映画「雪風」と日露戦争とシベリア強制抑留の真相【シバちゃんとサネヨシ】「幸せ!日本発見塾」ツイキャス令和7年8月24日(日)
はい、し先生、こんばんは。 あさん、こんばんは。ありがとうございます。今日もよろしくお願いいたします。 します。はい。 はい。うん。 えっと、今日ですね、えっと、まあ、ま、 8 月ということもありまして、え、ですね、ま、あの、 戦争修戦の お話をですね、ちょっとしたいと思っているんですが、 [音楽] えっと、実はですね、えっと、 8月の13日付けの読み売り新聞、え、 ですね。 えっと、1580年、昭和100 年ということで家族の記憶っていうことですね。 うん。 あの、俳優の玉浩さんっていらっしゃるじゃないですか。 うん。 うん。で、その方のおじいさんうん。竹尾夫さんていう方なんですけれども、えっと、ま、その方のですね、お話があの、載ってありまして、 [音楽] ま、そこちょっとあの、うん。 [音楽] お話をしたいと思うんですけれどもね。 はい。 あの、この、ま、桐さんのおじいさんのその竹夫さんっていう方はですね、あの、島根県の沖野島の西の島っていうところがありまして、あの、五大子天皇の黒記書がある島が島なんですけれども、 [音楽] あの、ま、そこのご出身なんですね。 はい。 で、えっと、この大戦争でですね、ちょうどこう、あの、シベリア緑流のうん、 [音楽] あの、うん、経験をされてた方ですね、 えっと、ま、ちょっとあの記事をご紹介したいと思うんですけれども、 [音楽] で、実はそのこの沖島の西の市場というところにはですね、あの、ま、今年はその、ま、大東亜戦争が、ま、あ の戦終戦の 80 年ということでもあるんですけれども、あの日戦争から 120年なんですね。先週120 年ということもありましてね、で、ちょうどその西島というところにですね、え、その日本海線で流れついたロシア兵、え、ええのですね、お墓があるんですね。 で、そのお墓を当民がずっと、ま、お金を出してこう伴らったっていう、こう、なんというか歴史がありましてね。 [音楽] はい。で、ま、その竹夫さんもですね、 あの、シベリアにこう欲留された後ですね 、え、その お墓って言うんですかね、そのロシア兵を あの友 でですね、それをこうなんか墓りのような 形でずっとこう守回おられたというんです ね。ま、記事が乗っておられてうん。うん 。で、ちょっとご紹介したいと思うんです ね。この記事ですね。ちょっとあの長いん ですけども、え、路兵2名の墓、え、日本 海に浮かぶ西島根県、え、沖諸島の共同 墓地の一角に高さ1mほどの墓が立つ。 日路戦争の日本海戦1905年で流れつい たロシア兵を当民だが、あ、金を出して とらった。俳優の玉さんの祖父さん。14 年ですか、去年ですかね、え、102歳で 、え、主教居されて、え、竹夫さんは晩年 、え、までこの墓を守り続けた。竹夫さん は過酷なシリア欲流の体験者だ。帰国に、 え、墓森になった祖父の新情を知った木 さんだった。人としての優しさがすごく 感じられる。人間世もじゃないということ 。で、ま、その次にそのシベリアでの体験 のことが書かれてんですね。 で、島で生まれたさんは太平和戦争がする直前の 1941年12月1日、20歳で、え、旧 陸軍兵第21年代に入った。42年3 月から中国大陸に転線し、マ州の主要都市法店で修正選を迎えた。 [音楽] 武装解除ゴシベリアに連行され、え、45 年10月千ザバイカル地方に欲で欲流生活 が始まった。竹夫さんが後に島の住民だと 問わず語りで漏らした話を総合すると 厳しい日々の一端が見える。当初は四つよ をしげる建物がなく天幕での生活空腹を 野草やキノコで紛らわせ矢白か場などの 三輪伐採に従理した。真冬の気温は -40°防寒はあっても寒さで体がしびれ え切った木やああえ正面は一瞬で凍った 仲間のうち約350人が最初の冬を起こせ ずに命を落とした約2年間の欲を終え47 年10月故郷に戻った うん で次が冒険の年一緒っていうことなんです けどねえ島で暮らし始めた夫さんはいつの 頃からかも毎日朝にロシア兵の通い草り などの定例をするようになった。備える ための仕身は自身の畑で育った。たまさん は子供の頃暮らしていた名古屋市から毎年 夏休みを訪れ1週間ほど過ごした。竹夫 さんと一緒に色みに出かけロシア兵の水を かけて苦労する様子を近くで見ていた。 しかしその理由を尋ねたことはなかった。 本当に日常すぎてあえて聞いてみようという感覚もなかった。ま、これは田浩さんの感想なんですけどね。 え、しかし、え、地元住民団問われると竹尾夫さんは決まって答えた。 [音楽] 1 人間として国に帰りたいという思いは一緒。ここに眠るロア兵は帰りたくても帰れなかった。生きて帰ってくることができた。感謝の気持ちを込め、せめて墓の世話はしてやりたい。 うん。 欲流の恨みは口にしなかった。 うん。竹夫さんは田木さんだ家族のに欲の 体験をほとんど語らなかった。晩年入所 施設で記した短い文章からはその心情の 一端が伺える。捕虜になったら腹を切るか 下を噛んで自殺所と教育を受けていた。 捕虜になって帰ってきたので恥ずかしく誰 にも話したことはなかった。たまさんが 読み売新聞の取材で家族が知らずにいた 竹夫さんの一目を知った。 いわゆる相手国の方々も 1 つの命に変わりはない。誰であろうと優しく迎えれるという姿勢は素晴らしいな。恩酒を超えた無償の行為は家族の歴史にしっかりと刻まだだけでなく海を超えたロシアでも語り継がているということですね。ま、結構これ特集の記事になってるんですね。読み神て。 で、ま、えっと、 6面のところで大きくバーンとこうですね 、書かれてあって、ま、その後ですね、 あの、結構ロシアでもこの、ま、あの竹夫 さんのあの行為ということがこう注目され て、ま、あの一時的そういうこうなんと いうか、あの交流があったそうなんですね 。 