橋本聖子参議院議員候補が那珂川市に‼️
かして は You 全然稼がです。年に8000円ぐらい。 あ、そうそうあるんすか? それ大しもすよね。 どうしたらあのあれはずと出さなもうちょっと 洗います。そうです。 捕まってくれたいですけどね。捕ま じゃプラスがあると大配信全国となりましたのでこれより会を進めさせていただきます。本日は平日の遊大変お忙しい時間の中でお越しいただきまして誠にありがとうございます。私は本日の司会を務めさせていただきます。 橋本生古候補の福岡県を担当させて いただいております。北九州市国田 ディナミック選出の福岡県議会議員佐藤楓 でございます。フレではございますが皆様 最後までどうぞよろしくお願いいたします 。 初めに開会の言葉を中川市議会事長が 申し上げます。お願いいたします。 はい。皆さんこんばんは。 こんばんは。 え、ご紹介いただきました議会のと申します。 え、本日は松本子さんをお迎えして建設会 を行うということでご案内をさせて いただきましたところ、急なお知らせにも 関わらずこのようにたくさんの皆様にお 集まりいただきましたこと心から感謝を 申し上げます。ありがとうございます。 政府さんい としてスリートとしてそして国会議員とし てご活躍をされていることはこう皆さん 承知のことかと思いますので私からのご 紹介を伝えをさせていただきます。え、 本日お集まりの皆様、団体の皆様には それぞれに推薦を決めていらっしゃる方も おられるかと思いますが、え、大野上司の 中護県議そして、え、当時中川市の高健、 そして本日司会をされております。え、桜 の 県議、え、お参任が本当さのお担当の推進 ということでございますので、え、 それぞれにご支援の輪を広げていただき ますようお願いを申し上げます。え、それ ではただいまから参議院議員橋本誠子さん のご支援会させていただきます。最後まで どうぞよろしくお願い申します。 続きまして、松山正先輩本部を代表いたしまして挨拶をさせていただきます。 まず自由民主党福岡県渋連合組織 委員長福岡県議会議員中畑が挨拶を 申し上げます ね。 え、皆さんこんばんは。 こんばんは。 え、ご紹介いただきました、え、隣町ですね、春田市から参りました県会議の中市でございます。 え、井先生、渡辺先生、え、ま、皆さん、あ、 え、この3 人は、あの、議会の中に、え、秀例の先生たくさんいらっしゃいますが、え、ご担当を決させていただいておりまして、え、この 3 人の先生方は、あの、橋本先生の、え、応援団という 形で県内を長く見させていただけるという ことでございます。え、実はその中に私の 名前はございません。が今日はもちろん 橋本先生のご縁のために受付させて いただきました。実は、あの、この日を 迎えにあたっては、え、このですね、あの 、多数がそして中川にになるというお話を しまして、え、そしてスポーツ関係も長く やっておれる先生とそして井先生もご相談 をさせていただいた中で、え、わざわざ 貴重な時間を咲えてこの日に来て いただけるということでございますので、 それであるならばちゃんとしたあのやを 用意して、そしていろんな多くの方に、 おけ多くの方に受け付けていただいたわけ でございますから、こういう方々にお 声かけさせていただいて、え、先生に 力づけて、力づけようということで、え、 こういう場面を、ま、私先生1番であり ますけど用意させていただきました。え、 今あの、ちょっと握手したんですけど、私 にとってあいうみたいなことですね。 1964年昭和39年生まれ、え、成功の 名前の、ま、これはネットで言ったら みんな知ってますけど、東京オリンピック の年ですよね。え、この中半分ぐらいは 東京オリンピックの時も生まれてたような 感じしますけども、私は7歳でございまし て、小学校1年生です。で、あの頃はです ね、東京オリオリンピック確か10月10 日でしたですね。10月10日で1番話題 になるのは、え、その時話題になったのは やっぱり東洋の魔女 ボールで金メダルを初めてですね。え、 それからこの時のお参りになって、え、 メタロンをたアルベ ですよね。 アルベですけどでメまで来られて後自転車をされて今日の夜自転車でねスケットじゃないんだと思ってバックがスケットだで前からしか見なかったら自転車だと思ってすごいなと思いながらだから今度師の会長ということを引き受けられることになっておりますんでさのスリートの代表として え、世界に通用する素晴らしい先生で ございます。そういう方を貴重な時間ここ でお迎えていくことを心から嬉しく思って おるところでありますけれども、 え、今 1番 大切なことは 何をさいて参議院選挙でございます。 え、そういう素晴らしい方に来ていただい て喜んでいるという暇は実際ございません 。え、自民党は 行動のみならいろんな場面で大変な状況に あります。下半数を取れるかどうかも微妙 である難しいという話もあります。 しかしながら、 我々自民党という組織は私自身 自民党会議員でございますけれども、自民 党は守るために 国を世界に開いていくためにその一心で 集まっている集団です。 みんなが真面目とは言いません。時々悪い ことする人もいるでしょう。ですからあり ます。そういう人は反省すればいい。反罪 を犯かせば捕まえればいい。でも本当に 日本を守っていけるのはいろんな政党が いろんなこと言いますけれども 我が自民党しかないんです。ど 間違いない。僕ら議員をやってもっと もっとそれが分かるようになりました。 確かに税金はない方がいいですよ。できは ない方がいい。