山田裕貴、サプライズの手紙に涙「これはズルくないですか」映画のモデルとなった兵士の家族からのメッセージ 映画『木の上の軍隊』公開記念舞台あいさつ
こでですね、え、本日全国公開を迎えるに あたり、本作のモデルとなっている山口 静尾さんの3条、田平は子さん、そして 佐田さんの次男田充さんより監督と キャストの皆さんにメッセージが届いて おります。先ながら僕が読ませていただき ます。はい。はい。え、戦後80年という 節めの年に父の戦治中の苦難の体験を映画 という媒体を通して多くの方々に知って いただけること、誠に万感の思いです。私 は父が生きて沖縄から帰ってきてから 生まれました。その命は子や孫へと 受け継がれています。この映画を通して数 多くの人々に生きる大切さを感じて いただければと思っております。平さん、 つさん、山田さんがこの作品に対して何々 ならぬと熱意を持って取り組んでくださっ たこと、テレビのインタビューや新聞記事 などで拝見するたびに感謝の気持ちで いっぱいです。特にさんが様々な取材の中 で父に対する配慮な言葉をかけてくださる ことが何より嬉しかったです。皆様の熱量 は多くの人の心に届くことをお祈りいたし ます。この映画のおかげで佐田さんご主息 と改めて深く関わることができました。 おそらくそのことは父は1番喜んでいるの ではないかと思います。心よりお礼 申し上げます。山口静尾3条平は春子 戦後80年が経って戦争体験者が少なく なっていく中で2度と戦争はやってはいけ ないと言っていた神兵の思いを映画で伝え てくれました。日の上での撮影は大変だっ たと思います。つさん、山田さん、そして 平監督、横沢プロデューサーの熱意に感謝 です。年齢も性格も経験も違う2人が戦争 で傷つきながら極限状態の中で徐々に理解 し合えるようになって支え合ってきたから 生きる生きることができました。軍服姿の 山田裕さんとお会いしお父さんに会えたと 思い抱きしめてしまいました。軍服の包み さんを見た姉は父が帰ってきた時に見た父 の軍の記憶が鮮明に蘇ってきたみたいです 。父が見た風景を繰り返さないためにこの 映画がより皆様へ伝わることを願っており ます。 佐田囚純次男佐田三以上です。 さ、今の話を聞いてですね、泣いてしまっ た。山さん、今の手紙を読んで聞いて いかがですか? 今 前向きな映画だって 明るく前を向く映画だって言ってたに泣き たくなかったんですけど、これはずるく ないですか?そう。 これ、あの、僕だけ知ってて皆さんには言ってなかったんですよ。びっくりした。プライズで 絶対これがネットミニュースになれ。ああ、この映画はそういう悲しい映画なんだって思われる書き方だけしないでください。本当にお願いします。 [笑い] ええ、生きるということがテーマ。 生きるということがテーマです。 はい。あの、え、 お会いした時に本当にあ 、あなたがいたから私はここにいるんだ よって言ってくれたのがもうすごく ああ、なんか俳優のお仕事って何なんだろ うって思う時もあるんですけど、あ、こう やって何かを伝えられるんだなっていう 、そういうのを本当に思いましたし、自分 なんか何も知ら 何も知らなかったんですよ。その家島の 家島っていう島があることすら知らない ところから、え、僕はこの作品に参加させ てもらって、なんか本当にやっていくうち にもう なんだろうな、 自分があ、もし本当にこうだったらどう だろう 考えながら、あの、 もう記事体験ですけど、あの、その時間を 生きて、あの、本当 に嫌だなと思ったし、戦争なんてなんか誰かが悲しんでる姿見るのだけで本当に嫌だなって。それは普通の人生でもそうで うん。あの、なんか、あ、俺は絶対に元気 を与えられる人間であろうみたいなの なんかすごく強く思ったんで、なんかだ から泣きたくないんですけど、これは ずるくないですか?もう泣いちゃいました 。はい。だからどうか、あの、別に映画の 工業とかじゃないんです。もうそんなこと じゃなくて、あの、誰かが人の歴史を伝え るっていうのは、それはもう皆さんも多分 なくなも誰かを失ってしまった人のことが あったりする人もいると思います。そう いう人たちをのこ思い出を伝えていくのは 残された人たちしかいないのでなんかそう いうことをなんか大事にしていきたいな 自分もって思ってるのでなんかそのだから こそこういう映画がい色色々広がって ほしいなってえます。もうちょっと無理だ も ありがとうございます。素敵なですね。 