で、うん、ロシアとの交流を巡ったドキュメンタリー映画の政策ということで、ま、あの、竹夫さんにもこうなんてか、インタビューとかをこうね、あの、受けてもらえたようなんですけれども、で、その時のこうインタビューの中で、ま、こういう風にこう夫さんおっしゃってるんですよね。え、人間は皆平等、兵士は国のため義務を果たし、しに戦地に行くが戦争をしたいわけではない。戦争は繰り返しとはならないとご気をつめた。 20分の予定だったインタビューは2 時間に及んだということですね。ま、え、そういうこう交流があったんですけれども、ま、あのウクライナ侵略の戦争があって、ま、ちょっとこう間が途えたっていうことなんですよね。 うん。 で、うん。ですね、ま、あの、現在その玉さんね、ちょうどその映画があの [音楽] 8月15日からあって、雪風っていう 9区間の映画ですかね。 ま、それにられていて、ま、たさん結構あの戦争映画にですね、あのも出られてる方でもあると思うんですけども、私も今日ちょっとその雪風見に行ってきたんですよ。あの、午前中で。 [音楽] で、ま、それもちょっとこう、あの、紹介してるんですけれども、えっと、読みの基地の中でこうですね。うん。 繋いだ命とこがあって、え、田町さんは 映画や、あ、絵本の中の竹夫さんの姿に 触れ、こうやって誰かに何かを伝えようと している祖父の姿はすごく新鮮で、やはり 生きてる間にちゃんともっと深くきたかっ たなと後悔をしました。た木さんは終戦の 日の8月15日に全国公開される映画幸風 で多くの命を救い主力口逐感の中でほぼ 唯一大きな損傷なく修正を迎えた奇跡の 口逐感ゆ家での乗り組みを演じるた木様は 今回の映画を生きる高生へつぐという強い メッセージが込められていると語なる。だ からこそ戦下や欲をくぐり抜け生きて帰っ てきた竹夫さんに感謝する。が何かの形で 命を落としたら僕は当然ここにはいない。 繋がっているものを想像するとありがたい 。厳しい時を経て生き延びて命を繋いで くれたからこそ今がある時代国境立場を 超えて次の世代へ世代で行きたい があるとこういう風にですねあのま記事 紹介してるんですけれどもね。 で、私はあの、この記事読んでね、あの、ま、 2 つのあのことをですね、あの、考えたんですね。で、やっぱり [音楽] 1 つはその盾の命の継承っていうことですよね。そのおじいさんの経験、そのおじいさんの体験がこうやっぱりその田さんの、ま、今のその俳優活動にも大きく影響与えているっていう [音楽] ことだと思うんですよね。 で、このあの雪風のこれちょっとここ私パンフレットあってあのま、雪かの話はちょっと全部あれなんですけどもよかったらご覧にならといいと思うんですけどとですね、ま、あの最後のま、ナレーションうんてですね、ま、最初にあれかな、あの 1970 年の万博うのあ、あの光景が出てくるんですよね。 で、それでこう、あの、ま、戦争が終わっ て、ま、携帯性で発展していったっていう 話だって、で、ま、で、あの、その、その 頃にその 彼が、あの、ま、あの、船としての、ま、 船としての障害ちょっとあれなんですけど も、それが終わってしまうんですね。うん 。うん。で、あの、その、ま、雪た風の その戦闘の進、この1番最後 の、ま、クライマックスの1番最後の ところの、ま、ナレーションでですね、ま 、長とかこのた木さんがやったこうなんて 言うんですかね、あの、5長、000人長 なんですけれども、そういった人、ま、 なくなるわけなんですけれども、ま、こう いう風に言ってるんですよね。え、館長ご 報告があります。雪風が沈みました。戦争 福印戦賠償官として20年働き続けこうし て日本が復興した姿を見届けて台風の海に 消えていきました。館長人長この中にもう 豊か風を知る人はいないでしょう。いえ、 いいです。あの日普通に生きてきたかず 多くの人々が命を奪われ、家族や仲間や 恋人たちに自らの未来を閉した無数の若者 たちがいた。そんな時代があった。その ことさえ忘れなければこの国は大丈夫です 。日本は大丈夫です。っていうですね、ま 、最後こうナレーションがあるんですけど 、ま、やはりそういうこう盾のそういう こうさきの戦争でこうですね、もうされた あ、方々あ、そういう方々があってのは 現在の平和な日本だよというですね。で、 そのことを絶対忘れてはいけないだろうと 、ま、いう風に思うんですよね。うん。ま 、それが、ま、こう、縦の命の流れで、ま 、そ、ま、色々なその家庭にそういうこう やっぱりそれぞれの歴史があるんだろうと 思うんですけども、ま、た木さんのところ もまさにそういうこう縦の命の流れ、 そしてその受け継い継承していくべきもの ていうものをね、これ示しているなって いうことでですね、すごくちょっと考え 深いなという風に思ったのが1つあるん ですね。はい。それからもう1 つはやはりその、ま、かつての敵であったあのそのせ、その兵士ですよね。それを伴らうということですよね。 で、ま、その戦後では結構その人道主義とかまあね、あの人類とかっていう言い方もするんでしょうけれども、 昼帰って考えていかない。 あの、もう1 つの視点としてはやっぱあるのは私は武士道っていうことじゃないかなっていう風に思うんですね。 [音楽] はい。 で、その田町さんのその竹夫さんのそういうこう、ま、あのロシア兵をこうずっとこう伴という精神ですか。で、この精神ってあの日戦争の時にもあったということですね。 これをやっぱりあのやっぱりきちっとあのご紹介しておきたいなっていう風に思うんです。 [音楽] ですよ。で、それは、えっと、ま、皆様ご承知の通りの、あの、ま、両攻略戦がありますですよね。 で、その第3 軍のその司令国長官であったそのロギマスケ閣下ですよね。で、え、まあ、あのですね、ま、世界で [音楽] 1 には争うようなあれは潤要塞をですね、ま、攻略をしていくわけですよね。 ま、それ自体すごくこう、あの、当時のあの人からはこう、こう共端の目で見られていたっていうことはあるんですね。 