反町理のソコが聞きたい!!『反町理×垂秀夫(前駐中国大使)』
今日はこの番組始まって以来どちらかって いうと日米関係とかを軸に話を進めてくる ケースが多かったんですけど市場政権とか ですね。そうではなくてトランプ関税とか 日米関係とかとは違うところでそこの今 これから大切になってくる1番これから 注目しなくちゃいけない日中関係その テーマで今日は全中大使のたるさんお迎え しました。今日よろしくお願いします。 よろしくお願いします。 おお願います。たみさん、この本 はい。 日中外交広 540ページまで分厚いんですけれども、 ええ、枕にもなります。 非常に分厚いでものすごく売れている。この本の出された狙いというか思い何を 1 番伝えたくてこの本を出されたのか。今日はそっから伺います。 何を伝えたかったか。 うん。 ま、あの、え、正直申し訳私が何か伝えたかったかって言われるとですね。 え、正直申し上げてちょっと詰まってしまうんですがうん。 私がやめる直前くらいにですね。 はい。 え、文芸住者さんの方から申し出があって はい。 で、よくあのアメリカなんかではですね、 え、外交官あるいは政治家の方がですね。 はい。 え、ポストを去るにあたって、え、回力よく作りますですよね。 ですね。はい。 で、ま、私自身も中国大使終わればですね、え、ま、外務省、日本政府を去るという風にはもうほぼ分かってましたので はい。 え、いい機会かなと思ってですね、よく 40年間 うん。うん。 え、中国、ま、あるいは台湾も含めて、香本も含めてですね、中華県との関係をですね、 え、携伝わってきた私自身がですね、どういう思いで、 え、何をしてきたのかっていうことをですね、どうしても外交と言うと普通の国民生活 はい。 こう、ちょっとこう遠い存在ですよね。それをできるだけ、 え、分かってもらえるようにですね。 え、工夫しながら自分の、え、障害を通じて、 え、こういう気持ちで、こういう考え方で自分のこう生き様みたいなことをですね、 え、伝えたかったということになりますね。 うん。 あの、たさん、中国に大地で行かれた時ってのはもう岸田政権になった後ですか? 岸田政権?いや、私が大使で行った時は大してまず決まった時は安倍政権で、 安倍政権で行く行く時は菅の政権でした。 あの、大使で行かれるというのが決まった時に僕もだから鑑定周りの人から今度たるみさんが行くんだよと勝負するんだよと。 向こうがものすごく警戒する人間をあえてね、家中に繰りを広んじゃくて、なんて言うんですか?俺カ中に爆竹を投げ込むみたいなね、こういう人事を日本はやるんだと。 これ安倍人事なんだと ということの説明だけガーっと受けていてえ、行く前にお会いできるかなと思いながらもそのチャンスがなくて今終わっそん後で色々何回かお話伺があったんですけれども ご自身は 自分がたるみ秀をなる人間を中国大使にすることというのが中国側から見てどれほどそのスパイスの効いたものであるのか日本的日本外務省的に言うと日本外交的に言うとどれほどこうあえて言うとなんだリスク を取るとは言いませんけれども、勝部の 1 つであったというこの辺の自覚者し中国側の反応どうご覧になってたんですか?人事の評価。 [音楽] まずですね、 私は約40年間ほぼ はい。はい。 中国あるいは中華県 うん。 ほぼそれしかやってこなかったわけですね。ま、若干東南アジアだとか北あの朝鮮半島だとかいうのありましたが、ま はい。 影の主人公は中国ですからそこにそういう問題においてもですね。 そういうた意味ではですね、ほぼ中国関係だったわけですね。 で、私がそのなおかつ 40 年間国民の本当に国民の税金でですね、もらってる私が はい。 え、ま、日本政府あるあるいは日本国 うん。まあ、何かしらの貢献できる うん。 最後のポストとして貢献できるとなるとですね、 やはり中国大使しかないんじゃないかという風な気持ちは最後の方はありました。 なるほど。 で、そういうした意味においてはですね、そういうことを決めていただいたですね、もちろん当時の安倍総理、それから官房長官の菅官房長官、 そして外務省は あ、本当にあの感謝申し上げてるそういう気持ちでいっぱいでしたね。 [音楽] はい。 安倍さんからは行くにあたってね、 え、 何て言われたんですか? 安倍さんのところに挨拶に行った時にですね。 うん。 え、ま、この本の中にも書いてますけれども、本当に 1対1でですね。うん。 え、ま、あの、台湾の実は台湾も台湾のことが比較的長かったんですが、実はあの、はい。 あの、お母様の、あの、あの、を私おしてですね、え、大訪問したこともあったんでですね、そういう話が結構長かったのはあるんですが、ただ 1 番冒頭にですね、安倍総理の方からですね、いや、谷さんのように台湾のことをよく知ってる人が中国、 中国にしてる人に中国に行ってもらうこと。 これが本当に意味があることなんですというようなことを言っていただいたのが私には非常に心に残ってます。 一方じゃあ中国の気持ちになってください。北京の中国共産党北京から閉めた時にあのたるみが大使でくる 向こはどういう風な印象で迎えたと思いますか? いやそれはですね、ま、ここにも入れ書いてるかも分かりませんが中国で最も恐れられたとかですね。 ま、良かったのは嫌われたとは書いてませんからいいんですがうん。 はい。 私はですね、本当はこれはまさに文芸住者、文芸春住者さんがつけられた キャッチブレーズですが、 私はつくづく中国であるいは中華県で最も友人の多い、 え、外交官、あるいは男、日本人という風な気持ちであるんでですね。うん。うん。 で、この方にも中にも書いてますが、私 90 年代なんかはですね、あの中国の中段階の 例えば江沢民の秘書なんかとも一緒にゴルフしたりとかですね、そういうことやってる人間ですよ。 はい。はい。 はっきり言って だからな、何て言うんですかね。あの、もう最後のもちろん大使として行った時は私は日本の国を背負ってるわけですよ。私以外私の後ろにいないわけですよ。 はい。うん。 私が言わないと誰も言わないわけですよ。うん。うん。 私が判断決断現場でしなければ誰も判断決断しないわけです。 そうした意味においてですね、え、言わ言うべきことを言わないといけないことをはっきり言うっていうことはですね、 これはあのそういうことをしっかりやってきたという意味においてですね。 え、そういう意味においてはですね、あの、そういう言葉に、ま、通じるようなですね、印象があったのかも分かりませんが、私はどちらかというとですね、え、どこにでもですね、あの、ま、友人がいる、逆に言えば人脈がある、どこにでもこう、どっからでも情報を取ってくるっていう意味においてですね、中国に対する分析、 [音楽] え、攻め方、こういうことについてはですね、え、そのそれなりのう [音楽] 自身は持ってきたつもりであります。 それは重人がある、入人が多い、人脈が広いっていうのはつまり中国共産党にしてみればね、中国共産党と距離を持っている人権派とか民主派とかその辺の人たちも含めて人脈が広い友人があるそういうことですよね。ていうことはやっぱり中国共産党にしてみたら警戒すべき対象であった。 [音楽] いや、もちろんそれはあります。ただですね。 それは何度も申し上げますように当局にもいるわけです。 はい。 で、その当局から距離ある人にもいるわけです。 はい。 ええ、で、タ湾にもいるわけです。はい。 こういう、ま、自分としての、 あ、あの、その特徴だったんでですね、別にあの、反体制的な体制から離れてる人ばかりと付き合ってたわけじゃないんですよ。 うん。 正直申し上げて だからそういう意味においてもですね、あの、そういうことをだけやっているとそれこそう あの、中国で仕事できない可能性の方が高いですから、強いですから。 あともう1つはですね。 はい。 それぞれの時代背景があるわけなんですね。 ほう。90 年代ぐらいはですね、 努力すればですね、あるいはう、ま、色々もちろんボタンの押し方があるんですが、そのボタンをうまく押せばですね、先ほど申し上げましたような当局の超ど真ん中の人と うん。 の繋がるパイプを作れるわけなんですよね。ところがだんだん 2000 年に入って特に集金平時代例になってからはですね、これがもうできなくなってくるわけです。 そう。うん。 もうあんまりここの話長くすると本編の時間が短くなるんですけどでもね、今のお話を伺いたい。衆兵体制に変わった後、中国の権力中抽出に対するアプローチのハードルが壁が熱く高くなった。これどう見たらいいですか? そうです。それはですね、あの中国自身がその日本を含め日本に対するこの外国に対するですね。うん。 [音楽] え、ま、災害的なって言いますか。 あの、こう、お、ま、ま、簡単にも我々をですね、 うん。 え、その警戒する、あるいは我々をスパイと見なすですね、傾向がより強くなったということです。それはなぜかというと、この方にも明確に書いてますけれども、 元々 当初平路線、これは江沢民古近もそうですがまではやはり経済発展が中心だったんですね。経済発展が彼らの戦略だったわけです。 はい。 で、そういう意味においてはですね、 経済発展するためにはですね、諸外国と強調がやっぱり主なんですよね。 うん。 ところが集近になってからですね、その戦略が大きく変わってですね、 1番重要な、1番トッププライオリティ はい。1 番重要なものは国家の安全になってるわけです。 うん。うん。 国家の安全になると外国人っていうなのは うん。 え、適対的なこの存在になるわけですし、え、その私のような外交官だとか あるいはメディアの関係者っていうのはスパイ扱いになるわけですよ。 うん。 え、そういう意味においてはますますこのハードルールが高くなってくるわけですね。 だから反スパイ法というものもですね、その はい。 集金兵の時代になってから出来上がってくるわけですよ。 2014年に出来上がるわけですね。 集近平は2012 年の秋にですね、総期になって 2013年にはい、 え、国家指摘になるわけですよ。就任するわけです。 で、2014年にですね、ハンスパイ法が うん。 え、制定されて2015 年から日本人は捕まっていくわけですよ。 え、だからその時代背景によって付き合えれるこの 人間がどんどん変わってくるっていう側面もないわけじゃないわけですね。 で、そういうような人からすればですね、私のようにいろんなところにうん。 パイプがあったり、人脈があるっていうことに、え、人間に対してはそれなりのですね、警戒心を持ってくるっていうなのは、それはやっぱり事実ですね。 それ70 年代において経済発展国際長の時代から集近平時代になって国家の安全外主義とかスパイ外国人のスパイの疑いを持って見るようなこう国柄というものが大きく変わったお話今伺いました。 