日向坂46「お願いバッハ!」作曲・編曲 石崎光さん登場!「ヒットチャート挑戦の真意」と「衝撃の舞台裏」をAKB48「君はメロディー」作曲家・成瀬英樹と語る85分【おひさま必見!】

学びの場所は戦いの最前線フレーズを考えてみた [笑い] 参ります。 はい。 学びの場所は戦いの最前線。合同会社主催な瀬秀でございます。 作曲家としては有ミーのペンネームで活動 しておりまして、え、君はメロディAKB 48、そして乃木坂46の全部夢のまま などが代表作でございます。そして、え、 作曲家を育成するゼミもやっております。 合同会社ビゴは作曲家の、え、事務所でも あります。さ、今回ビンゴTV偉大な ゲストをお迎えしております。日向坂46 お願いッハ作曲編局コン 1 位おめでとうございます。石崎ヒカルさん よろしくお願いします。 さっきニュースあのニュースサイトで あの何枚売れたっていうのが出てて おお いやちょっと恐ろしいすね。 Yahoooニュースになってましたよ。 いやも実はそれ見ました。 あ、見ました。 うん。 あ、ヒカルさんって はい。 キャリアが長いんですけど、そのシングルの作曲でヒットチャート 1位っていうのはかつてあったんですか? いや、多分作曲ではないはずですね。 うん。うん。うん。うん。 あの、返局はありますけど、作曲は多分 ないと思います。 ま、膨大な仕事量ですからね、今まで。 いやいやいやいやいやいや。 でもなんかあんまりこう気に気にしてこなかったというか全くそのチャートみたいなことに、ま、そんなに興味もなくて うん。 ていう感じでしたね、それは。 へえ。それがなぜ私のおチームビンゴに入っていただいたのかっていう、ま、そういうところから話していきたいと思うんですけれども はい。はい。 ヒカルさんってそもそも はい。 あの、新潟出身ですよね。 新潟出身です。 音楽はいつ頃始めたんですか? 音楽は中学校 3年生の時に うん。 突然こう、あの、始めたんですよね。受験まっただの時に初めて勉強しないで高校落ちるみたいな感じで、もうドはまりしちゃったんですよね。 [笑い] それまでそのあのうちの姉がピアノとか ドラムやって習いに行くって言われても 全く興味がなくていいみたいなで 音楽番組ま一緒になって見てる別にその 自分が積極的に聞くみたいのも全くなかっ たんですよね。うんふんふん 。自分がまさかをやるなんてもう夢にもま 体育会計だったんですよ。 リトルリーグやったりとかサッカーや、ま、同時に 2 つやってたりとかしてスポーツ少年で、ま、漫画が好きでぐらいな感じだったんですけど全くです。 それがどこから音楽にはまったんですか? そうなんですよ。 それがもうすごい面白いのが、そのビデオデッキにあるビデオデッキ、ま、うちのビデオデッキを再生したらその防意のビデオが入っていて はあ で、そのホテさんが引いてるなんかギターとか姿を見てあ、で、こう電気が走ってこれはギターだみたいな突然なんですよね。 だから自分でも全くそのなんかもう良きし ない感じでで、ま、当然そのギターも買っ てもらえるわけもなく あの古いダンボールをこう 組み合わせてギターを作タブ を買きんやる んだみたいな感じから入ったんですよね。 なんですかエアーギターなら何ダン ボールギター? あそうです。 あの 少女に何が起こったかのあの紙ピアノみたいな。 そういうそっからですね。 そこに6本線引いてま本当に そうです。そフレットを書いて うわあ で番号が書いてあったからタブでこうやってあうやってこう抑えてんだみたいなイメージトレーニングみたいなをしててっていう感じなんですよね。 そっかそっか。僕は1968 年生まれなんですけど、ヒカルさんって何年生まれでしたっけ? [音楽] はい。僕74年ですね。1974 年なんでなさんの6個下ですか? うん。うん。うん。確かに僕の世代で防意はちょうど高校生ぐらいの時で もう同じく衝撃でしたね。 びっくりしました。うん。こんなに面白い音楽があるんだって思って。 [音楽] はい。 そこから入って楽とかにはそっから入ったんですか?じゃあ はい。もうそれでさんの僕やっぱりラジオ でラジオがすごい好きでラジオ聞い、都定 さんのラジオを聞いてたらもう洋っかかっ ててその度りしてもうあの日本の音楽を 聞かなくなったっていうか、ま、そのもう 影響を受けた方々の音楽もま、そんなに 聞かなくなり はい もう洋もう特にブリティッシュロックに もうして なるほどね。経緯でしたね。 ザビートルズとかクイーンとかですか? はい。そうですね。クイーン、ポリス、その辺ですね。まず、ま、 1 番はまったのはもうそこですね。ビートルズ。ま、なんとなく親が聞いてて、ま、なんとなく記憶はあるんですよね。こういう音楽があるんだっていう感じの記憶ぐらいだったんですけど。 うん。うん。うん。うん。 ま、そっからちゃんと聞いたらやっぱりすごい面白くてはまったって感じですね。 そこから高校になったらもうバンド始めてみたいな感じです。 あ、そうですね。 中学の多分途中ぐらいからもうコピーバンドみたいのをギターをま、確か安いのを買ってもらったかなんかしてえっとギターを始めてバンドを多分組んでスタジオに入ってたような気がしますね。 へえ。 はい。 じゃあプロになろうって、新潟からプロになろうって思ったのはどういう感じなんですか? なんかいや、ちょっとよくわからないんですけど、そのギターを始めた瞬間からそのもうプロになるっていう決めてたんですよね。 うん。 もうそれしかないみたいな感じで、ま、それで中学やって高校にも入ってやっぱりもうでも音楽をやりたいから高校をやめさせてくれって親に言ったんですよね。 おお。 なんですけど、親がやっぱ頼むから高校だけは出てくれって言われて うん。 あの、そこ、ま、我慢して、あの、高校には通い切ったみたいな感じなんですけど、もういち早くなんか、ま、音楽だけをやりたかったみたいな感じだったんですよね。なんかだからその信じて疑わなかったというか、そのや、プロになれないわけがないみたいに思ってて、で、ま、ちょうどその頃、高校生の頃に組んでたバンドが うん。えっと、新潟で多分 200 人ぐらいを集められるぐらいのバンドになっていて、 出世早いやん。 そいで、ま、なんかボーカルのやつをかっこよかったりしてたから、ま、なんかそういう 感じだったんですよね。ま、それでバンドで、ま、食ってけるみたいな感じになってたんですけど、高校 3年になったらみんなもういや、うん。 やっぱ東京に行くのはちょっと無理かなみたいな感じで、あの僕だけ出てくるみたいなバンドは解散するんですよ。 そっか。そっか。じゃあ高校卒業してマじしてこちらに出てきて東京出てきて はい。そこから 自してっていうよりはもうなんかとりあえずもう 1 人で出てま行くしかないなみたいに思ってたら当時そのパーソンズっていう新潟出身のリズム隊 ほ バンドでパーソンズがでそのパーソンズのドラムの藤田さんの弟子がえっと高校の 1 個上にいたんですよ知り合ってヒカルお前はどうすんのみたいに言われてあいや東京に行きたいと思ってるんですけどねみたいなこと言ったらあじゃあパーソンズの弟子みた な感じでちょっと一緒にあの手伝ってくれないかって言われて うん。 そこにましそこにレコーディングの手伝いとかま、手伝いって言っても何もできないですから。ま、楽器運んだりとか買い出しに行ったりみたいなことをやってたんですよね。 ま、わゆる昭和でいう坊野をやってたんです。 そうです。 もう完全に坊をやってたんですけど、もう今すぐやめろって言われてそのメンバーにもそう本当にプロミューになりたいんだったらお前はもうこんなことしてる場合じゃないから、 あの、今すぐやめろって言われて、 でもその意味がね、その頃は全然わかんなかったんですよね。その、え、なんで勉強しに来てんのにすぐやめろって言われんだろうなみたいな。 へえ。 はい。 作曲っていうのは高校の時からもやってて、 えっと、そうですね。作曲は高校の頃からやってましたね。 で、 えっと、数曲作ったりはしてバンドでやったりとかもしてましたね。東京でまたバンド組みたいなと思ってたんですよね。 そのために、えっと、どっかの本で読んだスティービーワンダーは毎日曲を作ってるっていうも、嘘か本当かわからないその謎の。 いや、本当でしょ。 ま、本当ですよね。あの、ああいう人たちは。 うん。 それでなんか当時Q20 っていうなんかちっちゃい検査があって 生ハのね、 山ハのあれを買って半年以上は多分毎日作ってたと思いますね。それで QIシリーズって本当に画期的な C検差で あのコードを打ち込んだらパターンを組んでくれるんですよね。こんなちっちゃい。 そうなんですよね。そっからまた自分で組み換えたりもできるし。あれはすごいよくできてましたよね。 そうですよね。はい。9から20 まであって僕70 もめっちゃ愛用してましたよ。 あ、そこまで使ってたんだ。 使ってました。使ってました。使ってました。そうか。そうやって曲貯めていったんですね。 そうですね。ま、貯めてったってよりもその頃もバンドもうまくいかなかったしなんか出所があんまなかったんですよね。自分の中だけでま、作ってて うん。うん。 で、そのバンドもそのメンバー募集みたいな紙当時ま、皆さん誰も知らないと思うんですけどスタジオにメンバー募集の紙があったじゃないですか。 あった。 あれを片っ端しから取って電話してメンバーにあってスタジオ入ってあうまくいかないなみたいなの繰り返していてっていう感じだったんですよね。 俺と同じ青春だ。 あ、本当ですか? メンバー募集って中古レコード屋さんの壁とかにたくさん紙が張ってあって、その下にこう破れるように 5 枚ぐらいこう細かく書いてるんですよね。 しかも個人情報が そう、個人情報バリバリ携帯電話とかその家の電話が書いてあって電話して会うみたいな そのチラシの下破るからこのチラシが人気があるのかないのかまで分かるっていうね。 [音楽] そうです。そうです。もう一瞬で分かりますもんね。取られてるか取られてないかみたいな。 ああ、ヒカルさんもそうやってやってたんだ。 そうなんですよ。全然やっぱりうまくいか なくてバンド組んでも全然うまくいかなく て、あ、もうバンドどうなんだろうなって 思ってた時にそのパーソンズの坊野をやっ た後にまたあの違うミュージシャンから このツアーだけそのローディみたいのを やってくれとか自分のキーボードだけ見て くれみたいなのを誘われてあの とある有名ミュージシャンのこうツアーと かに回ってたんですけどその時に えっと、昔ドリカも叩いてた浜田さんというドラムの方が、あの、ヒカル君、あの、ミュージシャンっていう、ま、手もあるからなんか若いミュージシャンを探してるから、ちょっとオーディションを受けてみないかって言ってくれて。 へえ。 それでそのギターのオーディション、若いギターの子を探してるオーディションに受けて合格したのが、ま、そのサポートミュージシャンの始まりみたいな感じなんですよね。 