<勝俣州和>7人きょうだい、家業が苦しいときの食事は「湯豆腐」だった 歩けるようになった母との思い出も 「徹子の部屋」で語る
タレントの勝又国かずさんが10月2日 放送の黒柳哲さんの長寿ーク番組哲の部屋 テレビ朝日系に出演今年3月に60歳に なった勝又さんが両親との思い出などを 語った。写真特集勝又国かず実は元 アイドル完暦でもトレードマークの半ズボ で哲コの部屋7人兄弟子供の頃は祖父母も いたので11人家族だった。自営業で景気 のいい時はおかずが5品くらい並ぶが 苦しい時は湯豆腐になる。1日目は豆腐に ネギ鶏肉。2日目は豆腐とネギ。3日目は 豆腐だけの府と証明し、小さい妹や弟は 泣き出したという。苦しい状況をカバーし たのは親父の面白い話で泣き叫ぶ子供たち を笑わせていたと振り返った。20年前に 70歳で亡くなった父親は若い時五殿場の 石原裕次郎と言われていた。水で金メダが 大量に取れたというテレビを見た父親の 号霊で家族で車に乗って伊豆に向かった ことも高速道路がまだない時代山道は渋滞 に着いたら外はもう真っ暗宿を取ることも できず車中泊することになったという父親 と子供4人母親と子供3人が1時間交代で 車で寝てその間に片方は散歩したが防波堤 の先で歌っていたところパトカーが来て 注意された。親父とお袋といると何でも 楽しい時間に変わったのですごく ありがたいですと話した。自身は仙台市で 生まれ伊マ宗高像仙台市の前とか戸塩川 神社で両親に抱かれた写真が残っている。 母親が3年ほど前ここに行きたいと 言い出した。母親は1年間毎日高齢者向け のジムに通い、自分の足で歩けるように なったので、車で8時間ほどかけていき、 同じ場所で同じ構図で母親の肩を抱いて 60年後の僕とお袋を取ったと語った。
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