【実話の物語】「お母さんはうちでの小槌」陰で嘲笑われ続けた75歳、全ての援助を断ち切った日、息子夫婦の悲鳴が聞こえた

母の愛、祖母の愛というものはどこまで 観葉で偉大なものでしょうか?そしてその 無償の犠牲が報われない時、それは重と なり、心を静かに蝕む痛みとなってしまう のでしょうか?今日の物語はそんな残酷な 真実から始まります。 新エナと家族に捧げた人生の裏に隠された ある女性の物語です。 視聴者の皆様チャンネルにお帰りなさい。 今日も私たちと一緒に1つの物語に耳を 傾けていただけることを心から感謝して おります。 75歳の鈴木明さんは夫をなくして5年が 経った今も慣れ下で1人暮らしを続けてい ました。年金と夫婦で一生懸命貯めてきた 貯金で失そながらも穏やかな日々を送って いるように見えました。しかしあけ美さん の心の奥底には言葉にできない寂しさが 静かにうまいていたのです。 美さんの人生はまさに典型的な日本の女性 の生き方そのものでした。結婚してからは 専業主婦として夫と1人息子のカトのため に全てを捧げてきました。毎朝5時半に 起きて夫の弁当を作りカイトが学校に行く 準備を整える。 洗濯買い物料理 家の中が常に清潔で温かい場所であるよう 最新の注意を払っていました。カイトが風 を引けば一晩中枕元で完病し、学校の行事 には必ず参加し、他の母親たちからは理想 的なお母さんと賞賛されていました。 しかし、あけ美さん自身は理想的になろう と努力していたわけではありませんでした 。ただ単純に家族が幸せであることが自分 の幸せだと信じていたのです。夫が仕事 から疲れて帰ってきた時に温かい食事が 用意されていること。カイトが学校から 帰ってきた時にお帰りなさいと迎えられる こと。 それらはあけ美さんにとって妻として母と しての自然な役割だと感じていました。 近所の人たちはあけ美さんのことを本当に 立派な奥さん、見習いたいお母さんと口に 褒めていました。PTAの活動にも積極的 に参加し、地域の清掃活動にも欠かさず顔 を出していました。 しかし、そんな周囲からの評価は明けさん にとってはむしろ重でもありました。完璧 でなければならない、いつも笑顔でい なければならない。そんなプレッシャーを 感じることもありました。カイトが28歳 になったある日、息子から結婚の報告を 受けた時、あけ美さんの心は喜びで満たさ れました。相手は井上弓というカイトより 3歳としの優しそうな女性でした。初回の 顔合わせでゆみさんはあけみさんが作った 煮物を食べて本当に美味しいです。 お母さんのお料理上手ですねと心から褒め てくれました。 その時のゆみさんの笑顔は本当に純心で、 あけ美さんは安心して息子を任せられると 感じました。結婚準備が始まるとカイトは 母親の元を何度も訪れました。ある日の 夕方カイトはあけ美さんの前で少し困った ような表情を浮かべながら言いました。 お母さん本当に申し訳ないんだけど、結婚 式の費用や新居の準備で思った以上にお金 がかかってしまって、もしお母さんが少し でも手伝ってくれるなら本当に助かるんだ けど、あけ美さんにとって息子のその言葉 は決して重ではありませんでした。むしろ 自分が息子の人生の大切な節目に役立てる ことを誇らしく感じたのです。もちろんよ 。かと お母さんにできることなら何でもそう答え ながら 明けみさんは夫の遺族年金と自分たちが 長年かけて貯めた1000万円の貯金の うち700万円を息子のために使うことを 決めました。口を考える時、あけ美さんは 1つ1つの用途を丁寧に書いと話し合い ました。結婚式の費用として100万円、 新婚旅行のために50万円、新居の頭金と して300万円、新しい家具や家電製品の 購入に100万円、そして将来生まれて くる赤ちゃんのための準備金として 50万円。 その他にも結婚の生活が安定するまでの間 の生活費補助やお正月やお盆などの季節 ごとのお祝い金として合計で100万円 近くを追加で渡しました。友人たちからは あけ美さんあまりにもお金をかけすぎじゃ ないと心配されることもありました。 しかしあけ美さんはエナオでこう答えてい ました。子供たちの幸せこそが私にとって 1番の利益なのよ。その言葉に嘘はあり ませんでした。あけ美さんは本当にそう 信じていたのです。 孫娘の七が生まれた時、あけ美さんの人生 に新しい光が差し込みました。病院で 初めて七を抱いた時、あまりの小ささと 温かさに涙が溢れました。まだ整後互感も ない七の小さな手があけ美さんの指を握っ た時、これまで感じたことのない深い愛情 が心の底から湧き上がってきました。 お母さん本当におばあちゃんらしくなり ましたね。ゆみさんのその言葉があけ美 さんの心を温かく包みました。あけ美さん は七と過ごす未来を思い描きました。 一緒に絵本を読んであげること、公園で 遊んであげること。七が学校の発表会に 出る時には最前熱で応援すること。ピアノ の発表会や運動会での七みの頑張る姿を 見守ること。そんな祖母としての幸せな 日々を心から楽しみにしていました。 しかし、現実はあけ美さんの期待とは少し ずつ異なる方向に向かっていました。 最初の半年間は確かにゆみさんから時々 電話がかかってきて、七の様子を見に来て くださいと誘われることもありました。 あけみさんが七の世話を手伝うとゆみさん もお母さんがいてくださると本当に心強い ですと感謝してくれていました。 しかし時間が経つにつれてそんな誘いは 次第に少なくなっていきました。七が 風気味で最近私たち夫婦が忙しくて今日は ちょっと外出が難しくてそんな理由で あけ美さんが孫に会える機会は徐々に減っ ていったのです。 気がつくとあけ美さんは1年以上も七みに 直接会えていませんでした。代わりに スマートフォンに送られてくる写真が明け さんと七をつぐ唯一の絆となっていました 。ひ祭りの写真、ハーフバースデーのお 祝いの写真。初めてプールに入った時の 写真。 後写真を見ても七は順調に成長し幸せそう に見えました。そして写真に添えられる ゆみさんからのメッセージはいつも お母さんいつもありがとうございますと いう感謝の言葉でした。あけ美さんにとっ てそれで十分だと思っていました。直接 会えなくても七が元気に育っていることを 知ることができればそれで幸せだと自分に 言い聞かせていました。ある日ゆみさん から連絡がありました。お母さんこれから はGooglePhotにアルバムを アップロードしますね。 お母さんはいつでも好きな時に七みの写真 を見ることができますから、あけ美さんは それを便利なサービスだと思い喜んで了承 しました。しかしそれが実際にはあけ美 さんとの距離を置くための手段だったと いうことにその時のあけ美さんは気づいて いませんでした。初めての大きな痛みは七 のバレーの発表会の写真を見た時でした。 Googleフォトの通知が来て、あけ美 さんは期待に胸を膨らませながらアルバム を開きました。そこにはピンクの父を着た 七波が舞台の上で可いらしくポーズを撮っ ている写真がありました。あらなみちゃん 本当に上手になったのね。あけ美さんは 1人でつぶやきながら孫の成長を誇らしく 感じていました。 しかし写真をスクロールしていくうちに あけ美さんの心に小さなトが刺さりました 。舞台袖で七の手を握っているのはゆみ さんの母親である井上里見さんでした。 ああ、おばあちゃんが発表会を見に来て くださったのね。あけ美さんは最初そう 思いました。そして次の写真。 それは発表会介護の家族写真でした。かと ゆみさん、七、そして両端に立っているの は井上夫婦でした。あけ美さんはそこにい ませんでした。完全にか屋の外でした。 招待されることもなく存在を知らされる こともありませんでした。あけ美さんは 慌てて過去のアルバムを遡ってみてみまし た。キャンプの写真、誕生日会の写真、 753の写真。どの写真にも井上夫婦の姿 はありましたが、あけ美さんの姿は1枚も ありませんでした。あけ美さんがお金を 出して買った七の着物を着た753の写真 でさえ、あけ美さんは映っていませんでし た。 その夜、あけ美さんは勇気を出してゆみ さんにメッセージを送りました。発表会 とても素敵でしたね。七ちゃんが一生懸命 練習した成果が出ていて本当に感動しまし た。