高田京子の笑顔が一番 #255

[音楽] [音楽] [拍手] あ まるで人生何し 今じゃ苦労もお馴染みよ。夢は故郷の山 よりもでかく落ちたいわ。 聞いてください。見てください。た子と 申します。 まずは一局 この歌でご挨拶 いたしまし。 Z [音楽] 皆様こんばんは。宝子の笑顔が1番の時間 がやってまいりました。早いですね。本当 もう日にの経っていうか時間の経つの本当 早いんですけども、ま、今日はねもう 見慣れたお顔というか、えね、そういう方 をお邪魔、あ、お邪魔じゃない。お 邪魔じゃなくてお呼びしてます。なんでこう下がんないのかしら思いますけどもね。え、とりあえずご紹介したいと思います。え、ね、向かって右からお客様からたら左ですよね。え、小学園千さん 2 代目ですけどもね。よろしくお願いします。 よろしくお願いします。 言ってください。 2 代目女初角や千歳と申します。どうぞよろしく お願いします。 え、そして今回初めてっていうか、あの、え、映像には何回か出ていただいてると思うんですけども、こうやってご紹介するの初めて思うんですけども、え、三田翔やさんです。 こんにちは。あ、こんばんは。 よろしくお願いいたします。 あ、こちらこそよろしくお願いします。 もうなんかつもの感じでお願いいたします。もう明るい感じがほらイメージなんですけども。そうですね。え、なんか ありがとうございます。はい。 なんか明るいとかね、ちょっとあれですけども、え、明るいとか今日なんかちょっと今肌寒くないですか? 肌寒いよりはなんかあのこうどん寄りした どんより ね。天候でこう気持ちもちょっとどん寄りしてるような感じがするんで。 ドキドキドんよりしてる感じ。 はい。うん。でもね、これまた時間が経すと色々か変わってくると思うんでね。はい。で、今日はね、そんな長い ようなていうか長くないですよね。 30 分って本当あっという間の時間なんですけども、え、その中でもう言いたい放題、やりたい放題はい。もうそんな感じでね、お願いしたいなと思っております。はい。で、普段はですね、あの、いろんなところでお仕事してると思うんですけれども、え、とりあえず今のね、 2代目のところでレギュラーっと形で そうですね、出てますよね。 ええ、もう、あの、はい。 もう初代千歳さんの時からあの僕もあの生まれは野田なんですけども油で有名な そう醤油で有名な きコマ醤油で有名な野田なんですけども今柏に住んでまして覚さんとお会いできてそれであの初めてあのえ野田のイオで え師さんを呼んでですねやったのあた君あのね野田でねやったの俺初めてなんだ て言いました。ええ、そんなわけで八千さんも呼んで、え、 3回かな、イオで1 回と、それから野田のスナック Uっていうところでまた1回とそれから、 えっと、また近くのお店でやって、ま、 3 回ね、え、先生を呼んだことがありまして、ま、あの、その時には僕も、え、初藤さん、マじまじと見て、その賞を見てなんか、あ、すごい楽しいな。その、真が楽しい先生だなっていう風に僕よく感じました。 あの、てのは、あの、自分で作る、じゃなくてなんかすごいなんかこうポイントを得てるようなその、間があったような感じがする。 読みがすごいですよね。 なんかそういう感じがあの、人にはこう真似できないようなこの、ま、ま、ですかね。え、なんかいつ声が、つ言葉が出てくるかなっていうぐらいなところの、間がポンとこう出るあのがとってもなんかあの、人を表せるキーポイントになってるような感じがします。 それそっくりただきました。 ま、いただけませんね。 これはね、やっぱりね、 いただいたのが そしたら歌もうまいんですよね。 そうですよね。 歌も歌とね、何こうちょっとあのシャンソみたいなね、歌い方、ジャズっぽいね、歌い方をしてね、え、なかなかやるねっていうに思いました。 何でもござるしね、その師匠がね。で、私ほら同じ福島なんですよね。同じフはい。 