映画『国宝』は吉沢亮と横浜流星の演技に降参!狂気のフィクション歌舞伎に何を見るか【ネタバレ感想/レビュー】
映画報のネタバレ感想行っていきたいと思います はいお願いします いやこれ評判が凄まじく良いんすよね はめちゃいいんだ はちゃめちゃいいですとにかく演技が凄まじいんで 演技がすごい うんもう吉沢と横浜流星が半端ないですね ねほらよく危き迫る演技とか言うじゃん うん なんかこれを見ると危機迫る演技って気やすく使えないなと思っちゃいましたね あーもうこれが思い浮かんじゃうからね そうそうそうもうこれでしょ?まさに引き迫るっていうのは あああ いや諸々なんかそれ言いたいこととかあるけれども うん いやでもそれを差し引いてもすげえなっていう印象が残る映画ではあったかなって感じですね なるほどねまあなんかいいと思うんすけどね歌舞伎っていうテーマを扱う上でさちょっとなんかリスキーなねとこがあるかなみたいなのをどうしても思っちゃってね うんああまでもそこ行ってる人もいるんですよねま要はそのって歌舞伎としてはどうなんみたいな でそれの取り方もそうなんですよね かなり役者のアップを対応してるんで うん なんか舞台ってよりはもう役者の顔じゃんみたいな うんうん うんこと言ってる人は全然いますね あだそこをどう捉えるかが まあ別れ目でしょうねうんなるほどね うんでもまこれは賛否どっちの人も納得すると思うんですけどま役者はすぐ凄まじいじゃん うん役者は凄まじいとんでもないでしょ うん うんだそれをフィルムに納めただけでもかなりすごいなと僕は思いますけどね確かうん もう狂気的すら感じいや本当にね だからその今回その舞隊だけじゃなくてその普段からその女方のその佐とか そういったものをちゃんと意識してやるみたいな つまり佐からもう最初稽古したっていう話なんですよね うん でそのどんどんどんどんその基本的なふりだったりとか でそっから実際に劇中でやられる円目ね えこれやってくみたいなのでもうトータルでもう 1年半とかええ えもう稽古したみたいな話です 稽古1年半やばいねまでもたった1 年半っていう感じ方もできるっていうか ああまあね裏を返すばね そうそうそうだってこれ何十年とやってね磨いてくわけでしょ歌舞伎ってのは そうだねそれを1 年半でここまでっていうのは うんいやびっくりですけどね 説得力をある感じで出していく感じがね そうそうそう最初にそのテロップで説明側出るじゃないですかその女型ってどうやって生まれたかってのね だからその結構異行なんだよね 女方っていうものが単に男が女の真似してるとかじゃなくてでもなんかそれをこうもう乗り移らせてなんかその世界の中で成立する劇中ではその美しい化け物みたいなねワードみたいなの出てきましたけどだその一種化け物みたいなものなんですよね異行の存在っていうはい その異行ってものにじゃどうやってなってくのかな んでなってくのかっていうところ だそこをすごく1 個確認てるんですよねこの映画って ああ うんだそれになるためにはそれ努力とか稽古もそうだけど かけちゃうというかそこにはいはいはい その合というかねはいはいはい で主人公の気候っていうのがま吉沢領が演じてるんですけれどもうん でそれに対してま友人でありライバル役みたいなものとしてま俊介が出てくるわけですよねうんはいはいはい うんでこのね2 人が中身のその役者にすごい合ってるんだよねなんかね ああ うんまていうのは主人公の聞っていうのが もうなんかなんていうかな ある種空洞というかね これはある種芸術を通じた復習みたいな話なんだよね なんか言ってたね そうそうそう芸術で復習しろと だからそれはもう自分がそのもう誰もついていけないところまで行くことがもうそれは何かを超越することなんだっていううんう ん もう単にそのやったやられたじゃない復讐になるんだと うん うんそういうことなんですよねこれって うん だからそこのなんかもうめちゃくちゃもう狂気的なまでにもう全部捧げるみたいなね悪魔と契約したわみたいな うん でその役がなんかその吉沢のさなんかなんていうかなこうその顔整ってて美形なんだけどなんか何考えてるかわかんないみたいな