まずサポートからなんですか? いや、そうなんですよ。だからそれはほんまこんなこと言うのも恥ずかしいですけど、人の後ろで引くなんて絶対嫌だなと思ってて、その楽しみ方も当然わからないし、やっぱ一歩下がってるそのなんか引き立て役じゃないし、 [笑い] 分かるよ。 なんかどうせ好きなことなんかできないだろうなみたいな。もう、ま、分からず屋ですよね。若いから。 あ、そう。そうなんですよ。 でもまあでも笑にもすがる思いでえっと受けてまあ何でも音楽にまつわることだったら何でもやろうみたいな感じでまそこからま、多分それが 20歳とか21とかも20 歳ぐらいだったと思うんですけどが最初の仕事というか だったんですよね え。いわゆるその著名なとこのデビューって誰の仕事だったんですか?ギターだった。 え、と言うと多分 22歳か 23 歳ぐらいにジャニーズのえっと元ヒル現二事の佐藤ひさんっていう方がいてうん。 えっとその方もオーディションだったんですよね。 なんかオーディションがあるから受けて みなって言われて行ったら、まあ1人だけ ギターを探してそこで受かってそこが多分 初のホールツア渋谷公開とかそうそれ クラスのところでやるライブのギタリスト としてま、使っていただけたみたいな感じ で そこだったんですね。はい。でもその 頃まず全然ですよ。 もう自分のそのセンスもスキルももう何もないままなんか若くて可愛がってもらってたぐらいの感じのうん。うん。うん。うん。 あれだと思いますね。きっと。 ただなんかそこにいたえっと今シーナ&ロケッツとか doハワイアンズをやってる住田たけし志さんていうギターの人がいて、その人が全くスタジオミュージシャンぽくないギターを引くんですよ。 なるほど。 あのブライアンセッとかそれこそあのスミスとか おいいですね。めちゃめちゃと尖ってて、 めちゃめちゃ引き姿もかっこよくて、 その人がなんか結構仕事始めた当初もめちゃめちゃ影響受けて、あ、スタジオっていうか、そのサポートミュのこんなかっこいいことやっていいんだみたいなことがなんかだんだん分かってきたんですよね。 [音楽] なるほど。 はい。 それでようやくそのサイドマンの良さみたいなのをなんか改めて実感をしてそこからそのえっとその後にその 3 大目た浜田茂さんって詩人の方がいらっしゃって もちろん存じ上げてます。 本当ですか?そ、その方にももうものすごくお世話になったんですけど、 えっと、若い頃にそこで可愛がってもらってた時にやっぱりその自分がどれだけ好きなことをやるかとか、どれだけ自分の色が出せるかみたいなことをものすごいやっぱし、何も言わないんですけど教えてもらって、そっからそのもう、ま、仕事がなくなってもいいから自分の好きなようにプレイしようって思ったきっかけではあるんですよね。 それが逆にどんどん仕事が増えていくってことになるんですよね。 まさにそうなんですよ。そっから繋がってその後同じレコード会社だった西田ヒのバックバンドになった時にえっとディレクターがちょうど愛子をやってるディレクターで一緒ででそっからあのア子もやるようになったりとかしてってもう本当にだから好きなことをやればやるほどなんかみんなが面白がってくれるみたいな状況でしたね。 わあ、面白い。え、その頃から立バッカー 1本槍りだったんですか?ギターは? いや、それがその立バッカーを使うことにものすごい抵抗があって、やっぱりそのビートルズ風感がやっぱものすごい強いから 強い。強い。 あの、その強さが逆にちょっと逆にひねくれてるっていうか、その ほお、 でも、えっと、あ子のサポートやってるやっぱりでも半年後ぐらいにやっぱり立ばカを引こうと思って はい。 引き始めたらあの僕がま、テレビとかでこう出た時に立憲バカが売れたらしいんですよね。 すげえな、それ。 はい。 それをあの代理店の人に聞いていやいやだったらなんか安くしたりとかあの うん ああのなんて言うんですか携みたいなしてくださいよって言ったりや立憲ばっかもう一切しないんだよそういうのって言われてまでもなんかそういう話をしてくれたりアメリカからこう入ってきた楽器をあの店に出す前に僕に電話してきてくれてあのヒカル君買うよねみたいな言われてなんかデッドストック 2本まとめて買わされたと うわおいいなあ立僕もリケ 最高かですけど、その 気持ちはとても分かります。ひねくれたと言いましょうか。 あ、そうなんですよ。なんかそうひねくれて使えなくて でもそっからやっぱ多分日本で 1 万を持って使ってる男にま、しょうがなくなったみたいな感じで。 なるほど。面白いですね。 そうなんですよね。 そのあ子さんとかあの方のサポートミッションやってる中、 そのご自身のバンドカフェロンはいつ頃結成されたものなんですか? えっと、ちょうど、えっと、あ子やってる途中に、えっと、また別の仕事でそのキーボーディストの渡辺俊介っていう男と知り合って、彼も元々バンドマンだけどすごく上手だからサポートもやりながらバンドを組みたい [音楽] と画作してたんですよね。 なるほど。 そしたらたまたま出会って同い年でめちゃめちゃ馬があってなんかバンドを作ろうと思ってんだけどちょっと参加しないって言われて参加したのがま、ちょうどア子やってるぐらいの時ですね。 で、ま、念願のようやくそのちゃんとしたバンドが組めたみたいな状況でやり出して、で、たまたまそのレーベルも、えっと、ア子の事務所の社長が主催してたレーベルがあって、えっと、当時はだから柴田純さんとか世界一とか あの辺のあの事務所というかレベルだったんですけどね、僕らも。 うん。うん。うん。 で、そこで、ま、やっててなんかあのタワーレコードでインスタとかできないですか?みたいななんか大人にわざとふざけて言ったりかしていやいやいや 50 枚売ったらやれるよとか言っていやマジっすか?じゃあ多分売れますよとか言って僕ら割とその僕もしんちゃんも割と仕事してたから ちょっと宣伝したら割と売れたんですよね。 うん。なるほど。 そしたら新宿のタワれこ70 枚くらい売れてあのインストはできるようになったりとかして。 へえ。面白い。 そうなんですよ。 そっからもうじゃあデビューしなよって言われたんですよね、その時に。 うん。 で、そのレーベルのオーナーがミュージックジャパンと繋がりがあったんで、もうあの、すぐあの、出しなさいみたいに言われたんですけど、でも他のメンバーがアマチュアのメンバーというか、プロでやってなかったメンバーなので、それを断ってたんですよね、僕ら。 うーん。 ま、ちょっと成長期間みたいなにしたいみたいな感じで断って、ま、その時デビューしてしとけばね、良かったですけどね。 いや、そん時デビューして今ないですから。このそうですよね。ま、変わってますよね。それが 本当にね、本当にバンジが馬ですよね。どうなるかわからないですよね。 いや、わかんないですね。そうなんですよ。 それで、ま、調子に乗って、ま、デビュー するみたいな、ま、流れにその後もなって 、で、ちょうどその時もポニーキャニオン でデビューする話になったので、ま、 あいこと、ま、スケジューリングも被る からやめたんですよね。僕らは仕事全部 やめたんですよ、1回。ええ、 それでもう曲作りに専念して レコーディングしてみたいやんですけど、 ま、結局デビューできなかったんですけど かっこえなあ。 いろんなちょっと事情があって、 ええ、 ていうなんか時代でしたね。 20789 ま、そのぐらいですかね、確か。 いや、皆さんあのカフェロン腰抜けるぐらいかっこいいすよ。俺ました。もうヒカルさんに聞かせていただいてね、本当にいや。あの渡辺さんは今こ用手バンドのキーボディ本さんでね。うん。 [音楽] とかさとかま、めちゃめちゃやってますね、色々。うーん。そっか。今でも音信繋がり音楽的なのあるんですか? そうですね。 あの、たまに去年もライブや、久々にやってその時にお互い新曲を 1局ずつ持ち寄って いつもやろうやろうって話をしてるんですけど、なかなかやっぱ 2 人が忙しかったり、そのタイミングがちょっと合わなくてやろうベスト出そう配信やろうみたいなこういっつも言ってんですけどなかなかちょっとやっぱこう手が回らなかったりして 分かりますよ。 停滞してるみたいな感じですね。今は それはヒカルさんが仕事しすぎだからだぞ。 いやいやいや、あのしんちゃんもそうなんですよ。 そっか全然開いてないすよ。ま、でもソロもね、しんちゃんはやってるし。 その辺りからえっとプロデュースっていうのもどんどんやられるようになってと。 あ、そうですね。 ちょうどその仕事をやめて真っさになったところで、あの、ちょっとアレンジをしてほしいとかっていう話が、ま、なんかちょいちょい来て、そこからこうなんかそれを聞いた人がまたお願いしてくれたりっていう連鎖が始まっていう感じですね。 徐々にまたそれが やはりその辺りの、ま、いわゆるアレンジとかの初期の頃で、 えっと、ヒカルさんのその代表作ってか気に入ってる作品ってありますか? でもあれなんですかね。えっと、あ子にもシーナりんごにも勝ったけど全然売れなかった谷口孝志っていうその ああ、 天才がソングライターがいて そっかそっか。あのオーディションっていうかコンテストで谷孝君が勝ったんですよね。 はい。 そうなんですよ。グランプリでもうその 2人を破って優勝したんですけど。 うん。 で、彼のアルバムをマハをちょうど辞めた後に彼のアルバムを一緒に作ったりしてで、それを聞いて結構お願いされたことが結構多くて、ま、それは割と本当のその駆け出しの頃というか なるほど。 はい。 アレンジってそうやって本当にリピーターリピーターでなっていくものなんですね。 そうですね。 きっとなんか、ま、その当時もまだそんなに SNS も盛んじゃないし、なんかもう口コみでなんかあの子いいらしいよみたいに言ってくれたのが、まあ、仕事に繋がってこうあれしたんですかね。 うん。 はい。 僕実はあの同島公平さんのファンなんですけど [音楽] はい。はい。 童島さんってどんな感じで曲作るんですか? 童島君もなんか出会ったのは僕すごい古くて あのそれこそしんちゃんが先にやってたんですよね。ずっと若い頃にしんちゃんがサポートしててで存在は知っててライブを見に行ったりとかあったりはしてたんですけどまさか自分がプロデュースを頼まれるとは夢にも思ってなかったんですけど うん。それは多分なんか吉澤かを聞いて 同島君が多分ヒカル君とやってみたい みたいな感じになったらしくてでもそれが 同島のプロデュースっていうか同島君は 自分でやることに飽きてたんですよね。 それインタビューでも貢してるんですけど、それを、えっと、人に頼むっていうプロデュースをするみたいなその発想がだから同島君はもう全て面白いしね。 はい。 すごい。 なんか気が僕はあった気がしますね。もちろん 1枚だけでしたっけ?1枚とちょっと1 枚半とか作ってましたけど。うん。 