ま、あの、戦後はあの、芝居でかにこうね、あの、愚から戦いをしていたかっていうようなね、あの、観点であの、捉えられるんですけれども、実はそういうことではないんだよっていうことですね、ま、あの、確認をしておきたいと思うんですけど。 [音楽] で、ここでこう、あの、確認したいのは、あの、ま、両を攻略しますですよね、第 3 軍が。で、え、それで、ま、いわゆるあの水への会見というのがあるわけですよね。 で、ま、ロシアのトップはステル証んですけれども、え、それをですね、えっと、乃木丸介閣はですね、清掃で迎えたっていうことですよね。 [音楽] で、ま、それにはですね、あの、 明治天皇が、あ、ですね、明治天皇、明治 大抵が召喚ステルが祖国のために尽くし空 を読みたい、武士の名誉を保たしを望ませ られるという風に山形友 を通して、え、乃木にれていて木は充実に それを守って、え、やるわけですよね。で 、で、その時の、えっと、アメリカの十分 の映画技師がですね、非常を受けて、え、 ま、それをこうですね、あの 映画撮影したいという風に言ったんです けれども、え、の木はですね、え、配線の 賞に少しのデータにならないということで 、ま、1枚の写真、ま、有名な写真があり ますですよね。と先生のあの写真をこう 認められたというわけですよね。 でですね、えっと、ま、そのわゆるその物指導的なそういうこう対応ですよね。で、それがこう非常にこう世界的にもこう評価されていったわけですよね。 [音楽] うん。 で、そして、あの、特質すべきことはですね、あの、明治 40年ですね、あの、 1907年なんですけれども、 で、日本はですね、各地に散するロシア商兵の墓を純に集めてロシア風の墓地で検証費を作って日本政府主催による慰例祭を行したんですね。 [音楽] で、ここにはですね、の木、え、閣下も散列して、え、検証の言葉を述べたというわけなんですよね。 うん。 で、え、これのことはですね、え、日本軍の戦没者慰例費の流の 2年前だったということ。うん。 つまりうん。あの、先に敵の亡くなったその消兵を戸う、 そして時刻の消兵を戸うというですね、ことをやってるわけですね。 うん。 だからそこはあの、その最初に、え、玉田玉武夫さんの話もこうちょっとあのあげましたけれども、ま、あの、愛通るところが私はあるのではないかなと。 うん。日本人のそういうこう慰例のあの構え方っていうことで言ったらですね、そういうものがあるのではないかなというですね、 [音楽] あの、気がしたんですね。 はい。で、あの、ちょうどこの水の会見の 時にですね、え、ま、第3軍の三房の通訳 をやっていた津田これという方がね、あの 双方なき態度を持って雑談したということ で、ま、大まにはステルのマレス閣との間 のその会話ですか、ま、こういう風に紹介 してるんで、ちょっとご紹介したいと思う んですけどはい。テセル証、え、閣下が当 方面の戦場において最後の2次を 亡くなれたとのことですが、誠にご上に なりませんというね、ま、安介兄弟 なくなるわけですけれども。で、え、 の閣家が私は、あ、2次が部門の家に 生まれ、軍人として、え、共に、師匠を得 たことを喜びます。え、彼らも満足して 名目していることでしょう。てる将軍閣下 は人生の最大幸福を犠牲にして帰って満足 しておられる。私などの統具を呼ぶところ ではありません。塗りかところで紀軍の 戦車の墓をが散る様子ができることなら1 箇所に集めを立てて使命などを記しておき ましょうか。ステル障害。 え、閣家は戦車のことまで、え、情をかけてくれるのですか?お礼の言葉もありませんというですね、ま、やり取りがあったという風に言われてるわけですね。 [音楽] これがまさにその武士精神日本人のそののま、戦えばですね、あの、その敵も味方もないという形でのそういうこう愛に対する姿勢ですよね。 [音楽] だ、この姿勢を私たちはその先人はあの持っておられたんだということ。そこをですね、あの忘れてはいけないと。そしてその慰例の心っていうのがまさしく日本人の心でもあるんだと [音楽] いうことですね。これをですね、あの今日はまずあの強調しておきたいかなとあのいう風に思ったわけなんですね。 うん。うん。 はい。 で、それからですね、あの、ま、ちょっと色々話が、あの、色々あるんですけれども、あの、昨日の [音楽] 8月の23日ですかね、え、 8月の、えっと、 23 日がですね、あの、いわゆるスタイがそのシベリアを徹底するう日だった。 [音楽] ということなんですよね。 で、ま、それで、えっと、自留学の先者では、ま、あの、祭ってんですかね。あの、それが多分昨日、 え、行われて、えた、あ、ま、そういうこう日でもありますので、ま、ちょっとですね、あの、シベリア欲の、えと話をですね、ちょっとしておきたいかと思うんですね。 [音楽] [拍手] はい。で、これはあの 今日の3新聞の教付けの産経新聞なんです けれども、ソ連に欲流ぬ戦友思い取りが不 で犠牲者追っていうことなんですけれども 、え、旧ソ連による日本人欲流の経験者や 遺族約180人が23日国立千ヶ戦没した 防衛、え、で犠牲者の追い を開いた。今年で旧ソ連による対日参戦 から80年経験者らは記憶の継承と前貌 解明を訴えた。旧ソ連は1945年昭和 20年8月日素忠立条約を一方的に破って 退員参戦民間人の虐殺や現在まで続く北法 領土の不法選挙などに加え56年、え、ま 、昭和31年まで、え、シベリアや モンゴルなどで日本軍兵らを抑留した。 日本政府は約57万5000 人が抑留されたと推計。え、このうち少なくとも 6万人以上が死亡したとめられる。 うん。 1945年8月23 日は当時のソ連最高指導者スターリンが欲方針を決定した日であり、伊族らは平成 15 年からこの日に合わせて追の都を開催している。 西倉正さん100歳は昭和20年1月に 徴収され、終戦後3年近くにわたって シベリアに欲された。栄養市長や道などで 多くの声優を失い自身も病気を患いながら も期間身元不明の異骨がされた脳骨の前で ここに立つといつも申し訳ない気持ちで いっぱいになると犠牲者を祈った。