傾くという歌舞伎|映画「国宝」感想考察レビュー【吉沢亮・横浜流星・渡辺謙・田中民・李相日】

どうあるべきかについてくらなければ はい。え、というわけで今日は、えっと、 国報について話をするんですけど、えっと 、半年ぶりに映画館に、え、行きまして、 上半期1本しか映画を見てないという、え 、感じなんで、ま、上半期ベストとかも、 ま、出せるわけもなくという感じで、家で 映画見てるんですけど、あの、ま、明らか に本数は減ってるんですけど、ま、 いろんなことやってたら、え、ま、映画 どころじゃないっていう、え、感じで、で 、なんですけど、え、ようやく、え、一応 これは見とこうかなと思って、え、行き ました。え、ま、スーパーマンが公開され てるんですけど、えっと、国語に行きまし た。あと、ま、今月は、まあ、もう1歩も 見れる予定がないので、えっと、鬼滅の刃 は、えっと、ま、見れないという、え、 感じなんですけど、Dさ3監督で、えっと 、吉田1、え、原作、えっと、ま、悪人と か、えっと、怒りですねの、えっと、ま、 3本目みたいな感じでなんですけど、えっ と、ま、歌舞伎の話なんですけど、あの、 ま、これは、ま、あの、ま、他の、ま、 動画が、えっと、ま、何十万再生されてる やつがたくさんあるんで、解説とか、ま、 そういったものはもいいんじゃないかなと 。って思うんですけど、結果的に、ま、 これ見て何を得るかっていうか、ま、その 日常にどう落とし込むかっていうか、ま、 そういう話にすればいいかなと、え、思う わけで。ま、3時間ぐらいある映画で、ま 、あの、なんていうか、一時代期っていう 、え、やつなんで、1人の男の人生を、ま 、子供の頃から、ま、じいちゃんになる ぐらいまでの話をこうやってるわけで、ま 、人生っていうのは応にしてこうき沈みが あるっていうまことがあってなので、まあ 3時間あって、いわゆるこう娯楽映画 みたいにこうめちゃめちゃ最高の瞬間で バシッと終わってエンドロールにな るっていうようななんかそういうこっじゃ ないっていうところが、ま、あったなって いうのは、ま、もちろんあって、ま、 すごいシーンがたくさんあっで、あ、ここ で終わったらいいなっていうタイミングを 何個かこうあったなっていうところで、ま 、落ち着くところで落ち着いて終わっ たっていう、え、感じがあって、ま、僕は 、ま、あの映画で求めてるのはもうその どうやってタイトルを出すかっていう ところとどうやってエンドロールに行く かっていうところで、そこで、ま、その 映画の、ま、印象って9割決まるんじゃ ないかっていうのは、ま、思ってるんです けど、ま、そういうのとはやっぱちょっと 違ったかなっていう。まあ、いろんな ハイライトがありながら、い、ま、でも人 の人生ってのは、ま、もちろんそうで、 いろんな吹き、浮き沈みがあるよねって いう、ま、恋愛映画だったら、ま、その声 が実りましたって言って、ま、終わるん ですけど、やっぱその実った後に、ま、 いろんなことあるよねって、絶対喧嘩する よねっていうわ、あの、一旦なんかそう いう別れるいろんなことあるよねとか、 あの、やっぱ私ってあるわけで、どっちか 2人、2人とも一緒に死ぬってことはまあ 、絶対ないわけで、どっちかが先に死ぬ わけでっていう、ま、そこのドラマって いうのは、ま、絶対あるよねっていう ところでなんですけど、やっやったその 映画っていうのはあくまでもその誰かの 人生のこう一部を切りく切り抜いてその ハイライトを切り抜いてっていうそこだけ を見るっていうまその一代期っていうその 1人の人生を追いかけるっていうことに なるとまそういう形で描くっていうのはま 難しいよねっていう絶調で終わ るってことはあのありえないっていうえ ことなんですけど あのま言いたいことっていうかまそのま この映画その国王っていうのは何を国王 ってっていう本当の国っていうものと、ま 、この映画で描かれた、ま、その主人公が 最終的に国を人間として、ま、選ばれ るっていう、え、形になるわけ。待つとか 、あの、今回ちょっとネタバレあ りっていうか、ま、普通に見てないとよく わかんないような話になると思うんです けど、ま、国王って、ま、2つ、ま、物語 上は最終的に主人公が人間国王に、ま、 選出されるっていう形で幕を閉じるわけ ですけど、本当の国っていうのは、あの、 この主演の2人ですね、吉沢りさんと横浜 竜先が、ま、この2人、2人で1つだって いうこと。