それでね、歌も歌し喋りもそうだし、何もかもすごいって感じで。 そうですね。えね。だからそれを今2 代目がね、そっくり受け受け継いでやってるんでね。 受けつていいことも悪いこともね。 いや、悪いことは悪い悪いこと分かりません。はい。 悪いことは無理。 でも男性と女性の違いがあるから。 ま、それはあの、なんてですか、やっぱり先生を見た目とかやっぱり先生を越したらいいんじゃないかとかっていうようれるようなやっぱ女性の感覚ってのはやっぱり素晴らしいなと思います。 [音楽] 先生のこうなんか横から見たあの先生を はい。 上手にこうねこうなんかこう作り上げとねなんかやってほしいなと思 そうね。 でも逆に言ったらね、私なんか見てるとなんか半分こう尿房役みたいなんかそういう風な感じにも見えたり、もう本当になんかね、お母さんみたいな感じでその師匠を見てたりとかいろんな形でね。で、それをなんかほら他のあのなんてのおさんたちとかメンバーさんたちに それやっぱり目線的にマネージャー県あるだからお母さんけやっぱりそういうのは 何もかも思ってたんじゃないですか。 うん。ね。だからすごいなってねて思う。 ことがいっぱいあるんだけれどもでその中にほら三田さんは今ねその中で一緒にこうずっとねばでやってますよね。うん。 だからやっぱりなんかね、私もたまにお邪魔するんですけども身内みたいなつもりで自分 やっぱり先生のいいとこやっぱり先生のま 2 台目もそうですけどもやっぱりいいとこっていうのはやっぱりこうなんて言うんですかねみんなにこう あのなくねやってたような気がしますね。それがやっぱり魅力的だなっていう思ってました。 はい。 やっぱりこう、なんてうのかな、一にね、あの、 感情的なものって人間ってあるじゃないですか。あれがなかなかね、あの、出しちゃいけないところも足で出しちゃったりとするとね、やっぱりうまくいかないなと思うんですが、多少来られる投稿だとかないといけないのかなと思うんですが、勉強になります。やっぱり [音楽] そうですね。なんか自分だけさ、よくしてもらってってね、思う気持ちとね、あのばっかりとかね。うん。 やっぱそれがね、あんまりほら、極端に感じられると雰囲気がおかしくなっちゃう。その辺はね、やんないとね。 うん。もうだからそれ見ててね、いつも見てと思いますよ。うわ、すごい。 うん。あ、我慢してる。あ、頑張ってるとかさ、感情でね、私見てるんですけどもね。 [笑い] そうね。き子さんもね、付き合い長かったですからね。うん。うん。うん。 で、田さんもね、意外とね、あの、 なんだろう。注かしくて やっぱり結構ね、冗談言うんですよ。 真面目に見えるけど本当。うん。 でもなんかすごくね、あのせ、清楚な感じっていうか、なんていうかすごくね、あの優しい優しい人に ああ、優しいですよ。僕は自分で言うのも でもね、その優しさがね、歌に出てるの。 あ、出てんですか? え、もうそう感じます。あの、声とかね、あの、聞いててもう え、そうですか?行きますか?うん。 そうですか。うん。 もうなんかこの際かちょっと歌を先に聞きたいななんですけど。 お願いします。うん。あの人生 1度聞いたから曲な。 そうですよね。はい。いとないんで 行きたいと思います。はい。三田さんで人生一度切りだから聞いてください。 [音楽] この世に生まれ ソルで育ち 我がまま としたけれど 気がつけばあと 気が流れて 忘れかけた今は古さと離れ 他国で暮らす 人誠意 1度きりだから [音楽] 短い 時間 楽しく生きる 人と人とのぬくもり感 切磋琢磨 の 人生だけど 親から頂い たこの企料 で 頑張り 通す 人生 [音楽] 1度きり からあ、良かった。 [音楽] やっぱりね、言った通りですね。 うん。素晴らしかったですね。 素晴らしいです。 いや、もう本当にね、この感じと声の感じともうこの雰囲気がもうぴったしか ぴったりですか?そう。 なぜかそれ僕が作った。 やっぱり僕が作者曲はい。 