参議院議員選挙 橋本聖子候補 個人演説会 応援弁士 岡崎朋美 長野五輪 銅メダリスト 

え、それでは皆様大変長らくお待ち様で ございました。え、これまで東京 オリンピックパラリンピック協議大会担当 大臣、女性活躍担当大臣、内閣府匿名担当 大臣、住民主党参議院議員会長、数々の 要殖をご任され、先月6月26日には JOC日本オリンピック委員会初の女性 会長にご就任されました。参議 院議員として6 期目を目指される橋本子成功成功。橋本誠ご本人のです。よろしくお願いします。 [拍手] 改めまして皆様こんにちは。 こんにちは。 あの、声が変れてきまして、ちょっとお聞き苦しいかと思いますけれども、お許しをいただきたいという風に思います。え、選挙戦も今日で 11 日目となりました。え、今日は名古屋を出発いたしまして、まず第 1 世と言いますか、集会を発でさせていただいて、先ほど川に到着をさせていただきました。 県議会の先生、そして市議会、長議会 先生方にこうしてたくさんの皆様方にお 出迎えをいただき、今ほどは大変な力強い 温かいメールを送っていただきました。 そして連日に渡りまして私が不在の時の方 が多いこの選挙戦でありますけれどもこの 選挙区においてのマ野高尾さんと共に セットで何としても当選をということで 日々この選挙活動に参加をしていただいて おります皆さん方に改めて心から感謝 申し上げます。本当にありがとうござい ます。 今日は山本市部長にもご習いただいて本当 にありがとうございます。またこのつい リゾートのご衛をいただいた田先生本当に ありがとうございます。先ほどお話を聞か せいただいて思い出していたんですけど、 試合人に聞きましたら8年前ということで 私自身ここに呼ば呼ばれてオープニング テープカットさせていただいた思い出を 思い出しておりました。森吉会長とそして 私も、え、音もさせていただきまして、ま 、本当に懐かしい場所であります。先ほど 岡崎さんと共に、こちらにさせていただい て、あ、こんな広かったかなという思い出 と、そして いろんな画宿ができますね。 まだまだポテンシャルと言いますか、あの 、すごい高い、え、この力を持っている 場所だなという風にこのすごく心を踊ら せるような、あの、空気感がこの地には あるなということをとてもあの、強く感じ させていただきました。昨日平さんに、あ 、代表です。平裕子さんにご連絡をさせて いただきました。明日よろしくお願いし ます。いうことでインドにいらっしゃい まして、で、インドから連絡をいただいて 、そしてしっかりと準備をしているから 楽しみに来てほしいということで、 わざわざまたご丁寧に後でメールまで 賜まりまして本当にありがたい気持ちで いっぱいであります。先ほどお話ました 30歳で初当選、あれから30年が生まれ ました。 昨年無事に完暦を迎えまして、ま、でも 人生100年時代であります。国会議員と して60歳はまだまだ若い。ま、私、あの 、こう過信してはいけませんけれども、 岡崎と智さんと同じように太ではない命で あります。 体力だけは十分ありますので、しっかりと この30年の経験をそしてこの体力を もっと掛け側の皆さん、首相家の皆さんに 活用していただきたい。ま、その思いで6 キルのチャレンジであります。全国各地を 回りまして大変自民党に厳しい声をいいて おります。かつて厳しかった時には自民党 だめだ。何やってんだという風にかなりの 厳しい声が選挙官に投げられたりですとか 、ま、色々なことがありましたけれども、 今どんな風に私はその風を感じてるか、 それ以上です。今度は怒りさえも向けて くれなくなったと思います。呆れてしまっ て声もかけてくれない。そんな状況が今の 自民党かなという風に思っております けれども、厳しいんです。厳しいんですと いう風に私たち自民党の候補者はこう大に して言ったとしてもそれは自分たちが招い たことですからこれはまずはお詫びを 申し上げながら自民党が今こそ 生まれ変わっていくこのチャンスをいいた んだという風に私は受け止めさせて いただいております。