この2人がこう同時に同じ家に いてこの2人があの一緒にいることこそが こう本量発狂するっていうそれこそが国王 だったんだっていうえことなんじゃないか なっていうまそのまズであり万日美であ りっていうまタウン でありオアシでありっていうまそういう あのもうこの2人以外ありえないっていう この2人だからっていうまそのまビーズ だってそのお互いソロでやってるわけです けど結局ビーズじゃんっていう1人1人に はそのめちゃめちゃ才能もありこう実際 実力があるわけでだけどこの2人が手を 組んだ瞬間にその何倍ものこう力を発揮 するっていうこの奇跡のま組み合わせって いうこの2人揃ってこその本当の国王だっ たっていうまービジュアルはまあまそなん ですけどなんでま歌舞伎の話をするとま そもそもやっぱその歌舞伎がなんでこう 歌舞伎吹きっていうものができた最初のっ ていうのは脳とか人形とかこう うやうやしくこうなんかゆったりったり やってるっていうところにもっとこう大衆 により分かりやすくもっとエンタめしてる ものを届けようって言ってそれで被くって いうちょっとあの傾まくってあの傾くって 書くんですけどその歌くっていうちょっと 違うことをするっていうまくんロールとか とま一緒っていうかまそういうのとま近い んですよね。クって元々は、ま、今やっぱ その権威としてなってるからこそなんです けど、元々歌舞伎っていうのはカウンター カルチャーみたいな感じで出てきたもの のっていうであ るっていうことなんですよね。で、この、 ま、主人公の吉田涼さんが、ま、横浜瀬 さんがその、ま、家の、ま、政党光継者と しているんだけど、ま、彼は彼で才能が ある。そして吉田涼さんはその、ま、ヤザ のあの息子として、ま、育っていって、ま 、いろんなことがあるその、ま、渡辺健 さんからに、ま、拾われるっていうま、 その才能を見出されるっていう、ま、こと があって、ま、名門の人間ではないんだ けど、だけど明らかに才能が都出して るっていう。で、ま、その2人のですね、 政党光景者と才能が異常に突出してる。ま 、この2人があの、一緒に切磋琢磨してっ ていう。で、歌舞伎っていうのはその脳と かその人形ルっていうその伝統的にやって きたことからカウンターとしてやってき たっていうそして歌舞伎っていうものが こう世に受けられていてそれがどんどん 計上されていってでその歌舞伎自体がま その権威によっていってるっていうま今の ま現代っていうのはまそうなんですけどで もその歌舞伎時代もま昔からるもの古いも のっていうものであるからこそ新しいもの と手を組んで過ぎていうものを残してい くって そうですね。まさにワンピースをしたり 初めくとやったりとかするわけで、ま、 あの、これタの時に言ったんですけど、ま 、そのクラシック音楽っていうものは、ま 、そのだんだんそのいろんな音楽の ジャンルが生まれてくることによって クラシック音楽そのものの価値っていうか 、隠式は上がっていくんだけど、だけど 世間一般からしてみるとクラシック音楽 っていうものはとつきにくいものみたいに なっていくって、クラシック音楽が 生き残っていくためにはどうなっていく かっていうと映画と手を組むとかゲームと 手を組むっていう形になっていって、こ こうクラシック音楽というもの自体はこう 脈くとこう続いていくっていう音楽その もの音楽を聞くっていうこと自体がエタメ だったんだけど音楽だけではエンタめに ならなくなってくるっていうま、そのまは 最終的に主人公はそのモンハンのあの オーケストラの式者になっていくっていう そのタっていうその主人公の女性者だけが でこう成り立ってたっていうかマエストロ としてこう崇められていただけどもうそう いうものじゃなくなっていったっていう クラシック音楽とかなんかそういったもの が生き残っていくこう今最もこうホットな ものと合体することっていうのが必要 不可欠であるっていうことであるんです けどまそれは置いといてもまこの歌舞伎 ってのは元々そういうあのカウンター カルチャーとして出てきたまなものであり パンクなものでありヒップホップなもので あるっていうえところがまもちろん限定で あるわけで今現代の歌舞伎っていうものは そのお家柄メ門の家に生まれたっていう こと。