じゃあ、その調費税なくし たところのそのお金20兆円実際に交付金 まで入れると直接的にかかるのは11兆 5000億とか6000億とか言います けどそういうお金がなくなった時にこれは 国地方はそれを当てにしての予算を踏んで ますからね。 それに対してみんなどうやってこの中市も そう市もそう、福岡県もそうですけどその 後の運営 毎年のことですよ。正はどうやっていくん でしょう。そういうことを山本、あ、名前 出したり他の生徒の代表は一切それに対し て答えは出してくれないです。自民党は 責任与党です。 もっと正事を安くしてほしい。税金時代は もっと減らしてほしい、物価も下げて ほしい。頑張ってはいるんです。例えば ガソリン1つ取ってもガソリンを廃止しろ 。そういう意見は自民党の中にもあります が、自民党の中にもありますけれども、 ガソリンのレアっていうのはですね、世界 の先進国の中で2番目に安いんですよ。 ヨーロッパに行ったら300円弱です。 行った。そんなことはま、に一切書いて くれないですよね。 我々自民党は頑張ります。間違えます。 日本のために 世界に通用する 比例候補のきっと その1人が橋本生徒先生でございます。 素晴らしい成績で 再度国政団場に上がっていただいて スポーツの場でも福祉の場でも女性活躍の 場でもいろんな意見を世界中に羽いて広め ていただけることは間違いございませんの で何卒ぞ皆さん橋本聖子先生を国際団場に 素晴らしい成績であげていただきますよう に心からお願い申し上げまして判断者 ございますけれど の、え、県連の組織委員長として松山正、そして 潜在のそういう担当委員として、え、ご挨拶をさせていただきます。よろしくお願いします。 これ 次に第5 選局先体幹事場福岡県議会議渡が挨拶を申し上げます。 え、皆さん改めましてこんばんは。 こんばんは。 え、本日はあの、本当に冒頭司会者の方からご挨拶がありました通り、え、平日のこの遊告の難しい時間にこのように多くに、多くの皆様方にお集まりいただきまして、え、本当にありがとうございます。 え、この回が決まって、え、動き出したの が先週明けでした。え、私たちあの研究議 会があ、長い期間あっておりましたので、 え、そういうものも含めて皆様方にお 声いかけする時間も遅かった。あ、そして なかなかどうやって広げるかなという中で 、え、皆様方お1人お1人がお声かけを いただいて、え、今日は橋本誠子先生をお 迎えをして、え、このように会ができる こと本当に感謝を申し上げます。本当に 重ねてはございますが感謝を申し上げます 。本当にありがとうございます。 え、先ほどり町 の風の中県議がご挨拶をされました。あ、 県連の組織委員長になられると難しい話を されるなと思いながらあの聞いてるところ でもあります。あの、まず今回の参議院 選挙、私たちは福岡県福岡の選挙区では、 あ、ポスター貼ってますが、あ、松山正方 を何が何でも通さなくちゃいけない。で、 もちろん 色々とマスコミも含めてお話をあります。 そして自民党に対する厳しい皆様方、有権 者、国民の皆様方の声も私たちのところに も聞こえてます。 1番最初に昨年様々な問題があった時に、 え、松山幹事長が福岡県に来られました。 え、私は当時検殿の役員をしておりました ので、え、直接ご本人さんに意見をし なさいということをお話をされて、私はご 本人さんにこういうお話をしました。自民 党の国会議員が東京で何かやると地方で 自民党を支えてるのは私たち地方議員です 。私たちが頭を下げてそして自民党をもう 1度上げるために私たち地方議員がどれ だけ努力をしてるのか国会議員の先生方は 分かってあるんですかというお話を松山 先生に直接近年でさせていただきました。 この日の夕方の報道から松山幹事長は様々 な場面で私の私が話したことをこうやって 地方の皆さんにご迷惑を受けしたと自分 たちはしっかり育さなくちゃいけないと いうようなお話をいいたまそのように 私たちが若いこういう政治家の意見も しっかりと耳を傾けて聞いていただけるの がこの松谷の正え参議院幹事長であります ので、え、私はこの松山先生についていく と決めた男ですから、あ、ここ松山先生を 応援をして、そして今日お集まりの皆様方 には、あ、そういう思いを分かって いただきながら応援を進み重ねていただき たいなという風に思っております。え、 そして、あの、私は幼い時からずっと父に 無理やりスポーツをさせられて生きてき ましたので、え、その中でこうやって今日 橋本聖後候補を中川市にお迎いをして個人 演説会をさせていただけるというのは本当 にありがたい限りであります。そして先月 ですかね、え、JOC日本オリンピック 協会の会長になられて、え、そうやって 日本のスポーツを戦闘で検たい、え、橋本 先生がこうやって中川に来ていただける。 これはスポーツをやってた私からすると、 あの直接私はそんなに親しい中ではあり ませんですがスポーツやってるってことは そういうことなんです。同じ心志しを持っ て、そしてスポーツでこの国を元気にする というその心意きだけは私は一緒なんだと 思っておりますので、え、そういう方が わざわざ忙しいのに私に電話をいただいて 是非力を貸して欲しいというお電話を いただきました。え、私は一緒になって、 え、橋本誠子先生をしっかりとした表で、 え、この国政に参議院選挙に勝たせて いただきたいという風な気持ちで今日は この会を開いたところでもありますので、 是非とも皆様方、あ、その辺をしっかりと お組み取りいただきながら応援の輪を広げ ていただきたいなという風に思います。 あの、何と思われ今日は中川市の方が たくさん来られてます。中川市というのは やはりどうしても災害が多い。そして中川 市には今来られてるこのミリカローデン、 え、ここも昨年今年度立て替えたばかり です。