「体感せな分からへん!」安田章大主演 唐十郎の世界に関西弁で飛び込む舞台の衝撃
安田翔太がついにロー郎ロワールドへ 飛び込んだ。これはただの舞台やない。 ただの演劇体験でもない。ミルモンの誤家 を揺さぶり、日常をぶち壊して丸ごといに 引きずり込むそんな体感型の舞台やね。 東郎といえばアングラ演劇の巨匠や赤店と ゲリラ公園企画のパワーで時代を揺さぶっ た。その彼の代表作がありバそして愛の 乞食この2つが今安田翔太という俳優を 通して新しい生命を吹き込まれとるんや。 関西出身の安田がこの段階で暴力的でけど めちゃくちゃ人間臭い統作品をどう咀嚼 するんか。そらファンも演劇好きわけには いかんやろ。 は誰もが知っ物語の裏側に隠された欲望を 向き出しにする作品やただの盗賊物語や あら辺人間の持つ上孤独そして生き抜く ためのしたかさがこれでもかと描かれるや 。そして愛の乞食タイトルからして強烈 やろ。愛をこうて愛に植えて愛に溺れる。 人間がどうしようもなく欲しがってしまう ぬくもりと証人。それを舞台の上で 汗まみれになって叫ぶんや。安田翔太は アイドルとして知られてきた。でも近年は 舞隊人としての評価がぐんぐん上がってる 。演技の熱量、身体表現声の伸び、ほんま に体で語る俳優に進化してるんや。老の 言葉はただ耳で聞くだけやと何回に 聞こえるけど安田の関西弁を通して響い たら妙にリアルで妙に人夏っこくて胸に ずしんと落ちてくるんや。そこがまた 面白いんよ。この舞台はる似なくて 巻き込まれる。照明も音も役者の叫びも 客席を突き抜けて観客の体を直撃する。 気いついたら自分も舞台の登場人物になっ とるような感覚になるねん。体験型、体感 型と命打たれてるのもそのためや。ただ 座って拍手するんやなくミる門の心臓を 足掴みにして問息まで巻き込んでいく。 これはもう劇場やて異世界や刀はただの 劇作家やない人間の奥底に眠っとる欲望や 狂器を丸ご部隊の上にぶち負ける天才や 綺麗ごと一切なし血や汗や涙そして笑いや 怒鳴り声まで全部ひっくるめて人間や ふきつけてくるんやそんな世界に飛び込む 安田正太空並大抵の覚悟やないアイドルと して笑顔を見せてきた彼が郎作品で裸同然 の魂をさらけ出す。これは本人にとっても 大勝負やし、ニ側にとっても衝撃の体験や 有バの物語には一種の和性があるけど老が 書くとそれはただの和やなく人間社会その ものの祝図になるや金物に取り憑かれた 人間の姿、裏切り欲望哀れさ。そこに笑い すら混じっとるのが作品の恐ろしいとこや 。一方の愛の乞食。こっちはもっと ストレードに心をえぐってくる。愛を 求める叫びって誰しも心の奥に持ってる もんやろ。せやけど普段は口に正変。舞台 の上でそれをさらけ出されたら自分の心も こじられてまうねん。ああ、自分もほんま は愛に植えとるんやなって気づかされる。 安田がそこにどう命を吹き込むか。彼は これまで舞台ですに人間臭い演技に提評が あった。歌もうまいし表現力もあるけど郎 作品ではそれだけやたらん、もっと泥臭く もっと生々しく自分自身の弱さや汚さすら も観客に差し出さなあかん。関西弁っての も大きな武器やねん。のセリフって何回に 聞こえることも多いけど関西弁野と不思議 と距離が縮まる理屈やノ体別伝わるやああ これ人間の声やてな観客は知らん間に心を 掴まれる。そしてなこの舞台は座って 楽しむもやない。汗が飛んでくる役者の 息遣いが聞こえる。観客席と舞台の教会が どんどん曖昧になっていく。ついたら自分 が舞台のど真ん中におる感覚になるんや。 ほんまに体感型のは伊達やない。照明も音 もただの演出やない。観客の神経を直価に 刺激するためにある。眩しい光に目つぶっ てもその後ろにまだ物語が迫ってくる。 耳塞でも心臓に響いてくるリズムからは 逃げられへん。ローワールドに放り込まれ たら逃げ道なんかあらへん。見るにやなく 巻き込まれる。それがこの舞台の本質や。
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