その背景にあるものは中国の警戒心の高まりなのか、内し国力の強化にから来る地震なのか何を思ってその中国の国際的な視点まともしかしたら大日間みたいなもうかもしれない。その変わった根本にあるものは何なんですか? いや、これ日本とはあんまり関係ないんですね。日本はその 1 つの現れとして日本との関係あるいは私個人に対する関係もそうなったということであって、 え、日本が理由では全くなくてです。 ね、だから経済成長は重要であると経済発展が 1 番大事なんだいずっと東省路線としてやってきたわけですね。だからどんどん豊かになってきたと。 で、豊かになればなるほどですね。 うん。 え、歪も出てくるわけですね。 は、 いろんな歪が出てきたらですね、え、今までこの豊かになることに関して指示してた うん。そのサポートしてたこう人民ですね。 いわゆる国民の人たちもすごく不満を持ち始めるわけですね。 はい。 で、その社会がどんどん不安定化するわけです。例えば暴道が起きたり、デモが起きたりとかですね。 え、年間ですね、1番多い時、1 番最後に発表した数字としてですね、約 8万円ぐらい年間に起きて、毎日 200件から300 件、毎日暴道前が起きてるわけですよ。 前度で 前度です。で、ですけれどもね。 はい。で、そういう状況になった時に で、 その集金兵士にその権力のバトンが古近から集金兵士に、ま、あの、渡されたわけです。で、集金兵士は はい。 そのこのこのままのこのままのやり方ではダめだということで変わっていくわけですよ。 なるほど。ええ、 そうするとなんか中国、国力、経済力の高に伴ってそれと比例するように中国の国内の治安、暴道が頻 その中、そういう状況かで政権を担った集金兵士にしてみたらそのスパイスパイ防止法みたいなものスパイ財を強化するとか対日警戒心を強めるとか国家の安全をあ、あの、あの旗に掲げるというのはやばこう当たり前のことのように聞こ [音楽] います。必然的に中国はそういう国に変貌していったとこ。 そうです。だから国家の安全なんです。彼ら、彼らからすればですね。 え、1番重要なのは経済発展ではなくて 国家の安全であると国家の安全とは一体じゃあ何かっていうことになるんですが、 ま、2つの側面で言えば1 つの側面で言えば社会の安定であり、その体制の安全であり、共産党の安全であるわけですよ。 で、また別の側面から言うと言うとですね、え、わゆる安全って言うと、 その例えば防衛省が担ってるようないわゆる安全保障的なその国土の安全っていう、そういうその競技の安全だけではなくてですね、もっと抗義な安全で経済の産業の安全とかですね、食料の安全、エネルギーの安全とかですね、あらゆる分野が含まれるわけですよ。 これを中国が、中国、ま、集金米士は相対的安全保障感っていう風に言うわけですよ。 で、これにはそのあらゆるものが入ってくるわけですよ。文化も入るし、もう全て入っちゃうわけですよ。 なるほど。 ええ、で、こういう、ま、生態環境の中も入るんですが、ま、いろんな言い方できるんですけれども、いずしろですね、今 1 番重要なのは集金兵士からすればですね、この 国家の安全、これが1 番重要であって、経済発展が 1 番重要であるわけではないわけなんです。 うん。その状況が始まって一定程度こう、あの、回るようになったところでの石政権になります。 石政権のお話をか伺いたいんですけども、 そうするとね、じゃあ石政権というのは 去年の10月にスタートして、石政権 スタートして今までの半年10ヶ月ぐらい ですか、その10ヶ月ぐらいの間の日中 関係のたる美さんはどうになってるんです か?まず石政権 もしよろしければですね、中国の対日政策 をもう少しこの引いてですねはえ、ま、 今年後80周年ではありますけれうん。 その最初の頃は日中間では高この正常化もされてませんでしたから正常化以降のですね、日中関係をまず話させていただいた上で今の芝政権の日中関係について話させていただいた方が分かりやすいと思うんですが、あるいは今後のちょっと話 はい。 持っていく場合でもちょっとより説明しやすいのでですね。 うん。中国はですね、1972年に 日中共同生命をその結ぶことによって日中国正常化をやったわけですね。 で、これはま、あのよくご存知のようにまず米中の接近があったわけですね。で、これはアル意味において当時の時代背景を考えれば客観あの画期的なですね、あの出来事ではあったんですね。 うん。 でというのもそのアメリカは帝国米帝国主義と言われてたわけですね。 ただソ連修正主義っていうのを盲沢党は常にうん。 心配したわけですよ。だからアメリカと手を結ぶと でこれをそのニクソンの法米があ、放中があってですね、 まあ日本もその前後から そのちょっと前ぐらいから日本も中国との国校をな何とかしないといけないという動きはあったのも事実ですがそれで田中閣兵氏が、 え、放をすることになって 1972 年に、え、日中国高校成長会になったと。 で、この時の中国は日本をどう見てたかと言うとですね、実はですね、 うん、 驚くほど うん。 中国は日本に日本についてですね、非常にですね うん。 うん。将来また軍事国家になるんじゃないかという心配をも合わせて持ってたわけですよ。 ほお。 これはキ信者がですね、その前に放中した時にうん。 うん。 がキ信者と話してる。このキ信者ひの中にも書いてますけれども はい。 日本のその大国家軍国主義家に対してる心配を相当言ってるんですよ。 なるほど。 当時の1900ですね、70年代、まあ 72年前後 うん。 あるいはその後も相当の期間 うん。 日本っていうのは中国外交によってに対して うん。 ま、誤解恐れずに申し上げれば最も重要な国の 1つだったんです。 うん。 アメリカ、ソン、日本っていうならはもうむちゃくちゃ重要だったんです。 うん。 もうとても強だったんですよね。だからなんでこんなこと言うかと言うと、 今よっぽどってこういう風にどうぞすいません。はい。 具体例1つ言うと あらゆる日本の事称が日本の状況事称が はい。 全て来総理に うん。 ま、一時期外務大臣も外償も県任してましたけれど全部報告されるんですよ。 で、それはほう 外交部だけの情報じゃないんですよ。 うん。 彼らの情報機関の情報もあらゆる情報がですね。 うん。 ね、進化者だなんだとか全部の日本関係のものは全部新本来総理に全部上がるんですよ。 うん。 これが当時の中国が日本の味方なんです。 なるほど。 それからですね、 うん。 な、それから80年代に入って 東省兵が うん。 え、ま、盲沢との時代が終わって東省兵の時代になって うん。 これからは経済発展だと経済成長だって言った時にそのモデルをどこにするかというのがあった時に当兵が日本を訪問してですね、 これだっつったわけですよ。日本をモデルにしたわけですよ。 で、当時の日本も、ま、時代背景もありますし、食材 意識もあったでしょう。ま、いろんな意識があった中、 日本も中国の発展を助けるっていうことで うん。 ね。 うん。 は、ま、あの、別に私は批判してるわけでもないんですが、当時の時代背景も考えればです。 うん。うん。 ま、相当無視の精神で随分支援したわけですよ。経済発展を支援したわけですよ。それからうん。 体中ODA、 これ大平さんの時代から始まりますが、円釈も始まるし、無償資金協力も始まりますでですね、相当やるわけですよ。それ以外にもですね、 あの、え、円借ぐらいのですね、あの、定金利館も出てるわけですよ。 J ビッのですね、もうとにく相当行ったわけですよ。出たわけですよ。うん。 じゃ、これが中国の近代化の 基礎を日本が相当作るわけですよ。だから日本の重要性っていうのは今度そこが出てくるわけですよ。中国は うん。 革命をずっとやってそのう、建告した後もですね、文化大革命って、 え、継続革命論みたい要は、ま、革命いてることやってたわけですよ。 それが今度は近代化、現代化だつってやってですね、経済発展だと言っても何にもわかんないわけです。 株式会社とは何ぞやとか何にもわかんないんですよ。資本主義ものことは何もわかんないわけです。これ全部日本が教えたんですよ。 うん。うん。 日本が先生だったわけですよ。 なおかつお金も全部提供してあげたわけですよ。 うん。こ 80年代末 80年代90 年代ぐらい末ぐらいまではですね。 うん。 日本の重要説はとんでもなくまたこうそっちの面ではすごくあったわけですよ。 うん。うん。 うん。 ね。これは理解していただけると思うんですよ。 はい。はい。 でもだんだんとね、いわゆる政治的な意味においての重要性は少しずつ落ちてくるんですよ、実は。 うん。うん。 ね。で、その後 大体2008年10年12年 うん。 この辺りぐらいからですね、2008年 10年12 年この辺りぐらい徐々にですね、なんかこのある年っていうことじゃないんです。大体 2008年10年12 年ぐらいからですね。 うん。 中国っていうなのが変わってくるわけですよ。 うん。で、12 年に集近平の総初期の就ですよ。 はい。はい。 だから実はね、集金兵によって急に変わったんじゃないんです。 近等の末期から変わり始めてたんです、実は。 うん。うん。 私は分かりやすいように集金兵のことって集金兵から変わったって言うんですけど、本当は古近の末期からなんですが、こうね、 2010年かな、2010年にいわゆる GDPも抜くわけですよ。 はい。 そうすると日本の重要世代はもうガクっと落ちるわけですよ。 はい。 すごく落ちるわけですよ。それでもう経済ももう学ぶものもあまりないっていうことになってくるわけです。都市がね、 なるほど。 あの時間が経てば経つほどそのそうの はい。 差が広くなってくるわけですよ。 うん。 で、今に至ってるわけですよ。 なるほどね。 で、中国は うん。うん。 今中国の外交は今どういう外交をやってるかと言うと うん。 ですね。誤解恐れずに申し上げれば はい。 中国はあらゆる外交においてアメリカしか見てないんです。 うん。 大政策しかないんです。 うん。 ウクライナ、ウクライナ問題であろうと、中東問題であろうと何問題であろうとアメリカ政策しかないんです。 ほう。 ね。 それって昔は例えば中国外務省外交部の中でこういわゆる、ま、中国外交部の中にジャパンスクールってのがあるかどうか僕知りませんけれども ありますよ。 ある。 で、その中国外交部の中のジャパンスクールのウェイトというものが 1970 年代にはこれだけあったんだけど、今ほとんど消滅しているっていうのこんな理解でいいんですか? 消滅かどうかともかく、消滅かどうかともかくですね、重要性という意味においてですね、 ま、今大きさんがそういう意味においては、え、今外交の立役者として頑張ってますけれども、でも彼は日本 日本の加減みたいなのを隠そうと隠そうとしてますよね。