で、いろんなところに中川市種だけ ではできない。そういう予算があります。 今日はずらっとこの地区の市議の皆さんも お越しであります。私たちが言いたいのは 市議会議員さんがたくさん近くにいる もちろん中川の市議の皆さんも来られて ます。そして私たちがしっかりと地域の 見解議員として地域住民の皆様方の話を 聞く。でもこれを国に届けないと何も意味 がありません。え、私たち自民党はそう やって地域からそして県から国から議員が 1つとなってしっかりとタグを組んで そして3つがしっかりと握手をしながら この地域の発展を進めていく。こういう ことが考えれるのが私は自由民主党の 素晴らしい政党だという風に思っており ます。草で地域の意見を聞いて、そして皆 様方がやって欲しいということができるの が我々自由民主党でございますので、是非 とも皆様方厳しい声はいくらでもお聞きし ます。ですが、この国を進めるためには この参議院選挙自由民主党に勝たして いただけなければこの中川市の発展も そして国の発展も私はないという風に思っ ておりますので、是非皆様方にはそういう ことをお首び取りいただきながら、あ、 もう参議院選挙もう最終版に入っており ますので、是非ともお1人お1人の 思いかけを切に切にお願いをいたしまして 、あの、無無理なことを言ってるのも従々 であります。あの、本当に皆様方お1人お 1人のお声かけを私たちはお願いをする しかありません。え、是非支援の輪を広げ ていただきますこと。そして投票は今回2 枚もらいます。1枚目は誰ですか?松山 ですね。松山正先生を書いていただきたい 。そして2枚目は全国比例候方法のこう 名前が書けます。え、よく自由民主党と 書いてくださいと言われますが、本当は 名前を書いていただきたいんです。個人の 名前を書いていただきたい。先ほど話が ありました皆さん色々比例候補の応援をし ていただいてると思いますが、あ、今日は 是非とも橋本政成と2枚目には書いて いただきますことを切にお願いをいたし まして私の挨拶に変させていただきます。 こちらにありがとうございます。 次に本日出席たしてあります議員の皆様をご紹介させていただきます。 はい。それでは私の方から紹介をさせていただきます。え、本日は各地域支部より多くの知会議員が 3 列を出しております。ご紹介をいたします。 え、登壇される会議員の皆様等々について はそれ以外の紹介となりますのでよろしく お願いします。なお本日は 松川福岡県第五選挙区体本部長であります 衆議院議員栗原渡辺大師が急遽状況をされ ました 。 そういした頃から今日は代理として原子様ごをいただいております。それでは申しおります。え、議会の通合上各は全ての紹介が終わってからお願いいたします。それではまず始めに福岡市議会から先月まで長されておられました内越議員。内越でございます。 橋本先生、よろしくお願い申し上げます。 はい。それでは、え、目どうですが、市の市から原口正議長 頑張りましょう。よろしくお願いします。 堀明。 はい、頑張ります。 川義。 はい、頑張ります。 八博和夫議員 はい、 よろしくお願いします。 明太大議員 はい、共に頑張りましょう。 上司議員 はい、頑張りましょう。 はい、次に、え、柏議会議員です。中原議長。 はい、こんばんは。一緒に頑張りましょう。 米丸高弘。 はい。 一緒に頑張ってまいりましょう。 岩口豊 共に頑張りましょう。 船久保信議員。 はい。共に頑張りましょう。 ナじ議員。 はい。橋本誠子先生、よろしくお願いします。 安倍青議員 はい、 よろしくお願いします。 はい、小野市議会です。関俊議長。 はい、頑張りましょう。 山上高議員 よろしくお願いします。 平井慎太郎議員。 はい、皆さん一緒に頑張りましょう。 堀や議員 はい、よろしくお願いします。 中村一員 はい、よろしくお願いします。 福大輔議員はい。原田正議員 はい。頑張りましょう。 岡部香議員 はい。こんばんは。よろしくお願いします。 はい。え、財でございます。田直樹議長。 はい。頑張りましょう。 橋本健 はい。議員。 皆さんこんばんは。頑張りましょう。 え、長議でございます。松尾正議長。 大臣参りましょう。 東大議員 よろしくお願いします。 真辺明博議員 はい、よろしくお願いします。 木崎か子議員 はいよろしくお願いいたします。 そして先ほど挨拶をしました議長と私正であります。以上で紹介を終わります。 ありがとうございます。 次に本日はご来として地元市長であられますた市長にも応援に駆けつけていただいております。ここで中川市武茂市長にご挨拶いただきます。お願いいたします。 え、皆さん、こんばんは。 こんばんは。は、 え、皆さんこんばんは。ます。 先ほどから 橋本聖子先生のスポーツに対する経歴 等について話をありました。このことに ついてはこにいらっしゃいますの皆さんが ご存知かという と思います。 私は橋本生徒先生のことについて 反撃と政治家としての支出というものを見 た場面がありますのでその話を少しさせて いただいて私のあり応援のあることをさせ ていただきます。東京ピック そしてパラリンピックが数年になりました 。いろんな 吉会長が与され、その後に組織委員会の 対象として活躍を 当然色々なことがあったわけですから 記者会見、衆任の記者会見の時にも な質問があって、それがテレビで防衛され ていたものを私を見ました。 会長として言わなければならなければなら ないよう。 言ってはならないことは決して言わない。 生けないことを言いますと、それが話題に なってしまう ですから、その言わなければないことと 言ってはいけないことをこれについては きちっとしなければならないんですが、 これを言ってしまう人が多いんですね。 