五代友厚(1835~1885年)は鹿児島県に生まれました。明治初年、大阪の経済が沈滞混乱の極みにあったときに、それを大きく発展させる牽引車的役割を果たしました。彼は慶応元年(1865年)ヨーロッパ諸国を視察、貿易に関心をもち一時官途に就きますが、大阪に来てからは鉱山・紡績・鉄道事業に手をひろげました。
 当時我が国製の藍は粗悪で、インドからの大量輸入に頼っていました。それに対抗するため製法に研究努力を重ね、従業員300名を越す近代的製藍所を建設しました。その製品は欧米各地に輸出され、明治10~11年ごろ最盛期を迎えました。しかし明治16年には、輸入品におされ閉鎖されました。

【2023/03/08撮影】

出典:大阪市ホームページ
https://www.city.osaka.lg.jp/kensetsu/page/0000009886.html

※水都大阪ホームページ https://www.suito-osaka.jp/

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