【解説レビュー】映画『夏の砂の上』●●の意味がわかると鳥肌|髙石あかり×オダギリジョー×満島ひかり×松たか子【ネタバレ考察】

はい、どうも師匠です。夏の長崎を舞台に 子供を事故でなくし、離婚間近で出業中の 小田桐城が妹の子供の高い明明りを預かる という設定のヒューマンドラマ夏の砂の上 見てまいりました。元々はね、舞台が原作 で田中と山田安が主演だったものをそばか の多田深夜監督は映画家ということで、ま 、確かにめちゃくちゃ静かで地味な作品で はあったんですが、ま、劇中では全てが 説明されるわけではないので、登場人物 たちの過去未来の余白業を想像しながら 見る必要があって、個人的にはとても 楽しめましたね。ただ家で見たら結構な 確率で寝てしまいそうではありますけどね 。で、今回はね、ある人物がね、鏡で光を 反射させるシーンがあるんですが、あの、 行動にはどういう意味があるのかについて 解説をしていきたいと思います。ちなみに ここから先ネタバり服なっておりますので 、見てない方はご注意ください。それでは 高石明かりが高橋文に鏡の反射で太陽の光 を当てるシーンですね。このシーンね、 ちょっとお色けシーンと思いきゃ実は とんでもない仕掛けがあったんですよね。 で、結論から言ってしまうとこの映画は 太陽の光イコール心のダメージを収支徹底 して表現している映画なんですよ。で、 どういうことかと言いますと、日差し イコール心のダメージってことですね。 映画はね、冒頭主人公の小田桐城が延遠と 長崎の坂道を歩いて家に帰るシーンが延々 と続くんですけども、小田桐城は子供を なくし、妻には同僚に浮気され離婚寸前。 務めていた増は潰れと大きな喪失感、やり きれなさ、不害なさを抱えている。つまり は心に傷を負っている状態っていうのが なんとなく浮かび上がっていきますよね。 そして小田桐城はその心の傷をどうする こともできず子供の命日も意識せず夫婦 関係を回復させるわけでもなく食につく わけでもなく心の傷をどうすることもでき ない。潰れてしまった造線所の門型 クレーンのようにただ野ざらしにされて口 ていくのを待ってる状態どうすることも できない状態っていうのが太陽の光を 遮えることができないということから 伝わってくるんですよ。住んでる家もね カーテンとか基本なかったですしね。で、 それと同様に高い石明りも光を浴び続けて いる。日が傘を指す三島光と対象的に 重たいトランクを持たされ光を遮え切る術 を持たない。お切り情報とね、具体的に どういった心の傷が高いし明かりにあるの かどうかは説明されないんですけど、多分 父親じゃなくて父親憧れあるんだろうなと か、母親パっパラパーでめちゃくちゃなん だろうなとかね。簡単に体を許しちゃう 辺り空気な感じなんだろうなとか、なん なら性的な倫理感ぶっ壊れてるんだろうな 。なんならもっと性的企画体とか受けてた んだろうなとかね。ま、名前呼ばれても 反応薄いのはその苗字が嫌いなのか認識し てないのなのかなとかね。みたいな情報を 保管しながら補填しながら見る必要がある んですけども太陽の光イコール心の ダメージのね演出に当てはめると買った 帽子も被ろうとしたい。高いし明かりも また心に傷を抱えそれを放置している。 癒されるのを言えるのを諦めてい るっていうのが分かるし窓の外の光を見て 原爆の光全てを壊すもののイメージを持っ ているってのが分かるんですよ。で、 話戻して光の話、鏡の話。ここもさっきの 公式を当てはめると光イコール心の傷です から高い明りは高橋組に対して光を 当てようとする。つまりは自分の苦しみを 理解して欲しい。伝えたい、分け合いたい 、味わせたい、分からせたいみたいな ちょっと複雑な感情が入り組んだ行為に なってきますよね、ここはね。だけどそれ を拒む高橋や。光なんてどうでもよくただ 女を抱きたいだけの男になって るっていうのがより痛いだしいつも通りの 都合のいい女になってるしりっていうこと なんですよね。このシーンはね。で、 ついでラストシーンもですよね。光 イコール心のダメージですよね。ラスト 高い明りから麦わ帽子をもらい腕で太陽の 光を遮切る小田切り。これもね、薄味の ラストに感じてしまいますが、それまで 無防美に光にさらされていた石明りと 小田桐り城がなんとか光を遮えぎろうと する。なんとか心の傷を向き合おうとする 。前を向こうとするっていう光にさらされ 続けた2人が光のさない雨の日に笑い合え たあの日のあの瞬間が知らず知らずに前を 向く力となりを遮え切る努力をしようと する。小田桐城の明るい未来を暗示させる と同時にその逆そして帽子を渡してしまっ た高石明かりの暗い未来も同時に暗示する というのがこの映画のラストシーンという ことですね。ま、繰り返しになりますけど も、光イコール心のダメージという目線で 見ると光イコール無力感ということにも なるので逆に日陰影のシーン、中華料理の 路地裏とか部屋の中とか夜とかは逆に キャラクターがね攻撃的になっていたりも するので、そこら辺も注目してみるとまた 違った味わいが楽しめるかもしれません。 ということでいかがでしたでしょうか?夏 の砂の上めちゃくちゃ静かで地味な映画な んですが小田桐城土のね狂器と高い し明かりの危い色気が相まって週長感の ある仕上がりになっていてかなり余韻の 力強い作になっていたと思います。それで は少し長くなってしまいましたがここら辺 で終わります。最後までご視聴いただき ましてありがとうございました。1分がよ でした。 [音楽]