欲流を 巡ってはロシア政府の情報公開が不十分と され、え、欲留者や者数の全体像は不明だ 。基本的なことが明らかにされず、原因や 責任の救名も放置されたままだとして調査 の加速を求めた。え、父の吉夫さんを失っ た、あ、福岡県の江戸吉典さんは81歳は 幼少を木に行方をしろうとラジオの尋ねと の番組に聞いっていたと年は平和の唐さを 高生に伝える責任があると語った。東京都 の小島裕友人さん82歳が父のお相さんの 死を正式に知らされたのは11年前だ。母 はその前念に亡くなっていた。多くが8月 23日を知らない。 ソ連のしたことを日本国民に知らせる支してほしいと話したということなんですね。 うん。 で、これはですね、あの、政府の、え、発表、ま、厚生労働省ですけれども、発表が約 57万5000 人が欲されたと推薦されていて、そのうちの 6 万人以上が、え、なくなったというされてるんですね。 うん。 で、あの、私はですね、あの、これはかなり少ない数字だと思ってるんですね。 [音楽] うん。 うん。で、あのですね、ま、実際にあの、ま、正確に言うとシベリア強制欲流なんですけど うん。あの、強制という言葉がないんですけど、強制欲っていうのは正しい言い方だと思うんですが、 えっと、これはですね、あの、ロシア側とかのですね、あの、資料とか、あ、ま、指揮者とかがこう行ってるのは大体 105 万人なんです。あの、欲留された人は でうん。で、えっと、まあ、 47 万人がですね、え、ま、あの、日本に帰ってきて帰還してるんですが、 [音楽] だから残りのですね、60 万人っていうのが、 あの、死亡しているわからないです。 うん。で、えっと、お徹底的にあの、もう、あの、自分の持ち物とか、あの、死体とか全部も裸にあれしますからね。 [音楽] で、深いところまでこうなんていうか、あの、埋め込んでいて場合によってはもうなんて言うんですかね。あのブルゾーダとかで粉なコなにあの骨とかもやってしまって誰かどのあの骨かっていうのが分からないにしてるわけですよ。 [音楽] [音楽] はい。 うん。で、ま、ハバロクスとかね、ま、いろんなところであの子がありますけれどもあの日本人の骨が入っている [音楽] とは限りません、これは。 うん。 うん。 で、も、もっとちょっと強烈なことを言ってしまうとシドの視野ポジにあの来ている骨が果たして日本人の骨なのかどうなのかっていうことですね。 はい。はい。 これあの以前ねあの北朝鮮道でこうなんか横田さんが亡くなった時て骨持ってきてねあの DNA 鑑定したら違ってたっていう話があったじゃないですか。うん。 で、そういうことがですね、十分考えられるんですよ。 うん。 うん。 ですから、あの、渋谷欲流の実態って実はまだ本当に、えっと、明確に解明されたわけではないんですね。こう大きなですね、数字の差があるんですよ。 [音楽] うん。うん。 うん。なので、あの、場合によったら厚生労働省はあの、改ざしてる可能性があるわけです。数字を。 うん。うん。うん。 うん。 あの、はっきり言ってしまうとね。 で、あの、はい。 厚生労働省って結局そういう賞なのかなと思うんですよね。 うん。うん。 某駐車の話にしたってですね、あの、それを曖昧にしてるわけじゃないですか?うん。はい。はい。 うん。 ていうことも含めて考えていけばですね、あの、真層っていうのがどこにあるのかっていうのはまだはっきりしていないんですよ。 [音楽] うん。うん。うん。 うん。ね、あの、原爆の 10 日とかそういう話はね、あの、散々しますけどね、日本ではね、あの、シベリア欲の話とかね、あの、北朝鮮の拉問題よりも、あの、早い段階で強制連行してるわけですからね。 [音楽] うん。そう。 しかも何十万人という人たちですからね。 うん。 うん。 ですね。うん。 で、これをどういう風にあの、捉えていくのかっていうことはですね、あの、ほとんどあの、まだまだ闇の中だと私は思っているんですね。 うんね。うん。 うん。ですから、あの、そこのところをですね、やっぱりあの、ソ連がね、まあ、なんというか、あの、崩壊して、ま、ロシアだとかって言ってますけれども、 [拍手] [音楽] あの、ソ連を継承している効果が今のロシアですから うん。 ですね、あの、それに対するですね、その渋谷リア欲に対する席に一時期ちょっとあのエリスの頃に、え、謝ったりはしましたけれどもね。うん。うん。 [音楽] うん。あの、ちっとした解明には全くなっていないんですね。 はい。はい。 うん。ていうことですね。 で、それで、あの、ソ連を継承しているロシアはですね、ま、日本がその新国家で軍国主義国家でそれを未だにこう反省してないっていうようなねんですよね。 [音楽] で、それに対する反ってほとんどね、あの、しないというか、 うん。ま、てるものじゃないですか。 うん。はい。 うん。ということですね。 で、しかもなおかつ、え、ですね、この [音楽] 8月16 日付けの産経新聞の一面のところにですね、 うん。 えっと、ロシアが北法領復近で演習してるっていうわけなんですよ。 うん。 ですね。 え、ロシアが不法選挙してる北法領の周辺で今月一杯軍人演習を行うということを通告したってわけです。 うん。 うん。 で、これが政府関係者についてこう分かっていて、ま、一応外務省はですね、そのルートで、ま、あの、一応こう、ま、講議はしてるわけなんですけれども、 あの、根本的なとこでもう、あの、あの、外交の出していないんですよね。 はい。 うん。あの、ロシアに対してね。うん。 [拍手] だから、あの、その辺の問題をこう気にして、ま、あのね、ロシアとその平和条約を結ぶとかね、あの、あの、中国と、あの、ロシアをこう離感っていうような、あのことはね、あの、それごとでしかないですね。 [音楽] うん。うん。思うんですよね。 うん。 で、ま、もっと言いますと、えっと、ま、 9月3 日が例えば中国なんかで、ま、戦記念でね、あの、代々大々的な婚知戦争を勝利と言って記念行事と大規模で軍事パレードを開催する予定になってるわけですよ。