映画『福田村事件』を語る

ケそです。 のびです。 今日は映画福田村事件についてお話ししていきたいと思います。最初はなるべくネタバレを少なめに後半は全部ネタバレありでお話をしていきたいと思っています。まずこの福田村事件がどういう映画かと言うと実際にあった事件を元に作らフィクションの作品です。 登場人物の名前が変えられていたりとか、 キャラクターその性格みたいなものが変え られたりとかはして若干抽象度は上げられ ているんですけど、実際にこの映画で描か れている虐殺事件っていうのは起きた話で 、それを風化させないために作られた映画 です。どういう話かって言うと、映画の元 になっている福田村事件というのは 1923年に発生した事件です。関東大 震災の後に朝鮮人が井戸に毒を入れたとか 家に火をつけたっていうデマが人々の間で 広がって人々っていうのは日本の人です けどの間で広がってそれ以上被害を増大さ せてはいけないと言ってデマを信じて朝鮮 の人々がたくさん殺されたということに ついてはニュースなどでもよく取り上げ られてるのでご存知の方も多いかなと思う んですがその関東大震災が発生した 千葉県でこの人たちはなんじゃない かと疑われて殺されてしまった薬の業商団 の人たち。この人たちは久別ブラブ楽の 出身の人たちなんですけど虐殺されて しまったという事件。これがこの映画の元 になっています。なので映画に出てくる 登場人物はこの薬を売りに来ている行商団 の人たちとこの人たちが朝鮮人なんじゃ ないか。私たちを殺したりするんじゃない か。被害を加えるんじゃないかと恐れた 福田村に住んでる住民の人たちを中心に 進んでいきます。この映画の中で実際の 事件とは違う部分として付け越えられてる キャラクターが多分と友かずって読むと 思うんですけど沢田友かという キャラクターとその妻のしず子という人 です。この人たちは元々夫の方が教師の 仕事を当時の日本統地下の挑戦で行ってい ましたが、ある出来事があって福田村に 帰ってきます。でも教師の仕事は自分は 続けることができないからこの故郷で農業 をやっていこうと思うと言ってまた新しく 生活を始めようと思うんですけど2人は ちょっとエリートなのかなっていう感じで 村の人たっていうのは今も杉はぎの着物を 着ている人が多くて脳作業に従事している 人が多い中でちょっとこの夫婦は洋風の服 それも汚れていない服を着ているので帰っ ては来たものの少し浮いている存在として 描かれています。この夫婦もちょっとこの 村の中では得意な存在として浮いてしまっ ているという風に表現されているんです けど、それ以外にも先道の田中クラという キャラクターはこの村ではおそらく珍しい 結婚をしていないおそらく男性として置か れていてこの人が夫が千地にいていた島村 さんという人と不倫をしていたということ でこの2人も村の人々からは若干白眼をさ れてい さらにはこの村の村長は一応デモクラ シーっていう概念を勉強している人で デモクラシっていうのがあるじゃないです かみたいな話を村の人たちに話そうとする んだけどまたこの人はインテリだからなっ ていう感じであんまり村長だけど村人たち に大事にされてはなさそう。ちょっとこの 人もまた1人インテリブって偉そうだなっ ていう感じに見られてるのかなという描写 などがあります。で、このただでさえ村の 中でも白が願視されてるというか、あまり 馴染めていなかったり、阻害されていな いっていう人が薬の業商団がやってきて 虐殺事件に展開する前にも描かれていき ます。自分たちとは違う存在だとされる人 はこの村の中ではあまり存在を大切にされ なくなるというか、村のコミュニティの 一員としては認められづらくなるという ことが背景としてあるということが描かれ ていきます。およそのあすじはそんな感じ で今回はのびおちゃんと私でこの福田村 事件という映画の印象に残った キャラクターをまず1人ずつあげてその キャラクターなぜ印象に残ったのかをお 話ししていきたいと思います。でその後 ネタバレありで印象に残ったシーンをまた のびおちゃんと私で1つずつお話しして いきたいと思います。最後にこの映画はお 勧めしたいポイントもたくさんあるんです けど、ちょっとここが良くなかったなって ポイントもいくつかありまして、それは 是非お話ししておきたいと思うので、この 作品の問題点だと私たちが感じてるところ についてもお話し終わろうかなと思って おります。ではまずネタバレなしで印象に 残ったキャラクターについて2人で1つ ずつ話と思います。 じゃあまずのびおちゃんどうですか? 1 番印象に残ったキャラクターは水道橋博士演じる在軍人会の軍会長である長谷川というキャラクターです。最近私たちは物語においてうざいキャラクターが出てくることが結構大事なんじゃないかという話をしています。うざいキャラクターをざいと感じるのは実は同族嫌悪的な背景からなんじゃないかなと。 自分が持っている自分も嫌をしている側面 を突きつけられるからそのキャラクターを うざいと感じることが結構あるんじゃない かと思っています。最近の漫画作品とかで はどのキャラクターも好きだったっていう ことが褒め言葉として感想に書かれている ことも結構あるけど、うざいキャラクター が出てこない物語は意外と盛り上がり にくかったりもするような気がしています 。で、この映画におけるおそらく観客が 1番うざいって感じるであろう キャラクターがこの在合軍人会の長谷川 です。この人は偉そうで人の話を聞かない し変わりみが早い卑怯者です。でも物語で も実生活でも偉そうにしてる人っていうの は大体自信がない人だよね。この長谷 長谷川っていう人の同級生は学校の先生を していたりをしていたりする。 さっき冒頭で話した、元々朝鮮で教師をしていたっていう田さんが長谷川の同級生です。 長谷川は同級生が長谷川って呼ぶと軍場だって毎回訂正させる。それは多分長谷川にとって同級生は眩しい存在で自分も眩しい存在になるための肩書きが絶対必要だったからだと思う。 ある理由で学校の先生をやめた同級生が 地元であるこの福田村に帰ってきて農業を 始めて慣れない手付きで畑を耕している ところに村長とその孫と長谷川がやって くるシーンがある。長谷長谷川は農業に 慣れているから畑の耕し方を実際に農を 持って同級生に教えようとするんだけど 同級生の反応はかなり薄い。多分この シーンで長谷川谷川はすごいさすが詳しい ねとか褒めてもらいたかったんじゃないか と思うんだけど同級生はあることがあって から毎日心をここにあらず状態になって しまってそれどころじゃない。この村では 農業に従事している人が多いと思うから脳 作業に熟連しているからと言って褒めては もらえない。もし沢田がこのシーンで長谷 長谷川を褒めていたら長谷川の自己肯定感 は高まったかもしれないけどそうはなら なかった。誰にも褒めてもらえないし同級 生のように賢くもなく人を導く仕事をして いるわけでもないことについて多分 長谷川谷川はコンプレックスを持っていた んだと思う。