なんか目死んでるよね そうそうそうそう目死んでて いやそうねうん中身あんのかみたいな あれを思い出したあの安倍サのやつ 地刑に至いたり山ね そうあの目の感じを久々に思い出しましたね はいはいはいその吉田涼に目つけた理由としてはなんかこうどっから来たのかよくわかんない感じみたいなねされたっぽいんですけど はいはいはい まあだからそういう感じですよね うんうん で対してこの横浜流星ってのは才能型に対して努力型というか まよくある大避構造があるわけですけど はいはいはい でこの横浜流星はだから本当にまさに役者としてもこうストイックなんですよ めちゃくちゃストイックにやる人だからそれがやっぱ中身と合ってるしあとそのなんかねあの面白いなと思ったのがパンフレットにあのエギアプローチがこの 2人違って面白いみたいなね感じがあって ま2 人で踊ったりして稽古してるわけですけど あの吉沢の方はうんうん なんかその女の声とかさせるのはすぐ感覚的にできちゃう ていう感じだったで横浜はそこがなかなか難しくて苦戦してたっていう感じで で逆にその振りみたいなちゃんと肩がある部分は横浜流星はすごいあの飲み込みやすいみたいな 感じだったてつまりその型から入るタイプと もうあの感覚でもできるタイプっていう のでまこれもなんかまさにそうだね 役がそのままそうじゃんみたいな 野生の感みたいな感じでしょうかね そうあるしだから本当にこの2 人のまもうそれこそ相当の年月かけてるわけだからこの役者の本当に油が乗ってる時期の何年をかけてるわけだからねだ本ん当ある種ドキュメンタリーでもあるっていうはいああ [音楽] 感じがすごいあるんですよねうんなるほどね もうすごい稽古してねあれができてるわけですから うん説得力あったよね うんそうそうそうそう でやっぱり目玉は先崎真獣でしょうね まあそうね うんこれはまあだから反復されるわけですけどあ あはい最後にもあったからねそうそうそう でここはねあのま今回そのくつか目が出てきますけどまこれがその時その時のなんかそのキャラクターのドラマにこうしてるというか重なってくるものがあるように見せてんだよねで中でも分かりやすいのはそのだけ真獣はい ねもう死ぬ覚悟ってねもう死ぬ覚悟でもう真充するんだと いうとこでしょはい続クしたよね いやびっくりしたねあれねうんでしかもなんかそこにねこれはなんかもうもはやどこまで演技設計してんのかわかんないんですけど [音楽] うんうんまだから反復して死ぬ る覚悟をっていうのを2 人とも言うんだよねうん別の時間軸で はいはい でここがあのどっちも確かにすごいんだけど うん 最初の方のねその吉田涼がやる時はもうなんかもうあこれやばいわっていうねあこいつもうやばいそれをちゃんとその対現するように横浜がもう何も言わずもう出てっちゃうっていうシーンありますけどうんうん それもなんかすごい説得力があるんですよだから見てる観客もあこいつやばいっていうね感じがする でそれもなんかすごくその手前で何回も何回もその練習する風景があるじゃう うんで そこですめちゃくちゃダメ出されんだよね渡 でそれがああいうのってすごい難しいと思うんですよだからその演技のさその微妙な差をさうまい下手をその演示分けなきゃいけないから はいでもそれも計算されて取るわけだからね一応 そうそうそうそう でもそれが分かるんだよね うん渡辺とねその稽古してるところはまなんかそれなりにでもすごくねっていうその時もね あるんだけどまいざ じゃ本番でそれ見た時に あ全然違うわみたいな うんやば確かにみたいな あのグラデーション出してのすごいなと思うしそう で大してその横浜が同じ役をま後の方でやる時に うん またちょっとすごみの種類がちょっと違うんだよね なんかすごいあ頑張ってここまで来たなっていう感じがするっていうね そうねうんボロボロですからねあの人 そうでもそれってさ普通のさ歌舞伎を見てたらそんなのわかんないじゃん うん だけどこういうドラマとしてねま映画として色々反復してそこの前後に色々文脈をつけて演技として見せると歌舞伎でそういうなんかニュアンスの違いが出るっていうのは