で、この曲はどうして作ったかって言うと、 あの韓国の人があの日本に来てちょうど 25 年だそうです。それであの今までお父さんのこと食事サ飯作ってたけども今度は私があの韓国の料理を おお店をやりたいんだということで始めたからうん。 もうこの25 年間一生懸命これから自分のためにやるんだというねことであのじゃ皆さんあの私に作曲作ししてくださいっていうことでやったのは離れてそうっていうこととそれから人生一度聞いたよっていう 2 局をね作ってあげたそれがもうあの聞いた途端に目から涙が出て嬉しがっていたのを覚えてます。はい。 うん。 なんかこうねタイトル聞いてるだけでもなんかそんな感じしますよね。 その曲はその P出したんですが、やっぱりこんな、え、僕全国発売で自分の曲だから自分のだから全国発売でして僕も歌ってるけど彼女も歌うということで、ま、許可を得て一緒に じゃ両方で歌ってる。 そうなんです。そう、一緒には歩きませんけども、え、そういうことなんです。はい。 はい。 私の中でもやっぱりあの日本と韓国で薄ると曲をで韓国の先生がキさん方なんですけどで私はこっちで日本で歌ってでまあ両方で日韓と形で 2回一緒にうん。あ、 やりましたね。韓国も行ったりしてたんですけどね。 でも全然なんか違いますよね。 あのね、ネ色っていうかなんていうか 局調局。うん。うん。 曲ってかなんかメロディもそうなんだけども なんかね流れ音楽が流れてきただけでなんかうんだっぽいい曲だってことはありがとうございます感じただけるんですね。 よくできたなと思います。え、自分なり やっぱりね、才能があるんですよ。 想像しただけでね、なんかこう韓国の歌ができちゃったっていうような感じのメロディなんです。ええ。 そうなんでやっぱちょっと違いもですね。 ちょっと違う。やっぱりできたなってことですね。 やっぱりあれですよね。三田さんね。 あの次郎さんの歌を歌った時に あれどっかで聞いたことあるわ言ったら次郎さんからね。あの あの歌ねやっぱりね次郎さんと三田さんの歌い方全然違うのでま、どっちも素敵ですよ。うん。甘いのよ。 うん。もうだからそれはもうすっこに出てるしもう全体的ね、この雰囲気 もうそのままですよね。 頑張って歌ってんだけど、男らしく歌ってんだけどやっぱりそうにな甘くなっちゃうんですよね。 甘いですよ。 甘いですよって。その雰囲気がね。 うん。でもすごい優しいね。なんかそういう部分がそう出てるというか。ま、しょうな。 これ以上魅力的ですっていう意味です。 なるほど。ありがありがたいです。はい。 本当に。じゃあもう1 曲ここで行きますか? そうですね。えっと離れてする。やっぱりこれも日韓か駆け橋ということで曲で出したのがやっぱりさっき言ったき会でございまして 25 年間頑張ったよっていうご褒美の曲でございます。はい。 離れて [音楽] 眩しい くらい あなたは輝き そう女 が死ぬほど好きでした。 [音楽] 神1つのやり取りが 時めき 心を繋いでた時 [音楽] 思い浮か で愛しい そる [音楽] 離れてそ [音楽] 止める方 に はうるんで25 年沼中でした。 寂しさ辛さぬ夢に抱き 2人の思いで今でも消せず 思い浮か で好き好きでそる 。 離れてそる。 [音楽] ありがとうございそう 。そうです。はい。 ええ、なんでそういう風に流せるんですか?女性を。あ、違った。 本当本当ってやっぱ これはあのやっぱりあの本当自分のこの気持ちとしてねあのやっぱりこう韓国から来て日本に来てそれ一生懸命働いてる でまあのまま彼氏まいたりねしたり人がやっぱり日本についてきてやっぱりま辛さやっぱり日本人との中に揉まれながら生きていながら 25 年間やってきてまね悲しいことも寂しいこともあったでしょうがう やっぱり本土に帰りたいとかね、メに帰り たいっていう気持ちは確かにあると思うん で、それでもやっぱ25年間辛い思いをし ながら頑張ってたっていうのがあって、 やっぱり、すごいなと思って、僕も感激し てますね。