もし次の機会があればおばあちゃんも 応援に駆けつけたいのですが 返事は翌日の夕方に来ました。 お母さん、いつも七みのことを気にかけて くださってありがとうございます。今回は 会場の座席数に限りがあって、どうしても 近い親族だけになってしまいました。また 機会がありましたら是非お声をかけさせて いただきますね。あけ美さんはその返事を 何度も読み返しました。 近い親族だけという言葉が胸に鋭く つき刺さりました。自分は近い親族では ないということなのでしょうか?何百万円 もお金を出して支援してきた自分がなぜ 遠い親族扱いされるのでしょうか?しかし 明け美さんは自分の感情を抑え込みました 。きっとゆみさんなりの事情があったの だろうと自分を納得させようとしました。 そしてできるだけ自然な返事を心がけて何 度も書き直した後こう送りました。そう ですね。わかりました。またの機会を 楽しみにしています。 写真で七みちゃんの様子を見せて いただけるだけでも十分幸せです。 しかし心の奥底では小さな不安と悲しみが じわじわと広がっていくのを感じていまし た。 それでも明けさんはこれも祖母としての 愛情の形だと自分に聞かせていました。七 が小学校に入学する時期が近づいてきた ある日、久しぶりにカトからメールが届き ました。 お母さん七の入学式のことなんだけど、弓 の両親が都合がつかなくて来られないんだ 。もしお母さんが時間があるなら一緒に 入学式に参加してもらえないかな。あけ美 さんの心は喜びで満たされました。ついに ついに私も家族の大切な行事に参加できる 。そう思うと涙が溢れそうになりました。 長い間写真でしか七の成長を見ることが できなかったあけ美さんにとってこれは町 に待った機会でした。あけ美さんは入学式 のために年入りに準備をしました。美容院 に行って紙を整えベージ食のスーツを クリーニングに出し小さな花のブローチも 用意しました。 として恥ずかしくない神品で落ち着いた 予想いで七みの大切な日を祝福したいと 思ったのです。入学式当日の朝、あけ美 さんは予定よりも早く家を出て学校の正門 前で家族を待っていました。 桜の花が美しく先誇る中、新入生とその 家族たちで肛門の周りは賑わっていました 。 さんは緊張と期待で胸がいっぱいでした。 そして遠くから七の姿が見えました。 真っ赤なランドセルを背負い、髪を 可いらしく結んだ七が両親と一緒に歩いて きます。あけみさんは思わず手を振って 小さく声をかけました。七なみちゃん。 その瞬間、七はあけ美さんの方を見ました 。しかし、あけ美さんが期待していたお ばあちゃんという嬉しそうな反応は帰って きませんでした。代わりに七は顔を くしゃくしャにして母親に向かって大声で 叫んだのです。まあまあ、この人怖い。 ママが知らない人には気をつけなさいって 言ったでしょう。 周囲の時間が止まったように感じられまし た。近くにいた警備員があけ美さんの方を 見ました。他の保護者たちの視線も一斉に あけ美さんに向けられました。あけ美さん は立ち尽くしたまま言葉を失いました。 自分が心から愛し、何年も写真を通じて 成長を見守ってきた孫娘に怖い人、知ら ない人と言われたのです。この瞬間ほど あけ美さんが深い絶望を感じたことはあり ませんでした。ゆみさんは慌てて七を 抱き上げ、あけ美さんに向かって軽く頭を 下げながら言いました。すみません。この 子ちょっと人見知りで、そして七に向かっ て七み、おばあちゃんにご挨拶しなさいと 促しました。しかし七はさらに大きな声で 泣き叫びました。やだ、この人知らない。 まあまあ早く行こう。カイトはあけみさん を一別しただけで何も言わずにゆみさんと 七について歩いて言ってしまいました。 あけ美さんは1人の前に取り残されました 。警備員の視線があけ美さんに突き刺さる ように感じられました。まるで自分が不審 者扱いされているかのようでした。あけ美 さんは恥ずかしさと悲しみで胸が苦しく なり、そっとその場を離れました。体育館 の中では明けさんは橋の方の席に1人で 座っていました。 新入生の中に七の姿を探しましたが、子供 たちがたくさんいてどこに座っているのか 分かりませんでした。式が終わった後、 あけ美さんは家族と合流することもでき ませんでした。別の出口から帰って行く カトたちの後ろ姿を遠くから見るだけでし た。家に帰ったあけ美さんは鏡の前に立ち 、丁寧に紙にピンで止めていた花の ブローチを静かに外しました。この時の あけ美さんの感情は単純な悲しみではあり ませんでした。何か大切なものが心の奥深 で静かに崩れ落ちていくような感覚でした 。翌日またGooglePhotに新しい アルバムが追加されました。 七の入学式というタイトルです。 あけ美さんは息を止めて震える手で アルバムを開きました。 最初の写真は桜の木の下で笑顔を浮かべる 七みでした。ランドセルがピカピカに光っ て本当に可いらしい新1年生の姿でした。 そして次の写真 七の領土なりに立っているのはまたしても 井上夫婦でした。あけ美さんは愕然とし ました。カトの弓の両親が都合がつかなく て来られないという言葉は嘘だったのです 。井上夫婦はちゃんと入学式に参加してい ました。ただあけ美さんが歓迎されてい なかっただけなのです。 あけみさんの場所にはすでに別の人たちが 座っていたのです。この瞬間、あけさんの 中で何かが決定的に変わりました。これ まで感じていた小さな違和感や寂しさが1 つの明確な認識として決勝化したのです。 自分は家族の一員として扱われていない。 自分の存在は彼らにとって重要ではない。 そして自分が提供している経済的支援と 自分が受けている扱いの間には一著しい不 平等があるということを。しかしその認識 を受け入れることはあけ美さんにとって 非常に困難でした。これまでの人生で 気づき上げてきた価値観、母として祖母と しての自分のアイデンティティが根底から 揺らぐことを意味していたからです。 明け美さんはその日から以前にも増して 静かな日々を送るようになりました。近所 の人にあってもこれまでのように孫の話を することはなくなりました。 ちゃん元気と聞かれてもええ、おかげ様で と答えるだけでそれ以上詳しく話すことは ありませんでした。友人の田中正子さんは あけ美さんの変化に気づいていました。 あけ美さん最近ちょっと疲れているように 見えるけど大丈夫と心配して声をかけて くれることもありました。 しかし、あけ美さんは大丈夫よ、 ありがとうと答えるだけで本当の気持ちを 打ち明けることはできませんでした。それ でもカトからの経済的援助の要請は続いて いました。 お母さん七の英語教室の教材費が思った より高くて少し助けてもらえないかなと いうメールが届くとあけ美さんは複雑な 気持ちになりました。同時にGoogle Photには七がアルファベットのカード を持って笑っている写真がアップロードさ れていました。 隣にいるのはまた井上夫婦でした。おじい ちゃんが七みに英語を教えている様子の 写真もありました。あけ美さんは自分に 問いかけました。私は一体何のためにお金 を出しているのだろう。七の教育のため、 それともただ単に都合の良い資金として 利用されているだけなのだろうか。 それでも明けさんは3万円を振り込みまし た。花美ちゃんの将来のためと自分に聞か せながら そしてカイトからは相変わらずそっけない 返事が来ました。助かりました。いつも 迷惑をかけてすみません。迷惑をかけてと いう言葉があけ美さんの心に引っかかり ました。 本当に迷惑だと思っているなら、なぜ毎回 お金を求めてくるのでしょうか? そしてなぜ自分は断ることができないの でしょうか?その後も同じパターンが続き ました。ピアノ教室の月、水泳教室の用具 代、修字教室の道具代。もう1回カイト からの妖精と一緒にGooglePhot には七が井上夫婦と一緒に活動している 写真がアップロードされました。あけ美 さんは次第に自分の役割を理解するように なりました。 自分は招待されることのないイベントの スポンサーであり、写真だけで孫の成長を 知ることを許された遠くの炎者に過ぎない のだということを。夏祭りの写真を見た時 、あけ美さんの心はさらに重くなりました 。浴衣起きた七がおじいちゃんと一緒に 近魚救いをしている写真。