ま面白いっていうかま映画で歌舞伎を描くからこその うんあのニュアンスの違いだと思いますけどね まあそうね裏側とかねま時間圧縮する映画だからこそ重みがねなんかで伝えられるみたいなあのかもしれないけどね そうそうね でまその映画で歌舞伎を描くからこそのって意味ではさっき言ったように目が色々出てくんだけど結構そこでサスペンスの種類がその円目ごとに結構変わるっていう ほうほうほ のでこれもなんか映画としてあんま飽きさせないようにしてる感じはすごいあるんですよね ああま例えば最初のあの 2 人がですねメジャーデビューみたいな感じで出てくるまえっと 2 人道場寺っていうのがありますねあの最後はあの金に乗ってみたいなうんうんうんうん あそこのサスペンスは成功するか大丈夫か?この 2人っていうま初めて そうそうそうとじゃないですか であそこのそのすごいカットを色々割ってさ金に乗るところとかすごいハラハラさせるようにしてるんだよね うんま高速早いのとことかね なんか難しいところをハイライトでどんどん見せてる感じがね そうそうそうそうまあれもま言うまでもなく映画じゃないとできないよね うん でその先崎真住になると今度はこのさっき言ったような文脈の話になってくると えつまりその大学として吉座りক্ত涼が抜擢されちゃってそれに見合うものができんのかっていうとこですねうんうん ていうので来るぞ来るぞ楽しいってなった時にああっていうはいはいはい これもサスペンスだよねはいうんで2 回目の崎真獣はきと俊介の行きざとその役がもう同一するように見せてんだよねこの 2 人本当にここで死ぬんじゃないのみたいなそれがサスペンスになってんだねあそこはね うんでま最終的な詐欺娘っていうのはあるしあそこになると観客ももう引いちゃうんだよね あのゆやりはもう国になっちゃって 言っちゃった人になっちゃってるから なんかその目ごとになんか表情が変わるしはあ その時その時でその観客のその心の掴み方を変えてくっていうか そうね 俺もなんか舞台のシーンの描き方好きでしたけどね結構歌舞伎のちゃんと内容でドラマを語ったりとかその見てる観客でドラマを語るみたいなとこもあるじゃん うん歌舞 伎っていいなってさその菊くが思ったりとか歌舞伎を見てねとかあいつうまいな俺勝てねえやてさ うんと息子が継ぐはずだったのに本に許せないみたいな複雑なお母さんの表情だったりとか そういう観客の表情でさそのドラマが変わってくるのが面白いし うん 単に歌舞伎を見せるっていうよりは行き様をどうこうやって見せてくかっていうね はいはいはいはい うんだからちょっと中盤のところとかすごくダイジェスト的になっちゃうんですけど うんえなんでそうなったみたいな のがもうどんどん終盤になるほど 3 時間もあるのにすごいダイジェスト的になっちゃうんですけど ねでそれをまなんとかこの舞台があるから なんかそこで保管できるみたいな うん作りにしてるっていうね うんだからその原作がもう定下でとんでもない長さなんですよ ああ うんでまあの軍造劇なんですよね原作は でそれを主選択するにあたってやっぱりその菊とまそれに伴俊介との話っていう そこを抜き出したことによってもう色々こう捨てなきゃいけないところが出てきて そうなんだね そうそうそうていうのでまこうなったのもちょっとしょうがないのかなっていう はいはいはいはい うんまだから今ずっと言ってきたように純粋な株を見せてる映画ではま当然ないんですよねこれね 確かにね顔を見せてますからね うんそうそうそうそうだからまそこはまある意味割り切ってるんで ああ うんまそれに対してどう思うかってのはあるかもしんないですね うん でそれが多分そっちはちょっと引っかかったのかなっていうところですけども まそうだね引っかかってるね うんまあだから1 番引っかかったのはどこですか?