【父・頼信の補佐役脱却に喘ぐ・源頼義】河内源氏VS奥州藤原氏【ゆっくり歴史解説】#5

[音楽] こんにちはゆっくり霊夢だよ こんにちはゆっくり魔理沙だぜさて今回から本のよりよの解説になるがよりよの前半ってより信ぶと一緒に馬すっと退治したこ弱物語の切話との神になったよりのぶに同行したって記術以外記録がない [音楽] えなんで 今日での目立った活動がなかったせいだと思われる現在残っている資料って今日の人たちが記したものだからねとはいえよが何もしていなかったということはなく父信を補しより信の部が国士として万道へ下行した際は同行していた当時国士を務める武士は息子を同行させるのが一般的 [音楽] [音楽] いい経験になるし何より事前に鍛え上げて おけば頼れる戦力になる道様が忘れられ ないと新しいアルジ長と疎えにしちゃった せいでシベリア元い付けだの日だのに 飛ばされるより信おのことで幼少期から共 にスパルタ鍛錬を重ね正規末万道に 飛び込んだ結果よりは根弱物語に描かれる ような卓越した弓の名主にしてよりが命令 しなくてもよりの胃を即座に理解し完璧に 実行できる人に成長した ੁ弱物語で描かれていたよぶ親子のあの連携と武勇が正規末万道で数年間親子で修羅をくぐってきた物だって言われたら途端に跳ね上がる心憑性でもスパルタが過ぎるわよよりぶってば息子全員こんな風に育てたの [音楽] [音楽] 後年よぶが息子たちを藤原のより道に居した際こう述べている 長男のよりよしは無人として次難のより気は文官として使ってやってください 武士なら部芸できなきゃ勝ちなしという考えではなくそれぞれの得意分野を認めそれを伸ばしていく教育方針だったんだろうね現により信はより器用万道に連れていくことはなく遣えに専念させている [音楽] [音楽] あら素敵な考え方よりのぶってばいいパパでもあった あ三難は使い物になりません おい ということでより信の信はよりよしに部芸の祭を見出し無人として育て軍事行動の祭は常にそばに置き自信を補佐させた はあとことんよりの信ぶパと一緒ねでもそれよりよし的にはどうだったの [音楽] 良かったんじゃないかな よりはより信のぶに似て不な性格だったそうだから貴族相手に遣えするよりも万道無者を相手にする方が小にあっていたろしより信ぶのことすごく敬愛していたからやりがいも感じていたのではなかろうか [音楽] 確かにバシバシバンド道無者の脳を焼いて草見てパパかけってなってたでしょうね [音楽] でもね 覚えてます 地方でバリバリ頑張っても帝との関係なりしてたらどうなるかあということでよりよしはパッパと一緒に地方で頑張ったがより信のぶども泣かず飛ばず わあなんてこと でそんな不の教遇から一早く抜け出したのがよりよしの同母亭であるより気だった 部な兄とは対象的にインテリな 寄り弱寄り道に使い出してからは文官とし ての際を開化さ せ寄り道のそば近くに使え警視として バリバリ働いた宮遣えでは重要になる人脈 についてもより信の兄より光が色々面倒を 見てくれた おおここでまさかのより蜜光お兄ちゃん よりぶと寄り光は結構仲がいい兄弟だったしより清ともインテリ同士で気があったのかもしれないねより清の文官としての有能ぶりについてはサネ助の日記油機に多く記されている [音楽] [音楽] 寄り道の侍ど別として寄り道に使える武節武士を統制管理するだけでなく儀式行の実務も担当第 1級の学識者サネ助と旅々競している すごいよりきよってばやりてねえ よりきが貴族社会でバリバリ活躍してくれたおかげでよりたちの石間系のコネクション作りも進めることができたと言える [音楽] 結果よりは石管家の支援を 受け石家の警視が授を務めていた川の国に 進出川に得るに至った川現事の誕生である およりすげえそこまで貢献しさ言うとより 清は石管家の計いにより道側のゴダナゴン 藤原のたの娘を 目取ってるこのただぶというの [音楽] が道長の従で父親は打上大臣のためつそして一条天皇天皇ならぬ 4なの1人に選ばれるほどの超有能苦労様 えそんなすごい人の娘を これかなりの格差なんだけど石管家がより器にどれだけ目をかけているか分かるよねでただの部はシュートとしてより清のことを強力バックアップ [音楽] こうなるとより信ぶの伊勢の神やただの乱の時もより清の働きが多いにあったろうねはますますすごい [音楽] そうだからね 1031年3月よきよの神就 は1031年3月って言うと ただ常討伐に失敗したなお方に変わり追しとなったよりのぶにただが幸福する 1ヶ月前はあ1ヶ月前 ほら僕追しより信でっていう人の定めの決定蹴っちゃったじゃん滅ぼししなきゃなってずっと思ってて