とにかくなんか自分のやってることに多分その時の同島君は納得してないし飽きてるし とにかく何か血を入れて変えたいみたいな感じでしたね。めちゃめちゃ自分のことを分かってるし、もちろんだから大さんとかそういうものも全て知ってるし、彼はものすごい才能の持ち主ですよね。本当に デビューもめちゃくちゃ早いですしね。本当 そうなんですよね。18とか19 ぐらいからね、デビューしてて、今近畿キのね、プロデューサーとかやったりしてて はい。いや、だから、ま、先閲ながら私も音楽を自分でやりながら作曲家になるっていうのはやはり同島君とかにはやっぱり見てあ、いいなこのやり方みたいなずっと思ってました。 うん。 いやあ、素晴らしいですよね。 なんかあそこまでだから器にシンガーソングライターなのにあそこまで器用に人に曲を作れる人ってなかなかいないんじゃないですかね。きっと [音楽] 吉沢か子さんがでもきっかけだったんですね。童島さんも いやかもしんないですね。なんかそんなようなことをなんか言ってたような気がしますね。 確か 僕実はその吉沢か子さんのデビュー直前ぐらい、デビュー前ぐらいから、 ま、あの山ハのちょっとお仕事させてもらってることがあって、 で、その マネージャーさんがね、吉田さんの最初のマネージャーさんにスタッフについてたんで、 うん。 一応こうなルスさんも来てくださいよとかってライブ行って音源聞いてひっくり返って はい。 私あなたが あ、ライブ見てるんですね。 何回も見てますよ。 へえ。 魔女の頃。たよ。最初の頃。 ああ、本当ですか? 2 人でライブやってました。 あ、いやいや結構あの魔女キャラの時もしょっちゅ見に行ってましたよ。 あ、本ん当ですか?じゃあ絶対いましたよ、僕。 うわあ。も吉沢か子さん今も最高ですけど、あの初期の頃のあのキれキレのポップ感と はい。 なんかこう人を食ったような。それでも強いメッセージがある曲とだからあれが石崎ヒの仕事だって知り合ってから知ってひっくりやりましたもん。 いやいやいやいや。そんなそんな僕なんか大したあれじゃないですけど。 いやいや、 あれはできないですよ。 いやいやいやいや。人ったような。ま、 いや、そ、それもなんか面白い話でえっと なるさんも好きなウィルコの はい。 ライブを、えっと、フジロックに僕見に行った時に うん。うん。うん。 えっと、そのビルコのライブを見てたギタリストの古川正吉さんって、ま、天才ギタリスト川さんの弟子が、 えっと、森本君て言ってヤハのディレクターだったんですよ。 ああ。 それであ、ヒカルさん久しぶりですみたいな。で、最近何やってんのみたいな言ったら吉沢か子やってて、フィリスペクターみたいな人探してんですよね。いや、俺、俺、俺みたいな話でやるようになったんですよ。 ウイルコを見てなってなかったらそれがあの実現してないかもしれないというまた不思議な縁で 僕あの自慢ですけどウィルコはニューヨークまで見に行きました。 言うてましたよね。 ニックローが前座だったの? いやあ、あれは僕もその音源持ってますけど、めちゃめちゃいい。あの、そんちょうどやっぱあの頃めちゃめちゃいいライブをしてた時期ですよね。僕大好きな時期ですね、ウィルコの。 うん。ま、本当にウィルコはいいバンドですよね。 いいバンドですね。 そうか。で、そこからなんですけれども、いろんな人をプロデュースして はい。 さあ、あの、今日の本題に入りますけど、 本題ですね。作曲ですよね。 はい。 ていうかなんでうち来たんですか?まず まずいや、えっと、そのナルセさん、その僕、ま、 SNS を、ま、割と自分でそんなに投稿しないで、ま、割と見ることが多くて、なルセさんが、えっと、現代的なものからビートルズみたいなもののアレンジができる人を探してますみたいな ツイートをしたんですよね、なさんが。 はい。しました。 それで僕なんか以前からそういう人に対し て、あ、一緒にやりましょうよとか、なん かこういう人探してますとか言って、あ、 じゃあ僕知り合い知ってるし紹介しますよ とか、なんかそういう繋がるのがすごい 好きで、ま、でもそれはえっと誤解を恐れ ずに言うと、えっと好きな人だけに行くと いうか、興味がある人に行くっていうのは よくやってて、そういう人にはもう 押しかけるるっていうこと決め て、それでナルセさんっていう作曲家がいるっていうのはもちろん知っていて、あ、じゃあ瀬さんがやってるんだったら面白そうだな。あれネロ君もいるなみたいな。ネロ君昔仕事でちょっと知り合ってて うん。うん。うん。 それでなルスさんにDMしようと思ったら DMできなかったんですよ。なるさん。 お、マジ? なんか閉じて、閉じてますみたいな。 あ、設定ちゃんと直しとく。直しとく。設定。 そうなんですよ。 なんか解放してるって書いてたくせに全然遅れねえじゃんみたいな感じだった。うん。なんじゃそりゃとか思ったらネロ君がいてそしたらあ、じゃあネロ君が僕繋ぎますよみたいになって繋いでくれたんですよね。なルシスさんに。 かあ。いや、話来た時あの本当びっくりしまして何を言ってるんだろうと思って。え、そんな偉大な人が偉大な人が いや本当に担がれてるのかなって。何かのドッキリ 最初言ってましたよね。 疑ってましたずっと。ま、もしでもヒカルさんがね、ビンゴに来てくれて ええ、 ドッキリでも何でもいいしで一緒に僕の曲をアレンジしてくださるっていうあれで入ってきてくださったんで はい。そうですね。最初の特化がかりはそうでしたもんね。 で、その後なんかすぐに連絡したらメールが帰ってきてすぐ電話できませんかってなる人に言われて でその電話をした時にあ この人は信じ信じ変な話ですけど信じれるなと思ってあのあ是非みたいな感じだったんですよね。 そっかめちゃくちゃ盛り上がりましたもんね。 いや、そうなんですよ。そうなんですよ。 まさか初めて喋ったとも思えないぐらい盛り上がって、 やっぱり聞いてきたものとかがかなりに通っているというのもありますし [音楽] ありますね。ちょっとびっくりしましたね。だから うん。ヒカルさんとは そうですよね。 そこからま、あの弊社からねあのコンペに参加していただくようになって はい。 で、うちのビンゴって、あの、ビンゴって曲から撮ってるぐらい AKB48の初期のね、私のAKB デビューなんですけどぐらい、ま、秋本安泰さんのコンペがかなり多いていうか、ほとんど秋本さんに曲を聞いてもらうっていうための あの 事務所でそこに ヒカさんも自分で曲書いてくださるってことで、え、マジですか?って言って参加していただいた。 そのなんか気持ちはどんな気持ちだったんですか? いや、なんか僕だから本当にさ、コンペに参加するつもりなんか 1mm もなかったんですよね。なんかなるさがアレンジ、アレンジ探してるからみたいな感じで うん。うん。 そのとかかりはそうでしたね。なんかアレンジャー探してるか、あ、やりますやりますみたいな感じで言ってて、でもなさんがコンペに出している。で、ま、それをアレンジして出している。 で、なんか1 番最初の曲でもうキープが来たんですよね。 はい。はい。そうですね。もう それでなキープ来ましたよみたい。あ、そんな簡単に来るんすか?みたいななんか 簡単じゃないのよ。簡単じゃない。 じゃないの? いや、なんかその、その感じも僕分からなくて、 その30 過ぎの時に、えっと、別の事務所に一瞬、えっと、別の事務所の人から、えっと、女優のアンチャーの仕事をやった時に知り合った事務所の方からぺの情報をなんかヒカル君送ってあげるよみたいな感じで送ってもらってた時期があったんですよね。 うん。うん。 で、その頃に、えっと、ちょうど調べたら多分、えっと、 30 局、えっと、当時、あ、 41局、41局、その当時書いてました。 おお。 はい。それは多分もうマイコンペに 1 局ずつ出すみたいな感じで、えっと、当時その嵐とかスマップとか伊藤ゆさんとか割とソニー系とかも多いところに出してその奈さんがちょうどやってた時期だと思うんですよ。 落ち倒してた頃。 そうなんですよ。お話を聞くと。 でもその時出しても別にあの、なんて言う んですか、キープとかもちろんなんかすぐ 来るわけでもないし、返却もあるわけでも ないしみたいな状況だったんで、その コンペのシステムがいまいちよく分かって なかったんですよね。でもそのさっきの 質問に戻ると、えっと、 秋本さん、秋本さんと関わりがほぼなかっ たんですよね。あ、で、ま、あったっちゃ あったんですよ。 えっと、僕がすごいお世話になってるリリーフランキーさんの番組で差原さんのバッグをやるとか ああ、 あの、一応最終回になんかやったんですよ。なんか やった、やった。 あ、そうなんですよ。それに僕出てて、 それが生演奏で本当の最後の最後に行為 するフォーチン空気をみんなで演奏する みたいなリリーさんも出て、で、上田正し さんっていう僕がすごいお世話になってる 人がバンドマスターでいて、で、そこにま 、出してもらったりしてとかリリさんの イベント、ザンジバルナイトってイベント があって、その時にみちゃんが歌うバック を僕らがやったりとか、ま、なんか関節的 にそういう繋がりみたいのはあったんです けど、もちろ もちろん秋明本先生にはもちろん、えっと、直接関わったことはほぼないと言ってもいいぐらいな感じですね、きっと。 うん。それがね はい。 急にというか、もうめちゃくちゃ、めちゃくちゃ曲書いてくださり出したじゃないですか。 はい。はい。はい。 あれのスイッチの入り方ってどういうきっかけだったんですか? それはもう完全にだから、えっと、僕が子供の頃から見たり聞いたりしていた秋本安という巨大なプロデューサー、えっと、日本のエタメを作ってきた第 [音楽] 1任者に うん。 僕のメロディが通用するのかっていうチャレンジングから、ま、興味ですよね。 うん。 あのから始まったと言っても過言ではないと思いますね。それは なるほど。 はい。 ま、言ったらイジャンルみたいな感じもしてるし、ちょっと違う世界に僕はいたので、それがやっぱりこう皆さんの多くの耳に届くポップスっていうものを僕が正面切って作れるのかどうかっていうそのなんか疑問もあったしチャレンジもあったしみたいな感じだったんですよね、最初は。 なるほど。そういうことだったんですね。 はい。いや、でもそこからはと3 月ぐらいでしたっけ? あ、そうですね。3月ぐらいですね。3 週頃だから半年で100 局以上出していただきましたもんね。 そうですね。 いや、もういや、本当にあのすごいなって毎回ビってるんですけど。ええ。 なぜそんなにたくさん書けるんですか? いやあ、分からないですね。 そう。 あ、本当に かけちゃうんだもんね。 かけちゃいますね。なんかでも作り方みたいな、えっと、アレンジとかをしてる時期もあったりすると結局を作るとか感想を作るとか、えっと、対戦率を作るみたいなことを例えば時間がない時は 3日間とかでそれを作ってもう 4 日後にレコーディングしなきゃいけないみたいなのも、ま、あるんですよね。 