それが全てであるってこと。そして それそこに生まれた息子は名前を受け継い でいくっていう。ま、それが絶対のなんか 筋道になってるっていう。そしてこの物語 の吉田りさんっていうのはそこの登戸とし てヤザの息子として才能を見い出されて家 に入れてもらってそして才能を開化させて いく。そしてやがてこの3代目を集名 するっていう流れになっていくわけで、ま 、これが本来の株く歌舞伎ものの歌舞伎、 歌舞伎という、え、言葉のこうなんていう か持ってるものとしての1番こう正しい もの本当に原点の根本的にあるものって いうのはそこなんじゃないのっていうこと なんですよね。だから渡辺けさんがその 采敗をするわけですけど、その自分がその コ事事故にあってこう自分の演目を演じ られないってなった時にそのま、横浜です 。自分の息子に大薬をさせるさせ るっていう話だったんだけど、だけど吉澤 りさんの方に安くをやらせるってことで、 ま、その後に横浜竜先さんその才能を見て やられて出ていって、で、そのまま吉田り さんが、まあ3代目を集名するっていう形 になるわけです。それが現代のその歌舞伎 の家の論理から行くと間違ってるんだけど 、だけど歌舞伎、株きの歌舞伎っていう その原点に立ち帰えるとそれが正しいん ですよね。なんかそういうの、ま、本来の 株とはっていうこういうものなんだ、こう あるべきなんだっていうところから違う ことをするっていう。だから、ま、渡辺健 さんとかはなんかそういう意味で、ま、 被っていうことをやったっていうことなん じゃないかなと。そしてそれを、え、そう させた吉澤りさんっていう、あの、その 主人公のその才能っていうその自分の力 だけでこう成り上がっていくっていう風に も、ま、見えるわけでっていう、ま、その 力、その個人の白立ては、ま、あったは あったんだけど、だけど、だけどその やっぱ個人のその本当1人の力だけでこう のし上がっていって最後人間高校にな るっていう、え、ことではあるんだけど、 だけど本来1番美しい形っていうのはこの 吉田りさんと横浜竜さん、この2人の コンビが2人で、ずっと一緒に ケミストリーがこう発生してるこの2人が ずっと同じ部台に立ち続けるっていうのが 1番の国王だったんじゃないかっていう、 ま、ことでもあるわけで、 凝り固まってしまったそのいわゆるその 歌舞伎の家っていうもののなんかそういう それを壊すだけの才能の吉田涼さんって いうのがいてっていう江戸時代からもう 完全に現代までもう何百年でこう出来 上がってしまった家の人間が血筋を持った 人間が政党光継者だけがこの名前を受け継 ぐっていうその伝統っていうものが 出来上がってしまったからこそこの2人 っていうのはこうずっと一緒に やっていけなかったんだっていう。だけど それを壊したのもまた吉沢涼さんでって いう。そして1人の人生2人の掛けがえの ない才能を犠牲にしないと怒らなかった ことっていう風にもまあなるのかなと思う わけで最初2人は同列だったんですけどだ けど渡辺健がその時どう思ってたのか わかんないです。あの交通事故でその大学 を立てる時に息子じゃなくて吉澤涼さんの 方にを大学をさせるっていうこと。ま、 それはその より良いものを見せようとした結果なのか 、ま、その歌舞伎っていうものが準パでは もちろんないっていう、常にどうやって 生き残っていこうかっていうこと、どう やって残していこうかっていうことを考え てるからこそより才能のあるこう方を選ん で、ま、もちろんその、ま、僕は言った ようなその歌っていうことのその本当の 根本的なその原点に確柄 じゃないんだって。家柄じゃなくてより 良いものを見せる、より良いものを残して いくってこと考えた時に才能のある方を 選ぶというのはそれは当然のことなんじゃ ないかっていう。っていうか家の論理に 基づいた決定じゃなくてゲーっていうゲご の根本に立ち帰った時にっていうことなの かなともま、思うんですけど、ま、それに よってやっぱその横浜竜セさんとその吉田 涼さんこの2人でしかありえないこの 名コンビがやっぱバランスが崩れるんです よね。今までは同列だったんだけど。だ けどやっぱり吉田涼さんがこの1本抜きに 出てしまったことによってバランスが崩れ てで横浜留がま、いなくなる失走してしま うっていう。