で、そこにはロシアのプーチン大統領も参加するっていうわけですね。 [音楽] うん。うん。うん。 うん。ていうことなんですよ。 ま、これがだからあの日本我が国を取りまえているの実態なんですね。 うん。 うん。だからやっぱりそのリアルなその国際、え、政治関係っていうことはとそれからその歴史認識っていうことは、ま、こうしっかりあの抑えておかなければいけないと思ってるね。 はい。 ま、確かにその番最初にあのをあのご紹介しましたけれどもね、それはそれでやっぱりきちっとあの評価すべきところ、あの学ぶべきところはしっかり学んでかなければいけませんけれども、 その歴史の真相ということに関してうん。もっと、あの、私たちはあの救命すべきところは救命する。ま、もちろん反省すべきとか反省していいわけなんですけれども うん。あの、あの、 いらぬ反省はいらないわけですよ。 はい。 うん。ということなんだろうという風にあの思うんですね。 はい。 で、えっとそれでですね、えっと、ま、え、今石さんとかがですね、色々こうあの反省のというかあのですね、色々な [音楽] 8月10 日に、え、ツイトの式のあって、ここ全文があるんですけどね。 ま、それちょっと部ご紹介したいと思うんですけれども、 えっと、天皇高校両陛下のご積戦没者のご一族各会代表のご列席を得て全国戦没者推式をここに強行たします。先の対戦では [音楽] 300の同胞の命が失われました。 え、祖国の育成を暗示家族の幸せを願れ た方々広島と長崎での原爆各都市への空習 並びるに漢方射撃沖縄での地上戦などに 犠牲となられた方々戦後統一教の地で 亡くなられた方々今全ての三たの見舞に あって三た安かれと心よりお祈り申し上げ ます。え、今日の我が国の平和と反映は 選没者の皆様の尊い命と苦難の歴史の上に 気づかれたものであることを私たちを片き たりとも忘れてはなりません。改めて愛信 より経緯と会社の念を捧げます。今勘を 果たされていない多くの恋骨のことも 決して忘れません。1日も早く故郷にお 迎えできるように全力を尽くしますって ですね。ま、このこの後ずっと続いてて いって、ま、えっとさっきの対戦から80 年が経ちました。 今では戦争を知らない世代が大多数となりました。戦争の参加を決して繰り返さない。進む道を [音楽] 2 度と間違えない。あの戦争の反省と教訓胸に刻まければなりませんのとかってあるんですけどね。 [音楽] うん。 で、私はね、あの、ま、先ほどそのシベリアのね、あの、強制天校強制の話をしましたけれども、 [音楽] ま、未だに期間を果たされていない多くのご異骨のことも決して忘れませんと、 1 日にも早く故郷にお迎えできるように全力を尽しましと徹底的にですね、あの、真相を救命していただきたいですよね。シベリアのことに関してね。 [音楽] うん。 ね、ま、ここにもこう各都市への空習と合沖縄の地上戦とかってこう書いてますけど、シベリアの字もないですもんね。 うん。 それからですね、ま、さっきの対戦では 300 万の同胞の命が失われましたて言ってね。で、これについてあの自民党の参議の村子さんがね、 8月23日のあの X で、ま、噛みついてるんですよ。こうなんですね。これもご紹介しときますよ。 内閣総理大臣の言葉を重いです。政府主催の全国戦没者追式において総理は戦者の数について 300万よと公式に発言されました。 そんな一方でNHK読売3系日経新聞等 メディアは共通として約、え、およそ 310万人、え、と報じています。天後8 時点経つという我が国を代表する内閣総理 大臣が肉をなくなされたご遺族と共に、え 、痛む戦者の数と、え、日本の主要な報道 官が伝える戦者の約10万の会りがあ、 あ、あることしていることに私は違和感を 覚えます。約10万人という違いは誤差や 死者入の数え方の違いで片付けて良い数で はないはずです。 ああ あと展示を全倒し を全倒できていなかった法人の掛けがいの ない、え、命の把握とその国民的共有は 手術に基づきできるだけ正確でやって いただきたい。平和を聞 の基本だと信じます。てね。で、この現は ま、良しとしましょうね。ま、あの良しと してもですよ。 ま、先ほど言ったあのシベリアクの問題なくて数字はっきりしてないわけですからね。 例えば100万人とですよ、え、 50 万人じゃですね、どんだけの差があるんですかっていうことなわけですよ。 うん。うん。 うん。ていうことですからね。で、そのことについてやっぱりあの、きっとうん、 あの、考慮すべきであろうとうん、いい風に思うんですよね。 [音楽] 本当にそのなんていうか、あの 多くのごのことを決して忘れませんって いうのであるならばそこの認識をなくして ですね、あの戦後というものがないんだと いうことをですね、あの私はあの強調して おきたいなという風にえですね。はい。 はい。 で、まあ、慰例のあり方に、慰例のあり方にしてもですね、あの、ま、千取士には行くけれども安君には、ま、なんて言うんですか、ま、玉っていうんですかね。あのね、 [音楽] うん。 そうです。こう、あ、ま、参拝するっていうことはないわけじゃないですか。 うん。 うん。 ね、あの、予想の戦とかそういったところには行くわけですよね。 [音楽] うん。 でも日本のそういうこ、あ、そういうこう永霊のその見たがこう静まっておられるところには行くことがないっていうですね。一体どこの国の政治家なんですかっていうことだと思うんですよね。 [音楽] はい。 うん。 うん。ま、そのね、あの相手国の慰例もすると同時に自分たちの国のそのご衛霊、え、も当していくっていうことが基本 [音楽] [音楽] うん。 なわけですからね。あの、そこをあの、どにしてあのやってるのが、ま、今のあの政治家、あの、こう大半の、あ、政治家の考え方なんですけども、ま、もう日本人のその魂感とか合感みたいなものっていうことですよね。