解説・あらすじ
夏の長崎。幼い息子を亡くした喪失感から心に傷を負った小浦治(オダギリジョー)は働こうともせず、妻・恵子(松たか子)とは別居していた。ある日、彼の妹・阿佐子(満島ひかり)が17歳の娘・優子(高石あかり)をしばらく預かってほしいと訪ねてきて、治と優子との共同生活が始まる。父親の愛を知らずに育った優子が、不器用ながらも懸命に父親の代わりを務めようとする治との暮らしに慣れてきたころ、彼女は治と恵子が口論しているところに出くわす。

『紙屋悦子の青春』の原作などで知られる松田正隆の戯曲を、『そばかす』シリーズなどの玉田真也監督が映画化。夏の長崎を舞台に、息子を亡くした喪失感から抜け出せない男と、彼の妹が預けていっためいとの共同生活の行方を描く。監督としても活動するオダギリジョーが主演と共同プロデューサーを務め、彼のめいを『ゴーストキラー』などの高石あかり、主人公の妻を『告白』などの松たか子が演じるほか、満島ひかり、森山直太朗、高橋文哉、光石研らが共演する。

出典:シネマトゥデイ

監督 玉田真也
音楽 原摩利彦
制作国 日本
原作者 松田正隆
脚本 玉田真也

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5 Comments

  1. 退屈で寝そうになったけど、全て意味があったんですね、ありがとう!
    もう一回見たくなりました。
    ラストシーン、高石が母を捨てオダギリと暮らすみたいなカタルシスを期待した自分は単細胞ですねw

  2. 逆に雨は心の癒しって考えたら、雨を飲んだりする意味がわかりますね。

  3. 小浦は雨が嫌いだったはず
    でも最後のシーンで雨降らないかなって思ってたんじゃないかなって考えました
    川上と過ごした時間で小浦は救われたんだと思います。
    松たか子も離婚届書いた時安心したと、
    言ってましたけど小浦が子供は最初からい無かった。忘れたと言った時怒っていたのは忘れてほしく無かったからで私はなんだったのは矛盾ですよね
    結局映画の出会いで救われたのは小浦と川上の2人だけだったから良かった
    けど、雨を嫌いじゃなくなる事が息子を忘れるという意味にもなる
    高石あかりが言っていた心の引っ掛かりとはこの事だと思いました。

  4. 皆出てくる人が愛に翻弄されて、別れたり、その中で唯一、立石が誠実な愛を持っていたと思う、好きになった子を両親に紹介したくてご飯に誘ったのに 愛を疑う少女は帰って来てしまった。愛に臆病なのだ、今までに親とかに裏切られたことから?少女役にしてはクール過ぎて、でも立山と別れて初めて知った愛なのかな。涙ながら戻ってきたのは。高橋文哉さんが、攻めた演技の芝居をして、この映画の中で一番愛を伝えたと思う。

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