で、吉澤涼さんがそのまま その3代目を集命することによって、ま、 いろんなスキャンダルとかで叩かれたりと かしてどんどんどんどん落ちれていくって いう、ま、そうやってで、ま、その横浜 竜先生が戻ってきてやっぱ政党光継者とし てまた帰りみたいな感じで吉田りさんは 没落していくっていう2人のこうバランス でその2人とも別々の形でこう土佐回り みたいななんかこう下ずみというかなんと いうかそういう時代に突入するんですよね 。てこう長い時間をかけてで、ま、その 田中みさんが呼ぶんですけど、ま、こう、 ま、この田中みさんがあれなんですよね。 完全にこの人もう死に神なんですよね。 その役者何かこう歌舞伎で目型こう女を 演じるっていうことを自分をなくして役に 徹するっていうま、その歌舞伎の家に 生まれるっていう歌舞伎役者のこう家に 生まれるっていうこうもう自分っていう ものをこう出すんだけどだけどある人 やっぱ捨て捨ててから出すなんて言うかな ま自分のまそのこういった行き方まもそう ですけどこういった生き方をしたいとか じゃなくって職業選択のこう是非がもうな いっていう。ま、お前はこれで生きるしか ないんだっていう。こう自分を捨ててだ けどその先で自分を見つけるっていう役者 というもののこう豪というかこう沼って いうものにこういっ死神みたいななんか もうになってたなっていう。ま、元々この 人もそのコンテンポラリーダンスとかやっ てるわけで、その、ま、株はまた違うんだ けど、もう独学で独力でこうのし上がって きた人だから、ま、田中みさんがこう全部 コントロールしてたかのようにも、ま、 もちろん見えるっちゃ見えるんですけどで 、ま、そのなんていうかバランスが合うん ですよね。ま、そのそこであの、もう1回 その満月さんに呼ばれて2人で一緒にで なった時にようやくもう1回またバランス があの子供の頃の時のようなバランスを 取り戻すんですよね。ま、主人公吉田涼 さんはやっぱそのヤザの息子で目の前で 父親が死ぬっていうのを、ま、間の当たり にしてるわけですよね。親の敵打ちで 勝ち込みに行ったりとか、ま、してるわけ ですよね。で、ま、そのでかい家に拾われ るっていうことはもするんだけど、だけど 、あの、ま、奥さんから、あの、ま、家に は入れないっていう、ま、別のまあ、なん かアパートみたいなとこに、ま、住んで るっていう。ま、そので、1人 で視線をくぐり抜けてっていうのが吉田涼 さんにあって、で、横浜さんにはそれが 最初なかったんですね。で、その名門の家 に生まれて、ま、ボンボンでっていう、ま 、なんかちょっとあの、なんて言うの? めちゃめちゃこう金遣いが荒らそうな、ま 、ところが一瞬あったりとかするわけで、 で、彼がその吉りさんの才能にやられて 一旦出ていくっていう、そこでなんていう か、生活が保証されてたんですよね。別 生活費を稼ぐ必要が全くなかったって。 自分のやりたいことをやってたら勝手に 生活費があの入ってきててだから死ぬって いうかそのしり合わせであるって生きて るっていうその本当の意味での生きて るっていうその実感っていうものを得る ための時間っていうのがそのイカあの出て いった時期にえ得したものであ るってことで吉田涼さんっていうのはま昔 からそれがあったっていうえことなんです よね。死と隣り合わせであるっていう 生きることっていうのが、ま、下を磨か なければ才能を見出してもらわなければ 生きていけなかったっていう、ま、そこの 決定的な違いっていうのが、ま、そこでゲ に現れていうわけで、で、ま、そこで、ま 、戻ってきた時にまたよさが落ちていっ てっていうので、こうバランスを取って いくわけですよね。その吉田れさんがい なくなってて没落してる間森なちゃんと あのもうめちゃめちゃになっててあのね 土佐回りのあれとか車がパンクしててこう 荷物を2人でこう手持ちで行くってあん時 の堀ナさんのこう顔に出さないようにし てるんだけども出ちゃってるしんどそうな 顔っていうのあれすごい良かったんです けど何も言わないっていうあれはすごい 良かったんですけどすごいリアリティが あったんですけどねりセさんがそのただ 帰ってきたで良かったね終じゃなくて、 やっぱそこからの信用を積み上げていくっ ていう過程とで、次のその吉田涼さんが こう没落していくあのジョーカーっぽい ことをしてるあのあの下りの中でそこで こう全部の超尻りがあってっていう魂の バランスがこう取れるっていうまそこでま 2人がもう1回やろうってなった時にま、 横浜竜星さんがその糖尿で足を切らないと いけないっていうなるっていうまそれだけ のやっぱ差があ ってことなんですよね。