ことが政治家としての支出の問題になっ てるです。これは間違いない。として アピールしなければならないことは積極的 に言わないといけない。 そのことが できるのが橋本成功先生だとその時に思い ました。 そして今回の選挙におきましては 定義ではない。定事ではない。いわゆる 異常時と言ってもいいでしょう。は私たち が知ってるのは新聞であったりテレビで あったりラジオであったりな法映なされ 色々な情報が見られている状況を考えた時 には決して 今の公明自民の中では 楽な選挙ではない。それは渡辺経済議員が 先にされたことであります。そういう時に 政治家としての支出というものが はっきり 市民のあるいは国民の中にこの人が大事な 人、この人は確実に政治家として国会で 働いていただければならない。働いて いただきたいというようなそんな気持ちに なりますよ。そうじゃないですか。兵の時 はみんなよく見える。しかし本当の政治家 としてやらなければならないのは非常の時 にどういう態度で国民にアピールするのか 、あるいはアナウンスしているのか、 そして政策を訴えるのかこれにかかって いるんです。私はそういうことを考えまし た時に、あのテレビを見た時に間違いなく 本物の政治家だとこのように思いました。 今は色々な女性の活躍時代と言われてい ます。ですから先輩たち、橋本先生の上の 先輩たちも女性の活躍で、え、何かの方は 私の頭の中にもありますけれども、私は これからのこれからの女性の活躍のポップ ランナーとして橋本生子先生がなって いただきたいなという私の気持ちがあり ます。そういうことを考えました時には 間違いなくその支出というものは地方の 位置政治家ではありますけれども、あ、 待ってもらいたいな。そして頑張って いただいてある1つのポジションの中で 日本を入していただきたいなとそんな 気持ちになって思います。従めまして今日 はざっと見ました時に250から300 まで行ってます。でも短時間でこれだけの 方がいらっしゃるということを考えた時に はその素失というものをですね、期待して ある方がここに多く してあると考えました時にはそのことを 公表の時にきちっと橋本誠名を書いて いただくことが1番大切であろうことに なっています。最後にもう1度同じこと 申し上げます。 本物の政治家を私たちは国会に出していきましょう。よろしくお願いします。視聴ありがとうございました。 本来であれば福岡選挙区より皆様のご支援 とご協力を得て戦わせていただいており ます。参議院自由民主党松山正本人が直接 皆様にお願いするべきところではござい ますが本日は別に高出席することがません でした。そこで少しのお時間をいただき まして松山候補の次男松山香の皆様へのお 願いをさせていただきます。 皆様こんばんは。 こんばんは。 ただいまご紹介をいただきましたこの参議院選挙で福岡選挙に立行させていただきました参議議員松山正の難でございます。 本日は本子先生のご自演説会にお招きいただき、そして皆様の貴重なお時間を頂戴しご挨拶の機会をいただきましたこと誠にありがとうございます。 まず本来であれば父本人がこちらに出席を して参議院で共に汗を流した同士として皆 様の前でご挨拶をさせていただくべき ところではございますが本日どうしても 調整がつかず席が叶えませんでしたので父 へのお願いも合わせまして一言ご挨拶をさ せていただきます。 父は皆様のご指導とご支援をいただき ながら初当選以来今年で4期24年目を 迎えさせていただきました。そして昨年 より自民党参議院幹事長を務めさせて いただいており 今週に今週末に迫りました7月20日に 行われます参議選挙では決めの挑戦をさせ ていただきます。改めまして本日までの皆 様のご指導とご支援に心より感謝の例を 申し上げます。 橋本先生は知事の1期上の先輩でありまし て、すでに参議院自民党の議員会とも務め られている 務められており、父ても大変お抑えになっ ている先輩でございます。 そして現在は日本ンピック委員会の会長もされており長もされており上が 現在は日本オリンピック議会の会長されており会長されておりたスポーツ会を代表して国政に見てたなるご力をいただいている重要な先生でもございます。 本日は何としても当選一緒で試験 いただければならない橋本誠子先生を橋本 先生に皆様の力強いご支援をお願いする ように言われてこちらにまいりました。 今年の参議院選挙は今までないほどの 厳しい選挙点が続いており のも奮闘してるところでございます。もな 挑戦となりますが、生まれたこの家の発展 にこれまで以上にお役に立たさせて いただくべ、頑張ってまいりたいと申して おります。7月20日の大表まで残り5 日間となりました。本当に大変厳しい選挙 戦でございますが、誠子先生と共に最後の 最後まで精一杯頑張ってまいりますので皆 様の河らぬご指導ご面達そして1人でも 多くの方に支援の輪を広げていただきます ようご支援を父になりお願いを申し上げ ましてお願いのご挨拶を開させていただき ます。本日は長のいただきありがとう ございました。 皆様大変ならくお待たせをいたしました。 この参議院議員選挙自由民主党参議院比例 代表候補としてスポーツで培った精神力と 行動力で夢と情熱を力に変えて最後の最後 まで全国各地で皆様の声を力に先日本 オリンピック協会会場になられました橋本 候補が皆様へ決意表明をいたします。皆様 どうぞよろしくお願います。 改めまして皆様こんばんは。 こんばんは。 ご紹介をいただきました参議院全国区比例で立候補をさせていただいております子でございます。 