小2で「北の国から」撮影 富良野へ「1人で行く」| 蛍は不幸と美しさを背負った昭和最後の女 | 中嶋朋子さんインタビュー

うん。 うん。そうですね。なんか何かすごい働きがあった感じはどうしてもしてしまう。みんなの集中力っていうか、ま、先生のあのご覚悟も相当だったとあの聞いてますし、ああいう作品も今作れないでしょうしね。当時でも難しいものだったみたいなんで、 [音楽] 1年3 ヶ月撮影してからのオンエアだったんですよ。とって出しじゃない。 ですよ。すごい実験ですよね。しかも子供と男親がメインっていう渋い話ですから、 もう相当な反対にあったようなんですけど、絶対当たんないみたいな自然がメインでもあるからそこをとにかく追っかけていかれを得ない部分もあっただろうし、 ま、その全部が本があるってちょっと尋常でないですよね。 ま、全部があったわけじゃないと思うんですけど、企画自体は結構名前から動いてらしたから、全体の構想としてはもう仕上がっている中で私たちとこう会って先生がこうどんどん膨らませるっていうことをなさっていたんですけど うん。 そうですね。 なんかこういろんなことがこうぶわーっと 華やかになっていくのとまた真逆にコツコツと作っていくっていうその 2 つのウェーブがこう現れたっていう感じなんですかね。うん。 どんどん消費しようみたいな、あの、華やかな流れみたいなのがあった中で北海道のみんなフラノも知らなかったし、 そんなところで家族が祝と暮らしていく話を誰が見るんだっていうのがもう皆さんの意見だったから。 そうですよね。 うん。かなり葛藤の多い家族の話をよく見てくださいましたねっていう。はい。 それは感じますね。 なんかこう顔を出していくみたいな人が多かった気がする。今はすごく強調してこうみんなで何かを作り上げるすごい得意な大人の方が多い気がする。 うん。うん。 こう尊重し合ってみたいな。そういうのなんかなかった気がする。 [音楽] だからみんな喧嘩してたしでそれでぶつかり合って仲良くなるとか子供から見ると不思議ですよね。なんか [笑い] 土合が飛び替え合ってるのになんかみんな 1個になってるっていうのが あ、 それはなんか昭和な感じしますよ。 なるほど。 良いかったですね。 そのフラノっていうこう大自然の中だったのでもう本当向き出しになっちゃう人間性みたいなのが本当に出てそこでのぶつかり合いになるから そう思いますね。すごくあ なんだろう経験できてよかったなってうん思います。 そうですね。なんかオーディションも長期に渡ってたんですよね。 それであの後半になっていて何回かま呼ば れるであ、私行きたいなっていう気持ちが すごいあって、でも最終オーディションの 方になっていくにつれてその母の方がだ からついていけない、突き添いができな いっていうで行ったらもう30日40日 切っぱなしだったのでそれがでできるか できないかっていうこう問いかけがあった んだと思うんですよね、親御さんに それでちょっと無理かもって話をされて、いや、私 1 人でも行きたいって言ったのは覚えてますね。 うん。 わかんないんですよね。 絶対私が行くもんだと思ってたんですよね。 はあ。 うん。何がってわけじゃなくて、あ、行く、行くって思ってたっていう。北海道行く行くって思ってた。自信があるとか全然そんなんじゃないです。 [笑い] いや、行くよっていうこんな感じでした。うん。 楽しかったですよ。うん。あの、子供のやっぱり素姿を見るってことをすごいあのなさってたので割と自由に遊ばされてそれをこうずどっかで 見てるっていうのとか覚えてるのは田中邦さんと 吉岡君と最終オーディションでえっと男の子がお 2人いらしたんですよね。で、その3 人組になるっていう。それでフリートークをする初めてあった。 国さんと あ、さんと君と はい。私とえっともう 1組あったんですけど3 人がもう1組と そうですね。 へえ。 いわゆるあの北の国からの家族とは喋れたんですよね。 田中さんはもう決まって、だから最終的に家族としてどういうバランスかっていうので国さんがおいでになって 3 人で話してみるっていうのが最終的なオーディションだったんですけど、 もう本当に何の何時かな気もなく喋れたっていうのは記憶にあります。楽しかった。 うん。なるほど。 吉岡君は本当にあ、もうすごいちっちゃい時からうまいで有名な小役さんだったんで。 [音楽] だから上手なこと、あの、本当にただただただただ子供っていう私とっていう組み合わせだった感じ。割と不幸を背負う女性像みたいなのも昭和州ないですか? [笑い] 昭和州ありますよね。 