でなんかもう幸福の目立ったっぽいじゃんだから 10 年以上僕に使えてくれたよりきよ君に一足早い音証をあげちゃう たったっぽいからって何だよお前が始めた物語だろうがよ ということでより清きよは一足早い音証をもらったで 1 ヶ月後見事乱を鎮圧したよりのぶも音証をもらえることに えなくていいでしょ あいつ戦して買ったわけじゃあまいし そうそう武士は戦してなんぼだよね ファそんなことくやんのかよ わからん人はとことんわからんもんなのよとはいえ無論こんな意見通るわけはなくよりのぶの意向を聞いて勝することとなったつまり望みのままに音証ってこと わあそれはすごい でより信ぶは何をリクエストしたの 遠い国への不人は60 過ぎの骨には答えるなのでタの国の授業をいただけると嬉しいな ということで最初は丹の神に認じられることになったんだけど 2ヶ月後 やっぱりミに変えてくれないごめんね えなんで 前回ラストに行ったけどよりの人になりたいって万道無者が殺藤したんだよ [音楽] ああそうだったわね でよりはいいよと全員受け入れた 全員 そのために認知先を場からミノに変更することにしたんだミノは万道とゆきしやすい上に政治的に権威ある熟国実質万道無者の糖領となったよりノにとってこれほど適した国はない はあなるほど しかしだ ミノはあくまでも認知人気4 年を過ぎたら離れなければならないあそっかそれじゃあ [音楽] でもねよりはあらかじめミノに石を売っていたこれがミノを認知に望んだもう 1つの大きな理由 うん不跡 ミの国池田軍に土着した有力合族のこれさにより信は兼ねてより娘をとがせていた この娘向こを鬼軸にしてよぶ独自の軍事拠点を形成するは より信ぶのこの目みを助がどこまで把握していたのか不明だがより信の信の望むまにしてやろうというネ助の鶴の一声でより信の信は無事野の神に就任したそして木の市の協力を得つの地で老頭を増やした 例えば 須藤きよ秀里がそういう説もあるこの人はよりよしの老頭となり後川現事代々の馬を排出する第 1の復審山の内素となっている 山の内藤ああより友の馬の1 人が山の内藤士だったわね 他にも現事一問の三龍青墓の宿の内騎士なども引き入れることに成功 こうしてよとの交通の決点を承 より信ぶすごいわ着実に今しなきゃいけないことをこなしていってあれ?そういえばよしは [音楽] よりは海に向かったより信の信に堂々しより信ぶの補佐を立派にこなした そうなの?じゃあよりよしもどっかの国の授業を ありません はただの乱の音としてよりよしが授業を受けることはなかった そそんなよりよも頑張ったんでしょだったら [音楽] えでもよりよしはよりきよ君ほど親しくないしてかあいつよりのぶにくっついてるだけじゃん [音楽] だからその今での働き以外の王冠行やめろ 仕方ないな よりより清がどうしてもって言うからよりよしにも音性あげるよてことでよりよしはこ一上員半が台に不認します え半が台だけ授業に比べたらしょぼい と思うじゃん実はそうでもなかった うんというと ではまず小一条院員の説明を簡単に 小一条上員は参城天皇の息子で一時遇とさ れていたが道長の圧力に より追い込まれてしまった運の人なのだが 道長は彼を上として自身の末娘も凸がせ遇 している へぼちぼち実力者ではあるのねそうだね この一上員狩猟が趣味だった仮の場でより は卓越した弓の腕を拾うよりは弱みを好ん だというその名の通り本来威力はないはず なのだがよりの矢はイうつまり矢が刺さっ た傷口に羽が飲み込まれるほどに 深ぶ刺さるおまけに100発100中 どんな猛獣も必ず仕留めたそんなものだ から小一上員から長遇されることにおより しの良さを認めてくれる人のね を認めた人物はもう1人いたうん一体誰 平のなお方だ えなお方 実はね小一条院員と佐田森竜は関係が深いというのも小一条員の母す子の兄弟であるこれ信の部は平の森の姿となっているのだ えそもそもすけ子の成果である小一条家と 消される系統はその多くがムの神を務めて おりムの利剣と深く結びついた一族であっ たとされる一方森は974年に無の神に 就任そして小一条家から容姿に迎えた コレノ部が990年にムの神を務めている 小一条家と密切な関係を持つことで森はムつへの勢力拡大を図ったのだ は田森そんなこともしていたのか でね小一条家出身のスケ子を迎えた参条天皇が即森竜の平のこれよしが鎮府将軍に就任参条天皇の建制を利用しムの神だけでなく鎮府将軍職もゲットしたのだ [音楽] ああ でこれまで鎮府将軍職を独占していた秀は激怒して樹将軍職を奪還するため龍と争うことになったと