あるいは、ま、物質精神というもの、そういったようなものが一致しくかけているっていうことなんだろうなという風に思うんですよね。 [音楽] [音楽] はい。 ま、そういったことをこうちょっとあのちょっと乱暴なんですけどもつらずらとちょっとあのか、あの感じた次第です。はい。すいません。ちょっと長々とお話をさせていただきましたけど。 [音楽] はい。 そうですね。まあ石場辺たりはもうあれですよ。 その、ま、愛の糸とかそのたま安かれとか口ばっかりってね、全力で救命する。そよく言えますよね。うん。そうでしょう。 だからね、ま、その反省もまあ、ま、よろしいですよ。反省とか教訓もよろしいですけども、今まさに国際政治がそういうような状況で目の前でこう動いてるわけですよね。 それに対するそのなんてんでしょうね。 あの、教訓って全く学んでないってわけですよね。 うん。 うん。 そうなんだよね。 むしろ自らその国の危機器みたいなものをあのもたらしてるっていう国難をもたらしているっていうのが 現状なのであって うん。 ね。 いや、本当にね、あの、ま、さっきご紹介したあの言葉ですけど、 [音楽] 2 つのね、そう、こう、なんて言うんでしょうね。 あの、そういうこう、先人の方々のあのことを忘れないっていうことじゃないですか? うん。なるですね。 ですね。 うん。 ていうですね、そこのやっぱり認識なんてだと思うんですよね。 はい。まあ、石場にはないね。うん。 ですね。 ま、あとはやっぱりこうやっぱりあの その命は大事でその ね、あの その生きてその合成に伝えていくことも 大事だけれど ざるは得なかったっていう状況もあるわけ ないですか。 だからその辺のその大けの部分とそれからそのプライベートの部分で戦後ってそのすごくこうプライベートなところばっかりがこうあの うん。 注目されてるだけか。 そうですね。 人間ってそういうもんじゃないと思うんですよね。 うん。 そうですよね。うん。侵略されてしまったら逃げるのかと。うん。 その日本人のそういうこう紡いできたそういったようなものをあの捨ててしまうのかと うん うん いうことじゃないですか はい それで果たしていいのかどうなのかっていうね うん ことも含めてあの考えなきゃいけない問題なんだと思うね うん そうですね ということでございます はい はい まその歴史ま歴史認 式少しずつマしになってるとも言えるんだけどなんか最近どなんだ?あ、ほら中国の方で映画とか南金の だっけやってるでしょ?それで はい。 で、日本側の誰それもそれはそうなんなないとかそんなことはなかったとか色々ちゃんと反論する人もいるんだけど それでもそのあるいは日本は侵略戦争じゃないとかそういう風に言う人も色々いるけどあの日本も悪いことやったけどみたいなのがさ、なんかくっついてくんだよね。 [音楽] はい。はい。はい。はい。はい。はい。はい。はい。 うん。だけど別に元々大戦争と言って崇高なあのアジア放とかそういう理念があったんだとか言ってくれるのに うん。 何に悪いこともしたけどもそれ以上にみたいな うん。 そういう戦とかそういう風ってさ、あれどういうつもりなんすかね、あれね。 うん。ふんふん。 そうやってこう批判を避けるのかわかんないけどそこ全然ね。だから少なくともあの組織として何か虐殺したとか うん。 そういうことは一切ありませんからね。 うん。そうですね。 個人でね、もしかしたら悪いね、違法な殺人とかやってるかもしらんけどね。それは個人のもんだよね。 うん。だから、ま、そういうとは下せませんね。少しずつはね、あ、言ってくれる人も結構いるんだけどね。うん。 [音楽] そうですね。うん。 うん。まあ、単に考えて日本ってそんなになんていうか兵器とか大学とかそんな多くないのになんでそんな民間人をこうなんていうか やったメタに あの逆しなければならなのかっていうね。 うん。 うん。 必要性ないからね。 そうそうそうそうそうそう。 物資もない ね。南金殺何万人? 30万人だっけ? うん。 1人1発で仕留めたとしても30 万発必要ですからね。 うん。 そんなことやる必要ないですからね。うん。むしろだってね、あの共産党とかでしょ。中国共産党とかじゃないですかね。 自分たちのイデオロジーに従いないものがジェのサイドしていくわけだし はい。 うん。ま、国民党だってそういう面が全くなかったとは言えないわけでしょ。中国ってだって うん。っていうことだと思いますけどね。 むしろあのな、南金は結構その感謝ってる写真もあるわけじゃないですか。 うん。 そうそうそうそうそう。だからあのそうですよ。 うん。 そうだからこうプロパンガンダ うん。 うん。そうこう結構こうあのその国際政治の流れながらそのプロプアガンダをこう徹底的に活用していってるわけですよね。中国とか。 はい。 うん。ま、ま、ロシアともそうだし、ま、アメリカもそうなんでしょうけれども はい。 ま、それに対して徹底的にあのそれを防御するというかね。 はい。 ものがある必要だと思うんですよね。だからあのスパイ防止法とかもね、あの制定しなければならないとかって言ってるわけじゃないですか。 [音楽] うん。 本とかね、党の人ってんですけども、 その辺の戦前のね、あの、そういうこう、あの、まあ、なんて言うんですかね。そのプロパガンダ うん。ま、その歴史からの教訓それをどう学んでいくのかっていうことだね。やっぱきちっと ね、それなりに整理総かと言ってあの下でやらないと いけないと思うんですよね。 うん。 ま、それがあるのが1つと、ま、もう1 つはもうすでにね、あの石政権時代がもうスパイの塊みたいなもん。 そうですよ。まあ、伝ったらこの内閣のような はいはいはい。 ええ、あの、じゃないですか。うん。 どう思うんですね。だからそういった意味でもね、やっぱその先の歴史どうあの協会していくのかっていうこととそのスパイ防で私は繋がってると思うんですよね。 ええ。 うん。 そうなんですよね。 うん。どう思うんですよ。