やっぱりあの他国の人が日本に 来て一生懸命やってる姿のやっぱり自分で もこうあの感動したしますね。だから僕は もうこう行ってできるかつったらなかなか できないと思います。 いや、でも難しいですよね。もう帰りたくなっちゃいます。 やっぱちょっとしめられたらもう国へ帰りたくなっちゃうと思うんですけどね。おで帰らないし。 帰らない。すごい我慢してそういうそういう気持ちね、持ってるんですね。 でも三田さんってでもすごいなんかいろんなことやってるんですよね。 あ、 もうなんかね、私全然今まで知らなかった。ごめんなさい。だけどね、なんかの聞くと作曲もそうだしろんな ジャンルでそうですね。 もうこの際だから一気に全部言っていただきました。ま、サね、サクスもやりました。ま、写メ線脳もちょっと 3 年で頑張って取り取りましたので、ま、色々そういう意味では最近あのギターも初めているんですけどギターはあのやっぱりこう 5 本の指をこう使うんでなかなか難しいですね。こうあのコード引くには簡単なんですがあのこの 5 本の指をこうねこうやるのはすごく難しいなってねったんですね。 やっぱその指もじゃなくちゃいけないし、もう何もかもだって感じですね。 それでもう30年、え、僕も売れないで 30 年来たんですけども、これ来てまたあの、え、 97 歳の人が僕のことしてくれて、え、昭和 3 年の生まれの人なんですけど、その人が、え、まだまだあのお酒は晩酌やるし、お酒は 2件3 件はしごやる人なんですごいなと思ってんですが、え、その国の人なんです。 で、その人がやっぱ三田君、あの、 僕柏屋の朝町に住んでんだって。で、僕は、あの、僕は朝町に住んでます。その人は緑が丘屋の緑が丘町に住んでるんです。 毎年柏と温度山温とかその辺か歌ってないんで温度を作ってくれということだったんで回今回緑か温度っていうのを僕は作りまして、え、それでまたあのその長会の方に会長に 問い合わせ作りましたということを報告しましてもう今年 6月30日できるんですね。はい。 の曲が流れるようにしたいということを言ってるんで。え、そうなんです。だからそこで今 6月30日は3 局乱か長会温度それから、え、明日なる我が人生道と書いてね、人生。あ、 人生って書いて道、それからマスじいちゃんの独り言って 3局また作曲で作りました。 そのマじいちゃんとは今の、その方で97 歳です。 はい。で、その人は、え、奥さんが亡くなってしまったんですけど、自分の子供がいないんですね。だから、あの、と、奥さんの、え、妹さんの、 [音楽] メイ子ですか、ま、そのことをね、やっぱりこう可愛がっていて、え、そういう人なんで、だから僕のことをやっぱりこう息子だと思ってくれてんのかな。やっぱりそういう感じがして、やっぱり大事にしたいなと思います。 今度お披めし、 お広めしたいなと思いますのでね、 7月は7月ね。あ、そうですね。7 月のごめんなさい。21 日なんですけども。はい。じいちゃん ね。うん。ね。ね、木でね、え、 歌いたいなと思いますので。 いや、それだったら、あの、どっちにしても振り付けとかもあれですもんね。 あ、振り付けはないんです。ないんですか?じゃ、タとかそうで踊れると思うんで。はい。 それはもう長会に任してあるんで、ま、太鼓の方は長会長がそのまま対鼓の方に行って育の叩き方を習うんだっていう風に言ってましたんで、そのもう出来上がりの、え、緑か温度は渡してあります。え、 はい。でもこないだ30 周年記念で歌ってませんでした。 あ、そう、そう、そう。歌、歌っちゃいました。 え、側温度。 はい。へえ。3 局歌っちゃいました。早めに。 私違う。私早く帰っちゃったから。 そうかもしれない。あ、背中った。 そう。うん。 そういうことでしたね。でもはい。 ね、でも30 周年っていうとでもすごいですよね。 売れないです。売れないです。 30年。 