そうそうしかしそんな時に平のただの乱が勃発バ道は 3 年に渡って戦に燃え尽くされ真の暴告とかした [音楽] 結果森龍も秀里 も大撃双方友倒れの形となってしまい樹将軍の部人自体が消滅してしまう うはなんちゅうこと ということでね佐田森龍優と小一条員は小一条家を通じて密切な関係にあったそして森龍着流であるなお方は苦しい今の状況を打破する糸口を探していた [音楽] よりのツ無結幸福に協力してなんとか最低 限のメンツは保てたが3年に及ぶ追により バ道における森竜の権威は一著しく低下 し体も ボロっそうとこ必死に 頑張でダメダメななお方じゃねえ [音楽] と馬鹿にされて全然うまくいかずわあなおか方相当苦しい状況なの ね そんな時なお方はまた琢間に小一上員に遇されるに至ったよりよしに目をつけた あのより信の信の息子でここまでの人物であるのなら ということでなお方はよりよしにかけることにした うんかけるって言うと 1036 年よは相の神に任された弟 よりよりき清の秋の神就から5 年遅れだけどやったね およりよしおめでとう小一上員が通ししてくれたのかな それもあると思うが父よりの信はもちろん直方の強い働きかけもあったものと思われるよりよしを相の神にしてくれと [音楽] えなんでなお方が?あとなんで相 [音楽] 相の国はかつてなお方の祖父これまさが相助として着認し武士団を形成 ただの乱においてはなお方の平坦拠点だった ふむふむ相はなお方にとって重要な軍事拠点なのね そうだでねよしが相模の神として相模に下行してきたら俺は無人としてダメダメだけど鎮府将軍サ田森の子孫として部芸を飛ぶ心はありますそしてよりよし殿のほどの部芸者に初めて会いました [音楽] だから俺の娘を嫁にしてやってください掃除でも何でもさせて構わないので [音楽] えそして2 人の間に着が誕生したら拠点である鎌倉の屋敷をよりよしに譲渡します [音楽] えそれってつまり 鎌倉の屋敷と共になお方が有した料労そして東獄における無兵士森竜の名星をもよりよしに全ベットします [音楽] なんと このままだと万道の定森竜派終わっちゃうだったら現在ウナぎりの川現事で将来有望なよりよしに全てを捧げ人になってでも生き残るつまり相手ベースのどをピッコに持ちかけたネイルさ戦法 [音楽] ドラゴンボールで例えるのやめろでもなんとなく意味は分かった [音楽] ただねよりよしってばちょっと年島なのよね は年島 実はねよしってよぶ21 歳の時の子供なんだよねよぶが21の時 21 えじゃあよりよって今いくつ 相の神就時点でピチピチの49歳です はあ 49 本能寺のぶとめじゃんてか49 ならトックの昔に結婚してるんじゃ そんなん離させりゃいい子供だっていないし ひっでことさらっと言ってんじゃねえよてか無理じゃない?弟のより清でさえ一条天皇天皇の娘を嫁にもらってるんでしょだったら着男のよりよしだってかなり高気な女性を嫁にもらってるはずで [音楽] [音楽] あよりよしの嫁は記録に残ってないほど身分が低く人なのでも満です ええ あとより清は逆玉妻の他にも即質いるし 立派な息子さんもたくさんいます弟との楽 さえすぎんいやでも着なんならさ四つの ために子作り頑張ってたはずでしょ奥さん とできないなら即室を迎えたはずそれでも この年になってもできてないんじゃ今更と 継がせても子供なんてできないでしょどう 考えても大丈夫 俺の娘は超絶いい女なので超絶いい妻になって超絶いい子をたくさん産みます それはすごいじゃあよろしく 相の神就もなくよりよお方の娘を妻に迎えた ねえ誰も止めなかったの?できるわけないでしょ子供なんて [音楽] 1039 年着不動丸後の八ま太郎よ爆よりよし52 歳にしてパパになる [音楽] はマジでかよって52 の時の子なのあれ待ってそういやよえって 3人兄弟じゃなかったっけな [音楽] お方の娘は八ま太郎義よえ鴨次郎信羅三郎義光野さん兄弟を産ん だえここからさらに2人も産んだ 女の子も2人生まれました [音楽] 生まれすぎというか50 過ぎまで子供できなかったのに よりよし50 過ぎにして心身ともに相性ばっちりな運命の人に出会い超ラブラブ夫婦となったのだよかったね [音楽] 当然の結果だ俺の娘だぞどや [音楽] こいつ謎の親ばパワー出かけに勝ちやがった そうなお方はかけにかったのだそして川 健二さん兄弟全員漏れなくなお方と地が 繋がってる つまりより友たち元気もよし国龍も果て若かい現事に至るまで皆方の子孫は [音楽] しかもだ鎌倉を譲り渡したことによりよりよしをはめその子孫たちは鎌倉を拠点として万道でのし上がっていきついにはよ友が鎌倉に府を総立した [音楽] より友の一族が死に耐え鎌倉幕府が滅亡し てもなお子孫である足川が転下を取って なおなくして川現の反栄も中世の部け政権 成立もなかった己の負傷を真摯に受け止め そんな自分ができうる最大限の策を考え 大成功させた なお方兵士1番の照者なのかもしれない はははそう言われるとなお方の決断って歴史が変わるほど大きなものだったのね とまあ話が未来に行きすぎてしまったので戻してということでなお方は目み通り不動丸生を気によりよしに鎌倉の屋敷を自分の全てをよりよしに譲渡したこれでなお方の系統は川現事となり森竜の着流は伊勢兵士へとなっていくわあ [音楽] これで森竜廃兵士主流になっていくのか そしてムつ脇によるとよりよしの相の神在任中部位によって反抗するものを復従せ人を愛し施しを好みしかば大阪より東の方の馬の人大半は悶となったとされる [音楽] はあ それって大阪より東の武士はほとんどよりよしの嫌いになったってこと まあさすがに大げだけどやったことはその通りだと思われる つまりは向かうものは許さないが信獣したものは肝に受け入れるよりノブと同じ方針ね そうだ ただし受け入れ方がよりノ部とは違う というと より信ぶが結ぶ主関係はあくまでも私なものでしかなかったがよりよしの場合だと小一条上員は多くの演を有していたのだがよしは自震に新住した万道無者たちをその召喚に去しているこんな感じでね [音楽] [音楽] あより友の時代によく出てくる名前ばっかり よりは彼らを召喚に吸えることにより なお方から譲り受けたお家を立て直すと 同時に自身と彼らの主関係を強化していっ たこれによりバ道における川現事の地位は 鎌倉を拠点としてさらに強固なものに およりよしすごいよりの後をしっかり 引き継いでなお方の期待にも答えてるこれ でバンドはがっつり現事のもの それだけじゃないさっき言ったよね森龍一条家と結んで大に強い影響力を有していたとだからこれまで佐田森龍からムの神樹将軍が多く排出され理権を得るともにもしに不穏な動きがある時は万道の人たちを仕きて追を担当することにもなっていた [音楽] [音楽] そそれってつまり 欧州寝室への足がりも掴んだということだ 欧州ついに出てきたわね でだ1042年頃ついにムの神就 およりよしやったじゃないおめでとう よりきよがね はよりきよ 実はねよきよは1031 年に秋の神に就任しているが8 年勤め上げている 8 年え授業の人気って4年じゃなかったっけ 承認したんだよより清の遅刻があまりにも素晴らしかったから は当時人は滅多にないことだったあったとしても天皇家管家のものみそれなのに現事のしかも初めて授業を務めたより器与が人を命じられるとか慰例中の慰例 [音楽] [音楽] どんだけ素晴らしかったのよ ででもよりよしだって相大活躍したんでしょだったら [音楽] 相特産物もないただの乱でボロボロ暴稲とこで活躍されてもねそんなやつと最国屈の熟国秋の授業を住人したよ比べるのやめてもらえます [音楽] え ということでムつは蝶調できる子より清に言ってもらいます よりはより清のサポート頑張ってそういうのお父さんで慣れてるでしょ [音楽] わあこれは仕方ないのかなでもよりよしかったでしょうね [音楽] 確かに今まで頑張ってよりの信のぶを補してきたそれでもねそんな矢よし最愛の父より信の信が去る えよりのぶは1046 [音楽] 年川の神に就任し獄ミの足場は固めたから今度は機内の本拠川の足がめだと頑張っていたが川の神に就任して 2年後のことであった わあよりぶついに行くのか 己の新年を曲げず最後まで全力で駆け抜け命を燃やし尽くしてよりは川現事発展を気づき上げたのだ [音楽] ああよりぶ本当に最後の最後まで頑張ったのねちなみに何歳だったの [音楽] 去年81歳 81 当時にしたらめちゃくちゃ長息じゃないすっごくバイタリティに溢れた人だった そしてよりはこの時61歳ずっとより信が 主役の世界でよりを支えて生きてきたでも もうより信はいないそして気がつけば優秀 な弟に先起こされてばかりで着難のよしへ とまだ9歳誰よりも見つめ続けてきた父の 背中は果てしなく遠いわあ さて話は少し遡って本のより清が欧州へ下行する時のこと [音楽] ではゆかお前は兄が居した男頼りにしているぞきよ はいお任せください うん常きよ誰 [音楽] ということで今回はここまで 次回はより清が乗り込んだ当時の欧州と藤原の常きについて解説するようわさらっと主人公変わってる [音楽] とにも確にも最後まで見てくれてありがとうなんだぜ ありがとうね それではまたね バイバイ [音楽] H