長谷川自身が自覚していたか 分からないけど多分長谷川はみんなの役に 立ちたい。そして尊敬されたい。だから村 を守るという名目で率戦して村の外から来 た人を殺すことを先動してしまう。長谷川 以外も在軍人の人たちは何かにつけて軍服 を着ている。例えば飲み会えの時とかも 軍服を着ている。必要がないのに軍服を着 てるっていうのはコスプレーみたいなもん じゃんねって思うんだけどそれはありの ままの自分が大事にされないから 恥ずかしいから軍服っていう尊敬されると 思われるような偉いとされる格好をして いるわけだけど結局それが1番恥ずかしい んじゃないかねっていう風に思います。で も本人たちもそれが分かっているから軍服 を着て自分の本心がバレないように心を 守っているんだと思うといやらしいなって 思うし悲しい存在だなって思います。側は 確かに人を殺してしまったし、普段の言動 もうざいなって感じるキャラクターでは あったけど、でもこういう人が格好 つけようとしてるのに痛いなっちゃって るっていうことを笑うこと自体が長谷 長谷川をそういう人にしてしまったんじゃ ないかなという風にも思います。が見 終わった後色々監督のインタビューとか キャストの人のインタビューとか読んだん だけど水道橋博士長谷長谷川を演じた方の インタビューでは軍人役っていうと結構 抹っちょっぽい感じの大柄で筋肉室で みたいな人がキャスティングされることも 度々あるけどそうじゃない自分がこの役に キャスティングされた理由を言われなくて も分かるなって思ったっていう話をしてた んだよね。土星を張っている人だっていう キャラクターであることが大事だっていう こと。この長谷川っていう人の キャラクターを見て思い出したのがこれは アメリカの映画のレッドロケット アカデミー賞を撮りました。アノーラの 監督と同じ監督が撮ってる映画で。これも 結構辛い話なんだけど、アメリカでも体液 軍人のふりをして物を売ったりとかして いる言ってしまうと詐欺なんだけど、そう いうことをしてる人がいて、そういう キャラクターがレッドロケットっていう 映画には出てくるんだけど、その人は実際 にはセンチには言ってなかったから嘘だっ て怒られてしまうっていうのがこのレッド ロケットの中では出てくるんだけど、 かなり似てる存在だなと思って、やっぱり 自分っていう存在だけだと人々に目をかけ てもらえないから軍服っていうアイテムを 使うことで注目に値する人物だと思って もらおうとするっていうのが悲しいよなっ て思いましたと同時にそれだけの力って いうかね軍服最近も軍服を着てる夫萌え 恋愛漫画とか恋愛ドラマっていうのが時々 あってつい最近も帝国海軍注意の夫との ラブストーリーのドラマが結構ヒットした けどそのことが私が怖いなと思っていて、 軍服を着てる人がかっこいいよねって思っ ちゃうことがそもそも軍服の狙いなわけで 、だから魅力的でみんなも清いよ、かっこ いいよって思わせて軍を肯定するっていう 力を軍服は持ってると思うから、それを軍 の要素入ってないから軍服着てる人が かっこいいっていうドラマを作ってもいい じゃんっていう風に私は思えないんだよね 。その軍服がかっこいいっていうことと軍 を肯定的に感じてしまうってことは全然 切り離せるものじゃないっていうか、 むしろセットになってることだから気を つけないといけないなっていうのをすごい 思いました。のびおちゃんとも話してたん だけど、この時代の特に農村部で軍服を着 ている人っていうのは利用されてる側面も あるからそれが描かれてるよねって。側 っていうキャラクターとか他の在軍人会の 人とかもそうだけど村の男たちとお坊式人 たちが集まって飲み会えをしてるシーンで スーツを着てる村人の人が出てくるんだ けど多分長谷長谷川とか他の在合軍人会の 人とかは普段はワックそれもあんまり綺麗 な状態ではなくて結構ボロボロの和クを着 ているっていうのが日定規でスーツを買 うっていう習慣はないと思われるでもなん かそれだと歯がつかない感じがするから スーツの代わりに角の高さを演出できる服 が手に入るから軍にアクセスしてしまっ てるというか、軍との繋がりを大事にして しまってるところもあると思って、そう いうスーツに対抗できる服をもらえ るってことはやっぱりこの人たちにとって とても大きな魅力だったんじゃないかなっ ていうことも思うから、結構この軍服って いうアイテムっていうか実際に使われた ものなんですけど重要な衣装なんじゃない かなと思ってみていまし前にどこかの大学 の教授が書いてるウェブコラムみたいな ものを見てたんですけど、軍服というもの のファッションデザインの側面について 論じてた記事なんですけど、軍服は機能性 重視って言うけど、それにしてはいらない デザインが入ってることも多くて、やはり 格好良さっていうところに重きを置いて いるんだと。それによってやはり軍服を 帰宅くさせるかっこいいなと思わせる側面 があるっていうような記事だったんです けど、文字通り普段長谷川とか農業従事者 の人たちはボロと言われる服だと思うんだ けど、衣服をボロボロになってきたらまた 別の布を当てて繋ぎ合わせて着てくって いう民ゲとか好きだとご存知の方もいるか もしれないんですけれども、今ではボロっ ていうのは味があっていいとかいう意見も あるけど、ボロしか選べない人にとって みれば綺麗なピカピカの新品の服がかっ と思われるものが着るのは経済が厳しい脳 人にとっては気軽にアクセスできる性なと やはり思います。なんかそれをまたみんな でやってるっていうのがちょっとごっこ っぽい感じで、在合軍人会の人はみんな 飲み会えの時に軍服を着てるんだけどこれ ものびおちゃんと多分自分1人だったら着 なそうな気がするよねって。そこにも集団 心理が働いてるっていうか、1人だけだっ たらすごい完全に遺な存在になってしまう からやっぱり好むなって浮くことを避け てると思うからそれはしないと思うけど何 人かいるから集団でもありちょっと特別で もああるっていう地位が確立できてやって んだろうねっていう話をしました。 単純に軍服を着ていると同じであるという風に見た目でパッと分かる記号にもなっているっていうところも心理的にもはまってるのかなという気もします。 中で何を思ってるにしてもなんとなく仲間だっていう感じが同じ服を着てる人はやっぱ手出やすいかなって思いたよね。特にこの村の人はみんな他の人は誰も同じ服を着てるわけじゃないから余計にすごい目立つっていうかね。 では、私からも印象に残ったキャラクター をコムアさんが演じている島村さん。映画 の中ではさきさんって呼ばれてるんだけど 、この人が結構印象に残るキャラクターだ なと思いました。なんてかこの映画は当時 の村の小さなコミュニティの中の人々の 卑怯さというか自分で考えないで声の 大きいものに従っていくっていう悪い面も 描きつつ今日的な意思のある女性みたいな キャラクターも置いてて今日的な意思の ある女性を置くことがこの映画にとって 良かったのかどうかってのは若干微妙な ところもあるのでその話はまたネタバレ パートでしていきたいと思うんですけどな ので、このささんのキャラクターは最初の あすじで説明したように夫がセンチに行っ てる間に他のおそらく男性と性的な環境を 結んでしまうという女性なんだけど、その ことに対して責められる村の人たちにそれ はおかしい。 