そういう意味においてはですね。 ですね、今米政策しかないわけですよ。なぜ政策しかないかというと、中国は独自の国際秩序を作ろうとしてるわけです。これまでの国際秩序をアメリカが主導だったんです。 それを変えるためにはい。 うん。 アメリカとの対抗っていうか逃走というのが大きな課題になるわけですよ。だから大米政策しかないんです。 はい。 で、そういう観点からすると例えばウクライナだって 中国とウクライナの関係良かったけれども ね。 ロシアは明らかに侵略したわけでしょ。侵略してもロシア批判できないんですよ。なぜかて言うとうん。うん。 ロシアに倒れてもらったら困るわけですよ。 うん。 うん。 アメリカ島の対抗のためには はい。はい。 まだ中国の方が国力負けてるわけです。現実主義な主義者なんです。 うん。うん。 とてもプラグマティックなんです。現実主義者なんです。だから、ま、あの、ロシアも倒れてもらったら困るんで、アメリカとの対抗のために。うんうん。うん。 だからアメリカアメリカとの中長期的な戦略的な はい。うん。 この逃争っていう大きな はい。 過程の中で考えてるわけですよ。 うん。うん。うん。 で、そうした中においてですね。 日本が出てくるわけですよ。 うん。 石 ね。石にしろ何にしろもいいんですが、 そうした時に前の岸田さんでもいいんですが はい。 対日政策もこれもまた 5 回恐れずに申し上げればもう対日政策ないんです。 で、これは別に他の政策もないんです。体感政策、対なんとか政策 対米政策しかないんですから。 うん。 対政策もないんですよ。 で、何があるかと言うと、その日本の政権がなるほど。うん。 アメリカとの距離感が はい。 すごく近いのか、距離があるのか、これが重要なんですよ。 分かります。 うん。 申し上げて それをじゃあアメリカ見た違うごめんなさい。地から見た時に日米関係が親密な日本の政権の方が中国の監視は高まるのか離れた方が中国の監視高まるのかどっちなんですか? もちろんね。 うん。 例えば彼らは多分岸田政権の時はそう見たんだと思いますが、 日米がもう一体になってるっていうかね。もうこうなるとはい。 もうアメリカと調整すればアメリカと中関係なんかねばもどうせ日本はついてくるでしょうと。 これなるわけですよ。 うん。 で うん。 まさにそういうことなんですよ。 はい。 で、それで石政権のことを申し上げると石政権は去年の 10月ぐらいにできて はい。 年末ぐらいまではですね。 うん。 え、年末にすぐに岩や外務大臣が放されたりですね。それから はい。 え、石総理自らがですね、できるだけ早く中国に行きたいと うん。 何でも言うわけですよ。アメリカに行きたいてのがほとんど言わないわけですよ。こうビってたとかも、ま、大統領選挙があったっていうのはありますけど、就任意識のあれもあったけど、 あったということかもわかりませんが、いずれしろあんまり言わないわけですよ。 うん。うん。 中国に行きたいということを何でも言ってるわけですよ。 うん。うん。 そうすると中国からすれば悪い気はしないわけですよ。 はい。 あ、これは久々に うん。 ね、体中なんていうか、距離感がある。 日米の間に少し距離感がある政権ができたんじゃないかと。 こう思ったわけですよ。 うん。 で、これはもう1 つですね。これ私は気少点結でね、ちょっと申し訳ないです。 結はいい。どうしましょう?はい。 気象結。 あ、もう出来上がってんじゃないですか。 作りましたよ。で、今の話は木 ね。 はい。 石政権うん。 で、今度受けですよ。 受けは何かと言うとですね。 はい。 中国からすればトランプの トランプの政権の誕生によってですね、これ日本だけじゃないんですよ。日本も韓国も EU も州もいろんな国を引っ張りたいと思ってるわけですよ。 はい。はい。はい。 中国自分と距離感を広げたいと思ってるわけですよ。 うん。うん。 だからそういう意味においてはこう局面的だけ見ると はい。 日本も中国に対して行為的なメッセージを送って、中国も少なくともその部分その面だけ見れば日本に的なメッセージ送ってるように見えるわけです。 別に日本だけ送ってるわけじゃないんです。国に送ってんですが、それなくても 日中しか見ない人がたくさんいるんですよ。あの日本の 日本のメディアの人も含めてですね。日中しか見ないからダメなんですから。でもそういうそうすると少子相愛的に見えるわけです。一緒。 はい。はい。 ところが気象だからこれで気象で受けてるわけでしょ。 でも点があるわけですよ。 うん。うん。 それは点は一体何だったのかいくつもあるんですが、点は 1番重要なのは2月の うん。うん。これ あの 首会談これ何がダメだったんですか?ダメっつちゃいけない。石 場のアメリカ訪問 はい。 で、日米首脳共同生命 はい。 ね、日米首脳共同生命はですね。 うん。 あれ見ていただいた分かりますが うん。 例えば岸田政権の時も同じような共生命出してんですが はい。 え、分量はですね、極めて少なくなってんです。 うん。 量は はい。 要は日本側が 入れたい分しか入ってないんですよ。 ほ、 ま、ちょっと誤解恐れずに見えばですね。 だから東アジアのなんて言うかな、アジアの部分とか うん。 あんまりグローバルのことあんまり入ってないんですよ。簡単に言えばですね。 はい。 で、ただその日本が入れ入れたかった部分、東品海とかあ、台湾海峡の問題、南シ海の問題とかですね。 これ全部ね、岸田政権とか菅政権の時と同じ内容なんですよ。 うん。 じゃ、真中的じゃないじゃないですか。 何もないわけですよ。なおかつ はい。 なおかつですね。あれ、お、あれ、共同生命を結んでですね。 はい。はい。 うん。その日米だからトランプさんと石さんが うん。 え、その共同記者会見やったんですよ。 はい。 はい。 まず石さんは うん。 こう神を見ながらバーって話すんですよ。 はい。 ね。 うん。 その神は共同に応じた神になってるわけですよ。だから中国っていう名を言わなくてもも明らかに中国をうん。 うん。うん。 狙って言ってるわけですよ。 うん。うん。 ね。 うん。 トランプの方は うん。 自分で自分の言葉で言ってるわけですよ。 中国のことほとんど何も言ってないんですよ。 うん。うん。 これは何を言ってるかと言うと はい。 トランプ政権できたばっかりで はい。 トランプにはまだあの完僚機構がしっかりできてなかった。 はい。 ね。 うん。 日本側が安分を作って、それ今までの安分と一緒なんですよ。 はい。うん。 岸田政権の それをトランプ政権の方に見せて、 お、これでOK ってなったから出来上がってるわけですよ。 うん。おお。 それで石さんも うん。 あの、役人が作ったやつを呼んでるわけですよ。 だからトランプはうん。うん。 自分の言葉でやってるわけですよ。だから全然噛み合ってないんですよ。 うん。 民主党政権の時、バイデンの時も同じだったんです。同じものを作ってもっと長いんですよ。 はい。はい。 岸田さんがバーって呼んだのも中国を年頭において行ってることいっぱいあるわけですよ。 バイデンも中国年頭にいっぱい行ってるわけですよ。むちゃくちゃ噛み合ってんですよ。そういう意味では。 うん。はい。 お互いに共に基づいて発言してんですよ。 はい。 トランプは京全く多分呼んでないんじゃないかなと私は思うんですが、 読むらやってないと思います。多分以前省自分の言葉で言ってるわけですよ。中国のことほとんど何も言ってないんですよ。 うん。 で、これは うん。 中国にはですね、あの人民日報系で国際、国際ニュースを書く関係事という新聞があるんですよね。地方にですね、中国外交部の うん。 あの、中堅幹部が はい。 え、ま、評論文というか論文を書いてるわけですよね。 そこに今回の 共同生命は 日本側の主導によって作られたと。 なるほど。 で、日米は引き続き引き続きって書いてるんですよ。 はい。 中国を封じ込めしていく方針を決めたって書いてるわけです。 はい。はい。はい。 なんかもうなんて言うのかな。 うん。 見つかされてるわけですよ。 なるほど。 だから市場政権の元々気象伝結の木は一体何だったんだろうと。 うん。うん。 それだけじゃないんですよ。1 回もいっぱいあるわけですよ。台湾、台湾関係でもね。 はい。 例えば台湾海峡のところにあの自衛隊のそのまま自衛官の船がですね うん。 え、通過するんですがかつてはですね はい。はい。 日本は単独で通過したことないんですよ。 うん。 いつもどっかの国と一緒にしか行かなかった。 はい。 ところが石政権になって初めて単独で通過したんです。 うん。はい。 これは中国にしてみたら うん。 え、なんで?なるほど。 あなたの政権の時にってなるわけでしょ。 うん。 もう全然この木始まった時の中国の石政権に対する期待感思って でもある意味においては裏切られてるというか多分ね思うには私がこれも勝手に私が思う私も政府内にいませんから思うだけですがこれ木は石葉さんの気持ちだったんです。 おお ところが中国側のね日工作ですから うん。 天になった時で石さんがやってることは結局うん。 日本政府役人がこうあれしてるのを全部その受けてやってるだけなんですよ。簡単に言えば。 なるほど。 だから自分のも何もないわけですよ。簡単に言えばね。 うん。うん。うん。 で、それ以外にも色々あるわけですよ。 もうあの台湾関係でね、もう一時上げたら もう切りないからもうちょっとこの辺でやめますけれども移前症れで気少になって、ま、中国側からすれば表面的には裏切られた形になってるわけですよね。 はい。はい。で、ケですよ。 で、ケは何かと言うと、歴史問題なんですよ。 歴史問題は何かと言うと、なぜ歴史問題がケだと言うかと言うと、 3 月の下旬になったかな、日中間外償会談があったわけですよ。 うん。 日中間外償会談があって、 これ日本でやったやつですね。 日本であって、で、大きが来たんですが はい。はい。 日中間外償会談っていうのは一般的にですね。一般的にっていうか、もう当然そうなんですが、未来思考のことを ね、 気持ち的には うん。はい。 日中間ですから未来事項でやっていくっていうのがその精神ですよ。うん。 ところが大きくは、 あ、大き外償は 歴史問題を随分取り上げたわけですよ、いろんなところで。 なるほど。 うん。 不思議なんですけど、日本のメディアあんまりそこら辺書かないんですよね。不思議なんですが。うん。 で、 あ、もう歴史やるんだなと思ったわけです。私は 今年80周年ですし。80 周年のこの年に歴史を遡って歴史問題を日本にぶち当てるってこれ中合のどういう思いがそこに出てるって見たらいいんですか? まずちょっともうちょっとあれするとそれで 7月に はい。 