昭和ナイトニッポン!記憶に残る昭和の飲み物
[音楽] しな日本。さて、今回は昭和の時代にちょっとタイムスリップしてみましょうか。 [音楽] お、いいですね。昭和 あなたのお手元にある資料。これかつてはね、普通に店頭にあったのに、まあ、いつの間にか見かけなくなった。そういう懐かしい飲み物たちの記録なんです。 [音楽] うん。懐かしい名前が並んでますね。 ですよね。 で、今回は単にああ、あったねって懐かしむ。うん。それだけじゃなくてこれらの飲み物がこうなぜ生まれてそしてえっとなぜ消えていったのか。 [音楽] なるほど。 その背景にあるま昭和のなんていうか熱記とか消費文化の動きみたいなものを一緒に探っていけたらなと。 [音楽] ええ、 あなたにとって昭和の飲み物といえばどんな記憶が蘇りますか? [音楽] いやあ、面白いテーマですね、これは。 これらの資料を見るとなんか当時の日本の空気感すごく伝わってくる感じがします。 うん。うん。 単なる商品のリストっていうよりはなんていうか昭和のマーケティングとか技術あとは人々のライフスタイルの変化を移す。そうですね。ま、液体の文化遺産リストみたいな感じもしますね。 [音楽] 液体の文化遺産うまいこと言いますね。 ちょっと大げさかもしれませんが早速具体的なものを見ていきましょうか。 [音楽] 行きましょう。 まずはこれ、あのかな黄色メロイエローです。 ああ、メロイエローありましたね。 コ羅車から1983年に出て2000 [音楽] 年まで換橘系の炭酸飲料でした。あの松井直美さんの CM覚えてます?はいはいはい。 とってもせない味っていう。 あのキャッチコピーは強烈でしたね。せないっていうある意味こう味の説明をちょっと放棄したような そうそうたんですよね。80 年代ってなんかこうイメージがすごく重視され始めた時代じゃないですか? うん。確かに。 だから具体的な味よりもなんかよくわかんないけど新しいぞ、クールだぞっていう感じが当時の若い層には響いたのかなんて。 ああ、なるほど。 ただ、ま、最終的に市場から消えちゃったっていうのはうん。 やっぱり競争が激しくなったとか、定番の味っていうのが強い中で抑せない味はちょっと飽きられやすかったのかなとも考えられますけどね。 [音楽] うん。なるほど。定番にはなれなかったと。 そうかもしれません。 次にですね。これもコカコーラからコカコーラライト。 [音楽] ああ、ライト。はい。はい。 1984年発売で1999年終了。 低カロリーコーラの、ま、先が駆けみたいな存在でしたね。 ええ、これはもう当時の健康思考、特にダイエットへの関心の高まりをこう象徴するような商品でしたね。 [音楽] うん。 アスパルテームと加藤を使って日本市場向けに味を調整したんですよね、確か。 [音楽] [音楽] そうなんですよ。で、興味深いのは専門家さんもおっしゃるように 1999 年にダイエット航ーが再登場するタイミングでちょうど終なってるんですよね。 [音楽] そうなんです。ここがポイントで、これは単なる商品の入れ替えっていうよりはもっと深いその低カロリー飲料市場での完味料のトレンドの変化とか [音楽] ああ、 あるいはグローバルなブランド戦略との兼合いとかそういうのがあったんじゃないかなと。ライトユーザー向けっていうよりもっとはっきりダイエットって言いたい。そういう宗へのシフトみたいな。 [音楽] なるほどね。ブランド戦略の転換ですか。 そういう見方をすると面白いですね。 ええ、 じゃあ次はもう少し歴史を遡ってみりんだ。 みりんだ。懐かしい。 ペプシコの商品で日本では1964 年から結構長いですよね。オレンジとかグレープのフレーバーが人気でした。 [音楽] みんはね、本当昭和の家庭とか駄菓屋さんの風景の一部でしたよね。 うん。うん。 ドラマの俺たちの訓章であの松田作さんがカのオレンジを飲むシーンとか覚えてる方いるかもしれませんね。 あ、ありましたね。あれだけ長く親しまたブランドがなぜ 90 年代の終わりに日本から消えちゃったんでしょうね。 うーん。考えられるのはやっぱり外系のブランドの東配合とかあとは国内の飲料メーカーが自社ブランドをどんどん強化していた。その波に押されたとか。 ああ、なるほど。 あとはそのフレーバー炭酸飲料というカテゴリー自体の流行りハりもあったかもしれませんね。 長く愛されたものが消えるっていうのもなんかちょっと寂しい感じしますね。 ええ、本当に。 さて、ここからはですね、ちょっと名だったものをいくすか。まずはウィルソンスポーツドリンク。 [音楽] ああ、はいはい。