やっぱ ラストの崎真獣ですかね僕はうん ね今まで僕はずっと実はその坂信じ良かったねと言ってるけど俺は 1回目なってずっと頭につけてます あじゃあ2回目は本当ダメだったんだ そうなんですよ実はだってさなんか歌舞伎としては結構ミスだらけじゃないみたいちょっと思って俺わかんないですけどめっちゃなんかホるし はあはあはあ 渡辺剣がそれ見たらぶん殴ってきそうだなみたいななんか あれをうんなんかやっぱその1 回目の崎新珠が持つ意味がでかすぎたんすよ は俺の中で でどういうことかって言うと真術っていや波大抵の覚悟ではできないみたいな死ぬ気になれみたいなもう女になりきれみたいなそういう渡辺県のさその病室での恐ろしい指導があったわけじゃないですかで実際にもう見た時にうわみたいなやられたわけじゃないですか僕ら全員あの聞くの演技にねうんうん [音楽] それによって行われてるからそのどうしてもそれと比較しちゃうんだよななんか俺の中ではちょっとやっぱり 1 回目は超えられてないなっていううんうんああ 別物だよっていう思う人もいると思うんだけど うん 結局けてるからバターンって倒れたにみんなざわざわし出すのって別にあれはその真獣の良さじゃないじゃないですか うんまハプニングに近い ハプニング近いじゃないですか それはやっぱりお金をしっかり取る上でしかもあいうね人間広国に近いあの 2 人のパフォーマンスとしてやるのはちょっとあまりにもなんかそのそれがいいんだっていうのは言えないというかこんだけ歌舞伎っていう文化をま正面からすごい描き切ってるわけだから あれをなんかラストに持っててこれもいいよねっていう風にちょっと描いてるのがちょっとなんか受けれらんなかったなっていうのが 1個あるんですよ まそうねそれは分かりますねてかそれはさやっぱりこの映画の歌舞伎をどういうものとして見るかってのはねあるんじゃないかなと思いますけどね あれはだからどういう風にあの歌舞伎を見れたら良いって思えたんだろうかなっていうのは思いますけどね うんうんだからつまりささっきそっちがその比較しちゃうって言ったじゃないですか 1回目と2回目をね でそれはある意味正しくてその 2 人のサを見せるシーンではまあると思うんですよどっちにしろうん うんうんでこの話はさこの 2 つの対立事故をずっとやってるわけじゃん うんうん つまりその聞くっていうのはその才能があるけど血がない うん瞬月は逆ですよねうんうん ていうのをずっとやってるからだから崎真住を 2回やってるわけですよねうんうん だからこの地下才能かっていう体率がまコアにあるわけですよこの話のねはいはい でじゃなんでこの話が地下才能かってのをずっと描いてるかって言うと つまりさまこの映画のこれも印象に残るシーンだと思うんだけどあの俺はお前の血をガブガブ飲みたいみたいなねシーンがあるじゃないですか あそこ結構まパワーワードだなと思うんですけどさっきも言ったようにその女方っていうね異行にならないといけない もそれはもうその時だけ演じりゃいいってことじゃなくてもう普段からもう表意させないといけないっていうね うん もうだから捧げないといけないですよね 全てをね そうそうそうていうものに対してそれを担保してくれるその言動力って何なのかっていうね うん ことなんですよ普通の人間はその境地にはいけないんだよね いけないねうんていう時に血だったりとか あとは才能だったりとかそういうものにやっぱりすがりたくなるというかいはその何か自分はこれをやるにたる人間なんだって思える自己政党化できる何かがないといけないっていうことなんですようんそうね [音楽] そうでそれは菊空にとっては血だったし はい にとっては才能だったわけうん で逆にうとそれぐらいのがないとできない道なんだと芸術というの うんていうことの分かりやすい代構造として置いてると思うんですねこれね うんなるほどね だからそのどっちがありゃいいとかだから才能があるからどうとかいう話じゃないんだとね血があるから恵まれてんだって話じゃないんだと いうとこに落ち着くわけはいはい この話は最初は菊が才能がとにかくあって ね血よりも実力を優先しちゃうわけじゃんあの父親がさ渡辺県がでえみたいなそのドラマがあったりするわけです はいはいはい