俳優・山田裕貴さん「当たり前になってるから、忘れてる」戦後80年 現代につなぐ戦争の記憶 | 沖縄・伊江島の戦いが舞台 映画「木の上の軍隊」ノーカットインタビュー【news23】
生きることがどれだけ大事か、どれだけ しんどい状況があっても、どれだけ悩み 苦しんでても生きてさえいれば何か 幸せが見つかるはず。生きてるじゃない かっていうことが1番の輝きみたい [音楽] こちらあの家島線の傷跡を今も残す唯一の 建物です。 [音楽] おはようございます。 よろしくお願いします。 よろしくお願いします。 [音楽] あの、この映画沖縄で先にもう上映されてますけど、 見た方の反応とか感想を山田さんが直接大きにな あったり触れたりはされてますか? あ、はい。あの、監督が、あの、人のこうコメントだったりとか、あの、スクリーンショットの画像を こう僕に送ってきてくださったりして、 で、劇場に行って監督が自ら受付の人にこうこの行列、どの、あの、リロア&スティッチですか、国報ですか?みたいな。 いやいや、木の上の軍隊ですみたいな。え、すげえって監督が驚いてる。 驚いたんだっていう話をなんか聞いたりとかして。え、 あのうん。それはすごいやっぱり沖縄のお話で沖縄戦の物語なので、あのそれだけ関心が地元の人高いっていうのはなんかやっぱり心の中にあるものがちょっとやっぱ見えるなっていうのを感じました。はい。 なんかもう小さいお子さんもね、たくさんいらっしゃる。 そうなんですよ。 なんか年齢制限のない物語なので、その子供お子さんも見れるし、なんか幅広い年代の方が劇場に足を運んでくれてるみたいで、そう、中学生の子もなんか男の子 [音楽] 3人ぐらいで来てた子もいたとか なんかそういったところにこのいう作品に目を向けてもらえるのはありがたいなっていうなんか伝えてい、伝えていくっていうのがも も、あの、僕らにはなんかお仕事として できることではあるので、 あの、自分もその戦争を知らない世代です けど、あの、 なんかやっぱり目を向けなきゃいけない なっていう、こういう作品にせてもらうと 、そういう感覚になりますね。はい。うん 。 山田さん、ご自身にはこの作品はどう伝わりましたか? うーん、まあ、ちょっと言葉難しいですけど、やっぱり戦争物の作品、戦争映画と言われてしまうとなんか僕中ではそれだけじゃないと思ってて、あの、大変戦争末期にあ ガジュ丸の木の上で2年間戦争 が終わったこと知らずに生き抜いた人の 実話を元にした物語なんで なんかこう戦争の悲惨さやその反戦を 訴えるとか どうにか生き抜こうとした2人の物語なの で なんかそこが僕は大事だと思っててもちろ の戦争も良くないし、まあ今は日本は安全 だけど 本当に安全かって危ない状況ではあると 思うんですよ。だからいろんな当たり前の 日常がもしかしたら当たり前じゃなくなる 可能性もなくはないし、それは世界を見て みればもう戦闘機が飛び交ってる国もあっ て うーん。それをいやうちらは大丈夫でしょ 。って考えてんのは違うんじゃないかって いう同じ地球にいて人類として、え、ご飯 が食べられない人がいるとかなんかそう いうことに目を向けるっていうことは なんかすごく日々のあり感謝にもつがると いうか、僕はこの映画であの2年間食料を 探しながら銃弾飛び替う中、そのモデルに なった佐田さんていう方のあの役を演じさ せてもらったので、もう家があること、家 が木じゃないやとか、ご飯があること、 飲み物が飲めること。これは僕日々感謝 しようと思ってて、日々ありがとうって 思ってるんですけど、改めて 強く あの大事だな、当たり前じゃないなって いうことを強く思いましたね。はい。 私も作品をあの拝見しましてちょっと先閲感じたのがあのな純の役をされてる山田さんを通してなんかかなり特殊な状況なのに うん。 自分がもしこの状況だったらやその虫食べるんだろうな。 いやいやいや、食べないだろうとかなんか水にこう口を近づけるやいやそうじゃないとかなんかこう身近にあの状況感じられてるような気がして はい。 なんかその辺の不思議な感覚というか はい。 演じられていて山田さんご自身は日々どういう気持ちで撮影に望まれていたのかなと思いまして うん。うん。 