源頼朝・足利義兼たち河内源氏と、秀郷流藤原氏の戦いを、主に源氏視点で解説していくシリーズです。

今回は第5回!
父・頼信の補佐役に徹するあまり、前半生の記録がほぼない源頼義。忠常の乱を機に、自身の道を歩み出した頼義と、有能過ぎる同母弟・頼清について解説します。

前:https://youtu.be/wjFxpJEXoT8
次:https://youtu.be/dTdqIDhWiwM

元木泰雄「源頼義」「河内源氏」
寺内 浩「源頼信」
桃崎有一郎「平安王朝と源平武士」

41 Comments

  1. 動画制作お疲れ様です。毎回楽しみにしております。

    とうとう当家の先祖である薩摩の鎌田政佐の先祖とされる藤原助清(資清)キタ――(゚∀゚)――!!
    ありがとうございます。感謝に堪えません。八幡太郎義家公は頼義公52歳の時の子供だったのですね。驚愕の事実です。戦国時代でさえ人生50年の時代だったのに平安時代となると平均寿命40代だったのかもしれませんね。頼信パッパは享年81歳とは今の120歳くらいの感覚でしょうか。平安の泉重千代さんですね。都では摂関政治全盛期を迎えた時代に武士の地位を向上させるのは並大抵のことではなかったように思います。直方きゅんはまさかの頼義くんに全ベットするとは…自分と子孫の運命を

    賭けた一世一代の大勝負に見事に勝ちましたね。(結果論ですが…)次回は安和の変で失脚した藤原千晴の子孫が再び世に出るわけですね。

  2. 投稿お疲れ様です。
    頼義の船出、直方の決断、義家誕生、実に目まぐるしい回!