そんだけ熱い思いでね、この現場に挑んで たってことですもんね。 さんも一言いただけますか? そうすね。あの、山田君も僕もその実際に演じるっていう意味で、ま、役者なんてそうなんですけど、絶対にわかんないんです。その人の本当の気持ちなんて。 だから僕たちは探って探って見つけてい くっていうか、だから別に感謝されるよう なことをやってるわけでもなく、だけど そうやって言ってくださるのは本当に役者 やっていく上での救いというかそれを いただきました。僕は泣きません。でも 本当に こんなあれなんですけど、 山口静尾さんっておっしゃるんですけど、 沖縄に入って募資料を呼んでたのに ガジュ丸き 実際のガジュ丸のところにその書いてる わけですよ。 ここで誰々があって、それ山口って書いてあって、実は僕の死んだ父親と全く同じ感じのし、うの親父は罪って言うんですけど、 それだけでもなんかこう縁を変に感じたっていうか、 なんか運命なんだなって思ったんで、なんかその、そういう意味で僕たちはその演技でうまい下手とかあるけどそういうなんでしょう。 [音楽] 縁だなって思いました。縁でいい映画に参加させてもらったなって思ってます。はい、ありがとうございます。津さんも一言いただいていいですか?沖縄出身としてね、色々思うことあると思います。 [拍手] はい。はい。え、そうですね。 あの、ま、この映画は実はっていうのも あるんですけれども、沖縄出身として、ま 、皆さんも同じだと思うんですけど、本当 にこの時代おじいちゃんおばあちゃんが 本当に生き延びて命を繋いできてくれた から、今僕たちも皆さんも今の世界に存在 しててうん。 うん。 そうですね。だから僕は個人的にこの映画 という媒体を通して、あの 皆さん1人1人に今、あ、ご飯が食べ られることだったり、友達がいたり帰るお 家があったりとかっていうあのその日常が あの本当に素晴らしくてあのありがたい ことなんだなっていうなんかこう考える きっかけになってくれればなていう風に あの思いましたしそれ にあのキャストとして携われることができて本当にあの嬉しいなという風に思ってます。 はい。 ありがとうございます。 最後に平まを取るにあたって相当なプレッシャーもあったと思います。え、今の手紙を読んでの感想も含めお願いいたします。 はい。あの僕の映画を受けた時本当に後ろめたい気持ちもありました。 なぜなら僕この映画を受けた時の年齢が 33歳で2年前だったんですけれども、僕 沖縄戦に対して正直言ってちゃんと 向き合ってこなくて、でも映画の取材を する中で本気で向き合っていくと、あの、 やっぱり徒方もないんですよ。この人の死 というものの積み重ねがきつくて、この ままこれを全部映画にしてしまうとみんな 見たくないものだなって思うぐらいきつく て、でも木の軍隊という原作の舞台は ユーモラスでとてもエンターテイメントで 、これを映画にできればあのものすごく たくさんの人が見てくれるんじゃないか なって思いましたし、え、これが事実と いうものがあったからこそ、あの、この 作品のベースを支えているなっていう風に 思います。またこれは撮影中のことなん ですけれども、本当に住さん、そして山田 さん、そしてつ君も々ならぬ、え、覚悟と 思いで現場にいてくれても本当にここでは 話せないような語り尽くせない思い出も たくさんできましたし、僕は、え、ま、 この表現がこの戦争を題在した映画という のは不適切か分からないですけど、僕は 本当に撮影期間1ヶ月、今までで1番幸せ な1ヶ月間でしで、そしてその撮影の中で 取れたものを、あの、本当に素晴らしい スタッフたちが本当に素晴らしい映画に 仕上げてくれて、え、今日このような場で こんなに感動させることもないなっていう ぐらい思いましたし、監督料理に尽きると はこのことかなと思いましたし、本当に 改めて今日ここに来てないスタッフにも、 え、キャストにも、え、感謝を申し上げ たいなという風に思います。 皆様本当に今日ここで皆さんに見てもらって初めてこの映画が完成したと思ってるので、え、これからも昨日の軍隊をよろしくお願いいたします。 ありがとうございます。
俳優の堤真一(61)と山田裕貴(34)が25日、都内で行われた映画『木の上の軍隊』の公開記念舞台あいさつに登壇。2人が演じた役のモデルとなった兵士の家族から手紙が寄せられた。
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