【あの懐かしの映画を語ろう】第2回「私をスキーに連れてって」後編――ラッシュは散々、でもユーミンの曲を入れると…⁉(語り手:山田耕大 元にっかつプロデューサー)
あ、でもあれですね、あの映画はそれで、ま、色々とすった問題でできたってのは聞いてるんですけど、その終わった後はどうだったんですか?やっぱりヒットすると思ったんですか?あの、ま、その前にね、あの現場の面白い人って、あの人ね、 バさんってあの芝居を取ることにもあんま興味ないのね。 ああ、 興味はね、その小物 うん。 あ、ブランドアイテムですね。 アイテムとスキーしかも興味なくあの、トランシーバーとかね。ああ。 そう、そう、そう。 うん。 あの、それでだから 車とかね、 や、役者がね、ちょっと相当不満が溜まったみたんだけど、 あの、監督法でね、あの佐藤俊浩さんていうこのさんでも本当に うん。 熊白組っていうぐらい熊さんの大で、 また熊監督とバ監督全く負けないだけど、ま、あの、すごい優秀な女監督なんで。 うん。うん。 で、僕はね、現場を 23回バさんの顔見に行ってたんだけど うん。 あの、ひ、一芝居 1 万円で佐藤さんとやってるってわけだよ。 それある時ね。うん。 やばさん佐藤さんにね [音楽] 70万ぐらい借り借りちゃった。 70を縛りつけてもらったのか。 あ、そうか。 女監督に芝つけてもらって監督監督ね。 あ、監督か。つけてもらってたですね。 そう。 いや、興味ないんじゃないですか。 ああ、そっか、そっか。うん。 た、さすがにやっぱ2 作目からはね、自分でやったと思うんだけど うんうん。 でも聞いたらなんか自分が監督するっていう強い気持ちはなかったみたいですね。あ あ、そうですか。うん。 それね、本作りの時ね うん。 あの、ホ一側のあれでね うん。どんなに曲がりかま うん。 あの、間違ってもヤザだけは絶対出さないようにしましょうと。うん。 ヤザが出てくる映画僕できないと言われて。 それそれは若ね、ゼ若大将って座ってますからね。 うん。だから別に役私を好きにするっても役が入る余地はないと思いと思うんだけど でもねもうこう念をすようにねは出したくないと。 なるほど。そう、 遠い映画は嫌いだったんでしょうね。 日本映画のね、この、 そういうなんか、湿めったやつがなんですね。 ドサとさが嫌だったんですよね。 うん。うん。 それはあ、最初にあった時の印象そうでしたよね、本当。うん。うん。 うん。 ただまでオールラシでね、オールラシスでね、やっぱりもうこう有民なの歌が うん。うん。 あの、乗るっていうのが前提して作ってるんだけど、その有民のね、あの、 プロダクションの人が見に来て うん。うん。 黒評するんですよ。何ですか、この映画? うち、うちの遊みなんかもうこれ使わせませんよみたいこえ それぐらいまで言ってたんですよね。 うん。うん。 だ、確かにね、あの、ま、やっぱりバさん素人だし うん。 うん。やっぱりあの拙い 分もあったんだけど、ま うん。 と々やっぱりね、あのすごく斬新なねとか結構あって あのカメラね、川健さんって方もすごいギャラ高い人だったんだけど うん。うん。 CMの巨でもあったんね。 ああ、そうなんですね。 で、スキンのね、あ、格好のシート良かったですね。 なんかね、 うん。 ずっと写面を うん。 夜滑るとかもうこれうん。 月面化を滑ってるようなこうすごいファンタジックな うん 絵だったよね。 うん。 あれはすごいカメラはすごいなと思ったけどね。 うん。 それでもちょっと評判悪かったんですね。 いや、あのオールラシはそれでま、とにかくもうケちょんケちょんで うん。 編集のと富なんか うん。 何こやさんダめよとう。 うん。 うん。うん。 あのね、取るべきもの取ってないし余計なものばっかり取ってるよね。 で、相当やっぱりバさんと森あのと富田でやり合ったと思う。 ああ、編集のね、富さんね。うん。 それで ま、で結局ね、あの有民の歌載せったらこれがピタっと合うんだな。 ああ、 やっぱりそれはね、 この歌に乗せてっていう イメージがあるんですよね。もうちゃんとそういうシにそれが計算してるね。 うん。 それがあんまやっぱりピタっとって逆にその有名のディションびっくりして うん。うん。 いやあ、素晴らしいって話になって うん。できたら 映画ってそういうもんなんだよね。映画ってそういうもんですよね。うん。 そう、そう、そう。 うん。 あ、良かったですね。本当それでね。うん。 でもなんか僕、あの、なんか東京国際祭が決まってなんかどっかでお披めの時初めて見たんですけど、そん時山田さ生やった時はでもなんかヒットするっていうような顔はしなかったでしたね、みんな。