うん。ま、してはね、あの、その陸軍中野学校みたいにそうなとかか、そういうそういうこと要請してくような うん。 うん。それど、あの、工作とかも含めてですよ。 はい。 あの、タ国する。ま、それはその普通の出権国家なら、ま、当たり前のことじゃないですか。どこの国でもそれはやってるわけですから。 [音楽] うん。うん。 そうですね。 そういうこう。 うん。 情報ってですよ。 うん。 で、ま、今の日本人そんなのできるんですかっていうね。 うん。まあ難しい。 うん。 すぐ、すぐ組織せよっつってもまあない。無理だね。 やっぱりこですね、 もう戦後そういう大切な国家の主要なそういう部分全部削られちゃってね。 うん。 うん。 なくなっちゃって。 あ、 国家戦略っていうのがないんだよね。もうね。 そうそうそうそうそう。 国家自体がなくなったら我々自身だって守られなくなる そうですよ。 わけじゃないですか。 うん。 ね、あの、それこそね、あの、満州国なんかまさにそうじゃないでしょ。 うん。 ね。 はい。 その衆国を崩壊していった結果どうなったかって言ったらね、ま、それがこう進行していって、ま、すっき勝手なことをやったわけですよね。 はい。 ていうことだと思うんですけれどもね。うん。 いや、だからそれをそういうところを抜きにして、あの、なんだろう、ソレルとロシアが違うんだとか言ってあ、 で、やっぱ単純には言えないですよね。 うん。 ま、単純には言えないし、もっと言うと、例えば、まあね、あの、ソ連が参戦するということは、ま、ある程度こう分かってたわけですよ。外交官とかでもね。 [音楽] うん。うん。 分かってたんだけども、それを握りつた人たちがいるんですよ。 うん。はい。 の中とか なるほど。うん。 ね。 うん。 うん。だからあのその辺のこともきっとそうかしないとね。スパイ防止法なんて うん。 なんか簡単に言ってるんだけど。うん。 そうね。 なかなか難しいんだな。 うん。 うん。 長方とか暴略のリテラはそもそもあの天後に日本ないですからね。 うん。そう。 いうことね。うん。 本当に国の形がね ないもんな。 うん。 そういう大事なところがね。そう、そう、 そう。国の形がないし。 いや、もうだってだと、あの、日本人を優先してね、日本国民を優先して守るっていう考え方は、ま、ね、災害外主義的だとかっていうわけでしょ。 やばいよね。うん。 ね。 うん。 で、まあ、今ね、今度はなんか知なくてないですけど、このアフリカ系のあの、首かこう、地方自治事治体とかこう、なんというか第 2の 故郷みたいにこう受け入れることやろうとしてるわけでしょ。 はい。はい。 え。 ま、日本ファーストはじゃダめだとかわけですね。うん。もう完全にあの、ま、ヨーロッパの [音楽] 2の前みたいなね。 うん。 感じで 今1 番日本がひどいんじゃないかと思って。そういうこうリベラル的な [音楽] ですよ。 うん。リベラル的なグローバリズム的なところにこう進食されて うん。うん。 運動そな方に行っちゃってるっていうね。 そうなんだね。 そう。そういうのじゃみさんどんどん知ってくんないとね。 え、 みんな本当にいや、みさんそういうおかしいところをどんどんね、知ってもらわないとさ。料理好きある人はね。うん。 うん。 ま、だからそれを肯定してるのが我々が何度もこう立ち帰ってくるところだという占憲法なわけですからね。 [音楽] うん。それにそういうこうリベラルとかグローバリズム的なことにお住みつきを与えちゃってるわけじゃないですか。 はい。はい。はい。 うん。 もう今の占憲法を従ってくと うん。 国家はこうならざるを得ないというね。 うん。衰退してくしかないと。 ああ、 もう出たらめがね、なるからな。 そうそうなんですよ。 なんで今度、ま、その憲法セミナー 13回目 はい。9月14日にやりますからね。 そうですね。そうなんですね。うん。 ま、ちょうど、えっと、あの、もう終盤に差しかかってるところで はい。 あの、はい。 ま、あの、こ、今度は、ま、今まではその、あの、個人の特目みたいなところとか、あの、社会的な独特目みたいな話になっ、 あの、ま、その国家的な特目とかうん、あの、 [音楽] やっぱり法に関わってくるところですとかね、あの、日本人のそういうこう、あの、祭祀にかかってくる部分ですとか、そういった、ま、終盤のところに あ かかってくると思うんですので、あの、ま、より憲法セミナー的な話にはなるのかなと はい。 思います。はい。ま、国を持ち国 教育直合今 5回目ですね。 うん。 そうですね。ずっとこうやって はい。 ま、ちょっとその、あの、憲法のその条文的なあのものとかそういったところとはちょっと抜きにしてもっとあの、 土台を はい。 うん。あの、広げるっていうですね。 憲法点じゃなくって本当の意味でのそのコンスティューションというか国柄国体憲法っていうその広い観点での、ま、憲法という [音楽] うん。 関係で、ま、教育直行を見直してみましょうっていう はい。 あの、視点で、まあ、1 話やっているつもりなんですけれども はい。 そうですね。はい。教育合とか皆さん読んだらいいと思うんですよね。普通にね。 そうですね。 うん。 まあ、ま、確かに現代分とちょっと違うからね、あれですけど、何度か読むとね、大体大丈夫だしね。うん。 そうですね。古典ですね。 うん。 でも古典の、ま、最悪はそう、古典の勉強って軽されてるので うん。 ま、ああいう子がちょっとこう なんだ、古文長とか文チックなというでしょうかね。うん。そういったのがなかなか読みにくい。 うん。結構ね、思うんですけどね。 拒否感出ちゃうかもしんない。 そう、そう、そう。ま、抵抗憲法とかもそうですね。あの、 抵抗憲法も難しいからね。 そう、そうですね。 とかね、そういうということなんです。そうね。 だから、ま、あ、あの敵レベルにはあの到達できてできないですよね。あの、自主憲法とかって。 いや、もう無理ですよね。 