30年間の政治活動 の中で私自身何度も色々な経験をしました けれども10数年前はいよいよ自立党が 呆れ変えられまして3年3ヶ月もの間野党 に転落をしてしまいました。でもやっぱり 自民党でなければダメだったかなという ことで大変ご迷惑をかけした3年3ヶ月が 自民党にとっては大変いい薬になりまして そして政権を奪還させていただいて今日が あるということですけれどもまた同じよう な状況に陥りそうな今現実であります。 私たちはやはりもっと自己反省をして、 自己改革をして、そして自立党という ところは正直申し上げて調子がいいと図り の生徒なんですね。ちょっとこう調子が 良くなるともうどんどんどんどん池になっ てしまう。私はそれが怖いんです。今日 アスリートとして岡崎さん一緒に来てくれ ましたけれども、私はま、眺めにわって アスリートもやり、ある意味高知もやらせ ていただいてJOCの仕事もやってまいり ましたけれども、高知たちにあるいはス たちにお願いをすることがあります。 細かいことを私の状況ですともう引退して から相当経ちますから高知の人材育成の方 に今回っていって直接選手に話をするって いうのは本当にあの数回しかありません けれどもでも何をお願いするか 勝った時にどういう風に考えるかっていう ことを常にお願いするんです。それどう いうことか?勝ったら1秒でも1/秒でも あるいは1分でも勝ちは勝ちとなって しまってやっぱり喜ぶんですね。で、それ はファンの皆さんに支えていただいた皆 さんに一緒になって感謝の気持ちを込めて 喜ぶ。これは当たり前なんですけど、本心 から喜んでしまってば明日がないんです。 勝った時にこそ反省する。これが アスリートの正しい教育方法ということな んですけれども、勝った時になぜ勝ったの かということを文章にさせるんですね。 なぜ勝ったかという反省。これ難しいん です。でも結果的に生きつくところは何か ?自分より相手の方がちょっとミスが 多かったから勝つだけなんです。100% の戦いをして勝った勝負っていうのはほぼ ないと思います。どっかをミスしながらも でも金メダルを取る。そういうことはよく ありますけれども、でも勝ったこと、 メダルを取ったことで喜んでしまっては 進歩がない。勝ったということの重みと 責任と怖さを知って初めて勝ち方も質を 上げてくんです。勝ち方も質を上げて本当 の勝利を掴んでいくというこのやり方。 これが自民党にはかけていたんではないか 。今もそうだという風に私は思っており ます。 そういうことを考えますと、今国民の皆 さんから厳しい声を聞かせていただいて いるこの状況になっているというこの現実 は自民党が生まれ変わるチャンスをもう1 回いいたということでありますので、 生まれ変わった姿をこの参議院の選挙で見 ていただいて、そして真の政権政党に 変りざいていくそのことの第一方を進選挙 にしたいという風に思っております。その ためにもこの選挙選挙から大事な議跡与党 の大事な議跡わさんが万が一のことがあっ ては本当に大変な状況であります。 やはり世、憲制という1本の道が繋がって いるからこそ目に見えないところでも力と いうのはやっぱり大きいです。そういった 意味において是非選挙選挙まずは牧野高尾 さんの秘勝を是非お願いを申し上げたいと いう風に思います。私は今6期目の戦い 31人の自民党の 全国候補者要立をさせていただいており ますけれどもなんとしても上位の8人か 10人の中に全込まないと危ない状況です 。 比例代表大体今まで18番、18議跡、 20議跡を取った時もあります。そういっ た状況ですけれども、1番自民党が厳しい 状況に置かれた時、比例代表は12席しか 取れない時がありました。現在調査では その厳しかった12席よりも取れないん だろうと言われるような状況です。なぜ ならば自立党が今人気がないということと 同時に6年前、12年前よりも政党が多い んです。政党が多いと一席ずつぐらいは 取れるんですね。そうなってくるとどこ から取っていくか自民党の議跡だった ところが振り上げられていくような状況 です。そしてもう1つは憲法改正をしない 限りこの航空問題は解消されません。 