そうするとそのスピード感とかが求められてクオリティも保つみたいなことを、ま、結構そういうのやり続けていると当然が思い浮かばないからごめんなさいっていうことなんて死んでも言えないじゃない。 それはないですね。そりゃそうだ。 それで多分そういう能力はきっとついていたんだと思いますね。その考えてメロディを作るっていうこと。イントロだとしてもそのメロディとか じゃないですか。そこには変わりないので 、それをこう作るボキャブラリーみたいな ものはもうすでに多分持っていて、 あとはだからその 何を作りたいかとかコンペシートに来た ものに順ずるのか順じないのか自分が投げ たい球は何なのかっていうことが大体その 何種類か思い浮かぶんですよね。 で、それをとりあえず作って投げるっていうことを、ま、やってるだけというか。 なるほど。 はい。 そのビンゴって、ま、 4 年経ちまして作って会社ね、最初は本当にあの はい。 ポンコツが集まってね、あの、僕がコンペいただけるようになったんで、みんなにそれをシェアして、で、曲作り方とかみんなおっちゃんなのにわかんないから、みんなで聞き合ってこうダメ出しとかお互いし合ってたんですよ。 はい。はい。 それがちょっとずつ増えていって人数がでもうその文化はずっと残って なんせ平で1番辛いのって1 番辛いのってその出して反応が全くないという そうですねその気持ちはだから僕もさっき言ったように分かりますね。 めちゃめちゃ なのでみんなであの曲を聞き合ってもちろんセキュリティはちゃんと絶対内緒だぞお前らってなるんですけど でもそれが守られるのであればお互いしっかり聞き合ってっていうのは絶対いいことだと思って人のデモを聞くのが 1番成長につがるって僕思ってますし そうですね僕が多分続けられたのはそこかもしれないですね。 [音楽] その、えっと、あんまりビンゴのこと褒めたくないんですけど。いや、嘘ですけど、あの、なんて言うんですか?その、もうね、そじゃないですか、その身内をあまり褒めるみたい。 分かりますよ。 でも、ま、冗談なしに言うとやっぱりそのみんなが作って、みんなが評価してこの場って結構やっぱありそうでない?ないと思うんですよね。ないですよね、そんなの。 うん。ちょっと聞いたことある。 これがはい。えっと、めちゃめちゃいいなと思うんですよね。 [音楽] いや、そのゼミとかね、あの、学んでる人とか、ま、ビンゴのなかなかうまくいかない作家たちの中で ヒカルさんの曲もみんな聞かせていただいてみたいな。 で、もうもちろん僕も曲書いてみんなに聞いてもらえますし、 その中でね、あの、アドバイスを頂いたりとか本当にめちゃくちゃコミットしていただいていやいやいやいやいやいやいや、もうそんな偉そうにね、もうその折りコン 1 取ったことないくせにもそんな言ってこれからね、大デ振るって言いますからね。 そうやな。オりコン1 位取ってから話そっかっていうね。 そうそうそう。ま、冗談ですけど。 たんですけど。 いや、 でもなんかそういうそのいや、でも本当にゼミの曲を聞いてもめちゃめちゃ勉強になるしる。 そのえっとここがいいとかそういうなんかこの前言い忘れたんですけどやっぱ秘表性って大事だなと思って、 あの誰かの曲を聞いて自分はこう作るとか自分はこう思うとかっていうことを多分ゼミの皆さんもそう思って欲しいっていうか [音楽] うん。なんかなるさんの曲にしたと、僕の 曲にしたってきっといや、ここはちょっと なんかこっちの方がいいんじゃないのって 思って欲しいっていうか、それでこそなん かオリジナリティとか出ると思うし、 もちろんその基本的なラインでナルスさん の曲とか大ちゃんの曲とかもう素晴らしい のはもちろん大前提としてあるけどこの前 みたいなあの1局だけどもう1曲も打作 みたいなそれすらもその冷静に読んで ほしいみたいなそれ僕も当然ある し、なんかそういうところってすごいもう同一戦上だから うん。 人しくなんか評価できた時にきっと自分の曲も評価できるようになると思うんですよね。これがいけてないってことがやっぱりなんか分かってくるっていうか、 そこはすごく大事だなと思いますね。 分かります。あの、ゼミに教えて、あの、初心者であればあるほど、 え、ブラッシュアップを嫌がりますね。 あ、 もう顔に出るんですよ。嫌ですって。 そうですよね。だって大事ですもんね。なんかその自分が作った曲は、ま、そのプロのシンガーソングライターとかもそうだし、やっぱり手を加えられたくないっていうことはもうもちろん分かるんですけどね。 うん。 でもそれって 多分、ま、例えば僕がプロデューサーだとしたらプロデューサーを倒せなかったらまずダメだと思うんですよね。 1 番最初のリスナーをすごくいいって言わせないとダめていうことは、あの、きっとそこまでに達してないっていうことの答えにも 1個はもちろんような気がしてて うん。うん。うん。うん。うん。分かります。 はい。 その ビンゴでみんなで聞き合うその文化の中でたくさん曲を出していただいてもうバンバンキープ取ったりしていく中で今回日向坂 46のお願いバッハ 決まったんですけどもそのお願いバッハ作った時の感じ教えてください。 [音楽] いや、あれもあの時のコンペも多分 4 局出してたんですよね。その曲に対して。 はい。それでビンゴの B1グランプリで1 位を取ったのは実は別の曲で もう曲の方ですよね。 そうなんですよね。で、僕は結構そっちが気に入ってたっていうわかる。 [笑い] いや、もちろんあのお願いバッハの元局となるやつも気にめちゃめちゃ気に入ってるからま出してるんですけど、意外でしたね。 その選んでもら、ま、選んでもらったことがまず意外っていうか、そのなルスさんから電話がかかってきて、 あの、ヒカルさん、あの、 同時ないで何でしたっけ?同時ない。うろえないで聞いてください。 コンペを出して多分10 日後ぐらいですよね。きっとその電話をもらってびっくりしましたね。 嬉しかったですね。 嬉しかったてか、ま、僕は信じてなかったんですけど、あの、今でも言いますけど、 分かります。この世界最終版が出るまではもう喜べないぞと。 そう。はい。もうそうそうですね。 うん。 なんかでもその時作った気持ちというよりはでもやっぱり毎曲そのこういう曲を歌ったら面白いんじゃないかとかなんか狙いみたいなところはやっぱり入れたいなとは思っていてやっぱり剃ったものというよりよりはどっちかてういとこの作品が彼女たちが歌ってくれたらこうなるんじゃないかとか そういう方向で考えているものが多いのかもしれないですよ ね。 アレンジはどう、どんな感じでした? はい。アレンジもいや、でもなさんも知ってると思うんですけど、最初からほとんど変わってないんですよね。あの、形としては。そ うね。 なので、もうほぼでも出した時点でアレンジももう 8割型もできてる状態の ままだったので、 ま、何にも考えてないっていうんですかね。 あ、ワンコーラスでデモって最初出すものですからね。 そうですね。 ワンコーラスであ、これいいねってなってフルに伸ばしてくれってなった時に私の記憶が正しければ フルサイズになった時にあの Dメロ はい。あ、 大さつきましたよね。 はい。 で、そのついた大さがあまりにも素晴らしくて ああ、言ってくれてましたよね。 びっくりします。僕あの気が弱いんで、あの言われてないことは出せないんですけど、 何にも何にも提案のない中、ひさんをしからあの D メロ付きでドンと出てきたじゃないですか。 はい。はい。 うわあ、かっこいいって思って。 [音楽] ええ。に あれはもう日向坂 46の研究の成果ですよ。 あの逆に言うと そうなの?ヒカルさんめちゃくちゃ研究しますからね。 はい。もう調べ尽くして、あの、野村一郎 6 の曲とか、ま、それこそ最近のシングルとか、ま、他のグループの風潮とか うん。 そういうのをえっとあ、こういう感じで作ってるんだ。なるほどなるほどみたいな感じのフォーマットでは、ま、寄せ、寄せたって、え、あの、悪い意味じゃなくて、えっと、そっちに持っていたという うん。 感じはあり、あるかもしれないですね。 わかります。あの はい。 つまりこういうことでヒカさんは確かに今回めっちゃ大ヒットすぐ取ったけどそこまでにあの普通の作家だと 23年かかる曲を はいってやったからこそ取れたわけ。つまり三振っていうかね、あの空振りもたくさんしてるんですよね。 いやいや、めちゃめちゃしてると思いますし、なんかこう曲を出して、ま、キープっていう連絡が来るんですよね。最初にキープお願いしますみたいな感じで はい。 キープが来る曲の方が少ないじゃないですか。も、そのビンゴのチームでもそうだし はい。 なんかそう考えたら、ま、それを負けと言ったらでもおかしいのかもしれないですけど、ま、そこには受からなかったっていう悔しさはね、もう当然あるわけで ありますね。 ま、でもなんかそこが利一体じゃないですけど悔しいけどでもそのそんなこと言っててもしょうがないし うん。 次作るかみたいな 感じってか、まずもうそれしかないですよね。 そのだから今回その日向坂 46 さんに採用していただきましたけどなんかでもいいやいやたった [音楽] 1局じゃねえかみたいな おお ていうこうなんか自分の中であるしいいや次決まんなかったらもうお前全然意味ないからなみたいな感じってなんかどこまで行っても多分ずっとあるっていうかどこまで行っても自分すげえなとか何枚売れてるからってその僕の力だなんて 1mmも思えない し、もう本当になんかそういう感じです。もう気持ちとしてはも正直なとこですね。 痛いほど分かります。本当全く同感ですね。まだまだ全然なんか俺もう ヒット欲しいなって思ってます。今も ね、もうなるさんもね、そういう経験をもうしてるし、もうミリオン行ってるしっていうのがあるじゃないですか、やっぱり。 [音楽] うん。うん。 それはなかなかま、でもあれですよね。 そのやっぱり作曲したいとかなんかちょっとやってみたいっていう人はこれもう本当になんかあのもういいこと言うのやですけどやっぱもうゴに入るべきだと思います。マジで ありがとうございます。 これはあのちょっと入ってみたら多分すぐ分かると思いますね。その良さとかあのなルセさんとこうやり取りできるとか聞けるとかま僕でもいいですし うん。 なんかそれってやっぱり貴重なことなんじゃないかなってすごい思ってるんですよね。それでどうやった作曲かなるかとか作り方を教えてもらえたりすることって なんかいや、僕世界があるって正直あんまり分かってなかったんですよね。作家の事務所があるとか。 なるほど。うん。うん。うん。うん。 はい。 あの、ま、ちょっとビンゴは多分特殊だと思うんですけど、そう、聞き合ったりとか、あの、もちろんね、明さんのとこもあるし うん。 杉山さんとこもあるけど、なんかそういうところが存在してること自体僕はちょっと正直やっぱりそんなに知らなかったっていうか。 うん。ふん。ふん。ふん。ふん。うん。なるほど。 