【映画】「男たちの大和/YAMATO」 象徴として建造された超弩級戦艦 定められた壮絶な最後の出航 そこに生きた男たちの決意と覚悟
どうも山羊島です。え、今日はこれ男たち の大和、え、この作品の話をしていこうと 思います。 それではやってきましょう。 男たちの大和。え、この作品は2005年 12月17日だったかな。え、ま、 2005年に公開された作品で、え、終戦 60周年を記念して、え、作られた作品と ね。で、 こうあれからもうぴったり20年だった わけですよ。え、今年は終戦80周年と いうことでね、あの、ま、もういよいよ、 え、戦争を経験した人というのももう さすがにいなくなってきてると。え、太平 洋戦争を経験した人というのはもういなく なってきてると、え、そういう時代になっ てきたっていうところだよね。だから、え 、この作品はある意味ギリギリの時代に 作られたもので、え、これの監督の佐藤 純やも亡くなられてるんだけども、えー、 彼も、え、どういう言い方をするのが 正しいか分からないけれども、え、戦争 体験者ではあるんですよ。ただ、え、その 当時、え、佐藤純夜は、え、まだね、え、 若かったから、え、エコ会っていうことで 、ま、疎会生活を送るという形での戦争 経験、戦場の経験はもちろんないと、え、 そういう、え、監督なんだけれども、あの 、他どんな作品を取ってたかといえば、 まあ、最近話題になったよね。え、新幹線 大学。え、これの監督をしてたのがこの男 たちの大和の監督である佐藤純や。他に、 ま、有名なところで言えば野生の証明とか 、あ、人間の証明とかあの辺が、ま、この 人の作品になるわけなんだけれども、え、 ま、え、今週はね、ちょっと第日本帝国 海軍うんが関係した、え、太平洋戦争の、 え、作品をやってて、ま、もう後半はもう 雪風から始まったわけなんだけれども、え 、雪風が、ま、一緒に行動した大和最後に ね、え、終盤で一緒に行動した大和、え、 後半はね、ここにフォーカスを当ててって 、え、今回は男たちの大和ということで、 え、上員たちの物語、そして、ま、次にね 、アルキメデスの対戦をやろうと思ってる んだけれども、 えー、 ま、この作品はだからそれで、建造された 戦艦大和ですよ。あの、 今回がこうこれで触ることになった きっかけ、え、雪風、え、雪風の方が、え 、1年後に、ま、健造された、え、船なん だよね。うん。健造し始められた船なんだ けれども、うん。結局あれは、え、 1969年まで、え、船が残ってたわけだ けれども、うん、大和の方はといえば、え 、1945 年、え、4月7日に、え、人没したという 4年、4年8ヶ月とかそのぐらいの期間 だってね、え、船が浮いてたのはね、こ で、ま、あの、この船は結局のところ大和 という名前がつくぐらい、あ、国民に対し てのシンボルとしての意味も非常に 大きかったわけですよ。あの、永遠に沈ま ないという、え、日本がね、要するにこう 負けない不感のようなというような、え、 意味合いを込めての部分というものもまあ あったわけだよね。だからそれなりに上員 たちというものも、え、 割と誇りを持って勤務していたんだとは 思うんだけれどもうーん。 出番がなかったわけだよね。あの、ま、 よくも悪くも海線の時代から、え、航空線 の時代になってきたわけで、えー、 戦艦同士が大砲打ち合う戦争というものは この大和が作られた頃にはもうなかった わけですよ。で、え、航空機の時代に突入 し、え、これだけ大きな船、え、 236mだっけ?まあ、240m とかあるような、あの、大きな船ね。環境 の高さだって50m超えてたんだから、え 、もうそんなね、船、え、 最高時速も50kmぐらいしか確か出ない んだよね。こう、こういう船はさ、え、 くそ重いしね。お、だから、ま、航空戦の 時代においては、まあ、いい的なわけです よ。だってうちゃ当たるぐらいでかいんだ から。そうでしょ。そう。だからね、まあ 、花肌時代遅れ、時代錯誤、ま、そういっ た感覚があるものではあったんだけれども 、やっぱりもうね、帝国海軍さんっていう 言葉がね、もうあるぐらいも海軍というの は、まあ日本ではっていうところだったり もするからね。