穢土寂光より3(飯田蛇笏)

いらっしゃい。安民文学館へようこそ。 このチャンネルでは青空文庫に入っている 近代文学の作品の中から短い小説や随質を 朗読し、打速のおしぶりも少し加えて皆様 の安民をお手伝いしたいと存じます 。今夜はこんな作品をご用意しました。 どうぞごゆっくりお楽しみください 。飯田打骨江戸弱より第3 回 たら目最に鹿の落ち綱ということがある。 山国に生まれ、他念白くの中に生活する身 はいつかその落ちに出てみたいものだと 心密かに思っているが、まだ1度さえその 幸運に接したことがない。胡老の話に 早近く林間の落場の上に鹿の角を拾うたと いうことはかつて聞いた。 鹿の角が落ちるについて面白いことは目を ハムからして落ちるのだと故障などに書い てあることである。中春ちょうど鹿の角が 落ちる時期はこの獣が好んではむの目が よく燃え育つ頃だと見れば深く理屈を選作 するにも当たらぬことである 。たの木は多く山くの日原などを交えた草 に生える。それも一ろにたくさんしげって いるようなことは少ない。に1本、ここに 1本という風に飛び飛びに生えている 。上世に達するというようなものは稀れで 大トの密した道が大抵1本立ちにすっきり 伸び上がり頂上に右上服用の若目をつけて いる。その様が誠に教一である。 鹿がむばかりでなく三官に生活する我らも また好んでこの若目を食する。この目合え としては最も風味にように思われる 。山の枯草の間にまずいち早くよ木が燃え 、火薬草の若目が伸び始める上をわ地に 踏んで見渡す山中のくぼ地にようやく 見出したところで高く手を差し伸べて若目 の根元を積みつつおるとポキともろく もぎ取れる安売はまたなく いい1人かと思うて静かに枯草の上に 行こうたりしているとにわかに遠からぬ ところで2さの騒動たちが声をあげたり することがある。沢を超えて遠く離れ去っ た友を呼ぶ声が明らかに聞き取れる。そう するとはるかの体山が山びを返してくる 。近寄ってみるとソドらもまたメトである ことがわずかに手かを賑やかしていること によってわかる。 原の木の得意なせはある三輪の伐採地に 生えったとして数年の間その地に成長して もそこの臓器が長大に伸び揃いたら木を 足しようとする頃になるといつともなく 枯って立ちまち1つも影をとめないように なる。もうその地にはたの木は耐えたこと と思ていると10数年の後にもなって同じ 3輪を開発するような場合1年も経つと またあちこちにその逸な一本立ちの姿を 表してくる 。もしお葉の上に収層を置く頃、行きずり にその枯れ立ったの木に接して携さえた杖 などで打つとするとたらの木はあたかも 土くれなどを崩すように立ち所にボロボロ とちぎれる。試みに拾い取ってみるとその 腰前果たしてきであったかどうか疑われる ばかり脆弱なものに返じている 。このタとして水のごときたらの質が 生き延びる春の若目に宿す風味もまた伺い 知り得られるべきところではないか 。 し初集あたりから山々山々の落ちこちに い早くうわしい紅葉を見せるのは岩筒と 山桜でその辺りにこれはまた別の重向きを 添えて秋の木をみならすものはしぐの狐色 に売れかけた胃の不勢である。 腰にした小カの背で羽上がり様に軽く打つ と諸派をついて落ちた井川山をコロコロと 転がり紛れやすい色を芝フの間に潜める こともあるがたまたま壁眼の上に鮮やかな 影をとることもあればよそぎの枝玉にと 挟まったまま小さな獣などのような死体を ほのめかすこともある。 俺が山を包む薄切りからハラハラとこメに 変わるような場合でもあると区を好む心に なんとなしに 小塚初ぐれ猿も小ミ星毛なり場所という酷 などを思い起こして痛くその苦境に共鳴を 感じることである 。ある時キノコ狩りに歩きつかれて山の歯 に落葉を敷いてタバコを食いらしながら 遠くゆたる白くを眺めているとさっと 吹き下ろしてきた秋風にハラハラと新辺へ 落ちてきたものがあった。見るとしぐの身 で落場の間に心よい光沢を持って つぶつ々しく落ち散っていた。あまりの 見事さに心を引かれて拾い取ると立ち待ち の間に手のひに掴み溢れた 。地上2弱高く細道きによって揺すると しぐの身はまたハラハラと胃と共にこぼれ た。落ちった胃は1つ2つ身を挟んだもの もあれば身のついた跡を残した殻ばかりが 遠平に広がって軽く草むにかかったりする のも見えた。 少年の頃、武田市滅亡の戸籍天木山を 尋ねるのに聖堂勝沼から登ることを避け、 徳川市の軍勢が押し寄せたという背後の 峠道をたどり、はるかに戸籍を底ぞ見る 頂上に参戦の体型を転望したことがあった 。