もう1 回日中外償会談が岩やさんとクラルンプールであるわけですよ。 あれもですね。 うん。 不思議なんですがうん。日本の方のその、え、外務省のですね、あの [音楽] うん。 発表だとですね、非常に丁寧にこういう問題取り上げたということで丁寧に書いてあるんですよ。で、私はそれは非常に丁寧に書いてる、 よく出来上がってるんだと思いますが、読めば大体こういうことを議論したんだなっていうこと書いてあるわけですよ。中国側のやつ見るとですね、そんな丁寧でも何でもないんですよ。中国側の発表文、外交部の発表。 はい。はい。 すり合わせて出ませんから。 うん。 ああ、すり合わせとあんな風に出ませんから。 うん。 歴史なんですよ、最初の法のところは。 なるほど。 日本のやつには歴史なんか書いてないわけですよ。 うん。 だからまたですね、同期記者はね、歴史のこと書いてないわけですよ、ほとんどが。 うん。うん。 でも歴史なんですよ。 うん。 それ7月の頭ですよ。 うん。 だから歴史なんでそんな歴史あるんだっていう話になってくるわけですよ。 うん。 簡単に言えばまずですね、1 つはこの政権についても もうあまりはい。 え、そう、そんなにそのう、配慮する必要ないっていうことがこの気象結の決になってるわけですよね。 うん。なるほど。 で、レ岸でやりますよと。 で、レ岸でやるつはまさに高日戦争勝利 80周年なわけですよ。 で、 はい。 今年、あの、なぜそういうことをやるのかっていうことなんですが、中国共産党っていうのはですね。うん。 え、ま、選挙を経てない、 民主主義を経てないんでですね。 うん。 え、共産党がの 14 億の民を統治するっていうことに関してですね。 うん。うん。 この政性、ま、英語であえて言えばレジティマシーっていうが政党性ですよね。 うん。 この政党性なぜ共産党なのかと うん。 いうことに対して常に人民に答えていかないといけないんですが はい。 これは盲沢党の時代から今に至るまでですね、 彼らとして常に うん。うん。 筋を通そうとしてるのは高日戦争勝利なんですよ。 うん。 日本にね、侵略してきた日本を追い合ったんだと、追い出したんだと。 を買ったんだと。 これなんですよ。 うん。それごめんなさい。そうするとね。 で、で、それが1点。 はい。はい。はい。 もう1 個は後ほどちょっとお話することになると思いますが 9月3日に 軍事パレードがあるわけですよ。 はい。 もう1つは何かと言うと 政当性っていうものは うん。 その盲沢党時代から今に至るまであるのは先ほど言いました あの高日戦争勝利が1つ。 はい。 で、集近平になってからですね、政党性を強めるために もう1つ使ってるの何かと言うと 強国意識なんです。強い国になるということだ。 当省兵の時は豊かになるということだったです。 ところが豊かにもう、 ま、今はもうそれ書いたわけです。経済発展からね、国家の安全に強くなるっていうことになってるわけですよ。 [音楽] で、強くなるっていうことで 9月3 日の軍事パレードでですね、大規模な軍事パレードをやる。 これもしあれだったら後ほど多分議論になるかも分かりませんが異前症その 2つをやるっていうことでこの 90 この狙いというなのはそこにあるわけですよ。その自分たちのレディテマを固めるより強める必要があるということなんです。 はい。うん。 それごめんなさい。そのそそのそ今年を 要するに公戦勝利80周年の年だという ことで歴史をもまいわゆる日本に対して 歴史戦を仕掛けるというそれは中国の都合 としてそうなのかな石政権に対するから 今年は日本に対しては歴史戦を仕掛けるん だ両ですかそれとも80周年っていうのが 1番大きモチベーション もちろん80周年がもちろん80周年です 。 はい。 ただ はい。 なんて言うんですかね。この政権に対しての期待感があったらですね。 うん。うん。 いろんなところの配慮は出てくるでしょうね。 なるほど。 だからもう今配慮は何もないでしょう。 剥き出しなんですね。 そういう意味では。 ただその80周年って80 周年公日戦で勝利したのは共産党ですか? いや、国民党です。国民党軍です。主に。 消化ですよね。 主にね。 ですよね。 もうこれは中国共産党的に言うと我々が勝ったっていうのはちょっと嘘っぽいっつっちゃ変だけどでも嘘っぽくないんですか? それ国内国内的には中国のこう 14 億の皆さんはいや中国共産党の自民放軍が日本軍を中国から叩き出したお祝いなんだってみんな思ってんですか? そういう教育をやってきてるわけですよ。 ほう。 だからそれが歴史をま、そういう意味において はい。 え、ま、勝利したのはですね、その後国民党と共産党と国境内戦があって勝利したのは共産党ですね。 はい。はい。はい。 ま、それは好きとか嫌いとかいいとか悪いとか別としてですね、最終的にうん。 え、勝てば軍ですよね。歴史を塗り替えていくわけですよね。歴史を 自分たちが説明する権限を持つわけですよね。 はい。 だからそういう意味においてですね、中国共産党八軍がですね、にうん。 日本をやっつけたということに一応そういうことに、ま、犠牲なんですが、そういうことになるわけな。 うん。うん。 ところが今はだんだんとみんながそれなりにですね、 分かってきてるわけですよ。だんだんとですね、当然これみんな国民党でしょっていう戦ったのは で、実際国民党でもないわけですよ。 国民党もそうかもわかんないけれども、国民党だってもう最後 あの大変な状況の中炎少ルートって言ってね、 ま、アメリカを中心に相当のところからあの西側、ま、西側と国連合国連獄側からの 支援があって生き延びたっていう話ですよ。日本は別に中国に負けたといアメリカに負けて はい。 あれしただけであって別に国民党に負けたわけでも実はね、ま、これはいろんな歴史家がまたそら研究すればいい話。 なるほど。 はい。 で、そういう状況の中ですね。 まあ、でもその全面に立ってたのは国民党であったのは間違いなわけですよ。 で、共産党の86 は何してたかと言うと、農存部で、 え、ゲリラ戦みたいなことをやってただけなんでですね。で、日本軍が旧日本軍が追いかけるとバーって逃げていくわけですよね。こういうことを続けていただけなんでですね。ま、あの、これが、ま、実態なんですが、ただ 1回だけですね。 はい。 え、その、ま、中国が共産党が今誇るですね、 100段対戦っていうですね、 100段対戦っていうね、 え、戦いが 中北京銀のこう西に、ま、南西部って言った方がいいかな。ある賛成聖というところでですね。 [音楽] はい。 え、約4 ヶ月ぐらいかな。夏からこう冬入るぐらいまでですね。 え、何十万人同士で戦ったことですよ。 はい。100 段の段いのは大体あのみたいあ連帯みたいなもんですよ。で、 [音楽] 100個の連帯 はい。うん。 が出てですね。 で、ま、極的にはそこで八軍が勝つわけですよ。 うん。 正面対立してですね。 うん。 で、そういう歴史があるわけですよ。 はい。 で、そこを うん。 今年の7月7日 うん。 え、ブリックスに行かずに うん。え、集金兵はですね、なるほど。 そこに行って うん。 え、ま、喧嘩をして うん。 ま、簡単に言えば内外にですね、我々は日本軍と戦ったんだと、勝ったんだと。 これを示したわけですよ。 うん。 だから我々は正当なその政党に戦って正当なこの勝利者なんだっていうことを示したかったんでしょう。 うん。一方その映画の話をちょっと聞かせてください。 この夏中国でそのこの3つの映画、ま、 上映というか上映の予定だったという話 までしか僕は知らないんですけど731 っていわゆるこう生物科学生物兵器を実験 していたあの舞台の話ですよね。 で、南京写真館というのがて南金大虐殺をテーマに扱った映画ですか? で、もう1 つこれはでもなんかこ救助するアメリカの軍艦かなんかですか?これえ 日本の日本のね はい。 輸送戦 そこにあのイの保留がたくさん乗ってるわけですよ。 はい。 で、それをアメリカのその アメリカの潜水艦がこう売ってですね。 はい。 え、ま、たくさんの人間がこう溺れているところを はい。 これはちょっと石候省の船山っていう船山諸島の当局党っていうところの民がですね、 え、助けるっていう元々は、ま、そういう意味での美なんですが、それを、ま、半日映画にうんうん。うん。 ま、作り上げたっていう話なんです。 こういうこう、これ全部半日映画と言っていいんですか? も半日って高日映画ですが、半日に、半日意識をこうつけていくような映画ですよね。 はい。 これは見さんずっとこう中国ご覧だってこういうこう対策がこの夏 3 本ドンと来るっていうのは例年に比べると今年はやっぱり大日光戦タなんだ高日線勝利 80 周年だから映画の作品もラインナップが熱いなってこういう感じ感じで まずですね70周年の時と比べるのが1 番いいと思うんですよね80周年と70 周年 え実はですね毎 10年に1 回こういうことやってはいるんですよ なるほど で今年も7月確確か3 日だったと思うんですが、 え、国務員新聞弁士っていう役所があるんですが、これは、ま、簡単に、ま、中国共産党宣伝部いですね、 まさにイデオロギーだとか宣伝関係を一手に引き、 ま、担ってるですね、とても力を持っているあの、ま、政府機、あ、当の期間があるんですが、それの、ま、 あの、大外的な表看板と見ていただいたらいいと思うんですが、 え、そこが発表して今年の 789 うん。から秋にかけて はい。 え、その 80 周年についての文化教授とやりますと映画だけじゃないんですよ。 もうあらゆるものですよ。舞台文芸から美術品 それから小説な、もうとにかくねあらゆるもんです。もういっぱいあるわけですよ。うん。 あ、株団だとかもういっぱいあるんですよ。で、そのに映画もあって、 で、70周年の時も映画やってんですから はい。 で、70 周年の時の映画はね、ほとんど売れないんですよ。 売れなかったんですよ。要はもう その高日物みたいなものを作ってプロパガンダ的に作ってもね、あんまりみんな見に行かなかったわけですよ。で、大体それは同員かけていくからそんな程度なんですよ。 はい。うん。 ところが今回は うん。 多分ね、いくつかの要因が重なったと思うんですよ。 1つはですね、 うん。 え、まずその 70年の時よりもですね。 例えば経済がすごい不になってて、閉塞感が結構あって不満が色々あるわけですよ。 はい。はい。 民衆のところに、人民のところに、 それからあとSNS とかショートムービーとかですね、 え、もうすごい発達してて、もう事前から あるいは見に行った人のこの事後の感想とかもうバーって流れるわけですよ。 