妻夫木聡 映画『宝島』で芽生えた演じる覚悟 忘れられない沖縄での体験【ロングインタビュー】
よろしくお願いします。ニュースゼの佐藤です。 まと申します。よろしくお願いします。 よろしくお願いいたします。 もしよろしかったら名刺をいただいてもらっていいですか? 頂戴します。 つきと申します。お願いします。 よろしくお願いします。 あのままさに頂いたこの名刺の宣伝を 6月から ずっとこう全国各地土日回られてたと伺ったんですけれども うん。そうですね。 僕だけでも監督と一緒に 21箇所を回ったんで監督が 1人で回られたの回せるとで 256 ぐらいは回ったんじゃないかなと思ってます。 こう各地回ってこう宣伝しよう伝えようと思ったのはどういった思いからだったんですか? ちょうどあの沖縄でこの宝島の撮影をしてる時にふとこう出来上がって宣伝をいざするってなった時の自分を想像したんですよね。 はい。 その時になんか出来上がってさあ、見てくださいってこうただ言うだけじゃダメな気がしてな んかそんな時に思い出したのウォーターボイズで全国を回った時のことを思い出して この行く先々でその土地の映画になっていくそのウォーターボイズが愛されてその土地自体はウォーターボイズは全然関わりはなかったんだけど自分たちが盛り上げていくんだっていう感じでみんなに愛されるそのウォーターボイズっていうのを各し [音楽] で、見ていて うん。 あ、なんか映画ってやっぱりこう重いと思いをこうどこかこう通じ合わせながらどんどん成長していくもんなんだなってそん時感じたんですよね。 そういうものをこ今回も原点に戻ってやれればなっていう思いからあの発案させていただきました。 そこ通じ合ってきた思いっていうのはありますか? ありますね。本当に。うん。 なんかどこに行ってもこう僕らがこの思いを届けたいと思って始めたことなんですけど逆になんていうかお客さん見てもらったお客さんの方からもらうことの方が多くてなんだかこうほ僕自身は観客の方に見ていていただいて初めて映画って感染するもんだとどこか思ってたんですね。 だけど見てもらってもなおどこか成長して いる宝島っていう存在があってこの映画 っていうのはもしかしたら分かり知れない こう力を持ってるんじゃないかなってこの 力にこうどこか力を信じて奇跡がもしかし たら何か起きるんじゃないかなってそう いう期待をね持たせてくれるですよね。 いろんな本当に感想をもらえるけど、1番 心に残ってるっていうか、なんか瞬間的に こうぶわっとこう監督も僕もあの感動した のが あの 見終わってまずあの 子供を抱きしめたいなと思いましたって。 今すぐ抱きしめたいと思いましたっていう感想をもらった時にもうちょっと完全に累線がゆるんで監督も僕も結構 [音楽] あん時は本当にやばかったですね。 感動しましたね。なんか皆さんにとってこう宝ってんだろうってなった時に多分本当にその方にとってはねもう家族だったんでしょう。子供だったんでしょうね。 本当になんかこの映画によってこう皆さんにどう感じるかって本当にトイロだとは思うんですけどあにこうシンプルにストレートに伝わったんだなっていうのを本当に感じた瞬間でしたね。 今回なかなかこれだけの制作費日本の映画でもないものだったと思うんですけれども、実際にこの街並の再現であったりそういったところは演じていらっしゃっていかがでしたか? [音楽] いや、想像以上に僕自身がびっくりしたところですね。 あの、ま、あの、正直に申しますと 2 回ほど、ま、コロナのこともあって延期してるんですけど、 本当に正直に言うとどんどん予算も期間も大きくなってたんですよね。普通は逆に延期したものって縮小されたりとか こうそれでもなおこうやるためにどこを削減するべきかって考えるのが普通だと思うんですけど、むしろ大きくなったんですよ。 はい。 これ滅たにあることじゃないと思うんですよね。 ま、まして2回も飛んだものがまた3 度目の正直事件でできるっていうのもね、 本当珍しいことだし なんかね、多分それほどまでにこうみんなの思いがこの作品を繋いでくれたし、よりそなおまだ足りてなかったんじゃないか。 