小芝風花と市原隼人の芝居が上手すぎる…”検校”が”蔦重”に強く嫉妬するワケ。大河ドラマ『べらぼう』第13話考察&感想 当時、江戸城では座頭金に手を出した旗本の娘が借金のかたに売られていることが問題視されていた。そこで、座頭金の実情を明らかにしようとする意次(渡辺謙)から調査官の役目を与えられたのが、“鬼平”こと長谷川平蔵(中村隼人)だ。

 現在は十代将軍・家治(眞島秀和)の嫡男・家基(奥智哉)が居住する西の丸の進物番を担っている平蔵。しかし、容姿端麗で家柄も良く、周りから妬まれていた平蔵は西の丸を出たいという一心で意次の期待に応えようとする。

 その結果、江戸城に勤める多くの武士が座頭金に手を染めていることが判明。最終的には借金で首が回らなくなり、一家で出家した者もいた。盲人を保護するために幕府が許可した金貸業が巡り巡って、武士たちを苦しめる要因になるとは、何とも皮肉なこと。意次は「もはや弱き者にあらず!」と当道座による高利貸しを取り締まることを決めたのだった。

 苦しい生活の中で心の余裕を失い、誰かを妬んだり、見下したり、あるいは蹴落とそうとしたり、その状況を利用して金儲けしようとする人も現れたり…。本来は対立する必要のない人間同士が憎み合い、社会全体がギスギスしている状況はもしかしたら現代とあまり変わらないのかもしれないと思わされる回だった。

【著者プロフィール:苫とり子】
1995年、岡山県生まれ。東京在住。演劇経験を活かし、エンタメライターとしてReal Sound、WEBザテレビジョン、シネマズプラス等にコラムやインタビュー記事を寄稿している。 その一方で、本が読めない人もいる。今は書籍を読み上げてくれるオーディオブックが存在するが、この時代、目の見えない人は誰かに読んでもらうしか本の世界に触れる方法はなかった。

 高利貸しで巨万の富を得た鳥山は一見、光が当たる場所にいるように思える。けれど、彼自身は暗闇の世界で孤独を感じていたのかもしれない。

 そんな鳥山にとって、自分のために本を読んでくれた瀬以(小芝風花)はようやく差し込んだ一筋の光だったのだろう。自分のそばでずっと瀬以が輝いていてくれるなら、鳥山は何でもしようと思った。

 自分は本を読めないのに、読書が好きな瀬以のために書庫を与える鳥山は愛のある人だ。その愛は瀬以にもちゃんと伝わっているし、その想いに応えようとしてきた。

 けれど、心までは誤魔化すことができない。鳥山は瀬以が自分ではなく、蔦重の隣にいる時が一番輝いていることに気づいてしまった。さらには2人の心を繋いでいるのが、自分の読めない本であったことが鳥山の心を深く傷つける。

市原隼人と小芝風花の演技合戦が見事!
 瀬以を書庫に閉じ込めた上、蔦重を屋敷に呼び出そうとする鳥山。場合によっては蔦重を始末することも考えていたが、瀬以に強く止められる。

 瀬以自身も未だ燻り続ける蔦重への思いが鳥山を傷つけていることは分かっていた。だからこそ鳥山の思いをしかと受け止め、蔦重への正直な気持ちを打ち明けた瀬以は、「こんなものは消えてしまえと、わっちとて願っておるのでありんすよ…」「信じられぬというなら、ほんにわっちの心の臓を奪っていきなんし!」と鳥山が握る刀を自分の胸に突き立てるのだ。

 小芝の迫真の演技はもちろんだが、市原の受けの芝居もまた見事だった。市原はこの役を演じる上で、白濁した色のコンタクトレンズを着用している。そのため、読み取りづらいはずの感情が、市原の醸し出す雰囲気だけで伝わってくるのだ。瀬以の思いを知った鳥山からは戸惑いや悲しみの色が滲んでいた。

 鳥山は誰よりも人の心の機微に敏感だ。相手が望んでいることも分かるので、人心を掌握するのも上手い。ある意味、計算高いとも言えるが、鳥山の場合は純粋に相手を喜ばせたいという気持ちが強いのではないだろうか。

 でも、そのための手段が彼の中でお金しかなかったところが不幸なところだ。それで今までは何でも手に入ったのかもしれないが、瀬以の心だけは手に入れることができなかった。

 もしかしたらこの先も共に人生を歩めていたら、瀬以が心から鳥山を愛おしく思う日が訪れたかもしれない。しかし、運命は残酷で、当道座による高利貸しを取り締まろうする幕府の手がすぐそこまで伸びていた。 少なくとも鱗形屋を蹴落としたいわけじゃない蔦重は救いの手を差し伸べるが、その余裕ぶりが余計に鱗形屋の神経を逆撫でする。

「てめえは本屋じゃなくていいだろうが。あんな立派な茶屋があるだからよ!」と蔦重に本屋商売からの撤退を迫る鱗形屋。ただのやっかみにしか見えないが、彼の気持ちも分からなくはない。

 蔦重自身はお金があるわけではないが、拾われた身とはいえ、吉原に大きな茶屋を構える駿河屋(高橋克実)の息子としてある程度は将来が約束されている上に、身内からお金を借りて本を作ることができる。

 かたや、鱗形屋は本屋一本で妻子と従業員を食わせていかなければならない身。そんな鱗形屋からしてみれば、蔦重のやっていることはボンボンのお遊びにしか見えないのかもしれない。

 それでいて才能があるから、腹も立つし、焦るのだろう。鱗形屋が蔦重に向ける怒りは、「俺から商売を奪わないでくれ」という叫びでもあるのだ。

本に携わる全ての人へのエール
 生まれて初めて自分が恵まれていることに気づいた蔦重は、「皆がつきまくる世ってな、ねえもんですかね」と源内(安田顕)に零す。穿った見方をすれば、それもまた恵まれているからこそ出てくる言葉だが、青臭い理想論などとは決して馬鹿にしないところが源内の魅力だ。

 源内は「おめえさんが世の人をつきまくらせりゃいいんでねぇの」とした上で、こんなことを言う。

「本ってなぁ、人を笑わせたり泣かせたりできるじゃねえか。んな本に出会えたら人は思うさ。『ああ、今日はついてた』って。本屋ってなぁ、随分と人にツキを与えられる商いだと俺ゃ思うけどね」

 そこには、今も昔も変わらない普遍性がある。きっと多くの人が一度は経験したことがあるのではないだろうか。人生どん底の時にふと読んだ本に救われたり、全然そんな気分じゃなかったはずが本を読んでいる間に自然とケラケラ笑っていたり。幼少期の蔦重にとって、本の世界は辛い現実から逃げ込める場所でもあった。

 今ある状況が何も変わらなかったとしても、本があるだけで救われる人がいる。だから、本屋はこの世になくてはならない商売なのである。源内の台詞は蔦重に向けたものだが、本に携わる全ての人へのエールにも聞こえた。

Write A Comment

Pin