京都 洛中洛外

ここに室町時代の京都の町を描いた楽中 落部がある。 上杉家に伝わるこの病部は数ある楽中落部 の中でも転勝2年に織田信長から上杉健身 に送られたことや作者が可能徳であること によって特になかい。 [音楽] 見渡せば5の庭では正月を祝う急艇の儀式 が行われていたり、 また室町幕府の将軍の館に向かう行列が あったり、誠に京都らしい景観が生きと 描かれている。 宮子から遠くにあってこの絵を眺めた戦国 部将たちは都への強い憧れと条落への 激しい衝動を抑えかねたに違いない。 京都そこは古代から金星にかけて権力と富 と文化を所有してきた千年の都であった。 [音楽] [音楽] 初世紀の終わりに神務天皇は都子を奈良 から京都に移した。当の都長案をもして 作られた壮大な平安教の町組は今日も5番 目の街並にその後を知ることができる。 町を東西に走るお池通り、その名前の由来 をなす池が見えてくる。 ここは新鮮園と言って元は広大な地域を 占める平安教大代理の庭であった。 [音楽] 満々と水を称えた池に船を浮かべ、急艇の 瞬の宴が催催されたところである。 [音楽] [音楽] 平安教の正門羅門の後 羅門の両側には国家賃のために当時と祭事 が作られたが当時は今でも平安教の頃と 同じ位置に有大な寺の規模をそのまま伝え ているたら子は繁栄やかに繰り広げ [音楽] られる王朝貴族たちの暮ら [音楽] 宮子の公の場として賑わった1の制度が 崩れると変わって商人や職人たちの集まる 町座が生まれた。 年中行事絵巻きには平安末期の庶民たちの 発落とした生活ぶりが伺える。 [音楽] しかし、平安鏡の市中を流れる鴨川や堀川 はしばしば氾乱を起こし、洪水の後に疫病 が蔓延した。 人々はこれを世に入れられずに悲号の最後 を遂げた者たちの音量の祟りであると考え た。 [音楽] 安花屋と歌い踊る今宮のこの祭りは疫病を 払う五両の流れを組んだ祭りである。 [音楽] 12世紀になると釘や貴族に変わって武士 が実験を握る。その根拠地となった6原 6光にあるこの創業の座像は部門の糖領と して映画を極めた平の清森だと言われて いる。 [音楽] その6からの境も一丁の夢であった。権力 争いによる旅重なる内乱や火災によって 古い都は完全に滅びてしまった。 [音楽] ところが京都はまた新しく蘇ったのである 。 道乱を避けていた京都の症候業者たちが町 に店を構え、様々な品物がわれる。 町は活球を取り戻した。 [音楽] 町の入口には木道を設け、内乱や盗賊など から自分たちの町を守った。 人々は町に断結した。この人々を待ちうと いう 室町時代に町たちの富と技術は次第に強力 なものに成長していく。 そして京都はやの世界から町の活躍する 時期を迎えたのである。 室町幕府の将軍足川吉正は東山に銀郭の 三層を設け、ここを中心に東山文化が栄え [音楽] によって完成された脳。 [音楽] これまでは貴族や武士の間に限られていた芸能文化が経済力の高まった町たちに喜ばれ受け入れられるようになっ [音楽] [音楽] て [音楽] 、 この頃、 町の間でも寄り合いが盛になり、その席で 茶を飲むことが行われたが、それを作道と して高めたのが村田受行であり、竹の女王 であった。 [音楽] 後に佐藤は線の利球によって詫びといった 日本人特有の心として形づられ、それが 日本の伝統文化として今日まで受け継が れるようになった。 京都の町の中心にある六角道。 ここが立花家の家元池の坊である。 元は仏に花を備えることから始められたは 室町時代に見せる花の全盛紀を迎え、町の 寄り合いでも人々に喜ばれた。 [音楽] またこの六角道は町州たちが町の連合隊の 自治地を決めるのに用いた技似道でもあっ た。 京都の町を襲う敵が迫った時には町たちは 金を会いずにこの寺に集まり強い団結に よって自分たちの町を守り抜いたのである 。 楽中落には必ずと言って良いほど疑音祭り が描かれている。それはこの祭りが古く から町たちによって町を上げて行われてき た京都の代表的な祭りであったためである 。 [音楽] ある時、ヨ音者が突如祭りの停止を 言い出したことがある。 町たちは神社に仕掛け信じこれなくとも山 私たちと要求した。 信事は神社の行事。山口は町の行事である と割り切り、誇りを持って祭りを続けたの である。 [音楽] 議音祭りは各町ごとに準備が進められる。 船ぼに祭祀を改める儀式。 何台にも渡って町が受け継いできた数百年 の歴史との対面である。 [音楽] 八たちの願いが込められた新面 [音楽] 今でも京都の町にはここ町ごとに町所有の 長会書がある。 町の行事や町の自治がここで運営されてき た。 は、これから例の時半からのごがござい ます。 に内の人が集まって議祭りの役柄や費用の分担が決められている。口後の収納とま、そういうことになっております。 いよいよこを立てる。 ここは役を払い合いを除く音ご両への象徴である。 [音楽] [音楽] 町たちはそれぞれの町の平穏を願って 町ごとに保の思考を競い合っ [音楽] 薬けの血巻きを準備する [音楽] 山口の前山の安 の守りはこれより出ます人の方はてれましょう。 [音楽] 街中たちがはるかな海を超えて手に入れた ゴブラ折りの保のどかけ 街中の富と実力が忍ばれる 子宵いばかりは表の塔を開け放ち 家に伝わる衣装や病部などを店いっぱいに 飾る。 [音楽] 山。 [音楽] 松たちの団結の力と心きを誇らかに示す山ぼの列 [音楽] 伝説や極から主題を得たものが多く、町 たちがいかに脳原に親しんでいたかが 分かる。 [音楽] を投げる [音楽] [音楽] 。 [音楽] 夏の日にとく山ぼの飾り。 その1つ1つは折り物といい光芸といい 京都の町たちが気づいた優れた伝統文化の 集席と言える。 時代と共に豪華になった保が自分たちの町 に帰ってくる。 この時ばかりはいつの時代にもそうであっ たように祭りの興奮が町と人とを押しつ [音楽] [拍手] [音楽] 大門寺は裏ぼへの送り [音楽] 町の周りの山々に燃え上がる妙の日は熱烈 な北のシ徒でもあった町たちの団結の心を 思い起こさせる。 京都の町は豊秀吉が天下を統一した時に また新しい時期を迎える。 樹落台ができる。海外貿易が盛になって 南人が町を行く。 秀吉ゆかりの方向時に巨大な大仏殿ができ た。 やがて徳川 イエアが政権を握ると今度は二場が大きく そびえる。 楽中落の絵も時代の移り変わりを鋭く反映 していった。 [音楽] 京都は経済都市として栄え、町の作りも それまでとは見違えるように裕福になった 。 しかし江戸に幕府が開かれて京都が政治の 中心から遠ざかると町は新しい京都の繁栄 を考えねばならなかった。 [音楽] 八の1人合住倉位 はご主院線貿易によって得た資金で大井川 を解した。 [音楽] これによってから京都へ米炭木材などを 険しい山を超えることなく船で運ぶことに 成功した。 住の倉位はさらにこの経験を生かして鴨川 の水を取り入れ、二条から不身に通じる 高瀬川と呼ぶ運河を作った。 大阪からの物資は港町節不見を経て船で 京都市中に運び込まれ、高瀬川は新しい 動脈路として京都の繁栄をもたらした。 [音楽] その頃、マ州たちの力は優れた文化の想像 にも発揮された。 光芸本光越と住倉領の子案は協力して日本 で初めての美術出版を行った。 佐賀本と呼ばれる宮やかなキラ釣りの 歌い本である。 本網公越は芸術家の仲間たちと共に見事な 王朝文化の最高を図った。 装飾画に新しい世界を開いた田原や蒼達の 病部へ。 [音楽] 小方降臨山の兄弟は原力文化の花を開か せる。 町州たちが文化の担手になった時期こそ 日本の美は最も豪華に輝いたというべき だろう。 [音楽] そして原録の頃 や数千を数えた西人の町に代表されるよう に京都は日本最大の産業都市になっていた 。 祭りに踊りに茶に脳に多彩な折り物が 生み出され、西人折りは法険時代の主工業 として世界でも稀れな水準に達した。 [音楽] 明治心によって京都はまたも大きな試練を 受けた。1000年も続いた都が東京へ 移ることになったのである。 西人の業者や職人たちは資活の問題である として京都にお道を踏んで都を移すことに 反対した。 この時市民に誤家資金が送られたがこの 一部を咲いて京都では西人の職人を フランスへ派遣した。 西洋の折り物の技術を学ばせ、ジャカード などの機械を輸入して伝統産業の近代化を 積極的に押し進めたのである。 [音楽] 京都の重要な産業清水焼き。 その焼き物の技術も禁断化された。 [音楽] [音楽] 染めにも西洋の技法が取り入れられ、染 技術も一段と新しくなった。 [音楽] 京都は首都を東京に譲ったが、優れた伝統 文化は脈々と行き続け、町たちの光栄とも 言うべき人々の手によって芸術の香り高い 製品が色々と生産された。 京都市民の心の中には千年の都を支えてき た誇りが根強く流れている。その誇りと 長い歴史の試練をくぐり抜けてきた強さが 京都の産業の近代化に役立ったと見るべき であろう。 明治23年京都は水をトンネルで直接京都 市に導く画期的な大事業を実現した。 これによって日本最初の水力発電を行いや 産業を大いに発達させた。 日本で初めて路面電車が走ったのも京都で ある。 鴨川の流れ。 河は昔から人々の多く寄りつうところであった。 [音楽] 河は時には形状にもなり、また歌舞伎や ジりの小屋の立ち並ぶ民衆の大切な娯楽と もなった。 [音楽] 今も市城王橋の田元には歌舞伎の電動南座 があって変わらぬ賑いを見せている。 京都市民の先祖である町たちが永遠と 気づき上げ守り続けてきた町京都。 京都は誌水命の自然や町の間に千年の都の 歴史と文化をいくにも積み重ねて今日に 至っている。 [音楽]

作品概要
企画・制作:講談社/英映画社
1981年 カラー 29分

今でも歴史的建造物、行事、伝統文化が残っている京都の起源を訪ね、その歴史・伝統・文化が現在の町にどのように生きづいているかを探る。特に「町衆」を中心として、室町から明治にかけての歴史を新らしい視点で描く。
(引用:映文連データベースより)

監修
京都市史編纂所

協力
池坊総務所
上杉家管理事務所
裏千家総本部
岡山美術館
京都観世会
建仁寺
東京国立博物館
中央公論社
六波羅蜜寺
山鉾連合会

スタッフ
企画:野間惟道/服部悌三郎
脚本演出:山添哲
演出助手:鈴木康敬
撮影:廣内捷彦
照明:岡本健一
音楽:松村禎三
解説:荒川修
効果:小森護雄
録音:甲藤勇
製作担当:宮下英一
現像:東洋現像所

7 Comments

  1. 若い頃住んでたのに知らん事ばっかり出てくるの面白いな京都😙

  2. この時代のドキュメンタリー番組の作りいいよな😊ナレーションも淡々としていて良い

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