でも結構あ、興味があるなっていう人っていると思うんですよね。そのなんか踏み出せない人っていうか。 うん。うん。うん。 でも本当におお勧めするってこんなこと言ったらね、嫌ですけど。 [笑い] いや、だってなんかもう嘘臭いじゃないですか。そのもう僕らがね、僕ら自身を褒めてゴに来てくださいよってね。なんかすごい嫌だっていうか。 そうですね。 でも本当めちゃめちゃあの実はもう僕あの 1 人相談されてどっかいい事務所ありますか?いやもう絶対ビゴがいいよって 1人あの言ってる子もいるぐらいの ありがとうございます ことなんですけど 嬉しいです い 本当に僕自身あの秋本安さんにね 2007 年ビンゴという曲で拾ってもらってそこからメハがついてなんとかこうやって作曲でやれているので その秋本さんていう人がすごく広くチャンスをね、あの、与えてくださる。ま、だって何のもなかった僕のようなおっちゃんを拾ってくれたわけですから。 はい。はい。や、ま、僕だってそうですよ。そういう意味では。 いや、でもあのコンペってシステムってあのちょいちょいなんかディスられたりもするけどなかなか公平で僕は面白いしチャンスあるなって思ってますね。 はい。そうですよね。 そのだからコンぺにも文句言うんだったらやめればいい話って言うかな。 おっしゃる通り。 うん。 なんか本当にそういう意味で、えっと、や僕がすごいとかじゃなくて、その時にフィットしたものを秋本先生がもちろん使ってくれたっていうその大ラッキーみたいなことがやっぱり起こる世界戦ってやっぱめちゃめちゃすごいと思うし [音楽] うん。うん。うん。 あの、もちろんそこで受からないことが全てではないけど、なんかでもきっと挑戦して結果ってやっぱり出るし うん。 なんかチャレンジする価値はあると思いますよね。その音楽人としてもそのコンぺがダメとか受かる受からないだけじゃなくてなんかそういう世界はあるんじゃないかなと思ってますね。 いや、すごくわかります。 ただその現代、ま、風潮として例えばトラックメーカーってトラックを先に作ってメロディを載せますみたいなのも結構、ま、コライトであって僕もよくやったりもするんですけれども、 ヒカルさんの場合って例えばこのお願いバッハの特りはトラックですか?それともメロディから作ってい? いや、もう全部メロディですね。 全部 はい。あの、全僕がい、この世に多分出し てる、ま、9.9 0ぐらい。ま、たまにそのループとかそう いうこういうトラックを作りたいっていう リズムだけ流すことはもちろんあります けど でもほとんどもうメロディだけですね。 あの、サックスです。あのスーパーの ダサい寝色のサックスあるじゃないですか 。 どんないい曲もいい曲に聞こえない。あの 、サックスで作、僕。 へえ、そうですか。そんないい曲もいい曲も それでいい曲に聞こえたらすごくないですか? え、絶対そうなんですよ。 そうなんですよ。それで僕あの自分を試してるんですよね。あ、 なるほどね。 それとピアノだけです。ピアノとえっとサックス。ま、あとたまに、えっと 1/1 ぐらいギターをちょっと引くか。でも、ま、曲を作る時ほぼ使わないですね。 あの、よく若い方がうちにデモを送ってくださるんですけど、もうイントロとかトンちゃんトちゃんってかっこいいんですよ。トントントンみたいな。でも歌に入った途端にむと、あの、 お、 メロディはどこに行ったのっていうようなのが ほとんどで、で、そういう方に連絡さるともうやっぱ連絡帰ってこないんですよね。あの、コンペに出せるクオリティにはまだ足してませんっていう。 ああ、なるほど。うん。 逆に引き語りでも何でもいいからメロディが強、歌詞が強い人だったらどうとでもやっぱなると僕は思ってて。 そうですよね。 うん。だ、ま、ヒカルさんの場合そこにこうあのアレンジの味付けをしていくじゃないですか。 はい。 ね。 そこもちょっと詳しく聞きたいんですけど はい。 まず どのぐらいの時間であのファーストでもお願いバッハ作れたんですか?多分今日僕初めて自分が 1 局何分で作るのかっていうのを測ってみたんですよね。 はい。 そしたらえっとちょうど1時間でした。 えっと、その前にメロディができてるんですけど、直しを入れて 1 時間でメロディは一応完成したという状況に持っていって [音楽] うん。うん。うん。 アレンジは多分あの時間次第ですね。多分えっとあれをするにはでも [音楽] 2 時間とかなんですかね。きっともしかして [笑い] 淡々と怖いこと言わないでください。 いやいやいやいやいやいやいや すごいなあ いつもだから後回しなんですよ本当にアレンジはあの最終日とか最終日の前の日に時間が取れる時にえっとそこまでメロディとコードとかその歌詞とかを練っていて本当に提出日とか提出日前の時間のある時にえっと時間があるだけアレンジをするっていう うーん 感じなんですよね。だ本当に時間をかけてないんですよ。 アレンジは なるほど。そういうことか。もう締め切りまで頑張るってことです。アレンジに関しては。 そう、そうです。もうあのなんなら時間もちろんちょっと提出遅れさせてもらう時もあるのは完全に間に合ってないっていうそのなんですかやりたいことがあるんだけど間に合わないからちょっと遅れますみたいなっていう状況がなんか多いかもしれないですね。 なるほど。はい。 ヒカルさんは音楽教育っていうのを受けたことはあるんですか? えっと、もうほぼないに等しいですね。 1 番最初にえっと ギターで言うとえっとギター始めたばっかりの時になんかよく分かってないから習いたいって言うじゃないですか、子供って。 で、一応僕も習いたいって言ってヤハのギター教室に行ったんですけど、先生のジャンルが違いすぎて、あの、僕が、え、これってどうやって引いてるんですか?て先生に聞かせたら、うん、わかんないねって言われて、あの、すぐやめました。その体教室。 [音楽] どんな先生やねん。 なんかジャズ、ジャズの先生で なんかでも一応ロック担当みたいな人なんですけど。 へえ。 全然わからなくて。 うん。うん。 で、その後に、えっと、またこれもちょっと特殊なんですけど、えっと、ヤハ、そのヤハミュージックスみたいなと音楽教室の中にバンド教室があったんですよ。 [音楽] ほいほ。 で、そこにえっと、ま、どういう流れだったかわかんないですけど、そこに入ったんですよね。そしたらそれは、えっと、ギタリストもいればベーストもいて、ドラマもいて、その人たちがあっと走をする、えっと、レッスンみたいな うん。うん。 で、そこで何を教えるかって言うと、呼吸法なんですよ。 ええ、 あの、 息をどこで吸って吐いて、あの、出すかとか ああ、なるほど。 こういうもうあの、なんちゅうんですか、もう宇宙的な人で。 でもその先生から実はプロが 3 人ぐらい出てんですよ。僕が知ってる限りでは。もう著名な、えっと、ドラマの方とかギタリストの方とかプロが出て ふーん。うん。 あの、それがそこで習ってたのは記憶に深いですね。テクニックとかじゃないんですよ。もう ちょっと待ってください。ということは はい。音楽的なことですよね。 もうほぼだってあのお願い馬ハの流レナーストリングスアレンジとか はい。 ああいうのってのも全部独学でやってきたってことですか? 独学です。全く習ってはいないですね。 へえ。あの、スコアを見て 勉強したりとか、ま、嘘ついて僕ストリングスかけますよって言って、あのディレクターに言って、あの、美オーラの学府がアルトフなんですけど、それすら分からずに譜面を書いて、あの、ストリングスの人に怒られるみたいなやりながら やりながらですよね。 やりながらなんか僕はもう叩き上げであの覚えていったみたいな。ま、自分で本も買って読んだりとかしてっていう感じでしたね。 独学ですね。僕その思い返すとやっぱり例えば曲を作るにしても僕今でもあの作曲初心者の本とか読むんですよ。 あ、読みます。読みます。全部 全部買いますよ。 読みます。そうすよね。 漫画のやつとか はい。 ラノべみたいになっての最近のやつ結構役立つことあるんですよね。 ありますよね。あ、なるほどとか思ったりしてる。その手があったかなるほどなっていうのは結構ある。 いや、そうなんですよね。なんか耐えず なんかそういうものを探しているし、なん か行き詰まった時って結局何か答えがある ものをすごく探すんですよね、僕は。 やっぱりそうすると結局理論とかあの法論 にどり着いちゃったんですよね。はい。 そうすると、あ、じゃあそれを勉強しない手はないなと思って勉強し始めたらあら、不思議そのことがスムーズに進むみたいな。 ああ、そうか。 はい。今まではそのなんて言うんですか?ドレミファソラシドでそのダイヤトニックコードって言って 7 つのコードがあって、ただワ音が積み重られてるだけだっていうことすらも なんとなく曖昧で例えば 20 代の頃進めていたことがあ、そうか。 なんでこんな簡単なことに気づかなかったんだ。あ、もう理論であるんだ、それは。みたいな なんかもう目から鱗っていうか。 分かります。 なんかそうですよね。コードも僕あの話戻るんですけど、 19 歳とかの時にスタジオミュシンやった時にコードも僕知らなかったんですよ。 FもA も知らなくて、あの、面渡されてわかんないコードがあった。 トイレに行ってコード府見て、あの、戻ってきて引けますよみたいな顔して引いてるみたいな。もちろん当然不明も読めなかったし。 なんか割とそう行き当たりばったりな感じで。 あ、でもやっぱりこう例えば仕事が増えたら曲覚えきれないじゃないですか。もう何十局、何十局あるからそれで不面を覚えたりとか、 もう必要に迫られてなんかそういうことがこう積み重なってきたみたいな感じですよね。 多分 やっぱりそうですよね。あの [音楽] お願いバッハが出て はい。何か状況変わりました?周りの これ沢っていう女の子のついに武家に立ったんですけど、その武道館のライブを見に行った時にそこであったミュージシャンにいや実はなんか日向坂のも決まってる人たらマジでおめでとうみたいななんかそれいっぱい言われておめでとうって言われるんだみたいな。 [笑い] おめでとうですよ。日向坂の表題ですよ。 はい。 すごい。 なんかど偉いことなんだなっていうのは、あの、周りから来ますね。やっぱそのコメントにしてもその TwitterX のポストに対してめちゃめちゃバズってくれてたやつとかもやっぱりなんかすごいんですねと思いました。 そうか。その うん。 僕もエゴさっていうか色々調べるの好きなんでヒカルさんの昔からねあのあ子さんのサポートやられてる頃から見てるヒカルがまさかみたいな人もいらっしゃったりとか なんか本当に評判が良くて僕もめっちゃ嬉しいんすよね。 いやもう本当ですね。 あの、なさんにね、最初言いましたけど、あれ何でしたっけ?発表、題名が発表して、 え、お願い番が当てたら、ま、全炎上してて、 僕もその頃はね、まだあの Twitter っていうか、そのリアルタイム検索みたいなの見てて、なるさん、あの、炎上してますよみたいな言ってて、 タイトルで炎上させるってすごいすねみたいな。