一応そのま監督やあの政策の皆さんから頂いた資料だったりとかそれこそ田さんモデルとなった田さんという方山口さんというお 2人の はい あのま帰ってこれた後のインタビューテープの書き起こしみたいなのを読ませてもらった時に はい うん銃弾を足で打たれてるで もほっといててもう治ったとかなんか不思議なことばかり書いてあってほあ なんか人間の想像力ってそのやっぱり体感した人にしか分からない感情だったり感覚が絶対にあるって思ってて本当だったその痛みに苦しんでる日々 だとは思うんですけどそれでも食料を探しに行ったりとか 生きようとする力みたいなものを感じましたし あのま何より僕もあ あの、その沖縄で撮影 1 ヶ月あったんですけど、星とキムチと納豆と豆腐だけでどうにかあのやりやりくりして そうなんですか。役づりで はい。はい。 で、 ええ、 もうあの僕が大嫌いなんですけど、 あの本物のうじムシもなんか嘘つくのやだなと思って本物のう虫もあれ食べて 本物ですか? はい。 なんかなんかやっぱ本当にあったことをちゃんと体感してちゃんと表現したいって思ってたらなんかスタッフさんがあの偽物の務所を用意してくれてたんですよ。こうちょっと小麦粉で作ったみたいなやつを。 僕本当虫も触れないレベルなんですけど、 あのなんかあのあそこに行ったらあの服を 着てあの作品の中にいるんだって思ったら なんか自然ともう肺が止まろうがなんか気 になんなくなってるしだから人間の 慣れってすごいなっていうのはそういう 状況化にま僕の変化なんて大したことない ですけどあの多分戦時中あの戦争の 真ったかに中にいた人たちはその中でも どうにか生きなきゃとか仲間を助けなきゃ とかそういう思いがシンプルな思いがあっ たんだろうなっていう。だからもご飯を 食べなきゃいけない。 それが虫だろうが食べれるかなってなるだろうし、なんかそういうことをもう僕らのお仕事ってすごく矛盾してて、あの、ま、もちろん実はにあったお話ですけど、僕が表現してるものは 初詮作り物であって、でもそれをどれくらい真実に近づけるかってもうその人たちの気持ちをひたすらひたすら毎日この瞬間何を考えてたんだろう。どういう表情したんだろう。 どういう仕草があったんだろうっていうそこ考えるしかないなって思ってるのでとにかく これだけお腹が減ってたらどれだけのことを思ってるんだろうっていうことを身近に体感するためにいつでもお腹かせる状態で あ とかじゃあ例えば本当に虫を口に入れてみるとかうん、ま、そういうことしか僕らにはできないなっていうのを思いながらやってました。 [音楽] はい。 ちなみにどういう味がどういう感覚でした か。 えー、 エミ 80%カット漁りみたいな感じ。 ちょっとります。 ちょっと持ち帰ってちょっと私も見して表味 [笑い] 8%80% でも本当にないないかなでも僕がお腹減ってるから感じられるのかなとかあなるほど そういうレベル だから逆に言うとあ 食べれるって思ったら多分自分の足にそういうジが湧いてようが多分食べちゃうような状況だったんだと思います本当にき つまりそれが食べられるが生きられるにつがって うん。そうそうですね。 生き延びていく感覚とか はい。 希望とか はい。 あ、中でもそのどんどん役に入っていく中で生き延びることのまた葛藤とか あ、そう。 苦しさとか逃げたい逃げられないでも逃げたいとか あの辺りの思いていうのはうん。 どういう感覚で演じられていくもんなんですか? うーん。 うん。もう本当にこれももちろん戦争体感した人にしか想像できない感情だと思うんで、もう僕は本当にあくまで想像ですけど、 ま、僕のやったアげなという役は、ま、母親が父親はもう戦争でなくなってしまってで、母親が病気で家で待ってるとで自分は 2 年間帰れていない状況の中でもう母をほったらかしの状態なわけじゃないです か。 で、そんな中で爆撃があって、もし 母親がのことを戦争が終わらしてくれたん だったらその方が嬉しいかもしれないとか 、あ、もうどうせ帰る家はないだろうから きっと あの戦争が母を終わらしてくれたのか帰れ たら嬉しいのかもう分からないですって いう セリフで言うシーンがあるんですけど、 そこはなんか自分でも言ってて、もし自分 の家がじゃあ、まあ、もう東京が本当に 戦場になり、そんなこと嫌ですけど、 生きても死んでても どっちでもいいやって思っちゃうのかなっ ていう。うん。 もう誰もいないしみたいな状況の中でこっから逆にどう生きていけばいいんだって考えるのはもしかしたらなんかうん、別に究極の答えじゃなく普通にたどり着いちゃう答えなのかなとかも思っちゃったり へえ。 なんかそれはあくまで想像ですけど うん。 あの、逃げたい、帰りたいけどそれだけじゃなくてもうないのであればいいなくなってもいいかなって思っちゃってしまっても仕方がない。 