なんかね。 うん。知らなかった。 うん。うん。 な、なんかね、 俺見た瞬間これヒットするなと思ったけど。 うん。いや、作ってるがってわかんない。 うん。 うん。 わかんないんだよ。 うん。 あの、なんだろうなと。ただね。 うん。 うん。ま、ま、本当若い人は喜ぶうかなって。あ、 あの、 DVD で見たりするとね、ものすごくね、ちゃい感じがするんです。 ただ劇場で見てね。 そうね。そうね。 あの、いい絵とね、それから有利の音楽ね。 うん。うん。 若者が熱狂するな。 うん。ま、あとあれですよね。やっぱりその時、まだそのトレンディドラマの走りみたいなもんで、まだそのあんなバさんって本当に怒っちゃだから、あんな遊びしてる人いない、ほ、ほぼいないね。ああいうことやってる人がを見るなんてことが映画の世界しかないぐらいなね。 普通の人あんな好きのあの遊び方して なかったから、もうだってみんなね、民宿 とか止まってあのスキー場まであの板担い て言ってたのにババさんは内バプリンスと かのもう前がもうゲレンテのところに 止まってね、学生時代から好きすることの 経験してるからやっぱあのああいうあの なんか情報っていうのは情報量っていうの は当時の若い人見たらねあこんな遊びが あるんだと思ったような気もしましたけど ね。 ま、もちろん映画も良かったのかもしんないけど、そういうやっぱり映画書いてるところが普通の学生と離れた遊びをして気がし、 まあ、なんか整形のお坊ちゃんだから 安倍晋臓 そう、そう。安倍晋三さん、 安倍さん同期かね。 同級生らしいですよ。 同級生。 うん。 でも本当俺はすごく当たると思った。甘いが。うん。 あれですよね。永遠の1/2 と日本でうん。日本で公開だったですよね。うん。 うん。 あの時ね、キネジかなんかで森田さんが うん。 私のを好きにするのが断然いいって言いてた覚えがあるね。 うん。でもやっぱり映画も圧倒的に うん。 私を好きにすれってみて見に来てた人が分かってきそ。 そっからほら正月だな。 あのこそる女たちの平営にもなった。 あ、なった。そうですね。 で、それ正月が終わって また6。 あ、そう。あ、そうでしたっけ。うん。 だからすごいね、長いスパンで うん。うん。 ま、1 がね、つまんないかとは言わないけどでも当たり方ではね、あれでしたよね。 うん。 そういう結婚が起こってますね。 うん。 いや、あんな当たるとあんまなかったね。 うん。うん。俺もでも見た時本当にこのが当たるなって俺は思いましたね。 うん。 バさんってでも人の顔よく覚えてんだね。 よく覚えてるね。 びっくりした。この間だね。 た木郎さんしの しぶ会やったらバさんがすぐ分かったんだけど僕なんかねあんま覚えてねえと思ったら全然顔変わかってるから すぐ山さんとか言ってもん ででその史郎さんのしの部会も別にその大げさんにやれない山さんと俺ぐらいでやる中でやっぱバさん相外はいやですかって言っても俺ぐらいしか連絡さきない知らないから出したらやっぱ来ましたよに それもちゃんと住んできた 包まなくて会議が正でやってんの 進んとなんかこんなあれびっくりしましたね。 うん。リ だそのぐらいやっぱりあのバさんも白さんに世になったなんだなっていうのはもうわ、分かりましたね。あん時ね。 僕あの何回かねばバさんにの会社に電話したことあるんだけどさ うん。 そしたらね、あの宣伝部でバさんお願いしますって言ったらね。うん。 あ、ちょうどね。 うん。 バレンタイン 映画の あれもバレンタインの時で 今ねこもに車内回ってます。 そう言ってた。 結構ね、人気物だったらしい。技場いっぱいもらえ。 日のね、創業者の孫なんですよ。 思っちゃなこいつがみんな思っちゃだな。うん。だからけなはもう絶対うん。 本当こんな化石みたいな人世中いるんだと思ったもんね。あの日立ち行った時 汚れないでさ映画とゼロスブと若大将だけ見てさね。その家族ゲームとか見ないで 256まで行っちゃった人なんて アメリカのBK映画とかね。 あ、そっちはみたいですね。 あのうん。 バババさんが進めてくれた映画ね、何本か見たけど結構面白かった。 うん。 でバさんしかもね、あの うん。 結構ね、早送りで見てたらしい。 あ、そう。え、もったいないじゃないですか。やあ、時間がもったいないですよ。 だけどはね、ものすごいね、 もう徹夜 23回やった覚えがね。 うん。うん。 あの、本当にね、やってて、あの、特にね、あの、意識が活案したね、滋賀から漫の うん。 あの、あれのね、あの、 尋ねてくとこあるじゃないですか。あの、 あそこなんかは うん。 バさんはね、もうすごい頑固に うん。 あれはい。