『ボクらの時代』『高橋優×小竹忍×大倉忠義』高橋、父の背中を見て…

今日の僕らの時代はこちらの 3人。今日ゆう君が司会してくれるの? いや、いや、しない、しない、しない、しない、しない。 楽だね、私たち。 それ、あの、長にお断りさせていただきますんで。ただ出会いだけは一応僕が 2012 年ぐらいだったと思うんですよ。ラジオ。 そんな前すか? やばい。 ラジオ、ラジオ曲で。 うん。 そう。 あの、まだデビューしてそこそこなんで。 うん。うん。うん。 そのラジオのなんてうんか?あ、事務所みたいなデスクの方のフロアとかに連れて行かれて、 ここのデスクは 大たしぶさんの番組をやられてるディレクターのデスクだと。 ああ、は。 なんかあれだったらゆう君なんか書き置きとかして うん。 うん。 ぜひよかったら ああ、 あの大竹さんへの思いを書いて CD 置いときなよって言われてああ、やります。やりますて言ってあすごい丁寧に ああ で書いて犯かしてもらったら うん。うん。うん。曲かけていただいて。 そう、そう。で、その番組のにあのゲストに来てもらおうっていうことになって、 それが2012年。 それぐらいだったと思13 年前。 え、そんなに? うん。 娘さんの今ちゃんとも仲良くらしてもらってで、 えっと、 次の年か2人が出会ったのは いや、次の年っていうかちょっと開くんですよね。多分楽曲提供のお話の方がちょっと先なんですよ。 そうだ、そうだ。グループに。 ええ。 ええ。 だから1番最初は安田君 うん。うん。うん。 からなんか結構じ々オーファーぐらいな感じライブもよく来てくださってて ああ。 その辺りになんか食事をなんかご一緒させてもらってた本当それぐらいのタイミングでラジオも うん。 てなりましたよね。 そうですね。 はい。番組始まってからは大倉君とまよく飲んでましたよね。 そうですね。 はい。 で、そこでご紹介するっていう そう。お2人を うん。 うん。その当時酔っ払って家の鍵をなんかなくしちゃって ああ、なんかね、 で家取ってもらったりし、 あったな。 大丈夫です。 あったね。 今まるちゃんもいたりすることも結構あったじゃないですか。 うん。 結構酔って誰かがもうトイレから出てこないとか。 あ、そういうそういう。 割とファンキーな。 お、全部俺や。 ああ飲み方はもうしてないし。 いや、ゆう君だけはちゃんとしてたよね。 あ、ゆう君はちゃんとしてるずっと で、ちゃんとさ、ほら、走ったりしてさ、 ちゃんと自分の体力をさ、作る。 そう。ちゃんとね、私たちはしてないもん。 うん。それね、 いや、本当にあの、自分の話をこう人から聞いてるとこんなひどい人なんやって。 今年ジャーデビュー 15 周年を迎えたシンガーソングライターの高橋さん。 新曲エンドロールが先月リリースされ、9 月には地元秋田県でのライブも控えてい ます。 先月から公演が始まった舞台、花岡の妻で 主演を務めている大竹さん。俳優業は もちろん音楽活動も勢力的に行っている大 さん。 さんとはセッションやを通して親しくなったそうです。 さらに高橋さんは大倉さんの所属するスーパーエにも楽曲を提供、 5 年間のラジオ共演で講師に進仰を深めました。実は大倉さん高橋さんの実家に遊びに行ったこともあるそうで 皆さんご元気ですか? もうみんな大きくなりましたよ。 あ、大きくなった。 あの時大倉君が僕んち来てくれた時はもう親戚一度集まって家族 15 人ぐらい増えてておって拍手で大倉君出迎えてでも子供たちがまだちっちゃいからうん。 そうだ。可愛かったよね。 あ、で夏だったから うん。うん。うん。 なんかあのカブトムシのあの死んでなんか体半分になったみたいなやつはいってにあげてあー言うてあれ それがもうオレンチの最初の印象みたいになっちゃって。な んで突然行くことになったんだっけ?あれ あれ あれもうツアー中だったんですよ。 君が うん。 あの、翌日ぐらいが岩手県でワンマンライブがあるっていうこともあって、 そうだ。 で、僕も秋田に行く用事があったりしてて、 せっかくだったらじゃあオレンチ来ますっていう。うん。 あ、そうだ。写真見せてもらったりとかなんか ね。