    ただ結果論から語ると、今回の動画の中に無数の火種が見えるような。
    前九年・後三年、河内源氏の内ゲバ、保元・平治、そして治承・寿永の乱。

    特に「奥州へ進出」は聞こえこそ良いが、実際は200年に及ぶ因縁・泥沼・骨肉の争乱、と河内源氏衰退へ繋がる。
    海上先生の「読み解く日本合戦史」全2冊では、奥州藤原氏とロシアの戦略を比較しており、その他の文献と併せても、未開の奥州と関わってしまった頼義は色々な意味で不運だったんじゃないかなぁ

  3. お、お。次回いよいよ経清が出て来ますか!
    ということで、とことん(色々な意味で)頼義が不憫(ふびん)だった件😅
    あと直方サン、意図せず女系で天下を取っちゃったんですねぇ。

  4. 源頼清の事を初めて知りました。文官としても有能で安芸守を重任で8年も勤め上げて、さらに陸奥守に任命されるとは。
    しかも藤原経清がその際に一緒に下向していたとは知りませんでした。

    ちなみに「役立たず」と頼信に烙印を押された三男坊の事が気になります。

  5. アップ毎週楽しみにしております♪

    直方のムーブと末裔たちに、クルセイダーキングスで、自国と全く関係ない国で謎の出世してる遠縁の親族を思い出しました笑
    因果と血統の末は誰も分からんもんですね(後世から見たら、本人達には申し訳ないけど、超楽しいのですが😅

  6. 自分の人を見る目を信じて乾坤一擲の賭けに出て歴史の勝者になった直方さんはすごいですね。
    それに比べて京の公家たちは近視眼的というか即物的というか…豊かな土地をしっかり治めて大きな利益を上げることは確かに大事だけど、
    荒廃した土地を建て直して現地の人々の心を掴むことはある意味でそれ以上に重要だというがわかっていなかったとしか思えませんね。
    地方が荒廃して反乱が起きたことをきっかけに国全体が傾くことは珍しくも無いわけで…もっとも、当時の人にはそういう歴史的な情報を得るには限界があって難しかったのだとも思いますが。

  7. 今回最後に藤原経清が登場か。次回のお楽しみなのか経清の正体は解説が無かった。

  8. 全てがつながってくるんですね。
    個々で見ているとわからないけど、通してみると、歴史って人のつながりなんだなぁと改めて思います。

  9. 頼義は台頭するのに苦労したが、結果的に源氏の関東での支持基盤を築くことになるんだよな。

  10. 動画アップお疲れ様です
    ・おっと実資殿が今週も出てきたと思ったら、斉信殿も御出演!
    ・頼義50歳超えてから子宝にたくさん恵まれるとかスゲェww
    ・直方が源氏に全ベットするのは解るけど、なんで以降の系譜がアヤフヤになっちゃうの?

  11. 準備周到な頼信ですが、丹波との繋がりがあまり見受けられないような。後に尊氏が挙兵したのが丹波だから、こそっと何かあったんですかね?
    北条氏が直方の子孫を称したのは、この流れなんですね。仮冒するならもう少し評価の高い人の子孫にすればいいのに…と思ってました😅

  12. 81歳で大往生だよ〜頼信さん〜オジサンの鏡〜😊頼義が子供が52で義家か〜😮キツイな〜世代交代の年齢ブランク。鎌倉は手に入れたけど……………。あとは、来たね渡辺謙…じゃなく経清。藤原秀郷の末裔の一人経緯は、くわしくわからないけどここからなんだよね……………元祖、炎「ホムラ」が勃ちます。奥州で……………乞うご期待で絞めよう。ありがとう。オマケで、源頼清は、あの信州信濃源氏と並ぶ村上氏の系統でした〜。

  13. 炎立つでは前九年の戦いの後に陸奥を去る途中で子作りしていたけど、当時は76歳だったのに。

  14. 頼義が49歳まで子供いないのが本当なら
    弟に出世で負けてても、まぁいいかとか思ってたのかなぁ?

