ヨコハマBJブルース「主演、松田優作」
大友です日本映画で横浜BJブルスって いうのはあるんですけども主演 松作監督 H挿入がいいんですよね取材家っていうか ブラザーズソング松井歌ってるんですけど も あのこの映画の特徴っていうかもちろん その松作ですよその存在感なくして横浜 BGブルースはないですよ共演ヘミマリえ カエ先生出てますカエ造部ですね一郎ま淵 は子ウ崎竜堂そしてロックンロール内田ヤ も出てます独特ですよねこの横浜の景観も すごくいいんですけどもあのまブルース シンガーていうのがねえなりなんですけど 生活のためにその私立探偵和のその副業を してるうそのまま有作を巡ってね巡ってと いうかそのいろんな物語が生まれていくん ですけども まあマ作っていう俳優役者を見たいがため に映画を見に行ったそんな時代でしたよね 太陽にホエロで事実上のデビューを飾った 松田うさが俺たちの勲章でえま役者として のそのかこたる地位がねあの中村正と一緒 にこれも相模原の警察官の役でしたね ブラックラインも良かったですねもう危機 迫るう松田優作の演技でしたけどそれ あの人間生きてますとね その時その時はわかんないかもわかんない ですけど ま作りましたけどね今生きてれば結構な年 になっ てまだ役者あってると思うんですけど つい先日ねえ70代後半の女性の人と話し てるとね バカみたいに生きてきたよ先生もうもう すぐ80だよって言いますからねそんな こと言っちゃだめだよあんたして 待ち合いしてあんたの隣にいた人はあんた よりさ6個ぐらい上なんだよあそうだから さ世間を敵に回すように聞こえんじゃん隣 にいるからさそういうバカみたいに生きて きてさ80近いんだとかそんなこと言っ ちゃだめ あそうでもさ楽しいじゃん そうだってあんたさこれで昼が回るじゃ ないそれであんたの都営住宅の近くの スーパー寄って公園で天気が良ければ ぼっとしてんのもいいんだろうしさそう いうのって楽しいんだよ そうかなあんただって20十歳の時があっ たでしょ だけどあんまりいいことなかったみんな そうじゃないそれみんなさ自分楽しいって いうのはさ 楽しい楽しいことやらないと楽しくないん だよ そういう会話をねずっと あの先生さちょっとお茶飲まない飲まない よ飲まないよ昼また行ってさだってね金が あればさやんないよ あ そうだからその楽しい方行った方がいい ですよね20歳の時でも30でも25でも 今は今は泣いてくれ今は我慢してってやり たくないことをやってると楽しくないです だからその人その人でやっぱりそのその 女性の人はね80を前にして77か78か 存じあげませんけど もバカみたいに生きてきたよっていうその フレーズがすごくね私のうーん どういう意味なのかよくわかりませんバカ みたいに生きてきたっていうのはよく 分かりませんが楽しくなかったっていう ことを言ってるんでしょうかねつけばもう 78だよって それで もまあ月に1回か2ヶ月に1回か医者に来 てそれで 毎月君とお金かかんじゃんだから今は リフレ方戦っていうのがあるからそれにし とくから自分に言っとくからねあんたそれ でさまはっきり言って小方戦の使い回しだ よあそういうのさ先生しか教えてくれない らずいいんじゃないのね俺もさあの毎日来 てるわけじゃないんだけどさうんでも 面白いね先生いやそあんあわかんないです けどねその人もどういう人生で来たのか それわかんないですよま弁護士もそうかも わかんないけどコンビニもそうかもわかん ないけど病院とかいろんな人が来るわけ ですよほとんどは片着だけどまあのそう いういろんな人がねいろんな公務員だっ たりね年配者だったり 米が高いとか安いとかっていうことも ございますけど でもふとその昔はこの横浜BJブルース 1981年でしょあの駆Hの ハードボイルド アクションこういうのを見ながらマう作 っていう最も危険な遊戯と か東映でしたかねこれはやっぱ東映なん でしょうね でその あの主題ブラザーソングう挿入はまた違う んでしょうけどねビクターで あの挿入かわかんないですけど歌ってるの はあのマザですねうん こういう存在感がある役者ってのもいなく なりましたよね 映画撮りたいっていうやっぱり有作だから 撮りたいんじゃないですかね脇を固めんの がやっぱり変味りだったり あのやめてとかいう歌ってましたけどね カエ先生とかね総力とか 殿山大使一さんとかう崎竜ド内田ゆや みたいなね あのまずっともうスタートからラストまで ずっと有作ですよマダ有作ですよ この人はやっぱすごい存在感がありますよ ね うん [音楽] でやっぱりあの工藤Hってのがね やっぱり当時っていうかけの電子も取ってましたね九戸市とあのちょっと変わったとこではあの祭り林が聞こえるっていう小権なんですよ競輪のテレビドのと思います野牛一族の陰謀も藤さんだと思うんですよね 安藤 組伝っていうのを取ってますねまそれでやっぱり野獣かも取ってるんですよ大阪であの畑県ですねこの辺が乗ってるんですよ [音楽] 横浜BJブルース1981年野獣デカ 1982 年そのもっと前だとま虫の兄弟っていうね 菅原だと勝ちためよですか2人合わせて 30番1974年 そして1979年にこの駆動Hはねその後 の人義だけ戦いを取ってるんですよこれも すごかったやっぱり取るべくして工藤Hが メガホンを取ってえーこのシナリオでこの 役者で行こうっていうのはね で久しぶりにこの横浜BJブルースのこの 歌がいいんですよね主題家が だからこう目の前を一瞬でこう時間が通り すぎていくようにそれでその70代後半の その女性 が面白くないけどさでもあんたさ後半で シャバにいてさね寝るところがあんでしょ 家があってさなんとか食べれてさ最高じゃ ないそんなの上を見たら霧りがないっさも 見ても霧りがないかもわかんないけどさ 面白い方がいいよ若い時も若くない時も誰 かを信じると裏切られるの で考えてめで生きてる方がいいよ みんな言いたいことがあって も口をつぐんでさ隣に人がいるからそうだ よね先生そうなんだ大人なしく生きてんだ 最後 までは打ち回りながらね だけどま助けてくれって言わなきゃいけ ない時があるのかも分かりませんけどなん とか生きてんですよ そういうようにかつて昔横浜BJブルース を暗い映画館で見たのを思い出したんです けどバカみたいに生きてきたよっていう その女の人のねフレーズがねえー電車に 乗って帰る時もああどういう意味であの人 はそういうこと言ったんだろうなっていう ま何回かあってる顔の人なんですけどそう いうことを考えながら横浜BJブルスを 思い出してみました
80歳前の女性と会話
バカみたいに生きてきた
勤務医の日常の中で聴こえてきた
松田優作の歌声
ヨコハマBJブルース
1 Comment
「松田優作さんのパフォーマンスは⁉️やはり萩原さんへの憧れ⁉️影響力を受けた⁉️と感じてしまいます」
「御本人もコメントされています」
「また、同い年‼️同様な生い立ちの⁉️矢沢さんも⁉️意識されていたと痛感しています」
「1980年の舘ひろしさん主演映画の」「薔薇の標的」では「横浜のロック歌手として配役名‼️矢沢として
特別出演されてます」余談ですが「米映画ブラックレインのオーディションには萩原さんもアプライされていたと言われています」