みんなすごい嬉しそうだったよね。女の子と。 そりゃみんな ね、 いなくなった後もう祭りの後のなんて言うのか、もうシュンっていう終わっちゃったね。 周年なのか。 そうですよ。あっという間に。 え、独立したのはな、何年前? 2020年。 コロナの時。 そのコロナの最中の時ですね。 Holy takeme thebe inflence flood 結構色々あったね、 15年の中で。 そう、世の中の動きを無視できないですよね。その書いてる楽曲とかも。 ま、そこに何かちょっとやっぱり 自分なりのメスを入れたいというかいうかメッセージを持った歌が多いしこう そこに手をつけていいのかなっていうま戦争とかいろんなものに対してのとかゆうクはそれをちゃんと言うから すごい偉いなって思う。 ありがとうございます。結局送り付けたりするんですよ、たまに。 ああ、それ独立してから歌う歌というかなんか制限みたいなものは なくなった。なくなったんですか? 制限っていうのはどんどん増えてる気はします。逆に言うとその僕が独立したかどうかっていうより やっぱり世の中の流れ的に あのあれあるじゃないですか。そのレコリンっていうその要は倫理協会っていうのって各業行にありません。 これを表現すると今なんかこう思う人たちがいるから はいはいはい引っかかるとか はい。誤解を招くとか うん。つまんないね。 うん うん。 うん。まあ、だから本当に傷つく人がいるって納得したものに関しては僕もだから うん。 変えたりとかそう聞こえるように歌って別の言葉を表記するとか。うん。 うん。うん。 そう、 そうなんだよな。だからテレビとかもなんか尖った表現のものがバラエティもそうだしなんかなくなってきてんのが うん。うん。 悲しいなって思っちゃう。 ああ。 視聴者として。 はい。 うん。 だ君なんだとプロデュースもいっぱいされてるじゃないですか。多分ご自身よりすごい若い世代の子たち。 はい。 見てきたものとかも多分ちょっと違う。なんか今の時代に順をしてるんすかね。やっぱそういう形って。うん。 ああ、色々なんか SNS の切り抜きとかで多分昔のテレビはこうだったみたいなのとかを見てるから多分知ってはいるんでしょうけど うん。 でもなんかそのすごいルールの中で狭まったルールの中で育っていっちゃうから うん。 で、また色々テレビ出ても色々言われるじゃないですか。 うん。 それがかわいそうと思っちゃう ねえ。 なんかもっと子供っぽくなんか失敗してもいいじゃないですか、子供だから。 うん。 だけどなんかもう失敗しないように なんかこう行儀よくいなきゃいけないみたいなのが うん。うん。 そう。今はそれがその視聴者の声がその個人的な意見がすごい見れちゃうじゃない? うん。も怖いよね。 そう。なんかだから普通に恐怖なんだと思う。 知らない人にあの自分が言われてるとかっていうのが はいはい。SNSとか そう ていうか今長がやったみたいにお行儀だけっていう感じで うん。あ うん。つまんなくなったっていうか人が ああ なんかもっとやんちゃんだったり不良だったりとか うんうんうん 遊んでたりとか うんうん 昔の映画スターとかはきっともっとめちゃくちゃやってたりしただろうし そういう方がなんか色っぽい感じはするしま不倫の問題とか色々あるかもしれないけどうん なんか人を好きになるっていうすごい大きなエネルギーっていうものうん さえも 否 されちゃうっていうか うん。 なんかつまんないなっていうのはちょっとあるかな。 うん。 なんかこうやって人に見られて、あの、例えばライブでわーってパフォーマンスしたら、ま、それ、それと同じだけやっぱ疲れるじゃないですか。 うん。うん。うん。うん。うん。 で、その時にただあの、ぐっすり寝て休む以外で生き抜きっていうか、こう、どう、こうやって自分のなんか、 あの、自分を保つみたいな。 それがそこお酒飲むことだったりとか 友達と会うこととか なんかその要はあの人はもうプライベートやばいよみたいな人とかも 要はそのそれぐらいめちゃくちゃすごく頑張ってるからその振り振り幅でうんうん めっちゃ遊んでるみたいなのを 割と聞いてきませんでした我々ちょい先輩とかでも 全然聞いてましたよ ね なんかそれぐらい人を喜ばせるからこそそれぐらいちょっとこう休んだり抜いたりすることでバランスを取るのもあのかなて勝に思った うん。