で、事前の宣伝も含めて、で、これがですね、え、相当大きな影響があったということ。それから はい。うん。そのAはそのもの少なくとも この南金写真館についてはですね、 映画ものの映画もですよ。 映画ものの質自身も 悪くはなかったんですよ。 なるほど。 だからですね、 これ7月25 日にあの風切りされたんですよ、 南金写真館は。 うん。 まあ、多分ですよ。これ私の推測ですが。 はい。 中国共産党が思ってた以上に爆当たりしたんですよ。 へえ。へえ。 で、 で、7月31日から731 の映画だったのを はい。 これはもうここに置くともったいないと。 あ、そういうことなんですか。上映が遅れたっていうのはなんか過激なんて単純配慮 そんななもうそんなね前説にね、日本人がすぐ前説に立つんですよ。 わりました。すいません。はい。はい。 いや、もしそんなことなる最初からこんなの作らせないじゃない。 ま、その通りですね。はい。 そんなのあるはずがないですよ。 はい。 ね。はい。に写真 はい。8 月に東京東局 うん。 そして9月に9月18日ですが731と 我々はですね、あの 9 月18日って満州編だ 中国はですね はい。 あと後でまた詳しくまし事編が はい。 日中戦争が始まった年だと思ってんですよ。中日本人は路工教の昔日家事ましたから。 そうそうそうそうそう。それ 六1937年から、1931 年から始まったことになるんですよ。14 年間戦ったことになってんですよ。 ほあ。 だから1番大事なんですよ。918 がそこにぶつけて7 月、8月、9 月というラインナップになってんですね。 で、しかも実はですね。はい。 え、夏休みだから子供たちが見に行けるように 普通はね、7月70 周年の時の反省があって、 70 周年の時は普通のその半日とか高日と関係ない映画がいっぱいあったわけですよ。 うん。うん。 そっちは普通に当たるわけですよ。 うん。 今回はそういう映画は全部 7月20 日以前に封切りさせたんです。無理やり。 へえ。 で、8 月はこれを見に見ろ。あ、夏休みになったらこれを見に行かせるために。 ほう。 で、前回はだからね、あの、当然面白い映画みんな行くわけですよ。 はい。 で、その高日が行かないわけでしょ。 なるほど。 で、今回は高日しかなかったわけですよ。で、なおかつ南金のあれが映画として面白かったわけですよ。 ま、残酷なんですよ。むちゃくちゃ。 うん。うん。 むちゃくちゃ残酷なんですが、映画としてすごいね。 うん。 え、もうね、すごいあの残酷だけれども質はそんなに悪くなかった。では、むちゃくちゃ当たったんです。 るほど。子供にも見せるんですか? で、普通残酷のやつは うん。これはね、昔の中国とは違って、今の中国ではですね、ネットでは こんなの子供に見せるべきじゃないという声が上がるんですが、あね。はい。はい。 でもね、中国の場合は はい。 中国の場合ね、これはあの、ある新っていう中国のね、ネットの統計を見ると 2/3は女性なんですよ。 見に行ってる人がね。 ほ、 ま、どうもあの映画っていうのは日本でもそうらしいですが、女性の人がよく見に行くらしいんですがうん。 女性が2/3うん。 で、なおかつ、えっと、20代、30代、 40代が多いらしいんですが お で、依前ですね、その辺りでは子供がいるわけですよ。 うん。 子供を連れて行ってるわけですよ。 で、本来であれば今あのソさん言ったように R指定にしないといけないんですよ、 本来は。で、中国もその指定の制度がないかと言うと一応あるんですが、これ全部共産党宣伝部が後ろになって 作ってるようなやつですから実習的には。そういうのある視点なんかするはずがないわけですよ。そうするとボンボン行って で、そこに、 え、その 子供のね、反応がどんどん流れるわけですよ。 後ほどあの、え、お話しますからね。是非 これYouTube 子供が見て半日感情をたぼらせることが社会現象になっていると入れ替いですか? もう是非ね、その私そのこの後渡しますからそれ是非ね YouTubeだったらそれ YouTube の皆さんにもその子供の反応の部分だけでも見てもらったいいと思いますよ。 うん。 それ見たら内容はね、どんなひどひ広いかつはね、映画僕も僕自身も見てませんけど うん。 まあ、大体相当あれが分かるなっていうか、これはひどいなと思うと思いますよ。 うん。うん。 だからそういう南京写真館っていうのがあって当たりすぎたから 731を 後ろに回してで日本の場合はですね、 終戦ま戦でもいいんですが、 そういうなると普通8月ですよ。 そうですね。 ね、あの、広島現、原爆が落ちて長崎が落ちて 6915ですよね。 6915ですよね。 はい。うん。 これが大体我々が戦争かつての戦争をね、もう 1 度考えないといけないっていうか、戦争しちゃいけないと平和を考える時ですよね。うん。 中国はね、9月なんですよ。 うん。 うん。9 月3日であり、9月18日なんですよ。 うん。 だからその9月18日に 先ほど言いましたように はい。 ぶつけてきてるわけですよ。 うん。 だからね、あの、ま、ある意味においては極めて意図的な調整なんですよね。 はい。 なるほど。 ちょっと日程に行きます。で、そうしなくて、今のその 8 月のこのこのこの今後のこれからの先の話なんですけどもね、 このあ、 ちょっと映画の方でもう少しですか?すいません。映画のやつちょっと戻してもらってですね。 はい。 映画でですね、私がここで 1つ申し上げたいのは うん。 歴史 うん。 私はやっぱ歴史日本人をしっかり勉強しないといけないと思ってんですよ。それは はい。 プラスの歴史というかマイナスの歴史も含めてプラスもマイナスもね、それ日中間も含めて うん。 日本がどういう風にあれしてきたかっていう、それ古代も中性もこの近代も含めてですね。 それは中国道の関係も含めて、それはマイナスの歴史も含めて うん。はい。 ね。 うん。 でもそれは歴史可能な限りあるべき歴史あった歴史を知るべきだと思うんですよ。うん。 ところが うん。 中国が今やってるのは うん。 ね うん。 この何かというと、これ歴史じゃないんですよ。これ歴史のように見えて うん。 これ全部ねクションなんですよ。 うん。 フィクション。 うん。 ノンフィクションじゃないんですよ。 うん。 だから例えば南金写真館の映画でもね、私はこれを見た、この映画を見た数人のね、複数からあ、聞きましたけどもね、もうちょっと考えられないような描写がいっぱいあるわけですよ。 うん。 例えばですね、あの、これ写真館ですから、写真館でこう暗室ですね。 はい。うん。 え、こう、ま、あの、暗出現造してる時にですね、 外で子供が泣いてると。 うん。 で、その上頭兵がですね、部下に対して そのうるさいからちょっと静かにさせてこいって言ったらですね、その部下がですね、外出ていってですね、お母さんから子供小さい子供をですね、奪い取って地面に投げ捨てて うん。うん。 投げ捨てるとか うん。 こんなのあるはずがないわけですよ、はっきり言って。 うん。うん。でもこれは 先ほどの 子供とかあるいは普通の比較的若い [音楽] 20代30代40 代あるいは下手ればもっと年配の方も含めて うんうん これがあった歴史だと思うわけでしょ はい うん731のですね え予告編で私も見ましたけれども うんこう73731 の超極費でやってるはずのですね多分ハルビンだと思いますがハルビンの え、両亭に行ってですね、そこにいる芸者に対してですね、いや、自分たちはこういうことやってるんだつってね。うん。 で、人間の体を引き裂いで腸を引き出してですね、こご飯を食べさせたらどういう風にして腸に流れていくかということを調べてるんだということをゲに話してるわけですよ。 うん。 そんなことあるはずがないわけですよ。その、 え、超極費で研究でなんかもしやってる人間がね。うん。うん。 ま、話すわけもないわけですよ、そんなの。 でもそれが歴史、歴史だなんて言われてもね。 うん。 これフィクションですよ。もうね、超 うん。 このは高日とか半日じゃなくて増日のですね。 なるほど。あ、なるほど。はい。はい。はい。 日本を肉させるようなね。 うん。うん。 フィクションなんですよ。 うん。 で、で、こういうようなのをね、 誰がこういうのを見て簡単に信用するのかとかつてとは違うのはですね。 うん。うん。 これはやっぱ違うんじゃないのって思う中国人の人が比較的多いんですよ、今回。 うん。お、 これはね、ある意味のい救いかもしれないんですが、それいいことかもわかんないですが、 で、どういう人かと言うと、 うん。 2つ種類あって、2人種類あってですね、 1つはうん、 外国にいる中国人の人、この人たちはよく分かってるわけですよね。で、もう 1つは、もう1人は、もう1つはですね、 不裕なんですよ。 おお。 さ、あの、先ほど申し上げたこの新っていうね、その中国のネットのね はい。 統計によればですね、 1 番 中国、あ、1 番こういう映画を見に行ってる、こう、南京、虐殺、南京のこの 写真館を見に行ってるね。 うん。 え、人が1番多いのはね、 うん。 貧しい 年部の人なん。貧しい人たちなんで。 うん。で、1000級、2000級、 3000級、4000 級ってあるんですが、1000 級っていうのは、ま、北京とか上海とか、 こういう人たちはですね、全部のこの見に行った人の中の 11%しかないんですよ。 うん。 4級1番下のところは40% 以上いいんですよ。 なるほど。 だからですね、冬層が うん。 例えば日本行ったことある人とかそういうような人たちとかはですね。 うん。うん。 簡単にもうね、そういう、ま、一種の部民政策ですよ。 うん。 簡単にもう信用しないわけですよね。これ 民政策ね。 これはさすがにね、ちょっと違うだろうということになるわけですよ。 うん。 だからそういうことはですね、いやね、あのリベラルな方がですね、いや、我々あれは歴史を知らないといけないと、これはそもそも日本語が悪いんだつってね。 うん。 ね。 違、先ほど私が申し上げましたように、それは日本、あの、日本の歴史を我々が学ぶことは大事だけれども、だからと言って [音楽] 中国共産党が政治的に利用して作り上げた歴史を 我々がそのまま受け入れるっていうのはおかしいと思うんですよ。 うん。うん。 これは私が1 番しっかり精査しないといけないところだと思うんです。はっきり申し上げてですね。 うん。 え、そこはですね、で、もう 1 つですね、今回の映画今までと違うのはですね、何かと言うと うん。うん。 中国にいる外国人 はい。 それ外国人外国人配偶者に対して見せてですね、それをどんどんその反応を、え、 SNS でショートムービーで出すっていうこと。それからこの映画南期人例えば借で言えばですね。 