日本ペプシから91 年に出て、なんと次の年、92 年にはもうなくなってたっていう。 [音楽] これは驚くほど短かったですよね。 あの有名なスポーツ用品メーカーのウィルソンの名前を幹部して そうそう 青いボトルも結構印象的でしたし代々的なプロモーションも確かやってたはずですよね。 やってましたね。なのになぜ うんこれはもう当時のスポーツドリンク市場がいかにこう激戦区だったかっていうのを物語ってますよね。 [音楽] ああ、 すでにポカリスエットとかアクエリアスっていう、ま、巨人がいるわけじゃないですか。 そこにいくら有名ブランドの名前を借りてもそれだけじゃ勝ち抜けなかった。 なるほどな。 あるいはまもしかしたらですけど味がちょっと日本の消費者の口には合わなかったなんて可能性もゼロではないかなと。史上 3入の難しさですね。 [音楽] 有名ブランドでもダメだったのか。厳しい世界だ。同じスポーツドリンクでもこっちは少し長く続きました。サントリーの NCAスポーツドリンク。ああ、NCA。 1981年から1993年まで NCAA アメリカの大学スポーツ協会の名前を使ったっていうのが当時としては結構画期的でしたよね。 うん。うん。 糸井しさんの一生懸命NCA ですっていうコピーもなんか記憶に残ってますね。 ありましたね。で、これの終理由はすごくはっきりしてるんですよね。 [音楽] ええ、そうなんです。 これは非常に明確で1993年のあのJ リーグ開幕ああ、サントリーがJ リーグのオフィシャルスポンサーになって公式飲料として Jウーターを出した。なるほど。 だからある意味caはその役割を終えたということなんですね。スポーツと飲料の関係がいかに密接か。そしてスポンサーシップ戦略が商品のラインナップに直接影響を与えるっていうのがすごくよくわかる例です。 [音楽] いや、時代の大きなイベントに左右されたわけですね。分かりやすい。 まさに 次はですね、これもサントリーでさらにた名。えっと、さスケ [音楽] 出ましたね。さスケ。 1984 年に登場して翌85年にはもう終了。 コーラの前を横切るやつ。このキャッチコピー。これは挑戦的でしたね。 すごいですよね。 当時の絶対王子はコカコーラにもう真こから喧嘩を売るぞみたいな。 うん。うん。 先道あ子さんとかが出演してたCM もなんかちょっとミステリアスな感じで印象に残ってます。 残ってますね。ただ短かった。 [音楽] うん。あまりにも日過ぎたのか、あるいは特定の層にしか響かなかったのかも。コーラじゃない何かを求めてはいたんだけどさスケがその答えじゃなかったっていうことですかね。大胆のマーケティングが必ず自しも成功するわけじゃないっていう、ま、そういう例ですよね。 [音楽] 本当に一瞬の先行みたいな [音楽] まさに先行面白いな。で、同じくサントリーからマリンクラブ。これは 1983 年発売ですね。赤、緑、青の3 種類があってああ、これは覚えてますよ。 おえ、 レッドベリー、グリーンライム、ブルーミント。最大の特徴はあれですよね。 3色混ぜると透明になるっていう。 そうなんです。 あのギミックあれが子供心になんかすごく面白くて小中学生の間に流行りましたよね。 流行りましたね。100 円秘書値なんてコピーもついてて、これもやっぱり妥当コカコーラを意識してたんでしょうね。 でしょうね。 あの混ぜると色が変わるっていうのは当時の子供たちにとってはなんか魔法みたいだったでしょうね。 [音楽] うん。うん。 明確に若いそう。特に子供をターゲットにした戦略ですよね。 [音楽] ただこういうなんていうかギミックが主役の商品っていうのは飽きられるのも早いっていう側面がやっぱりあるんですよ。 ああ、確かに 目新しさがなくなっちゃった時にじゃあ味そのもので勝負し続けられたのかどうか短期的なブームを作る力はあったけどそれをこう持続させるのは難しかったのかもしれないですね。 確かにあのギミックがほ全てだったような気もしますね。 ええ。 さて、これは覚えている方本当に多いんじゃないでしょうか。江崎グり子のカプリソネ。 [音楽] おお、カプリ 来ましたね。 あの独特のアルミパウチ容器。そしてあの松田せ子さんの CM。そうそう。これはもう80 年代を代表するヒット商品の1 つと言っていいでしょうね。 ですよね。ア Le味があって重10% の飲み切りサイズ。子供の頃はあの遠足のお供の定番でしたよ。 でした。でした。でもこれも1989 年には外終了しちゃったんですよね。 