足元から散服一体に渡って山かの跡が黒 と落場下草を 燃やし尽くしonder北の株を焦がして 天実の元にその静かなる姿を横いた 。落場の肺の中にたまたましぐりの身が 転がっているのを見かけた。あるいは焦げ すぎて炭になったのもあったが、あたかも 焼きぐりほどに安倍よく焼かれたのが多く 見出されるので同行の友と危機として群れ 集まりこれを漁ったことを覚えている 。 防がみこぼれてのひにしぐりの捧げ焦げた殻を砕くと待ちみ人となった殻の炭に飛ばされてにとまるものはする琥珀色の玉であった。 新山遊国の習いで雲行き雲帰る無人の教に 誘落を欲しいままにするか。およそこの しぐの身を土に埋め蓄えることがある 。かつて一と共に野州塩原の山奥に古藤を 探ろうとして道に迷うたことがあった 。その時歩きつかれたままに赤々赤とした 樹間の終日に照らされて草むに横たわって いるとの土肌が異様に乱れているのが目に ついた。杖の先でわずかに土を跳ねると しぐの身が2酸現れた。立って覆われた土 を描いてみると中に1つ目に余る身が 生々しくてあるのを発見した。 その後もたまたま現在住む故郷の手こ松山 の中複や朝蹴山の山方などにこれを 見い出したことがあるが同行した老府の話 によるとか欠は繰りのみを好んで食い余っ たものを加様にして蓄えるのであるが 蓄える箇所の目標とするものは総点に 浮かぶ白くであると いうゆ由として不動する白雲のもに草の 小影を盾として瞬動するおのをさがに見る が 如て彼は蓄得た喜びを樹間にそうすると いうがそれとおぼしい聞きたる単音の響き をしばしば私も聞いた。 りの実は人もまたこれを愛することに3中 小ずから生ずるしぐはタパにしてしかも 風味 に誰か欠の思考を笑おう 。 水すまし陰星からのごときは少ない。 伊まし炭端のほとりに群れ遊んだ様に 接すると心お己おずから夕弱の間に打た れる 。一貫を肩にして竹りの臓器林を横切り、 谷川の岸辺に佇んだ我自身の幼児を 思い起こすと今なお印象深いものはその 目当てにしたカジカや山目ではなく、かっ てあの暗い影を持った陰星水すましである 。竿の頭から垂れ下がったテグスは水面 までを切りに極めてほかな存在を 知らしめるばかり。 ただ糸に結ばれて中途に誘導する羽毛の 鮮やかな白さで漁族の住み糸を向ける検闘 がついた 。底深い縁からいつにか餌が朝瀬に流れ出 ているのに驚いてまた元の位置へ打ち返す とそんな時糸のほりからついと身をかわし て匠に水面を泳ぎ回るつらかな影がある。 糸に触れて慌てて遠く走ったかと思うと、 また静かに淀並に逆らって居心地の良い 平成な水面へと戻ってくる 。魚が釣れない時、いよいよこの水すまし が心を引く 。熊の追いしげった岸がけからグミの老樹 が傾きかかって上を覆う淀にそばを巻いた ような人群れを見た。しかもそこがカジカ どもの隠れがと知った幼心に勇気を起こし 、髪型から背を咳止めて手取りにして やろうと考えた末え、ようやく思う通りに してさてそろそろ良い加減になっていくヨ を眺めると水すましはいよいよ人に 寄り集まって万時に泳ぎ回っている。試み にも手を救い上げてみようとすると パチパチと跳ね出して症状に1つも残る影 はなかった 。そうしてしばらくの間に消え去って ついに行方を知らない 。ある杉子たちの深い臨線に彼の姿を見た ことがある。天を乱だれ雲が飛んで今にも 雨をこぼそうとする暗い空気をすかして 黒ずのように凄まじく落ち着いた泉の上に 間のごとく張っている。彼はかつて しばしば見た谷川の淵に誘導する粒のよう なそれよりもはるかに大きく雲に似てより かぼ細く加トんぼに似てよりたましく瞬な 用姿を持ってしかもじっと静まり返って いる毛を折り曲げたような細い足の1つ1 つが触れた水面を少しくぼませてそれが さが靴でも履いたように打ち見られるので ある。 ポツりポツりとこぼしてきた大粒の雨につ と一方へ直線に動いたかと思うとまた一方 へつと走り雪の下がしらじらと先乱れた 一ろ明るい水にくっきりと鮮やかな姿を 浮かべた。やがて雨がしくなるにつれて 直線に魚王さ王に飛び走る彼を見た 。ある時、また我が北の小池にも彼を 見い出すことができた。やはり細とした足 に水の靴を履いて、静かに直線を描いて 水面を誘導していた。自分は興味に駆られ て棒切れを持って彼を人うに打ってみよう と試みた 。一撃すると水面が砕けて日末を上げると 同時に彼は荒ぬ法学に走って平然たる姿を していた。