え、もう始まってるのかな?種ニュージュージーランドで風切りの方向に行って、その後北米に行って、 その後マレーシアシンガポールにもっていう、そういう流れになってるわけですよ。 うん。だから自分たちの うん。 歴史館を うん。 外国にも なるほど。 その広めようと考えてるわけですよ。 で、これ後で重要なのは うん。うん。 その第人気世界対戦 はい。 こう1 番我々ま言っておかしいな、あのゆる第人気世界大戦は はい。 ドイズがポーランドを進行して始まったのが 1939年なんですよ。 うん。 ね。 うん。 で、太平洋戦争は1941 年がパールハーブですよ。 はい。はい。はい。 で、45年に終わるわけですよ。 だから4年あの大平先生は 4年間。 うん。うん。 1939年からやったとしたら6 年間なんですよ。第2世大は。 はい。 ところが 中国は うん。 路教事件の37年じゃなくて うん。 満州時点の はい。 竜校なんですよ。1931年なんですよ。 14年間なんですよ。 うん。 彼らは うん。 いわゆる今年は 反ファシズム勝利80 周年であり、高日戦争勝利 80周年なんです。 で、中国はすごく不満なのは 自分たちの要は 6年だけじゃないんだと。うん。 うん。 我々はもっと昔から戦ってきたんだと。ハンファーシズムあるあるいは日本と 日本軍国主義と うん。うん。 これを言いたいわけですよ。 なるほど。 自分たちの歴史感、自分たちの貢献、 反ファシズムに対する貢献。 うん。うん。 うん。 これはね、 うん。 え、言いたいわけですよ。 うん。 だから1900、え、31年からの はい。 ここが大事になってくるわけですよ。 うん。その流れでいいくとですね、ちょ日程聞かしてください。ごめんなさい。 [拍手] はい。 気になるのはやっぱりこの高日線勝利軍事パレード 9月の3日。 そうですね。 これってどういうパレード誰が来るんですかってここからも気になっちゃうんですけれども これはですね 中国は主金兵士がですね、いわゆる総集初期国会主席になってから 3回目の軍事パレートなんです。 1 回目はこれは80周年なんですが70 周年の時にも1回やってるですよ。10 年前に。 それから建あ、え、建 70周年、 2019年の時も1回やってるわけです。 はい。はい。はい。はい。 天門事件。天門事件じゃ。 門でやるのは3回目なんです。 なるほど。 で、ま、カラはですね、今のカラの中国側のネットを見ればですね、こういうこと言ってるんですよ。あの世界に、今の現在の世界の 3大教うん。 による3回、3度目の3 回目の軍事パレードだと。 1回目はロシアの5 月のロシアによる軍事パレード、 2回目は7 月のアメリカによる軍事パレード。そして 3回目が我々だと。 で、この軍事パレードは うん、 いかなる軍事パレードよりも量も質も最大かつ最高になってるんだとこういうこと言ってるわけですよ。 はあ。 だから なるほど。 あの、今までも1 万数千人の兵士がわーって来るんですが はい。 ま、それを超える うん。 今まで異常の希望の兵士が来て うん。 で、今までもあの相当数の外国用人を呼んでましたけど、もっと呼ぼうとしてるわけですよ。 で、すでにもう必ず来るであろうというのがプーチンなんですよ。で、プーチン以外もですね、ここにも書いてますように 8月31、9月1日の2 日間でですね、北京の隣の はい。 天身でですね、 上海協力機構SCO のですね、サミットがやってやってるわけですよ。 これは10カ国。 うん。 中路、 中央アジア、4カ国、 うん。 インド、パキスタン うん。 え、イラン、ベラルーシ10 カ国なんですよ。 うん。 彼らはできるだけこの人たちはみんな残ってもらって これのままこっちに引きずり込むとしてる。 うん。できるだけ残って。ま、全員残るかどうかね。インドぐらい残らないんじゃないかと思いますが、移転勝残って はい。はい。 え、入ってもらいたいと思ってるわけですよ。で、さらにうん。 え、これは報道等によれば はい。 え、韓国の大統領、 ほう、 それからアメリカの大統領 ほう、 え、も声をかけたいと声をかけているという報道もあると。 それから、あの、ま、東南アジア、ベトナムを始めですね、東南アジア等々ですね、ま、相当の数が来ると いうことですよね。 うん。 ええ、これフランスでしたっけ?対戦勝利の何十周年かなんかでね。 [音楽] はい。 ドイツの首相が行ったケースがあったと思うんですけど。 ありますね。はい。はい。 ここの場に、ま、この時さんがどうなってるかの首相に対して招待状を出すっていう可能性はありますか? まあ、半分ぐらい冗談も含めて中国のネットではですね、 え、そういう 半分みたいな形でそういうことを言ってるようなやつはないわけではないです。それは日本が行きたいって言ったら、え、出てくるかもないです。その代わり行きたいって言う。 この場合その、ま、招待上来るのが先なんでしょうけれども、 いや、招体上はもっと一般的な招待状上になる可能性がありますから、そこにいや総理が行きたいということは事務的にあれすれありますけどそれはでもね、 ほとんどう、そらその発想のね、え、転換で戦略的にうまく使うんだということになればそれだけ日本国内も含めて抑えられるような人がうん。 うん。 総理になってるんであれば うん。 いいかもわかんないですね。でもそうでない。 うん。 うん。 これは日本の国益を大きく大きくなうことになりますよね。そんなあ、安易な気持ちで行ったりしたら大変なことなります。 行くなって言ってるんです。 いや、もし石さんであればもうそれ いつまで政権かと言ってるような人がこんなところに行くべきじゃないですよね。 安倍、安倍さんだったら言ってもなんかこうその場において別のこうなんかプレゼンスがあるようなそんな意味でおっしゃってますか?ま、だから色々戦略的にどう考えるのかっていう意味ですね。意味です。そういう意味です。 ええ、でもそれは今の現事的じゃないですね。今の今のあれ、え、そういうことです。 そうすると、じゃあこの対戦勝利軍事 パレードっていうのはね、こう避難におい てやるだとは言わないけれどもその 米中路 それ並びに他の国もその上海協力機構の 国々がこうざっと並んで いやもしねアメリカが行くとなるともう ちょっとね大変なことになります。うん。 それはいろんな意味で大変ですね。 例えば日本との関係で言えば、それこそこれ 高日戦争理80周年っていうのがね、 え、名目になってる時に、 え、アメリカの大統領が行って うん。 で、ロシアのプーチンがいて、集金兵が主催して ね、別に3 人で会談しますとか言ったらもうあたかもその現代版やる高いに見えちゃってね。いや、今後ね、 え、国際政治は色々 3 人で話し合いましょうみたいになったらね。 うん。うん。 俺はもう日本はもう 1回配線迎えるみたいなもんで うん。 正直言ってね、それはその戦争で負けたわけじゃないけど、外交的に負けた形になるでしょうし。うんうん。うん。 え、でもまあでもう 1つは台湾から見たら そこで並ぶ軍装備は はいはいはい。 超先端の軍備装備並ぶわけですよ。何に使われるかっていうと、台湾の武力進行でも使えるようなやつばっかり並ぶわけでしょ。 はい。はい。はい。 そこはアメリカのね うん。 大統領なくても副大統領であろうが国務官であろうが誰であろうがはい。 それを見るっていうか一緒に一ペするっていうのはね、 もうブラックジョークでしかないですよ、これ。 なるほど。なるほど。 僕はあの逆に言えばこれはアメリカ決めな話でしょうけど、 大使ですら見行くべきじゃないと思いますよね。正直言って。 お でそ台湾に対してどういうメッセージ出すかっていう話ですよ。 はい。はい。 それは うん。 え、だからそのそういう意味においては うん。 ブラックジョークになりかねない話ですよね。 かなりじゃあこの9月の3日のパレードの いや私はま、あの 緊張で緊張感じです。 いや、あのトランプ行かないとトランプさんは行かないと思いますけどね。 ただむしろトランプさんだったら何するかわかんないみたいなことをね。 完税協定がまた延期してるじゃないですか。 延期して でこれをここの場においてどんなこと いやあの大統領もいるとかな。 全部から いや、キ王が行くとったらどうなる?なっちゃうんです。 ロシアの事も今ますとかなったらね。 はい。 いや、もうね、そこだけが心配ですよね。はっきり言って。それは、それは私が考える話じゃなくて、日本政府があるいは外務省が あるいは財 日本大使官が抱えるべきことですよ。僕が、僕は思うには。 その9月の3 日に北京で何が起こるかもしれないというその危機管理しはその最悪のシナリオを想定し準備をするべきだということは今の日本の政府は準備していると思いますか? 知りません。それは知りませんが うん。 え、それにつがる人には話しておきましたけれども。 なるほど。 ええ、 話された時にその政府関係の方っていうのはそれは大丈夫。 しっかり手ってるかたるさんってそういう反応ですか?えって感じですか? ああ、それ大変なことになってんなつって総理に入れないといけないってつってましたね。 手遅れるじゃないですか? いやいや、ま、それ随分前の話ですから。もう前からこれ言ってますから。それ 一方じゃちょっとこの言ってるのはまだ別の話でね。日本から見ても今年は 80年です。戦後 ええ。80 年を出すか出さないか。 内者は石葉さんは出さないけれども話じゃなくてメッセージって何なんだって話になるんですけれどもメッセージを出すか出さないかっていうことさんの立場からご覧になった時にこの 80 年メッセージというのを出す意味政治的な意味国際的なんですよ。 特に体中関係においてはなんかしそこにポジティブな意味があるような想定はされますか? いや、僕は僕の立場なんかないですけれども、今や僕なんか何の単なる 1学者、1 大学の教授しか過ぎないんで、何の立場もないんですが、私は出すべきじゃないと思います。もちろん。 ほう。 だってなんか 10 年ごとになんか出さないといけないとかいうのはね、 何なんですかね。私よくわからないです。はっきり言って。 はっきり言って。 なんでそれをやらないといけないのかね。 はい。はい。はい。 で、じゃあその時しかじゃあせ平和とか戦争のこと考えないのかっていう話ですよね。 はっきり言って はい。はい。 いつもしょっち中じゃあ例えば広島の原爆料会見に行けばいいじゃないですか。その時にまた出せばいいじゃない。出すっておかしいけど自分の感想を伝えればいいじゃないですか。 私はこないだ広島であの公演に行った時にも原爆狩料館見てやっぱり涙流しました。戦争しちゃいけないなと思いました。 うん。 