鳥取豊、そして 高知県と徳島県というところが人口現象に 賜って1つの選挙になってしまってるもん ですから出れない件が出てきてるんですね 。その出れない選挙区の候補者に地方創生 という意味も込めて自民党は優先的に比例 代表の議跡を差し上げることにしてるん です。これルール上選挙をやらなくても 今回5億で出れなかったところから立候補 する予定の候補者に差し上げる。これで2 次席減るんですね。12席取ったとしても 10人しか純粋比例は当選できない。11 だったら9です。10だっていうような 調査も今出てきてるんですけどそうなると 8番しか当選できない。本当に厳しい状況 です。誰もが当選してもらいたい状況では ありますけれども、私自身も是非その8番 、9番ギリギリのところでも当選をさせて いただきたい。そんな思いで全国各地を今 回らせていただいてるところであります。 静岡、スポーツ王国でもある。そして豊か なこの大自然の中の脳品という素晴らしい この食材農業。私は本当に命の皆源がこの 静岡だという風に思っております。食料 時給率40%にも満たないこの日本であり ます。ご承人の通りですけれども、47 都道府県それぞれの食料実給率を集めて、 そして47都道府県で終わった数が38 から37ぐらいですので、東京や大阪は 食料時給率は1.0ぐらいですから、それ を補っていくのはこの静岡であり、そして 私の故郷北海道、北海道は直業時給率 200%以上誇ってますのね、作れる ところ、そして美味しい環境のあるところ がまさにです。さらに今 この問題を真面目とするこの農業の再構築 を図っていかなければいけない。まさに 静岡は命の皆源でもあります。ま、そう いう中で私自身一生懸命に各地域の声を 聞きながら政策に結びつけさせていただい てるところでありますけれども、先ほどの お話の中でのオリンピックの会長という ことで、ま、これはバッハさんが、ま、 直接あの株組織に対して介入することは できませんから、あの直接というよりも 支いたんですね。ま、支いたにしても直接 だったのかもしれません。それにしても 東京オリンピックパラリンピックを組織委 会の会長という立場で森会長の後をついて やらせていただいた。あの、当時は過中の 繰り広いと言われましたけれども、過中の 国にどれだけの夢と希望が詰まっているか ということを知ってる私が取りに行か なければ誰が取りに行くんだという話も ありまして、私が行かせていただいたわけ ですけれども、そういった時の状況をよく 知ってるIOCのメンバーは今この現状を 見た時に聖後橋本やだろうという風に言っ ていただいて、たくさんの皆さんにここは 頑張りどころだとさんからも相当な姿を 押されましたけれども、ま、でも私は性格 上ですね、困難なところになった時に押さ れるタイプなんです。そしてその時に私は どういう風な性格上、これが断れないです 。そして困難な状況のところを分かってる のに人にやってもらうというのも私はどう してもできない。生活困難なところは自分 自身が行った方が楽なんです。で、そう いった意味で今JOC実は大変です。あの 話が長くなって教縮ですけれども平事の時 私はやる必要がない組織なんです。 しっかりと支える場側場にいればいいわけ なんですけど、今はIOCもJOCも大変 な苦しい状況。それは困難な状況の中で やらせていただいて爆大な予算がかかって 、そしてメリットがあるから日本の企業も たくさんスポンサーしていただいた。それ と同時に世界のIOCオリンピック委員会 に対しても協力を日本のトップ企業がして いただいていたんです。でもこれが時刻 開催が終わると本当にメリットがあるのか という風にもう1度見直されてしまいます 。この見直された時に少なくてももう1回 は散やってあれなければかわいそうだよね という風にして企業の方にお願いをしまし たしそう思っていただいてパリ大会までは 日本の企業もIOCのスポンサーに頑張っ てくださってたんですね。でもこのパリ 大会が去年終わりました。そうしましたら トヨ田さんがIOCスポーツさんから撤退 されました。そしてパナソニックさんも 撤退され、 そしてブレジスタンさんも撤退されて しまいました。