あの、実際だから、あの、 大和の中ではカレー食ったりみたいなこと もあったみたいなんだけれどもね、という 話で、この作品はといえば、え、それで 大和が実際出行して、えー、冷線 行ってたかな。で、ま、その後、え、日本 に戻ってきて沖縄 に向かって出航して結局たどり着けなかっ たと。え、ここの部分を、ま、大きく フューチャーしてね、え、作っているわけ なんだけれども、 あの、ま、これを見ると、え、その戦頭の ところで大砲、ま、打ったりとか、ま、し ているんだけども、うん、結局敵はね、 みんな航空機なわけですよ。え、あの頃だ とヘルキャットとかそういうやつだよね。 そういうのに、えっと、一緒に対してこう 一生懸命打ってはいるわけなんだけれども 、向こうからすればでかい的だけどうん。 この船から飛行機を打つ側からすれば、 まあ小さい的 になるし、え、 魚来に対して同こという時は、ま、総戦術 でね、魚来を交わすみたいな概念という ものはあるにしても、あの、ま、航空機 からこう攻撃するとなったら、まあ、もう 正直的でしかないで、え、それによって もうボっコボコに、え、もうボっコボコに されるというところが、ま、この作品の中 では映像化されていて、え、上員がね、 バーンと吹っ飛ぶようなところだとかがね 、まあ映像化されているというところが、 まあ、1つのハイライトで、その中でね、 ま、上員たちがどれだけ、え、あの、 大変な思いを、していたか、どれだけ大変 ない、あの、どんな地獄がそこに展開して いたかということを資格的に見れる、見 られるということでは非常にケな作品だと 思うんだよね。うん。で、あの、 この作品が作られてから、まあ、もう20 年公開になってから20年経つ、立とうと してるわけで、あの、ま、この20年と いう時間はまあ長いわけですよ。20年も あればその時分からなかったことも たくさん分かるようになってきてたり なんかするのもあればね、あの当時の記憶 というものをつ繋いでた人達ってものが どんどんどんどん減ってってる。そういう 20年えなわけだよね。だから、あの、今 見た時にあれなんか前に自分がなんかの 記録で見たのと違うぞという、え、そう いう部分はまあもう結構あるんじゃないか とは思うんだけれども、あの、そこに めクジを立てるような作品ではないのかな というのが、えー、僕のね、思うところで 、重要なのはそこに乗っていた人間たちと いうものはどういう人間たちであって、え 、どういう思いを抱いていたか。あの最後 のうん、もう出行だよね。最後の作戦大が 向かってった。沖縄に向かってった。この 作戦においては航空機の援護がないという ことは分かっててただの的になるという ことはもう分かってた。え、それが分かっ ていたという部分は、えー、 他の映画の作品の中でも、ま、描かれてる 。え、 確か、え、雪風の中でもあったよね。そう 、そういう、もう沈むって分かってて 生かされたわけですよ。で、乗り組員たち も もう自分たちこれ行ったら戻れないという のはもう分かってて、え、向かってる。だ からこれの大和のね、中で死に方用意と いうことがブラックボードにま、書かれて なんかそれの話みたいなのを、え、する 場面というものがあるわけだけど 、あの 要はあれなんだよね。あの全員が、え、 死ぬ意思を持って向かってった特攻ですよ 。 で、そこに対して上員がどういう風に思っ て船に乗って、え、どういう風に思い ながら死にに行ってる船の上でね、え、 鉄キに向かって、えー、基重を打つという 、え、部分、そこにおけるこう、え、精神 性、メンタリティ、感情みたいなものを いかにこう読み解くかというところが、え 、僕はこの作品のあの面白さになっていく 部分だと思っていて、あの、 最後はその感情で終わるわけじゃないんだ よね。え、船の上で終わるわけではない。 え、帰国して、福印してね、あの、 同期の、えー、仲間のね、え、家に行っ たりみたいなことを、ま、するわけなんだ けれども、そこの中で自分だけ生きて帰っ てきてしまって申し訳ありませんと、ま、 こうなるわけですよ。その当時の メンタリティの中において、えー、 それがいかなるものかということだよね。 生きて帰るのも、ま、地獄なわけですよ。 あの、 今のような教育を受けたわけではないから 、あの、お国のために散ってくるというの がもう、あの、なんて言うのかな、社会の 常識だったわけじゃないね。