ただただ 1 人じゃなくてじま罪審査演じる場感がいて 2人だったからもう価値観の合わない 2人だったけど うん 生きて慣れたっていうのは僕すごくこの物語の肝だなともう生きることがどれだけ大事か どれだけしんどい状況があってもどれだ だけ悩み苦しんでても生きてさえば何か幸せが見つかるはず。 それは食べ物があるだけでも家があるだけでもっていうことを 多分きっと今は当たり前になってるから忘れてるだけですね。 なんかそこはもうこの役をやって逃げたい逃げたいと思ったけどあ、逃げちゃダめだっていう理由ってもうただそれだけなんだっていう はい。 生きてるじゃないかっていうことが 1 番の輝きみたいな。それは強く思いました。はい。 うん。今回実は私たちも番組で飯島に行っていろんな取材をしてたんです。はい。それで えっと田修純さんの息子さん充みさんに直接お会いして はい。 で、お話を聞きました。 そしたら、あのお父さんの銃弾がやっぱり足に残っていて、で、亡くなった際に仮装をしてご骨の中に銃弾があって、で、それを息子さん見た時に、あ、父の戦争これでようやく解放されたんじゃないかっておっしゃったなんですね。 どういう風に感じますか? まあ 、僕が思ったのは うん、なんか 、ま、絶対終わ僕もそんなに知識が豊富な わけでもないですし、世界の女性を詳しく 知ってるわけでもないですし、でも感覚的 に感じるのはなんかうん。 終わってないっていうのも違う気がするんですけど、 今は してないだけで、もしかしたら見えないところで戦争が起きてる。 でもそれはもう今は 武器使わなくても言葉で人を殺せる時代に なってるから なんかうん武器 [音楽] 持たなくてもう 平和じゃないなとは思う うん なんかそういう世界になっちゃってるなっ ていう うん かと言って武器持ち いいっていうことじゃな なくてなんなら匿名でもうわーって盛りもう炎上してしまうとかなんかうん。平和じゃないな。心がっていう [音楽] うん。うん。 結果心が豊かじゃなければうん。 [音楽] 平和じゃないなっていう戦争が起きてなくてもそれはうん。すごく思いますね。はい。 [音楽] うん。うん。本当に色々感じるものがあってで今回こういう役から演じられたことでその改めて戦争についての捉え方とか前と後で何か変化だってる影響はありますか? うーん。うん。 これはもう どう 本当に 子供でも思える感想 なんですけど、なくなればいいのにとそり は思いますよ。世界で、 あの、 なぜ争ってしまうんだろう、 そこにはいろんなことがあるんだろうけど 、お隣になればなるほど別に信じなくても いい情報、これは本当なのかなっていう 情報なんていっぱいあり、何が本当なのか 結果なって、もしかしたらそこ で争ってる可能性もしかしたらあるわけ じゃないですか。ま、もちろん戦争を起こ すっていうことには確かな何かがあるはず なんですけど。 うん。結果このやったやられたがこのここ の領土がうちのもんだうちあっちのもんだ 。 うーん。 これが1つになるっていうのは 難しいことなのかな。 そんなにも難しいのかな。 でも 昔からその土地にいる人たちのことを思う と やったやられたそりそうだよな。いやここ はうちの家だって守るのそれはもっと母体 を小さくすれば人もそうじゃないですかね 。 そういうちっちゃな戦争から大きな戦争までなくなんないのは仕方がないにしても うん。 だからこそこういうどうにか作品を見て もらって 僕はそんな知識は何もないけど いやみたいな のを伝えられるのってまこういう仕事だ からなのかなとは 思う うんと取り合わなく っていいじゃんっていう。ま、そうもかないんでしょうけど、分からないですけど僕には。 うん。 うん。ま、悲しいですよね。純粋に そうですよね。こうして何か思いを思いだけではなくてもこういう情報とか何があったかっていうその体験を受け継ぐ、伝えていくことへの改めて思いというのが何かはっきりされたのか。 僕はあの広島に住んでたことがあって、 ええ、4 歳ぐらいの頃、ま、だから今から 30年前ぐらいですなんですけどうん。 あの、原爆ドームにあの、母親に連れてってもらったことがあって はい。 ま、そこで見たものが衝撃で今もこう残ってるんですけど、 その記憶の 写真みたいに思い出せるものがいっぱいなんかうん。 