カプリの場合ちょっと事情が違って人気がなくなったっていうよりはドイツの親会社とのライセンス契約が確か解消されちゃったのが直接の原因って言われてますね。 [音楽] [音楽] あ、そうなんですか。契約の問題。 え、だから他の商品とは少しこう背景が違う気のユニークさとかトップアイドルを起用したマーケティング戦略っていうのは見事に成功したわけですけど [音楽] うん。 でもまあビジネス上の理由で市場から消えることもあるんだなと。消費者の指示だけでは決まらない側面もあるということですよね。未だに復刻を望む声があるっていうのもいかに愛されていたかの証拠だと思いますけど。 なるほどな。 [音楽] った。じゃあ、最後は歯ご粒オレンジ。 [音楽] ああ、コ粒。これも80 年代ですね。乳りのオレンジジュースにあのつぶつぶのカ肉入ってるやつ。 [音楽] これは画期的でしたよね。当時なのに食べる感覚みたいな。 そう、そう。 今でこそカ肉入りの飲料って別に珍しくないですけど、当時はすごくこう新鮮な驚きがあったはずです。 [音楽] うん。 特に子供たちにとっては飲む楽しみと食べる楽しみがなんか一緒になったような感覚だったんじゃないかなと。 [音楽] ああ、そうかも。 飲料のなんていうかテクスチャーとか食感に注目が集まる今の時代から見てもちょっと先空的な商品だったと言いるかもしれないですね。これも時代の流れと共に姿を消しましたけど飲料の進化の 1つの形を示してるなとは思います。 いや、こして振り返ってみると本当にいろんな飲み物がありましたね。 ありましたね。 スポーツドリンク、過重系、あとギミック系、そして消えていった理由も競争が激しくなったり、戦略が変わったり、契約の問題だったり、短期的なブームだったり、あとは時代の好みそのものが変わったりと本当に様々でした。 [音楽] まさにこれらの何者1つ1 つがなんていうか昭和っていう時代の空気をすごくよく表してるんですよね。 つまりどんなマーケティングが試みられて 挑戦的なキャッチコピーとか有名人のとか 目新しさの追求とか人々が何を求めていた のか健康思考スポーツブーム新しいものへ の好奇心そして企業がいかにこう激しく 競争していたかとうあなたにとこらる過去 の飲み物だけじゃなくてある時代の文化と か社会の動きを読み解くためのすごく 興味深い資料とも言えるわけですよ。 資料ね。なるほど。 そして私たちがこれらに感じるこのノスタルジっていう感情自体もなぜ特定の時代のものにこう強く引かれるのかなんて考えてみるのも面白いかもしれませんね。 [音楽] いや、なんだか全部もう1 回飲みたくなってきちゃいましたけど、今回は昭和の記憶の中に消えていったくさんの個性的な飲み物たちを巡るそんな時間でした。お付き合いただきありがとうございました。 最後にちょっとだけ考えてみて欲しいことがあるんです。 はい。これらの飲み物の多くがある種の こう熱狂みたいなものの中で生まれて、 そして比較的短い期間で消えていきました よね。この精水の物語って現代の私たち 特に目ま苦しく変わるこう新しいものを 作ろうとしているあなたにとって何か教え てくれることがあるんじゃないかなと。 うん。 例えばイノベーションの難しさとか、あるいは一性のブームと本当に持続可能な価値の違いについてとかあるはもっと身近な話としてあなたが個人的にすごく好きだったんだけど亡くなってしまった製品って何か思い浮かびますか? [音楽] ああ、ありますね。 それが亡くなった時、あなたの中で何が変わったのか、あるいは変わらなかったのか、その不在が示すものについて少し思いを巡らせてみるのも今日の話の続きとして面白いかもしれませんよ。 [音楽] さあ、では曲に参りましょう。今日はない と本は続く。 [音楽] メロいろ眩しすぎた放課 後手にした間のウキウきを君と分けた紅者 裏の 青水部活に 一口一生懸命って書いてたあのラベルが眩 かぶりそうね。口からこぼれた 笑い声松田せいこのポスターにちょっと 背伸びした 午後みりんだオレンジの泡夢中で開けた ドアさけって名前だけで冒険できた気がし た今はって ないあの日の味 たち記憶の パッケージ開けたら香る 青春透めになったマリン クラブレドウルグリンの 魔法ジュースじゃない夢を飲んでたん [音楽] [拍手] [音楽] フールソンのロゴが眩しい。スポーツ ドリンク片手に君と並んだ 帰り道日道日道夕やけが 味付けして た今はもうってないでも忘れられ ないコ粒オレンジのカ肉が心に残っ てる冷蔵庫にないからこそ胸が 暑くなる。昭和のドリンク僕らの宝物。 [音楽]
📻 昭和ナイトニッポン とは?