なんだけど結局その後ろ立てがなくなっちゃうと何温雑師がねってくるとみんなあぼっちゃみたいな感じで迎入れてみたいなもう手のひくるくるみたいな はいはいあやっぱ血じゃんみたいな だけど今度この俊介が優先になると 他なるのその血によってそのだから足が糖尿病になっちゃって演じられなくなってくってことだからだからその結局そこってそれがあればいいってもんじゃないじゃんっていうねえことやってるわけですよ うん才能のは結局それは根本的には同じでつまり自己政党化のための道具でしかないんだってつまり才能っていうのも結局そのどれだけそう生きるしかないと思えるかっていう うんその能力の言い替でしかないし 血っていうのもそうだよねだからその血が欲しってのはお守りみたいなことでしょ うんていうところで信じ込めるかっていうファクターでしかないんだっていうことでだから最終的にそ崎真住に 2人の関結性が修練してくわけだけど はいはいはいえその1 回目の気候がやるその真獣はまやっぱりそのさっき言ったようにすごみが半端なじゃないですか でこれはやっぱり才能には勝てないのかっていう えところなんだけどでも結局それを死とか才能とかそういうものを全部振り切って いやこれはもう俺はこれをやるしかないんだとうんはいはいはい やりたいんだっていうところはいはいはい うんそういう原点に立ち帰った時にあの座崎信所がもう 1回出てくるとうん でそれは全く違いますよ1 回目のその菊の表現と でなんならそのこけちゃったりしているわけですけれども うん だけどそれはま他ならぬそののにしかできない表現のその獣なわけだよね でそこに観客もみを見出すっていうはいはい ところでこの2 行率を超えたとこにあるものとして出してると思うんですねあれ なるほどねまそこが多分俺はなんか伝わってなかったのかなと思うんだよねそのこのその崎ってすごいすんなりなんかやってなかったみたいな あ なんかすごい誰も反対してなかった感じがすんのよこれ この真獣をやりましょうてなった時に この2 人が一番最初にあの稽古上でやこれはエゴなんかじゃないみたいな俺これやりたいんだみたいな感じで介君が言うわけじゃないですか その後の周りの反応が一切描かれてないじゃん はいはいはい でいきなりほんまでバーンってなるじゃん だからそれを見た時になんか周りの反対押し切ってやったんだみたいな感じがやっぱなくて うん だからその超えた感じがしてないのよその先に行った感じが はいはいうん やっぱどうしても意地悪な味方しちゃうとやっぱりその血のね集性でやってるわけじゃないですか歌舞伎ってその俊助介君がやりたいって言ったからじゃあやろっかってなったのかなっていうすごいその血を意識してすんなり受けれられて実現したのかなっていう風に見えちゃうちょっと うん あの立ち位置になったからこそ多少無理もできちゃうんじゃないかみたいな うん なんかやっぱ血じゃんってやっぱ思っちゃったの俺見た時 あなるほどね なるほどねまあそうだねまそれはそういう見方もできるとは思いますけど うんうん そこはすごいある種皮肉と重ね合わせだと思いますけどね僕はね 皮肉と つまりそのこれってフィクションで実際はあんな外から拾ってきた子があの集名するなんてありえないわけですよゴリゴリちなわけですよ だから結局その俊介が戻ってきたらみんな手のひ返しで受け入れて変目ができちゃうってのは現実そうだよねみたいな あの要素ではあると思うんですよ うんうん だけどその見てる観客このフィクションの中においてはやっぱりその菊とその俊介があそこでもう初めて対当になるみたいな ああ うんシーンとして描いてるんで特にその新住するところとかねはいはいうんていうところのそのここだけでは成立してる率を外れた世界みたいな あものとして見れるかどうかだと思います なるほどねま確かにそう言われたら確かに見れるかもしれないね そうそうそうそうでそれはさっき言ったこけてんじゃんとかもあるけれどもそれをなんかある種のその抽象化された構図として見るかの [音楽] あるかなと思います歌舞伎じゃねえじゃんて言われたらま確かにそうですと だけどこの映画で描く歌舞伎舞伎としての表現なんで