いや、いや、売れる。売れないは別としてそのやってることのね、 30年ってすごいと思います。ですね。 うん。 だってそれ言ったら私だって売れなくて 10年。年、 ま、そんな話ですけどでもその続けるってことがね、大変なことだと思う。 もそうなんですけど、僕ディナーシをね、初めから年に 3 回やるっていう、ま、初めのスタートからチャリティゴルフをやって火用やってということで、それからクリスマスデナーシということで、それをもうずっと年に 3回やってそれをもう30 年間ずっとやってきたんね。だからそういう意味では一時は 250 人からなったお客さんでも、ま、今は 100 人前後になっちゃってますけども、ま、でも継続してやらさせていただきます。 それで、ま、ね、コロナの時も 201918年から、えっと、24 年までありましたけども、その時もコロナの時も、ま、あの、ホテル側さんと一緒に、あの、協力し合って、あの、タれ幕をこう下げて、それをされてお客さんは歌えませんけども歌ってくださいということで、それも全部やってね、え、その時も全部やってしまいました。 すごいですね。だから頑張って、 でもやっぱり続けると大変 年続けてね、できました。はい。 でもあっという間でしょ。あっという間 ね。はい。何がやってましたか? あっという間でしたって。何がやったかなって自分で覚えてないぐらいま本当なんだろうねってね。 うん。 そうだね。なんかこう考えてみればじゃないけどうん。足跡だけなんか残ってきてる。そうなんですよ。でもあのま、カラオケには今、え、 172 局ぐらいね、ま、入ったり、ま、本当にお金もたくさんそういう意味では使ったかなと思っているんですけど。 あの、 こうやって応援してくれる方がいるから自分も頑張れるんだと思ってね。はい。 でもそれね、私たちも言えることだし で、今までのなんかね、ちょっと、ま、年代あれなんですけども、私なんかがやってた時はちょっと、ま、 ね、30 年ってあれだけど、ちょっとその前に歌ってたもんですから、あの、カラオケに入るってことは本当難しかったわけ。 ずっと後からなってるんでね。だから今はね、歌い手さんとカラオケ入ってないと歌えじゃないなみたいね。 [音楽] ま、そういう風なイメージが多いんだけれどもでも私なんかがやってた時のこと考えるとその年代の時にカオカ入ってる人ってまず少なかったです。ま、売れとる人は別としてね。うん。ま、同じぐらいのこうね、年年代というかそのやってた人たちで入ってる人の羨ましかったですよ。なんかもこういうラジかで テープ入れてこうやってやりましたもん。踊りの時だとかやらせていただきました。 そう。私がここに持っててこうやって音出してそれでやりましたよ。だって音がなかったら歌えないんだ。 歌えないからね。 に行ってて音が出ないたらうん。いや、私それでもやりますね。ちっちゃなラジカでま、そんなことしてね、歌ったこともあるけれどだから今の人はすごく幸せってば幸せですよね。 ある程度こうほら歌とま、カラオケにね、入ったりこうしてて ただそこから先が難しいって感じでなるとなんかね、なんか思うんですけど、 ま、大ヒットまで行かないにしてもな、やってるっていうだけは、ま、自分の自信になるかな。 こうやり続けてるからっていうだけでも でも財産じゃないですか? あ、そうですね。 うん。だってつってさ、あの、ちょっとカラオケ行こうっつってさ、言ってさ、自分の曲のすごいことじゃないですか? あの、一般の人からすればね、え、入ってんのとかさ、え、なんていう名前のとかね、そういうことがあったりしてるから。 だからこれは多分やってるうちはもう自分の本当財産だなと思うし、これからもね、なんか みんなに歌っていただいてそれでこうね、うん。 と思いますね。 継がれてきますもんね。ね。 頑張りたいと思います。 うん。そうですね。じゃ、で 2 台目はなんかありますかね?色々と。まあ、 7月の21日ですね。