お願いばカってやばいっすねみたいな言ってて、 で、その後なんか曲が あれでしたっけ?曲が出たんでしたっけ? はい。 曲が出て、あの、リアルタイム検索エゴさを僕はやめるってなるさんに連絡して 割となんか新辣なねことも書いてあったりとかして うわあ、めんどくさいと思ってうわ、それ分かります。 なんかアレンジが良くないとか書いてありましたね、最初。なんかもう知らんがなみたいな。 [笑い] すごいすごいですよね。 なるほど。 いや、すごいですよね。それでなさんに言って、あの、いいやつだけ教えてくださいって。 いや、でも本当にMV の発表ぐらいからもうものすごい評価がうナぎりで はい。 やっぱり全てのアートがミックスされたものなんですよね、きっと。アイドル文化って。 いや、そうですよね。なんかそ、それ以降だから僕もえっとリプライが来るじゃないですか。 リプライが来るのをこうやって薄めで見てたんですよ。こうやって。うん。 あの、よく良くないやつを避けるために こうやって薄めで見せてる。そしたらなん かやっぱりそのすごくなんかこ今の兄弟局 は今までの中でも1番好きですとかそう いうこうメッセージをあのお日様の皆さん がくれてあんた なと思ったりすることもやっぱり増えたり とかしている感じですね。 お様の皆様、私も有名義で骨組だらけの夏休みと曲を提供しておりますので、 これもつかをヒカルさんとね、撮るもう はい。是非 お願いバッハの はい。 歌詞すごくないすか? いやあ、ていうかもうやっぱりそのタイトルもアイデアもそうだしやこれちょっとね、話していいのかわかんないですけど、その僕のうん。 曲を、えっと、若本先生が聞いてくれて、そこから、ま、着走を得てバッ破ハになって、で、ま、 G 戦上のアリアっていうことになってるっていううん。 ま、流れを僕らはね、教えていただき、 そこにこう協力していて、それをやっぱり その落としどとか方向性とか そこにこうやって落とすんだみたいなこと がやっぱりなんかもすごすぎるなと思 すごかったですね。はい。うーん。そこで だってバッハを投げようまずその文人は やっぱ思わないじゃないですか。そこに 思わない。 それをああいう風な恋愛の形にしてバッハを落とし込もうとするっていうこと自体がまずちょっともう土変態にしか思いつかない [笑い] 褒め言葉ですよ。 はい。もう褒め言葉ですけどやっぱりなんか体制を荒がってきた人っていう そうなの 秋本さんそうなんですよね。 そういうその自分が真ん中にいるつもりじゃなかったけど、こういつの間にか真ん中に来ちゃったけど、昔からそうやってその体制に荒がって荒がってこう面白いことをしようとしてきた人だから僕もいろんな本を読んで 見ましたけどやっぱりなんかそういうところてすごくやっぱり大事だし音楽業界にいるとちょっとそういうところがなっちゃう嫌いが僕も気をつけてるんですけどなんかそこに思い切ってやっ ボールを5 速起を投げるみたいなことやっぱりなんか本当忘れちゃいけないなっていうのを今回も改めて思い知らされたというか よくわかります。 はい。 秋本さん自身がものすごく音楽がお好きですよね。 そうなんですよね。 ホラムもやってましたもんね。 うん。そうそうなんですよ。 あの、自伝的小説で ハッピーエンドの あのコピーバンドのドラマをやってる設定になってて、 マジか。 ああ、 ハッピーエンドラムって松本孝志さんじゃんってなって、 秋本さん、松本孝志さん好きだったんだて震えましたよね。あのサラバメルセデスでしたっけ?あれ読んだ時。 はい。 だから音楽をテーマにした曲って時と君メロディもそうですけどはあ、そうですよね。 本当になんか、ま、我々もミュージシャンですし、音楽大好きですから、そこがすごく染みるし、そこに恋愛のあの、ちゃんと色をちゃんと落とし込んで、しかも本当に不なんですよね。エバーグリーン。 そうですね。でもかと思うとその別の曲で僕がもう本当にその高速級投げた曲があるじゃないですか。まだもうね、勝もちろん言えないですけど。 うん。 その僕がもう本当に気に入ってて、こんなのもうどう聞いてくれんだろうなと思ったらキープしてくれたりとかするぐらいのやっぱりすごい分かってるんだなと思ってちょっとビビりましたね、その時は。 いや、本当ね、あのゆみ、ゆみ石崎コンビは本当夏ぐらいね、あの、また別、別でこれまだ全然言えないんですけど、あ本さんのすごさを知りましたよね。もっとね。 そうなんですよ。 もう本当にこの人はすごいなあって思いました。これなのっていうね。 いや、本当にだから、あの、別にね、なんか仕事が欲しくて褒めてるとかも全然そんなことじゃなくて うん。 もうマジで知れば知るほどやばい人だなっていうのが本当に実感しますよね。やっぱり あの、本当嬉しいです。そう言ってただけて。 うん。 本当にロックポップスケバンド畑の方がこうやってね、あのようこそです。本当に。 いや、いや、本当ですね。いや、あの、そうですね。 まさかね、こんなそうなル瀬さんは、えっと、皆さんに言いますけど、な瀬さんはやっぱり僕が最初曲を出してた時からもうすぐにもうやっぱもういいよ。 すごいいい曲だから、もうヒカル君すぐ 行けるよみたいな。もうずっと最初から 言ってくれて、ま、でも僕はもう信じてな いっていうか。いや、もちろんだからな瀬 さんが結果を出してきてるし、瀬さんが 出してくれる評価だから心憑性はあるに 違いないじゃないですか。だけなんかそれ になんか調子にも乗りたくないし、 ま、最初から言ってくれてたなっていうの はもうめちゃめちゃ覚えてますよね。 本当に そうですね。 僕らそのみんなでビンゴのあの聞き合い会 B1 グランプリつってね、あの投票とかお互いして順位までつけたりなんかして で、その次の日に必ず僕が全局 あの1 回ね、あの全局評論するっていう配信をみんなだけに 見せて見てもらうんですけど ヒカルさんにはいつもそれすごく楽しみにしていただいてて いやめちゃめちゃそいやそれもだからこれから入る人とかゼミの人とかにも言いたいです けどあの振り返やっぱりその B1 グランプリがあってその場で皆さんが一瞬じゃないですか? 1回しか聞けない。ま、あの 1 回っていうのはちょっと語弊があるけど時間内でしか聞けなくてその曲をもちろん当然皆さんがもらえるわけでもないし その時に評価してその時のインスピレーションで評価を下しているけれどもさらにナルセさんの評論が入ったことって僕もう 1回考えるんですよね。その曲について。 うん。 あの、ゼの曲をなんでこうなんだろうとか、どこがいいんだろうってことを 2 回思うんですよね。それってめちゃめちゃ勉強になってて、それがあの、自分が褒められることがあの、嬉しいんじゃないですよ。 [音楽] あの、それが欲しくて、あの、配信楽しみ してるわけじゃなくて、そのなんか1日 経ってのリアクションとか冷静になるさん はこう思ってるみたいなことを聞けるのが すごい楽しくて、で、なさんはこう思っ てるけど、もちろん僕もえっと、そう思う 時もあるし、いやいや、僕は全然そうは 思わないっていう時もちろんあるし、なん かそれすらもすごい楽しい感じなんですよ ね。やっぱりおもろいですけど、あれは [音楽] 一平ま最近なら 10ぐらい集まったりなんかして もっと来る時もあるか。だから20 局ぐらい一ぺに聞く時もありますもんね。 はい。はい。ありますね。 やっぱでもその時に、ま、全員から出るのはよく分からなくなるって言うんですけど、え、ちょっと待てと。あのね、 あのコンペってそういうもんだから、あの、 そうですよね。流れってずっと聞きますもんね。 秋松本先生はこうやってずっと何曲も何曲も聞いてる中で目立つ曲を書かなきゃいけないから はい。っていうことですよね。 ええ、そのだからジャッジメントみたいなところの、えっと判断をつくじゃないですか。その瞬時に点数をつけなきゃいけないとか評価しなきゃいけないっていうこのスピード感も すごく勉強になるし うん。 やっぱり皆さんの評価もあの、ま、もちろんね、その価が B1 グランプの評価が全てではないけれども、でもその時にそう思ったっていう、こう意見も聞けるし そうなんですよね。 めちゃめちゃ面白いですよね。体験しないとわかんないですよね。あの、その場にその僕らがね、どんだけ楽しいよ、もう本当いいよみたいに言っててもマジでそれはもういや、本当に入ってみないとわかんないと思います。 ありがとう。 ましして自分がね、曲出して入るとか うん。うん。 じゃないとこの楽しさは伝わんないんじゃないですかね。あ、ありがとうございます。そのさんが入っていただいた中で はい。 うちにいた本当にこうなかなか日の目見なかったなかなか 力があるはずなのにブレイクしなかった白井大輔って男があの今曲決まりまくってるんですよね。 はい。はい。はい。 本当にヒカルさんが入ったのと同時期ぐらいに白井君がギュンって伸び出したんですけども アヴバンチュール中目黒とかね僕が見たかったも アバンチュール中目黒っていつでしたっけ決まったのって えっとアバンチール中目黒は年末ですね あにじゃあそのえっと表決定っていう達しが大ちゃんには言ってたってことですよね。 あなるほどなるほど。 そうです。で1月リースで はい。 ただそこからあの白井大輔男は大イスランプに陥って そうですよね。 だから僕その大ちゃんでもその ZoomビンゴB1 グランプリでも言ってましたけど、その大ちゃんの曲がうん。 脅威になるとはその時に全く思わなかったですよね。 なるほど。 あの、その時が多分だから落ちてる時というか うん。うん。 だったんですけどあれつぐらいですかね?その大チャン無双に入ったのって。ここ数ヶ月ですよね。 きっともう本当各局各局が素晴らしくてガンガンキープになって、ま、採用にもなって、もう今年 2局 リリースなってますからね。 秋本さんで。 はい。 すごい。 あの、すごいですよね。そのでも僕も忘れもしないのが何かをきっかけに大ちゃんの曲がやばいなってなった瞬間とか 2 週間に分けてなった時に僕大ちゃんに連絡したんですよね。初めて。 あの、そのLINEで はい。はい。 いや、マジで大ちゃんの曲はやばいから、あの、俺は本当に好きだから、あの、頑張ってみたいな。 そんな偉そうじゃないですけど。そう、あの、本当に好きだから、あの、行けるよみたいな感じで言ったらもう言わなきゃよかったなと思って。これぐらいめちゃめちゃ わかる。 めちゃめちゃいい曲作んなみたいな。 ちょっと脅威ですよね。ちょっとね、 今のモードちょっとこれはあの完全に脅威に変わったなみたいな ぐらいの伸びですよね。大ちゃんはね。素晴らしいすね。 ヒカルさんから見て その要因って何だと思います? いや、なんなんでしょうね。その 1 個は多分本当に自信がついたっていうその秋本先生の表デビュー局 うん。 