吉沢さんが歌舞伎で才能をこう発揮するっていうこと。 その才能の高さっていうもののやっぱ原流 っていうのがそのここでできなければこれ に価値がないっていうかもう死ぬしかな いっていうような状態っていうものに精死 をかけてるっていうかけざるを得ないって いう状況の中で生きてきたっていうこと。 そのバランスを取るために横浜竜セさんは ただその外に出て自分だけの力で生きてい くっていうことプラスその足を失わなけれ ば魂のバランスが取れなかったっていう 全てが綺麗に合っしてうまくいって ハッピーエンドなんてやっぱり世の中そう いうのってないしまそれファンタジー すぎるしそれはまドラマになりえないと いうかもう強覚めするんですけどまだから こそ魂のバランスが合うっていうますごい 残酷な話ですけどそれだけ吉澤涼さんの 才能っていうのはにとっての歌舞伎って いうのはそれだけのもので横浜竜先生さん がそれに追いつくためには聖の実感とその 死っていうものが隣合わせにあるっていう その状況にならないとその横さんが生きて の人生の中でバランスを取る方法っていう のもそれしかなかったんだっていう。ま、 因法といえば、ま、そうなんですけど、 その自分の自だらな生活っていうか、 いろんなものにこう溺れた結果、満心した 結果でもあるし、プラス横吉澤涼さんと もう1度一緒にこう同じ舞台、吉田りさん の資者に同じ舞台に立つために横浜竜先 さんにとって必要だったのが足を失うって いうことで、それでもなお舞台に立ちたい と思うかっていう、っていう、ま、その 試練の中で俺は俺の歌舞伎がやりたいん だっっていうところになっていくっていう っていう、ま、そのシハリーとかになって くるわけですよね。父親の演目を毎日見て た。だからセリも入ってるっていうって いう、ま、そのところから自分な自分の 表現がしたいんだっていうところに行くっ ていう、ま、そういう主張の話にも、ま、 なってくるっていう。ま、ようやくあの、 あれ何歳ぐらいだった?40ぐらいだった のかもわかんないですけど、ま、それ ぐらいの時にようやく、ま、その2人が 同じ舞台に立って本当の意味でのその国報 っていうこの映画で、ま、その3時間の 映画の中でみんなが見てて思う本来の国王 っていう形になっててだけど時間のこう 因果関係とかとかであの1番最後金に2人 で乗るっていっていうところができずに そのやっぱ四谷りさんだけが1人がその金 の上に登るっていう2人では登れなかっ たっていう1人だけで行くしかなかったん だっていう。そして、ま、そのゆくゆく その1人で吉田りさん1人だけが1人が その国王っていう人間国王として先設され るっていう 、え、ところになっていくっていう。ま、 自分その本当の政党貢献者ではないんだ けどだけどその 芸1つを頼りにしてやってきて本来の形で はないんだけどこう崇め立てますられ るっていうことのこう重席を背負うって いうまその最後のインタビューでこう順分 満パに来たって来たと思いますがみたいな ことをまインタビューアに言われ るっていうだからそのあの森ナちゃんと やってたあの土佐回りなんて誰の記憶にも 残持ってないっていう本人にとって苦しい 時代とかそういったものがあったんだけど 誰もそれを覚えてないし記録としても残さ れてないしっていう現在から見たその過去 を振り返ると他人からしてみると吉沢涼 横浜竜星ってこの2人のタックっていうの も今までずっとやってきた中のほんの一 時期のただの1つの演目に過ぎなかっ たっていう風にもま見られてる可能性もあ るっていうその吉田さんだけはやっぱり すごかったんだっていう風になんか認識さ れるっていうこの2人やったからこそあの すごいとこに行ったんだっていう本来の その家柄の人間じゃないその男が一流の 一流っていうかなその国王に占制される までの人間高校として戦されるぐらいの こう人間になったっていうただ1人の男が ただ実直にゲを極めた結果そうなったん だっていう風にしか見られないっていう そのまいみたいなものもあありってい っていうとこなんですよね。