんか僕がこういう仕事をやってる意味 ってあこういうところにもあるんだなと 思うのはあこういった歴史だったり何かが をいっぱい伝えられるんだっていうのは ものすごくえ重要な意味があるなと感じ ながらこの作品に携わらせてもらってい ましたしあの撮影の時もあこういう 生きようとする思いが本当に誰かに伝わ れって思いながらどれだけの人が見て くれるんだろうこれをっていうあ戦争も 映画って聞くともちろん経遠される方も いらっしゃるとは思うんですけど今日こう してあの なんていうかこう逃げずにあのこの作品を 見てくださった人たちにものすごく感謝だ なと思いますしあの年齢制限年齢制限が ないのであの戦争知らない子供たちにも あの食べられるってありがたいねとか家が あるって素敵だねとか水が飲め るってすごいことなんだよってあの伝えて いける作品になると思うのであの この2人はちゃんと生き生きるというま その実話がありますのであの生き残ったお 話なので生きていく力をなんか たくさんの人に渡せたらいいなってえ思っ ています え今日は見てくださり本当にありがとうございました ありがとうございます最後にさんお願いします [拍手] はいえっとですね僕実はこの映画を見 終わって思ったことはもちろん沖縄のその 太平洋戦争の時の悲惨さもあるんですけど やっぱり生き残るっていうことの大事さっ ていうかこの時代は死ぬことが美得とされ たま侍の時代でもそれを考えると僕が今 ここにいるのはその沖縄線あ戦争もそう です 江戸時代戦国時代へもうやい時代ア鳥時代 から 生き残ってくれてた先祖がまご先祖って いうがいるからこそ今ここにいるんだなっ てだからその沖縄線のことだけじゃなくて 自分が今ここにいるのは僕らここにいる ほとんどは その辺の一位の人ですよその人たちが 生き残ったおかげで今ここにあ るっていうことまでかあの感じちゃったん ですよそういう意味であの 僕は娘が2人いるんですけども小学生です けどもえっと2人にも見せようと僕自分の 作品あまり見せないんですけどこれは 見せようと思ってますで今日もあの皆さん 大人の方ですけどこれ小学生でも見れると 思うのであのまあな何て言うんですか別に その戦争のことを知るためっていうこと よりも 生きること生き残ることの大切さが伝える と思うので是非もっと子供たちにも本当は 子供たちに見ていただきたいと思ってます あの皆さんでえお子さんお孫さんお孫さんのお友達みんな連れて映画館足運んでくださいよろしくお願いします ありがとうございます 願いしますああ素敵です ありがとうございますはいいですねはい お願いします じゃ少しただきますねのびさんお願いします ありがとうございます以上ですセッション 終了となりますえ改めまして昨日の分隊 東京選手上会終了となりますさらに大きな 拍で方見送でお願いしますありがとう ございました [拍手]

2025年6月23日、新宿ピカデリーにて、映画『木の上の軍隊』東京完成披露上映会が行われ、堤真一、山田裕貴、平一紘監督が登壇。

※記事&フォトはこちらで配信予定
https://nbpress.online/

映画『木の上の軍隊』

《STORY》
太平洋戦争末期、戦況が悪化の一途を辿る1945年。飛行場の占領を狙い、沖縄・伊江島に米軍が侵攻。激しい攻防戦の末に、島は壊滅的な状況に陥っていた。
宮崎から派兵された少尉・山下一雄(堤 真一)と沖縄出身の新兵・安慶名セイジュン(山田裕貴)は、敵の銃撃に追い詰められ、大きなガジュマルの木の上に身を潜める。仲間の死体は増え続け、圧倒的な戦力の差を目の当たりにした山下は、援軍が来るまでその場で待機することに。戦闘経験が豊富で国家を背負う厳格な上官・山下と、島から出たことがなくどこか呑気な新兵・安慶名は、話が嚙み合わないながらも、二人きりでじっと恐怖と飢えに耐え忍んでいた。やがて戦争は日本の敗戦をもって終結するが、そのことを知る術もない二人の“孤独な戦争”は続いていく。
極限の樹上生活の中で、彼らが必死に戦い続けたものとは――。

 【原作:「木の上の軍隊」(株式会社こまつ座・原案井上ひさし】 
作家・井上ひさしが生前やりたい事として記していたオキナワを舞台にした物語。タイトルは「木の上の軍隊」。
井上が遺した1枚のメモを基に、井上ひさし没後、こまつ座&ホリプロ公演として2013年、藤原竜也、山西惇、片平なぎさを迎え初演された。その後、「父と暮せば」「母と暮せば」と並ぶこまつ座「戦後“命”の三部作」位置づけられ、16年、19年にはこまつ座公演として山西惇、松下洸平、普天間かおりが出演し、再演、再々演され、19年には沖縄でも上演。世界からも注目され様々な国から上演依頼がある作品である。2023年6月より韓国公演がスタートし8月の終演までソールドアウトの人気を博した。

出演:堤真一 山田裕貴 
  津波竜斗 玉代㔟圭司 尚玄 岸本尚泰 城間やよい 川田広樹(ガレッジセール)/山西惇
監督・脚本:平一紘
原作:「木の上の軍隊」(株式会社こまつ座・原案井上ひさし)
主題歌:Anly
企画:横澤匡広
プロデューサー:横澤匡広 小西啓介 井上麻矢 大城賢吾 
企画製作プロダクション:エコーズ 企画協力:こまつ座
制作プロダクション:キリシマ一九四五 PROJECT9
後援:沖縄県  特別協力:伊江村
製作幹事・配給:ハピネットファントム・スタジオ
©2025「木の上の軍隊」製作委員会
公式サイト:https://happinet-phantom.com/kinouenoguntai/
公式X:https://x.com/kinoue_guntai

2025年6月13日(金)沖縄先行公開/7月25日(金)新宿ピカデリー他全国ロードショー

#木の上の軍隊
#堤真一
#山田裕貴

Write A Comment

Pin