本日は福岡県ここ朝におきまして、こう たくさんの皆様方にお集をいただきまして 、それにご自会を開催をしていただきまし た。大変感をしているところのであります 。昨日やっと九州に帰ることができまして 、え、2日間のこの日程の中で、え、西国 として多くの皆様方にご歓をいただいて たくさんのごいいです。 これから申し上げておりますお願いいたし ます。え、権利そして権利権利が私のこの 県におきましての比例代表政府担当議員と いうことで、え、選ばれたという話を聞き まして、ま、本当に申し訳なく思っており ます。31人候補しております。それぞれ の団体産業から用立をしている中で、え、 たくさんの指示をいいている中で皆様方が 、え、離になられておりますので、その中 でたった1人を支援するというのは他の 支援者の方に色々言われるはないかという 風なことも思いますけれども、本当に ありがたい表いっぱいであります。そして な、組織委員長のはめ、また先生の様と いらしゃありがとうございます。山の先生 のごにもいただいて本当にありがとう ございます。また市長代表して、え、今の 市長代表してご挨拶をいただきます。また 県からまたの実践からも市長さ議員の皆 さんがこんなにもたくさんお越しを いただけるご縁手伝というのはほぼないで はないかなという風に思います。間違って 今日はもしかして松山さんの会なんて私は 風に思うぐらいのこの 実間会に大変申しでありますけれども 私自身の6期目の決意をさせていただき ます。国会議員になりましたのが30歳で あります。 同期満病を迎えましたので30年という ことでございます。すいません。したら もう分かったと思いますけど、その年無事 完暦をしてもまだまだ60歳というのは 政治家にとってはだと私は思っております 。この30年の政治経験をもっと九州の皆 さん、福岡の皆さん、そして日本の皆さん 、そしてこれからの子供たちのために しっかりとまだまだ頑張らせていただき たいその思いで6目の上村であります。私 は北海道北海道であります。たまたまです けれども、私の父が大変政治が好きな人間 であります。あの北九州小国小倉にはよく 取る人間です。はなぜか実家が競争の生産 北条をやってるもんですから、今の関係で は大変おらに安定するわけであります けれども、ま、その父がオリンピックも 好きでありましたけれども、あの地元から 出る、え、各球の議員さん応援するのが 大好きだと言いますか、ま、あらゆる 公会長をやっている人でありまして、 小さい頃からいろんなところに連れていっ てました。そしてそういうご縁の中で私4 人兄弟の1人離れた成功なんですけれども 2番目の雨が北海道議会議員に基づいて おりました。して縁になって国にも チャレンジをさせていただいて、え、5期 衆議院議論を務めたというのが私の義の兄 けれども、ま、そして私のになりました 山梨県の富士急行株式会社オーナーが やはり政治家で降り口という大でありまし た。社員でありますから当然思います。 そして日本でギリギリですから全をさせて いただくということで、ま、1週間、1 週間世界で 大会がない時ですね。ない時は日本におり まして市駅でない時に解散総戦という風に なりますとあのちょっとその頃致名度が あったのですから21歳の棚夕選挙から ですね許可の時でしたから大変だったん ですけれどもあの北海道とそして試県で あの掛げずりがあってそして候補者の前座 をずっと私務めてきたんです というのはどちらかというと2に分れると したらこんなのやだ、絶対やだと思うか ですね。こんなのやと思うかはまって しまったらどっちじゃないかなと思うん ですけど私はなんと見事とはまりました。 そして中学生の時に兄が、え、結婚をして あの姉とですね、名の中川一郎尾さんて いう人がです。この高川一郎さんの中学生 長に、え、の挨拶ですけど、演説会になっ てまして、そしてその政治家の言葉に子供 に大歓撃をいたしました。そして21歳に なった時に兄とオーナーの前座を務める。 そして続々あられるところから 大の政治家と言われる人たちが演説にれる わけなんですけれども、その演説を私聞き まして 政治家というのはこんなにも素晴らしい 夢を語る。そしてその夢を現実のものと するためにこんなすごい仕事をやってんの かという風に大歓撃をしてしまいました。 そして雨が雨がですね、是非そういう 気持ちがあるんであれば世界を見ると元の その国の政治家になってるっていうのは もうかなり多かったんですね。なぜ日本 だけが選手とスポーツを駆け離そうとする のかというようなそんな思いもありまして 、でもその時に将来は後をついで北海道か な議ニていう実はちょっと思ったんです けど、そういうような状況で心と体の準備 をしながらスリートを続けていたんですが 、そのニュースを道早くキャッチした人が いるんです。それがなんと森という人でし た。当時自民党が野党に落ちていた時の 幹事長でありました。そして私の義の兄と 主な是非連れということになりまして29 歳の時に幹事長のところに連続いてまして 君は 政治家になりたいと思って言われました。 はい。将来はなりたいと思ってます。 お兄さんの後をたいと思っていらっしい? はい。ました。 君は3衆議院には向いて いつからこの人にました。れたのにという ことなんですけれども、ま、でもすに言わ れましたのはスポーツの選手があ、ていう ことは非常にいいことだと。日本もこれ からそういう時代が来るんだろうと。 