どう思ってるんだ?みたいなこと言われる のに対して自分が寂しいって思う感情を 持っちゃいけないのかっていうの村人の前 で大きい声で言うっていう人でリアルな 当時の村を描くとしたらすごい珍しい人 だったんじゃないかなと思うからどれ ぐらいリアルと言えるのかなっていう 気持ちとかはありつつもでもこの人はこの 村の中で遺んだと思われるかもしれなくて もなんとか自分で考えて自分で発言して いこうとした人だなと思って繊細な心情の 変化みたいなのが描かれてもいたから好き でした。この後この映画はこれは実際に あった事件を元にしてる映画だからネタバ れっていうのも変かなと思う。元々あった 事件で知らなかったことの方が良くなかっ たなって思う内容でもあるんだけど、元々 普通ではないとされる人が阻害されやす いっていう状況があった村の中で香川県 から薬を売りに来た行商の一光がやってき てその人たちの喋ってる言葉が自分たちが 聞き慣れない言葉だから挑戦の人なんじゃ ないかと疑われて殺されてしまうという 事件でこれは実際の事件もそういう流れが あったらしいんですけどでも村人たちが この業商人たちが挑戦の人なんじゃないか みんなで殺そうって言ってその人たちが いる場所に詰め寄るところで何人かの人 たちがいやみんなそんな人を殺してもOK って思うのはおかしいから冷静になろう よっていうのを止める村人たちも何人か いるんだけどその時にこの止める人の中に もさきさんが入っていて私はそこが結構さ という人のこの村の中の微妙な位置が感じ られて好きではありました。でもちょっと それはこの村の中で女性たちが置かれて いる状況とかを思うとあんまりリアルじゃ ないかもって思うところでどっちが良かっ たのかな。こういうキャラクターじゃない という風に描いた方が女性たちの抑圧を 描けたんじゃないかなっていう風にも思う けど、ちょっとこの混乱に常じて自分の気 に入らない村人を他の村人に殺させ るっていう展開に持っていくこともでき そうだっていう風にささんのキャラクター を置かれているんだけどでもさきさんは そうしなかった。そのことが絶対に超えて はいけない一戦だっていうのを自分の頭で 考えて判断して話をする女性だったって いうことが描かれてることがささんという 人の希望だなと思って。この映画もそうだ し前にも話した発酵さんとかもそうなんだ けど1回みんなが間違ってる方向に行き そうになっちゃう。人が死んでしまう状況 に突っ込んでいきそうになったりとか、人 を殺しても受けて状況に突っ込んでいき そうになった時にもうなんか勢い川が流れ てくみたいにそれが始まっちゃったらもう 止められないって思っちゃう人とかそう いう話をするキャラクターって映画では出 てくるけど本当はそうじゃなくて人が決め てることだから止められるはずだからでも 流れを加速させる原因になっちゃうの やっぱり人の発言だったりとかもするから もう勢いづいちゃったらとか周りの雰囲気 がそうだった からって言って流されることを肯定するんじゃなくて、それにちゃんと抗おうとするっていうことの意味を背負ってるキャラクターだなと思って、だから私さんが好きだなと思いました。 ここまで来たらやるしかないみたいなこと とかってよく聞くような言葉だけど、 ニュアンスとしては違うんだけど損切り みたいな概念と似てるところもあるのかな と思うんだけどいつでも踏みとまれると いうかここまで来たらやるしかない悪い 意味でじゃなくていつでもやめれる ギリギリのラインっていうのは常に今そこ にあって今やめようって今やめた方が最 最悪の事態になっちゃったから最悪で突き進むしかないみたいな振り切れ方をしちゃうのは違うだろということを今さんが発言したシーンとかでは特に現れてたと思うんだけど [音楽] さ結構表情も魅力的な人だからそこに注目してみてもらいたいなと思って声に出して言えない時の怒りを目にすっごく込められる人だなアさんはと思ったからその辺りも注目してもらいといいなと思います。 [音楽] じゃ、ネタバレに行きます。 ではここからは完全に全編の話を入れ ながらのびおちゃんと私で印象に残った シーンについて1つずつお話していきたい と思います。まずのびおちゃんどう でしょうか?印象に残ったのは非常用の金 が鳴らされて村人たちが業の一光の元に 集まってきてこいつらはだ。殺せ殺 せって興奮している中、一部の村人がなん とかこの興奮状態を沈めようと説得を試み るっていうシーンが1番印象に残りました 。村長が静止しても収まらず沢田夫妻が 知っている人たちですって叫んでも先が みんなどうかしてるぞ落ち着けって前に出 てもク像がなんとか取り直そうとしても 自分たちと違うものを殺すっていう漠然と した結論が変わりそうにないっていう シーン。1人1人の村人の力はそんなに 大きくないとしても、予想者を殺すって 興奮している集団はもはや大きな波のよう になっていて、個人と個人としては話す ことは難しい状況になってしまっていた。 マジョリティ側にいる人たちが自分たちが どれだけ強い力と特権性を持っているか 自覚せず攻撃に走ってしまう様子を引きの ショットで捉えていることが良かったと 思います。多くの村人たちは自分たちは 脅やかされる側だと信じていて集団の暴力 を震える側互にいるんだということを 分かってない。村人たちの興奮状態は クラ像のこの人たちが本当に日本人だっ たらどうすんだ?日本人を殺すことになる んだぞっていう叫びで一旦は静まりそうに なる。でもそれは日本人は殺してはいけ ない人間だと考えているからであって日本 人を殺すことは罪になるがそれ以外は罪に ならないっていう現れだと思う。その後の 業承人のリーダー格である沼慎介が だったら殺していいのかっていう叫びに 押しだまる村人たちは人を殺すっていう ことについてやっと考え始めたように 見える。結局殺す結果になっちゃうんだ けど。そんで殺した村人たちは結局天皇が なくなった恩社によって釈放されちゃう。 天皇や国のため殺人をやめられなかった 人間を天皇が亡くなったから釈放するのは なぜ殺しまったのか理由を考える機会を 奪ってるんじゃないかなとも思いました。 村人たちがなんで自分たちが朝鮮人を 殺そうとしてるのかっていうのを話す シーンがあるんだけど、この人たちは自分 たちが朝鮮人をいじめてい るっていうことは分かっているっていう話 をしたのが衝撃的でしたよね。