もう1 回見せちゃらね。 7月の21 日にこちらにね、三田さんいらっしゃいます。もうね、あの結構ね、あの、日曜日、これは最かな?うん。 海の日ですよね。21日っていうとね。 そうですね。 そうだからね、お客様がね、いっぱい集まってくださればね、いいななんて思ってるんです。 で、毎回毎回ね、楽しみです。方が出てるんでね、あのやってるもね、そうなんですけど、お客さんの方もね、今回どんな人が来るのかなとかね、結構ね、 あります。 で、三田さんもね、やっぱりあの、写見線を習ってた時に うん。1 何回かね、ここでこうお昼したんでしまう。うん。 あとサックスも1回ね、 サックスもやりましたね。うん。 結構ね、あの、勉強になります。やっぱり あそこはね、やっぱりあのお勉強するところですね。 本当にね。もう、あの、聞いていただける人がいるのにこっちは勉強だって言うと本当にあの悪いなと思うんですが、そこで、ま、練習してると思われてもいいなんですけども、ま、一生懸命やってても上がる場所なんで、上がっちゃう場所なんですけども、やっぱりまだそういうとこでは努力足んないのかなてね、思ったりするんで、ま、申し訳ないなと思いながらやらしてもらってます。 いただけてるから要けプレッシャーかかりながら頑張れるってことね。なんかあると思うんだけれ。 うん。 ま、失敗することの方が大きいんですけど。 でも失敗を成功の元だから全然平気ですよ。そう、 そうね。うん。 間違えたから結構やっぱりね、あの最初の頃よりもやっぱり写見線なんかは上達しましたよね。最初の頃間違うと横向くんで、また間違うとまた横向いた。 私目があって笑っちゃった。 あのね、あの、あのね、あのね、あれはね、本当に写メ線せんっていうのはあのね、叩くでしょ。叩くけども下の救いバチっていうのがあるんです。あの、救いバチの時に はい。糸があのバチに引っかかるんです。 あ、で、上がんないんです。 で、やっぱりその上げ方が 一生をバチのあのバチはそのあの叩くものじゃなくて上げがもうすごいセンスになるんだそうです。 本当にあれがもう本当にそのできるかっていうぐらいなそうそう。 [音楽] そうそうそうね。ねこうやって縦に横にやってるんじゃなくて下からこうやるからねよく引っかかりやすいんです。それがまた難しいんです。 それであれ間違ったのと思ったらすぐ横最初のうちはねだんだんだんだん上達してすごいねって話してたの楽屋であそうそうどうしちゃったあれずっと練習してたんだね 夢にまで出てきちゃったりとか 起きちゃったね あの今まで眠ってた子がね 朝も早く起きちゃうし いやびっくりしちゃうな自分でもうそ いや本当にそうなの でもそのぐらいプレッシャ もうすごいこうなんて先生もよくやした君あの畳の目だから 習い事はこんな1mm1mmか2mm のあのあれやからうんできたできなかったからってまた戻っちゃう可能性もあるんだからそういうことみたいですね 1mm しか進まないんだって言われてあその鳥りだなと思いましたえ すごい難しいとかなんか でも1 局仕上がるとねなかなかそれがまた自信になっている感じしますねえで次サ 習ってる。ええって何でも挑戦してるんですね。 次ギターでしょ。ええ。 あ、でもスコップの時私見たかな?もしかして スコップやってない。 やってない。スコップってかなんかスコップはやってない。 じゃ、なんだろうあれ。 スコップはやってじゃ。写見せやれ。 うん。写見せ。そう。写見せ。 シに聞こえた。スコップに聞こえたん。 [笑い] でも何でも挑戦っていいですね。うん。本当に。 ごめんなさい。いや、何でも挑戦だけど。 [音楽] 2台目。これ豆。 豆。豆絞り。豆絞り。 初め何してんのかなって中に 汗吹いたりね。やっぱりこう都合がいいんですよ。さっき雨に当たっちゃったんで本当 ね。豆しりでございます。な んとかで豆しで でも今年もね、ま、5月の25日が30 周年終わったんですよ。