にやっぱ選ばれたっていうその自信がまず 1 個あるのとあとはその大ちゃんもこの前先日のズーで言ってましたけどやっぱりその僕とかなスさんとかま、みんな曲出してるのを聞いてアドバイスしてもらってっていうのをやっぱりなんか大ちゃん自身も取り入れて うんうん なんか考えてやってるみたいなことを言ってくれてて うん なんかまもしかしたら僕と一緒でそういう要因があ あるのではないかなっていう気がしますね。琢磨的な。 嬉しいなあ。 うん。 いや、本当に今年はあのハーベストです。弊社にとってこんなことは作った時夢にも本当に [笑い] 1 ミクロンも思わなかったです。びっくりしてます。 ええ、でもだってえっとなさんが設立 4年目で えっと初年度に決まった曲は何ですか? ネロ君の曲が。 ネロが はい。ネロがまず NMB で決まってそこからですね。で僕の曲が決まってみたいな。 で、ネロ野がまた決まって、 おお で、ひ松田が決まってみたいな、そういう のがあって、その頃からもうちょっとひっくり返えてたんですけど、松田が決まるのかとか。 あ、なるほどなるほど。 で、その後、あの、ヒカルさんもご存知のた、松田高が NMBで決まって アレンジまでやらせていただいてはいはいはいはいはい。 そのままホバーボードに移籍するっていうね、もう それあれでも今年ですもんね。 つい最近の話ですね。 つ最近です。うん。 あ、なるほど。いや、その大きな事務所 さんから見て何3局で言ってんだよって 言うけど、皆さんは大きな事務所かもしれ ないけど、うちはあの本当にあの地元の 自転生みたいな感じなんでコツコツ自分の 好きな自転車をね、そこで一緒にやるよう なんで快墟ですよね。ああ、特に松田高は 全性で出てる時に そうですよね。いたんでも でも高つ君もやっぱりあのセンスありましたもんね。最初から出してくる曲も面白かったし。 うん。うん。 僕も高ず君の曲によく入れてましたもん。だって あの点数を 色々言いながらね。 はい。色々言いながら 入れてました。 入れたくないんだけどなとかったらしゃる。もう あのユーモアまでブリティッシュだからね。まずまずそういう悪口っぽいこと言う。 そのもうあのテレテレ隠しですよね。も テレ隠しです。 ニックロです。ニック。 そうか。じゃ、今後のこととかちょっと聞きたいんですけど、僕 1番聞きたかったのが はい。 このAI時代、AI でも曲ある程度作れるようになってに必要なこれから若い人も僕らも作曲家の はい。 なんかスキルとか心構えとかって何だと思います? うん。結局はやっぱり使いよだと思うんですよね。 その、えっと、デジタルネイティブって言われてる今の若い子にしてもそうだけど 結局その インターネットの検索の仕方とか、えっと調べ方とか正解のたどり着き方みたいなところにやっぱり現時点でも差が出てるんですよね。 そのこの子は正解にたどり着けるけどこの 子はまだ調べられないとかなんかそれと 一緒でやっぱり例えば音楽でAIを使う時 もその正解にどうやってたどり着くかとか 例えばスプライスにしてもスプライスって そのサンプルを探すサイトにしたってキー ワードを知らなかったりそのサンプルに たどり着けないとか例えばスノーAIで 作曲しようと思ってもその作曲のジャンル が分からないとかその落とし ところをまず詳しく知ってる人じゃないとまく使えないチャット GPTもそうですけど うん。 やっぱりそういうまだまだ本質的な人間のえっとアイデアみたいなところとえっと政策は追いついてないとは思うんですよね。 まだそこにたどり着くにはやっぱりセンスとかキーワード知ってる情報みたいなとこがものすごい必要だからそこを合致させてるってことは結構その時点多分センスがいいんですよね。 なるほど。 はい。 センスってそういうことですね。 多分そうじゃないですか。センスってでも言い方僕あんま好きじゃないですけどあの元からあったように聞こえるじゃないですか。センスって。だけどセンスって積み上げるものだって僕はもう信じて疑わないので [音楽] はい。分かります。 そのやっぱりセンスをかかりどう使うかっていうことと結局 AI と同居することってなんか近いんじゃないかなと思って。 うーん。 やっぱりこうまく使える人は成功していくしやっぱりうまく付き合えない人はえっと自力で頑張るみたいな時代になってしまうんじゃないですかね。 うん。 例えばどんな素敵な洋服屋さんに行っても はい。 たくさん素敵な服が並んでて並んでてもそれをチョイスして着るの自分ですもんね。 そうなんですよね。 それってだから店員さんに進められて着るのか、 自分で選ぶのかとか、ま、まずまさにそのお店にまず行くのかとか、 その大山のあの店に自分がチョイスしていくのかみたいなことと一緒で うん。 なんか多分AI を使う使わないにしてもまだきっとね、みんな迷ってる人もいるし はい。 でもなんかその件に関してなさんとよく話しましたけどやっぱりなんかアイデアだしとか うん。 なんかインスピレーションの皆源本を読むのと一緒で AI を使うとかっていうことのとなんら変わりないことなんじゃないかなっていう気が僕はしてるんですよね。全く否定僕は全く否定派じゃないですね。 うん。 はい。 僕も全然否定派ではない。めっちゃおもろいやんって思ってます。 そうですね。 なんかあの地味編がストラと持ったみたいな、地味がファズ持ったみたいな時みたいな感じで新サイザーを手にしたみたいなね。 シンセサイザーが偉いわけじゃなくて、ストラトが偉いわけじゃなくて、あの、やっぱ地味変が偉くて、 YMOがすごいっていうことだから、 AI がすごいんじゃなくて、それをどう人間が使っていくかってことですね。 そうですね。え、 引くの人間ですからね。 そうなんですよね。うん。 結果的に。 え、ま、もっと言うとリースの例えばそれをそのままリースするのはどうかとか、 アメリカで裁判が起こってたりとか、ま、そういうその初問題はまだまだあるとは思うんですけど今はやっぱり過きというかやっぱりため試試しきってもないと思うんですよね。 はい。 うこう一緒に作るかとか なんかこう前向きな方向で面白い音楽が作れるんだったらもう全然ありだなっていう 気はしてますよね。 例えば僕はAI ををちょっと触ってみて思ったのは要はスキルが必要なくな、つまり楽器が引けるとか音楽理論を知るとか いうのは全くすっ飛ばしてもいけるという はい。 時代になったなあって思って、あとはじゃ、どう編集するかとか そうですよね。 どう命令するかとか。 ええ、そうです。そうです。 うん。 なんかステムもね、今分離できるようになったからこれだけ使うみたいなこともできるし できる。 それもやっぱりなさんが今おっしゃったようにそれすらどうするかっていうそのどこを変えるのかがセンスとかもちろんじゃあ全くそのまま出せないとしたらどこをどう返曲して出すかみたいなことに結局センスは必要だなみたいな。 そうなんです。全くそのまま出したらね。 そうですよね。その 素AIの曲になっちゃうし。 思んないですよね。そもそもね。 そうですね。それで評価されてもね、全くその喜べないし。 確かにね。そうか。 いや、僕もあの AI って我々から作る楽しみを奪うものかと思ってたら はい。 そうじゃなくて、あ、これ初心者もガンガン参入できる あの作曲市場になってきたんじゃ何かなってくるんじゃないかと思って。 そうですね。 楽ですね。 はい。誰でも作れるような時代にはなりますもんね。 ね。 はい。うん。 ただそれを本当にもしうまく使いこなせる人はや、 あの、今作曲を頑張ってるプロフェッショナルは はい。 そのAI っていうのは強力な武器になり得ると思いますね。 そうですね。なんか うん。 ま、いつの時代もそのテクノロジーと音楽とか、ま、他の世界もそうですけど密接に繋がっていて、やっぱり結局それをどう使うかとか、 どう付き合っていくかっていうことで時代が変わって、時代が進化してるわけで はい。 なんかそこですよね。捉え方なんだと思いますね、きっと。 うん。 そして1 つだけ言えることは絶対に元に戻ることはないんですよね。時代が。 いや、もう先に進むしかもうないですからね。交代するっていう。ま、もちろんだからそのいや、俺は絶対 あのクイーンみたいに脳神請サイザークレジットじゃないけどノー AIみたいな。うん。うん。うん。うん。 ノーAI クレジットを出す人もいるぐらいの時代になるかもしれないけど、 なんかそれはそれでもっといびなものが例えばできたりとかもするかもしれないし なんかどっちも面白いんじゃないかなっていうことでしかなんかないですよね。 私もそう思います。もう1 つ選択肢が増えて三入のその、 え、ハードルが下がって はい。 で、初心者の方たちも例えば日向坂のお様の皆さんもここまで見てくださってるんだったら触ってみてどうやったら日向たみたいな曲がかけるんだろうって言ったら結構ねいいとこまで行くんですよね。 そうですよね。 ささっとやっても ええ行きますね。 結構面白いと可能性があるなあって僕はすごく感じてます。 そうですね。だからあのAI秋本安、vs 秋本安みたいなあの番組もそうだけど 面白かった。 面白かったですね。 ええ、なんかあれをだからあの番組でやっちゃうところがすごいですよね。 秋本さんって本当新しいの絶対好きですもんね。 好きですね。 だってひさんのAI のあれされたのも秋本さんですもんね。 ああ、そうです。そうです。 紅白でね。ええ、 まだまだAI が、まだまだの頃からずっとやってて、やっぱりやる AI ミスひさんのね、是非は色々言われましたけど、でも 1 歩踏み出すってことめちゃくちゃ大事だと思うんですよ。 いや、そうですね。だからなんかそのなんて言うんですか、その批判がね、ものすごいあったじゃないですか。やっぱ死者の暴徳だとか うん。ありましたね。 なんかうん。 それを言っていいのって、あの加藤さんだけとか あの息子さんだけとか はい。 ぐらいなんじゃないかなって僕は思っちゃうっていうか、それをなんでそういう風に言えるのかの気持ちが僕はちょっとね、理解できないというかもったいない。僕らはもったいないなと思ってしまいますよね。 そういうこう古いものにすがって、もちろん古いものの良さも分かってるし、 新しいものの良さも分かっていられる人間ではありたいですよね。 全く同感ですね、本当に。 いやあ、ありがとうございます。結構長くなっちゃいましたけどましたね。 90分1 本勝負になりましたけど。はい。もうこれからもいい曲作っていきましょう。ヒカルさん。僕らは はい。 ね、もう曲書いて欲しい人たらじゃんじゃん連絡ください。 何ぼでも相談乗りますよ。本当にぼでも相談してください。作らしてください ね。本当にかさん、今後ともどうぞよろしくお願いします。楽しい音楽作っていきましょ。 よろしくお願いします。 ありがとうございました。長い間聞いていただいて、見ていただいて皆さんありがとうございました。 ありがとうございました。 またま