そしてスポーツ政策をしっかりとやって いるのは 比例3人が君には見て まして、そしてそうですかということで こんなチャンスはないという風に思いまし て私はその時にすぐ分かりましたと言って 返事をしたら変わってるなとも言われたん ですけれども、ま、アスびと真採中だった んですけれども、ま、兄から言われました のは自民党が野党に落ちている時だから お前のようなものも声がかかったんだ。 これが野党でなくて自民党が本当に調子の いい時にはお前のようなスポーツの選手、 まだまだ政治経験のない人間に声をかけて もらうことはないんだという風に言われ まして、あ、こういう時だから私に声を かけてもらったんだ。私にとってはこれが 最大のチャンスが訪れたっていう風に思っ てしまいまして、そしてちょうど来年が 30歳になるだろうと。だから金は ちょうど3ということを言われて、そして 、え、 1995年3選挙に初当選、これが30歳 と9ヶ月ということになるんですが、無謀 にもし 私が行を目指しながらやって、来年の 1996年のアトランダのオリンピックに 代表として勝ち抜いていっで、 パスリートとしての代表をもし取ったら やっていいですかって聞いたんですね。そ したら大いにあるって言われたんで日本に も1年間させていただきまして直前の 日本政選手権に優勝したもんですから議員 になってから7回目のオリンピックなん です。うん。も今では今あの頃走すごいさ れましたけれどもでも私にとって6回目 よりも7回目7回目の最後のオリンピック というのは政治家としてきたんです。これ 前代日本と言われたんですけれども、でも 業科学委員会あるいは自民党そこから しっかりとた組織委員会をどういう運営を しているのかオリンピックというものは パラリンピックというものは何なのか全て をレポートしてくるようにアスリートとし てそして政治家として両方の視点から オリンピックを見ることができたというの が実は私にとって最大の経験でありました 。そしてそこから推進を目指した6年 かかりましたけれどもこのに初めて国立の スポーツ以下なく研究所を作り上げること ができました。ここに来る直前に少し時間 があるということだったもんですが、もう 急いで急いで色々ありまして、え、福岡県 スポーツ協会に言わせていただきまして、 あのスポーツ理科学研究所見させてもらい ました。 事業というのは本当に素晴らしいことを やっていただいておりまして、そして65 歳以上の方は無料だということでたくさん の高齢者の方がブレにしておりまして、 これも現行事の延伸のためには国家県は 素晴らしい取り組みをされているなという 風に感覚をいたしましたけれども、ま、 そこと連携をして、え、研究を重ねている ところが東京と企画区にあるスポーツ 医科学研究所、これが今年25年目にと いう状況になっております。医療と福祉と 海路とそして教育というものが地域に 目指さなければ自馬産業あるいはこの地域 は真の地方創生を築くことはできないと私 は思っておりましたので世界はもう1早く スポーツ以下研究所が先進国にはたくさん あってそして地域の医療を見ると特に ヨーロッパは第1番の医療は何かスポーツ 以外なんです。スポーツ科学のお手本が 示されてどんどんどんどん下がっていって そして地域の医療が成り立ってる。これで はアスリートに育つの当たり前だなと思っ て私はずっとアスリートの頃それぞれの国 のスポーツ科学センターにお世話に なりそして トレングセンターのお世話になってきまし た。私がなぜスポーツと医学をどうしても 結びつけたいかという風に思ってきたのは 小学校3年生の時に人造病を伝えまして そして高校生で人造病が抜発をして人念 患者だということが分かりました。そして そのことの悩みによって今でPTSになり まして呼吸無全という病気で胸の筋肉の 障害を持って深呼吸がもう一生できないと いう体になっております。そしてそれを 克服するために札幌の病院で入院生活をし てました時に当時60年前ですけれども 高校3年生の時に医療事故にありまして 新潟会年感染感情となって流れたキャリア でずっと来ております。 でもオリンピックを目指すんであれば、世界大会を目指すんであれば漢方まではまだ許されていた時代だったので少しは救われたんですけれども薬を一切飲んです。 スポーツというのは今もたちがそういう 完全な医療の中でスポーツ科学で管理され ているんですけれども世界ドーピング コントロール機構のルールに則って課税化 する1つ飲んだら合うとです。もうこれは 大変な厳しいルです。でもそのことを確立 されている医学はもう当時からアメリカや カナダやヨーロッパには完全な汚い汚いを 徹底とした人間の本来のメカニズム メカニズムにそう医学と科学から追求して どうやって自己中能力が挙げてくかという 完全な予防医療の世界がもう構築されてた んですね。なぜ日本にはそれがないのかと いう私は非常に残念な思いの中であび人生 を歩いてきたもんですから、私はそれを第 一の政策の柱としたいということで、え、 掲げて6年かかりましたけれども、ま、 25年目のエビデンスを作り上げられると いうところまで来ました。今の医療多分 大変だと思います。でもこここのまこれ までの移動だけではとてもこの財政は持た ない状況です。今年の115兆円の一般 会見すに40兆円近くが医療費と社会費 です。私がスポンジラ医学をずっとやって きましたので思うところは医療費って下げ ちゃいけないですね。医療費を下げると 地域医療は多分公開していきます。大事な ことは健康事業を延伸進させてそして 社会保障費を抑成していくことによって 健全な財政を生んでいくという方針をして いかなければこの財政はずっとどんなに 頑張っても持たないような状況が予測され ている。