でもまたあの年内には、え、クリスマスディナーも、え、やる予定でいます。 また12月は第、第2 週の、え、日曜日に一応予定はしてます。あの、やっぱりクリアトンズのバンドの皆さんの関係とか司会の関係とか音響の関係とか全部合わせないといけないんで、だから、ま、 1周2 週で一応取ってありますよっていう、ま、どちらかに決めなくちゃなんないんですが、ま、そういう形でやらせてもらいます。 どの辺でやるんですか? えっと、野田のね、えっと、ビジネスホテルということね。じゃ、もちろんディションとね、ま、昼間やるんで、ま、ランチシになっちゃうんですけども。はい。 昔はあの夜やっていたんですけど、もう来る人がだんだんみんなもう年配の人になっちゃっているんで、ま、早めにやって早めに帰ろうということ。 ま、そういうね、最近そういう風になってきてますよね。ほとんどね。 去年の12月ね、やって私もきさんと 2人でほらニコ玉行ったじゃないですか。 行けなかった感じです。そう。 うん。 またねそんな感じでお願いします。はい。 もうなんか中しればみたいな感じ。 いや、でもそれじゃないとね。うん。ですね。 そう。うん。 仲良くしてみんなでね、やっぱり集まることは集まってそう。 あの、ちっちゃな力も大きくなっちゃうんで。 そう、そうですね。やれ、やれないね。やらないようにやったもう そんな感じ。じゃ、ここでね、あの、1 局私の歌も聞いていただきたいなと思いますけれども。え、 お願いします。 なんか言わしてるような感じでね。 もう嫌ですね、この性格。はい。じゃ、行きたいと思います。え、いいじゃないの幸せならば聞いてください。 うわあ。 [音楽] あの時 あなたと 口 を知って あの時 あのこと 別れた私 冷たい 女だと 人は 言うけれ いちゃ ないの 幸せ ならば [音楽] あの晩 あの子の 顔も忘れて あの番 あなたに 抱かれた私 悪い 女だと 人は いるけど いいじゃ ないの。 今が避けりゃ。 [音楽] [音楽] あの朝、 あなたは タバコを加え、 あの朝 1人 夢見た私 浮きの女だと 人は いるけど いちゃ ないの 楽しけれ ば [音楽] 明日は あなたに 心を残し、 明日は あなたと 別れる 私 冷たい 女だと 人は 言うけれど じゃ ないの? 幸せ なら [音楽] ね、なんか本当あという間のお時間で 時間を止まれて言いたいぐらいだったんですけどもね。でもいいじゃないのならばそうです ね。もうこの言葉でいつも閉めちゃうんですけれども、え、今日は本当にね、短いお時間でしたけども、え、今日 2代目なんかもう一言お願いします。 なんかあったかな? まあね、これからね、もう暑くなっていきますのでね、皆さんね、体にはくれぐれも気をつけてください。 もうね、脱水症状がね、 1 番やっぱり熱中症とかね、多くなってきます。水分もたくさん取って健康な体でやっぱり夏をね、過ごしていきたいと思いますので、また今日は本当によろしくお願いいたします。ありがとうございました。 はい、じゃ、 今日はどうもありがとうございました。今後ともよろしくお願いしたいと思います。 はい。なんかあっというまでね、もう 1回やりますか。 またやりましょう。お願いしますね。 じゃ、そんなわけでね、ここで皆さんにお約束ししてね、終わりだと思いますけども。それじゃん、じゃ、あちらに向かっていきましょうか ね。それでは皆様さようなら。 ありがとうございました。さよなら。 [音楽] はあ。 の町 初の川に 歌を流して小舟行く 金は住え の可能 様へ 夢の 森 さなんて背の里 良い 春の町 [音楽] は 娘 風 た元に受けて 白いエリアひよりがさ 濡れてくれしや 小舟に乗りて 清き流れに踊る さきなセミの里 良い 夏の [音楽]

ゲスト:三田翔也、二代目松鶴家千とせ

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