大ヒット中!日向坂46「お願いバッハ!」

成瀬英樹とは…
https://lit.link/narusehideki

成瀬英樹(you-me)が代表をつとめる作曲家事務所「合同会社BINGO!」では作曲家志望のみなさんを大募集しております!

作曲してみたい方、プロになりたい方!一緒に楽しみましょう!初心者の方も歓迎いたします!
夢をあきらめないで!
https://bingomusic.jp/

ミリオン作曲家「成瀬英樹」による作曲講座「成瀬英樹ゼミ」大好評!自分の力を試してみたい方、年齢経験はまったく問いません!
これまでの経歴と一緒にデモをぜひ送ってください。
年齢、実績、全く問いません。チャンスをつかみたい人、今です。
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成瀬英樹(you-me)は作曲家として以下のようなヒット曲を持っています。

1. 全部 夢のまま(乃木坂46)
2021年!「神曲」とファンの皆様の間で
大好評をいただきました!

2. 君はメロディー(AKB48)
2016年ビルボード&オリコン1位・オリコン「年間チャート」2位・紅白歌唱

3.君は僕だ(前田敦子)
前田敦子さんのおかげでこんなに素敵な作品に!
2012年ビルボード1位 オリコン2位

4.タイムマシンなんていらない(前田敦子)
編曲までやらせていただいた記念碑的作品!
2013年ビルボード1位 オリコン2位

この動画に登場するアーティスト&ユニット(登場順・敬称略)
you-me/AKB48/乃木坂46/日向坂46/BOØWY/布袋寅泰/The Beatles/Queen/The Police/PERSONZ/藤田勉/Stevie Wonder/濱田尚哉/光GENJI/佐藤アツヒロ/シーナ&ザ・ロケッツ/VooDoo Hawaiians/澄田健/Brian Setzer/The Smiths/Johnny Marr/三代目魚武濱田成夫/西田ひかる/aiko/cafelon/渡辺シュンスケ/柴田淳/セカイイチ/佐野元春 and THE COYOTE BAND/小泉今日子/椎名林檎/谷口崇/堂島孝平/吉澤嘉代子/大滝詠一/KinKi Kids/Wilco/古川昌義/Phil Spector/Nick Lowe/nelo/杏/嵐/SMAP/伊藤由奈/リリー・フランキー/指原莉乃/上田禎/峯岸みなみ/白井大輔/野村陽一郎/Akira Sunset/杉山勝彦/コレサワ/バッハ/はっぴいえんど/松本隆/マツダヒロ/松田貴嗣/Jimi Hendrix/YMO/美空ひばり/加藤和也

#秋元康 #日向坂46 #石崎光

3 Comments

  1. 普段聞けない作品の裏側が聞けて大変興味深く見させていただきました
    バッハがおひさまはもちろんたくさんの方に愛される作品になりますように!

  2. ヒカルさんのaikoサポート時代を知るおひさまです。ヒカルさんの半生やコンペのあれこれを深く掘り下げてこのような動画にしてくださり、とても嬉しいです♪
    『骨組み〜』も夏の終わりの名曲。まなふぃに会いたくなりました…🥹
    まだ『お願いバッハ!』が始まったばかりではありますが、これからのお二人のご活躍も楽しみにしております!

  3. 初めて視聴させていただきました!成瀬さん石崎さんお二人の軽妙かつ濃密なトーク、大変勉強になりました!

    我流で突き進んでこられた天才肌の趣きが音楽への愛情と研究心に裏打ちされている…
    「お願いバッハ!」の叙情的で美しいメロディは、日向坂の表題曲として必然だったのかもしれませんね
    これからも何度となく聴いていきたい、大好きな一曲です

    「アリアはもっと自由で構わない」を冒頭に置いたXでの檄文ならぬ檄ポスト、感動で震えながら読ませていただいたのが記憶に新しいです
    『BINGO!』ファミリー(?)×秋元康さんのタッグで今後もまた是非よろしくお願いします!お待ちしています!

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