    それにしても それに全ベットした直方も凄いし、

    そこからああ成った 頼義・直方娘も凄いなぁ・・・

  15. 今なら前九年の役、後三年の役の裏事情がわかるんですよねぇ~⁉️奥州藤原氏0代経清と源頼義との因縁の関係、どうして吉彦秀武が清原氏を裏切ったか❓なども調べてみるとよくわかります。そもそも藤原経清が安倍氏側に走ったのは相婿である平永衡を殺されていたからです。
     一方、吉彦秀武が清原真衡に敵対したのは、養子に常陸平氏の成衡を選んだからですね❓実は万寿元年(1024年)に平貞盛の子維衡が吉彦秀武の同族と思われる常陸国の相撲人(力士)公候有恒を殺害し、それを同族の公候有材に責任を押しつけました。それを深く恨んだでしょうね⁉️
     出羽国の吉彦、吉弥侯部氏と常陸国の公候氏はまず同じでしょう。また平維衡は貞盛流平氏で平清盛の直接の先祖であり、清原真衡が譲ろうとした成衡も貞盛流平氏であり海道平氏になります。吉彦秀武にとっては宿敵と言っても良い相手なんですねぇ~⁉️

  16. >霊夢「今更、娘嫁がせても子供なんて出来ないでしょ」

    孔子「霊夢さん、うちの親父なんて70超えで16前後の母上と結婚して私をもうけてますよ。」
    豊臣秀吉&徳川家康&毛利元就「そうっすよ、霊夢さん。問題ないっすよ。」
    霊夢「ええ…。」

  17. なんか鎌倉幕府への下準備がこんなところで行われていたんだなと思うととっても感慨深かったです。でも頼義、49歳で子供いなかったのなら多分諦めてたと思うのに、まさかの男の子三人とか直方の娘様様ですね(笑)。直方の柔軟性の高さにもホント脱帽です!

    でもほとんどお父さんの補佐に全振りしていたのならお父さん死んだ時は本当に悲しかったんだろうなと思います…。この先報われてくれるといいなと思いつつ、新しい主人公(笑)の活躍に期待します!

  18. 頼清の奥さん(斉信娘)の母親は「不明」となっているので、血筋を重んじる公家社会では大納言の姫ではあっても、流石に大公卿の令息を婿に貰える立場にはなかった可能性はあります。ただそれを差し引いても頼清との縁組はかなりの格差婚なので、頼通のお膳立て+何やかんやの(斉信に対しての)プレゼントがなければ成立しない奇跡のような縁組ですよね。基本的に下級貴族や武士を下人扱いしている貴族社会で、身分の低い武士が摂関家だけでなく大公卿達からも非常に信頼されていたのって凄くないですか?彼が中央で活躍しなければその後の河内源氏の活躍はなかったんだと思うと胸熱です。

  19. 小一条院と言えば狼藉のエキスパートですが、どのくらい頼義は関わっていたのかな?興味深いですね。

  20. 今回も楽しく拝見させていただきました。

    頼義、世紀末の坂東から狂気バイオレンス准上皇小一条院の判官代ってブラック労働過ぎません。
    しかも、あの暴力の申し子小一条院の心をしっかり仕留めてるが凄い。

    そのブラック職場でできた人脈で、後の発展を築いたとかんがえると、なんか感慨深いものがあります。

  21. 直方の慧眼がエグすぎる
    それにしても10代でパッパになった亀山帝とかいう天皇も居れば、50代でパッパになった源頼義とかいう武将も居るのホンマ日本史おもろい