その在打は株組織である JOCにも来てるということであります。 大改革が迫られていて、そして何の意味を 持ってオリンピックパラリンピックの ムーブメントを起こしていくかというのが 最大のテーマになって誰がやっても厳しい 状況。それは私が身を投じるしかないと いう思いでありました。そしてもう1つ 今年後80周年です。高級平和というもの を第一に掲げてる組織はどこか?実は国際 オリンピック委員会なんです。古い歴史 ですけども前 779年というところからあ、2000 紀元前776年から1100年も続いた オリンピックの歴史。これは4年に一度 武器を捨てて肉体と精神をぶつけ合って神 に捧げるというのが古代オリンピック。 これがギリシャのオリンピアというところ で開催されてたことが名前がついて オリンピアがオリンピックになったんです ね。長い間事者は震災と共に、ま、全く 活動ができない状況になってオリンピック も途でも世界の平和をすには古代の オリンピック精神を復活させない限り世界 がなくなってしまうということで130数 年前にフランスのクーベルという単爵が 国際会議において演説をされて世界を平和 にするには古代オリンピックを近代に変え てオリンピックをスタートさせたいという 演説に世界が第三道をしてくださって、今 の近代オリンピックが現在に至るという ことであります。国際期間たくさんあり ますけれども、唯一国連総会で オリンピック前面に開かれる その総会国連です。急決利をすることが できる 期間というのは国際オリンピックただ1つ なんです。東京大会前年度1年も遅れまし たけども、やるべきだった。2020年の 前年度19年ですね。2019年の12月 に総会はアメリカだったんです。連れ。 この場所に健康がなかなか十分ではなかっ たと思いますけれども、これだけは行か なければいけない使命だったということで 、当時の会の森吉郎会長が自らアメリカに 行ってバッファ会長と高々かに国連総会で 急決議を宣言された。私は本当に ありがたい気持ちでありました。そして ただその後ですね、約束を破ってるのは モシア。私が初出場したユゴスラリアの サ子というところが19歳で初出場。あの 7、7つの国を1つになったという ユゴスラビア、地方という大統領が カリスマ線が持ってたもんですから、あの 1つの国だったんですけどオリンピックが 終わってそして少しずつ豊かなになって くると今度は民族紛争になるんですね。 そしてUオースラビア崩壊されて戦争が ヨーロッパを続いた。でもその時も実は 急戦決議を行っているというこのルールを 守ってオリンピックの期間中 パラリンピックの期間中実は戦争やめてる んですよ。武器を捨てて安らぎの場を 作らしていただいた。これはオリンピック 委員会の実は第1の使んです。 ある場所である場所というのは この戦争によって国を追われてそして南民 キャンプが行くこともできました。この 南民キャンプで何をスポーツ会がするか? 何にもない 貧困で民族の争いあらゆるところで子供 たちも本当に心も何も比している。そう いう難民キャンプのところに例えばです サッカーボールを差し上げるんですね。 そうすると民族の違い、国の違いで キャンプでありながらも全然交流はないん ですね。でも そこにスポーツの用語をお渡しすることに よってまずは言葉が通じなくても民族の 違いがあってもまずキャンプ場から子供 たちが出てくる。そしてサッカーボールを 蹴り合うんですね。で、そこで1つになる んです。そうすると今度大人たちも子供 たちと共に今度はサッカーをする。 それぞれのチームが混じり合って今度は 大会をしながら有効を深めていく。それが スポーツの良さなんですね。力なんです。 私はそういったものを教育の現場で医療の 現場で食の現場であるいは環境や観光の 現場で予告しれる形でスポーツというもの は邪魔をしません。邪魔をしないからこそ 産業と産業を結びつけて新しい健康産業や 新しい 食産業や新しい観光産業というものを 作り上げていくものすごい力が持っている ものがスポーツ。私はそう思っております 。