昭和を知る人には “懐かしさ” を、平成・令和世代には “新しい学び” を──
社会・経済・文化・テクノロジー・音楽 の 4 つの切り口で昭和を掘り下げながら、今と未来のヒントをお届けします。
#昭和ナイトニッポン
📝【レポート】昭和期に販売終了した懐かしの飲料
• メローイエロー(コカ・コーラ) – 1983年発売、2000年生産終了 。鮮やかな黄色の柑橘系炭酸飲料で、松居直美出演CMのキャッチコピー「とっても訳せない味」が話題に 。バレンシアオレンジ果汁1%配合で、橋本実加子のデビュー曲「メロウ・シーズン」CMも印象的だった。
• コカ・コーラ ライト(日本コカ・コーラ) – 1984年発売、1999年生産終了 。低カロリータイプのコーラで、アスパルテームと果糖を甘味料に使用。日本向けに開発され、当時はダイエット志向のコーラとして宣伝されたが、1999年のダイエットコーク国内再発売に合わせて姿を消した 。
• ミリンダ(ペプシコ) – 1964年発売。スペイン発のフルーツ炭酸飲料で、オレンジやグレープなど多彩な味が昭和期に人気を博した。日本では90年代末までに店舗から消え、現在は国内未販売 。ドラマ『俺たちの勲章』(1975年)で松田優作が缶入りオレンジ味を飲むシーンがあるなど、懐かしい記憶として語り継がれている  。
• ウィルソンスポーツドリンク(日本ペプシ) – 1991年発売、1992年販売終了 。米国のスポーツ用品メーカーWilson社の名前を冠したスポーツドリンクで、青いボトルと大きな「W」のロゴが特徴だった。豪華なプロモーションを行ったものの定着せず、わずか数か月で姿を消した 。
• NCAAスポーツドリンク(サントリー) – 1981年発売、1993年Jリーグ開始とともに終売 。米国大学スポーツ協会(NCAA)から名称使用権を得て名付けられたスポーツ飲料で、「一生懸命NCAAです」というキャッチコピー(糸井重里作)が有名だった 。1993年にサッカーJリーグ公式飲料『J-ウォーター』に切り替えられて販売終了した 。
• サスケ(サントリー) – 1984年発売、1985年販売終了 。冒険活劇をイメージした清涼炭酸飲料で、当時のCMでは「コーラの前を横切る奴、冒険活劇飲料『サスケ』」という宣伝コピーが使われた 。仙道敦子らが出演し、短期間ながら昭和後期のCMファンに強い印象を残した。
• マリンクラブ(サントリー) – 1983年発売。赤・緑・青の3種(レッドベリー、グリーンライム、ブルーミント)があり、3色混ぜると液色が透明になるギミックで小中学生に人気だった 。CPMでは「100円避暑地」というキャッチコピーを掲げ、コカ・コーラへの対抗商品として大々的に宣伝された 。
• カプリソーネ(江崎グリコ) – 1980年代発売、1989年契約解消で販売終了 。松田聖子がCMキャラクターを務めたアルミパウチ入り果汁飲料で、アップル・オレンジ・レモンの3フレーバーがあった 。フルーツ果汁10%の飲みきりサイズで、平成になっても復刻版が企画されるほど当時を代表するヒット商品だった 。
• はごろも こつぶオレンジ(はごろもフーズ) – 1980年代発売。果肉入り缶オレンジジュースで「ジュースなのに果実を食べている感覚」と評され、当時の子供たちに驚きをもって迎えられた 。現在は製造終了しており(缶入り・ペット入りとも廃止) 、果肉入り飲料の先駆けとして懐かしく語られている  。
参考資料: 各商品の発売・終了時期や特徴は公式サイト、Wikipedia、飲料専門サイト、当時のCM・広告解説などからまとめた    。