私はこのスポーツイカというもの が厚生労働省にずっと言ってきても エビデンスがないエビデンスがないという んです。も私たちは 人間です。大谷さんも人間です。宇宙人だ と思ってるかもしれませんけど、大谷さん も人間ですけれども、完全な汚れを予防学 を徹底した土ジャスがあれだけのことを 全て減住し尽くしているからああいう体が できるんですけど、もう日本のスポーツで もすでにもう追いついたぐらいの状況で 完全な管議をすることができている状態で あります。いよいよそのエメスも揃いまし たのでこれから地域の医療今の日本の医療 は完全な完全ではなりませんけれどもほぼ 90何%対処療法のこれは仕方ないんです 診療報酬がその風になってますからでも スポーツ医科学のドクターたちは懸命に 努力をして選手たちをサポートをして風を 引かせないどうやったら怪我をさせないの か今は全てを研究して怪我を余地すること ができたわけですから怪我をしない可能を 作ってるので選手の事業は伸びてるんです けれどもまそういった中でいくら頑張って やっても実はお金にならないです。 防止がもう与えられないというような状況 でありますので、ま、でもそれをこれから は予防い額をさせて、そしてな財政を生む ことによって必要なところに必要な予算を しっかりと配用することができるようです ね。共容師教育のスペシャリストの先生方 もいらっしゃいます。そして介護の方、 それぞれの産業をしっかりと守って いただいている。どんな状況に行っても 予算が絶対必要なんです。この選挙から得 られる幹事長、そして栗原3年であります けれども、この選挙に必要なものは やっぱり予算です。この予算を勝ち取って くるのは選挙選挙から出てる国会議員です 。私は全国比例です。そういった先生方が しっかりと予算を獲得していただけるよう に財源作りをするのが切れ代表の私役割だ と思ってここに絶対的なある意味でのベス を入れさせていただきたい。これをずっと やってきました。いよいよそれをしっかり と地域の医療と入合させる時が来たのでは ないかという風に思っております。そう いったことを実現するにしても自民党が何 としてもこの選挙を書かせていただか なければならないという風に考えている ところであります。今人島は大変厳しい 状況であります。厳しい厳しいという風に 公補者に言ってもこれは私たちが招いた ことでありますので本当に申し訳なく思っ ております。私は30年間国会議員を自民 党としてやらせていただいて思うところは 自民党政党は調子がいい時に改革ができ ない政党です。もっと言えば調子がいいと ずに登る政党なんです。これは本当に強い からこそ仕方ないというところは実際には あるかもしれません。でも私自身はどれも 全てが基本だと思ってます。その基本って いうのはアスリートとしてっ てきたと思いますが、このスポーツ会の 基本、これは人を育てるアスリートを 育てる時に当たり前のコー知感知の仕事と してどういうことを選手に教えながら突破 すぎると育ってくるかっていうこれたった 1つなんですね。勝った時と負けた時って あります。これ政治もそうです。合戦と 楽戦がはっきりしてます。勝負の世界が そう、その時に負けた時に日本世界しない んです。 ほぼしないですね。なぜ負けたか接取が 1番分かってるから避けなく言わないです 。これはもうトップレベルになったらの話 です。でも大事なのは勝った時に大感を する会でやります。なぜか分析していくと 相手の方が自分よりちょっとミスして自分 が勝つっていうことに気づくからなんです 。世の中に100%の処理がありえないん ですね。それを考えていった時に勝つと いうことも重りと責任と怖さをしてるん です。質問を使います。で、この勝つと いうことの責任をそして怖さを知ると 次やった時にどんな状況でも勝たなければ いけないという準備に入るですね。勝ち方 の質を上げてくんです。で、自民党は 大立ちをした選挙がいくつもありました。 でもその時に自民党は私は結構言ってるん です。これをやりましょう。でもなかなか 全体としてはやることはできなかったな。 これが自分自身の反省です。なぜ勝ったか 流れで勝ったという選挙も実はいっぱい あるんですね。生で勝でもその後どうなっ てるか 国会若会議員って結構いるんですね。自分 が実力で勝ったっていう風に思ってしまう 。これ当たりかもしれません。でも実際 そうと実力のある人たちばっかりの集団 です。でも実際には選挙というのは分から ないんですね。でもどういう状態でも次の 選挙こそしっかりと勝つというその怖さを 反省しながら勝ち取っていくための勝ち方 の質を上げていくということに今自民党は 少し手になったのかなという風に考えてい ますので今逆に言えばこういう状況になっ た自民党は大改革を備わられておりますの でこういった時に自民党は立ち上がる力は 見うと思います。70年のこの歴史の中で 平と実績があります。もっと国民の皆さん も手元に政治を開始して、そして に丁寧にスピード感を持って、そして それぞれの政党がすごくいいことを重ねて 今ものすごく支率を上げておりますけれど も、でもオールランナーではないですよね 。の政党1つのことにいいことを言って この指示を上げようとしておられる。これ も選挙かつ手段だとして素晴らしいとは 思いますけれどもでも政党としてどう考え た時に自民党のようにオールラウンダーと して外交そして大臣産業から全てにおいて しっかりとした人間を配置することが できる制度っていうのはやっぱり他には ないと思います。この厳しい戦いを私たち は生まれ変わった自民党を見ていただく 最大のチャンスと捉えてしっかりと前に 進めていきたいという風に思っています。 