おばあちゃんと 一緒にかき氷りを食べている写真。七の 浴衣はあけ美さんがお金を出して買った ものでした。しかしその浴衣を着て楽しい 時間を過ごしている七の隣にいるのは あけ美さんではありませんでした。いつ までこんなことが続くのだろう。あけ美 さんは独り言を漏らしました。しかしその 答えを見つけることはまだできませんでし た。 さんの心の中では母としての愛情と祖母と しての責任感とそして静かに広がっていく 阻害感と孤独感が複雑に絡み合っていまし た。秋が深まった頃、あけ美さんにとって 決定的な出来事が起こりました。 それは偶然にも運命的な電話でした。 サイトから電話がかかってきたのですが、 珍しいことでした。息子が電話をかけて くることは滅多にありませんでした。 あけ美さんは急いで電話に出ましたが、 じゅきの向こうからカイトの声は聞こえ ませんでした。代わりに誰かの会話が 聞こえてきました。どうやらカイトが謝っ て電話をかけてしまったようでした。 あけ美さんは電話を切ろうとしましたが、 聞こえてくる会話の内容に思わず息を止め ました。入学式でのあの屈辱的な出来事の 後、あけ美さんは退育館の隅の席に1人で 座っていました。 新入生の中に七の姿を探そうとしましたが 、子供たちがあまりにもたくさんいて、 愛する孫がどこに座っているのか分から ませんでした。 あけ美さんの心は空居でまるで自分がこの 場所に存在していないかのような感覚に 襲われていました。式が終わった後、 あけ美さんは家族と合流することもでき ませんでした。 の家族たちが記念撮影をしたり嬉しそうに 話している中であけ美さんは別の出口から 静かに去っていくカイトと弓と七の後ろ姿 を遠くから見るだけでした。彼らはあけ美 さんを探すこともなく振り返ることもあり ませんでした。 まるであけ美さんなど最初から存在してい なかったかのように。家に帰った明け美 さんは玄関の鏡の前に立ち、入学式のため に丁寧に紙にピンで止めていた小さな花の ブローチを静かに外しました。その動作は まるで戦いに破れた兵士が武器を置くかの ように静かで悲しいものでした。この時の 明け美さんの感情は単純な悲しみや誇りで はありませんでした。 それは自分の存在そのものが否定された ような深い絶望感でした。何か大切なもの が心の奥深で音もなく崩れ落ちていくよう な感覚がありました。 これまであけ美さんが信じてきた家族の絆 、母としての愛、祖母としての役割といっ たものが全て一方通行の幻想だったのかも しれないという恐ろしい可能性が心の片隅 に芽え始めていました。あけ美さんはその 夜レッドに横になっても眠ることができ ませんでした。天井を見つめながら七の この人怖いという声が何度も頭の中で響い ていました。愛する孫に知らない人、怖い 人と言われた痛みは想像以上に深いもの でした。翌日いつものようにGoogle Photに新しいアルバムが追加されまし た。七の入学式というタイトルでした。 さんは震える手で恐る恐るアルバムを開き ました。 最初の写真は桜の木の下で満面の笑ミを 浮かべる七みでした。真っ赤なランドセル がキラキラと光って本当に可いらしい新1 年生の姿でした。しかし次の写真を見た 瞬間明けさんの血の毛が引きました。 七の両側に立っているのはまたしても井上 夫婦でした。大輔さんが七の肩に手を置き 、里見さんが七の手を優しく握っています 。 3人とも幸せそうに笑っていました。 あけ美さんは愕然としました。カトの弓の 両親が都合がつかなくて来られないという 言葉は完全な嘘だったのです。井上夫婦は ちゃんと入学式に参加していました。 それもまるで当然の権利であるかのように 祖父母として七の大切な日を祝福していた のです。あけ美さんの場所にはすでに別の 人たちが座っていました。あけ美さんは 最初から招待されていなかったのです。 座席の都合でという弓の説明も嘘でした。 単純にあけ美さんは歓迎されていなかった だけなのです。この瞬間、あけ美さんの中 で何かが決定的に変わりました。これまで 感じていた漠然とした違和感や小さな疑念 が1つの明確で残酷な現実として決勝化し たのです。 自分は家族の一員として扱われていない。 自分の存在は彼らにとって重要ではない。 そして自分が提供している経済的支援と 自分が受けている扱いの間にはあまりにも 大きな不平等があるということを。しかし その現実を受け入れることはあけ美さんに とって耐えがいことでした。これまでの 人生で気づき上げてきた価値観、母として 祖母としてのアイデンティが根底から 揺らぐことを意味していたからです。 あけ美さんは自分にこう言い聞かせました 。きっと何か事情があったのよ。ゆみさん もかとも本当は私を大切に思ってくれて いるはず。 その日から、あけ美さんは以前にも増して 静かな日々を送るようになりました。近所 の人にあってもこれまでのように孫の話を することはなくなりました。七なみちゃん 、小学校はどうと聞かれても、ええ、 おかげ様で元気にやっているようですと 答えるだけで、それ以上詳しく話すことは できませんでした。実際のところ、あけ美 さんには七美野が高生活について語れる ような詳しい情報がなかったのです。 あけ美さんの古クからの友人である 田中正子さんはあけ美さんの変化に気づい ていました。あけ美さん最近ちょっと元気 がないように見えるけど体調は大丈夫と 心配して声をかけてくれることもありまし た。 さ子さんの優しいマ志しを見ると、あけ美 さんは思わず本当のことを話したくなる こともありましたが、それでも大丈夫よ。 ありがとう。ちょっと疲れているだけと 答えるだけでした。本当のことを話すこと はこれまで信じてきたことを否定すること になります。 そして自分の判断の甘さを認めることにも なります。 それはあけ美さんにとってあまりにも辛い ことでした。それでもカトからの経済的 援助の要請はまるで何事もなかったかの ように続いていました。入学式から1週間 後からメールが届きました。 お母さん七の英語教室の教材費と思った より出費が重んでしまって 申し訳ないけど少し助けてもらえないかな 。同じ日にGooglePhotには 新しい写真がアップロードされていました 。七がアルファベットのカードを手に持っ て嬉しそうに笑っている写真でした。 そして隣にいるのはまたしても井上大輔 さんでした。おじいちゃんが七みに英語の 発音を教えている様子の写真もありました 。七は大輔さんを見上げて目を輝かせて 聞いています。 あけ美さんは自分に問いかけました。私は 一体何のためにお金を出しているのだろう 。七の教育のため、それとも ただ単に都合の良い資金として利用されて いるだけなのだろうか。心の奥底では答え が分かっていましたが、まだそれを認め たくありませんでした。あけ美さんは結局 3万円を振り込みました。 花みちゃんの将来のためにと自分に聞かせ ながら そしてカイトからは相変わらずそっけない 返事が来ました。助かりました。いつも 迷惑をかけてすみません。迷惑をかけてと いう言葉が明けさんの心に深く引っかかり ました。 本当に迷惑だと思っているなら、なぜ毎回 お金を求めてくるのでしょうか?そして なぜ自分は断ることができないのでしょう か?あけみさんは自分の弱さを恨みました 。その後も同じパターンが続きました。 ピアノ教室の月者、水泳教室の用具代事 教室の道具代図行の材料費 からの要請の度にGooglePhotに は七が井上夫婦と一緒に活動している写真 がアップロードされました。ピアノを引く 七の隣で里見さんが学譜をめくっている 写真。プールで七と一緒におぐ大輔さんの 写真。修字を書く七を指導している井上 夫婦の写真。あけ美さんは次第に自分の 役割を理解するようになりました。自分は 招待されることのないイベントの スポンサーであり、写真だけで孫の成長を 知ることを許された遠くの支援者に過ぎ ないのだということを。 それは非常に屈辱的で悲しい現実でしたが 、あけ美さんはまだそれを完全に 受け入れることができませんでした。 夏祭りの写真を見た時、あけ美さんの心は さらに重くなりました。色取り取りの浴衣 を着た七が大輔さんと一緒に近魚救いをし ている写真、里見さんと一緒にかき氷りを 食べている写真。