  22. 坂東の歴史を知れば知るほど源氏の影響力が強すぎて、そんなところに源氏の嫡男の頼朝を送り込んだ清盛の判断がなんで!?って感じになる

  23. 武田信玄の曾孫の信正が武田本家の血統を残す為とはいえ70過ぎて若い娘を嫁にされて武田本家はその生まれた信興が高家として残ったという例もありますからね。

    しかしもし河内で頼信が後10年基盤作りに頑張れていたら、もしかしたら河内も河内源氏の影響下にあったかもしれませんが、その場合役立たずと言われた三男頼季が活躍できたかもしれませんが、本人は勿論子孫信濃井上氏ってドラ◯もん義兼に甲斐、信濃の反頼朝派とみなされ◯されたり、謀略王元就に長年の恨みを晴らすべく一族皆◯しにされたりで、一番有名なのが明治の元勲の中では有能だけどがめつさで有名な井上馨だったりといまいちパッとしないのであまり安心できませんが😅

  24. 直方の大博打凄い!頼義の前の奥さん凄い可哀想!!
    点と点でしか知らなかった人物達がこういう経緯で繋がっていたのかと驚きでした。
    あの八幡太郎義家の父親がこうも不遇だったとは本当に予想外です。
    頼信の恩賞について公卿が文句を言うのはどうしようもないですね。
    坂東の武士がいくら戦死しても気にしないでしょうし戦をしなかったらサボってると考えるのでしょう。
    朝廷からの扱いは良くないですが地道に河内源氏の地盤を固めていくのは見事としか言いようがありません。
    時代を遡っていけば当然なのですが本当に一つ違えば根底が一気にひっくり返る歴史の複雑さにはいつも戸惑うばかりです。

  25. お疲れ様です!
    この時代は前九年の役から始まることが多く、頼義の年齢なんて知らなかったのでこの高齢が今回の動画で一番驚いた部分でした。
    頼清は全然知らない子なので次の動画が楽しみです、兄弟仲良いままでいて欲しい。

  26. お疲れ様です、
    自分はこの辺りの歴史が今一つ苦手なので、こうして分かりやすい上に面白い動画はありがたく感じています。
    ただ前から気になる点が一つあり、失礼ながら申し上げます。
    「天皇家」
    という表し方は失礼にあたると言われてますので、正式な表し方である
    「帝室(ていしつ)」
    或いは
    「皇室」
    とされた方がより正確かつ説得力が上がるものと思われます。
    長文、失礼しました。

  27. 今回も勉強になりました。
    坂東平氏と源頼義の末裔の関係は、平氏が裁定者として源氏担いでる位にしか思って無かったので、
    平直方の生き残りを賭けた全ベットが根底にあると言うのは新たな学びでした。
    でもこの関係を知ると、治承寿永の乱が源氏≒直方流と伊勢平氏の貞盛流嫡流争いに見えて来ますね。

  28. 義家以前の源氏はあまり知らなかったのですが、こちらの動画で頼信を知り、すっかり魅了されました🥰
    面白く見応えのある動画、ありがとうございます✨

  29. 誰もコメントしてないので一筆啓上!直方さんの全ベットはスゴイけど、当然ながら秀郷流藤原氏も黙ってない。藤原兼光は忠常の乱の後ほどなくして出家したらしいのですが、どうやら身内の誰かを家人として潜り込ませていたようで後の「前九年の役」において大暴れし、精兵の一人として名前のでてくる藤原兼成は彼の血筋らしい・・・( ^ω^)

  30. ず〜っと補佐役続けて61歳にして独り立ち!しかも息子は幼い…。しかし直方さんに地盤譲ってもらったし踏ん張りどころ!ここから頑張れ〜!!
    っと思ったら次回は経清メインなんですね🤣

  31. 頼義と直方の娘が結婚して鎌倉の館まで差し出す!源氏と平氏のフュージョン!って当時興奮した
    そして超重要人物経清出てくる!大河ドラマ炎立つは大好きだった

  32. 頼義、年齢のこととか弟に比べて不遇だったこととか、イメージ覆りました😳あと後に天下を取る源氏にがっつり平家の血が入ってるのが目から鱗!後になって争うことになる両家だけど、元は武家同士、密接に関わってたんですね!😳奥州に舞台がうつる気配で、東北人としては次回以降が楽しみ過ぎます!

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