全員で行くべきだつ。いやあ、 1 人で行かないきゃメロドロマならないじゃない。 すごいね。け学の うん。 で、 あの、追っかけてくるね、こ、 あので僕何本かな、レア映画の話て、こういう時、こういう時に こう、こういう うん。 やみたいな先員のことなんか いくつかあげてね。 やっぱりね、あれは1 人でで、あの、車乗って行かないとダメだって話をね、して、 どっち、どっちになったんですか? やっとなった。 あ、そうなった。そうか。そうか、そうか。 あれすごいいいしね。 うん。うん。そう、そうだ。これついたらね、あけましておめでとうございます。うん。 あの、あれをね、最後の最後にあの、滋賀から漫だっけ行く うん。 あれをね うん。 あの、バさんの元々の本は うん。 そのままなんだよ。 うん。うん。うん。 あれ、あのストーリーはあんま変わんない。 それをそのうん。 新年の挨拶に走るっていうのは意識がない。 が欲しいって。 うん。 それはやっぱりね、やっぱり脚音家ならではそ、ま、ちゃんとそういうことやるわけですよ。 なるほど。 それ妄す聞くんだよね、あれは。 うん。やっぱ意識は才能あるもんね。 うん。 そからあの、ちゃんとね、 シナリオのセル、ま、さすがにね、正築の うん。 あの、シナリオ研究書たんで、 あの、セオリーをよく知ってる。うん。セオリーをね。うん。 うん。 ま、それもなきゃ多分映画とセでしょうね。 ババさんのあのアイテム好きだけじゃね。それは間違いないね。うん。うん。そんな感じですね。で、次回はドレミア娘とベッドアイズで行きますけどいいですか?文句りますか?なんか大丈夫ですもんね。 あ、補、え、 補です。 うん。この日本で次はまたき それ両方ともヘ扱いなんで 映像は出ます。 見ながらできます。見ながらで でもこのねドレミの話本当面白いよ。え、 で、元々山さんがだからそのロマンプロでやってた企画だから それが却下されちゃった。 あのロマンプロとて整理しなかった。そうそうそう。なんじゃいこれはって戦務に言われて本部長な。 本部長武田 的天的ま死んじゃったけど もういつもね返せ返せ返せ。 それが名前をその時のタイトルが恥ずかしゼミになるだった。 そうそうそう。女子大生 恥ずかしみになるとタイトルはロマンプロノっぽいよね。俺じゃないよ。 それがドリメになっちゃった。今でもなんか知らないけど上映もされるという。 いくら作ったんすかね。 あのね、あれだよ。 あの、買い取りがね、 500万なんね。 だから1000 万の大型買取りっていう大型 で1000万。 あれ1000万ですかね? 1000万 今で言うていくらぐらいなんすか?これ 2000万ぐらいじゃない? 2000 万ぐない。でも、でも撮影上が使えたからね。ただでそのそれをいくらで換算するかだよね。うん。 うん。 あとでもあれカメラマンとか社員でした? カメラマン誰だっけ?あれ?あれ日家作品だからね。ま、買い取りさ 調べりゃ分かる。 うん。 いや、ひょっとしたら黒さんが連れてきたかもしれない。 うん。 で、伊さん出てんのね。ね。 伊さん出てますよ。 うん。 ま、うん。ど口さんも出てますけど。 うん。 確かにロマンプロではない。どっから見たもん。 じゃあ、それはまたゆっくり見しましょうか。
#私をスキーに連れてって #馬場康夫 #三上博史 #原田知世 #ホイチョイ #ユーミン #山田耕大
昭和から
平成へ
移ろいゆく時──
『あの懐かしの映画を語ろう』
映画を創った人だけが知っている物語がある──
80年から90年代を彩った日本映画の舞台裏に迫る、「キネマ旬報」公式YouTubeチャンネルのオリジナル番組。元にっかつプロデューサーの山田耕大氏が製作の舞台裏を語りつくします。
■第2回「私をスキーに連れてって」
ホイチョイプロダクションの見栄講座を基に映画を制作しようと始まった企画が、スキーへ変わっていくまでの経緯、フジテレビの面々の参加、スキーをしたことがない脚本家にスキーレッスン!?など、制作のあれこれ、当時の製作秘話が語られます。
■語り手
山田耕大 氏
元にっかつプロデューサー
脚本家、元大阪芸術大学教授
■聞き手
平田樹彦 氏
映像企画・制作会社 ダブル・フィールド(株)代表取締役
〈絶賛配信中〉
第1回「家族ゲーム」
前編:https://youtu.be/MQdGi9lI2ZM
後編:https://youtu.be/ZPkQQ0ZCdJo
〈今後の配信予定〉
9月3日(水)「ベッドタイムアイズ」
9月17日(水)「ドレミファ娘の血が騒ぐ」
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