ありますよね。あの、北の国からも石田 さんのワンショットから始まるんですけど 、まずね、離婚する揉め事の話ですからね 。それがどうしてこんなに皆さんに見て いただけたかっていう実はすごいシリアだ しうん。そういうなんかこう女の人がこう 不幸で美しいみたいななんかありましたよ ね。 ありましたよね。 うん。 こうそういうのを しってたった感じがあったんですよね。ホタルちゃんが。 あ、あ、 で、お母さんと同じように不倫に走ってしまうみたいな。 そうですよね。 これが重たくてそうね、見られちゃうっていうのは結構そこは辛かったですかね。そのなんだろう。生ハつ配ばってでもっていうその女性像にうん。 [音楽] いや、違うんだけどなっていう倉本先生が最初の頃におっしゃってたのは大きい嘘はついてもいいけど小さな嘘はついてはいけないっておっしゃってその ドラマ自体はもう大きな嘘だけどそこに出てくるものに関してはこう本当に嘘なくやっていこうっていうのがあったのでそれはずっと最後まで本当に 1km ぐらい走ってから家に入ったりとか本当に遠から走 来てカメラも回ってないとこ走ってくるっていう。いや、もうできないんじゃないかなと思います。でも エンジェル側からすれば助かるです。だって本当にちゃんとそういう風にあの整えてくださるからやりやすかったとは思います。なんかねがすごく満ちてた感じがすごいあるんですよね。自分が子供だったっていうのもありますけど。 うん。 あの、お家に帰りましょうっていうのがこうチャイムがなって、 ちょっとこうくれてきて、それでも遊んでいたくて、そうするとどっかからもうち帰りなさいとか聞こえたりで、どっかで井戸端会議してたりで、先頭行くようなご家族もいたりなんか遊国があの家族の時間としてすごくなんかね、賑やかだった気がするんです。 あの、うん。夕方の満てる時間っていうのがなんか昭和って感じがする。 そうかもしれない の。木の辺りでおじいさんとかがこう座ってなんか普通に喋りかけてくれたりとかね、みんな知り合いだったりとかっていうのがまだありましたからね。 もちろんすごいあの立派な高層なあの鉄筋の建物に住んでいる人たちももちろんし そこはそこでまたねみんなそれぞれのうちに火がってきてとかうん。まだ家族の営波みたいなの繋がりが濃かったような気がする。 うん。みんなが同じ時間に生きていた感じがする。 うん。 もう今はあのそれぞれの時間っていう あ、こぼの時間ですからね。 そうですね。うん。それによって生み出されてるものもいっぱいあるけれども なんかい嫌がなしにあのみんながある時間にはこうしてある時間にはこうしてってのがなん暗黙の了解的にあったような気がするんですね。流れとしてね。 それを私はすごくあの小学生とかだったから遊国の時間に感じてましたね。 うん。 あ、だから朗読劇みたいなのは自分でも 作ってるのでそういうのはちょこちょこやってくかもしれないですね。先日もあの熊本の天草の方で うん。 あの、重賞新身障害実施設の方で、あの、呼んでいただいて、で、彼らが書いたすごい素敵ながあって、それを朗読するっていう会をしたりとか うん。 そういうことは楽しいですね。 うん。 うん。うん。 こるちゃんとまで言われます。 言われます。言われます。みんな楽しみに待ってくれるからありがたいですよね。 あ、そうですよね。感渉ですよね、やっぱ。 ええ、そうです。そうです。 はい。 うん。

記事はこちらhttps://www.sankei.com/article/20250727-HW4FRM7CHBBD7CKMLXZG3GBKDI/

産経ニュースで連載中のプレイバック「昭和100年」。
今回は昭和46年。
岩手県の雫石上空で旅客機と自衛隊機が衝突、成田闘争も激化したこの年は、大久保清元死刑囚の女性8人連続殺害事件やボウリングの大ブームもありました。
「この年生まれの私」は女優、中嶋朋子さん。
全24話分の撮影を終えてからオンエアされたという「北の国から」。最終オーディションで主演の田中邦衛さん、兄役の吉岡秀隆さんと3人でフリートークした際、不思議と会話が弾んだという話や、脚本・倉本聰氏の言葉、昭和と言われて思い出す風景などについて語っていただきました。聞き手は石井健記者です。

プレイバック「昭和100年」連載一覧
https://www.sankei.com/tag/series/etc_115/

#北の国から #中嶋朋子 #産経

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