ただ単だけではなくてあらゆる産業の ポテンシャルを創失していくことができる 私は本当に素晴らしいものだという風に 思っておりましてこれを前に進めていく今 子供たちのスポーツの環境であったり あるいは部活動の問題でも大変、え、ご 心配をされてると思います。でもクラブ チームがねいているこの掛側であったり、 先ほど岩田の話をしていただきました けれども、もう先行して色々なことをやっ ていただいてますけれども、これから オリンピック委員会やスポーツ協会は指導 者がたくさんいます。そういった中におい て各地域で地方に行けば行くほど運動の 格差、部活の格差が出てしまうではないか 心配をされていますけれども、しっかりと テキストを作り、どこに行ってもあるいは 元度アスリートたちがどこにも企業に たくさんいらっしゃると思うんです。そう いった企業の方がこの時間だけはクラブ 活動に社会保険として行っていただくと いうような連携もこれからは取らせて いただくようになるかという風に思います 。この前は郵便局の方々がこういう案を 持ってきていただきました。郵便局はどこ にでもあるんだ。元アスリートたちも郵便 局にはたくさんいる。1つもそういった テキストがあって、そして子供たち部活と いうものを手伝えることができればこんな に嬉しいことはないと言ってる人たちが たくさんいるのでこれからは地方創生の 意味も込めてそういった活動も展開する ことができるんではないかという話を いただいて私は魅力があるなという風に 思っております。そして医療です最後に なりますけれども私はスポーツ以下学 ずっとやってきました。岡崎さんも私も 強い心と体そして 怪我をしない料金にならない風を引かない これがアスリートとしては当たり前です。 スポーツ医科学が日本がどんどんどんどん 成長してきたので選手たちも成長を止めて きました。ヨーロッパ、特にスポーツ、 先進国たくさんありますけ、その国の医療 事情っていうのはどうかっていう話なん ですが、実はスポーツ以下学というのが 医療界の最大のトップランナーです。最大 のトップランナーがスポーツ。その下に 地域が出てくるんですね。地域医療は何を 見習って医療を施すか。スポーツ価格を 見習って医療を施してるんです。それどう いうことかって言いますと、アスビート たちは世界ドーピングコントロール機構の ルールに乗って薬1つ飲めないんです。薬 を飲めないから予防予防医学を徹底して やらなければいけない。そのメカニズムを 研究するために私は2001年24年前に 東京都この国に初めてスポーツ以下科学 研究所を設置しました。そしてその横に ナショナルトレーニングセンターができて 、今の選手の活躍があるんですけれども、 これは意味があるんです。アスリートの 成績を上げるための研究をしてきた。でも そのことのエビデンスがあって、次は次 世代の医療に私たちが中心になる時代が 来るだろうという 目標を持ってやってきて25周年目に今年 入るということであります。人間の メカニズムに追求する医学をやってます。 どうやったら骨が作られるのか。筋肉は どうやっていつ作られるのか。脳と メンタルはどういう組み合わせによって トータルのバランスが取れるのかという ことを医学と科学の力でそのメカミにせ 迫っていって薬を飲まなくても自己中能力 を上げる能力を高めていく時に人の能力は ものすごい上がっていた。薬は悪いわけ じゃないです。飲めない人たちの扱う医療 が日本は確立されてなかった。それを確立 させてきたですね。今の地域の医療はこれ 日本の医療がそうさせてるからどうで しょうがないんですけども排除療法ですね 。医療は対象療法大体風を引いたり病気に なってから行くもんじゃないですか。検査 のためには行きますけれどもそれ以外は ほとんど行かないと思うんですね。そう やって医療費を削減しようとすると今度は 逆に事業がなくなります。スポーツ以下は 予防予防医学で地域を元気にする役割を これヨーロッパの医療体制そうであるよう にこれからは医療費を削減するんではなく て社会保障費を抑制するための予防医療を 打つことによって結果的には健康事業延伸 されますから健康事業延伸されたら結果的 には社会保障が抑制されてそしてこの国の 全体の財政が軽化化されていく。