ていう多分返を監督はしてくると思いますね うんまあねなるほどね そうそうそう 普通に歌舞伎をそのまま停点で取ったらもう歌舞伎そのまま見にい そうじゃ見にきゃいいじゃんってなるからね 映画はその後ろに裏とかにあるドラマとかね長年のその関係性の変化の行きついた先で見せる歌舞伎みたいなのができるからあれやったみたいな うんそうそうそう ああまそれを言われちゃうね だってこれって本物のさ歌舞伎役者を起用するって手もあるわけじゃない でそれをやんなかったわけでしょそれは明らかに意図的なわけでで実際監督もいやこれは歌舞伎を見せるんじゃなくて 歌舞伎役者の行きざを見せる話だから うんうんうん だから逆にその俳優が頑張って歌舞伎役者になってくってことがそこに表するっていうのを狙ったんだと うん いうことなんでまそれはだ理にかなってるわけですよね原作だって別に舞伎の人が書いてるわけじゃないわけだから うん でもそういうその外部の人が歌舞伎っていうものをその見て面白くね構築して話をね やった時にあのこういう話が作れるっていうだと思いますけどね うんなるほどねうんうん あとまちょっとフォローするとこのままさにこの崎真獣とかもなんか実際のその歌舞伎のところでもちょっとしたハプニングとかがあの観客に受けてみたいのは実際にあるらしいです ああるんだ うんていうのでだけどま確かに僕も分かりますそういうなんかこのこれ歌舞伎かみたいなね それも違うよね うん まだってあんなさ化粧もボロボロになりながらさなんか泣いちゃいながらやるってさそれはなんか違うでしょうと思うんですけどね そうなんだよなだからさその実は今話聞いてるとさめちゃくちゃフィクションの映画の中での歌舞伎の話なんでしょ もちろんそうですね そうそれをなんかもうこれが今の日本の歌舞伎かみたいな感じで見る人がいないかなっていうのがちょっと心配だけどね俺ちょっとそれに見ちゃったからちょっとだけ ああまそれはそうなんですけどその最初にこの菊っていうのがヤザの方で拾われてみたいな そんなわけあるかいっていうのを導入にしてるのが一種あのエクスキューズになってるのかなとは思いますけどねあのこういうリアリティないんですよと ああうんなるほどね で僕が思ったのはそのまフィクション歌舞伎でやるのはいいんですよ別に はいはいはいそうでだけどあのラストラストで本物の歌舞伎と接続するみたいなことはやって欲しかったなと僕はちょっと好みでは思いますね ああつまり最後のあの詐欺娘ね のところでもう完全に歌舞伎になるみたいな 最後にさ全人刀の領域に行っちゃうわけわけでしょあの気候がねうん うん でそうなっちゃっても手の届かないとこに行っちゃうと でそれは沿構造になってて気候がかつて見たあの満さんのねいいなと思ってね でそれを自分もやりたいとでそこの境地に行って環構造になってるわけですよね あの万ギさんがさ最後あの割ともう病床に不る時にもうここには美しいもの何 1つないでしょと でもそれがいいんだということ言うじゃないうん言ってたけど どういうこと つまりそのずっとあの人はもう美しくならねばっていうまさに捧げて生きてきたわけでしょ うんうんでそれが全部なくなった時に ようやく肩の荷が降りたというか あ怪物が解放されたと そうようやく解放されたっていうことでまだからそれ表一体なのよ [音楽] 確かにね苦しいわけよ けれどもそれに捧げたんだっていうことで うんだからああいう素晴らしいものができるそれ表理ですよっていうことで それがその最初に聞くが初めて満ギさんにあった時に言われることとこうしてるわけですよ うんうんあお顔と それがあの呪いになるわようんうん それは自分がそうだからてことでしょつまり美しいものは呪いと貸すと ことを示唆してるわけあそこ で結局それがかかり娘になるわけ最後の描 うんでもそういうことなんだよ歌舞伎っていうことでしょ でそれが詐欺娘なわけじゃんだからそこに行っちゃったっていう うんうんうん ならあの時の飛行のポジションに観客を置かないといけないと思うんだよね うん つまりもう完全にもうあの手で届かないよこれみたいな