あるよね。 うん。ただ俺の場合はお酒が好きで。 いやいや、それはそれもあるしお酒はね、 全然違う。 全然違うけどね。映画スターの振る舞いとは そんなかっこい。 いやいや、でもそんなもんじゃなかったけど、人数変わった時はもう終わりやとも思ったし、考えが甘かったというか、そのずっと続くんだって勝手に思っちゃってたというか。 うん。 あの、大さんもそうだし、ゆう君のきっかけとかは聞いたことないっすもん。 あ、僕のきっかけ。 そう、なんかこの音楽をやり始めたとか。 ああ、僕 多分ラジオで聞いてるんだろうけど 忘れちゃっ 忘れちゃった。 ひどいでしょ。これは、え、お父さんが民用です。 をやってらっしゃんだよ。 そうだ、そうだ、そうだ。 そうなんですよ。 でも、ま、それはプロじゃないから割と高橋はどっちかつなんかちゃんと治で入って時で上がるう立派な仕事しなさいっていうようなこと僕に言うような人だったんですよ。父親も母親も。あ、 でもやっぱりなんかちょっと父の背中を見てるから歌いたいってなって路上ライブ始めてでもだから なんかいっぱいその当時の高校の時とかの振られた話とかいっぱい聞いたような気がするけど あります。もう来いって言ったってね。 あれですわ。隣の後ろ後ろの席に座ってただもうゆうちゃんとかってんやられたぐらいで好きになるような そんなもんですよ。高校の恋愛なんて。 でうん。秋田ではね。 秋田ではって言っちゃだめでしょ。そうでしょ。別にそれ そそれで大阪は違うってことないでしょ。 いやいや。そうね。岩だからね。 いや、岩手だって青森だってそうだと思いますよ。多分 そうなの? そうですよ。それでちょんてやられて好きになって告白してわ嬉しいっつって。 あの、じゃあ来週の火曜日のあの夕方の 5時半に教室で待ってて、 あ、思い出した。その話答えを出すからって言われて あ、で待ってたんです。 うん。 うん。 で、でも来ないと あれ6時半って言われたかもとか思って、 で、その日8時半まで待ったんですよ。 うん。 で、来なくて、 あ、火曜日じゃなかったかもみたいな。 水曜日って言われたかも て思って結局そっから僕 2週間8時半まで待ったんですよ。うん。 つまりはね、振られたってことなんだって思って、最後の日の 8 時半に誰もいないね、教室の廊下をこうつか歩いてたらで明かりついてるわけですよ。うん。うん。 で、なんか嫌な予感しながら歩いてて、こう横切りながら うん。 見たら その教室の真ん中でその学校の中でもうまあまあ悪いって言われてる はい。 やつがこう机の上にこう座って はい。 そこにこうまたがる形でその子が ええ うん。いてその当時通ってた校からその最寄りの駅までの道がまっすぐな濃ですよ。 うん。1kg 半くらいの濃度を自転車立ちぎてああって叫涙ながら帰 映画みたい。 辛い。 そういうの当時からね、逆に言えばそこの机に座ってる側の男子だったら歌ってなかったかもわかんないなとか思うわけですよ。 ああ、きっかけになってんだ。 それこそ大倉君だってもう長いじゃないですか。 うん。 え、何歳からやってたんだっけ? 12 歳。12 歳でしょ?で、今440でしょ? え、28年? 28 年。え、くつでグループが決成されたの? とね、178。 うん。うん。 で、わって人気がついたの?日がついたのはいつ? ええ、人気というか完成が増えてきたなというか、内が増えたなとか思ったのは 20代かな。 ああ、そっか、そっか。 うん。はい。で、グループもあの、 1番最後に加入させてもらったんすよ。 うん。 あ、そうなの? そう。最初にその横山君とか村上君とかがやってて で、みんな東京に行ったりですごい人気がある。 中のあの最後追加メンバーみたいな感じで 1人入ってん そうだから最初グループ組んだ時とかもまそれぞれなんかダンス紹介コーナーとか横山みたいな感じで紹介されるみなぎゃーみたいなところ 俺ほんまに俺だけシーンみたいなそう そう そんな時があったんだ そうもうそれが悲しくて悔しくてっていうのがずっと人生で続いてますみたいなのが ええ、 意外ですよね。 