<ラグビー>【ブライトンの記憶vol.3】稲垣啓太―あのとき、世界で勝つ意味を知った
2015年9月19日、イングランド ブライトンのアマックススタジアムには まるで奇跡を待ち詫びるような空気が漂っ ていた。日本代表ラグビーが南アフリカと 戦うその日を誰が歴史が動く瞬間になると 予想していただろうか。観客席を覆う赤と 白の波。小さな国の代表が世界の巨人に 立ち向かう。あの試合から10年。今 稲垣太は静かに振り返る。試合前は不思議 なくらい緊張しなかったんです。勝てると は思っていなかった。でも絶対に諦めない という気持ちは全員にあった。稲垣が語る 声は落ち着いているがその奥には10年前 の熱が今も燃えている。南アフリカは世界 ランキング3位。対格もスピードもまるで 違う生き物のように見えた。だが日本は 恐れなかった。いや恐れる余裕すらなかっ たのかもしれない。準備の段階からもう 自分たちの信じるラグビーを貫と決めてい たんです。スクラムでもブレイクダウンで も逃げない。それだけを意識していました 。稲垣が試合に投入されたのは後半17分 。ルースヘッドプロップとしての出番は まさに勝負どころだった。スタジアムの 空気が震える中、彼は静かにピッチに立っ た。覚えているのはあの瞬間の風の匂い。 汗と芝ふの混ざった匂いが今でも蘇ります 。南アの思いスクラムに押されながらも彼 らは踏ん張った。日本の8人が1万岩と なって世界最強の全身を食い止めた。もう 1歩だけ前へという言葉を心の中で何度も 繰り返していました。その執年がやがて 歴史の流れを変えていく。試合終盤34対 残り時間はわずか誰もがPGペナルティ ボールで引き分を狙うと思った。だが キャプテンのリーチマイケルは叫んだ。 スクラムに行くぞ。スタジアムが ドヨメータ。ベンチも観客もそして世界中 が息を飲んだ。その瞬間僕らの中では迷い が消えたんです。勝つために戦ってきたん だから最後まで信じようと。スクラムが 組まれた。慈響きのような音。押し合いの 数秒が永遠に感じられた。そしてボールが 展開された。右へ。さらに右へ。ボロー丸 がパスを送り、最後はカンヘスケスが左隅 に飛び込んだ。トライ。その瞬間世界中の ラグビーファンが完成を上げた。解説者 たちは言葉を失い、記者たちはペンを止め た。日本が南アフリカを破ったのだ。信じ られなかった。でも同時にこれが日本の ラグビーなんだって思いました。試合後、 ロッカールームでは涙を流すものもいた。 笑うものもいた。誰もが疲れきっていたが 誰1人として俯いてはいなかった。 勝ち訳けだけじゃなく自分たちがどこまで やれるのか。それを証明できた気がしたん です。あの勝利は単なるスポーツの結果で はなかった。小さな国が巨大な壁を超えた 瞬間、努力と信念が常識を覆返した象徴 だった。10年経った今、稲垣はあの日の 意味を改めて噛しめる。人生であんな瞬間 はそう何度も来ない。でもあの試合があっ たからこそ僕は今の自分を信じられるよう になった。彼は今も日本代表の一員として 若い選手たちの前に立つ。その背中には ブライトンの奇跡で得た誇りが刻まれて いる。若い選手たちにはあの時みたいに 恐れない心を持って欲しい。相手が誰でも 自分の仕事を全倒する。それが日本の強さ です。そして稲垣は少し笑う。笑わない男 って言われますけど、あの時だけは笑って たかもしれないですね。10年前の勝利は 今も語り継がれている。だが、その裏には 数えきれないほどの小さな努力と見えない 覚悟があった。チームの誰もが勝ちたいと 口にしていたが、実際には信じる勇気こそ が勝利を呼び込んだ。当時の監督エディ ジョーンズは日本人は小さいが心は世界一 大きいと言った。その言葉は今も多くの ファンの胸に残っている。僕らがやった ことは特別なことではないと思っています 。ただ諦めなかっただけです。しかしその 諦めなかっただけがどれほど難しいことか 誰よりも稲垣自身が知っている。 トレーニングは過酷だった。毎日のように 限界まで体を追い込み、時には自分を疑う こともあった。エディさんの練習は本当に 厳しかった。でもあれがあったから勝てた んだと思います。仲間との絆も深かった。 血と汗で結ばれた信頼関係。勝利の瞬間誰 もが互いの存在を感じていた。1人では 絶対に無理だった。全員がいたからこそ僕 は立っていられた。その精神は今の日本 代表にも受け継がれている。2025年の 今、新たな世代がワールドカップを目指し て走っている。彼らもまた10年前の映像 を見て心を振い立たせている。自分たちも あの時のように世界を驚かせたい。そう 思ってプレイしています。稲垣はそんな 若者たちにあの日の経験を惜しみなく 伝える。勝つために必要なのは技術でも 体格でもなく仲間を信じること。どんな時 でもそれだけは変わらない。彼の言葉には 10年間で積み重ねたリアルな重みがある 。僕にとってあの試合は始まりだった。 奇跡じゃなく覚悟の証明です。あの日、 ブライトンの空の下で生まれた奇跡は10 年経った今も語り継がれている。だが 稲垣太にとってはそれは奇跡ではなく必然 だった。誰かが歴史を作るなら僕らがやる しかない。そう思っていたんです。その 強い意が日本の未来を変えた。そして彼は 最後に穏やかな声でこう締めくった。10 年経ってもあの瞬間を忘れることはあり ません。でも大切なのは次の奇跡を誰が 起こすか。僕はそれを見届けたい。 スタジアムになり響いたあの感性は今も彼 の胸の奥で響き続けている。あの勝利が くれたもの。それは永遠に消えない誇りと 前に進む勇気だった。
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