大下容子ワイドスクランブル『スペシャル対談「 戦後 80年」 広島 今日 原爆の日・・・被爆2世として生きる歌手・吉川晃司の思い』④
広島県出身のキッカー浩司さん。え、今年 同じく広島出身で、え、同年の奥田さんと 、え、ユニットである王コーチを結成し ました。 で、ちなみにこの大チコーチというのは、え、奥田さんと菊川浩司さんと浩司さんのそれぞれの頭文字を使いながら、あちらこちらというのを意味する広島弁の落ちこ地、 これをもじったもので、え、東北と近く、過去と現在、現在と未来をつなぐ意味合いもあるということです。え、そんなお 2 人が今年発売したアルバムの中にリトルボーイズという曲がります。え、作手はキか王さん。 作曲が奥田尾さんです。で、このリトルボーイズ、え、とは、え、リトルボーイとは広島に投化された原のコードネームでもあります。え、ではこのリトルボーイズ実際にどういう曲なのかお聞きください。 上越した ボーイズ複数系になっているんですよね。 はい。え、野良ゲーという歌詞も出てき ます。はい。で、あの、お聞きいただいた ようですが、歌詞にはあの日の雲、上と下 のリトルボーイズ、母の手から奪われた リトルボーイズ、誰も港とやってたんです 。キッカーさん、キノコ雲の上にも下にも 同じように母親から見送られて国を背負っ て戦っている子供たち、つまりリトル ボーイズがいて、母親はみんな生きて帰っ てくれよって思ったに違いないと。キノコ 雲の上と下をアメリカと日本に満立ててた 。え、両国の両親の、え、その思いを、え 、母親の特にですね、思いを歌詞にしたと いうことなんです。え、そして今大さん からあったその江野ラゲイですね。え、 江野ゲイというのはご存知の通り広島に 原爆を投化したB26爆撃につけられた 名前です。ま、基長の母親の名前だったと いうわけなんですけれども、え、歌詞の中 には江の悲劇を僕は新天地のディスコで 踊った。歌の意味も知らないの。ただ全て に無で無邪。え、母さんは疲れ果てていた んだろうが息子たち戦場に身を食ってあの 日に雲上と下のリトルボーイズ母の手から 奪われたボーイズ誰なとキッカーさん 実態権だということなんです。80年代に イギリスでヒットした平和への願いを込め たエノラゲイの悲劇という反戦のその意味 を知らずに踊っていたのを思い浮かれて 書いたということでした。はい。 さん、今年を迎えるキッカーさんが奥田さんと一緒に何かできないかということで 次の世代に向けてもこうね、あの原爆は恐ろしいもんなんだぞとこう正論で言われるよりもこういう形で歌にしてこう聞きやすくしてあの入ってくることでこれどなんだろうってるんだろうって思うきっかけになり自分で何かこう調べていくってきっかけになるかもしれないので本当に何かこう 言う、まっすぐ正面から言うよりもすごい効果的なんじゃないかなっていうのはすごく感じました。 はい。 こう自分がかっこいいと思う自分で痛いと言いますか、やっぱりこう美学が終わりだなって。 うん。 見た目ももちろんですけど、行き方がかっこいいなって思います。 そう。 あの、ま、キッカーさんとグ田さんは音楽作りによってはもう勝手に水と油だと いう風なね、おっしゃってましたけれども やっぱ皇帝に互いを尊敬する思いがあって、 で、なんて言うのかな、確かに違うのかもしれないけども、この水と油が向き合うことによってこんなに素晴らしい作品ができるとだからいや、本当にあの、繰り返しますけど、今の国会屋は少数与党でいろんな政党があって本当にもう意見だけ行くともう水と 村のように感じるかもしれませんけど、本当にね、正面向き合ってね、こう徹底的議論尽くしていただくと非常にあのいい国になるんじゃないかなと思ってね、そこはもう期待したいなと思います。 はい。あ、そうですね。 なん、今話聞いてて、やっぱり自分と違う価値観がいる、価値観を持つ人がいるんだ。知ることが重要で、それってこう自老質的な人の中にいないで他に飛び込んでいくことで知ることだからそういう行為って大事で、それも今の国会が同的な人たちじゃない中でいるっていうことにつがってかもしれないです。 うん。本当そう思います。うん。 佐々木さんは はい。あの、そうですよね。 江野ゲイっていうのを今の、え、ま、この 世界で知っている基礎がどれだけいる だろうかっていうことを考えた時に、ま、 たまたま社会で勉強しましたっていう方も 結構多いとは思うんですけれども、 そもそもこのエノラゲイの悲劇どういう ことなんだろう。まさに萩也さんが おっしゃったようにここから色々と爆撃の ことであったり広島長崎のことを色々と 勉強する機会になるんだろうなというのを 感じますね。はい。あの、本当に正直な方 だなと思って本当にあの、自分よく 見せようとかそういうことではなくお話し くださって本当にあの感謝ですし、その やっぱり見たくないものとか辛いもって 聞きたくないし、見たくないって楽しい ことだけ考えて生きてたいって私も、ま、 もちろんそう思う人多いと思うんです。で もやっぱり楽しいことを考えて生きていく 世の中であり続けるためにはやっぱりこう いうことも話さなきゃいけないのかなって いう風に思いますし、やはりその核兵器の 被害がどれだけ悲惨なものかっていうのを 日本が粘り強く訴え続けることが慰例で あると私は改めて思いました。うん。 あの、本当にお話距離でずっとこういう話をするってあんまりないことで、 これ古ルで見たいな。フルで見たいと思った方いじゃない。 普段親しい人とテーブルでなんか食事しながら喋るっていうことあるかもしれない。もう膝と膝がくっつきそうなぐらいな距離で こうしっかりお話人と話すっていうのはなんかあんまり最近やってなかったなと思って気づくことがたくさんあって 本当にありがとうございました。 ありがとうございました。 はい。
#大下容子ワイドスクランブル
#戦後 80年
#広島原爆の日
#被爆2世
#吉川晃司
2 Comments
なに
アホな
ことを
いうんだ
1984の
吉川で
いけよ
かざるな
吉川晃司最高