ていう感じを出すっていう意味でもあそこではもう完全にそのもう舞台として取るみたいなね うん 中の人がもう消失しちゃってもうただ単にその詐欺娘の凄まじさっていう ところだけで最後は見せるっていう方が僕は息だったんじゃないかなとは思いますね あまそれそんな寄らないみたいな そうそうそうそうあそこもだって寄ってたりさちょっとエフェクトかけてたりするんで うんまね確かにそれはそうかもね そうだしもっと言っちゃうとあのラストのラストの 美しい景色を見たいというところでま見えましたというおになってんだけど そこの表現もちょっとなんかなんていうかぼすぎないかなっていうか あ美しいっていうのは そのままず言っちゃうんだと思って口でね [拍手] それはちょっとダサくないっていう こともあるし はいなんか後半急に行っちゃうよねみんな そうそうなんかね 急に行っちゃうそれまでなんか表情で語るとかやってみんな言ってくるからね そう でなんか顔のアップで終わんのもちょっと僕はどうかなと思いましたけどね もう例えば後ろ姿を取って うん彼が何の景色を見てるかもうわからないと もう向こうの方行っちゃったと でも彼は行けたんだろうなその境地にうんうん ところで観客を置き去りにして終わる方が僕はいいと思ってんですよね うん背中で終わるぐらいが そうそうそうそううん確かにねそう まあとなんかカメラマンのさ撮影の時にあの女性の人がさあ娘なわけでしょ あの人がなんかあなたのこと嫌いですみたいな親と思ったことありませんみたい うんだけど泣いちゃうんですみたいな はいはい あなたのなんかパフォーマンス見てると泣いちゃうんです私 であなたやっぱ日本一の乾きになったってことですねみたいな うんあそこは安っぽいよね正直 これ全部言うじゃんもう聞こをずっと黙ってるしさ まあだから特にその本当に終盤のねなんかその辺の処理とかはまあちょっとなんていうかこう畳んだなという感じはすごいするというか そうね言わなくてもいいんだけどなと思いますけどね うんだから花からさもう最低の野郎として描いてるんだから うん そこをなんかちょっと最後になんか免財みたいな出してくるのはどうなのっていうかま言わせてるけどさそのあなたは土と思ったことないとかさ クソ野郎だとは言ってるけどでもなんかそれが逆にそのありバみたいになっちゃってるじゃんみたいな うんうん うんだからもうむしろ僕はなんか出さずに 観客にモヤモヤさせたまま終わった方がいいと思うんだよね うんうんえあの人はみたいな うん こいつ全部切り捨ててんじゃんみたいな はいはい で結局だってさその最初付き合ってた子とかも話とかもうどっか行っちゃうじゃんあれ そうだよね なんか新しくねなんか森田ハさんとなんか関係始めていやあれみたいなあれどうなってんの?今みたいな感じも そう でその辺はやっぱりその原作をその色々切り捨てないといけないからっていうのもあるんと思うんだけどじゃだったらそこを逆手に取ってもう全部切り捨てて でそこもっと深んないとあの人たちどうなったかわいそうじゃんって観客に思うことをむしろ演出として利用した方がいいんじゃないのっていう はいはい でもそれを全部切り捨ててこいつはある種の化け物というか え国報になったんだという 話にした方がむしろそっちの方が誠実なんじゃないのと 僕は思いますけどねうん とか思うし主演のさ菊俊慎介君もさ うんうん なんか何年か飛んだりしてまた再開して中直りみたいなあるけどすげえ中直りの関係な修復が終わった後から始まってくからその時代飛んだ後もこっちえってなんだよね うんうん なんかすごいさらっと仲直りしたなっていう感じで言うとそのアベンジャーズのさエンドゲームのトニーとキャップの仲りしがあるじゃんうんそれ出してくるはいはいはい うんあれとかは俺全然好きなのよ 納得できたんだけど こっちはそこも飛ばしてくるじゃんもうんかりした後しか出てこないみたいな 会話したのかなみたいな感じが出ちゃうからなんかええみたいなどんなやり取りがあったのかなって単純に見たいなと思っちゃったしねまねはい