3人では投げをしている 写真。七の浴衣はあけ美さんが5万円を 出して買った高級なものでした。しかし その美しい浴衣を着て楽しい時間を過ごし ている七の隣にいるのはあけ美さんでは ありませんでした。あけ美さんは写真を見 ながら苦しい胸のうちをつぶきました。 いつまでこんなことが続くのだろう。 いつまで私はお金だけ出してか屋の外にい なければならないのだろう。しかしその 答えを見つけることはまだできませんでし た。秋が深まった頃、あけ美さんにとって 決定的な出来事が起こりました。 それは偶然にも運命的な電話でした。カト から電話がかかってきたのですが、これは 珍しいことでした。 息子が電話をかけてくることは滅多にあり ませんでした。いつもは完潔なメールか ショートメッセージだけでした。あけ美 さんは心臓がドキドキしながら急いで電話 に出ました。もしかしたら七に何かあった のかもしれません。あるいは久しぶりに 息子から直接話を聞けるのかもしれません 。 しかし、じゅきの向こうからカイトの声は 聞こえませんでした。代わりに誰かの会話 が聞こえてきました。どうやらカイトが 謝って電話をかけてしまったようでした。 あけ美さんは最初電話を切ろうとしました が、聞こえてくる会話の内容に思わず息を 止めました。 それは弓の声でした。 トイレに行ったわね。今のうちに話し ましょう。そして聞き慣れない女性の声が 答えました。おそらく井上里見さんの声 でした。でも本当に便利よね。小義さんは 何でも断らないから 弓がクスクスと笑いながら答えました。 そうなんです。 お母さんの言う通りです。あの人は本当に 優しすぎるというか、はっきり言って主体 性がないんです。 ちょっとお願いすればすぐにお金を 振り込んでくれるんです。 まさに魔法の杖でお金を出してくれる人 っていう感じでしょうか。今度は男性の声 、井上大輔さんの声でした。まあ、私たち にとっては都合がいいけどね。正直言って あの人は私たちの生活に干渉してこないし 、存在感も薄いから 弓の声が再び響きました。今度は声を潜め て明らかに長的な調子で話していました。 そうなんです。でもこんな素晴らしい小義 さんがいるおかげで私たちは今の生活が できているんです。 健康で長意気してもらわないといけません ね。あは。その後3人の笑い声が電話越し に響いてきました。 それはあけ美さんがこれまで聞いたことの ない冷たく残酷な笑い声でした。 美さんは樹きを握ったまま体が石のように 固まってしまいました。 心臓の鼓動が激しくなり、手が震え始め ました。これまで感じていた小さな疑念や 不安が一瞬にしてかっこたる確信に変わっ た瞬間でした。息子夫婦とその家族にとっ て自分は家族ではなく単なる資金に過ぎ なかったのです。 何でも断らない主体性がない魔法の杖存在 感が薄い素晴らしいよさん。これらの言葉 があけ美さんの心に深くつき刺さりました 。特に弓の口調にはあけ美さんに対する警 と調が込められていました。あけ美さんは 静かに電話を切りました。涙は出ません でした。代わりにこれまで感じたことの ない冷たい怒りが心の奥底から湧き上がっ てきました。 それは長年に渡って積み重ねられた屈辱と 裏切りに対する正当な怒りでした。その夜 明けさんは一もできませんでした。井上 家族の笑い声が耳から離れませんでした。 そしてこれまでの出来事を1つ1つ 思い返してみました。全てが嘘だったの です。 感謝の言葉も家族としての扱いも全て偽物 でした。あけ美さんは枕本にノートを 取り出し、電話で聞いた会話の内容を 一言く正確に書き止めました。 何でも断らない死体性がない魔法の杖でお 金を出してくれる人存在感が薄い 素晴らしい容疑さん 書きながらあけ美さんの心は次第に冷静に なっていきました。翌朝明け美さんは決意 を固めました。これまでの自分は終わりに しようと。として系統的に行動を起こし 始めました。まずこれまでのメールの やり取りを全て印刷しました。銀行の 振り込み履歴も印刷しました。 GooglePhotの写真もスクリーン ショットを撮って保存しました。 証拠を集めながらあけ美さんは1つの確信 に至りました。これは家族ではなく作的な 関係だったのです。 そしてこの関係を続けることは自分の尊厳 をさらに傷つけることにしかならないの です。 午前中に証拠の整理を終えた明け美さんは 久しぶりに友人の田中正子さんに電話を かけました。 さ子さん、お時間がある時に少しお話しし たいことがあるのですが、まさ子さんは あけみさんの深刻な声のトンをさしてすぐ にもちろんよ、今から伺いましょうかと 答えてくれました。1時間後、ま子さんが あけ美さんの家を訪れました。あけ美さん はまさ子さんにこれまでの出来事を全て 話しました。 経済的支援の詳細、入学式での屈辱そして 昨夜の電話での会話まで。まさ子さんは 一言も遮え切ることなく静かに聞いてくれ ました。あけ美さんが話をあるとま子さん は深いため息をついて言いました。あけ美 さん、これは本当にひどい話ね。彼らは あなたを家族として扱っていないわ。完全 に利用しているだけよ。まさ子さんの言葉 を聞いて、あけ美さんの心は少し軽くなり ました。自分の感じていたことが間違いで はなかったのです。 そしてまさ子さんも自分の体験を話して くれました。実は私も似たような経験が あるの。息子夫婦に炎上していたけれど、 ある日偶然に彼らが私のお金で海外旅行に 行っていることを知ったの。私が節約生活 をしている間に彼らは私のお金で贅沢をし ていたのよ。まさ子さんは続けました。 その時に私は決断したの。援助を完全に 止めて自分の人生を生きることにしたの。 最初は息子夫婦から文句を言われたけれど 、今では本当に良かったと思っているわ。 あけ美さんはまさ子さんの話を聞いて勇気 をもらいました。そしてまさ子さんが提案 してくれました。 美さん、もしよろしければ一緒にどこか 見学に行かない高齢者向けのサービス付き 住宅でお試し入居というプログラムがある の。そこには趣味のクラブもあるし、 ピアノレッスンもあるのよ。ピアノという 言葉を聞いた瞬間、あけ美さんの心に 小さなとしびがとりました。 あけみさんは若い頃ピアノを引くことが 大好きだったのです。 結婚してからは家事と育児に追われて ピアノから遠ざかっていましたがそれは あけ美さんの大切な一部だったのです。 そうね。一度見学してみましょうか。 あけ美さんは初めて未来に向けた前向きな 言葉を口にしました。 さんとま子さんは一緒にサービス付き高齢 者住宅を見学に行きました。そこは想像し ていたよりもずっと明るく解放的な場所 でした。広い共容ラウンジ、美しい庭園、 そして何よりも小さなホールに置かれた プライトピアノがあけ美さんの目を引き ました。 案内してくれたスタッフの方がよろしけれ ばピアノを引いてみませんかと言ってくれ ました。あけ美さんは最初恥ずかしがって いましたがま子さんに背中を押されて 恐る恐るピアノの前に座りました。何十年 もピアノに触れていなかったあけ美さん でしたが指が鍵盤に触れた瞬間懐かしい メロディが自然と流れ出しました。初パの ノクターンでした。あけ美さんは夢中に なって引き続けました。 周りのことを忘れて音楽に没頭している 自分がいました。演奏が終わると見学に来 ていた他の高齢者の方々やま子さんが拍手 をしてくれました。素晴らしい演奏でした ね。久しぶりにこんなに美しいピアノの ネ色を聞きました。こんな言葉をかけられ て、あけ美さんは胸が熱くなりました。 まさ子さんがあけ美さんの肩に手を置いて 言いました。これがあなたの時間よ。 あけ美みさん。誰の顔色を伺う必要もない あなただけの時間よ。その言葉を聞いて あけ美さんは初めて自由という言葉の本当 の意味を理解しました。これまでの人生で あけ美さんは常に誰かのために生きてき ました。夫のため、息子のため、孫のため 。しかし自分自身のために生きるという ことを明けさんは忘れていたのです。 見学を終えた帰り道、あけ美さんはまさ子 さんに言いました。私決めたわ。あの家を 出ることにする。それはこれまでの人生を 終わらせ、新しい人生を始めるという宣言 でした。家に帰った明け美さんはまず回答 に内容証明郵便を準備しました。そこには 明確に書きました。