朝鮮人は 日頃いじめられてる存在だから絶対仕返し をしてくるからその前に皆殺しをしておか ないと危ないっていうなんか殺す理由に ついて話すんだけどめちゃくちゃマッチ ポンプじゃんって思ってだって最初から そんなことしてなければ殺される理由だっ て生じなかったのにでももう仕返しされる 理由を自分たちが作っちゃったから仕返し される前にっていうのはすごい変な ロジックだなと思ったんだけどこれは イスラエルがパレスチナにしてることと 同じだよねって、この映画の感想で話し てる人がいてすごい腑に落ちてとても 悲しかったんだけど、こんなにひどいこと をしてるからすごく復讐をしてくるに違い ないからすごい復讐が来る前にみんな殺し ておかないとってこんなひどい仕打ちをし てるっていうのを認識してるからこそ相手 を殺す。で、それが正当な自己防衛だと 思ってるっていうのがはっきり描かれる シーンがこの映画ならではのポイントだっ たかなと私は思っている。映画ならではの ポイントっていうか、あまり指摘される ことがないけどでもよく考えたらいろんな とこで起こってるよねって。 別に自分たちが攻撃される理由を作ってるってこと自体は分かってるっていう、もうやっちゃったものは取り返しがつかないからってなっちゃうっていうところがとても悲しかったな。 いじめっていう表現をしたことでグッド 身近に感じられる問題に作品がなったって いうのも周一な例えだと思っていて、これ はいじめられた側といじめる側の話として 見るっていうことも可能なんだと。といえ ば国同士の戦争とかっていうのもその いじめめっていう考え方の延長戦上にある のかもしれないなと思っていて西王劣教 からいじめられる前にいじめる側に回ろ うって思った日本が他国を侵略していっ たっていうのもそういうメンタリティが 根底にあるのかなということを日本 っていう国がやってるなら個人もやっ ちゃってもそりゃいいよねって 思っちゃっても仕方ないかもなみたいな風にも思えて真黒な観点とクロな視点が納縮されているじめっていう言葉はそれもまた印象に残ったなと思います。 この福田村事件の音になってるっていうか 、いろんな人に取材した内容をまとめてる 辻のやいさんという方のタイトルそのまま 福田村受験っていう本があって、今途中 まで読んでるところなんですけど、これに 書いてあったのか別のところで読んだか ちょっと忘れちゃったんだけど日本の中の 朝鮮人差別っていうのは韓国を併合した後 に増えていったらしい。反発される原因を 自分で作っておきながら攻撃してきたって 言って、また反撃に出ようとするって いうのがすごい変だなと思うから反撃さ れる理由になるようなことをどうやったら 止められるのかってことをまず考える必要 があると思います。1回その反撃される 理由が発生してしまうとそれが怖いから 攻撃しようって言って攻撃することの正当 性を持ってしまうと考えちゃう人がいる からまずはそれをとめられるようにする ことが1つ大事なことかなと思ったその後 もちろんできることがたくさんあるけど 思う 危なそうだから殺そう観点に立っちゃうと 再現なくなっちゃうと思うし うんそれはもう印象でしかないっていうか ね形のない恐怖とこ なるから終わりがないよね。 だからこそ事実が何なのかっていうのを はっきりさせないといけないと思うから怖 いって思っちゃうことは分かるけどだから 攻撃していいとか殺していってことには ならないから怖い時こそ事実に目を向け られるようなことをするために新聞社とか のようなある出権力や権利がある立場に いるものは事実をはっきり伝えていか なきゃいけないんじゃないかと思い この時代は新聞社が内省言ってること挑戦人はもしかしたら怪しいかもしんないからみんな自分たちで頑張って対処してくださいみたいな文章が出されたの。そのまま新聞社が報道しちゃったから日本の人がそれを信じてしまったっていうところがあるけど今はますますますますんか出所が分からない情報があっという間に広がり時代だから余計に気をつけないといけないなと思いますよね。 [音楽] 怖がらせようとしてるっていうか負感情を煽ろうとしてそうな情報は警戒してみておく必要があるかなっていうか、 1 個だけで見しないでちょっと裏を取ったりしなきゃいけないよねって思うよね。 今自分で言ったばっかりで恐縮なんです けど、新聞社とか事実を大事にする言葉も そうだし、1番目の前にいる自分の言葉と か向い合ってる人のことも向き合った方が いいっていうことなのかなって。そういう 大きな力とか大きなものに頼る前に目の前 の人間を見ようよって話だったのかな。 話が通じないかどうか怖いけど でも本当に例えば差別的発言をしてくる人に無理に向き合うみたいなことはすごい心を削ってくることだから無理にしない方がいいと思うんだけどただ本当にこの映画でやってたことはあなたが攻撃される側だと思ってるけど本当にそうなのか相手にとって自分ってのは攻撃する側になり得ないのかいのを疑うことが強なって相手が者が被害者っていう固定された関係なのか本当にっていうのを疑う必 必要があるかなって思います。じゃあ、私 からも印象に残ったシーン。薬売りの業の 一向が止まってる宿で天皇について語る シーンっていうのが結構大事なシーンだな と思いました。このシーンがあるからこそ 後にこの一向が日本人かどうかを確かめる ために歴代天皇を言えるかどうかを村人 たちが試すっていうシーンがすごい聞いて くるシーンだと思って。このシーンがあっ たからそれが光ると私は思った。色々と おかしいところがあるわけです。この時代 の関東大審査が起きた後にそもそもさっき のちゃんが言ったみたいに挑戦の人だから 殺していてことは絶対にないわけなんだ けど朝鮮の人かどうかを確かめるために 日本人なら天皇を崇拝してるはずだから 歴代の天皇が言えるはず。日本人なら天皇 を崇拝しているはずだから君が歌えるは ずっていう。そもそもこの前提がすごい 暴力的だよねっていう話をこの映画では 描いてると思っていて、この人たちは被害 にあってしまう薬売りの業の一向っていう のは日本人の人だけどだからと言って天皇 を崇拝してるわけじゃない。それは久別 ブラクの人たちだから日本人じゃないって 意味では全くなくて日本人イコール天皇を 崇拝してるはずだっていう日本人の条件 付けっていうのがもうこの中でされちゃっ てるんだよね。日本語を正しく発音できる はずだっていうことも日本人かどうかを 確認するための資金席として使われちゃっ てる。相手が勝手に保護される対象かどう かを確認するためにその資格を問うって いうことの暴力性がまずものすごい 勝手出しを恐ろしいなっていう風に思うよ ね。私は日本人だけど天皇陛下っていう ことが変だと思う。いつでも無条件で尊敬 すべき対象としての名称を使わなきゃいけ ないって定められてることがもうなんか 人間が平動だとされる前提に全然従って ないじゃんって僕はすごい変なことだと 思うし植民地支配をしてきた歴史が日本に あってでみんな日本以外の国の人たちも 天皇を崇拝するべきだって言って教えてき たっていう歴史があるのに今でも天皇を 象徴として尊敬すべき存在として学校とか で教えてんのは変なことだなって思うから 全然そうは思わないけど、だから私はこの 時代に生きてたらもう真先に殺される人だ と思うわけです。でも一部の人たち、特に 色々な特権を持ってる人たちがこの条件を 満たしてるから日本人だと思う人だけが 生かされるっていうことはもう人権って いうものと対局にあることだよね。