でもそれはそれであの政治家であろうとそれでもいいじゃないですか。なんで 10年の時に その時にこうね、そう自分は総理だからとかね。 うん。 僕には全くわからないですね。 正直申し上げて な。それだったら総理やめてからやればいい出せばいいじゃないですか。 私はあのあの安倍総理の渡さよくできてると思いますよ。 あれはでも実際それを作るにあたってもね、いろんなそ者の人の話し合いを随分やってそれはそらの人もリベラルの人も色々入った上で色々権がワクやってですね。うん。 まあ、それでもちろん言葉は安倍総理の言葉だったかも分かりませんが出てきて で、ま、本当にギリギリのこのバランスであれで立ってるのをね、なんでそれをこう少しまたこうなんかこう矢郎ベのこうバランスとってのをこうどっか落ちたりするのか僕には全くわかんないですね。な [音楽] んでやらないといけないのかは分からないんです。 うん。 よく時々ね、やらない理由が分からないという人いるんですが はい。はい。 でも例えばじゃあドイツとかなんか 10 年後等にやってるんかな?やってないですよ、そんなの。 聞いたことないですよ、そんなの。 はい。 うん。 誰もやってないですよ、そんなの。別に。 うん。 私はもうなんか作り上げられてんですよね。そういうのがね。 なるほどね。 ええ、 そのお話今日伺ったお上いて最後出口の話になるんですけれども、先ほどもの冒頭のお話。 70年代は中国は日本を見ていた。 中国の中において重要なものはアメリカロシアであり対日政策日本で何が起きてるかということは全部主席のところに放火が入ってるほど日本は大切な組だった。 それからはい。 あ、そうそう。 それがだんだんだんだんこう冷えて変わってきた中で中国は今アメリカしか見てないとお話が先ほどありました。じゃあそのアメリカアメリカしか見ていない中国と我々どう向き合って言ったらいいのか。中国が日本をどう見るのかっていう質問はもうしてもしょうがないってことですよね。 中国はこっち見ていないんだから。中国は日本を見ていない。中国アメリカを見ていて、ま、僕からの言葉でと俗変数のようにアメリ、日本はアメリカの変数のように見られてる。そうすると中国が日本をどう見てるかっていうのをいくら議論してもしょうがない中でじゃ日本は中国とどう向き合ったらいいのかそこはどうですか?これからこれからですよ。 これは正直申し上げて日本の問題なんですよね。 だからどうしてもこれであのため息使るは得ないんですが日本の今のこの政治の現状見たりしてもですね。 はい。 ま、答え簡単なんです。国力をつけるだけなんです。 本当は は 黒力をつけて強くならないとやっぱいけないんですが豊かになったり強くなったりしないといけないんですが 今のこの政治の現状を見た時にどうしてもため息をつかざさる得ない でそれはただ単に強くなるとか豊かになるとか言っても線がないわけですよ戦略が必要なんですが [音楽] うんうん で中国は うん えであるにもかわらず主験で 日本を日本に対してですね主権を傷つけう けようとしてきてるわけですよ。 だからここは現実の問題として考えておかないといけない。 だからそういうようなことを踏まえてなおかつ一方でですね、日本の経済考えた場合に中国なしっていうことも考えられないわけですよ。それも この2 つのこの難しいこの、え、その要請の中でですね、我々がどうしていくかっていうことをですね、戦略的に考えてかざる得ないわけですよ。 [音楽] で、ただ 中国がそのものはですね、あの集金兵政権が続く限りにおいてはですね、今の 彼らのやり方そのものは大きく変わることは今は少なくとも認通せられないんです。 うん。 それも踏まえて我々が何を考えていくかと、どういう風に強くなっていくかと、国力を強くしていくかっていうことが 1番重要なことなんですよね。 うん。うん。え え、 人口がどんどん減っていきます。日本は1 人当たりのGDP がそれを埋め切るぐらいに伸びていくかというとてもそうは思えない。 ま、中国もそれ以上に今度勢いで減っていきますけどね。 なるほど。でもすでに今の時点において GDP向こうは3.5倍4万 中国のGDP をでもね、今の上げられてる数字で比較するっつってのは極めて何センスですよね。 おお。 いや、もう5%で言ってんですよ。5. 何%とか。 はい。はい。 誰も信じないでしょ。 うん。信じたいけないんですよ。 なるほど。 そういうその、その数字を踏まえて議論したいけないんですよ、本当は。 うん。うん。 だってデフレですよ。思っきりし まそうですね。 デフレーで5% のデフレなんか聞いたことないんですよ。アメリカはね、加熱して 3.%ですよ。 はい。はい。 でしょ?5%は超熱ですよね。 5%といえば。 はい。大変ですよ。 もう今はね、ずっと うん。 そのCPI あの消費者物価指数はね、今マイナスですし、もう PPI っていう生産者物価指数っていうのはあるんですが、中国の場合うん。 俺はもうな、もうね、何年もずっとマイナスなんですよ。 うん。それで5%成長っていうのがね、 ありえないんですよ。 ありえない。そう。おっしゃるです。 だから、だからもちろん日本よりも GDP が強いか高い大きいかもわかんないけれどもでもね、 そんなにねすごい差があるとかね。 それからあと某者のね、社長さんが私に工程に来た時に言ってましたがいや大しねつってね。 はい。 やっぱりGDPはやっぱ大事だけれども GNPっていうか うん。うん。 その海外の資産もやっぱり考えてをね、考えた上で議論するっていうことも時には必要だと。 はい。うん。 日本の海外資産っていうのはやっぱすごいもんからね。 うん。 だから日本はもう少し自信を持たないといけないんだと思いますけどね、私は。 うん。 正直申し上げて。 うん。 もうただ我々は今そのなんて言うんですかね?このうん、海の苦しみって言いますか? [音楽] うん。 もちろん今物価が非常に大変なのはその通りなんですが、 それこそその賃金の上昇がですね、物価を うん。 そのより 大きくなればですね はい。はい。 こう高循環に回っていきこの今厳しい今大変な時にいるわけ。 はい。 我々は今までそんなことを議論できなかったんですから。全くそんな。 うん。 うん。 今は うん。 今まではずっとデフレだったんですから。今は物価が上がってきてて物価を上げようとしてきてたんですから。政府変な話ですが政府が今上がってきて で我々も賃上げようとでもどうしても遅れてるわけですよね。これは結果的に遅れざる得ない。今海の苦しみなんですから我々は。 だからそんなにねすごい。 いや、あの、もう日本はダメだっていうことをね、うん。 [音楽] え、思うのは私はどうかなと思いますけれどもね。 なるほど。 本当もごらせです。 え、 尖閣問題。 やっぱりこれ聞かないとね。終ないんですよ。そのたさんのその 1つのセオリーとして戦略的過端。 そうです。 これの言葉の意味だけ最後見てる人たちに説明してください。尖閣問題は戦略的画臣相談端で解決に向かうべき。これどういう意味ですか? いや、もうその通りですよ。 外新端っていうのは、ま、中国の個事ですけれども うん。 その主験領土の問題ね。 はい。 もちろん尖閣問題は領土問題ではないっていうのが日本政府の立場ですが、いわゆる権に関する問題は はい。 今年今だけ問題じゃないんですよ。 はい。5 年後、10年後、 もしかしたら50年後もうん。はい。 ずっと主権の問題は残るわけですよ。ずっと主権の問題あるわけですよ。 はい。うん。うん。 だから今ここで勝負しないといけないのかと。うん。 ところがいわゆるその保守の人たちの発言すると うん。 彼らの気持ちはよくわかるんです。すごくよくわかるんです。 うん。 ね。 うん。 でも例えば公務員上駐しろとかですね。 ありますよね。 あるいは船止まり港を作れとかですね。 観測所とかね。うん。 気持ちは分かりますよ。そうやってそうすることによって主験をよく示すことができるんだとか。 でもそれやるとは うん。 例えば公務員上させると中国側も必ず中国側の人間を上させるようにあれをしていきますよ。 うん。 そうすると 今すにですね、相当主験はへこみつつあるわけですよ。 うん。 もっと時に うん。 どうに取るんだと その人たちはと うん。 いうのはいいけども うん。 ね。やるのももしかしたら簡単にできるかわかんない。ま、行く人は大変でしょうけど。 大変。 ま、政治的判断としてはま、そうですね。はい。 でもね、その後 うん。 いや、そう、なんかそういうことやって、 中国の船がか、会計局の船が 30席、50席来た時 はい。はい。 今数席でも止めれないんですよ。 はい。 好きなように入ってこられるんですよ。これしょうがないんですよ。日本の逮捕の船はうん。 早く走れるために うん。 薄いんですよ。 うん。だから昔2000、えっと、 10 年に衝突の歴へっ込んだわけですよ。私担当してたからよく知ってんですが、 止めれないんですよ、はっきり言って。そうすると 30席、50席来たらどうするんだと。 1万中国が1 万東球の船持ってるわけですよ。そんなの日本ないわけですよ。 はい。 じゃあ軍艦出すのかと。軍艦は先に軍艦出した方が負けですよ。それだめですよ。 うん。 負けなんですよ、それは。 はい。 だからそれはね うん。 もうね、そういうことはね、もう本来であれば中国は本と国力が小さかった時にやるべきだったんですよ。 うん。 はっきり言ってその時の政治は何をやってたんだということを私はあえて申し上げたいんです。 もちろんその時の議代背景があるから うん。 球団する必要もないけどもでもやるんだったらその時にやるべきだったんです。 80年代とか はい。 ギリギリまあま 90年代ぐらいまあ80 年代までにやるべきだったんですよ。 うん。 もう今はもう手遅れなんです。 うん。 そうすると何するかって先ほど言ったのと一緒に国力をつけて うん。うん。 我々も うん。 ね、歯を食い縛って 解放の 予算をつけてやって うん。 え、装備をありし装備をそのできるだけしっかりしたものにしていくということと その船乗りをしっかり要請していくっていうこと。 こういうことに尽きるわけですよ。これを戦略的神端ですよ。 で、中国は今後どっかのなんかずっと国力が高くなるな。あ、ないんですよ。 中国私はピークアウトしてると思うんですよね。 うん。 ピークアウトしてるとで、中国のピークアウトはあれ激しいですよ。 うん。 さっき言った人口の問題も含めて はい。 そうするた時にな、絶対にチャンスがあるんですよ。そのチャンスをその時代のその時の異者が絶対に使わないとダメなんです。また見過ごしちゃダメなんです。 うん。 そういうことですよ。