ま、ラスト シーンの、ま、ラストシーンですね。ま、 その吉田涼さんがこう見たかった景色って いうのっていうのが田中みさんのとこのま 、あの死神にこう導かれた自分をこう すりらしてすり残ったものっていうま自分 が死んだ瞬間自我が死んだ瞬間っていうか ま、その雪がこう散らついてるようなあの 父親が死ぬ瞬間っていうものとやっぱ かかってるとは思うんですけど横浜竜セ さんでこ名コンビの塊がいなくなってでだ けどそれでもなおもそういうのもどんどん 削られていってなんか自分1人がすごいと いう風に立て祭られ持ち上げられてそれで もやり続本来はそうじゃないんだけどだ けどもう止まれないからやるやるしかな いっていう本来欲しかったものではないん だけどなあ違うなんて言うかな本来自分が 目指してこういうルートで行ってこれが こういうルートで行ってこれが欲しいって いうことじゃなくてすごい迂いルートを通 だった結果、ま、自分が見たい景色がある んですよねっていうのもそのどうやったら その景色が見れるのかってのはわかんない だけどその毎回舞台に立った時に何かそれ に近しいところに近づいてるような気が するっていう導かれるままにこうずっと 歌舞伎を演じ続けてたんだけどその1番 最後に手にした時っていうのはその景色を 見た時っていうのはまそのルートだったの かっていうこう全てを捨ててコンビの塊れ をこう失ってこう大人になっ娘が現れてっ ていう、ま、それが竹内組さんでっていう 、ま、あの、構図が完全にあの裕子の天秤 だったんですけど、ま、それはそれであの あれなんですけど、多分誰も分かって なかっももう本当の自分を見てくれない だろうっていう、え、中で唯一多分自分を ちゃんと見てくれたであろうっていうのが 、ま、娘だったっていうことで、その 歌舞伎の家でこう育って自分には血がな いっていう最後自分を認めてくれたのは その自分の血を受け継いは娘だっっていう おそらくこうまともに自分をこう認識して 自分の歩んできた道を理解してくれたのが そ自分の血を受け継いだ娘だったっていう そ本当の意味でのあの家の血を得ることは できなかったんだけどこういう風に行けば 手に入るだろうと思ったものっていうのは そうじゃなくてこう思いがけないルートで なんかそういうものがあったんじゃないか なっていうかなんかそういう風に結局何が 言いたいんやっていうまことなんですけど 被くっって何?っていう、え、歌舞伎とは 何かって歌舞伎のは元々その、ま、ロック とかパンクとかあの、ヒップホップ的な、 あの、そういうカウンターカルチャーとし て出てきたものであるから、ま、現代の その完全に権威になってしまったものとは 違って、本来は本来はその権威をぶっ壊す ために生まれてきたものなんだっていう こと。で、だから最後その吉さんみたいな 戸ざの人間がこう頂点に立つっていう、ま 、いわゆる株を本来の歌がぶっ壊すって いう、あの、ま、そういうことなかなと 思うし、ま、ほ、その国報っていう、ま、 タイトル、ま、最終的に主人公が人間高校 になるからその、その人間を追いかけたと いう意味でタイトルが国王であるっていう こともあるんですけど、本当の意味での 国王っていうのはあの時の、ま、あの2人 が一緒に手を組んでたあの瞬間こそが本当 の意味での国王っていう本当に守らなけれ ば治らなかったものはここだっていうこと 。ま、その全盛紀、絶調、本当の絶兆って いうのはここなんだっていう頂点と絶は違 うっていう、ま、頂点を取ったという意味 での国報っていうことと、あの、あの瞬間 の絶長っていう意味での国王っていう2人 がもう1度演じてた、一緒にやってたあの 瞬間っていうのがやっぱりやっぱり映画と してはハイライトだったと思うし、あの辺 で綺麗にバスって終わってた方が映画だ なっていう感じはしたんですけど、だけど 、ま、描くべきはそこじゃなかった。原作 は小説出すっていう、ま、小説ならこう いう感じで終わるっていうのはむしろ小説 ってやっぱエピログあった方が終わり方と して綺麗なんですよね。ま、それ映像化し て、ま、それをもうその人間の一大機 歌舞伎1台機として描いたら、ま、こう いう感じになるという、え、ことでですね 。