今後いかなる経済的 支援の要請にも応じません。連絡も最小限 に止めてください。 あなたたちの希望通り、私も家族の メンバーではありませんから。その手紙を 書きながら、あけ美さんは不思議と心が 軽やかになっていくのを感じました。長い 間の仕掛かっていた重がようやく肩から 降りようとしていました。あけ美さんの 新しい人生がまさに始まろうとしていまし た。 太陽照明郵便を送った翌日から明け美さん の人生は劇的に変わり始めました。まず 最初に感じたのはこれまで経験したことの ない解放感でした。40年以上にわって 自分を縛りきた良い母親でなければなら ない。良い祖母でなければならないという 圧からついに自由になれたのです。 朝起きて、あけ美さんは鏡の中の自分を 見つめました。75歳の顔には確かに年齢 の後がありましたが、昨日までとは違う 何かがありました。 それは長い間失われていた自分らしさの 輝きでした。あけ美みさんは小さく微縁で 自分に向かって言いました。おはよう、 あけ美さん。 今日から新しい人生の始まりね。まさ子 さんとの見学から1週間後、あけ美さんは 正式にサービス付き高齢者住宅への入居を 決めました。住み慣れた家を離れることは 簡単な決断ではありませんでした。そこに は夫との思い出、息子を育てた記憶、家族 の歴史が全て詰まっていました。 しかし、あけ美さんは理解していました。 過去の思い出にしがみついているよりも 残りの人生を自分らしく生きることの方が 大切だということを。家の片付けを始めた 明け美さんは思い出の品ジナを1つずつ 丁寧に整理していきました。夫の写真、 息子の小さい頃の作品、家族旅行の記念品 。それらを見ていると胸が苦しくなること もありましたが、同時に新しい生活への 期待も膨らんでいました。特に印象深かっ たのはクローゼットの奥から出てきた若い 頃の学譜でした。ショパンドビュッシー バッハ あけみさんの指が学譜の上を滑るように 動くと頭の中でメロディが蘇ってきました 。また弾きるようになるかしら。あけ美 さんは学譜を大切に梱包しました。これら は新しい人生に必ず自賛したい方でした。 引っ越しの日、あけ美さんは1人で新しい 住まに向かいました。カイトからは内容 証明郵便への返事はありませんでしたが、 それで十分でした。 さんにとって沈黙こそが最も有便な答え だったのです。 新しい住ま見学の時に感じた以上に居心地 の良い場所でした。明けさんの部屋は 南向きで大きな窓からは美しい庭園が見え ました。 桜の木、梅の木、そして季節ごとに咲く花 。 さんはま辺に小さな椅子を置いて毎朝 コーヒーを飲みながら庭を眺めることを 日家にしました。 最初の1週間は新しい環境になれることで 精一杯でした。 食事の時間、施設のルール、他の入居者と の関係。全てが新鮮で時には戸惑うことも ありましたが、明け美さんは積極的に 新しい生活に順能をしようと努力しました 。他の入居者の方々は皆さん個性的で魅力 的な人ばかりでした。 教師だった佐藤さんは読書クラブを主催し ていて、元看護師の山田さんは健康体操の インストラクターをしていました。そして 元音楽教師の鈴木さんは明けさんがピアノ を弾けることを知るととても喜んでくれ ました。あけみさん、是非私たちの音楽 クラブに参加してください。久しぶりに 本格的にピアノが弾ける方が来てくださっ て本当に嬉しいです。鈴木さんの言葉に あけ美さんの心は踊りました。入居から2 週間後、あけ美さんは初めて音楽クラブに 参加しました。小さなホールには10人 ほどの人が集まっていて、中央にはあの アップライトピアノが置かれていました。 鈴木さんが明けみさんを紹介してくれると 皆さんが温かく迎えてくれました。今日は 何か引いていただけますか?という鈴木 さんの問いかけにあけ美さんは少し緊張し ながらピアノの前に座りました。何を 弾こうかと考えた時自然と指が動き始め ました。 これは若い頃に最も愛した曲初の別れの曲 でした。 最初の数節は指がもつれそうになりました が徐々に感覚が戻ってきました。あけ美 さんは目を閉じて音楽の世界に没入しまし た。 これまでの苦しみ、悲しみ、そして今感じ ている希望。全ての感情が音楽を通して 表現されていくようでした。曲が終わると しばらく静寂が続きました。そして拍手が 響きました。それは社交事例ではない心 からの賞賛でした。本当に美しい演奏でし た。涙が出走になりました。また聞かせて ください。そんな言葉をかけられて、 あけ美さんは心から幸せを感じました。 この日を境にあけ美さんの新しい生活が 本格的に始まりました。朝は庭で軽い体操 。午前中は読書芸。午後はピアノの練習。 夕方の入居者の方々とのdar乱。夜は 自分の部屋で静かに過ごす。シンプルです が充実した毎日でした。特にピアノを引い ている時間は明けさんにとって私服の時 でした。若い頃に引いた懐かしい曲から これまで挑戦したことのなかった難しい曲 まで幅広いレパートリーに挑戦しました。 首の動きは依前ほど俊敏ではありません でしたが、音楽に対する愛情取り替えは 深まっていました。ある日、明け美さんは 音楽クラブで小さなコンサートを開くこと になりました。他の入居者やスタッフの 方々、そして外部からもお客様を招いての イベントでした。 さんは数週間かけて準備し、ショパンの バラード第1番をすることにしました。 コンサート当日、小さなホールは満席に なりました。あけ美さんは美しいブルーの ドレスを着てステージに立ちました。 観客席を見渡すとま子さんの姿も見えまし た。友人が応援に来てくれたことが何より も嬉しく感じられました。演奏が始まると 明け美さんは完全に音楽の世界に入り込み ました。75年の人生で経験した全ての こと、喜び、悲しみ、愛情を失望、そして 新しい希望 全てが音楽を通して表現されていきました 。 これは技術的な完璧さを超えた心からの 演奏でした。演奏が終わると会場は長い間 の拍手に包まれました。あけ美さんは深く お辞儀をして心から感謝の気持ちを込めて 微笑みました。この瞬間明けみさんは確信 しました。これこそが自分の本当の人生だ と コンサートの翌日、あけ美さんは意外な 訪問者を受けることになりました。受付の スタッフから鈴木あけ美様にお客様ですと 連絡があった時、あけ美さんは少しと まどいました。来客の予定はありません でしたし、新しい住所を知っている人も 限られていました。ロビーに降りて行くと そこにはカイトが立っていました。息子の 姿を見た明け美さんの心は複雑な感情で 満たされました。 懐かしさ、愛情、そして同時に警戒心も 芽えました。お母さん突然来てごめん。話 があるんだ。カイトの表情はあけ美さんが 記憶している息子とは違って見えました。 疲れていてどこか困惑しているような様子 でした。あけ美さんは冷静に答えました。 何の話かしら?私はもう手紙に書いた通り よ。話すことは特にないと思うけれど カトはあけ美さんの変化に驚いているよう でした。 これまでの母親なら息子が来れば慌てて 迎え、何か困ったことがあるのかと心配し たでしょう。しかし今のあけ美さんは違い ました。お母さんゆみと七も車で待ってる んだ。少しだけ話を聞いてもらえないかな ?カイトの声にはこれまであけみさんが 聞いたことのない混願の調子がありました 。 さんは窓の外を見ました。確かに駐車場に 車が止まっていて、中に弓と七の姿が見え ました。七は後部座席で下を向いて座って いました。しばらく考えた後、あけ美さん は言いました。5分だけよ。でもここの ロビーで私の部屋に来る必要はないわ。 カイトはアンドの表情を浮かべましたが、 あけみさんの冷たい態度に戸惑いも感じて いるようでした。2人はロビーの隅の ソファに座りました。お母さん正直に言う よう。僕たちは経済的に困っている。 お母さんからの援助がなくなって生活が とても厳しくなったんだ。カイトは率直に 話し始めました。あけ美さんは静かに聞い ていましたが、内心ではやはりと思ってい ました。息子が訪ねてきた理由は愛情や 公開ではなく、またお金のことだったの です。 七の習い事も続けられなくなりそうだし、 住宅ローンの支払いも厳しい。 お母さん、もう1度考え直してもらえない かな?カイトの声は次第に切迫したものに なっていきました。