『醜聞』(スキャンダル)は、1950年(昭和25年)4月26日公開の日本映画である。
松竹製作・配給。
監督は黒澤明、主演は三船敏郎。モノクロ、スタンダード、105分。
東宝争議のため東宝での映画製作を断念し、他社で作品を撮っていた黒澤監督の初の松竹作品である。過剰なジャーナリズムによる問題を描いた社会派ドラマ。無責任なマスコミの言論の暴力を不愉快に思っていた黒澤が、電車の雑誌広告のセンセーショナルな見出しをヒントに製作した。
第24回キネマ旬報ベスト・テン第6位。
<あらすじ>
新進画家の青江一郎は、オートバイクを飛ばして伊豆の山々を描きに来ていた。
3人の木樵は彼の絵を不思議そうに眺めている。
そこに人気声楽家の西條美也子が現れ、宿が同じだと分かると、美也子を後ろに乗せて宿へ向かった。青江は美也子の部屋を訪ね、談笑していたが、そこを雑誌社「アムール」のカメラマンが隠し撮りし、嘘の熱愛記事を書かれてしまう。雑誌は飛ぶように売れ、街頭で大々的に宣伝された。これに憤慨した青江はアムール社へ乗り込んで編集長・堀を殴り倒し、騒ぎは更に大きくなってしまう。
青江はついに雑誌社を告訴することにし、そこへ蛭田と名乗る弁護士が売り込みに来る。
翌日、素性を確かめるために蛭田の家を訪ねた青江は、結核で寝たきりの娘の姿に感動し、蛭田に弁護を依頼する。
しかし、病気の娘を抱えるも金のない蛭田は10万円の小切手で堀に買収されてしまう。裁判が始まるも、買収された蛭田の弁護はしどろもどろで、法曹界の重鎮・片岡博士を弁護人にたてた被告側が圧倒的に有利だった。
2回3回と公判が進むも、蛭田は言わねばならない証言でも押し黙り、4回目の公判で木樵が原告側の証人として立つも、勝ち目はなかった。青江は蛭田の不正を疑ったが口にはしなかった。
そんな中、父親の不正を察知し心を痛めていた蛭田の娘が青江の勝利を叫びながら亡くなった。
最終の公判の日、青江側の敗訴が決定的になる寸前、蛭田は自ら証人台に立ち、10万円の小切手を出して自らと被告人の不正を告白する。
これが決め手となって片岡博士は敗訴を認め、原告側の勝利となった。記者団の前で青江は「僕たちは今、お星様が生まれるのを見たんだ」と語った。
公開:1950/4/26
制作国:日本
配給:松竹
制作:松竹株式会社
監督:黒澤明
出演:
三船敏郎
山口淑子
桂木洋子
千石規子
小沢栄
志村喬
#日本映画
#邦画
#松竹
醜聞「ウィキペディア日本語版」より
16 Comments
これで、
アムールは廃業だな。
ザマァみろ!
イエロー・ジャーナリズム
現代にも共通するテーマです。
庶民的なクリスマスシーンが一番印象的。あくまでも日本風俗化したクリスマスではあるが、令和日本だって99.7%(クリスチャン人口は0.3%)は風俗としてのクリスマスだから。しかしまだ昭和24年GHQ占領下当時の一般の日本人にとってクリスマスは心の浄化としてとらえているだけまだましかもしれない。
苦しむのはそれが自分に一番ふさわしくないから。戦後、映画活動で必要な物資を優先にモノで釣り、プロバガンダで上膊しながら、皇紀2682年の日本文明の尺度を無理やり捻じ曲げた天皇陛下の人権宣言。。。
像命で賢かった裕仁天皇は皇后さまに昔から人間だった、一度として神だったことはない。
私は少し成長するまでこのお言葉こそが前後に本字をⓙy¥ジュル早稲田楽した悪魔の標語を見抜いたんだ、
無理して自由だ人権だ、ぽすとっモダニズムだと講釈を弁ずるが、天皇陛下様の大御心・・・・ひとは神に似せた造ら舌と言う世界共通の神話と、人はこの世界の最高のクリエイターだ創造主だ、人間は神に似せたからその神の天秤と神の公式とをもって天然自然緒世の中から、貴い叡智によって天然自然に従いながら、天然自然に命令ワオするように、人の暮らしの向上に導いてきた、。
その民族の神祖の血筋と族同血族の人類が失た神と人の美貌を「同族同血族」と言う、っもはや、創世記縄文二万年、変わらず平和な農耕文明に裏付けられた日本民族文明は…ギルガメッシュ大叙事詩。、旧約聖書に顕した神国スタイルを見てふつふつと考える。
日本人は日本文明によって四大文明のはるか上を超えやことはアカデミーのsy通知のところ、もって自信を持ち誇りを捨てるなと言いたい。
建国200年に及ばないアメリカ合衆国、増し撃て家英国は500年他国に進駐してできた亡命政権。神聖ローマ帝国の王権神授説は権力は失ったが、グローバル・パックスロロマーナは亡霊として世界山分け分捕り協同組合として広域暴力装置となって民主革命の根底に、今もありがたくtっ陽報している。
敗戦っ国は憲法九条、戦勝国は世界中署着sクラブの後ろで弱小国を食い物にして、いまだ恥じるところない。
高本物pの神は、いかなる戦勝国よりm、敗戦国になかで日本は、最終的にgフロリアを手にして今や世界は日本へ、日本化へ 女護ヶ島日本の要に女護ヶ国になっていく。
日本は今も昔も神の仰せの通り、神の間にm、兄、神とともに、歩んできた唯一の神国スタイル「君民一体」同族同血族という神の美貌を内に秘めて、せかいをにほんかしていく
いやさか
黒澤作品の中で唯一? シナリオが破綻してるんだけど、志村喬の弁護士が最高!
昭和25年だと、まだ坂本龍一さんも産まれてない!
声楽家と画家の芸術家の美男美女のお似合いのカップル、裁判に勝ち潔白が証明された。しかし、その後二人は結ばれるという結末になっても素敵だなぁと思いました。
三船さん、この役もお似合いで素敵‼️‼️
この作品が見られるのはありがたい
戦争に負けてから五年、生きるために良心を捨て、嘘もついて人をだまし、自分さえ良きゃあと考える人も、当時は少なくなかったでしょう。そんな人びとも入り交じったクリスマスの酒場で、一人の老酔客がクダをまいて「来年こそ…やる…きっと……」と言う言葉に、場内の酔った人びとは、心のどこかで「俺もやるぞ」という同感を得たのでしょう、それが酒の勢いとわかっていても。やがて沸き起こる蛍の光の合唱は、あの「哀愁」とは違った意味で涙を誘う名場面だと思います。山口淑子が「きよしこの夜」を唄う前の場面から続く流れ(酒場な場面と対になってますね)を観てると、黒沢は上手いなぁと思いますね。キャストは!俳優座と民芸から二人づつ、あとは松竹他のそうそうたる顔ぶれですね。
傑作!ありがとうございます。
主人公は志村喬でしたね
人間にはいろんな葛藤と矛盾がはらんでいるんですね。日本人らしい世情を描いた映画ですね。外国映画のようにスマ-トじゃない裁判の動向に人間くささを感じますね。
志村喬さんは上手いですね、最後のどんでん返しが爽快で良かったです。さすが黒澤監督。
戦争が終わって数年なのに 時の流れが速すぎる 現在でも同じだが・・・
サンタのいないクリスマス、素朴ですっきりしてますね🎉🎄⭐️