画端戦略的画端と戦略的に 単に我慢するっていうことじゃないんですよ。戦略的に別に画端だけでもいいんですがうん。 ガ談元々戦略性が入ってるんで でもあえて とにかく日本人って最も戦略的思考ができない国民だと僕は思うんですよね。全くできないですよね。 うん。うん。 だって多くの人がですね、最近水産の水産物のあれの会禁になったことに関してね、あ、中国は 良かったね、 日本に対してこう岩みってきてるなと思ってるわけでしょ。 うん。うん。 俺なのね、もう全くね、 う、もうね、種ま、こう餌かれてるだけなのにね。 うん。 そういう風な発想になってしまうっていうのは全く戦略性ないんですよ。それこそね。 うん。 ちょっとまたさっきの話に戻りますが うん。 昔話したことあるかも分かりませんが はい。 共産党と国民党がね、国第 2次国が活大、 え、正案事件 うん。 小学僚ですよ。あの時はもう共産党は何度もですね、国民と障害にもう殲滅させられそうになった時に最後に殲滅させられそうになった時にたくといや高日戦争団だと我々はこんな仲いいしてるわけじゃないやってる場合じゃないんだつってやってそれに うん、 ま、載せられたのが学料ですよね。 深いこと考えないま、それで会をして本が飛んできて第 2 次国境が合さくなったんですよ。その時に盲沢党はなんて言ったか うん。 721指身って言ったわけですよ。 1 割だけ中日本軍と戦えと 2 割は国民党とくっついていて戦ったふりをしろと。 7 割は脳村部でうん。 拠点を作って うん。 温存しとけと。 うん。 で、国民党に戦わせればいいこうやったわけです。 721ってやったわけですよ。 うん。 で、日本軍はだから国民党とだけ戦って脳部でゲリラ戦が出てくるのをね、すぐ逃げていくわけですよ。 うん。 これが極めて戦略的思考なんですよ。 うん。 うん。 これは盲沢党ですよ。 うん。 だ、こんな戦略的思考できる人ってね、日本人ほとんどいないんですよ。 うん。 本当にいないんですよ。 少ないですよ。僕はもしかしたら、ま、色々あんまり言うと怒られますけど、石原事はそうだったんじゃないかなと思ってますけれども、 そこまで遡る 石原はでもちょっと前、そんなちょっと前ですから、 1931年のね。 いや、要するに戦後の政治家ないっちゅうことですね。 いや、安倍さんなんか持ってた。でもあの時代で言えばいいような人しかいとくね、ほとんどいないんですよ。 その戦略的思考を持ってる、持てる人。 うん。うん。 いや、僕は、あの、私の元上司だったヤさんなんか戦略的思考だと思いますよ。はっきり言って。 うん。うん。え え、あの人別に全く慎重でもないですが、中国大事だからつって中国との関係すごいパイプを大事にして、 え、色々やら私にも色やらせた。やったという話を映そういうのもありましたしね。色々あったわけですよ。 だからそういう人もいますけどね。でもな、ほとんどいないんですよ。あんまり戦略的思考できる人がですね。 だから戦略的画端で戦略的ってあえてつけてるわけですよ。 なるほど。 え、 ありがとうございました。 はい。よろしいでしょうか? はい。どうもありがとうございました。 ます。
「北京が最も警戒した男」垂前中国大使をお迎えして、習近平体制を徹底検証しました。
まずは石破政権と中国の距離感を計ります。次いで抗日戦勝利80周年の今年、
中国共産党が仕掛ける映画や軍事パレードなど数多くの反日色の濃いイベントを分析します。
28 Comments
話を聞くといかに石庭さんは日本の総理として中国外交は何もしなかった、何も考えていない。
と言うことだったわけだ。 石庭さんは何もせずに官僚が考えていたと言うことだ。
日本が経済的優位性を失ったことが侮られるようになった一つの要因ではあるんだろうけど、やっぱ習近平体制に移ってイデオロギッシュな体制を強めたことが今のチャイナの失敗の主要因ではないかな。
それにしても各所で元外交官から無能さを暴露される石破って…
反町氏の指づかい 人を指す指が気になってしかたないから 音声だけ聞いてる
国家の安全ではなくて共産党体制の保全でしょ?
最高に最高に面白い対談だった。毛沢東の頃から歴史に隣り合わせてきましたが膝を叩いて納得することばかりでした。当時は戦前の教育を受けてきた人からの助言もありましたが、近ごろは劣化した議員、内閣、国民、特に指導的な立場の人ですら何も知らず学ぼうともせず、バカばかり、何処へ行くのか日本と嘆いていました。企業人ですら中国に靡いて国内の製造業全滅、日本は終わったと思っていました。垂水さんのような方は5,60年前は沢山おりました。
垂水氏に全国行脚を進める要人の登場を望みたいです、薄らぼんやりした国民をひっぱたいて歩いて欲しい。SNSで若者は少しましになってきてますが選挙に行きたがる老人こそ勉強させたいと思う。
垂さんの本読ませていただきます!
嘘つき国家といつまでも言われる事を堂々とやり通して恥ずかしくないのかな?まともじゃ無いから、ほどほどに付き合わないと碌な事無いわ。まず、家の中に入れてはいけない。たまーにご挨拶するくらいが良い。今みたいにこんなに入れ放題入れたら、日本を滅ぼすだけ。
平気で嘘を突き通す人間が増えると、ましてや帰化なんかされたら日本人の民度が下がってしまう。世界からの信用も無くなる。
これは保存版だね。世界からの視点が、どうして必要かがよくわかる話でした。大使の経験を活かして、高市政権をフォローして頂きたい。
垂さんなら年10億払っても大使続投してほしいんだよね
そいうのできないの?
私学の教授やらせてる場合やないやろ
非常に高揚して話されるので少し聞き難かった。非常にインテリジェンスの高い方なので、もう少しカームに話してほしい。
反町、本当にバカだね、中国を勉強しろ、ボケ😂ポンコツだよ時系列を理解出来てないのかね😂😢
中国を経済大国にしたのは日本、なんか戦後アメリカが日本を経済大国にしたのと似てますね。すばらしい動画でした!!
初めて大使の言葉聞かさせました。感想は色々でまずアメリカの下で戦略的な政策を持つわけがないと思ってる。共産党が治理能力があまりに強くて西側諸国恐れてあらよる面から攻撃している。日本敗戦した当時中国が内戦落ちて日本に対する戦争責任追究精算が出来なかった。今80年経ってでも戦争責任が曖昧で真剣に考えてなかった。時代が変わって日本の政府が今までの考えや政策はもう通じないかもしれませ。
垂大使に大変期待していただけに、こう言っては申し訳ないが、大使のご説明或は喋り方は聞きづらいし分かりづらい。これでは、何ともはや、もう一つかな。😢
反町さんも、こう言っちゃ何ですが、要らぬアクションが多すぎますよ。ゲストのお言葉をお聞きする番組なんですから、もう少しチョット…されたらどうでしょう。垂水さんの言論も聞きづらいが、カウンターの反町さんも、チョットオーバーアクションで、どうもネ~。
他のジャーナリストから聞けない、ストンと腑に落ちた、中国論評!
高市政権で、活躍出来ないのかな~
ナチ政権のプロパガンダ宣伝より、悪質な日本をおとしめる、C国共産党!
我々はアジアのナチ政権の存在を許してはならない!
中国共産党の
無能デタラメはったり体質が
よく分かる動画ですね💃👍😂
善良中国国民の皆さん!
共産党の愚民政策に欺されず
本当の自由と安全を
勝ち取る事を応援します💃👍
AI Gemini → 反町氏がYouTubeに転じた理由としては、
* 報道では、過去の局内でのハラスメント問題が表面化したことによるテレビ局からの「追放」と、その後の活動の場として新たなプラットフォームとしてYouTubeを選択したことが大きな理由であると報じられています。
全国民が判断を間違えないように
知らないといけないと想いました🙏✨尖閣問題にもタイミングがあり、
中国が戦略的だからこそ、日本の国民も戦略的な考え方を垂さんや高橋先生から学ばないと❤楽しい❗️
『戦略的臥薪嘗胆』といいますが、領有権問題においてそれをしてきたのが鄧小平はじめ中国共産党側だったのではないでしょうか。垂氏は「毛沢東の戦略的思考に倣え」という趣旨のことを仰る訳ですが、こうした謂わば本心を隠して敵を欺くというやり方が民主国家において長期戦略して採れるのかどうか。
在日中国人たちよ。
耳を澄まして聞け‼︎
お前達の復興の基礎は日本のお陰で有る。
日本のお金と技術と医療で現在が築けているのだ。
私は100年、150年前の日本の国民の写真集を手に入れた。
其処には貨幣文化が広がっておりガス塔が灯り、或いは日焼けした農夫の笑顔と耕された棚田の風景が広がっていた。
飜るに識字率も低くボロボロの服を着て、寒さに震えている中国人民が非常に見窄らしく憐憫の情さえ覚えた。
その後の毛沢東による知識階級の粛清《文化大革命》、鄧小平による人民の虐殺《天安門事件》を見るにつけ、哀れな国だな。今風に言えば『国ガチャに外れた人民』に涙した。
来年、日中関係はもっと緊迫した状況になるだろう。何故なら習近平は面子を何よりも重んじるからだ。窮鼠猫を噛むって状態になる。
冷静に考えてみてほしい。粛清に次ぐ粛清でイエスマンしか周りにいないのだ。《裸の王様》が疑心暗鬼に凝り固まっている。そして…誰も居なくなるのだ。
中国人民の君達に問う。習近平の為に自身の命を捧げようと思う人民は居るか?(ここ、反語ですね)いや、いまい。親を兄弟を、血を分けた同胞(はらから)を人質に取られているから、仕方ない。モチベーションはゼロに違いない。
抗日戦争勝利⁈
いやいや…共産党は逃げ回って今じゃん。蒋介石率いる国民党に日本は負けたんだよ。日本との戦争で疲弊していた国民党に対して、『今なら勝てる』って漁夫の利を狙ったのが共産党だよ。こすっからいよね。
中国の処刑『凌遅刑』を調べたら良い。中国人民の国民性がよく分かる。
1,000回切り付けて、ジワジワ殺す処刑法。
🤬しかし、習近平の気分で、側近を始末してて、もう周りには『脳足りん』しか残ってないの⁉️。
習さん、アンタも世界中から同等に見られますよ。大国の国家元首を自称するなら、人民の幸せを考えなさい❕️。したら『保身』は不要ですよ。
🤬そして、日本のバカな売国奴・国賊と認知され、『身バレ』している🔥『野田・岡田・枝野・二階・岩屋・岸田・石田・三下の橋下』やマスメディアの『NHK・マスゴミ・紙媒体』をまだ使い続けるの⁉️、頭が悪すぎるでしょ‼️🤪。
岡田くんは、自分の頭で考えろよな❕️。
戦争や民主化暴動が起きたら真っ先に『イオン』が『略奪・放火・日本人』が確実に狙われますよ、商売なんか吹っ飛びますよ‼️。
頭が悪過ぎませんか‼️。
🥳ハニトラには、頭を悪くする、中毒性の劇薬の媚薬も使うのかな❔。有りえますよね‼️👊😡。
如何なる理由でも日本は2度と戦争はしないで欲しい。平和が一番有りがたい。戦争で悲惨な思いをするのは、庶民です。