あけ美さんはカトの話 を最後まで聞いてからゆっくりと答えまし た。カとあなたは私がなぜあの手紙を送っ たか本当に理解していないのね。それは僕 たちが感謝の気持ちを十分に表さなかった からだと思う。 でも僕たちは本当にお母さんに感謝して いるんだ。カイトの言葉には明らかに嘘が 混じっていました。あけ美さんは冷静に 答えました。かいと私はあの日の電話を 聞いたのよ。ゆみさんと井上さご夫婦の 会話を全部聞いたの。カイトの顔が青ざめ ました。 お母さん、それは 魔法の杖でお金を出してくれる人、主体性 がない。存在感が薄い。ゆみさんがそう 言っていたわ。そしてあなたたちはそれを 聞いて笑っていた。あけ美さんの声は静か でしたが、強い意が込められていました。 カとは何も言えませんでした。否定する こともできず、謝ることもできず、ただ 困惑するばかりでした。あけ美さんは続け ました。75年生きてきて私はようやく 理解したの。無条件に与え続けることは 愛情ではなく自分自身を破壊することだと いうことを。そしてあなたたちは私を家族 として愛したことは1度もなかった。 お母さん、そんなことはカイトが反論 しようとしましたが、あけ美さんは手 を上げて止めました。いいえ、カト、もう 十分よ。私はあなたたちに感謝しているの 。もしあなたたちがもう少し上手に私を 騙し続けていたら、私は一生気づかずに 終わったかもしれない。でもおかげで私は 本当の人生を始めることができた。あけ美 さんは立ち上がりました。私の答えは 変わらないわ。これ以上話すことはない。 お帰りください。カとも立ち上がりました が、まだ諦めきれない様子でした。 お母さん、せめて七に会ってもらえないか な?あの子も会いたがっているんだ。 あけ美さんは窓の外の車を見ました。七は 相変わらず下を向いて座っていました。 あけみさんの心に一瞬痛みが走りました。 しかしそれは短時間で消えました。 ちゃんは私を怖い人、知らない人と言った わ。それが真実よ。無理に関係を作る必要 はないの。あけ美さんの声には悲しみより も解放感が込められていました。カトは 最後の試みとして言いました。お母さん僕 たちは家族だろう。 さんはカトの目をまっすぐ見て答えました 。家族というのはお互いを大切にし合う 関係のことよ。一方的に利用する関係は 家族ではないの。あなたたちが私を家族と して扱わなかった以上、私もあなたたちを 家族として扱う義務はないわ。これが決定 的な別れの言葉でした。 は何も言えずに頭を下げロビーを出ていき ました。あけ美さんは窓からその様子を見 ていました。カイトが車に戻ると弓と 何やら激しく話し合っているようでした。 やがて車は駐車場から去っていきました。 あけ美さんは深く息を吐きました。胸の奥 に小さな痛みがありましたが、それ以上に 大きなアンド感がありました。これで本当 に過去との決別が完了したのです。 その夜、あけ美さんは自分の部屋で静かに 過ごしました。窓の外では夕日が美しく 沈んでいき、庭の花が優しい色合いに 染まっていました。 あけみさんは小さなお茶を入れて1人の 時間を楽しみました。これまでの人生で あけ美さんが本当に1人になることはあり ませんでした。結婚前は両親と結婚後は夫 と息子とそして息子が独立した後も息子 家族のことを常に考えていました。 しかし、今、あけ美さんは初めて完全に 自分だけの時間を手に入れました。これが 自由ということなのね、あけ美さんは 小さくつぶやきました。 寂しさよりも静かな満足感が心を満たして いました。数日後、あけ美さんに意外な 知らせが届きました。近所に住む古い知人 からカイトの家族が経済的困窮のためを 売りに出したという話でした。あけ美さん はその知らせを聞いても特に驚きません でした。予想していた結果だったからです 。 あけ美さんは自分の感情を分析してみまし た。 悲しみはありませんでした。 代わりにある種の教訓的な満足感があり ました。これは自然な結果だったのです。 井上夫婦からの援助も止まったのでしょう 。両側の親からの援助に依存していた生活 が立ちかなくなったのは当然の季決でした 。ある日、あけ美さんが庭を散歩している と遊具のある小さな公園で1人で座って いる女の子を見かけました。その子の特徴 的な髪型と後ろ姿を見てあけ美さんは心臓 が一瞬跳ねるのを感じました。七でした。 あけ美さんは足を止め、遠くからその様子 を見ていました。 花は1人でブランコに座り、足をブラブラ と動かしていました。その表情は以前の 写真で見た明るい笑顔とは違って、どこか 寂しそうに見えました。あけ美さんの心に 一瞬愛情が蘇りました。あの子に声をかけ てあげたい。そんな衝動に駆られました。 しかしあけ美さんは自分を制御しました。 無理に関係を気づこうとすることは誰の ためにもならないのです。あけ美さんは 静かにその場を離れました。歩きながら心 の中で七に向けて言いました。七みちゃん 、あなたが幸せでありますように。でもお ばあちゃんはもうあなたの人生に無理に 入ろうとはしないわ。 これが本当の愛情だと私は学んだから。 それから数ヶ月後、あけ美さんの新しい 生活は完全に起動に乗りました。 毎日の規則正しい生活、音楽クラブでの 活動、他の入居者との交流、そして何より も自分だけの時間、全てがあけ美さんに とって貴重なものでした。 さんは定期的に小さなコンサートで演奏 するようになり、地域の音楽愛効果の間で は知られた存在になっていました。ある日 、地元の音楽学校から子供たちにピアノを 教えて欲しいという依頼が来ました。 最初は戸惑いましたが、あけ美さんは 引き受けることにしました。子供たちと 接することで七見えの複雑な感情を整理 できるかもしれないと思ったのです。 最初のレッスンの日、5人の子供たちが あけ美さんの前に座りました。年齢は6歳 から10歳までみんな目を輝かせてピアノ を見つめていました。あけ美さんは彼らの 純心な表情を見て心が温かくなりました。 今日から皆さんと一緒にピアノを学べる ことをとても嬉しく思います。あけ美さん は心から微笑んで挨拶しました。子供たち も嬉しそうに返事をしてくれました。 レッスンが進むにつれてあけ美さんは 教えることの喜びを発見しました。子供 たちが新しい曲を覚えた時の嬉しそうな 表情、難しい部分を克服した時の達成感。 それらを見ていると明けさん自身もはい頃 の情熱を思い出しました。特に印象深かっ たのは7歳の女の子ゆいちゃんでした。 彼女は他の子供たちよりも静かで最初は なかなか積極的になれませんでした。 しかし、あけみさんが根気よく教えている と、ゆいちゃんは徐々に心を開いてくれ ました。ある日、ゆいちゃんがあけみさん に言いました。先生、私のおばあちゃんも ピアノが引けたら良かったのに。あけみ さんは優しく聞きました。ゆいちゃんのお ばあちゃんはどんな方なの?遠くに住んで いてあまり会えないの。でもお母さんが 時々悪口を言ってるの。ゆいちゃんの言葉 にあけみさんの心は痛みました。あけみ さんはゆいちゃんの頭を優しくなでて言い ました。ゆいちゃん大人の事情は複雑なの 。でもおばあちゃんはきっとゆいちゃんの ことを愛していると思うわ。たえ遠くにい てもその気持ちは変わらないの。その日の 帰り道、あけ美さんは自分の言葉について 考えました。七に対する自分の気持ちは 確かに愛情でした。しかしそれは執着や 所有欲とは違う静かで深い愛情でした。 距離を置くことも時には愛情の表現なのだ とあけ美さんは理解していました。あけ美 さんの76歳の誕生日は新しい住まで迎え た最初の誕生日でした。音楽クラブの仲間 たちがさやかなパーティーを開いてくれ ました。手作りのケーキ、心のこもった プレゼント、そして何よりも温かい友情。 あけ美さんにとってこれまでの人生で最も 心に残る誕生日となりました。まさこさん があけ美さんに言いました。あけみさん 本当に変わったわね。以前よりもずっと 生きとして見えるわ。あけ美さんは微縁で 答えました。 そうね。まさ子さん。私はようやく自分 自身を見つけたの。 75歳になってからだけれど、パーティー の後、あけ美さんは1人で庭を散歩しまし た。星空を見上げながらこれまでの人生を 振り返りました。確かに息子夫婦との関係 は苦しいものでした。