オリンピック委員会の会長にも就任をさせ ていただきました。国際オリンピック委員 会の第1の使命は何か?実は高級平和への 貢献なんです。古代オリンピックの歴史は 4年に1度武器を捨てて肉体と精神を ぶつけ合って神に捧げる。そして受テリア という 急決議をすることができた1100年の 歴史がありました。これをもう1度現代に 蘇らせなければ世界は地球は平然な紛争の 嵐になってしまうだろうということを考え てフランスのクーデル団爵が国際会議に おいて 近代オリンピックというものをもう1度 始めようということで始まったのが今の オリンピックであります。戦争を言わない ために作ったのがオリンピックなんです。 どの 国際機関もいくつも世界にはあります けれどもオリンピックとパロリンピクトが 行われる前年度に開催される国連総会。 この国連総会で唯一 急決議をさせていただくことができるのは 国際オリンピック委会だけであります。 これを2 回やるっていうのがロシアでありますけれども、ま、でも私はユゴラビアサラエという国で初執出事場をいたしました。 この民族風によって崩壊された ローリンピックの名、そしてその後ずっと 続きましたけれども国際ルをしっかりと 守ってあの1980年代の後半から90年 代にかけて軍争はオリンピックと パラリンピックの開催中だけは後戦争をし たじゃなかったです。オリンピック パラリンピックによることによることに よってその戦下に追われてる子供たちや 国民の皆さんに と安らぎを与えることができたのはユズ オリンピックだけなんですね。こういった 使命を私は会場になってもう1度この思い を脱させてそして子供たちに高級平和と いうものがいかに尊いものであるかという ことをしっかりと教え まを作りそしてその次に電話でなければ スポーツはできませんのでその後に しっかりとスポーツの価値を高め教育に何 がスポーツが役に立つのかあるいはIGに 何が役に立つのかそして外交にあるいは 観光にどういった役割をスポーツ会は貢献 することができるのかという新しい傾産業 や新しい教育産業そして観光産業を構築さ せるための私はポテンシャルを上げていく ことにしっかりとスポーツ会でも頑張って やっていきたいという風に思っております 。そういった政策を前に進めるためにも 是非今回の選挙大変厳しい状況ではあり ますけれども6回目のステージを何として もいただきたいという風に思います。局で は松山正、松山正さんの名前を是非おち いただいて、そしてたくさんの候補者を 要立している人でありますけれども、今日 お越しをいただいた皆様方には差し使いが なければ是非2枚目の東京用紙橋本誠子と いう名前をおかきいだきたいと思います。 候補者のわがままを言わせていただければ 自民党とは書かないでください 。 是非誠という名前を書いていただいて、 その表の多い順から当選をさせていただい ているというルールであります。是非 私自身のこの 5期30年の経験を福岡の皆さんに捧げ たいと思います。全力を尽くして頑張って いきますこと。心からお近いを申し上げ まして6期目の決意と覚悟に変えさせて いただきます。今日は本当にありがとう ございます。 ありがとうございました。皆様、今一度です。様ありがとうございました。 それでは皆様と一緒に福岡選挙は松山正方 全国議例代表は橋本生子候補の必勝をきし てガンバルコールを行いたいと思います。 ガバロコールの発生を大選挙副事長福岡 県議会議員裕介が答えます。 議員の皆さんも前方へお越しください。 え、ご紹介いたきました。からありましたと申します。え、皆さん方と頑張させていただきたいと思いますが、え、今の、え、国際状況を分かりやすく 1 点だけご紹介させていただきます。今、あの、少で衆議院が運営をされ、え、学現税のお話がありました。 で、それが3人でどうなったかというと、 ま、審議に値、ま、なぜかと言うと、え、 最近有名になってりますけど、道路の看は 実は日本全国1万件をきております。その ガソリン減税、ガソリン税の一部を市町村 にお配りをし、その対応にも務めている ところでございます。そういった中では 今回の参議院選挙で自民党が巻けるわけに はいかない。 そして橋本先生の、え、相を皆さんと聞して、え、頑張ろうさせていただきたいと思いますので、立をよろしくお願いいたします。 それでは皆様、え、は身に、え、民は力強く、え、付き上げていただければと思っております。 え、それでは福岡選挙区松山正候補、そして全国例橋本誠子候補の必勝して頑張ろ。 頑張ろ。 頑張ろ。 頑張ろ。 頑張ろ。 頑張ろ。 ありがとうございました。 ありがとうございました。皆様一度着席を お願いいたします。 皆様一度そのでご着席をお願いいたします 。 皆様ご協力ありがとうございました。 本と補はこの後皆様のお見送りのためこの後一旦えっと席させていただきます。拍手でお見送りお願いします。 ます。 それでは最後に会の言葉を選局全体副本部長空港県議申し上げます。 え、平の言葉を述べさせてもらいます。ただから来ました会議宮原新でございます。 え、非常に体を務めるわけですけど、ま、 最後に、え、一言だけ、え、今日が15日 、そして16、17、18、19と、あと 4日しかありません。しっかりと、え、 比例選挙区、選挙区は松山先生、比例は 橋本先生。これをしっかりと皆さんの 知り合い、またご家族広めていただくこと をお願いして閉の言葉とさせていただき ます。本日は誠にありがとうございました 。 本日はご来ま誠にありがとうございました。今一度お忘れ物がないようご確認だりの迷惑のお気をつけください。本日はご来まありがとうございました。 向