こうこの宝島という映画を映像化するにあたりもっともっとやれるべきことがあるんじゃないかって、そういう時間だったのかなって今思うと。 うん。 うん。 うん。だから準備期間は本当にいっぱいやったからこそ はい。 いっぱいお金もね、使うことになってしまったんですけどね。うん。 もうこのスケールの規模感で実際にマグスクという役でシーンに入り込んだ時に印象としてはどうでしたか?この街並の中で。 いやあ、なんていうかすごく多分皆さんに分かりやすく言うと皆さんが多分ディズニーランドに行ったら夢の国に来たなってどこかちょっと日本にいる感覚とは違う何か違う感覚を多分得られると思うんですよ。それと同じように僕たちは多分その世界観にこう先ましたけど没入できるというかこう入り込んでいきやすくなるんですよね。 ま、元々当然あの役作りなりなんなりやっ ていますけれども、やっぱりあの美術さん や装飾部の方々、そしてメイクさんや衣装 部の方々みんながこう僕たちを作り込んで くれてその中に入っていくから自然とその 若い時を演じるにあたってもま、意識する ことなくこう若い時の自分に戻れる感覚が どっかんですよね。 そういう助けは本当にありましたよね。 印象的なシーンの撮影であったり、そういったところてありますか? 結構そのセットの豪華さだとかそういうことでも本当に感動することも多かったんですよね。 ま、やはりその風の基地は撮影で使えないから沖縄のあのすごい広大秋ところにもうすごい長く長略弱でこうフェンスを作ってちゃんと僕たちがこう乗り越えていけるようにガッチ下の方まで埋めてとか そういうことを1つ1 つだけでもね本と感動したし やぱりそんな中でも本当に一番感動したのはあの宮小学校っていうところにこう名運を墜落してその 小学に変がバっとびちって すごい大災害が起きて実際にあった話なんですけどね。それをま、あのこの映画の中でも描いているんですけどそれをあの美術の花谷さんって方がこう作るにあたり色々指示をして最初美術の方々が作ったらしいんですよ。 で、ある程度終わって違う現場から戻ってきた花さんがその現場を見た時にお前らはどういう思いでこのセットを作ったんだって。 うん。 全然こうこの飛行機がどういう風に墜落してそれでその破片学校に飛び散っていろんな校舎を焼いたと。その中で犠牲者もいっぱい出たと。どういう思いで [音楽] 1人1人の思いがこもってないよ。 ただ単にここに壊れた飛行機あるだけにしか見えないつってもっと気持ちを入れて全部やり直せつってやり直させたんですよね。 そうなんだ。 言ってみれば撮影時間も 4時間5時間ぐらいしかない ワンシーンのはい。 撮影なんですけど、それをもう 1 ヶ月ぐらいかけて美術を組んで、それだけやっぱ映ってない部分のところでも本当にいろんな方々の思いっていうのがこの映画にはあって本当にそれを聞いた時には感動しましたし僕らはもっともっとやっぱりうん。演じる側としてもね、いろんなものを背負って演じなきゃいけないなっていう新たなる覚悟みたいなものメね。 [音楽] うん。 やっぱりこう数々の作品出てこられましたけれども、やっぱり宝島の中で演じる [音楽] というのは、ま、こういった作品の関わる人の思いっていうのがあったんですね。 [音楽] そうですね。で、ま、どの作品にも僕自身 思いはいっぱい注いではいますけど、あの 、宝島に至っては僕自身あの20年前 ぐらいにあのさせてもらったあの長田早々 という映画があったんですけど、それも この宝島と同じ小座という町を舞台にした 映画でその時にできた親友たちがやっぱり 今回もすごく支えてくれて、ちょうど 祖が終わってあお、また沖縄に遊びに行っ た時に原子をやってくださってた宮島新一 さんのご家族と一緒にあのカフェに行った んですね。もうそこのカフェが砂地区って いうところでその沖縄でも特に騒音が問題 になってる場所なんですよね。 で、僕はのんびりするもんだと思ってカフェにいたんですけど、突然あの戦闘機のぐおっていう強音がね、響き渡って一気飛んだら大体 34機飛ぶんでって うん。 