という、え、なんですよね。ま、という ことで、ま、あの、リーサイン監督の映画 って、ま、やっぱどっかマジックがあるん で、ま、特に、ま、僕は1番好きなの怒り のクライマックス人とか、ま、あの、音楽 坂本なので、あの、とてつもないマジック が起こってるんで、やっぱそういうのは あるんですよね。やっぱ、あの、映像 マジックがあるんですよね。重厚な物語を 描くとか。それはテーマとしてそういうの を選んではいるんですけど、だけどその中 でマジックを起こすんですよね。それが やっぱり あって、で、ま、これ国もやっぱそういう のがポツポツあって、あの、どこのシーン で泣くとかじゃなくて、じわじわこう 高まっていって全然関係ないシーンでその 累線ポイントが溜まって流れるっていう なんかそういうのがこの国王にあるんです ね。ま、だからその3時間でそういう じっくり見せていくっていう映画の中で やっぱ1番正しいアプローチっていうなん じゃないかなという、え、ことで、で、ま 、そんな感じで、ま、ここを、ま、すごい 良かったなと思います。ということで、 もう完全に、あの、不定期更新になります 。あの、ですね、あの、ま、とりあえず 今月はえっと無理です。えっと、行ける日 が多分ないと思います。で、え、来月以降 どうなるかが分からないというか、あの、 何が公開されるのかがもう全然チェックも してないのでわかんないという、え、こと なんで、あの、ま、何してるかっていうと 、ま、あの、仕事してます。仕事をしな、 ま、いろんな仕事をしながら自分の作り たいものを、作るための、ま、今準備期間 というか、ま、仕事もしてるんですけど、 その仕事が、ま、自分のクリエイティブに 繋がるっていう繋がると信じてやってる るっていう、え、感じなんですよね。って いうことで、ま、今平行でやってるのが、 ま、その、今、あの、えっと、今年の2月 に、えっと、公開、あの、今、えっと、 今年の2月に、えっと、できた、えっと、 残居っていう、え、映画のも、ま、その 映画祭とかにいろんなものにこう応募し てっていう受かったり押たりっていう、え 、ことを、ま、ずっと繰り返してるという 、ま、状態なんですけど、えっと、ま、 この映画今んところ、えっと、ま、海外 ですね、海外では、ま、その、ま、6つを 取ったんですけど、えっと、国内ではです ね、あの、今んところまだ全部じゃないん ですけど、今んとこ、えっと、全落ちして るっていう、え状態なんですよね。前に 住んでんのか進んでないのかわかんないん ですけど。だけどやるべきことをやって るっていうま、感じです。え、ということ でなので僕はこの後の、えっとこの残強の えっと特をえっと流します。その映画さに 今出して、ま、その未発表じゃないと出せ ないっていうところが、ま、色々あるので 、まだ本編を見せれるっていう状態じゃ ないので、ま、この、あの、ま、この後の 、ま、投稿を見て、ま、ちょっとでも 興味った方は、えっと、僕の今まで作った 自主映画は、えっと、全部概要欄に貼っ てるので、あの、どれでもいいので、ま、 リンク先に飛んでいってもらえたらなと 思います。ということで、え、終わります 。 [音楽] 分かったことにはしたくない。でもそれを人に見せる必要ない。それが私の心情です。でしたっけ? 愛風すかとそこから生まれてくるものがある。 社会的に 村 です。

マルチアーティスト城台 宏典が、映画をインスピレーション源としていく中で得たものを発信しています。チャンネル登録・コメント・高評価よろしくお願いします。

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【見て欲しすぎる】自主制作映画

【2025年公開新作特報】
自主制作映画「残響」特報|Independent Film “Amputechture’s Embark” teaser

「ラブソングに捧げられた恋人たち」26分

初の短編映画「Social Aphonia」25分

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【再生リスト】名画・シリーズ映画鑑賞における視点

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