だから、えー 、安国というものを日本は大事にしてたり なんかするわけでね、 あの、そこにおけるメンタリティという ものをこれから先どれだけ、え、噛み砕い て飲み込むことができるのかということは 僕は今の段階でしっかり考えないといけ ないなと思ってるところがあって、あの、 うん、そうなのよ。あの、今の常識とは もう全く違う常識の中で社会というものが 動いてたから、え、その中で生まれ育った 人たちがどういう気持ちを持っていたかね 、ありえないんじゃないんで、それがそう 当然だったわけでね。え、 ところが、ま、え、今の時代になると みんな行きたくなかったんだっていうこと の方を表に出したりするんだけども、あの 、行きたいか行きたくないかということが 重視される時代ではないんだよね。そんな のは重視される時代じゃないわけですよね 。で、あの、 天皇陛下万歳、お国のためにそういう時代 であって、それを行かなければ被国民だの 何だのということを言われたりばせられ たりした世の中で、それが常識の中だった から、え、それは行きたくないから行か ないが当たり前に、え、通用すると思っ てる現代人においてはもう全く違った、え 、社会的な、え、部分というものが、ま、 存在するわけですよ。で、その中で自分の 大切な人のために自分が何ができるのか、 今何ができるのかということも、ま、あの 、その当人たちはね、え、当時必死になっ て考えてたわけで、そこに向き合う姿と いうものがこの作品を見ると糖質的に見え てくると、え、そういうところがね、僕は あの大事なところなわけですよ。あの、だ と思うわけですよ。あの、うん、みんな 行きたくなかったんだっていうことを前に 出して言う人いるんだけれども、あの、 うん、そこの感情ってあの、 その役にも立たない感情だった時代だから ね。うん。あの、やりたくないのになん でっていう風に思う人も多いと思うけれど もうん。そういう時代じゃないのよ。 やりたくない。やりたくないことしかない んだから世の中なんてね。やりたいことを やれる人間ってのはごく一部の恵まれた人 だけだった時代だからさ。そう。その中に おいて、え、そういった感情というものは 意味がなく、そういった社会の中で自分が 何ができるかということの方が、え、重要 であって、え、結局それはどこにつがっ てくかといえば、え、お国のため、え、 天皇陛下万歳、え、ここへ向かっていく そういう倫理感、そういう社会感、そう いう世の中だったわけでね。だけどそこの 部分を語り継ぐ人というものは、ま、 どんどんどんどん減ってってるわけだよね 。で、その中で、え、これは20年前、え 、終戦60周年を記念して作られたね。で 、冒頭で、え、この頃が限界だったよねと いう話をしたわけだけど、 あの、 この作品の物語の作り方というのは結局、 え、その時の大和に乗ってた船員の、え、 義の娘が、え、父が亡くなったから、うん 、 その遺言を守るために大の沈んでる場所に 行きたいという形で言って、その道すら、 え、その時一緒の船員だった、え、上尾が 、え、船崎案内人になりね、え、移動し てる片道15時間の移動の間で、ま、昔話 を語るみたいな形での、えー、 ま、全体の構成ですよね。やっぱりこう いう作り方もその20年ぐらい前だよな。 多分な。え、まあ流行ったっていう言い方 が、ま、多分正しいと思うの。あの 、なぜ流行ったという言い方になるかと 言えば、ま、プライベートラインなんかも こういう作りなわけだよね。 あの、で、この作り方の問題っていうのは 結局、え、今回の場合だったら神を、神お が見た、え、経験した、え、そういうこと しか本来は語れないはずなんだけど、それ 以外の部分の物語というものがあるわけ ですよね。そういうところを語ったりする というところで、まあ当時から違和感を 感じる人ってものはいたんじゃないかと 思うんだけれども、あの、まあでもこう いうタイプの作品というものがいくつも 作られたんでね、こ、それはもう戦争に 限らずね、いろんなところでね。でも、ま 、結局、えー、違和感を訴える人が多い からでしょ。最近はそういう作りってまあ ほとんどなくなったよね。 