別に普段からじゃあ本気で戦争やめましょうよって止められるじ人物かって言ったらそこまで本気で思えてるかって言ったら何ができるんだろうって考えることしかできてないし うん うーん自分ができ起こせるなんかこ 波紋なんて多分きっと大したことはないの かもしれないけれど、こういう作品を通し て 見てもらって、あ、生きてるだけで もういいじゃんみたいななんかもう ちっちゃ悩んだり争うのやめようみたいな 。 そういう心が 電波していくだけでも 何か世界を変えてるんじゃないかってどう にか 思いたいし、 そういったことを伝える中でちょっとでも そういう広がりがあれば うん。 それがつか僕の世代ではないかもしれないけど、つか平和な日が来るのかなんてことを夢見ています。はい。そんな うん。 ことをやっぱり小さい頃衝撃的なもん、 ええ、 唯一原爆が落とされたこの国で資料でしかないけどそれを見ての当たりにして今こういうお仕事やってる。それがこういう先に携わってるっていうのは何かっていうことになる。 それはもう本当に年齢制限もない作品だから子供たちにまず うん。 なんか1 個ありがたいね。生きてるってありがたいね。ご飯が食べられるってありがたいねみたいなものを何かいいなっていうのは思います。はい。 ありがとうございます。 ።
TBSテレビ、戦後80年プロジェクト「つなぐ、つながる」。
今回お伝えするのは沖縄「伊江島の戦い」。
戦時中、アメリカ軍と激しい戦闘が行われた伊江島。
この戦いでは多くの住民が戦いに巻き込まれ「集団自決」に追い込まれるなど
「沖縄戦の縮図」とも言われています。
▼news23 小川キャスター
「住民1500人が犠牲に…知られざる伊江島の戦い」については…
「伊江島の戦い」は、今年映画にもなり現代にその記憶がつながれています。
映画「木の上の軍隊」(7月25日に全国公開)
この映画では伊江島で終戦を知らず2年間を木の上で過ごした
実在した日本兵2人がモデルとなっています。
劇中で極限状態の日本兵を演じた俳優・山田裕貴さんに
モデルとなった日本兵への思い、戦争への思いを聞きました。
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13 Comments
ま、あれもこれも全部日本の自業自得だけどね
いつも思うんだけど、日本メディアって太平洋戦争とか原爆・空襲でしか被害者面できないもんな
なんで日本が戦争したのか、その原因を報道した方がよっぽど教訓になってタメになるやろ
沖縄特攻は本土の捨て石、無駄死に・・TBS報道は以前、特攻に向かった人間の尊厳を平気で傷つける発言をしてたね
日本が行った侵略戦争、その前段階としての朝鮮人差別を忘れないでほしよ。
生きてさえいれば西野七瀬を嫁にできるかもしれない!って希望持たせてやれよ
保守は全員有事の際に最前線に行くことになってます。
小野田寛郎氏然り、横井庄一氏然り、人間は生きたいということが本能だと思う。
御国のために逝ってこいと言われても本能に反する矛盾するものだと思います。
葛藤し、苦しみ、戦争は何も良いことはありません、あの狂った時代に戻してはいけませんね。
心に残る映画でした、ありがとうございました。
戦争を知らない世代が、戦争をかたる。原爆投下を見た親を持つ身としては嘆かわしい。戦争を知らないで平和に暮らす子が普通って
お花畑思考。
『天皇主権』への改憲=『創憲』❕️
現憲法の『9条を廃止』・『基本的人権』を削除・『国民主権』を奪い『天皇主権』とする『軍拡のための積極財政』そして『徴兵制』を施行❕️
『核武装』❕️
『日本人から先に戦場へ行け❕️』
🇯🇵🇯🇵🇯🇵🇯🇵🇯🇵〜🇯🇵🇯🇵🇯🇵〜🇯🇵🇯🇵🇯🇵🇯🇵🇯🇵〜 参戦党❕️
修学旅行で伊江島行ったな
戦争にならないように軍事をしっかり準備し可能であれば核があれば攻めて来ない。
彼らの様な日本人を出さない様に軍事準備しないといけない。
現在進行系のウクライナ人から戦争の悲惨さを学んだほうがいいのでは?
もっと詳しくリアルに戦争の実情がわかると思う。
「戦争反対!」言ってても敵が攻め込んできたら嫌でも戦争になっちまうんだよ!
核が無いこと、反撃能力がないことがいかに悲惨かってこともわかる。
食べるものがない…餓死しそうになる…想像つかない状況です。
席の近くに御高齢者がいらして、観終わったあとに
「何度も(観るのをやめて)立ち上がろうと思った」と話されていました。
食べるものが無い事も、きっと思い出されたのでしょう。
食べる事は生きる事…授業を潰しても生徒達を連れ観て欲しい映画です。
勇気ある言動、ありがたく想います。