て言って言っててもね、あの、共容って言うんでしょうかね。 うん。うん。 それは思いますけどね。 そう。 帝国憲法すごいよね。文章の隠しというかね。 そうですね。あの帝国憲法なりま、教育直行りですね。ま、腰店であったり、 ま、あのご象直であったりっていうね。 うん。 言葉がもう難しくなってきてるので ね。 まあな何でもこう、ま、分かりやすいってこともね、重要なんですよ。 分かりやすいってことも重要なんですけど、こう、あ、なんかこう、あの、一方でこう、あ、安きに流れすぎるのもどうなのかっていうね はいはいはい。 いうことね、じっくりわったり考えたりっていうことも必要なんですよね。 思いますよ。な、何でもすぐこう、あの、答えを求めてしまいがち だと思うんですけど。 うん。うん。 ま、その、それは重要なんですけど。うん。 もっとなんでしょうね。こうこう味わったりっていうね、その先人の考え方はこう重ばかったりね。うん。 [音楽] そう、そういうことがあっていいような気がするんですけどね。 うん。はい。 そうです。もう昔のね、ま、もうそういう、ま、憲法でも教育局でも学んで勉強すればそこにしか学べないすよね。 [音楽] も今さ、あの、え、なんかい、そのなんちゅうのかな、ま、ど、教育長とか、ま、道徳だとかね、そこでも今存在してないしね。 こ、公式なっていうかね、大けなんか だから、ま、まず記憶、ま、あの、ほらや、 12 の特目つって訳してるじゃないですか。 はい。はい。はい。はい。 うん。そっから読んでったらいいと思うんですよね。 うん。 そうですね。うん。 そう。分かりようですよね。 そう。そこ見て、あ、この文章の中のここの部分だなって分かるしね。 うん。 そう、そう、そう。分かり そう。これを見れば一切軍とか関係ないしなんか全く関係ないってのが分かるしね。うん。もうだからそもそもそも道徳をこう否定してきてるからね。 まあそうすね。 うん。そうそうそうそうそう人がありがと飯とかうん。 うん。 ね、あの、そういうのをなんかこう指定しているところで、あの、教育って、あの、今は、あの、成り立ってるので、 高教育はね。 うん。うん。 そうなんですよね。 高教育だけど親的な話しないじゃないですかね。 まあ、なんで9月14日ですね、小で。 はい。そうですね。小久保で、え、 2時からですね。ね。 はい。そうなんですよ。ま、で、あの、ま、その常にこうマジ国法にしては一旦環境あれば行こうのって天井の運を病していその辺りのところになってくるわけんですけど、 解説なってくるわけですけども、 え、そう、そう、そう。なので、ま、結構国っていうことをどういう風に考えていくかとか、あ、こう はい。 その一旦環境ば有効にってね。 うん。 で、それがこう、ま、戦後、あの、そういう考え方を僕告できる考え方だみたいな うん。 で、あの、捉え方をするわけなく ですけども、 どこの方からって親っていうことに ね、一旦求っていうかね、あの、あ、えば、 あのね、危的な状況に尽くしていくっていうあるわけですから。 そうなんです。 まあまあ、ま、戦頃日本はね、そういうこう危機的なところが起こって逃げるっていう考え方が主流なわけですけどね。 [音楽] うん。 そうも言ってられんでしょうっていう そうなんすよね。 ことはあると思う。 うん。 ま、そうですよね。 ま、ふとちょっとあれだのはですね、あの 9月の13 日ってえっと何の日が学校の日ですか? 9 月の13日。ま、あの10 秒から前日になるんですけど、 何だっけ?え、分からないんだ。 あの9月の13日ってあの の木家があですね。はい。 そうなんですね。 あ、なので、ま、その辺の話もちょっと あ、いいですね。 はい。あの、さしていただけるいかなとは思うんですけれどもね。 あの、ちょ、私仕事であれなんですけど、実は私、あの、新食の資格を取る時のその神社の木神社だったんですよ。赤坂の。 はい。はい。そうですか。 そう、そう、そう、そう、そう。 うん。そう、そう、そう。私はあの、山口県は山口なので うん。 もうあのまさにあの学科はなんかね、あの うんうん。 ま、があるというか なるほど。 あの下関の恐怖っていうところの生まれの人なんですね。のええ 学家は。 うん。で、まね、それこそあ、ま、萩のそういうこうなんていうかね、ま、ま、先生のね、ま、影響も受けながらこう成長されていくわけですけど うん。 ま、そのの木閣下が昭和陛下に与えた影響ってこれまだ大きい ああ、はい。 うん。ものがありますんでね。 学習のね。 そう、そう、そう、そう、そう、そう。 学長。うん。 うん。そう、そう、そう、そう。ですよね。 非常に重要な うん。 方だとですけれどもね。 思います。 あ、まあ、せ、戦前と戦後ではもうガラっとこう評価が うん。 うん。が変わってしまいですね。私もあの恥ずかしながらそのもう 20代の頃ですけれども、 あのたのはまだそんなにこう農閣のあ、あのことをよく知らずにって うん。 あの話色々とこうね学ばしていただけると [音楽] はい。 すごい方なっていうのは改めて思いますでしょうね。 そうね。 するお1人ですね。うん。 そうですね。 うん。 分かりました。それじゃあ はい。 よぎか閣下のお話も聞けて。 ま、そうです。少しちょっと最初の話すればいいかなと思う。 はい。え、ということで はい。 はい。また、え、あの、お時間がある方是非大きく思い出してください。 そうですね。あと 30秒ですね。 はい。 そうです。あ、渾新会もありますもんね。 渾新会ね。 渾新会13でね。 はい。13でありますから 来られるっていうね。 え、来ていただけると なんかあのまとまらない話。ありがとうございました。 ありがとうございました。 します。 します。
映画「雪風」と日露戦争とシベリア強制抑留の真相【シバちゃんとサネヨシ】「幸せ!日本発見塾」ツイキャス令和7年8月24日(日)
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