しかしその経験が あったからこそ今の自分があるのです。 さんは心の中で息子家族に向けて言いまし た。かとゆみさん、七なみちゃん、私は あなたたちを恨んではいません。むしろ 感謝しています。あなたたちのおかげで私 は本当の意味で生きることを学べたから、 どうかお元気で。 これから1年後、明け美さんは地域の音楽 コンクールで最優秀賞を受賞しました。 76歳での受賞は大きな話題となり、地元 の新聞にも掲載されました。記事の タイトルは76歳で鼻開いた音楽家でした 。インタビューで記者に聞かれました。 これほどの年齢から音楽活動を本格化され た理由は何ですか?あけ美さんは穏やかに 答えました。人生に遅すぎるということは ないと思います。 大切なのは今この瞬間を自分らしく生きる ことです。 私は75歳になってようやくそのことを 学びました。 今後の目標はありますか?毎日を大切に 生きること。そして音楽を通じて多くの人 に喜びを届けることです。子供たちに ピアノを教えることも続けていきたいと 思います。記事が掲載された日、あけ美 さんの元に一通の手紙が届きました。 人のランを見てあけ美さんは驚きました。 それは七からの手紙でした。手紙には子供 らしい字で書かれたメッセージがありまし た。おばあちゃんへ 新聞を見ました。ピアノがとても上手なん ですね。私も今度おばあちゃんの演奏を 聞いてみたいです。お元気でいてください 。 七美 さんは手紙を読んで静かに涙を流しました 。それは悲しみの涙ではなく安と希望の涙 でした。七が自分の意思で手紙を書いて くれたこと、それが何よりも嬉しく感じ られました。あけ美さんは丁寧に返事を 書きました。 みちゃんへお手紙をありがとう。おばあ ちゃんは毎日元気に過ごしています。 七みちゃんも元気に成長しているようで とても嬉しいです。いつか機会があれば 一緒にピアノを引けたらいいですね。でも それは七みちゃんが本当に望む時でいいの です。 おばあちゃんはいつまでも七みちゃんの 幸せを祈っています。手紙を投した後、 あけ美さんは庭のベンチに座りました。風 がほを優しく撫でていき、鳥たちの美しい さえ釣りが聞こえてきました。あけみさん は深く息を吸い込みました。空気がとても 美味しく感じられました。 この時、あけ美さんは完全な平安を感じて いました。息子夫婦への怒りも七の執着も 全て手放すことができました。代わりに心 を満たしているのは静かな愛情と未来への 希望でした。77歳になった明け美さんは 今も音楽活動を続けています。 新しい友人たち、子供たちとのレッスン、 定期的なコンサート。毎日が充実していて 、あけ美さんは心から幸せを感じています 。時々あけ美さんは自分の人生を振り返り ます。もし息子夫婦との関係が違ってい たら、もし彼らが本当にあけみさんを大切 にしてくれていたら、今の自分はなかった でしょう。 その意味であけ美さんは彼らに感謝してい ます。苦しい経験でしたが、それがあった からこそ本当の自分を発見できたのです。 あけ美さんは今こう信じています。愛する ということは相手を自分の思い通りに しようとすることではない。 相手の幸せを願い、適切な距離を保ち ながら見守ることだと。そして自分自身を 大切にすることも愛の1つの形なのだと。 夕日が美しく沈んでいく中、あけ美さんは ピアノの前に座りました。今日も新しい曲 に挑戦します。 77歳の指は決して若くありませんが、心 は若い頃以上に自由で豊かです。音楽が 流れ始めると、あけ美さんの心も軽やかに 舞い上がりました。これがあけ美さんの 新しい人生でした。誰のためでもない自分 自身のための人生。 そしてそれはこれまでの人生で最も美しく 最も意味のある時間でした。75歳で 始まった明け美さんの再生の物語は まだまだ続いていきます。なぜなら人生に 終わりはないから。そして真の幸せに年齢 制限はないからです。 視聴者の皆様、今日の物語はいかがでした でしょうか?明けみさんの体験が皆様の心 に何かを残すことができれば幸いです。 この物語を通して私たちは多くのことを 学ぶことができます。 家族という名の元に行われる作種や操作の 現実、無条件の愛と自己犠牲の危険性、 そして何よりもどんな年齢になっても自分 らしく生きることの大切さです。 あけ美さんの選択は決して簡単なものでは ありませんでした。 が 念気づいてきた関係を断ち切り、慣れ下したしんだ環境を離れることはな勇気を必要としました。その勇気があったからそけ美さんは真の自由と幸せを手に入れることができたのです。 私たちの人生において時として厳しい決断 を迫られることがあります。愛する人を 傷つけるかもしれない選択、安全な現状を 手放すかもしれない決断。しかし、あけ美 さんの物語が教えてくれるように真の愛と は時として距離を置くことであり、真の 幸せとは他者のためではなく、自分自身の ために生きることから始まるのです。 またこの物語は年齢に関する固定観念にも 疑問を投げかけています。 75歳での新しい始まり、76歳での音楽 コンクール受賞77歳での充実した日々。 あけ美さんの人生はもう遅いという言葉が いかに無意味であるかを証明しています。 人生の終盤に差しかかった時、多くの人は 過去の思い出に行きがちです。 しかし、あけ美さんは過去を手放し、未来 に向かって歩み続けました。 それは残りの人生をより豊かに、より意味 のあるものにするための選択でした。この 物語のもう1つの重要なメッセージは真の 家族とは決縁関係で決まるものではないと いうことです。 美さんが新しい住まで出会った友人たち、 音楽クラブの仲間たち、教えの子供たち。 これらの人々との関係は血のつがりはあり ませんが、互いを尊重し殺さえ合う真の 家族的な絆で結ばれています。 そして七からの手紙が示すように真の愛情 は無理じするものではありません。 さんが適切な距離を保ったからこそ七は 自分の意思で祖母に歩み寄ることができた のです。これは愛情の最も美しい形の1つ と言えるでしょう。明けさんの物語は現代 社会の多くの高齢者が直面している問題に も光を当てています。 経済的な作種、家族内での孤立、自己価値 の喪失、これらの問題は決して珍しいもの ではありません。しかし、あけ美さんの例 が示すようにどんな状況からでも 立ち上がることは可能なのです。 最後にこの物語が私たちに教えてくれる 最も大切なことは自分自身を愛することの 重要性です。他者への愛情は美しいもの ですが、それが自己犠牲や自己否定に つがってはいけません。自分を大切にし、 自分の幸せを追求することは決して自己 中心的なことではありません。むしろそれ は健全で持続可能な愛情関係の基盤なの です。 明け美さんの75歳での再生は全ての年代 の人々にとって希望のメッセージです。今 がどんなに困難な状況であっても勇気を 持って行動すれば新しい人生を始めること ができる。年齢は制限ではなく経験という 財産である。 そして真の幸せは他者からの証人ではなく 自分自身の内側から生まれるものである。 あけ美さんは今日も新しい住までピアノを 引いています。 その寝色は自由と希望に満ちた美しい メロディーを奏でています。 そしてその音楽を聞く人々の心にも小さな 勇気の種を植え続けているのです。 皆様ももし今の生活に疑問を感じることが あれば明けみさんの勇気を思い出して ください。変化は決して遅すぎることは ありません。そして真の幸せはきっと皆様 の手の届くところにあるのです。 このよう悩み深い物語をお届けできたこと を心から嬉しく思います。 この物語が皆様の人生に少しでも良い影響 を与えることができればそれ以上の喜びは ありません。もしこの物語が皆様の心に 響きましたら是非チャンネル登録ボタンを 押していただき、高評価もいただけますと 幸いです。 皆様からのコメントやご感想も私たちに とって大きな励みとなります。 またこのような心に残る物語を今後もお 届けしていきたいと思っておりますので、 次回の動画も是非ご期待ください。皆様お 1人お1人があけみさんのように自分 らしい幸せな人生を歩まれることを心から 願っております。本日は最後までご視聴 いただき誠にありがとうございました。 それではまた次回の物語でお会いし ましょう。