もう本当に話もできないぐらいの騒音で過ぎ去った後に宮島さんが僕につま、これが沖縄よってふと言ったんですよ。その言葉が僕をうん。 聞いた時やっぱりはして やっぱりどこか僕は温かい沖縄の土地、温かい沖縄の方々に甘いていたなって現実の沖縄を見つめもしないで見て見ぬふりをしてたんじゃないかなっていう俳優をやってる中で 1 人の人間としても僕は沖縄に何ができるのかなっていうなだそうで会った方々もい いるし、ならそう々そうという映画で僕は 本当に沖縄を大好きになった。だったら もっとやるべきことがあるんじゃないか なっていうか、なんかその時すごく その時からずっと何か僕の中でやり残した ものがあるんじゃないかって思いがどっこ かあったんですよね。そんな中で出会った この宝島っていう作品で 今回は本当にとことん沖縄と向き合おうっ ていうそういうまいでずっと最初から 取り組んでましたね。 だからなんかこうまさにこうクライマックスのシーンでつさんが はい。 話されるところが本当にそういった思いが うん。 こう繋きたなって思ったんですけれども 逆にあそこはうーんこれ難しいんですけど はい。 逆にあそこは僕自身の思いをなるべく出さないように本当に心がけましたね。 あまりにも沖縄の思いが強すぎてグスクとしてじゃなくてつまサトの思いが出そうになった瞬間がどこかあったんですよ。 ああ、 あまりにもこう僕が発するメッセージ性というかそのセリフのメッセージ性がストレートすぎて はい。 今もう実に続いてる問題ともやっぱ重なる部分があるんですよね。 だからあくまでグスクとしてグスクは当然こう未来のどういうことがあるかっていうことは知らないわけじゃないですか。 あくまでグスクとして登場生きるグスクとしての言葉で僕はお久演じる霊に投げかけなきゃいけないなっていうので本当に監督にずっと聞いてました。 僕としての言葉になってないか大丈夫ですかっていうのを本当にマイカットマイカットずっと聞いてました。しすごいほどう あそこは 楽しいね。そこをもう心をこう そうですね。だから逆に より一層自分っていうのを殺してあのシーンは演じようっと心がけてましたね。 うん。 あの、ちょうど今年が戦後 80 年というところで、でもただ沖縄で実はそこで終わっていなかったっていうところもありつつ、 ここに光が当たった作品の演じるっていうのは、ま、この戦後 80 年どういった思いがつきさんの中にありますか? うん。やっぱり知っていかなきゃいけないですよね。僕たち今本当に平和の中で暮らしてはいると思うんですよ。 ま、世界ではいろんな女性、ま、あんまり 調整的にはね、良くないのかもしれない ですけれども、僕たちはやっぱり うん、明日食べる食事もね、しっかりと こうある中で普通に生きられてるじゃない ですか。これがやっぱどこか当たり前だと 思ってる瞬間がやっぱりあると思うんです よね、自分含めて。でも今があるのは やっぱり当たり前じゃないんですよね。 その昔の方々がどういううん。 ま、先人たちのその生きてきたことによっ て僕たちは今こう生かされてるわけで、 その人たちが亡くなってじゃもういなく なって終わりなのかって言ったら僕はそう じゃないと思うんですよ。僕たちはその 方々の思いっていうのはどこかこう 引き継いで受け継いで今も生きてるんじゃ ないかなと思うんですよね。知らない間に 支えられて思いっていうのは多分繋がって いくものだと僕は思っているので、だから こそやっぱり改めてこういう作品、こう いうエンターテイメントメントっていう ジャの中でもね、こういう事実があったん だよっていうことを知ることによって皆 さんがまた改めてこう思いをはせて自分が 今生きているこれから今生きてるこの 世の中のことうん。未来を生きる子供たち のために何をじゃあ自分たちが残せるのか 託のか今一度こう考えるきっかけになるん じゃないかなっていうのは本当に期待し てるところではありますしきっとそうなる ものになってると僕は自信思っています。 はい。