特に 最近の選挙は配主義の話がものすごく 広まってる。現役世代じゃない。お年寄 りっていうかもう老人はっていう言い方と かをしてるけど医療費をめちゃくちゃ 食いつしてるからこの人たち現世代とか 子供たち若者以外にお金が使われてる税金 が使われてるっていうことは無駄遣いじゃ ないか。だからそれは削った方がいいって いう現説とかそもそもこの現役世代って 言葉の使い方に問題があってほとんど生産 性がある人たちみたいな意味で使われてる じゃんね。この使い方を広めていったのは どうやら国民民主党らしいんだけど日本 国籍じゃない人の学費とかを支援したりと かするのはおかしいんじゃないかとか どんどん保護されるとか尊重されるべき 対象っていうのを勝手に設定してどんどん 狭めていってるっていうのが今の日本の 状況だと思う。 これは日本だけじゃなくて、今全世界的に広まってる傾向だと思うんだけど、その保護すべき対象を設定してもいいっていう考え方自体がどれだけ 5 万で暴力的なのかっていうのをすごい描いてるシーンだと思うから是非注目して見て欲しいと私は思っています。 さっきもちょっと言ったけど、誰々は邪魔 だとかいらないとかだから殺せとかカット しろって言ってる時は自分はそのカットさ れる対象には含まれないと思ってるから そういうことを言うんだと思うけど誰かの 権利や命は軽いって言うてことは自分も そのジャッジになるということで誰から 切り捨ててくかゲームの始まりになっ ちゃうから もう今すになってるよね状態にでもそれが 本当にのびおちゃんが言ってるみたいに 生きていれば人は絶対年を取っていくし ないことが増えていく中でそういう人たち は生産性がないから役に立たないからお金 を入れる対象としては不適切だって言って いくことは本当に人間を具扱いしと思う 話それるかもしれないんですけど私 はネ用気味 だったので 前のおちゃんすごかったもんね日本のもの から韓国料理 に行くと不機嫌になったりしてたんだよね。 国産市場主義者でしたからね。ただね、東洋与的精神の寄り所である日本人らしさだとかルーツをちょいと調べようと思うとすぐに矛盾に行き当たってしまって分からなくなっちゃうんですよね。 [音楽] だっていっぱい移動してきてるじゃんね。 中国とか韓国とかから天皇だってそういう 話をしてるってつい最近読んだ本で高野 テルコさんの人井ヨーロッパ人生許して 許されてっていう本の旧融ゴスラビアに ついての話をするところで人衆の違いって かみんな元々はアフリカから出発して だんだん別れていた人たちだっていうのに 進仰してる宗教が違うとか話してる言語が 違うみたいなことで争って元々そんなに 違うものじゃなかったはずなのに、今ある 違いで争うのがすごいナンセンスじゃんね みたいな話をユゴスラビアについての話を してる旅先の人と語ってでそこで2002 年のサッカーのワールドカップ日韓共同 開催について聞かれた記者会見で天皇が くだら系のトライ人を天皇家の嫁として 迎えれていた韓国とのゆかり発言をされて いるって書いてあってカ無天皇の聖母が そもそもクの王様の子孫だっていう話とか を天皇自身がしているよみたいなことが 話されてるから日本がアジアの他の国と 全く切り離されている準ジャパニーズ存在 ってすごいファンタジックなものだよって いうのがある中でこれだけ外主義が 盛り上がってのは変なことだと思う 劇中でも人の話になった時に天皇も朝鮮人 みたいな話が出たけどそうだよっていう う うん。全然無関係ことはないだろうって感じですよ。そもそもこういう天皇について突っ込んだ話をしている映画みたいなのがあんまりないから、それも残念なことだが、そういう意味でも似た方がいい映画かなと思っている。 13歳からの天皇星っていう本を読んだん ですけど、その本の中で書いてあることを 読む限り天皇というのは憲法より上の存在 であるから基本的人権が天皇には存在して いないという解釈が書いてあったんです けど、それが日本の象徴だとしたら基本的 人権について考えていこうっていうことを やるのがやっぱり難しいから天皇性は解体 した方がいいんじゃないかとか思ったりは しますね。国の象徴が人権なかったら 1人1 人が人権考えるのってどうだろうねみたいな。 多分無理だよねってなっちゃうもんねみたいな。結構この映画で語られてることから色々また読んだり見たりしたくなることが増える作品だと思います。お互いの気になったシーンの話はこんな感じかな。ではこの作品の問題点だと思うところについてもお話したいと思います。 の問題点は主に3つあるかなと思ってて、 女性の特に性的な描写本当にこれしかダメ だったんですか?問題がまず1つ。そして 2つ目、薬売りの人たちの子孫の人が業承 人の描写が5回を招いちゃうんじゃないか と言っているとこが2つ目。3つ目、反戦 病の人たちの描写が良くないんじゃない かっていう指摘がされてる。この3つに ついてもお話しておきたいと思います。 じゃ、まず1つ目の女性描写について。 良くなかったな。 うん。そのによって特にこの映画がもっと広く見られたであろうことがすごい既されてしまったと思うよね。じゃあのびおちゃんどうですか? なんか映画の公開当時も無駄な性的シーンが多いっていうことが批判されてたみたいなんだけど性的なシーンが入ってるからっていうよりその取り方が特に問題だなって思った。 森監督の話によると、脚本の新井は彦に お前日常を描くのに村人の誠意がないって いうのはありえないだろうって言われて 性的なシーンを入れることになったらしい んだけどAppleていうWebメディア のインタビュー記事にそこら辺のことが 書いてあったのでURLを概要欄に貼って おきます。で、どういうところが問題だと 思ったかって言ったら、馬を買ってた家の 女性と義の父親との間に性的な関係があっ たっていうことを表現するために義の父親 が亡くなった後、その顔に女性が裸の胸を 押し当てるっていうシーンがあったけど、 例えばこういうシーンを入れるにしても 観客から女性の胸がはっきり見えないよう に後ろから撮影することも可能だったと 思うんだよね。そもそも変なシーンだと 感じたけど、取り方についてもシスヘテロ 男性向けのサービスシーンになってしまっ てるんじゃないかって思って、そのことが 女性俳優の負荷になっていないかっていう 風にも感じた。女性の権利が軽じられてい るっていうことを批判的に描けてるシーン もあって、例えば差別的な根拠のない噂話 をその目で見たのかと確めるような人権派 の劇作家であっても家に来たお客さんに 女性がお茶を出すことには無関心である シーンとかデモクラシを訴えている村長が 飲み会えで女性が尻りを触られたりしてる 状況を放置してたり飲み会に参加してる側 に男性しかいないってことには全く関心が ないっていうシーンとかだから余系に義の 父親と義リの娘のシーンは奇妙だと感じた 。