次第に苛立つ心からラン打する ととうとう彼は倒されて白い腹を鮮やかに 水面へ見せた 。少し羽を乱出し無惨に横たわったまま カスかな波に揺れた 。水すましの腹が真っ白であることを 初めて知った。 そしてその羽によってあるものは水面から 遠く飛び去ってしまうだろうことをも察知 した。ただ彼の安々たる灰黒い精色に対し てその腹が真っ白かったことが幼心に 気味悪く写ったことを今なおはっきりと 思い起こすことができる。 三路奥後の渓流に沿て逐林が続いている。 逐林の切れマ2、3タ部とぼしい地域が荒 となってそこにはク、霧、妄想地区、繰内 、欅類いが秩序なく飢られている 。小さな水車小屋が後輩に任せてある。 ち林から笹むを抜いていく本かの欅きの 老樹が天空へ乱雑な枝を広げている 。水車小屋のそばにも欅きの老樹があって 小屋を覆うように大業にそびえている。 荒ハを差し挟んで渓流の無岸をなす逐林は 直ちに勾配の急な臓器山に続いているので あるが臓器は南受けの斜面を見せている ところから月は渓の情報臓器山の橋に現れ てはこの荒ハを照らすことになる。再流の 両岩の老樹に耳づくが巣を営む。多くのひ が育ってこの谷間の空を自由にかけ回る 。夕ぐれ懐をしながら荒ハを満ぽしたりし ていると谷空に高くそびえた欅に静かに 止まっている耳づくの影を認めることが ある 。よく目を止めてそこを眺めるとかの枝に もここの枝にも天田の耳づくがその得意な 姿を宿している 。大々色に住んだ初の月光が流れて彼女を 照らす 。最も長く谷へ垂れた枝から軽く 浮かび上がった市話がしばらく広い谷空を かけて高い枝を落ち着くと先からそこに 止まっていた市話が立ちまちまた枝を離れ て空をかける。名やかな月影に尾行を帯び てかける耳づくの様がこの夕暮れを強落の 限りを尽くそうとするもののように見える 。耳づくを仰ぐ三路のあ字の額体にもまた 静かなる月光が流れているのである [音楽] 。こんばんは。館長のまじり元本です。 今回は飯田打骨が1936年昭和11年に 出版した随質州江戸弱行の3回目として たらしぐ水す赤系の4編を朗読しました 。飯田打骨は1885年明治18年現在の 山梨県吹市の王子主の家に踏まれました。 1905年明治38年に上況して早稲田 大学に 入学高浜市のホトギスに愛を投稿するよう になりました 。しかし業を継ぐため1909年明治42 年に大学を退学して起境。1912年大正 2年から俳育の投稿を再開し山里の暮らし の中で生まれた拡張高い作風が注目され ました 。今回ご紹介した4の短い随質は対象の 終わりから昭和にかけて書かれた作品です 。まずたらでは鹿が食べると角が落ちると いう言い伝えが紹介されます。実は奥川の 民族学者早川孝太郎が1921年大正10 年に出した3週横山話という地味な書物に この言い伝えが載っています。 脅異的な読書家であった白田川竜之助が この書物を絶賛していますから、悪田川と 交流のあった打骨もこれを読んでいても 不思議はありません。 の目はトだらけのようでいて枝から簡単に ポロっと取れますが鹿の角も季節が来れば ポロっと落ちますからそこも共通している ように思います 。草を好むの木が周りの木がしげると姿を 消し木を切るとまた生えてくるという10 数年に及ぶ木の長い観察は山の住人ならで はでしょう 。しぐでは山かじでしぐが焼きぐりになっ たのを発見して大喜びなどということが 本当にあるのですね 。が栗のみを隠すのに空の雲を目印にする というのも間が抜けているというよりも むしろ続けが抜けているようなちょっと 風流な話でそれを教えてくれた労師の センスを褒めたいところです 。水すましでは前半で水すましが取り上げ られ半ではアメんぼが出てきます 。俳育の記号では水の馬と書いて水すまし と読みますが、水すましとアメんぼの両方 を刺すのだそうです 。アメんぼの足で水面がくぼむのが水の靴 を履いたように見えるというところは印象 的です。 系ではミずが毎年畑のそばの同じ木で巣を 営みす立ちが月光を浴びて飛ぶ練習をする という静かで私な風景が描かれます。 このように打骨の描くのと鹿しぐりと駆け 釣りと水すまし畑と耳くといった 取り合わせは人間の生活と動物の暮らしが 山の恵みを巡って自然にひり混じっている ようなゆったりとした時間と空間が感じ られます 。私はこの作品のそういうところが気に 入っていますが、皆さんはいかがでした でしょうか?ご感想などコメントでお寄せ いただければ幸いです。拙い朗読で恐縮 ですがご視聴いただいてありがとうござい ました。ではまた。

