2001年の中田英寿
2001 年のイタリア、えっと、サッカー会はものすごい熱記でしたよね。 ええ、そうでしたね。 ASローマがこう18年ぶりにセリ A の優勝、あの、スクデットって言いますけど、それを目指してた本当に特別なシーズンで はい。 今日はその中心にいた、ま、我らの日本の中田秀選手、彼の物語に迫っていきたいなと。 いいですね。 あなたも一緒にあの年の興奮ってみませんか? いや、当時のセリエもう本当になんていうか世界選抜みたいでしたから ですよね。次デルピエロビエリ そうメンバーでその中でシーズン途中にね選手が入ってきて ええ どうやってローマの優勝にこう欠かせないピースになったのかそこがねやっぱり面白いんですよね。 当時のローマ監督はファビオカッペロでしたけどまあタレントがすごかった。 ええ、本当に 攻撃にはもうローマの王子トッティ、 それからテントリアのバティストートうん。強力でしたね。 守備だってフとかサムエルとかワールドクラスがゴロゴロいて そんな中で中田選手はま、主にトッティの控えっていう立場。 そうですね。ただ単なるバックアッパーじゃなかったんですよね。そこが重要で と言いますと、 カペロ監督はこう消化してたんです。ファンタジーならトッティでも確実性なら中田だって。 へえ、なるほど。 ええ、試合の流れを読む冷静さとかあと戦術的な安定感ですかね。それをすごく買っていた。 じゃあこう試合を変えたい時の大事なカードだったわけですね。 まさに深く信頼されてたということだと思いますよ。 その信頼が1 番こう劇的に現れたのがやっぱりあの試合ですよね。 2001年5月6日。 ああ、運命のユベントス戦。 シローマと新べの直接対決。 もう優勝が決まるかどうかのまさに天王山。しかもアウェイですよ。トリノで。 そうでした。出合いが始まって。 いや、あれは衝撃でしたね。開始早々デルピエロに決められてすぐ時段にもやられて うわあ。 わずか6分でもう02。 それは絶望的ですね。アウェイデ。 ええ、スタジアムの雰囲気もローマにとってはもう最悪な感じでした。 普通ならここで心が折れちゃいそうだけど でもここからなんですよね。 ドラマが はい。 後半に入ってカペル監督が動くんです。ちょっと負傷気味だったトッティに変えて中田選手を投入。 おお、ここで中田投入。 そうなんです。そしたらもう投入直後ですよ。 へ、 中盤でボールを奪った長田選手がグッとドリブルで持ち込んでゴールまでそうですね 25ぐらいかな。そこから右足 1戦 来ましたね。あの弾丸ミドル すごいシュートでした。 解説なんかだとゴール決めた後日本語でよっしゃって叫んななんて話もありますけど ああ、そうらしいですね。あの 1 点でもうスタジアムの空気も試合の流れもガラっと変わりましたよね。 変えました。げ、完全に。 ええ、完全にローマのペースになった。そしてまだドラマは終わらない。 まだあるんですか? 試合終了。マギロスタイムです。また中田選手が今度はペナルティエリアの外少し右寄りからまた強烈なミドルを打つんですよ。 また これはね、相手のゴールキーパーあのファンデルサールがなんとか弾くんですけど。 ああ、弾いた。 そのこぼれ玉にモンテルラが 詰めてた。 ええ、押し込んで劇的な本当に劇的な同点ゴール。 うわあ、それは鳥肌もですね。 22のドロー。 この引き分がとてつもなく大きかったんです。 これで周囲をキープできたわけですね。そうです。この貴重な勝値域で最大のライバル夕べとの差を保ってそして最終節 パルマ戦。ええ、パルマにホームで 31で勝って、ついに18年ぶり3 度目のリーグ優勝を掴んだんです。 うわあ、18 年ぶりですか。スタジオリンピコはもう大変な騒ぎだったでしょうね。 それはもう熱狂的なファンで埋まって白語なんてみんなピッチになれ込んでもうお祭り騒ぎだったそうです。中田選手もその祝福の輪の中に その熱狂の中で中田選手ってなんかこうクールなイメージありますけどチームではどんな感じだったんでしょうね。 ちょっと浮いたりとかしなかったのかな。 まあ、クールに見えるんですけど、うちに秘めた投資はやっぱりすごかったですよ。ただ彼らしいエピソードもあって、 ほう、 優勝パレードのバス、当然はもう大騒ぎじゃないですか? そりゃそうでしょうね。 その中で中田選手はなんと 1 人で静かに本を読み始めたってキャプテンのトッティが後で語ってるんです。 へえ。パレードのバスで読書ですか? 彼は本当に特別な存在だったよってトッティは言ってましたね。周りに流されないその自分のスタイルを貫く感じ。彼らしいなあって。 いや、すごいですね。その存在感とシーズンの活躍っていうのは日本のサッカー会にもとてつもなく大きな影響を与えましたよね。 それはもう間違いありません。 彼のこのセリエA 優勝という成功体験が当時の日本の若い選手たちにとってね、ヨーロッパでやれるんだ。トップリーグでも通用するんだっていうこう夢を現実的な目標に変えた。 うん。うん。 まさに彼が扉を開いた。その扉を通って後からたくさんの才能が世界へ挑戦していく。その大きなきっかけになったのは間違いないと思います。 2001年中田秀俊がイタリアのセリエ A の頂点に立ったあの瞬間。それはまあ彼個人の栄光だけじゃなくて日本サッカーにとってのこう新しい時代の幕明けみたいな意味もあったんですね。一 でのあの冷静差とでもここぞという時に見せるあの爆発力 はい。 そしてピッチの外でのなんか哲学を持ったようなじまい。彼の存在っていろんな意味で多くの人の記憶に強く焼きついてるんですよね。 ええ。ローマでの特にあのシーズンのあの 濃密な経験がその後の彼のキャリアとか もっと言えば人生にどういう風に影響して いったのかなんてことをね、ちょっと想像 してみるのもまた面白いかもしれませんね 。
ローマ栄光への軌跡