どんな作品でも関わる人の人権も尊重さ れるべきだと思うけど、特にこの映画は 尊重されなかった人権の話なんだから、 政策が関係者の人権を大切にすることを 一層意識して欲しかったなって思います。 結構この話はなかったことにされた都合の 悪い歴史をちゃんと記録しておこうって いうことが目的の映画だと思うんだけど夫 がセンチに行っている間に夫の父親と夫の 妻が性的関係を結ぶっていうことはそれが 合意の上だったっていうことはむしろ稀れ なケースだったんじゃないか先中は女性の 人権っていうのが今よりももっとカちられ てた時代だからって思う中でわざとそっち の珍しい双方に合意があったケースって いうのを取り上げてキャラクター描写に 入れてるっていうところもちょっと変な意 を感じて私は嫌だなという風に思いました 。指摘されると都合が悪いってみんなが 思って隠してきたことをあえて描こうとし てる作品なのに女性たちが置かれてきた 不利な立場っていうことについては 見つめようとしないんだなっていう印象を すごく思ったっていうか。これはさっき キャラクターで好きだったさんのところで も話したように結構この映画では自分の 意思をはっきり持って自分の意見を口に 出す女性が何人も出てくるんだけどその ことが書えてその時代に自分の意見を言い にくかった女性たちがいたことをなかった ことにしちゃってるような気もしたから そういうキャラクターが多く置かれてた ことはこの映画にとって良かったのかって いうのは私は疑問を持ってもいます。で、 先ほどの夫がいない時に義の父親と性的な 関係になってしまうっていうことが合意の 上だったのがレアケースなんじゃない かって言ったのは。ただ私が想像しただけ ではなくてつ川は合意してないのに夫の 父親に襲われてしまった人たちが少なく なかったという証言をしている記事を前に 読んだことがあるからです。で、これは 朝日新聞の関連サイトでテリングっていう のがあって、その中の男たちをチぶさだけ をめでるな、脳村女性の行きづらさを 死に込めてというタイトルの記事なんだ けど、この男たちを渋さだけをめでるなっ ていうのは岩手県の農村で育った女性が 作った死のタイトルなんだけど、この地域 の女性たち例えば結婚しない女性はおかし いって言われること、子供を生まない女性 はおかしいって言われることとか、女 ばっかりかケアの仕事も新労働的な仕事も させられてすごく大変だった話とかを死と かに書いて別殺名子っていう文子をこの 岩手の人たちはずっと出してきたらしいの です。で、この文章を出している仲間の 女性たちの中に戦争で夫がいないから 持ち主がいない女は襲ってもいいみたいな 感じで正の被害を受けてしまった人がい るっていう話もこの記事の中では紹介され ています。で、この記事を読んで驚いた ことが夫が出世中の女性に対する性暴力は 泡巻きっていう名前がつけられてたって いうことです。で、泡は湯作の終わった後 に巻く作物から来てるってなんかもうこの 泡巻きって言葉自体が女の人を全然人間と 思ってないっていうか、兵態を作る機会 みたいな風に思われてる感じがするなって いうのもとっても思うんだけど、ていうの と同時にこういう名称が出て るっていうことはそれはもちろん1人の人 がそういう被害に会うことも決して許さ れることではないんだけどもうすごい たくさん怒ってたからこそこういう名前が 与えられてたっていうことだと思うんだよ ね。っていう状況がある中で、この村の中 の閉鎖的な雰囲気とかなんとなく上下関係 がある雰囲気とかを描こうとしているのに なんでわざわざ義の父親と娘の関係をそう いう風に描きたかったのかなっていうのは うん、やっぱりちょっと私は疑問だなと いう風に思っているから夫がいない女性が 道具として扱われてその人の意思が尊重さ れてなかったっていう歴史があることを 是非映画 を見た人には覚えておいて欲しいなっていう風に映画の中で描かれてなかったからこそ思っています。 似たようなシーンで劇場アニメこの世界の 片隅に漫画でもありますがセンチに行く 幼馴染みにも結婚しているすずさんを一晩 抱かせる判断を夫がして2人きりにさせ るっていうシーンが描かれてて主人公の すずさんは元々はその幼馴染みのことが 好きだったけどもう結婚した夫のことを 好きになっていてそうやって自分の判ん じゃないところで物みたいに抱かれてこい みたいにされたこと自体にもすごく悲しい し腹が立つみたいなことをやっててそう いう妻さん側の自立性とかが奪われてもの みたいに扱われるっていうのは割とよく あることだったっていうことだと思うんだ けどあえてそれを描かないことを選ぶこと はとても異的だと感じますね。 女性側が望んでそのことを行ってたっていうのはやっぱり都合がいい解釈すぎんかねって思いますね。 うん。うん。結構今でも成果外にあっ たっていうことをつまさん側が主張しても 浮気なんだろうって疑われちゃって妻さん の側も責められてしまうってことは今でも 起きていることだから本当はこのシーンも この物語の上では妻さんの側に合意が なかったっていう物語にした方がこの村の 中の上下関係とか支配非支配の関係って いうことを立体的に描写する上では良かっ たとも思うから。うん。良くない設定だっ たなって。新井さんが村人の性的な目を 入れないってことはないだろうってことを 言って、このシーンがそうなのかわかん ないけど、性的なシーンを外さない方がい いっていうことを言ったのは物扱いされる 女性側の視点はすごい欠除しているんじゃ ないかなって。性的なシーンを描くところ でリアルな人間みたいなのを描きたかった としたんだとしたら見てない面があるから リアルではないとも思うし色々この部分に ついては都合がいい演出なんじゃないか なっていうのをとっても思います。では次 、こういう意見が新聞に乗ったよという 記事しか読めてなくて、新聞そのものの 記事が読めていないんですが、2023年 12月9日の毎日新聞のオピニオンに 薬売りの人の子孫の人から業承商人たちの 商売のやり方みたいなの描写が不適切なん じゃないかっていう講義が上がってると いうことが載っているらしい。で、この 子孫の方は業承人たちが本当は聞き目が ない薬だけど売ってるっていうことを映画 の中では描いてるけど偽物の薬を売ってた わけじゃないと、当時の薬売りたちは。だ からその偽物の薬を売ってたみたいな印象 をつけることはやめて欲しいってことを 講議しているらしくて、この映画多分森 監督が言ってたどっちかがいい人、どっち かが悪い人みたいにしないようにしたかっ たっていう話をしていて、そのことについ ては納得はするんだけど、もうすでにこの 業商人の一向の1人が自分たちと朝鮮人と どっちが上か下かみたいな話をしている 段階でこの人が自分以外の人権のことも この人がというかその薬売り側の人たちが 自分たち以外も差別されない世界である べきだっていう考えを全員が持ってるわけ じゃないっていうことはすでに描けている わけで私はもうこの描写だけで十分じゃ ないかってその被害にあった人はすごく いい人だったってわけじゃなくてこの人 たちも差別する面があったっていうことを 描いている段階でこれは実際の被害にあっ た方がそういう気持ちを持ってたかどう かっていうよりかは何かの関係で差別され てる人が差別してしまうこともあるよねっ ていうことを反映した設定だと思うから、 例えば指数女性の人がトランス女性の人を 攻撃してしまう。