眠りを誘う文学系朗読チャンネルです。
青空文庫で公開されている近代文学の短編小説や随筆の中から、できるだけ多様な作家の短い作品を取り上げます。今回は俳人飯田蛇笏の随筆集『穢土寂光』から、第3回として、「楤の芽・柴栗・水馬・夕景」の4篇を朗読します。

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00:00 オープニング
00:38 楤の芽
04:53 柴栗
10:25 水馬
15:25 夕景
18:00 談話室
22:20 エンディング

テキスト
単行本初出:飯田蛇笏『穢土寂光』野田書房1936(昭和11)
 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/1227133

参考文献
山梨県立博物館「山梨近代人物館 飯田蛇笏」
http://www.museum.pref.yamanashi.jp/3rd_jinbutsu/jinbutsu40_iida_dakotsu.html
竹西寛子「解説」飯田龍太監修『飯田蛇笏集成』第6巻 随想 角川書店1995
早川孝太郎『三州横山話』郷土研究社1921(大正10)
 早川孝太郎研究会「三州横山話より タラの芽と鹿の角」
 http://www.tees.ne.jp/~kubokawa/topix4/yokoyama/kemono11-12.pdf
芥川龍之介「澄江堂雑記」『百艸』新潮社1924(大正13)
 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/ja/pid/977224/1/64
 青空文庫 https://www.aozora.gr.jp/cards/000879/card3745.html

オープニングの壁紙画像 背景の植物模様
sakedonさん作のフリー画像「ヨーロピアン文様壁紙」
https://www.ac-illust.com

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