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昨日↓で更新済の、1997縁8月15日(金)のKSB深夜帯で流れていたローカルCMの2つ目です!
↑の直後+同じ枠で流れていたCMだった為、同じ企業のCMが繰り返し流れているものもあります。
初っ端の「KSBダイビングスクール」のBGMはもうド定番のBGMですよね。もう散々多数のメディアで使用されこすり倒されてますが(笑)
また、当時はKinKi KidsでのCDデビュー前後であった、堂本剛くんの関西でのMCレギュラーの「堂本剛のDO-YA」の番宣CMが↑でも流れていましたので、これも2回目になります。
剛君というか、KinKi Kidsの初の本格的なレギュラーは、この前枠の「キスした?SMAP」で、最初は募集のフリップ読みなどからスタートし、徐々に本編内でも出番が増え、知名度が格段にアップするにつれ、KinKi Kidsだけでなく個々の人気も上がっていきました。
今冷静に見れば、まだ当時は無名のはずのいちジュニアとしては「破格の扱い」でしたね。
そしてもう1994年には人気が爆発しており、あの大ヒット連ドラ「人間・失格 ~たとえばぼくが死んだら~」に2人で出演。更に人気は上がり、1995年には既にCDデビュー前にも関わらず、アリーナでライブができるようになるなどまで達していました、
その一方で、SMAPは1996年4月から「SMAP×SMAP」がスタートし、既に大ブレイクしていたSMAPメンバー全員が更に多忙に。その為、今までの様に関西での収録に参加する事がほぼ不可能となりはじめました。
その影響か「キスした?SMAP」は、遂に中居くん単独MC枠となり、ゲストを多数迎えたり、観客とゲストを入れての1時間トークをやったり(この時据えられたDJ役は小林克也さん・ブラザー・コーンさん等深夜とは思えぬ程豪華でした)と週によって形を変えて存続していきましたが、その中居くんもMCを務める「うたばん」開始が決まるなど関西での収録が困難に。
そこで、まずは1996年の夏に、堂本剛君が不在の中居くんの代わりに「キスした?SMAP」のMC代理を務めるという「キスした?つよちゃん」が2週に渡り流れました。今思えば、これが「後のMC枠引き継ぎを前提とする予行演習」みたいなものだったんでしょうね。
そしてこの後「キスした?SMAP」は1996年9月末で終了し、剛くんがMCとなる「堂本剛のDO-YA」がスタートしたという流れです。
ちなみに、この時には、後に関ジャニ∞のメンバーとなる横山裕(まだこの時点では本名の”侯隆”名義)君や渋谷すばる君なども、関西ジュニアの一員として出ていたようです。
これまでほぼいなかった※「KinKi Kids」という関西出身のジャニーズの人気者が誕生し成功した事を受け、既に後進の「関西Jrスターの発掘」が開始していた、という事でもあったのでしょうね。
現に、後の関ジャニ∞の横山くん×今はMC業が中心の村上信五くん×ボーカルだった渋谷すばる君のいわゆる”三馬鹿”は、堂本光一君のMC枠「ピカイチ」にもレギュラーで出演し、関東方面にも顔を売っていたので、既に「関西の後進育成の為の布石は打たれていた」という推測は間違いないでしょうね。
※「ほぼ」なのは、実は既にちゃんと関西出身でデビューしているTOKIOの城島茂リーダーという「先駆者」がいるからです。ただデビュー当時は関西出身という点をアピールする場がなかった為、城島リーダーの「関西出身」が活かされるようになるのは、もう少し後になってからです。
#堂本剛 #懐かしCM
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2:15 日曜洋楽番宣