自分たちは女性だから いつも攻撃される側であって決して自分 たちは差別っていうのをする存在にはなら ないと信じてるからトランスを差別して しまってることに気づけてないみたいな ことがあるように絶対にこの属性は差別を しないっていうのが固定されるってことは ないっていうことを描こうとしたシーンだ と思っているからそれだけで良かったと 思うのに商売自体に落ち度があったんじゃ ないかみたいなのを描くのはやっぱり良く なかったんじゃないかなと思ってこの演出 について では私も入れない方が良かったなという風に感じています。 偽の薬を売ってるみたいなのは薬の在庫がまだあるのに少なめに売ってるみたいに弱い立場にいるけどより弱い立場を食い物にするっていうことを描きたかったのかもしれないけど でもそ本物の薬だとしてもそういう売り方をするっていう描写にはできたような気がするよねとか薬売りのリーダー的存在である慎介っていうキャラクターが他の人が自信の後だから商売やめといた方が安全なんじゃないかって言ってもそ それを聞かないっていうシーンを上から 目線で高圧的に話すみたいな演出をしたり するのを入れたりすることでもうちょっと 被害にあった人たちが完璧じゃないって いうことを描こうとするなら色々と工夫 できる場所はあったと思うからやっぱり 商売自体が疑わし物だったっていうのを 入れるのは良くない演出だったんじゃない かなっていう風に思っています。あとは ちょっとこれはどなたかそれを指摘してる のかってのは定かではないんですけど私が インターネットでいろんな人の感想とかを 調べていて反戦病の人が出てくるけどその 描写にも問題があるんじゃないかっていう 話が出てました。さっきの薬売りの リーダーの慎介とのやり取りの時に反戦病 の人があまり言葉を貸さないみたいな ところについても反戦病の人たちは一食端 にされてて1人の人間としてあんまり尊重 されてない感じがするっていうこととか あとは特に手が不自由になったところを 取り立てて強調するような取り方をしてい るっていうこととかも良くないんじゃない かっていう指摘とかが入ってるとこれは 本当にその指摘の通りだなと思うし そもそも反線病患った人たちが置かれてき た教について扱ってる作品が極端に少ない というか、特に話題になっている作品の中 で少ないことがこういう記号化した描き方 になっちゃってることの原因でもあるか なって思ったりもしました。特に反線病の 人が出るシーンはかなり尺が短いから少し しか登場するシーンがないのであれば描き 方はより慎重にというか適切になってない と印象が偏るんじゃないかなと思う。 ちょっと私もまだ全部読めてないんです けど、さっきご紹介したこの映画でも かなり参考にしているという辻のやよい さんの福田村事件の中では薬売りの人たち が反戦病の人に薬を売るみたいな話は出て こないみたい。読んだ人はそう言ってる人 がいて、で、これは映画のために付け加え られてるシーンらしいから、やっぱり余計 に絶対このシーンを入れなくちゃいけ なかったのかなっていうのがまず1つある し、入れるんだったらもうちょっと配慮 するべきだったんじゃないか。ちゃんと 人間としてそれぞれの人のキャラクターと して描くべきだったんじゃないかなとか 思います。そもそも久別ブラクの人が出て きて、たくさんの人が見た映画っていうの が近年の作品では珍しいっていうのもある と思うから、ブラックフェミニズムって いう本を私は最近これも全部残念ながら 読めてないんですけどすごく紳摯な本だっ たからこれも是非この映画を見た方には 特に読んで欲しい本だなっていう風に思っ ています。ということで、この辺りの問題 点についてもうちょっと慎重な演出がされ ていたら、学校とかで見たらきっといい 映画だったんじゃないかなって。もちろん 殺害のシーンはトラマにもなってしまうと 思うけど、こういう事態があったってこと がなかったことにされちゃうとまた同じ ようなことが繰り返されちゃうっていうか 、実際に今も繰り返されてるわけで、最近 もクルド人の小学生を日本側の中学生が 襲ってしまうという事件も発生している から本当は学校とかでみんなに見て 欲しかったんだけどなっていう気持ちが ありますね。 殺害シーに関しては絶対にかっこよくしたり興奮するようには描かないような徹底ぶりがあったようには感じていて 結構引き色で取ってたしね。 国形なシーンというか何やってんだっていう風な目を覚させるというか冷静になるような引きのショットでかなり取ってたから [音楽] そういうマざ志しが性的なシーンにも求められたんじゃないのかいっていう感じもしてますますうんて思いますけどこの作品自体の意義っていうのはとてもあったと思うからこの作品の良くなかったところがよりブラッシュアップされて広く見られる作品が生まれるとい [音楽] なっていう気持ちを私は持っています。 森監督がさっき言ったインタビュー記事で も言ってたけど、この映画の企画を いろんなところに持っていったけど、お金 を出してもらえなかったっていう現実が まずあって、でもクラウドファンディン グっていう手段などを使って映画化でき たっていう道筋はもうできたから皇続作品 というか、また別角度というかそういう ものが増えていったらいいよねっていう ことは思います。 監督自身もそう思ってるのかなとは思うけど、 森監督も結構全部が全部にこの映画納得してるわけじゃなさそうっていうか、自分は入れたかったシーンが入れられなかったとか入れたくないシーンを入れなくちゃいけなかったみたいなことがあったっぽいなっていうのはインタビューからも感じられるんだけど日本の日本のっていうのを難しか科属性の人がノリティを差別するとしての歴史って いうのを特に有名俳優が出て描くっていう 映画はあんまないじゃないですか。新聞 記者っていう映画が前にあったけど、あれ も結構政権批判の要素がある映画だった から、事務所がNGを出してしまって出 られなかった俳優がいっぱいいたっていう のとかも読んだけど、でもそもそもこの 事件自体が千葉県で起きた事件だけど被害 現場には慰例費は立ってるけどなんでこの 慰例費が立ってるかっていう理由が そもそも隠蔽されててあんまり書かれて なかったっていう歴史があるそうでその しばらくした後で経緯も付けした方がいい だろうっていうことで経緯も書かれるよう になったらしいんですけどとにかく隠さ れようとしていた事件を実力のある俳優 いっぱい出てる映画として実現できたって こと自体はすごく意味があることだと思う ので良くないっていうことについては念頭 に起きつつも結構いろんな人に見て欲しい 作品ではあるかなという気持ちです。 じゃあそんな感じで終わります。ບ