健全化さ れたら今度は必要なところに必要な予算を 配分することができるというそういった 抜本的なこの日本の 予算構造というものを変えていくにはこれ は予防医料予防医学を徹底して地方と組む しかないんですね。これを今厚生労働省は なかなか家事を切ろうとしてないので 私たちスポーツ会はこの24年の エビデンスをもう勝手にはやりません けれどもこれをやりましょうといった自治 体とそして地域医療と完全に組む準備も 始めています。そうすることによってそれ が地方の活性化につがっていく。これは 1番組みやすいのはまさに掛側でありこの 静岡県というのは本当にそういう意味での エビデンスもそして全ての環境が整って いる私はエリアだという風に思っており まして、是非この予防医学を地域の教と 組み合わせるという徹底したこの改革を国 がやらない前にこの地方創生の意味を込め て達成をすることによって国のシステムを 是非変える。これを一緒になって取りまわ せていただきたいという風に思っており ます。一生懸命にその役割を果たさせて いただくために30年の経験を静岡の皆 さんに大いに活用していただくために全力 を尽くして頑張ってまいりたいという風に 思います。牧野高尾さんと共に比例は橋本 聖子という名前を1人でも多くの皆さんに 書いていただきますように心からお願いを 申し上げます。今日お集まりをいただき ました皆様方のご健康ご活躍お祈り 申し上げそして当選をさせていただきまし たリゾートに遊びにきます。 また健康産業についてお話をさせて いただきたいという風に思っておりますの で是非よろしくお願い申し上げます。皆 様方ね感謝の気持ちを込めて6期目の決意 に変えさせていただきます。ありがとう ございました。 ありがとうございました。橋本橋本 お願います。 それでは橋本生徒候補の必勝をし て頑張ろう参照勝のご発を石川よろしくお 願いします。 の皆様、高先生の、え、の方に ご登壇願います。え、また地元の滝議会、 え、松本 議員、藤原正議員、安田明議員、下崎議員 、杉山安議員は前列におびをよろしくお 願いします。 皆様ご記立よろしくお願いいたします。 皆さん、今心の中満足っていうか幸せ感が ないですか?グローバルでとても綺麗な その心をですね、みんな見せていただき ました。え、ここに書いてあるんですけど 、え、責任政党の自民党、これじゃダメな んだという真っすぐな声を聞きました。 しかし責任政党の自民党こそこの国を 変える力になると。その力を見せて くださった橋本誠を絶対に国会にあげる。 もう一度この声をしっかりと多くの皆様に 聞かせたい。その時にポーズがあるんです 。どうでしたっけ?さっきこのポーズ見え ます?え、見えます。えっと、左足が前に 行ってですね。 え、左手が前に入って、え、後ろ、右手がちょっと入 はい。岡崎さんがやります。 はい、 スタート。 スタート。はい、皆さんやってみてください。これね、地田に向かって力を止めなきゃいけません。 そうですね。 お尻を、後ろをガンと出す。 お尻をガンと出す。 後ろ後ろに 後ろに出す。 で、こうやって踏ん張ないと今の自民党勝てません ということで皆さん広まってください。もう一度このポーズをやってガンと出します。出します。ガブロって続きの上に突き上げるんです。それをやりたいと思います。え、妻として母として政治家としてっていうね、一問あったんですけど、もうそれ以上の方です。なので皆さんがやらないと自民党を負けてしまうじゃないかところなのでよろしくお願いします。 左足を前にそしてできない方はスタートね 。それで左手側でお尻の方に向かっていい ですか?橋本誠必ず国会 に上げていくぞ。頑張ろ。 頑張ろ。 頑張ろう。 頑張ろ。 頑張ろ。さ、良かったぞ。 [拍手] H

参議院議員選挙 橋本聖子候補 個人演説会 応援弁士 岡崎朋美 長野五輪 銅メダリスト 静岡県議会議員小沼ひであき

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