これ難しいんですけどね。やっぱり 僕自身 映画に携わる中で役作りをしていく中で いろんな、ま、元々やはり僕自身もね、 教科書に書かれてあることぐらいしか全然 知らなかったし、改めて沖縄と向き合うの 中でいろんなことを学んでいって当時を 生きる方々にお集させてもらったりとか、 資料館を回ったりだとか文献を調べたりと か色々してる中で やっぱどこか分かった気になってるんじゃ ないかって思う瞬間があったんですよね。 この親友にあの先美術館っていう美術館に 連れてってもらってその沖縄線の図って いう絵をとりあえず見てくれ。とにかく見 てくれって言われて見た時に沖縄のずと いう家は本当に戦争そのものを描いた絵な んですよね。言葉でを聞いていたけれども うん。やっぱり分かってたつもりになって たなと。その絵を見た時に痛みや苦しみ、 今も続くこと、いろんなこう声っていう ものが僕の心の中に押し寄せてきたんです よ。感じるっていうことをどこか忘れてた 自分がいて うん。 知るだけじゃダメなのかもしれないなと。 またその先にあるもの本当の意味で知 るっていうことをやっぱ僕たちは知って いかなきゃいけないじゃないとまた同じ ことを繰り返すかもしれないじゃないです か。人間って本当に愚かだから。 うん。あの痛みを感じた時にやっぱりもう 絶対2度とこんなことが起きちゃいけない なって。集団っていう言葉1つでもね、 みんな聞いたことはあるかもしれないけど そういう現実がやっぱ80年まで起こって いたんですよね。 そこまでこううん。絵の中には描かれてい て、それを見た時に言葉だけではこう 伝わらないもっていうのは確実にあるよ ねっていう。何か文献で調べて 1945年にとかそういうことだけじゃ なくて僕たちはやっぱりもっと肌で感じて 何がなんでこのことをやることがいけない ことなのかっていうのはやっぱりもう1度 思い返さなきゃいけないよねっていうのは 本当に僕自身こう役作りをしてく中で思い ましたし映画っていうのは本当にうん映画 を通じてねこう追体体験ができる場所だと 思思うんですよ。そういう意味でも、ま、 もしかしたら見る方によっては過酷な シーンがあるかもしれないですけれども、 やっぱり逃げずに向き合ってもらえたら 本当にうん、嬉しいなと思いますし、それ が多分 希望ある未来につがっていく第一方になる んじゃないかなと僕自身はちょっと思って いますね。 [音楽]
俳優の妻夫木聡さん(44)が主演した映画『宝島』。戦後、アメリカ統治下の沖縄をリアルに描いた作品です。
自ら提案し映画の“宣伝アンバサダー”に就任するなど、特別な気持ちで作品に臨んだという妻夫木さん。その理由や沖縄で体験した忘れられない出来事、作品を通じて伝えたいことを語ってくれました。
【関連動画】
#妻夫木聡 #映画宝島 #宝島
【各パートはこちらから】
00:12 自ら提案し作品の“宣伝アンバサダー”に
01:44 戦後沖縄のリアルを描いた作品に届いた声
03:38 大きなスケールで行われた撮影
04:58 当時の沖縄が再現されたセットで演じて
06:02 印象に残っている事 芽生えた覚悟
08:19 これまでの作品で関わった人とのつながり
08:59 沖縄での忘れられない体験
10:35 クライマックスシーンの撮影を振り返って
12:07 戦後80年で作品に携わって―
14:06 作品を通して伝えたいこと
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00:12 自ら提案し作品の“宣伝アンバサダー”に
01:44 戦後沖縄のリアルを描いた作品に届いた声
03:38 大きなスケールで行われた撮影
04:58 当時の沖縄が再現されたセットで演じて
06:02 印象に残っている事 芽生えた覚悟
08:19 これまでの作品で関わった人とのつながり
08:59 沖縄での忘れられない体験
10:35 クライマックスシーンの撮影を振り返って
12:07 戦後80年で作品に携わって―
14:06 作品を通して伝えたいこと