【Episodio51】今回は映画『福田村事件』について、徒然なるままに語らいます。

※※ 様々な差別のシーンを含む映画ですが、特に事件当時朝鮮人と呼ばれた人々への暴言や暴行、殺害のシーンが多く含まれる映画です。鑑賞の際はご注意ください  ※※

※※ 回の後半は、多めにネタバレを含みますのでご注意ください ※※

在郷軍人会の登場人物たちがほとんどいつも軍服を着ているのはなぜか/無茶苦茶なロジック「仕返しされることは明白だからそれを防ぐために殺す」/歴代天皇が言えないんじゃなく言いたくない人だっていただろう/ 「粟まき」という恐ろしい言葉も存在していたというのに

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『福田村事件』(2023年製作、日本)

【ざっくり内容&映画のみどころ】

1923年9月1日に関東大震災が発生し一帯がパニックになる中、「朝鮮人が家に火をつけている」「朝鮮人が井戸に毒を入れている」などの流言飛語を鵜呑みにした日本人たちが大勢の朝鮮人を殺した。殺された人たちの中には、様々な理由で「朝鮮人なのではないか」と疑われた日本人も含まれる。本作は、香川県から行商に来ていた薬売りたちが千葉県東葛飾郡福田村で「朝鮮人なのではないか」と疑われ、村人に殺害された実際の事件を元にした物語である。なぜ村人たちは「朝鮮人ならば殺してもかまわない」と考えてしまったのか、制止しようとする村人たちの話を聞かなかったのか?

加害者側の心の動きや生活も丁寧に描かれていることが、この映画の特徴。「日本人」が加害者として描かれる物語は、そんなことがあり得ると信じたくないあまりに視聴を拒否する人も少なくない。しかし、加害側に参加しなければ自分の社会的存在や生命が危ぶまれるような状況でも、本当に加害者になることを避けられるだろうか?被害者を守る側に立てるだろうか?「自分とは違う存在」としてではなく「自分もそうなってしまうかもしれない存在」として加害に走ってしまう村人たちを観て。

澤田智一役は井浦新、澤田静子役は田中麗奈、沼部新助役は永山瑛太、田中倉蔵役は東出昌大、島村咲江役はコムアイ。

監督は森達也、脚本は佐伯俊道・井上淳一・荒井晴彦。

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A PEOPLE / people / 森達也「福田村事件」 https://share.google/R7rgyQUfTjMl8MzSl

※ラジオ内で触れた作品等について、けそがブログで補足する可能性があります。

https://queso-samba.hatenablog.com/

 

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