うんなんかそういうのは思いましたねそういう結構ダイジェスト感をね感じた結構強いとこかもしれない うんまダイジェスト感はあるよね本当にねだから 3時間だけど3 時間だけど足りねえよみたいなうん 足りない うんていう感じはあると思いますね うん だからそこをこの作品はもうなんていうかある種最低限に納めて うん うんまでも僕は最低限よりはちょっと超えちゃってると思うんだよねだからさっき言ったように でいうのありにせよままでもその削ぎ落として もう舞台でそれをつぐと 舞台で全部もう分かってくれっていう ことにしてるとは思うんだよなってうんうまくいってるかどうか別してようんうんはいはいはいてことでま色々無理してる映画だと思いますけど [音楽] あの最後の方とかねはいはい とかまあと女性の扱いさすがにどうなんとかね まあねこの時代にやるの結構ね反発を食らいそうですよ とか色々ありますが その中にすごい表現は確かにあると うんうんこの燃やる感じも含めて 芸術ってことなのではというかうん なるほどね うんていうわけで皆さんどう思ったでしょうかっていうことです ねそれはちょっと逆に聞きたいです本当に教えてください ということでえ国報の感想でございました はい聞いてくださった皆さんありがとうございました ありがとうございました
映画大好き兄弟によるネタバレ感想ラジオ。今回語るのは、李相日監督が『悪人』『怒り』に続いて吉田修一の小説を映画化した『国宝』。3時間の超大作で描かれるのは、とにかく凄まじい演技合戦! 吉沢亮と横浜流星が役にマッチし、とんでもない境地に連れて行かれる! 果たしてこれは歌舞伎なのか?あるいは別の何かか? 今回も深掘って語ります。「あっこれヤバ!」
※このラジオは2025/6/9にXのスペースで配信したものです。
兄:しの( https://twitter.com/mouse15278 )
弟:ばんぼ( https://twitter.com/babonbobonbo )
0:00 役者が凄まじい
1:26 女形という異形
2:51 吉沢亮と横浜流星が役にマッチ
5:33 演目がサスペンスになっている
10:33 これは歌舞伎なのか?
12:53 「血と才能」の対立の意味
16:09 皮肉も込められている?
20:13 鷺娘はあれでいいのか?
22:56 終盤のダイジェスト感はある
25:54 総括:芸術の功罪がある
#吉沢亮
#横浜流星
#国宝
#映画
2 Comments
俊介の曽根崎心中は、役柄の状況と同じで、ほんとに命をかけてるんです。歌舞伎役者ではなく、俳優がやる意味は李監督が話されてますよ。ただ歌舞伎を見せればいいという話ではないのです。それならドキュメンタリーでいいですから。歌舞伎役者を演じる喜久雄と俊介を描きたいので、カメラを引いた映像は歌舞伎として、寄りのカットは演じてる2人を見せてるのかな。納得いってないほうの方の気持ちもわかりますが、それは原作を読むとよくわかりますよ。失踪後の俊介はもっと壮絶です。そして俊介が花道でコケて前に進めない描写は原作にもあります。そのシーンの演目は違いますが。ラストは…原作はえ?!と思わせる終わり方なので、個人的には原作のほうを観たかったです。長々と失礼しました。
見た感想としては、3時間も飽きさせずに見せる演出に驚き、素直に面白かったということと、今まで教養として未知のものだった歌舞伎という芸の魅力に触れられたのはすごい良かったです。
が、やはり原作付きの作品を3時間という限られた時間で描いている故か、後半からラストに至るまでの展開が「え?なんでそうなったん?」という唐突感がどうしても拭えない一方で、お二人も言っておられたような説明セリフに、ちょっとダサさを感じてしまいました。物語が数十年と言う長い時間を描くわりには、時間の深みが伝わりにくいかなと。本当は5時間くらいあれば良かったのかなと思いました。
同じような芸道を描いた作品に、例えば「覇王別姫」があり、同じような上映時間ですが「覇王別姫」の方がそのあたりの物語運びは優れていると思いました。
あと、やはり吉沢亮は年を取らなさすぎかなぁ。