うん。 うん。でもその悔し だ今はってなるわけじゃん。 うん。 いや、そこじゃなくなったらお芝居なんか挑戦させてもらう。 うん。 でもあれだけ女の子があって何万人の女の子がキャーって言われてるのを何年もやってくるのってどんな感じなんの?例えば自分がやってきて、あ、この人気はつまで続くのかなとか、この女の子たちはずっと僕たちのファンであるかなとか、そういうこととか考える。 え、俺毎回ドームやってて、 その、ま、ダンスとか振り付けがない時って結構その手振って回ったりする時 とかはもう本当に毎回思ってましたね。 これが最後だみたいな。 これ最後でもおかしくないし 永遠じゃないって思うから。 うん。うん。 なんか楽しいライブやってるけどなんか一方で寂しくなったりっていうか。 うん。うん。 今も うん。 うん。 へえ。 だってほら人数が変わったりとかいろんなことあったもんね。 そうね。人数変わった時はもう終わりやとも思ったし。 うん。 だからそういうことが 1 人目がいなくなってからもどうもやらしてもらったけど うん。 ま、こういうことがつ起きてもおかしくないんだっていうのがメンバー脱体ですごい思ったことで うん。 そのそれまでの考えが甘かったというか、そのずっと続くんだって勝手に思っちゃってたというか。 うん。 誰も抜けないし。 うん。 なんかこの楽しい期間がずっと続くようなイメージで いきなりもうやめたいねんなっていう人が現れたらそっか。そうよなってなって。 そうだね。ああ、 だってすごいグループのことを思ってたしだ、 20 年だからこういうことしよう、こうことしようってグループのことをずっと考えてたけどやっぱりそれは個人個人であってうんうんうん 個人の思う将来っていうのは違うんだなっていうのが分かったよね。 そう。うん。 なんか一緒にやってるけどやっぱそれぞれ人生があってでそのタイミングで決断することっていうのに、ま、自分は、ま、ちょっとは影響できんのかもしんないけどあんまり うん。 そうだよなって。その人 1 人の人生でそのおじいちゃんなっても一緒にやってるっていうところが別に確約されてるわけじゃないってうん。思ったから。 うん。 だからそのメンバーの決断はその時はすげえなんか自分勝手に思ったけど うん。 今となってはそうそうやんなみたいなそう考える時期もあるしそう決断してもおかしくないしって思う分 なんか今のこのすごい景色だったりも うん なんかつ見られるかえっと見られないようになるか分からないって考えて うん よりやるようになりましたね うん 自分を持ちたいっていうのは当たり前のことだもんね。 うん。ちゃんは1 番最初のお芝居って何歳? 17 歳。17 や。 青春のもんていう映画。 うん。 その後朝のテレビ小説高校生の時 いきなり朝ドラ。 そう。そう。 最初ってどっか事務所に入ってたの? うん。 入ってた。入ってた。 へえ。 なんかのタイミングで独立みたいな。 そうだね。 ああ、 そう。まず結婚とか。 あ、結婚なんだ。うん。 結婚のことによって会社と揉めたとかではなく てかサマさんと結婚する時に仕事はしばらく休もうと思ってはあ、 まず全部なしにしようと思って。 ええ、すご でもなんかずっと1 年半ぐらい仕事休んでたらなんか細胞が塞がれてる感じがあってうん。うん。細胞が塞がれてる感じ。 いや、本当すごいあの感覚は忘れられないんだけど、シャワー浴びてたらプツプツプツプツプツプツプツって 閉じていくってこと。 なんか叫んでる感じ。 なんかなんか飛び出したいみたいな なんか芸能人になりたいとかあのキラびやかな世界に戻りたいとかじゃなくてあいなんかしたいって思うのがあってうん。 で、これはもう1 回ちゃんとやろうかなと思って。 うん。すご。 でもじゃ、その都度、その都度ちゃんとベストオブセレクトっていうか、 そうだね。 結婚したらもう結婚っていなったってことですよね。さっきの話。 ていうかそれはま、彼の意向でもあったから。 うん。うん。 そうだね。その時大事なものものをこうチョイスしてきたかもしれないね。 