これは75歳の鈴木明美さんの物語。息子のために老後の貯金700万円を渡したにもかかわらず、彼女は家族から他人扱いをされ続けた。その屈辱が頂点に達したのは、心から愛していた初孫から、入学式の日に「この人怖い」と不審者として拒絶された瞬間だった。
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老後の物語
老後は穏やかな日々だけではなく、年金、社会保障、晩年の恋、離婚、再婚など、さまざまな悩みがつきものです。私は、そんなリアルな物語をお届けします。涙も笑いも、後悔も希望も詰まった人生の話。60歳からの人生に興味がある方、一緒に聞いて、共感しませんか?

VOICEVOX :青山龍星
VOICEVOX :Nemo

企画・制作部門

総合プロデューサー: 青木隆二 (Aoki Ryuji)
企画・構成: 西村智恵 (Nishimura Tomoe)
制作統括: 平野大輔 (Hirano Daisuke)
制作進行: 山本理沙 (Yamamoto Risa)
制作アシスタント: 池田美和 (Ikeda Miwa)
アソシエイトプロデューサー: 田村航 (Tamura Wataru)

撮影・映像技術

撮影監督: 森本健司 (Morimoto Kenji)
カメラディレクター: 浜田麻衣子 (Hamada Maiko)
第一カメラマン: 内田雄介 (Uchida Yusuke)
第二カメラマン: 片岡優太 (Kataoka Yuta)
照明チーフ: 坂口光男 (Sakaguchi Mitsuo)
照明アシスタント: 大野結菜 (Ono Yuna)
音声収録: 谷口真一 (Taniguchi Shinichi)

編集・ポストプロダクション

編集長: 柴田雅人 (Shibata Masato)
メインエディター: 水野愛美 (Mizuno Manami)
カラーグレーディング: 北村龍也 (Kitamura Tatsuya)
映像効果: 小川晃司 (Ogawa Koji)
モーショングラフィックス: 中島美咲 (Nakajima Misaki)

音響・音楽

音響監督: 藤原貴之 (Fujiwara Takayuki)
サウンドデザイナー: 吉野あかり (Yoshino Akari)
効果音制作: 上田翔太 (Ueda Shota)
音楽プロデューサー: 岩崎純一 (Iwasaki Junichi)
BGM作曲: 宮崎春花 (Miyazaki Haruka)
音響ミキサー: 村田慎也 (Murata Shinya)

ストーリー・脚本

脚本家: 渡邊綾乃 (Watanabe Ayano)
ストーリー監修: 高田修平 (Takada Shuhei)
物語構成: 横山千鶴 (Yokoyama Chizuru)
台本制作: 江藤美紀 (Eto Miki)
リサーチャー: 金子洋平 (Kaneko Yohei)

声優・ナレーション

メインナレーター: 久保田誠 (Kubota Makoto)
副ナレーター: 島田恵理 (Shimada Eri)
キャラクターボイス: 林田和樹 (Hayashida Kazuki)
特別出演: 石原麻希 (Ishihara Maki)

デザイン・アート

アートディレクター: 荒木直人 (Araki Naoto)
グラフィックデザイナー: 永井美穂 (Nagai Miho)
イラストレーター: 関根大地 (Sekine Daichi)
キャラクターデザイン: 竹内さくら (Takeuchi Sakura)
背景アート: 野田健太郎 (Noda Kentaro)
UI/UXデザイン: 山口花音 (Yamaguchi Kanon)

技術・配信

技術統括: 松井秀樹 (Matsui Hideki)
システムエンジニア: 佐々木純子 (Sasaki Junko)
配信技術: 伊藤翔 (Ito Sho)
品質管理: 小林真由美 (Kobayashi Mayumi)
データ分析: 鈴木拓実 (Suzuki Takumi)

マーケティング・宣伝

マーケティングディレクター: 田中康夫 (Tanaka Yasuo)
SNS運営: 大橋あゆみ (Ohashi Ayumi)
広報担当: 加藤雄大 (Kato Yudai)

サポートスタッフ

総務・経理: 長野美智子 (Nagano Michiko)
制作サポート: 福山咲良 (Fukuyama Sakura)
インターン: 山下蓮 (Yamashita Ren)

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