だ、ま、この作品はそういう作 りっていうことなわけなんだけど、結局 これをやるためには、え、その過去のこと を語る人というものも生きていなければ、 あの、やれないわけですよ。で、え、直接 的に、え、その当時の人間と繋がりのある 人というものが、え、ある程度若い状態で 生きてるというシュエーションもなければ こういう物語って成り立たないんでね。 これを終戦から80年経った今、えー、 もう1度ね、え、別な形で作り直そうと 思ってもうん。これはもう無理なんだよね 。だ、当時の人っていうものは次々 なくなっちゃって、なくなっていっちゃっ てるし、え、その娘という世代の人たちも もう80とかになってる。え、そういう 時代 だからさ。これがま、時間の流れという わけで、あの ね、 こういう形で見られる物語としては、まあ 、多分これが、え、最後の作品になるん じゃないかなと。ま、ただいずれにしても ね、え、この中で、え、大和というものの 中で、え、同じカの飯を食ってね、えー、 辛い体験というものを過ぎ、え、過ごした 、一緒に過ごした、え、男たちの、え、 思いというものにも、え、この作品を見て ちょっとはせ、思いをはせてもらいたいな という、え、ところがあるわけですよ。僕 は別に、え、戦争を美化したりなんだりと いうつもりはないけれども、でもそこにい たのは思想の塊なのではなくて、1個の 人間がそこにいて共に生活暗くを共にした わけでしょう。え、その中でどういう思い を抱いて、あ、あの時従に着いたのか、 あの時玉を運んだのかね。で、どういう 思いを抱いて、え、帰国してから生きてい たのか、え、それはにいろんなパターンは あるだろうけれども、その中の1つの パターンとして、え、こういう物語という ものが成り立つ土という部分をね、あのね 、改めてね、こう 戦後80年、え、この作品から20年経っ たタイミングで、ま、見てみることで、あ あの、 別な角度からのね、え、戦争、え、徴兵さ れて行ってた、あるいは志願して船に 乗り込んだ、え、そういった人たちの部分 ね。戦争反対、えー、戦争をなくそう。 それとはもう別な世界の部分ですよ。 それぞれの1人1人の、え、心の中にある ものね。うん。そういった部分っていう ことも、え、僕は大事だと思うんだよね。 だってそういう教育の中で生きてきたんだ から。そうでしょ。そう。それをね、こう 現代の尺度でバサっと切ってや るっていうのはさ、あの、ハラスメントと 一緒 だからね。そう。あの、 そんなのバカバカしいって言われたら誰 だって頭に来るのと同じでね。そう。え、 彼らに罪はないんだから。うん。そういう 教育を受けてそういう社会性、そういう 倫理感、え、その中で育って生きたんだ からね。 だからそっちの部分というものを見る中で その暗くを共にする同じカの飯を食う、え 、そういった人間の、え、 人間像、軍像劇がね、なかなかに、え、 面白く見られるそういう作品になってるん で、え、是非ともね、今だったらね、 NetflixとかAmazonでも見 られたよね。ま、いろんなとこで、ま、見 られるんでね。で、20年経ってる作品で はあるんだけど、え、比較的ね、こう映像 の品質は良好な状態で配信で見 るっていうことができるから、あの、その 、もうものすごい目に合うんだから、あの 、最後ね、あの、だって味方いなくていい 的として浮いてんだから、もうはるか彼 からだって、あ、大和だ、あれ怖そうって 。うわ、分かるんだから大和っていう船は ね。もだから、え、そういったところをね 、ま、改めて見てもらえたらいいんじゃ ないかなとね、思います。はい。え、今回 はこの辺で終わりにしようと思います。 チャンネル登録と高評価よろしくお願いし ます。 それでは
「男たちの大和/YAMATO」の話をしています。
原作 辺見じゅん
監督 佐藤純彌
脚本 佐藤純彌
撮影 阪本善尚
音楽 久石譲
出演 反町隆史
中村獅童
松山ケンイチ
渡辺大
内野謙太
崎本大海
橋爪遼
山田純大
高知東生
平山広行
森宮隆
金児憲史
長嶋一茂
蒼井優
みれいゆ
高畑淳子
余貴美子
勝野洋
野崎海太郎
高岡建治
春田純一
本田博太郎
寺島しのぶ
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