なるほど。それその彼の意向を聞く大た志信ぶさんだったってことじゃないですか。 その時はね。 ね。今はね。 かないから。 そうしそうになっちゃった。 僕らぐらいのせになってきたら普通の会社で言ったら何もそれこそ社長とかになってる人も結構いました。 管理職とかね。 管理職とかじゃないですか。 ま、独立倉君もね、独立されてご自身でやられてるじゃないですか。 うん。うん。うん。うん。 タレントとしては独立してないんだけど 違うプロデュースの業務だけ会社を立ちさせてもらったみたい。 みたいなことなんだけど、 それこそ自分もずっとマネージャーさんとかついてもらってやってきた業務とかもなんかやっぱり自分でやらなきゃいけないよなって思い始めてきて うん。すごい大事なことだと思う。 うん。 そこも結構分かれません。 どっちがいい悪いじゃないけど、もう例えばもう 4050 ってなってきたから、もう今までやってきたことだけでもう落ち着いて、あとは若いもに全部任せてこうっていうのと、 まだ転がって新しいやったことないこととか、あ、今までこうだったんだって気づくことをやめないっていうか。 いや、でもどんどん攻めていった方がいいですよ。 じゃ、そこがね、だから2 人に共通してるとこだなと思って。 例えやったことないのに挑することも含めて 楽しそうだったらやれ て私は思う方だから うんうんうん それで失敗したらあ失敗しちゃったでいいわけで なんかずっと最後までなんか命の方が楽しいかなって思うんかな そのスタイルも最初から 私の場合はその後子供を育てるとかそういうもの もあったから そっちが割と先に 来ちゃってる部分があって、そういうのが全部終わって 40過ぎてからのが全然楽。 へえ。 楽っていうか好きなことをやっていけばいいんだみたいな。 うん。 そういうじゃ今おっしゃったその攻めの姿勢で 行った方が楽しいとかっていうのも あの最近っていうか50過ぎてからとか 40 過ぎてからとか のが だからどんどんやった方がいいと思う 2人は こないだお父さんとなんか 2人でなんか 来た会見たいなのしてて すごいなんかいいなと思って そうなんですよね。 初めてなんでしたっけそうそういう部分ね。そう。 今まではなんか父親に自分の仕事の話はしてくれるなって言われてて。 うん。 結構向こうから言われてたもんね。 そう。 うん。 父親も一緒にしようかみたいになった。なんか父親もなんか嬉しいし自分もなんか親高校できたような気がして ね。だからあ、年を重ねるってこういうことなんだなとか思いながら見てた お父さんに対してとか受け入れることとかもう うんうん。 なんか東京で番組持たしてもらうねんとかなってきた時ぐらいからなんかお父さんも東京進出しようかなみたいな。 おお。ライバ。 そう。 やっぱなんか息子に負けたくないっていうのはある人な気がしますよね。 え、そっから出てきたの?東京に。 いや、それだけが多分きっかけじゃないとは思いますけど。 うん。でも時期としては そう、時期としては一緒ぐらい。 へえ。 そう。 なんかそういう負けず嫌いじゃないけどっていうのはなんか似てんのかもしんないすね。 やってけばやってくほどああんなってなってくるていうか父親の歌だから今もこって聞きに行きますもん。うん。 ええ、 民で歌うってなったら秋田でもどこでも見に行って、 あ、こうやって歌ってんだと思って。 え、すごいね。袖から見た。 やっぱあるんやな。うん。 え、お父さんはゆう君の歌をなんて言ってる? 全然意味わかんないすます。 ええ。 それ父親やったら思ってても言わんやろ。これがまたね、嫌なのが直接言わないんですよ。 ああ、確かに。 いやいや、父親も一応表に出てイベントとかence Soit’srarelyworth thectodanceonglass withmyshoesoff somethingspininmy brainwhispersdoit anydon’tbescared slowanddon’tasklear 怖い。

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